2009年04月09日

井上靖卒読(63)『朱い門』

 「あとがき」によると、昭和32年に中国へ招かれて行ったときのことを、架空の中国訪問記というスタイルで新しい中国の印象を語ったものです。
 初めての海外旅行、それも中国。昭和30年代の海外旅行の有り様が、克明に描かれています。今から見ても、興味深い内容です。

 新聞記者だった井上らしく、丁寧なレポートとなっています。
 そもそも、この時代の中国行きということがおもしろいのです。社会主義国に対する不安が、素直に描かれています。中でも、列車の中での洗面具紛失事件がおもしろいと思いました。

 中国を旅しながら、一行6人が議論をします。これが、日本文化論となっています。
 こんなやりとりがあります。主人公の轟は言います。

彼等には任せきつた安心感と、自分を放棄した愚かさと、何ものかを期待している明るさがあります。−日本人は反対です。為政者に対する猜疑心と、自分も一枚加わらねばという刺々しさと、そのくせ何ものをも期待していない暗さがあります。(文藝春秋新社版、127頁)


新しい中国は、自国の持つ古い伝統をどう取り扱うだろう。(165頁)


 ここに、この作品のテーマを見せてくれています。

 そして、井上は、不幸な中国を描こうとしているようにも見えます。

 帰路、香港でコーヒーを飲みます。中国の懐かしさを帯びた、異文化社会が想起されるシーンです。

 現実を生きる人間と、一時の旅人の感性というものの両面が、うまく描かれています。

 紀行文のスタイルをとっていますが、これは文化論であり、人生論になっています。
 そして、国というものを考えさせる作品となっています。【3】

 これは、『井上靖全集』には未収録の長編小説の1つです。
 


初出紙︰文学界
連載期間︰1958年1月号〜12月号

井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿



〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読
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