2009年05月02日

京洛逍遥(65)吉田山荘

 京都大学の裏に吉田山があります。


090502yosida1吉田山北


 銀閣寺から哲学の小道を散策するときに、何度か通りました。
 しかし、いつも通り過ぎるだけだったので、緑の木々に惹かれて、初めて上ってみました。
 山道を登り切った休憩所からは、大文字がすぐ目の前に見えます。

090502yosida2大文字


 大文字焼きの日には、大勢の人がここに来ることでしょう。

 この吉田山の西、東山側に神楽岡の住宅地があります。
 その一角に、後一条天皇菩提樹院稜がありました。
 ここには、後冷泉天皇皇后章子内親王もご一緒におられます。


090502goitijyo後一条天皇陵


 御陵の隣にある建物の窓から、電球が灯っている部屋が見えました。元東伏見宮家別邸である、料理旅館・吉田山荘です。

 これまでは縁がなかったのですが、せっかく傍に来たので、お茶だけでもと思い、入ってみました。


090502yosidasanso1吉田山荘唐門


 ここは、昭和天皇の義理の弟にあたられる東伏見宮家の別邸として、昭和7年に建てられたところです。
 入口の表唐門は、宮大工の棟梁として知られた文化功労者の西岡常一さんが、その時に造られたものです。法隆寺などの奈良の建物は手がけられたものが多いのですが、京都ではこれだけだそうです。

 この山荘内には、ティーサロン 真古館があります。
 食事をしなくても、ここで喫茶はできます。


090502yosidasanso2真古館


 落ち着いたモダンでレトロな雰囲気の2階からは、真下に後一条天皇陵が臨まれます。


090502yosidasanso32階から後一条稜を



 出てきたコーヒーの茶碗が、1客10,500円の値段で販売されていました。
 そのコーヒーが乗っていた欅の刳り貫き盆は、これまた31,500円だとのことです。
 贅沢な雰囲気を独り占めできます。
 また、女将が書かれた和歌が、一緒に添えて運ばれて来ました。


090502yosidasanso4コーヒーに和歌


 源順の歌が書かれていました。



わかやとの

 かきねやはるを

       へたつらん

 なつきにけりと

   みゆるうの花





 2行目の「かきね」の「き」の字母が「支」であることに、お書きになった女将のかな心が伺われます。

 至れり尽くせりのもてなしに、しばしゆったりとした時間を持つことができました。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎京洛逍遥
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