2008年11月17日

心身(27)お通夜から帰って来て

 青木周平さんのお通夜から帰ってきました。

 今日は早朝に京都から上京し、すぐに溜まりに溜まっている膨大な書類を作成し、息つく暇もなく会議に出席し、その会議が終了して10分とたたない内に、副館長と一緒に品川にある桐ケ谷葬祭場へ急ぎました。立川に移転する前の職場の近くです。

 ここは、副館長と私の大学院時代の指導教授であった、内野吾郎先生の葬儀が営まれたところでもあります。
 内野先生からは、副館長は近世国学を、私はドイツ文献学を学びました。
 青木さんも、我々と同じ恩師の元で『古事記』の研究をされていたのです。
 恩師と研究仲間の葬儀が同じ場所であることに、五反田からのタクシーの中で副館長と語らいました。

 たくさんの方が弔問にお出ででした。
 その多さに、とにかく驚きました。
 そして、青木さんの人となりを納得しました。
 たくさんの仲間の顔を見かけました。
 話をしたのは数人でしたが、懐かしい顔をたくさん見ました。

 帰り道に、最近の自分の血糖値が下がらないことに思いを致しました。
 糖尿病の合併症のことがあるので、そろそろ食餌療法だけを頑固に続けるだけではなくて、医者に今後の対処を指導してもらうしかないか、と、これまで拒み通していた道を考え出しました。
 自分で毎日血糖値を測ることによって、自己管理できると思ってきました。しかし、それが難しくなったことを自覚せざるをえません。毎朝の空腹時の血糖値が、150前後が続いているのです。

 これまでは、毎朝の数値が120前後を推移していたのに、夏場から下がらなくなりました。
 『源氏物語展』のために、全生活を投げ出していたことが、大きな要因であることは明らかです。
 何かとやるべきことが多すぎて、3日に1度寝るという日々が約2ヶ月も続きました。
 よく身体が持ったものだと思います。今にして思えば、こうして生きているのが軌跡としか思えません。
 
 もう、独力で自分の血糖値を維持するには、気力が続かないように思えます。
 大きな仕事をした直後なので、急激な緊張の緩和によって余計に意気消沈しているのかも知れません。
 そうであっても、自力ではなくて、医者と相談しながら身体を労ろうと思います。

 明後日からは、ハーバード大学で開催される国際研究集会で研究発表があるために、しばらく渡米します。
 今は慌ただしい真っただ中なので、帰国後に医者のところへ行こうと思っています。

 先程、妻とも電話で相談しました。
 毎週末の京都の自宅で食事のことを配慮してもらっても、平日の東京での生活が時間に追われており、食事が不規則なので、どうしようもありません。

 疲労困憊の日々では、食事をする時間は乱れ、食べるものもその時に好きなものとなります。
 そして、煩わしさを1秒でも早く忘れるために、お酒も欠かせない日々が続きます。

 不健康な日々を背負いながらの生き様には、いいことがないのは自明の理です。

 お通夜から帰ったばかり、というせいではなくて、素直に医者の力を借りる、という時期に自分が置かれていることを自覚したところです。

 情けないことですが、自分を守りにかかっている今日の心境です。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | *健康雑記
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