かつて都から比叡山へ往き来した登り口に、雲母坂があります。そこに『源氏物語』のゆかりの地としての説明板が設置されたのは、千年紀として盛り上がった昨年3月でした。
行ってみようと思いながら、郊外であることと山中ということで、延ばし延ばしにしていました。
寒い中でしたが、自転車を漕いで身体を温めながら行ってみました。
説明板の前から元来た道を見下ろすと、洛北の一角が見えます。
街中では、ちょうど第27回全国都道府県対抗女子駅伝がスタートする瞬間を待っている時です。この坂の下の白河通りは、折り返し地点である国立京都国際会館に続くコースになっています。この山道に来るとき、警備車両や関係者とボランティアの方々が、沿道の準備をしておられました。
さて、坂を登って突き当たりにある説明板は、関西セミナーハウスの敷地沿いに建っています。左下が雲母坂へ、右手前が曼殊院へと続いています。
この説明板の中の付近見取図は、この辺りの位置関係がわかりやすいので、少しピンボケですが掲載しておきましょう。
雲母坂の方へ行ってみました。
音羽川に雲母橋が架かっており、そこから右上へと山道が登っています。
この道は、比叡山の山法師が日吉神社の御輿を担いで都に強訴に押し掛けた、とか、南北朝の戦乱ではこの坂が戦場となり血に染まった、との説明が、雲母橋のたもとの標識に書かれていました。
ただし、この雲母橋という名は、つい最近命名された橋のようです。平安時代からのものでないようです。
途中にあった案内図で、この辺りの位置関係がよくわかります。
この雲母坂は、平安時代から都人が比叡山へと登る、主要な道でした。
この音羽川から京の市街を振り返ると、かすかに洛北が見えます。
道標によると、ここは勅使をはじめとして、最澄、法然、親鸞、日蓮、道元などもこの道を歩いて比叡に往き来した、とあります。
もう少し暖かくなってから、この雲母坂を比叡へと登ってみましょう。
『源氏物語』の終半になると、浮舟や薫など、この坂を登る人が出てくるのですから、是非とも登ることにします。
今日は、このあたりから見上げるだけで、引き返しました。
ちょうど、修学院離宮の真後ろにあたります。宮内庁の管轄である標識が、境界の柵越しに確認できました。
山を下りたところに、今日の駅伝で優勝候補とされている京都チームが泊まっている宿がありました。
予定通りに優勝したので、これも記念として掲載しておきます。
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