初めての海外旅行、それも中国。昭和30年代の海外旅行の有り様が、克明に描かれています。今から見ても、興味深い内容です。
新聞記者だった井上らしく、丁寧なレポートとなっています。
そもそも、この時代の中国行きということがおもしろいのです。社会主義国に対する不安が、素直に描かれています。中でも、列車の中での洗面具紛失事件がおもしろいと思いました。
中国を旅しながら、一行6人が議論をします。これが、日本文化論となっています。
こんなやりとりがあります。主人公の轟は言います。
彼等には任せきつた安心感と、自分を放棄した愚かさと、何ものかを期待している明るさがあります。−日本人は反対です。為政者に対する猜疑心と、自分も一枚加わらねばという刺々しさと、そのくせ何ものをも期待していない暗さがあります。(文藝春秋新社版、127頁)
新しい中国は、自国の持つ古い伝統をどう取り扱うだろう。(165頁)
ここに、この作品のテーマを見せてくれています。
そして、井上は、不幸な中国を描こうとしているようにも見えます。
帰路、香港でコーヒーを飲みます。中国の懐かしさを帯びた、異文化社会が想起されるシーンです。
現実を生きる人間と、一時の旅人の感性というものの両面が、うまく描かれています。
紀行文のスタイルをとっていますが、これは文化論であり、人生論になっています。
そして、国というものを考えさせる作品となっています。【3】
これは、『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。
初出紙︰文学界
連載期間︰1958年1月号〜12月号
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
〔参照書誌データ〕
井上靖作品館
http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
【□井上卒読の最新記事】
- 井上靖卒読(215)リニューアルオープン..
- 井上靖卒読(214)1964年の東京オリ..
- 井上靖卒読(213)1964年の東京オリ..
- 井上靖卒読(212)『星と祭 下』で書名..
- 井上靖卒読(211)『星と祭 上』の一節..
- 井上靖卒読(210)井上靖が四高時代に住..
- 井上靖卒読(209)北陸加賀の湖畔の宿で..
- 井上靖卒読(208)金沢の井上靖を訪ねて..
- 井上靖卒読(207)茨城県の大洗海岸で「..
- 井上靖卒読(206)小説全357作品で評..
- 井上靖卒読(205)小説全357作品で評..
- 井上靖卒読(204)小説全357作品を気..
- 井上靖卒読(203【最終回】)『幼き日の..
- 井上靖と千利休に関する講演会に参加して
- 井上靖卒読(202)『わだつみ』
- 井上靖卒読(201)『額田王』
- 標識が設置された井上靖ゆかりの曽根の家
- 井上靖卒読(200)『おろしや国酔夢譚』..
- 井上靖卒読(199)『本覚坊遺文』
- 井上靖卒読(198)『城砦』
