2007年10月27日

藤田宜永通読(2)『いつかは恋を』

Timv6gfq_s新刊小説


 最近の藤田宜永氏の恋愛小説は、非常に抑制の効いた文章で展開します。
 この『いつかは恋を』(講談社、2007.10)も、静かな中にもエネルギーを感じさせるものとなっています。
 特に、最終章の話の盛り上げ方はうまい、と思いました。
 母を捨てた息子との関係が元にもどる流れは、ごく自然に進んでいきます。いい場面設定ができています。
 そして、意識不明の状態にあった恋する男が、何とか命を取り留めます。そこから、主人公の久美子にとって、男との新しい人生が開けます。
 この小説は、「久美子は万感の思いをこめて、ドアをノックした。」というところで終わるのです。

 抑え気味の語り口に、これからの明るい展望が示され、読んできた者は安堵の思いで本を閉じることになるのです。

 読んでよかった、と思わせる作品です。

 初出誌は「小説現代」の2007年2月号から5月号です。出来たての小説です。
 中には、作者からのサプライズがちりばめられています。
 昭和40年代の音楽が背景に流れているのです。オールディーズの曲がオンパレードです。
 まずは、『花はどこへ行った』、そして『パフ』、『500マイル』、『夕陽が泣いている』、『帰ってきたヨッパライ』などなど。こうした曲を思い出しながら読めるのは、作者と同世代の特権なのでしょう。物語の中でロマンスを展開するのも、私たちと同世代なのです。まさに、「我らの文学」の一つが誕生したのです。
 これは、若い人にも理解が十分に届く作品です。このような世界を共有することで、世代をまたぐ文化の相互理解が深まる、と難しくいえばそんなところに落ちつきます。

 日ごろは接することの少ない職人の世界での話です。藤田の作品によくある設定です。その取材力がいかんなく発揮されていて、いい社会勉強にもなりました。

 ハードボイルド小説から恋愛小説へと作風を変遷させてきた藤田氏の、一つの型が出来上がったと言えると思います。
 やや情に流れるきらいのあった藤田氏の恋愛ものが、ここに一つの完成形を示したものだと、私は読み終えて感じました。

 もう一つ、感じたことを。
 月が印象的に扱われていました。これまで、藤田の作品に、このような描写はなかったように思います。少なくとも、効果的なものとしては。

「右の肩越しに三日月を見ると、運が開けるんですって」ふたりは月に背中を向け、右の肩越しに振り返った。(97頁)


 この場面は、なかなかいいと思います。この時のことが、後に一度だけ振り返る時があります。
 今後の藤田氏の作品で、月がどのように描写されるのか、楽しみになりました。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | □藤田通読
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