2008年11月18日

インド人留学生の眼(1)日本人はシャイか?

 インドから来た留学生を一人預かっています。
 現在は、「総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻」(基板機関は国文学研究資料館)という、長い名前の大学院大学の研究生として来日している国費留学生です。

 彼は非常に好奇心が旺盛で、見聞きしたことを、よく私の部屋に来て話してくれます。
 おもしろおかしく、眼をキラキラさせながら … 。

 私一人が聞いていているだけでは、もったいないと思うことがよくあります。
 彼は日本語は流暢だし、文章もうまいので、日常での見聞を短文にまとめてみないかと、勧めました。
 本人も書いてみたいというので、私のブログを通して、彼のものの見方を共有したいと思います。

 私は、毎年インドへ行きます。インドの先生と設立した〈インド日本文学会〉を運営しているからでもあります。
 インドの皆さんのものの考え方には、いつも発見があります。話をしていて、心弾むことが多いのです。

 インドから来た留学生の、コラム風の文章を読んでみてください。
 多少の日本語の危うさは、ひとまず大目に見てください。というよりも、日本語を運用する上での問題点が見えてくるので、あえて私はほとんど手を入れずに公開するつもりです。混乱している場合には、多少は校正して調整することはあるかも知れませんが … 。

 まずは、第1話です。



日本人はシャイか?

 去年のことです。
 ある日、JR駅の公衆トイレに行きました。男の人が皆、立ち並んでおしっこをしていました。
 ある女の人がトイレ掃除をしていたのに、男の人皆が、遠慮なくおしっこをしていました。

 日本での男女のその平等さを見て、日本初のカルチャーショックを受けました。頭が真っ白になっていました。
 掃除が終わってから、私も皆と一緒に立ち並びました。
 するとそこで、ある珍百景に目が止まりました。
 「もう一歩進んでください」と目の前に書かれていたからです。
 面白かったです。そして、考えるようになりました。

 それで、一緒に住んでいる留学生に聞いてみました。他の国にない風景だと分かりました。

 人は普通、心にもやもやと考えていることや、感じていることを、口に出したり、訴えたりするのです。
 それを本心と言うでしょう。
 つまり、トイレのその書き込みは、掃除の人が燃えていた考えの単なるしるしではないかと思いました。
 他の国でも、チョコ漏れ(?)の問題があるはずですが、そこまで遠慮なく、公然と書けるのは日本しかないと思います。

 日本人はシャイだとか、本心を言わないとか、インドで勉強してきました。しかしこの様な場面を経験して、間違えたことを勉強したような気がしました。
 成人向けの雑誌であふれるコンビニのコナーや、新宿の道端は、目の前の飲み込めない事実でした。その上、そのシャイな日本人はそんな雑誌を電車の中で、みんなの目の前で読むのです。それを見て、ノーコメントです。

 私は、インドで日雇い通訳者として、日本人と働いたことがあります。
 そこで、お茶を一緒に飲むくらい親しくなると、すぐに「君、何歳」「彼女・彼氏いる?」まで聞くのです。

 本心を言わないよりも、本心を隠せない日本人は、現場でもプロではないという気がしました。

 「私はインドから来ました」と日本人に教えると、何回も「カーストは何?」「向こうでターバンを巻くよね?」とか「学校には象に乗って行きますか」、ということまで聞かれたことがあります。

 一緒に住んでいるチュニジアの友達は、自分の指導教官に「チュニジアに道路ある?」「ビルある?」と聞かれたそうです。

 日本人は好奇心が強くて、何でも知りたいのだと、私は思います。
 何にもためらいなく、他人に年齢や彼女・彼氏のことまで聞ける日本人は、何で、自分をシャイで本心を言わないというレッテルを貼るのか、不思議に思っています。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎国際交流
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