2008年05月14日

読書雑記(8)澤野久雄『失踪』

 この『失踪』は、読まないままで本棚の中に眠っていた本です。
 奈良から京都へ引っ越しをして、とにかく詰め込んだ書棚の隙間から顔を覗かせていたので、取り出してみて読み始めたら、最後まで読んでしまったのです。

 京都を舞台にした、京女の話です。優しい京ことばと、会話と地の文とが融合した独特の文章に引かれて、気持ちよく読み進むことができました。

 奥書によると、昭和45年1月に朝日新聞社から刊行された初版本です。横長の本なので、その装丁からしておしゃれです。定価が560円で、裏表紙には天牛書店のラベルと400円の値札が付いています。
 今想うに、これは私が高校を卒業してすぐに東京で大手術をし、大阪の自宅に帰って療養していた半年の間に購入した本のようです。
 とにかく医者からはブラブラしろと言われ、フラフラと難波の古書店・天牛書店へ行って、あこがれの天牛新一郎さんのお店の本を眺めていた頃です。
 この『失踪』は、どうして購入したのか思い出せません。いつも何か理由をつけて、新一郎さんにことばをかけるきっかけを探していました。そして、何かのきっかけで、新一郎さんと話をした時に、この本を紹介されたのでしょう。
 当時は、京都に興味がありました。谷崎潤一郎の作品が好きだったからでしょうか。前回の読書雑記で水上勉の『京の川』を取り上げました。

http://blog.kansai.com/genjiito/173

 天牛新一郎さんのことは、そこに書きましたので、ここでは省略します。
 『京の川』も、この前後に買ったまま読まなかった本だったようです。
 ただし、私は昭和45年の秋に再度上京した時に、めぼしい物と本はほとんど大阪の家から持って行きました。そして、47年の正月に新聞配達店の火事で、私物の全てを失いました。したがって、『京の川』やこの『失踪』は、両親の元に残しておいた物だったために、こうして今残っている、ということです。
 私の数少ない十代の頃の遺品です。

 本との出会いには、いろいろとあるものです。

 さて、この小説は、着物の紋を書く上絵師の女性の話です。そして、それが京都の案内記にもなっています。京都の町が印象的に背景をなしています。語り口も、地の文に会話文が融合していて、まったりとした京都らしい時間の流れを感じさせます。それでいて、文章に歯切れがあり、京都の雰囲気の中で表現も遠回しで、美しく語り進められていきます。矛盾する手法が渾然としていて、無理がありません。

 ただし、読んでいて、1つ不満が湧きました。それは、女主人公の服装が詳しく語られていないのです。着物なのか洋服なのかがわかりません。そのことがわかるのは、ほんの少しです。主人公である志摩がどんな着物を着ていたのかを描写してほしいくらいに、この志摩は魅力的な女性です。日本文学は、こうした描写を大事にしてきたと思うので、つい知りたくなるのです。

 後半で、祇園祭の夜に、婚家に置いて来た息子が亡くなります。京都を背景にして情感に訴える、きれいなドラマです。
 ロートレックのマルセルの名画が盗難にあった話が、伏流として効果的に話をつないでいます。それが、思いがけない結末で、何となく宙に浮いてしまったように思います。
 私は、この小説の結末に大いに不満を抱いています。作者は、なぜこんな結末にしたのでしょうか。この終わり方は、残念でなりません。こんな結末にしなくても、十分にいい小説になっています。無理な終わり方となっていることが、非常に惜しまれます。作者の意図が、私にはまったくわかりません。

 これは、きれいな小説です。暖かみと丸みのある作品です。登場人物が丹念に描けています。それぞれの人柄も、うまく伝わって来ます。
 京都を舞台にした、ゆったりとした時間がながれている作品です。京都らしさを描写するのにピッタリの文体です。女主人公である志摩は、優しさと芯の強さを併せ持った京女として、生き生きと描かれています。それだからこそ、結末に無理を感じます。そんな終わり方をしなくても、という想いが強く残りました。



posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ■読書雑記
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