2020年06月12日

健康のために歩く日々の中での雑感

 今、私が一番行きたいのは「温泉」です。
 先日、有馬温泉の近くに住む姉から、私の病後を気遣うなど、近況確認の電話がありました。話をしながら、「温泉」に行きたいなぁ、という思いを強くしました。新型コロナウイルスのことがあるので、まだ、気ままに行くことは憚られます。車を持っていた頃は、それこそ、全国の温泉地へ家族と共に飛び回っていました。
 今回の新型コロナウイルスが一段落したら、まずは「温泉」に行きたいと思っています。一番近いところでは、鞍馬温泉でしょうか。

 毎日、近場を歩いています。お医者さんからは、とにかく歩きなさい、と言われました。
 昨日から梅雨入りした関西では、今日は傘を差したり閉じたりの小雨が降り続いていました。
 道端や軒先には、コンクリートやアスファルトの隙間から、雑草がピョンピョンと生えています。その逞しい生命力には感心するものの、その場所の環境が荒れているようなので雑草を見るのは好きではありません。自宅のまわりでは、妻が見つけ次第にヒョイヒョイと摘み取ってくれています。梅雨が長引くと、木や草が雑草と共に生い茂ります。これも、手入れを怠ると、荒んだ雰囲気の家並みや街路になります。地域住民の方々の爽やかな街にしようという心がけが、こうしたところから見て取れます。街歩きをしていると、こんな些細なことから、その一帯に住む方々の環境への思いが読み取れるので、雑草の存在を軽く見てはいけません。何気ない草取りは、身の回りの雰囲気や人の気持ちを明るくします。

 最近のニュースでは、「経営破綻」だとか「観光客の激減」という内容に注意が向きます。京都にいると、「観光客の激減」は歩いていると誰でも容易に実感できます。「経営破綻」となると、店頭に「閉店」のお知らせが貼り出されていることから、その一端は知ることができます。そう思って歩いていてると、我が家の周辺は閉店のお知らせは少ないように思います。何とか耐え忍んで来られたのでしょう。
 ネットショッピングは、頑ななまでにしない私は、お店に足を運んで自分で品選びをします。昨日も、河原町の四条と三条のあいだにあるBALに入っている丸善へ、本を買いに行きました。膨大な本が並んでいる棚を見ていると、読みたくなる本がおいでおいでをして来ます。この誘惑との闘いも、愉しみになっています。最近は、目次と奥付けを見てから買うことにしています。昨日は、5冊買いました。みんな、観光や観光学に関する本でした。まさに、今の興味や関心がそのまま反映した選書です。おもしろいものです。他のコーナーでも読みたい本がたくさんありました。しかし、同時進行で読む本は5冊と決めているので、現在読み進んでいる3冊に、この5冊の内の2冊を加えて、また読書生活を続けることになります。この、読む本の入れ替えは、誰にも邪魔をされない極上の楽しみの一つです。

 「アフター・コロナ」とか「ポスト・コロナ」とか、今後の新型コロナウイルスの先行きが話題になっています。現在の私の関心事からいえば、観光がこれからどうなるかのを見据える中で、「観光学」とは何かを考えるのが、今直面する課題となっています。これまでは、〈源氏物語の本文データベース〉〈平安文学の翻訳本〉〈視覚障害者と百人一首〉が自分に課したテーマでした。そこへ〈観光学の定義〉という異質なものが加わりました。新しいテーマを抱えるということは、心沸き立つものがあります。そのせいか、見るもの聞くもの、何でも「アフター・コロナ」や「ポスト・コロナ」というフィルターを通して受け入れています。昔(?)の概念で言えば「考現学」かもしれません。学部の卒業論文では、民俗学の視点から唱道文芸を扱いました。民俗調査などのフィールドワークも熱心に行なっていたので、「観光」を考える素地は持っていたのかも知れません。
 この年になり、新しいものに挑戦することの新鮮さと躍動感を楽しむことになりました。これからの日々は、自分の身体を気遣いながらも、これまでの課題とこれからの課題に挑戦し続けようとの思いを強くしています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:46| Comment(0) | *身辺雑記