2008年03月20日

角屋本『源氏物語』と陽明文庫本

 陽明文庫本「末摘花」の本文を、〈陽明叢書〉の影印と調査時のメモで確認しました。
 角屋本「末摘花」のことを考える上での参考となる事柄を、思いつくままに認めます。

 ただし、まだ私は角屋本『源氏物語』の見開き半葉づつしか見ていないので、見た範囲からの想像で以下に記していることをお断りしておきます。


(1)「し(新)」の字母について
 〈陽明叢書〉の写真版では、角屋本にあった「新」ではなくて「之」でした。
 これは、先のブログで指摘した3箇所ともにそうでした。
 また、文字遣いは、全体的にもまったく違うといっていいようです。
 つまり、陽明文庫本と角屋本は、直接の書承関係はないようです。しかし、ともに共通する本文を持つ写本であることは確かです。親本は異なるにしても、その親本は相当近い本文を伝えていたものの流れに位置する、ということは言ってもいいのではないでしょうか。


(2)角屋本の意義
 「角屋もてなしの文化美術館」の展示で掲げられた解説文で、本文異同が指摘されていたところについては、〈陽明叢書〉の「解説(玉上琢彌)」では、「三本間の隔たりの大きい箇所である。」(86頁)とされている所に当たります。
 〈陽明叢書〉の「解説」によれば、陽明文庫本「末摘花」は、次のようにまとめられている写本です。


 結局、この末摘花の巻は、青表紙本に対しては独自の位置を保ち、河内本の成立に大きな役割を果たして居り、他の甲類表紙を持つ別本系二十七帖と共に、陽明文庫本の基幹をなすに相応しい内容を持った一帖ということになろう。
(86頁)


 ここで言われている「河内本の成立に大きな役割を果たして」いるかどうかは、今は措きましょう。
 しかし、今回発掘された角屋本「末摘花」が、陽明文庫本に近似する本文を伝える古写本だと思われることはほぼ確かなので、これまで他に類例がなかった重要な本文が見つかったことになります。鎌倉時代に伝存していた物語の本文が、それも、現行の流布本と異なる『源氏物語』が確かにあったことになり、これは慎重に対処すべき資料の出現です。


(3)陽明文庫本の重要性
 他の巻での陽明文庫本のありようからすると、まだ陽明文庫本に近似するこうした古写本の巻が見つかってもよさそうです。
 鎌倉時代には、今われわれが読まされている「大島本」のような本文ではない『源氏物語』が、もっといろいろな形で流布していたと考えられます。
 例えば、第1巻「桐壷」で言えば、室伏信助先生が記録してくださったおかげで確認できた「伝阿仏尼筆本」が、陽明文庫本とそっくりの本文を伝えるものでした。
 また、かつて玉鬘十帖とその前後の巻における諸本の相関関係を調べたところ、『源氏釈』の抄出本文が陽明文庫本に近似するものであることが確認できています。
 藤原伊行が著した『源氏釈』は、最古の『源氏物語』の注釈書なので、この事実は重いと言えましょう。
 陽明文庫本は、『源氏物語』の本文を考える時に、重要な位置を占める本なのです。そして、これまでは孤立していることが多かった陽明文庫本ですが、角屋本の出現で、陽明文庫本の存在意義を支援する資料が提示されたことになります。
 こうした問題については、拙著『源氏物語受容論序説』と『源氏物語本文の研究』で考察しています。ご参照いただければ幸いです。


(4)角屋本に関する追記
 これまでに確認できたこと以外にも、先日掲載した18種類の本文の校異を見ると、以下のような確認が追加できます。

●陽明文庫本と角屋本だけの一致箇所
 (両本が近似することの確認)


・いとをしうて[角]・・・・062545-000
・あはれけに・・・・062554-000
  あはれけに/△△&あは[角]
・して[角]・・・・062570-000
・かたくなしと[角]・・・・062599-000



●本文が2つのグループに分かれる
(角屋本が陽明文庫本のグループに含まれる)


しつ心[角平御高天阿]・・・・062587-000
 しつこゝろ[尾]
 ナシ[大池国肖善日伏穂保前]
なく[角平御尾高天阿]・・・・062588-000
 ナシ[大池国肖善日伏穂保前]
ありかはや[角平御尾高天阿]・・・・062589-000
 ナシ[大池国肖善日伏穂保前]



 ただし、次のような例もあるので、各写本が伝える本文の位相は複雑です。
 これは、陽明文庫本が〈河内本群〉に属さないで、本文が2つのグループに分かれるものです。



やうなる[御大池国肖善日伏穂保前]・・・・062595-000
 やうなりぬへき[角]
 やらるへき[平]
 やうなへき[尾天]
 やうなるへき[高阿]





 角屋本はいずれ、影印・写真版などで公開されると思います。その時には、みんなで検討したいと思います。
 『源氏物語』のことを考える楽しみが、これでまた一つ増えたことになります。

 なお、陽明文庫本「末摘花」については、陽明文庫長である名和修先生のご高配をいただき、平成17年3月に詳細な調査を終えています。その成果の一部が『源氏物語別本集成 続』の翻刻編です。私の力では読めなかった虫食いを含む26箇所は、△記号にして収録しています。
 今回の角屋本によって、それらの一部が解消できることは、本当にうれしい限りです。
 これを機会に、ぜひ『源氏物語』に興味を抱く若い人たちが、その本文について考える仲間に加わってもらいたいと思っています。70年近く停滞しているこの本文研究という分野は、それによってさらに進展することでしょう。
 今後の若者たちの努力と感性が、大いに期待され、楽しみになってきました。




posted by genjiito at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎源氏物語
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