60年生きてきて、振り返ると雑草に覆われた道だったと主人公棟一郎は言います。含蓄のある比喩です。
思いがけない事の成り行きに、棟一郎が唸ります。知らなかったことを知ったときにも……。
井上作品に出てくる、唸る男です。この男の整理は、いつかします。
小見出しのタイトルが、その内容と合わないように感じました。改めて、他の作品での小見出しのありようについて、考えてみたいと思います。
亡くなった老紳士との会話は、『星と祭』などに共通する手法です。これは、井上の特徴的な語り方です。
1週間で亡くなった娘も、主人公に語りかけます。いつも「お父さん、確り。」と。
生きていたら、今は30歳になっているはずの娘です。童女だったり、少女だったりして登場します。清らかさと美しさを持つ、父の心の中にだけいる存在です。
父に語りかけ、父と娘との情の世界を形成する働きを持っています。この嬰児を登場させたことが、この作品の質を高めています。2人の会話が、いい雰囲気を作っています。
この子のための墓参は、心にしみる人間のやさしさが表出したものとなっています。中尊寺の秘仏・一字金輪像になぞらえるのも、その清らかさからのものなのでしょう。
母親がこの子にかける愛情については、少しだけですが言い訳程度に触れられています。これも、『星と祭』とよく似た扱いのように思えます。父親との関係に、比重がかかっています。
末娘との最初で最後の旅は京都です。
井上作品には、人間の心を浄化してくれる街として、京都があります。
学友だった十河と歩く京都も、心を鎮めてくれる街として出てきます。
イランの自動車事故で偶然生き残った棟一郎。自分は死んだという思いから、人生の現役を降ります。死んだと思って、人生の生き方を切り替えたのです。
そういえば、私もそうでした。18歳で十二指腸が突然破れた時、20歳の時、火事で焼け出されました。
何度か死に目にあいながら、今も生きています。18歳で生き方を変えられたのは、拾った人生ということからでした。医者も、無責任に生きなさい、というアドバイスをくださいました。
本作では、何事も運命であり、その運命を大切にしなければならぬ、ということが物語の背景に横たわっています。これも、井上靖の一つの系譜をなすものだと言えましょう。
作中で、南まゆみとのエピソードが語られています。これは、一編の作中物語となっています。
作者にとっての実話ではないか、と私は勝手に思っています。
今は亡き昔の恋人との会話も、なかなかいいものです。人間の生き様が描かれています。
井上は、忙しすぎるその弊害を、この小説で語っているようです。
何をよしとして人生の終わりに立ち向かうか、いろいろと考えさせられる小説です。【5】
『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。
初出紙︰北国新聞、他
連載期間︰1975年7月1日〜1976年2月10日
連載回数︰211回
角川文庫︰花壇
〔参照書誌データ〕
井上靖作品館 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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