しかし、これにはそれなりの理由があります。今に視点を当て、時事問題も背景に取り込みながら、今どきの会社人間や夫婦や親子や友情をとりあげた小説です。
活力あるハードボイルド小説から、甘酸っぱい恋愛小説へと移行した藤田宜永の小説が、この作品を境にして、今後はその作風を変えていくように思われます。現実を直視したいわゆる中年の世代をテーマとして、これからは作者にとっての等身大の生きざまを描いていくのではないでしょうか。これはあくまでも、私の勝手な推測に過ぎませんが。
本の帯には、次のように書かれています。
55歳 リストラされた。
新しい人生は、そこから始まった。
戦う男たちを救うのは、
仕事?妻?恋?子供?友情?
リストラの恐怖、夫婦の危機、家族の崩壊、肉体の衰え……。悩みは山ほどあるが、まだ未来は開けているはずだ。転換期を迎えた男たちの、心の惑いを描く、渾身の長編小説。
この『戦力外通告』の主人公は、作者よりも2つ歳下の55歳です。私は、今月ちょうど56歳になったばかりなので、まさに私と同じ世代の男の話として読みました。そして、それも他人事ではない、という気持ちで、自分の日常生活とダブらせながら、リアルタイムのテーマを題材にしたものとして、一気に読み終えました。
人と人のつながり、というものを、改めて考えさせてくれる作品です。
最近の藤田がよく使う手法ですが、作品の背後に、同世代の者にとっては懐かしい、オールデイズの音楽が流れています。
最初は、「そよ風の誘惑」が、そしてカラオケでは加山雄三やピンクレディーにはじまり、「マイウェイ」「スーダラ節」「また逢う日まで」「空に星があるように」「居酒屋」等々、さらに終盤では、「神様お願い」「花の首飾り」やカーペンターズなどと、1960年代を思い出させる仕掛けが随所にちりばめられています。
内容に触れておきましょう。
夫婦というものは、恋人同士と違って、自然に手垢がついてゆく関係である。それがいい具合に出ると、新品の家具よりも味が出て、愛おしさが増してくる。しかし、膠でくっつけたようなところもある。うまく行かなくなり、膠を剥がそうとすれば、互いにかなりのダメージを覚悟しなければならない。それが嫌なら、お互い見て見ぬふりをして暮らす他ない。
(93頁)
夫婦の関係を家具に喩えるところは、なかなか巧いと思います。
お節介を焼いている暇がお前にはあるのか。もうひとりの私が問うてきた。
(145頁)
ここで、ウン? と思いました。
藤田の作品で、もうひとりの自分が、これまでにいたのだろうかと。あったのかもしれませんが、改めて思ったことがありません。今後は、このような描写にも気をつけたいと思います。
天野、お前は奥さんのカウンセラー役をやっていればいいんだ。彼女は全部、受け止めてくれる人間がほしいんじゃないかって思ったよ。彼女が話したい時に、話を聞く。余計なコメントや、夫婦というものはああだこうだ、とか、俺はどうするんだ、なんてことは一切口にしないことだ。
(243頁)
ともかく、絆を取り戻そうとか、より関係を前進させようとか、絶対に思うな。表面的に付き合っていればいい。さらさらと付き合ってやれば、彼女はほっとするはずだ。
(244頁)
結婚生活を、円満に長く続けるためには、このような心構えが必要なのかも知れません。
私は、女性は男性とは人種が違う、と思っているので、なおさらこのような指摘が気に止まりました。
女性が経済力を獲得したことにより、恋愛に対する状況も大きく変わり出しました。そして、現代の若者たちの恋愛観にも、女性の重みが増した価値観がウエイトを占め出したように思います。
藤田も、次のように語っています。
団塊世代は、恋愛に対する幻想が強い、と誰かが言っていたが、当たっているように思う。恋愛という言葉を初めて使ったのは北村透谷だそうだが、明治に開花した近代的恋愛が、私の青年期辺りに大輪を咲かせたということかもしれない。しかし、完全なる合一を求め合う恋愛は、実際の場面では、悲しい結果をもたらすことの方が多い。そのことに、若者たちが気づき、恋愛に対して警戒心を抱くようになったのだろう。
(315頁)
難しい問題ですが、恋愛観が変わりつつあることは事実だと思います。恋愛関係のみならず、社会における女性の比重が、想像を絶するほど重みを増していることは、最近の顕著な傾向と言えるでしょう。
私は、こうした傾向に、男たちは戸惑っている、と見ています。
生きて行く上での道半ばという状態での我ら中年世代は、これからどのように生きて行くべきか、という重たいテーマに本作はつき進んでいきます。今後の藤田の作品は、こうした問題が掘り下げられていくのではないでしょうか。
熟年離婚の問題を展開する中で、藤田は次のように言います。
夫婦をやるのは本当に難しい。たとえ元の鞘におさまったとしても、すぐには元の形には戻れないだろう。どちらかが病気にでもなるまで、ぎくしゃくしたものが残るかもしれない。
五十五歳。何もかも忘れ諦め、寄り添うのには若すぎる。
(458頁)
『源氏物語』以来の問題も、こんなふうに女性の口を借りて語られています。
若い頃の話だけど、私、ふたりの男と同時進行で付き合ってたことがありました。ひとりは心の相性はぴったりだったけど、あっちの方は淡泊すぎるくらいに淡泊だった。もうひとりは、性格的には合わないのに、あっちの方は私の好みだった。随分、悩みましたけど、この矛盾を解決する方法は見つからなかった
(461頁)
これは、まさに『源氏物語』の第3部における、浮舟の視点からの、薫と匂宮のありように直結するテーマです。
なお、主人公の愛人である晶子のことばの中で、「繰り返しになるけど」(128頁)というものがあります。
晶子は、非常に論理的な言い方をします。しかし、このような表現を、女性はするでしょうか。少なくとも、私はまだ出会っていません。これは、作者の男としてのレベルでの文章になっている箇所だと思います。
最後に、主人公の置かれた立場からのまとめのことばとして、こう語られます。
五十五歳。人生に嵐が襲ってくる歳なのかもしれない。ゴールが見えていそうで見えない。まだ山ふたつばかり越えないと、晩年を迎えることはできないのだと改めて思った。
翳りがさしてきたとはいえ、まだまだ元気なのだ。その元気をもてあましている歳だとも言えるだろう。本当の戦力外通告を受けるのはもっと先のことである。(513頁)
もっとも、作者である藤田の最終結論は、本作品の最後に語られることとなる、次のことばです。
家庭よりも恋よりも、仕事が大事と思いたい。
(513頁)
しかし私は、中年世代のこれからの生きざまに思いを致す時に、これは少しズレているように思います。
仕事に没頭することは、さまざまな煩わしさを一時的に忘れる上では、有効な解決手段です。しかし、夫婦関係、親子関係、社会との関係を思う時、これは違うように思います。というよりも、これは先祖返りの結論ではないでしょうか。
今に則した、藤田の視点からの結論を、これからの作品で期待したいと思います。
この小説の内容は、藤田にとっては、今後とも、さまざまな展開が予想されます。
特に、夫婦や親子をはじめとする人間関係に切り込むテーマが、ますます取り上げられることでしょう。
藤田宜永の次の作品が楽しみです。
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