2008年06月04日

江戸漫歩(7)内藤新宿

 息子と、新宿の歌舞伎町にある回転寿司屋へ行きました。
 学生時代から、妻と一緒によく行っていた店です。と言っても、もう30年以上も前のことですが……。
 あのころよりも、新宿には回転寿司屋が増えました。

 私はいつも、5皿しか食べません。と言うか、胃を切除している私は、5皿しかお腹に入らないのです。

 そして、一人で外食をするときは、お酒は飲みません。
 何かあった時に、自分の身を守れないと思うからです。
 外でお酒を飲むのは、誰かと一緒に行った時だけです。
 今日は息子がいるので、これは安心して飲めます。

 息子はシェフを目指しているので、ワインなどのテイスティングはしてくれますが、自分で進んで飲むことはあまりしません。一緒に飲むことも、あまりないのです。ほとんど、私だけが飲み、息子はいろいろなものを食べています。

 お寿司と一緒にビールというのは、やはり夏だけです。普段は焼酎のお湯割りに梅干しを入れます。これがお寿司に合うのです。

 今日は、息子と喋りながら食べていたせいでしょうか?  なんと8皿も食べていました。
 息子は14皿でした……。若者は、よく食べ、よく眠るようです。

 食後、アルタの前で、急に学生時代に妻とよく行っていた一杯飲み屋に行きたくなりました。30年ぶりになります。

 学生当時、お金がなかったこともあり、安くてお腹が一杯になる店に行っていました。新宿西口の線路際にある、今の「思い出横町」と言う所は、かつては「しょんべん横町」と呼んでいました。
 私と妻は同級生で、大学の帰りによく渋谷や新宿で飲んでいました。もちろん、秋田生まれの妻の方が酒豪でしたが……。
 そして、新宿では「岐阜屋」という所に、よく行っていました。そこへ、急に息子と行きたくなったのです。

 30年前と同じように店は営業していました。当時のままです。


Iximr1yg_s思い出通り



 違いと言えば、外国の人が多くなっていたことです。
 意外や意外、お客さんの半分は海外からの方々でした。


Znftqhsl_sずらりと外国の人が



 たまたま、隣に座っていた人が、私に何か喋りたそうにしていたので、しばらく話をしました。どうやら、旅行ガイドブックにこの一帯が紹介されているそうで、それを見て海外からの観光客が来るようです。我が青春の思い出の地も、海外からのお客さんに占領される時代となったのです。

 値段も、最近20円ほどあがったそうです。しかし、他の店と比べると、断然安いのは変わりません。

  当時、コップにお酒をナミナミと注いでくれていたおじいさんは、もういません。その息子さんらしき人が、カウンターの中でがんばっていました。おじいさんと同じ帽子を冠っていました。

 若かったころと同じ店で、こうして気楽に飲めることの楽しさを満喫しました。それも、息子と一緒なので、なおさら楽しく飲めました。中華料理が中心の店なのですが、飲むだけで楽しくなります。
 私は、当時と同じ「モツ煮」を食べました。


Oyssvj2d_sもつ煮



 年のせいでもありますが、懐かしさに惹かれてということもあり、この店にまた通うことにします。
 気持ちの若さを取り戻すためにも。
 最近は、相当疲れ気味でもあるので。



posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ・江戸漫歩
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