2007年08月06日

ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん

 広島に原爆が落とされた今日、マスコミは相変わらず賑やかに被爆、被災、被害に関するお祭り報道をしていました。日本は、「被」を冠する受け身の戦争体験国という位置づけであることは、もう何十年も続いています。
 しかし、原爆は人間の手によって落とされたものです。そして、それを落とした人が、落とすように命令した人が、落とした国があり、それもその国が特定できるのです。今は、大量殺人国家として地球のお荷物と化している国です。原爆を落とした国に対して、なぜ落とされた国はペコペコと低姿勢で揉み手をしているのでしょうか。

 原爆を落とした国の大統領が、誰か一人でも広島に来ましたか? そして、自分たちがやったことを謝りましたか? かえって、戦争を早く終わらせるためにも原爆は必要だった、というのが、当該大量殺人国家の言い分です。私は、どう考えても変だと思います。

 一昨年の秋に、インドのニューデリーで「インド日本文学会」の第2回を開催しました。この会は、ネルー大学のアニタ先生とデリー大学のウニタ先生、そして私の3人で作った学会です。そこで、デリー大学の学生が、原爆の絵本を手にして、「ピカは人が落とさにゃ落ちて来ん」とみんなで朗読しました。

Iwrbswj0_s絵本ピカ


 インドも核を持っているので、この劇は少し説得力に欠けましたが、それでも日本の歴史を理解し、戦争について考えようという姿勢は評価できます。

 先日、中島岳志氏の『パール判事』という本の紹介をしました。その中に、印象的なエピソードが語られています。
 パールは、広島の原爆慰霊碑に刻まれた「安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから」ということばに問題点を見い出します。それは、日本人がどんな過ちを犯したというのか、という疑問です。そして、落としたアメリカの反省がないことについて非難しています。

 この問題は、今に引きずっています。私も、かつてブログでこうしたことを問題にしました。

「地球のお荷物アメリカ」(2006.9.11)
http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php?categ=1&year=2006&month=9&id=1157986341

「日本人を「畜生」扱いするアメリカ人」(2006.9.13)
http://www.npo-genjimonogatari.org/blog/genjiito/index.php?categ=1&year=2006&month=9&id=1158075405

 後者では、井上ひさし氏がよく講演会で例に出されるという、以下のことばを引きました。

トルーマン大統領が長崎と広島に原爆を落としたときの喜びようは、彼が当時のローマ法王ピウス12世に宛てたメッセージに見事なまでに言い表されている。
 「畜生には畜生に応じた懲らしめが必要なのです」
(堀武昭著『「アメリカ抜き」で世界を考える』29頁、2006.1、新潮社)


 広島の次は、長崎に原爆が落とされた日が来ます。原爆を落とした国に、自分たちがしたことの意味を、さらには地球上で仲良く共存していくために必要な知性を、何とかして教えてあげたいものです。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎国際交流
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