2020年09月05日

藤田宜永通読(39)『失踪調査』

 『傑作ハードボイルド/探偵・竹花シリーズ 失踪調査』(藤田宜永、光文社文庫、1998年7月)を読みました。

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■「苦い雨」
 台湾が日本の植民地だった頃にお世話になった山浦先生を探してほしい、という依頼のために夫婦が竹花の探偵事務所にやって来ます。日本に滞在する4日間のうちに探してほしいとも。
 話には、語ろうとする力が感じられません。人間関係が甘いのは、先生と教え子という関係に頼ろうとするところにありそうです。偽金作りや密輸のことが宙に浮いてしまっています。【1】

■「凍った魚」
 漁業法違反で全国に指名手配中の飛島を、ロシア人の弁護士から依頼されて探すことになりました。
 シベリア抑留のことが、何度か出てきます。藤田の作品によく出てくるネタの一つです。例えば、こんな話として。
「収容所ってとこは、人の頭をおかしくさせるところなんだ。戦争の間、共産主義を憎みきっていた下士官あたりの中にまで、昔の言動が嘘のようにソ連の兵士におべっかを使い、同胞の捕虜に辛く当たる連中が出てきたんだよ。橋田もそのひとりだったんだがね。醜い、本当に醜い姿をわしは見せられた。だが、竹花さん、わしは、そういう連中に恨みなど持ったことはない。英雄など、この世には存在しない。誰でも、多かれ少なかれ、収容所時代は、何とかソ連側に胡麻をすろうとしていたんだ。わしも、いつも彼らの顔色をうかがってたよ。竹花さん、民主運動っての知ってるかい」
「いや」
「ようは、捕虜の民主化をやる運動だ。共産党の命令で、上官も一兵卒も皆、同じに振る舞えってわけだ。いいことだよね、本当にそうなれば。ところが、選挙で選ばれた奴らが、勝手なことを始めて、結局、軍隊時代と何も変わりはしなかった。何か問題が起こると、やはり、決着をつけるのは暴力だったね。日本に帰ってきたら、民主主義、民主主義って皆、嬉しそうな顔をしているのには、驚いた。わしなんか、民主主義と聞くと、収容所内で経験した民主運動を思い出し、嘘くさくってしかたなかったよ。まあ、これはわしの体験で、あとで聞いた話だと、収容所の全部がそうだったわけじゃないってことだけどね」(142頁)


 人間関係と絡めて、このシベリア体験が利用されます。上に引用した話の内容は、シベリアに抑留されていた私の父からもよく聞かされたことです。
 この話は推測ばかりで展開するので、読者は殺人事件の真相を探る楽しみはありません。【2】

■「レニー・ブルース」のように
 少女を探す話です。
 ストリップ小屋の話は、吉行淳之介のような感覚的な描写ではなくて、出演する人間のありようを描くだけです。味付けがないので、残念でした。
 また、後半に出てくる書道の筆は、推理話を盛り上げるどころか失望させるだけでした。アイデア倒れです。【2】
 
 
※付記
 本文庫本は、1994年4月に光文社から刊行された単行本の文庫化であり、2012年2月に「ハルキ文庫」からも刊行されています。竹花シリーズの第2冊目です。
 第1作となる『探偵 竹花 ボディ・ピアスの少女』(双葉社、1992年12月)との関係について、作者は本作の〔あとがき〕で次のように言います。

 「凍った魚」と「レニー・ブルースのように」も同雑誌(私注:「EQ」)に発表した作品だが、この二作の間に、同じ主人公の活躍する長編『探偵・竹花とボディ・ピアスの少女』(双葉社刊)を上梓した。「レニー・ブルースのように」の中に夏子という少女を追っていた時に起きた殺人事件、というくだりがあるが、これは、その長編で扱った事件のことを指している。
 長編のほうが先に本になったので、竹花はその作品から生まれた、と思っている読者も多いようだが、先ほども申したとおり、竹花は、切り取った盲腸の代わりに、作者に宿った探偵な
のである。
    一九九四年四月吉日    藤田宜永

    [初出誌および参考資料]
「苦い雨」―「EQ」(光文社)92年1月号
  「追跡、謎の運び屋たち」 NHK 89年
  「わが街 芝松本街の歴史」 芝松本町誌
「凍った魚」―「EQ」92年11月号
  「シベリア捕虜収容所の記録」 読売新聞社
  「国境の向こうの歳月| NHK
  「追跡懐かしいあの品を探せ!」NTV
  「占領軍の郵便検閲と郵趣」 裏田稔 日本郵趣出版
「レニー・ブルースのように」―「EQ」94年1月号
  「そこが知りたい〞通勤電車京葉線・途中下車の旅!=v TBS


 なお、『探偵 竹花 ボディ・ピアスの少女』については、本ブログの「藤田宜永通読(35)藤田宜永『ボディ・ピアスの少女』」(2020年01月11日)に勝手な感想を記しています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:48| Comment(0) | □藤田通読