2008年03月29日

井上靖卒読(33)『わが母の記』

 『わが母の記』には、「花の下」「月の光」「雪の面」の三作品が収録されています。井上の年老いた母とその死後を綴ったものです。

 ■「花の下」
 母の頭の中が、壊れたレコード盤のようになっている、という描写が繰り返し出てくるのが印象的です。この作品を読むのは2度目です。このレコード盤という表現だけは、読み始めてすぐに思い出しました。
 老いた母の心の内を推測しながらの語り口には、さまざまなものを失くしていく、人間の根源的なものを問いかけてきます。
 特に最後の、満開の桜樹の下で母のことを思う作者には、読む者の情感に訴えてくるものがあります。
 これは、随筆・随想ではなくて、物語です。【4】


初出誌:群像
初出号数:1964年6月号

講談社文庫:月の光
講談社文庫:わが母の記
講談社文芸文庫:わが母の記
井上靖小説全集25:しろばんば・月の光
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話




 ■「月の光」
 「花の下」の5年後で、母は80歳になっています。
 母の過去を霧が埋めていくということが、丁寧に語られています。
 「白い月の光」を浴びて、母が赤ちゃんと化した息子「やすし」を探し歩いている姿は、惚けた母をみごとに描き出しています。
 60年という歳月を、月光が鋭く刺し貫くことによって、同じ場面に引き留めています。井上における、月光の特徴的な使われ方のように思います。【3】


初出誌:群像
初出号数:1969年8月号

講談社文庫:月の光
講談社文庫:わが母の記
講談社文芸文庫:わが母の記
井上靖小説全集25:しろばんば・月の光
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話




 ■「雪の面」
 前作「月の光」からは、さらに5年後の話です。母が亡くなるのです。
 井上は、これは随筆とも小説ともつかぬ文章だといいます。しかし、記憶が壊れた母に接する息子の姿がみごとに捉えられた物語となっています。
 後半の、雪が降っているという場面が印象的でした。
 総じて、井上は、物語の盛り上げ方がうまいと思います。
 最後の一文は、母を包み込み労う息子の思いが、しっかりと刻まれたものとなっています。【4】


初出誌:群像
初出号数:1974年5月号

新潮文庫:道・ローマの宿
講談社文庫:わが母の記
講談社文芸文庫:わが母の記
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話





 講談社文庫本には、もう一編の作品が収録されています。
 ■「墓地とえび芋」
 なぜこの作品がここに入っているのか、よくわかりません。
 私は、人の死にまつわる思い出語りとして読み終えました。
 これは、生まれ出づる者と死に行く者とが、交差しながら語られていきます。
 古印を求めるための30万円が、思いもよらぬ買い物へと転じていきます。
 京都の香りを背景に持つ、小さな作品です。しかし、印象深いものになっています。【4】



初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1964年12月90号

講談社文庫:月の光
講談社文庫:わが母の記
講談社文芸文庫:わが母の記
井上靖小説全集25:しろばんば・月の光
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話



posted by genjiito at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読
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