2008年01月04日

井上靖卒読(17)『黒い蝶』

 エネルギッシュな実業家の、ひたすら前向きな生き方を語る物語です。
 「ムラビヨフ」ということばの推理から始まるオープニングは、読む者の気を惹くものがあります。そして、ストーリーの展開のおもしろさに、読ませる小説となっています。
 出てくる人物は、みんな善人です。井上らしく、前向きに生きる人間が、清々しく描かれています。主人公について、井上はペテン師と語っています。しかし、夢を求め、実現することを疑いながらも真面目に対処し、いいかげんではないところが、好感を持たせました。

 最終場面で、みゆきは、「ムラビヨフ」は飛行機から降りてこない、と言います。ペテン師である三田村が、ペテン師でなくなることに対しての恐れからなのでしょう。愛情が色褪せないためにも……。
 私は、ムラビヨフはタラップで殺されるかと思ったのですが、思い過ごしでした。

 本作品のタイトルは、最終場面で登場するムラビヨフの、蝶ネクタイのことを指しています。何か、違和感を感じます。
 また、良里子(らりこ)という少女の名前も、不自然な思いが残ったままです。
 三田村も、あまりに無責任過ぎます。
 話はおもしろく設定されていますが、人物の描き方に粗っぽさを感じました。三田村もみゆきも、どことなく中途半端でした。
 みゆきの兄で富豪の江藤は、なおさらです。最後のムラビヨフへの突進は、あまりにもピエロ過ぎます。

 この小説は、井上らしくないと思います。登場人物の扱いが乱暴な仕上がりです。
 これは、井上の最初で唯一の書き下ろしだそうです。常に読者を意識しながら書き進める、得意な新聞小説との違いが、こうしたところに出たのではないでしょうか。【3】


書き下ろし:1955年10月10日、新潮社刊

新潮文庫:黒い蝶
井上靖小説全集9:黒い蝶・射程
井上靖全集11:長篇4
posted by genjiito at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読
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