2008年03月25日

「ねんきん特別便」を受け取って

 私には来ないだろうと思っていた「ねんきん特別便」が届きました。
 それも、今年の1月18日に作成したものが、2ヶ月以上もかけて届けられたのです。郵政公社(今はどういう資格で郵便業務をしているのでしたっけ?)も、のんびりしたものです。
 封筒の中には、こんな紙が入っていました。
 一見して仰天しました。何といいかげんなことか … 。



Uh3q9blm_s年金記録




 社会保険庁にあるこの私の記録では、2ヶ所で年金を支払っていたことになっています。
 この記録に関する限りは、間違いではありません。
 しかし、ここに記載されている2ヶ所の前に、もう1ヶ所で仕事をしていました。それが欠落しています。それも、14年半も勤めたところが、そっくり抜けているのです。
 これでは、私が年金として支払った14年半分の保険金は、社会保険庁の職員の方々の遊興娯楽費のために寄付しただけのことになります。彼らは、私のお金で遊んだことになります。正確には、私が支払ったお金を気分転換のために使ってしまった、ということなのでしょうが … 。

 私は、昭和53年4月から昭和62年3月まで、大阪府立の高等学校で正規(?)の教員をしていました。困難校と言われるところで、いろいろと苦労をしました。毎年、100人以上の生徒が退学していきました。毎日、家庭訪問に明け暮れていました。毎夜遅くまで、テニス部の指導をしていました。その勤務実績が無視されています。
 新設時の高校に9年間勤務し、引き続き、 昭和62年4月から平成 3年8月まで、もう一つの府立高校へ転勤して教壇に立っていました。その時の教え子の一人が、今は源氏絵を描いています。
 この14年半の仕事が、この年金記録ではスッポリと抜けているのです。事実を証明することは、私の場合には簡単だと思います。しかし、なぜこんなことが抜け落ちているのでしょうか。年金を支払っていたという事実確認よりも、それが問題です。
 社会保険庁は何をしていたのか、何をしているのか、ということです。

 公立高校の教員として在職していた期間に給料から天引きされて支払った年金は、今となっては無効だ、とでも言いたいのでしょうか。
 私が大阪府の教員に採用された時に、事務の方が私の年金の登録をし忘れていたのでしょうか。それとも、私が私立大学の教員として転出した平成 3年9月に、大阪府の担当職員が継続の手続きをしなかったのでしょうか。今でこそ大阪府は破産寸前ですが、大阪府立の高校はまだ倒産していません。私が2つ目に勤務した高校は、今は他校と合併しましたが、記録は残っているはずです。私の勤務実績は、調べればすぐにわかることでしょう。
 比較的確認しやすいと思われる公務員でも、こんな状況です。社会保険庁の資料では、こうしたことが消失していて確認できなかったとは、なんとも杜撰な記録に基づく加入確認作業だと言わざるをえません。

 会社などは、すでに倒産・廃業している所も多いと聞きます。そのようなところに身を置いていた方々は、もっと悲惨な確認書類を受け取っておられるのでしょうか。

 早速、社会保険庁に連絡をとりますが、勤務実態を証明するのは、私のすべきことなのでしょうか。
 私は物持ちがいいので、認定されていないあの頃の給与明細書や辞令は、すぐにいつのものでも提出できます。
 しかし、当面は社会保険庁に調べさせようと思います。
 自分たちがやった出鱈目な事務処理が発端なのですから。
 学校を卒業してすぐの年から平成 3年9月まで、私がどこでどんな仕事をし、保険金をどう支払っていたのかは、平成 3年9月に勤務を開始した職場に問い合わせれば、台帳がどうなっているのか判明すると思います。
 おそらく、私が転職したために、社会保険庁の書類が追跡不可能になったのではないでしょうか。
 社会保険庁のシステムが、「地方公務員共済→私学共済→国家公務員共済」と移動していることに対応できなかったようです。倒産・廃業の可能性の低い職種でこうなので、社会の変動に左右されやすい中小の企業に勤めておられた方々は、どのような記録になっているのか、暗澹たる思いがします。

 自分が年金記録の消失した5,000万件の内の一人だったことに、驚きとともに不信感を倍増させました。ニュースが、他人事ではなくなったからです。

 社会保険庁の職員は、廃止までの秒読み期間も、定年退職金の満額計算に終始せずに、少しは仕事をすべきだと思います。

 昨春、まだ奈良の平群にいた時、娘の年金のことで奈良の社会保険庁の方が、ノコノコと拙宅にお出でになりました。旧国営企業を定年退職してすぐに、何もわからないままに社会保険庁の奈良に雇用され、何も事情を調べずにトンチンカンな年金確認に来られた、あの方を思い出します。
 妻と共に対応した私たちは、娘の英国留学にともなう社会保険庁の対応の出鱈目さを、こちらが説明し、その時の訪問がそのことをまったく知らずになされたことを、厳しく非難しました。臆面もなく、ということばがピッタリの出来事でした。何も知らずに来て惨めな思いをされたあの方は、今は何をなさっているのでしょうか。
 きりがないので、このことは後日にしましょう。




posted by genjiito at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | *身辺雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/178852252
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック