2020年06月04日

京大病院ではひたすらウォーキングとストレッチ(7)

 昨夜は、いろいろな連絡が入って来たために、その対処で夜中にラウンジを借りて仕事をしました。通勤のないテレワークは重宝します。しかし、その運用には社会的な理解が得られるように、厳密なルールが要るように思います。そうでないと、無制限に仕事が降ってきます。
 今朝は、いや今朝も寝不足です。
 朝食は7割ほどいただきました。

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 主治医の先生が朝の回診の時、術後の経過が順調なので明日の退院でいいでしょう、と伝えてくださいました。「お忙しい身でしょうから」とも。これで一安心です。看護師の方々とのやりとりもあり、少し慌ただしくなりました。

 そうした合間を見ては、院内のウォーキングやラウンジでのストレッチに励んでいます。今は、肩凝りが一番酷い状況にあります。

 お昼ご飯も、7割に留めました。カステラを口にするのは、何十年ぶりのことでしょう。半分ほどいただきました。

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 開腹手術の傷を守っていた腹帯が、最後になって外されました。これで、身体からはすべての手術に関係するものがなくなりました。きれい、さっぱりとしました。

 エレベータホールから、東山の方角を見やりました。

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 大文字の如意ヶ岳は、すぐ間近に迫っています。

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 夕食前に西山の方を見ると、写真の中央奥にあるiPS細胞研究所が見えたので、思わずシャッターを切りました。

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 最近は、山中先生も新型コロナウイルスに関する発言が注目されています。今日はいらっしゃるのでしょうか。一度だけ、通院の途中ですれ違ったことがあるように思います。

 夕食は完食です。よく食べられるようになりました。右手前のなす味噌炒めは、お酒のあてにちょうどいい食感と味付けです。

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 汚い話ながら、お腹が真っ直ぐになったせいか、素直に食べられて、素直に出て行きます。入りも出も、共に量が多くなりました。お腹はまったく痛くありません。下水管の穴の掃除をしたような感じです。通りが良くなったと思っています。例えがよくないかもしれませんが。
 先ほど、看護師さんが就寝前の問診に来られました。毎日私のお腹に聴診器を当てて音を聞いておられるので、どんな音がするのですか、と聞くと、自分で聞いて見られますかと言って、聴診器を貸してくださいました。これも表現が汚くて恐縮ながら、下水を流れる水の音、というのが正直なところでした。きれいな音でも、爽やかな音でもありません。毎日こんな音を聞いていると楽しくないですよね、と言うと、そんなことを期待して聞いていませんから、という反応が返ってきました。なるほど、医療の現場であることを忘れていました。失礼しました。この病院の看護師さんたちは、非常に親しみやすい方が多いので、つい世間話をしてしまいます。そして、いつも話題を躱されています。話術もなかなかのスタッフです。

 積貞棟でお世話になるのも、今夜が最後となりました。ここは癌病棟なので、次にお世話になるのが楽しみです、とは言えません。
 過日アップした、「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)では触れなかったことで、この積貞棟のことが書かれていました。「繰り返された特例措置と迷走」の節に、次の説明がありますので、該当する箇所を引きます。

 新景観条例が成立して1年後の2008年(平成20年)1月、早くも高さ制限の特例第1号が登場した。任天堂社長・山内溥氏の多額の寄付によって建設されることが決まった京都大学附属病院の新病棟「積貞棟」である。条例では高さ規制20メートルのところ、京都市は「景観誘導型許可制度」を使い、31メートルを認めると決定したのだ。この制度は、新景観政策の例外措置として、「優れた形態や意匠、良好な沿道景観に資する建物、学校病院など公益上必要な建物」などに限り、高さ制限を超えて建物を建設できるとしている。認定にあたり、京都弁護士会や市民団体からは異論が相次いだが、京都市は粛々と推し進め、完成記念式典では門川大作京都市長自らがテープカットに臨んだ。(160頁)


 これは、一体何を言いたいがために書かれた文章なのか理解不能です。多分に市長選挙のために、門川氏を揶揄する意図があったとしか思えません。しかも、前後の文章から乖離していて、意味不明で不発でした。
 私は、この京大病院の積貞棟は、8階建てにしてよかったと思っています。市民のために、大きな役割を果たしているのですから。まさに、「公益上必要な建物」なのです。村山氏は、この京大病院での治療や入院の経験はないのでしょう。お世話になると、そのありがたさがわかります。それは、今後のことになりそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:01| Comment(0) | *健康雑記

京大病院での食事を楽しむ余裕(6)

 朝、待ちに待ったオナラと便通がありました。これで、退院は確実です。毎日、毎回、先生や看護師さんから「オナラは?」と聞かれていました。晴れて「出ました」と言えるのは、普段はあまりある会話ではありません。嬉しいものです。
 食前の体重が45.5キロでした。これは大変です。もっとも、毎度懲りずに例に出す10年前も、そんなものでした。これからの回復が、長い道のりなのです。

 朝食は、これまでが4割、5割と来ていたので、6割いただくことを予定していました。

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 しかし、お腹が空いていて、美味しかったこともあり、7割も食べてしまいました。もっと食べられそうでも、ここはじっと我慢です。焦らず、のんびりと取り組みます。牛乳は間食にします。

 運動で、階段を使うのはいいとのことでした。しかし、新型コロナウイルスの対策のために、他の棟との行き来が制限されているので、積貞棟のこの階だけを歩き回ってください、とのことでした。残念です。

 お昼前に、これまでなかなか出そうで出なかった咳が、少し痰が絡んで出ました。そのことをロビーでストレッチ中に、たまたま通りかかった看護師さんに話しました。すると、すぐにもう一人の私付きの先生がおいでになり、詳しいヒアリングとなり、結局はしばらく様子見です。

 お昼は、8割は食べられそうでした。しかし、ここもじっと我慢で、7割で止めました。

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 午後は、外来棟1階にあるレントゲン室に一人で行きました。これまでの、この病院での宿泊滞在日数は、もう70日はあるはずです。多い時は、1ヶ月間も滞在(?)していました。日帰りであれば、今も2ヶ月に1回は必ず診察に来ています。優良患者です。建物は熟知しています。

 いろいろな方とメールで連絡を取っているうちに、シャワーの時間となり、そして食事が届けられました。

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 今回も、7〜8割に留めました。
 ここにポン酢が付いているのが、関西だなと実感させます。東京にいた時には、今でこそあるものの、普段はなかなかポン酢は使えませんでした。私がよく行った回転寿司屋さんでも、ポン酢を置いていない店が大多数でした。おやじさんに頼んで、簡単なものをよく作ってもらいました。いまでは、結構広まっているのではないでしょうか。もっとも、にぎり寿司は江戸のものなので、それに関西のポン酢は最初からなかった取り合わせでしょうか。食の文化は、おもしろいものです。

 今回は、時間を争う、命の危険に自分が直面していたとは思えないほどに、順調に回復しています。気を揉みながら様子を注視してくださっている方々には、もう身体は本復し、後はいつ退院できるか、という段階にあることをお伝えします。

 諸々お願いしていること、お引き受けしていることについては、もう少し時間をください。

 科研も、新しくスペイン語を専攻する大阪大学の学生さんが今日から来てくれています。この科研も、箕面の研究室に来ていただいている研究協力者のほとんどに大阪大学の職員待遇になってもらい、強力な研究支援体制ができあがっています。そんな時に新型コロナウイルスの問題が起き、私がこんなことになったのです。しかし、みなさん賢明な方々なので、ご自分の役割を果たしてくださっています。ありがたい仲間と研究を進められる環境に身を置いていることに感謝しつつ、さらなる展開に突き進んでいくつもりです。
 新しい学生さんには、以下ブログを読んでおいてください、とお願いしました。

「PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開」(2014年01月12日)

「国際集会のオープニングと原稿整理」(2013年10月27日)

「英文を表示しながら日本語で語り終えて」(2013年10月29日)

 スペインには、心強い研究仲間が何人もいらっしゃいます。今後は、『スペイン語圏における日本文学』(伊藤編、国文学研究資料館、67頁、2004(平成16)年)をさらに補訂する形でまとめますので、楽しみにお待ちください。
 
 
 
posted by genjiito at 01:02| Comment(0) | *健康雑記