2020年06月30日

本日、学長と理事に選任されました

 本日、学校法人明浄学院の理事会で学長選任決議がなされ、私が大阪観光大学の学長と明浄学院の理事に就任することとなりました。

 大阪観光大学のホームページ(https://www.tourism.ac.jp/news/cat1/6872.html)に、この件が掲載されています。

 さらに、「学長ブログ」(http://gakutyo.sblo.jp)もスタートしました。

 この日を境にして、多くのことが新しく動き始めます。
 これまでと変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 なお、大阪大学 国際教育交流センター 招へい教授として取り組んでいる科研費による研究は、このまま来年3月まで続きます。

 何かと多忙な日々となり、多くの方々にご迷惑をおかけすることも多くなると思われます。
 現在の状況をご理解いただき、変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:05| Comment(0) | *身辺雑記

2020年06月29日

京洛逍遥(633)今年の送り火は炎の点だけになります -2020年-

 お盆の伝統行事として、毎年8月16日には京都五山の送り火が行われています。
 昨年は、2万8千人の人出がありました。
 今年は新型コロナウイルスの対策として、大幅に規模を縮小して実施されることとなりました。
 残念ながら、致し方のないことでしょう。
 京都新聞に掲載された今年の点火予定図は、次のものです。

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 一番人気の大文字の「大」以外は、文字や形のどの部分かすらわからないものです。
 もっとも大きな「大」の文字については、これまでは75箇所に火床を置いての点火でした。
 それが、今年は6箇所だけです。
 今日の如意ヶ岳の「大」の写真に、点火される場所を書き込んでみました。

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 この炎の点では、「大」という文字をイメージするのは難しいでしょう。
 昨年の送り火の様子は、「京洛逍遥(570)満月を戴く大文字の送り火-2019」(2019年08月16日)でご覧ください。
 満月の演出という加勢があったこともあり、記憶に残る祖霊を送る行事となりました。

 戦前の1945年までの3年間だけは、送り火を中止していたそうです。
 一斉の縮小開催は、今年が初めてとなります。
 今年は、葵祭と祇園祭も中止です。
 来年は、ぜひともこのような事態にならないことを、ただひたすら祈るしかありません。
 
 
 
posted by genjiito at 20:32| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年06月28日

京洛逍遥(632)寺町通りの定家邸前で見かけた心無い駐車

 先日まで新型コロナウイルスのために休業中だった、河原町三条にある観光案内所が、今日は開いていました。

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 旅行者にとっては、心強い場所です。ただし、海外からの観光客がほとんどいない今の京都にとって、まだその役割を果たすまでには至っていません。かといって、観光客がどんどん立ち寄るのも、もう観光客はいらないという雰囲気になっている市民感情から言うと、微妙な存在です。当面は、日本に住まう入洛者への案内所として機能していくことでしょう。

 寺町通の中でも、京都市役所の北側の通りを散策してきました。
 西国三十三所の19番札所である革堂は、すでに何度も紹介したので説明は省きます。

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 ここの境内は、いつも花に満ちています。今日も、蓮がちょうど終わりかけで、余香を堪能してきました。

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 境内の奥では、藤袴を守る会が育成する様子が見られました。

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 食事は、革堂から少し下った一保堂の2軒南の「京都寺町ハンバーグ極楽蜻蛉」でいただきました。上品で爽やかなお店でした。注文してからハンバーグを作ってくださるので、のんびりと食事ができます。

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 このお店の真向かいにある古梅園の前には、藤原定家の京極邸の碑があります。しかし、「此附近 藤原定家京極邸址」と書かれた石柱が、その真ん前に車が一台止められていることで、まったく見えなくなっていました。

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 せっかくの歴史的にも由緒のある場所が、気付かれないままに通り過ぎて行く人がほとんどです。心無い一台の車には、運転席に人の姿がありました。他府県のナンバーなので仕方がないというのではなく、観光に来るのはいいとして、最低限のマナーを心得てほしいと思いました。この違法駐車は、発見の旅の楽しさを奪い取る行為です。この方は歴史や文化や文学にはまったく興味も関心もないのでしょう。しかし、この町は、観光を通してさまざまな楽しみを味わえるところです。海外から来ておられた観光客の心無い行為などが、大きな問題となっていました。それに加えて、こうした日本の旅人でも、こうした非常識な行為をする人が今もいるのです。残念なことです。

 夕方、賀茂川散歩に出かけました。
 中洲がどんどん大きく拡がっています。
 これから雨などが気遣われるので、早急に手を打ってもらいたいと思っています。

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posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年06月27日

朴光華著『源氏物語−韓国語訳注−』(明石巻)完成

 韓国の朴光華先生が、『源氏物語』の韓国語訳を刊行なさいました。今回は「明石」巻です。

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 コツコツと、丹念に訳と注を進めておられます。まだ、あと20年以上はかかるようです。
 お仕事の進捗状況は、「海外平安文学情報」の「『源氏物語』翻訳史(略年表)」(https://genjiito.org/genji_infomation/genji_history/)で確認できます。
 検索する「言語」を「ハングル」にすると、25件ヒットします。その中に、「須磨」巻までの16件が朴光華先生の訳注本です。(画像をクリックすると精細な画像になります)


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 いただいたお手紙の中の本書に関連する箇所を引きます。

 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。この度、『源氏物語-韓国語訳注-』(明石巻)ができあがりましたので、お贈りいたします。不足なところが多いと思いますが、何ぞよろしく申し上げます。この『源氏物語−韓国語訳注−』(前期)は、今後十九年という長い歳月をかけて刊行されることになっています。逐次、完成され次第お贈りいたします。次は総角巻です。今後もよろしくお願いいたします。

〒31161
韓国 天安市 西北区 双龍3洞 住公9団地 402-501号
E-mail : pkhwapk@hanmail.net

2020年5月29日 朴光華 拝

[あらためて、次のように著者、出版社、本書の構成など主要事項を日本語で記しておきます]
1)著者:朴光華(Park KwangHwa)
2)初版発行日:2020年5月1日
3)出版社:図書出版DNP
 〒31166韓国 忠南 天安市 西北区 双龍 4GIL 8、1F
 電話: 041-572-7887 E-mail : tdx1000@naver.com
4)総頁:492頁
5)定価;:㌆60,000
6)ISBN : 979-11-964307-2-6 (03830)
7)本書の構成:
 写真6枚
 序、凡例、明石巻の概要、登場人物系図、参考文献など : l~26頁
 明石巻(日本語本文、韓国語訳、韓国語注) : 27~479頁
 論考「平安時代の月の色」(小町谷照彦) : 480~484頁
 後記(日本語) : 485~486頁
 図録 l~6 : 487~492頁


 興味と関心をお持ちの方は、直接朴光華先生に連絡をとられたらいいかと思います。

 次の「総角」巻の完成を心待ちにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:55| Comment(0) | ■科研研究

2020年06月26日

ネット越しのコミュニケーションと直接会うことの意義

 新型コロナウイルスの影響で、不要不急の会議に留まらず、多くの会議がリモート方式になっているようです。顔を合わせて一緒に考えたり、相手の意見を直接聞くということが、オンラインの対談に置き換わってしまっているのです。ただし、その内実については、私はその効果を疑っています。

 そんな風潮に逆らうかのように、今日は遠方に出かけて打ち合わせの会議を持ちました。会場は少し広めのホテルの一室で、参会者8名は十分にお互いの距離を取っての会談です。最初は、お互いの距離に違和感がありました。しかし、次第に慣れてきます。やはり、直接顔を合わせて話し合うと、自然と意見交換が活発になります。ネット越しでは、モニタ越しの気配や様子を窺いながらなので、こうはいきません。

 会うことの意義を、今は模索中です。学校での遠隔授業や会社でのリモート会議などなど、賛否さまざまな意見が交わされています。そうした中での今日の対面会議は、充実した話し合いができたこともあり、リモートとかテレとか言われる手法の限界を痛感することになりました。人と人との関係が疎遠にならない配慮は、会議の内容によっては多様な組み合わせを考えて実施すべきでしょう。遠くから足を運び、一所に集まっての話し合いでしかできない会議があることを体感できたことは、大きな収穫でした。

 今、バーチャル留学について調べています。現地に足を運んでこその留学です。しかし、それが叶わない場合の、事前の、中休みの、事後の学習には、有効だと思われます。ただし、その場合には、教える側の力量がものを言いそうです。その辺りの見極め次第では、これは大きな可能性を秘めた教育の機会の提供となり、多くの方の学習を手助けしてくれそうです。もっとも、今の私にはマイナス面が先に頭をよぎります。さらに情報収集と活用事例を集めることにします。

 ネットを活用したコミュニケーションのありように、全否定しません。しかし、それに頼り切るのも危険です。その兼ね合いが大事です。今はめずらしいことも手伝って、刺激的なので有効な手段として取り組んでいる段階かと思われます。しかし、私は、できることならネットを活用した授業や講演はしたくありません。すぐに飽きそうです。人と人とが間近に、目と目を合わせてのコミュニケーションこそが、語り手の意志と聞き手の心が通い合うものだと思います。そのバリエーションの一つとして、または緊急避難としての通信の活用なら、理解できます。次善の策としてのリモートなりテレなら、有効に活用できる局面は多いことでしょう。

 カメラに向かい、モニタを見つめながらの対面コミュニケーションは、これからどうなっていくのでしょうか。その動向に、大いに興味があります。
 
 
 
posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | ◎情報社会

2020年06月25日

京洛逍遥(631)恵文社一乗寺店で本との出会いを楽しむ

 今日の午後から大雨になるようです。
 玄関先の花は、日増しに彩りを増しています。

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 降り出さない内にと、ウォーキングを兼ねて買い物に出かけました。
 高野川から望む比叡山は、今にも雨雲でスッポリと覆われそうです。

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 左端には、京都五山の送り火「妙法」で知られる「法」の字が、山肌にかすかに認められます。

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 行きたかった書店、恵文社一乗寺店に行き着く途中で小雨がパラつき、すぐに強い雨となりました。

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 この恵文社一乗寺店は、その品揃えがプロです。全国から本を探しに来られる意味が、この本屋さんの中に入るとわかります。一般の書店と違い、個人では探し切れない本が所狭しと、しかも整然と並んでいます。本棚の前をカニ歩きしながら、これもほしい、あれもほしいと、目移りして困ります。関連する本が、実に巧みに並んでいるので、本を連想ゲームのようにして手に取って確かめられます。贅沢な時間が、2時間近くも、あっという間に経ちます。
 今日は、お店の方が紹介してくださった本も含めて、探し求めていた3冊もの本との出会いがありました。この出会いが愉しくて、本屋さん巡りはやめられません。
 もともと私は、ネットショッピングは頑なにしないことにしています。特に本は、探す愉しみを楽しんでいるので、書名と画像だけでは買いません。本を縦から横から目で眺め、目次を確かめ、パラパラとページを繰って手の感触を大切にして本を選びます。今日は、収穫の多い充実した日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:04| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年06月24日

不便を強いられる京都市内の公衆Wi-Fi

 通勤途中でのことです。
 市バスの中で画像のやり取りをする必要があったので、Wi-Fiにつなげようとしました。京都市内を移動するときには、手間をかけてやっと接続できても、移動中にブツブツ途切れるので、何度もつなぎ直しをさせられます。その前にやらされる、接続のための儀式にも、時間以上にいろいろと手間がかかります。そのためにいつもは、家を出たらWi-Fiは切り、移動中はスマホの通信回線を使います。
 しかし、画像が多いことが予想されるときには、劣悪であっても公衆回線を利用する方がいい時があります。

 今日も、まさに常態化している悪戦苦闘の末に、やっとWi-Fiにつながりました。しかし、移動するバスの中ということもあってか、何度も通信が切れます。つなぎ直すために、3回も面倒な手続きをしているうちに、目的のバス停につきました。やれやれです。

 次は、阪急電車のWi-Fiです。いつもは、これもつなげるまでの手間が大変なので、使わないようにしています。しかし、今日は阪急さんの機嫌がいいのか、何もしなくても、どうしたわけかつながりました。結果オーライということで、今日は快適にWi-Fiを使いながら、道中での仕事が捗りました。

 新型コロナウイルスに端を発し、今や新しい生活のパターンが始まったとされています。そうであれば、京都市も観光客と旅行業者の便宜ばかりを考えるのではなくて、京都に住む人間のことも少しは考えた施策を実行してほしいものです。
 市民の犠牲の上に成り立つ観光は、本末転倒です。すでに為政者は、このことに気付いておられるはずです。しかし、放置されています。新しい生活を展開する上で、地域住民の生活を大切にする意識を、お役人さんはもっお高めてほしいと切に願っています。その中で、この手抜きの公衆Wi-Fi環境も、まじめに取り組んでほしいものです。快適なWi-Fi環境を提供すれば、訪れる観光客もありがたく思うはずです。

 セキュリティの問題は、利用者が自己責任の元に接続するものであり、技術の発達でおのずと解決されていくものだと思われます。その前に、今のインターネットがあまりにも陳腐になってきたために、もう見限られる気配があるようです。新たなネット環境を活用した情報網の提供を、そろそろ検討する時期になっているはずです。その時には、もっと利便性の高いものにして、サービスをしてほしいと思います。

 まずは、この市内における公衆通信環境の実態を調査してはどうでしょう。その酷さに愕然としてもらうことで、これは何とかしなければと思われるはずです。お金を落としてくれる人の引き込みと、市内でお金儲けをする人のことばかりが優先される施策がなされています。これでは、住民の心をねじ曲げるだけでなく、文化や伝統をいびつにします。一日も早く、健全なネット環境への対処をしてほしいと願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 18:41| Comment(0) | ◎情報社会

2020年06月23日

翻訳本を分別するアルバイトさんを急募(その8)

 先週、本ブログで「翻訳本の整理に関するアルバイトを募集中(その7)」(2020年06月17日)という記事を掲載しました。
 それに引き続き、箕面の研究室にある翻訳本そのものを、(1)言語別(2)発行年別(3)作品別など、いくつかのカテゴリーに分別して番号を付けてリストにまとめ、各冊に整理番号のシールを貼る作業をお願いしたいと思います。
 期間は、7月と8月です。それ以降、来年3月までについては、現在取り組んでいる科研の内容に応じて、興味と関心のあることで研究協力をしていただけると助かります。
 とりあえずは、来月からの2ヶ月間です。
 条件などは、以下のポスターの通りです。

 お知り合いをも含めて、この情報を拡散していただけると幸いです。
 他大学の学生さんや、社会人の方も歓迎します。
 面談の日時は、火曜日の午後13時から16時の間に研究室で行ないます。
 希望される方は、本ブログのコメント欄を利用して連絡をいただければ、折り返し面談に関してメールを差し上げます。

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posted by genjiito at 20:29| Comment(0) | ■科研研究

2020年06月22日

宇治天然温泉「源氏の湯」に入る前に「馳走寿司」をいただく

 温泉に行きたいと思いつつ、新型コロナウイルスのためになかなか行けません。
 先日も、鞍馬温泉に行きたいと思っていることを書きました(2020年06月12日)。しかし、7月3日までは営業再開に向けて臨時休業とのことです。
 この前に温泉に行ったのは、なんと昨年師走になります。2019年12月01日に、お茶のお稽古の帰りに大和平群の「音の花温泉」に行ったことを書いています。あれから半年も行っていないのです。
 いろいろと調べていると、宇治の天然温泉で知られる「源氏の湯」が営業していることがわかりました。近鉄大久保駅からすぐです。この前ここに行ったのは、「京洛逍遥(540)大和でお茶のお稽古の後は宇治の温泉へ」(2019年04月21日)の記事の最後に書いていました。しかも、その時も、お茶のお稽古の帰りです。その前日には、鞍馬温泉に行っていたこともわかりました。ブログに書いておくと、何かと重宝する記録簿になります。

 さて、「源氏の湯」に行くと、いつもは帰りにその前にある回転寿司「くら」に行くのが慣例となっています。しかし、今日はお腹が空いていたので、まずお寿司をいただいてから温泉に入りました。

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 新型コロナウイルスの感染対策が万全で、まったく心配はありません。また、お寿司も回転しているものはほとんどなくて、パネルで注文すると席までレーンをお皿が走って来て届けてくれます。クルクル回らないので「回転寿司」とはいえないことはともかく、衛生的であることは確かです。さしずめ「馳走寿司」と言えばいいのではないでしょうか。まったくの思いつきのネーミングですが。

 入口は、これまでとまったく変わっていません。

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 壁に掛かっていた額の源氏絵は、国宝源氏の模写版でした。前からこの絵だったのか記憶にありません。消毒液は、最近置かれたものであることは確かです。

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 温泉は人も少なくて快適です。肌もスベスベします。今月初めに開腹手術を受けた後、まだ少し切り傷が痛むことがあります。しかし、今日の温泉で爽快になりました。
 心機一転、また明日から科研の業務に取りかかります。
 
 
 
posted by genjiito at 21:34| Comment(0) | *美味礼賛

2020年06月21日

休日の大阪市内で一仕事を終えて

 今日も会合に出席するために、大阪市内に出かけました。出町柳駅前からは、如意ヶ岳の大文字が爽やかに「大」の字を見せています。

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 京都五山の送り火まで、あと1ヶ月半。今年の大文字は、いつもの年に増して疫病退散を中心にした、切実な願いや祈りに包まれることでしょう。

 京阪電車の乗客は適度にコントロールされた数なので、安心して移動ができます。
 乗り換えの淀屋橋駅で地上に出ると、中之島がきれいに見通せます。

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 左から、日銀、市役所、図書館、公会堂と、歴史的な建造物が並んでいます。
 水の都大阪を実感するエリアです。

 帰りは夕方だったので、乗客は多い方でした。休日なので、お買い物帰りでしょうか。地下鉄では、拳一つ半くらいの隙間を空けて、ゆったり座っておられます。そのせいもあり、数人が立っておられました。
 そんな中で、隣の方が私との間に大きめのカバンと紙袋をドンと寝かせて置いて、ちょうど1人分以上の間隔を保っておられます。確かに、ソーシャルディスタンスを考えると、それくらいの間をとってもいいと思います。しかし、今は少し混み合っているので、多少は融通を利かせてもいい状況です。少し体格のいい女性だったので、その方と荷物のスペースには、スリムな私が3人は座れます。そんなに自己主張しなくても、と思いました。かと言って、少し詰めませんか? と言うわけにもいきません。なかなか、難しいものです。

 京阪電車は、2人がけのベンチシートに1人ずつ座り、いつものようにゆったりしていて快適です。日曜日の夕刻とは思えないほどに、時間もゆったり流れていきます。
 窓から見える大阪湾に沈む夕陽が、幻想的な色を見せていました。
 無事に一仕事を終えた後なので、ついシャッターを切り、しばし夕景に見惚れていました。

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posted by genjiito at 22:29| Comment(0) | ・ブラリと

2020年06月20日

読書雑記(289)中村真典『元CA訓練部長が書いた日本で一番やさしく、ふかく、おもしろいホスピタリティの本』

 『元CA訓練部長が書いた日本で一番やさしく、ふかく、おもしろいホスピタリティの本』(中村真典、晃洋書房、2018年3月)を読みました。飛行機の機内での、サービスに関する話です。しかし、それが日常の我々の日々に不思議とリンクします。著者の体験談を通して、多くの生きる知恵をいただける本です。

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 本書は、次の視点で書かれたものです。「はしがき」から引きます。

 以前に電子出版した「CAになりたいあなたへ教えてください! 訓練部長」(ホルス出版、二〇一五年)はありがたいことにご好評いただき、たくさんの人が読んでくださいました。ただ、残念ながらせっかくのエピソードが訓練科目の順番に並べられていたため、私が言いたいホスピタリティ・マインドを十分に伝えきれていないようです。そこでこの本では、あらためて、ホスピタリティがサービス業界において重要視されるようになった経緯に沿ってホスピタリティ・マインドをお伝えすることにしました。
(中略)
 また Column として、私の教官時代のエピソードで、外国人訓練生に関するものを紹介しました。ホスピタリティにおいて相手の立場に立つ時、その相手が外国人の場合は当然その文化への理解が必要です。人種・民族を超えた共通の優しさ・親切さはあるものの、誤解を生みやすいマナー・エチケットの違いがあるのも事実です。ホスピタリティの背景となる異文化交流の一助になれば幸いです。(3〜4頁)


 各節では、短い逸話が語られます。そして、最後に必ず質問として「Q」が置かれています。例えば。

(中略)
 「どうせ○○しても」。便利な言葉です。しかしサービスを担当する者には禁句です。それを言い出すとキリがありません。
 その「どうせ」をなくせ!
 チーフの短い言葉が私にサービスの基本を思い出させてくれました。

Q[日常生活の中で、どうせやってもムダだと思うことはありますか?](28〜39頁)


 これは、語った内容に読者を引きとどめて、自己の体験から理解を深めようとするものです。実に効果的な問いが置かれていきます。

 次々と、さまざまな失敗談で読む者を惹きつけます。さすがは、豊富な経験がものをいう、わかりやすい文章です。
 第2章では、次の一節が気に入りました。こんなフレーズが多いので、楽しく読めます。

 笑顔を絶やさず、「おしぼりでございます」「どうぞ」「おしぼりはいかがですか」と、単調にならずきちんと言葉も添えています。「動作に笑顔と言葉を添えて」の模範のようなサービスです。
 でも、なぜか丁寧な印象を受けません。何が足りないのでしょうか。
 ずっと観察していて、気が付きました。目線がすぐ次のお客さまへ行ってしまうのです。目切りが早い、という言い方もします。「お客さま、おしぼりでございます」と言った瞬間、もう目線が次の列へ移り、結果として、おしぼりを差し上げた側に、自分へという感じがうまく伝わりません。それを繰り返すことによって、結局、丁寧さが感じられないのです。
 リカーサービスの時、私はトマトジュースを頼みました。手際よくレモンスライスを添えたトマトジュースが目の前に出され、塩・コショウの小袋がテーブルの上に置かれたところで、私が「ありがとう」と顔を上げると、彼女の顔は既に反対側の列のお客さまに向いていました。これでは、何か頼もうと思っても、わざわざ声を掛けなければなりません。(54頁、「3 目切りの早さ」)


 「目切り」という言葉を、本書で初めて知りました。そして、この逸話の意味することも得心できました。ここでの末尾は、次の質問が置かれています。

Q[サービスを受けた直後に相手の表情を見たことがありますか? 多くの学びが得られます。]


 これは、次の「4 目切りの遅さ」の節で、「お客様より一秒遅い目切り」(57頁)として、ワンランク上の心がけの例となって語られています。この2節だけで、もう忘れられない本となります。

 京都の老舗旅館の女将から話を聞いた後の質疑応答で、「サービスに当たって、モットーのようなもの、大事にしている言葉があれば、教えてください。」と問われた時のその女将の答えが秀逸です。

「三つあります。
 一つ目は、『誠心誠意』。
 接遇にあたり、これ以上大事な心構えはありません。仕事だからではなく、自分の生き方として、まごころを込めてお客さまのために働く。打算的な考えが入る隙間も与えない。サービスの極意の言葉だと思います。
 二つ目は、『臨機応変』。
 お客さまのためを思っても、それを行動に移せなければ何にもなりません。状況に応じて最善の行動をとることが必要です。発想の柔軟性も必要です。
 三つ目は」
 そこで間を置き、チャーミングな笑顔を見せて、続けました。
 「これは秘中の秘です。何の説明も付けません。よーく聞いて、帰ってください。
 三つ目は、……『うそも方便』です」

 彼女の話の中に「ホスピタリティ」という言葉は一度も出てきませんでした。しかし「三つ」すべてに、ホスピタリティ・マインドが深く関連しています。

Q[なぜ「うそも方便」がサービスに当たって大事な言葉なのですか?](120〜121頁)


 この節を読み、私はしばし天を睨んでその内容を噛み締めました。

 本書を読み終わり、さて、「ホスピタリティ」を日本語ではどう表記すればいいのだろう、と自問しています。これは著者から与えられた課題だと思い、しばらく温めてみます。【5】
 
 
 
posted by genjiito at 19:47| Comment(0) | ■読書雑記

2020年06月19日

コロナ対策について観光学の分野から成果が社会還元されているのか?

 大阪市内での打ち合わせに出席するため、京阪電車で出かけました。通勤時間帯ではなかったこともあり、車内はガラガラです。40席ほどある大好きなダブルデッカーには、道中4〜10名の方が乗り降りしておられました。旅行者らしき人はゼロです。京橋駅の手前の枚方市駅を過ぎると、少し増えました。しかし、それでも、2人シートに1人がせいぜいなので、広さの半分以下の乗客です。この沿線住民の問題意識が高く、新型コロナウイルスの感染拡散に注意が行き渡っていることを実感します。
 さて、これから海外の旅行者が日本に来だした時、移動手段として交通機関を使うようになると、この状況はどうなるのでしょうか。今のような整然としたマナーは、望むことができないことはわかります。その事態にどう対処すべきか、各機関は検討しておられるとは思うものの、不安な思いを抱いています。
 本日より、国内の移動の制限が緩和されました。都道府県を跨ぐ移動が解禁となったのです。観光客の増加を、これまで通りに是とするのであれば、早急に対応策が求められます。これまでの観光客を呼び込む施策を見直し、新しい観光の規範を考える時です。一日も早い検討が求められます。さて、国は、都道府県は、このことでどのように動いているのでしょうか。大阪を中心とする関西は、すでに検討が進んでいることでしょう。他府県に跨る問題だけに、全国的な動きが気になります。
 お金儲けが前面に出る問題だけに、ここには難儀な課題が突きつけられています。それだけに、観光地とその周辺で生活する住民のことをどこまで視野に入れて検討がなされているのか、大いに気になるところです。「観光客はもういらない」という考えが、京都では住民に広がっています。経済が最優先のメンバーによる検討に終わらないことを願います。住民を抜きにしての観光の見直しは、もう時代遅れです。オーバーツーリズムの問題にどう対応するかが、議論の中心となるべきでしょう。
 それにしても、観光に関する研究をしている、して来た研究者は、こうした問題にどのような対応策を持ち、それを提示しておられるのでしょうか。新聞や雑誌を含めて、マスコミが流す報道には、観光分野の研究者の発言が見られないように思います。旅行業者や宿泊施設やお土産物屋さんの苦境ばかりが報じられています。
 私は、日本では観光学が未成熟だと、本ブログでも以前から公言しています。今も変わりません。観光学は、これまでの研究成果を基にして、現状の対処策を社会に還元してしかるべきです。それがいまだに見られない(と思われる)のは、観光に関する研究が、学問として体をなしていなかったと言わざるを得ません。私が「未成熟」と言って来たこの「学」のことは、期せずして新型コロナウイルスの問題が国の重要な課題となり、今はここに行きついていると思っています。
 専門外の立場からの発言なので、観光を専門に研究なさっている方々や、関連諸科学の分野の方からは、ご批判やご批正があることでしょう。今を機会にご教示いただけると、さらに広く観光に関する学問的な理解が深まると思われます。そして、私もこの分野の勉強をして、いろいろと考える一助にしたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ◎情報社会

2020年06月18日

読書雑記(288)井口貢『反・観光学』

 『反・観光学 柳田國男から、「しごころ」を養う文化観光政策へ』(井口貢、ナカニシヤ出版、2018年9月)を読みました。

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 柳田國男の著作に刺激を受けながら、観光について語ります。しかし、終始、一つのことをさまざまな視点で語っていくため、文意が辿りにくい文字列の集合体となっています。この種の文章は、読み進むのが苦手な方が多いのではないでしょうか。私も、この表現の連続に、なかなか慣れることができず、行ったり来たりしながら読み進めました。時間がかかりました。疲れる文章でした。なかなか、語られている文章の中に入り込めないのです。
 漢語が散りばめられ、しかもこの意味が連環せずに上滑りしているので、語ろうとする意味はなんとなくわかるものの、すんなりとは入って来ません。話題が飛びすぎる傾向が強いので、そのつながりを読者が構築しなければならないこの語りの手法は、読者に多大な負荷のかかる文章となっています。
 例えば、次の文章は意味深なことを言っているようで、その実よくはわからない表現です。

 現象に終始する流行り言葉となってしまった観が強いコンテンツ・ツーリズムを理性という枠組みのなかで克服できるのは、実は底流として流れる文学の力(本当の意味でのコンテンツ)に他ならない。(20頁、「底流として流れる文学の力」の右横に傍点が振られている)


 オーバーツーリズムについての言及は、柳田の例を引いた後に次のように言います。

 実際にはあり得ない例かもしれないが、文化政策の評価を経済効果と計量性に大きく委ねてしまうと、起こり得ることに近いのではないだろうか。観光という側面で考えても同じようなことは生じ得る。観光政策が経済効果や商業主義への比重が大きくなればなるほど、「入り込み観光客数、インバウンド増収策」至上主義に傾き、そのまちに住まう人々、そしてひいては邦人であるか否かにかかわらず、己が国にくらす人々のくらしと文化を損ないかねないものにしてしまう。ましてや、入り込み観光客数が多いまちほど、観光政策もより優れている、あるいは観光という行為において、質的高さを保っていると、はたしていえるのであろうか。
 逆にいえば、文化政策の真骨頂は、そういう捉え方に堕さないための、批判的視座を留保する理性の枠組みとならなければならないのである。にもかかわらず、現状は定量・計量重視型で評価され定性的に語りその視点からのより良き改善、政策の軌道修正を図ることが少し欠落しているのではないだろうか。「名が有つて形が整わない」という柳田の危惧は、いつ克服されるのであろうか。(66頁)


 ここには、さらなる解説がほしいところです。著者の読解が、取り上げられた対象に深く切り込んでいかないのです。食材が投げ出されたままの状態が多いので、消化不良が続きます。
 松本清張の『砂の器』のことが引き合いに出されています(20、79頁)。そこで筆者は、清張は柳田の「着想をヒントにしたのであろうか」と言います。確かに、『砂の器』には柳田の「方言周圏論」のことを国立国語研究所で教えてもらいます。このことに言及するのであれば、観光・文化・芸術・地方・言葉(方言)・人間関係という切り口から、さらに考察が展開するはずです。しかし、残念ながらそれは「横道」(79頁)として切り捨てられてしまいます。もったいないことです。
 話題のチョイ出しで終わる例としては、十一面観音や私の好きな井上靖の『星と祭』が出てきたところでも、大いに失望しました。話が膨らむかと思いきや、何ということはない少し触れただけで終わるのです。

さらにいうならば、この里の十一面観音をモチーフに、主人公・架山洪太郎の愛娘の死と死生観を巧みに描いた井上靖(一九〇七-一九九一)の名作『星と祭』(初出は朝日新聞に連載、一九七一 - 七二年、現在は角川文庫、二〇〇七年)の存在も忘れてはならないが、ゆえに冥界で嘆息する作家はさらに増えそうだ。
 なぜ「観光」がこうなってしまうのだろうか。十一面観音像の多くは「遊び足」で表現されている。こじつけになるかも知れないが、この「遊び足」が今の観光では、足りなくなってきているのも一つの原因ではないだろうか。(159頁)


 観光文化学科を創設する時の話は、もっと聞きたいところです。

 「観光文化」という言葉を使用すると、泉下の柳田がどう思うのか不安がないわけではない。ある意味では私事になるが、二十年近く前に岐阜市のある大学の文学部に「観光文化学科」を設置することになり、その文部省(当時)の設置認可に対応してカリキュラムの作成から教員の採用に関する部分まで関わった経験がある。そのころおそらく、観光文化という言葉は、一般的に広く認識されていたそれではなかったと思う。文学部に設置するということが大前提であったこともあるが、個人的にいえば、「観光文化」を表記する以上、極力「観光経営」や「観光経済」あるいは「観光業に関わる資格の取得や検定試験対応」という色彩を、カリキュラムのなかで出したくなかった(それが良かったかどうかは、と
もかくとして)。専門学校との差異も出したかったが、このころ全国の大学では観光に関わる学部・学科はもちろんのこと「科目」としての存在も、決して多くはなかった。学部としては、立教大学に初めて設置される前後のことであったと記憶している。
 誤解を恐れずにあえていうならば、「観光業学」よりも「観光学」を学ぶことによって、業界人よりもむしろ教員や学芸員、官公庁で観光に携わることができる学生たちを養成したいと思っていた。ゆえにカリキュラムの基幹で想定したのは、柳田國男の思想や志半ばで絶筆とはなったものの『街道をゆく』という大作を世に遺した、司馬遼太郎の足跡であった。そしてさらにこの分野で彼らと匹敵する思想家として意識したのが、宮本であった。いやそれ以上に、学としての「観光文化」というときには、「観光文化論の創始者・宮本常一」という名と彼が生涯を通して考え求めたことを、学生たちに伝え読み込んでいってほしいと、強く念じていた記憶がある。(94〜95頁)


 痒い所に手が届かないままに投げ出された文章の例をさらにあげます。

 宮本の京都観の一端を紹介した。京都に長く住まう人たちの多くは理解しているに違いないこれらの言葉を、観光振興に携わる人たちこそがまずは読解する必要性があると思う。観光文化を理解するうえで、「くらして良いまちこそが、訪れて良いまち」ということは大前提である。決して「訪れて良いまちが、くらして良いまち」とはいえないはずである。直前に記した京都の使命を達するためには、入り込み観光客数に拘泥するのではなく、「訪れて良いまちが、必ずしもくらして良いまちとはいえない」ということを認識すべきである。そしてそれが、全国の地方のまちの観光をより良きものとするための手本となるに違いない。数年前に行なわれた「四条通りの歩道拡幅」のこれからの行く末が楽しみでもあると、皮肉を込めつつ記しておこう。(104頁)


 ここで「皮肉」とあることについて、何にどう皮肉が込められてのことなのかがわかりません。しっかりと語ってから次の話題に移るべきです。このままでは、読者に対して無責任です。京都に住まう人に対しても、技の懸け逃げとしか言いようがなく失礼です。
 観光地が観光客に媚び諂っている様も指摘しています。

 観光客に対してギャグを交えおもねるような設えづくりは、決して本当の意味での町おこしでもなければ、観光でもないのである。宮本常一は「観光とは」という小論のなかで「少し旅行者にこびすぎているようにさえ思うのである」と、すでに一九七六年(昭和五十一)に述べている。こうした現象は、昨今の観光立国を目指す勢いと歩調を合わせるようにして、増幅していないだろうか。それは結局は、単なる数字合わせだけを是とする、しかし、"自治体の正義"としての、通俗的な観光政策評価に堕して終わるだけのことにすぎない。(139頁)


 ただし、説明はそれ以上はなく、ここでも話は流れていきます。言葉だけが上滑りしています。本書で散見する、キレの悪さを見せるところで、残念な思いをしました。

 「おわりに」で、次のように本を読むことについての要望が書かれています。この文字列を目で追いながら、ここまで本書を読んできて、著者の意識とその産物である本書の実態の落差を思うと、戸惑いを禁じえません。あくまでも、これは「古典」の場合の話である、と言われても、それは詭弁でしかないと思います。

 抽象的に表現されていることは、具体的に思考し理解してみる。具体的に書かれていることについては、読者自身のなかで抽象化し、敷衍化できる部分として読み解いていく。そんな知的作業を読書として、若い人々はもちろんのこと、第一線をリタイアした高齢の方がたもぜひ取り組んでいただければと思う。さらに社会人まっただなかで、読書といえばもっぱらビジネス・ハウツウ本と雑誌という多忙な人たちも、少しの間隙をぬってそんな「古典」に触れてほしいと切に思う。(220頁)


 この分野を専門に研究されている方には、内容が読み取れるのでしょうか。専門外の私には、文体と飛び飛びの内容が集中力を切らせて、わかった気にもならなかったのは、残念です。学びの必要があったために読んだだけ、ということに終わってしまいました。
 なお、南方熊楠のことを扱う最終章は、本書全体から見ると不要だと思います。ただし、「おわりに」(219頁)に記されているように、これは出版社側からの依頼があったからということのようです。そうであっても、生煮えの煮崩れしたネタが並ぶ文章を読まされる読者のことも、少しは考えてもらいたいと思いました。
 さらに、冒頭に掲げた写真にあるように、本書の帯には、「観光学は「金もうけ学」でいいのか!?」と書かれています。私が読んだ理解では、本書はこのようなことを語る内容ではなかったように思います。ますます、本書のありようが理解不能になりました。【1】
 
 
 
posted by genjiito at 19:58| Comment(0) | ■読書雑記

2020年06月17日

翻訳本の整理に関するアルバイトを募集中(その7)

 大阪大学を拠点にして取り組んでいる科研(基盤研究A)「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)の調査研究は、新型コロナウイルスのために変則的な対応をしながらも、順調に進んでいます。今日も、6人で、打ち合わせをしながら取り組みました。
 昨日から新たに、海外における研究状況がわかる情報を収集することにしました。ある国のある大学で、日本の平安文学に関してどのような講義や講演や研究会、さらには社会人を含めての勉強会がなされているのか、ということを調べます。大学に限らず、民間に公開された市中での社会人講座ではどうなのか、ということも含めます。もちろん、どなたが担当しておられるかも調査対象です。
 これらの情報は、気長に集め続けることで、その国における取り組みの姿勢や興味と関心がわかるものとなります。貴重なデータベースに育っていくことを願っての着手です。
 関連する情報をお持ちの方からの協力も、お待ちしています。
 この情報は、秋口にはホームページ「海外平安文学情報」で公開しますので、情報の追補や補訂に関して、多くの方々からのご教示がいただけることを楽しみにしています。

 現在は、ロシア語、ベトナム語、中国語、スペイン語を勉強している方に、アルバイトや研究員として研究室に来てもらっています。こうした流れを踏まえて、多言語のデータベースを手助けしてくださる方を、さらに以下の言語について募ります。

 アラビア語・クロアチア語・スロベニア語・フィンランド語・ポルトガル語・リトアニア語

 〈仕事内容〉〈時給〉〈日時〉〈場所〉〈連絡先〉は、前回掲示したポスターを再掲しますので参照願います(画像をクリックすると精彩なものになります)。なお、募集する言語は、このポスターに書いてあるものではなくて、上記の言語です。

191029_poster.jpg

 こうした言語の運用および翻訳そして情報の整理ができる方について、お知り合いをも含めて、この情報を拡散していただけると幸いです。他大学の学生さんや、社会人の方も歓迎します。
 面談の日時は、火曜日の午後13時から16時の間になります。
 希望される方は、本ブログのコメント欄を利用して連絡をいただければ、折り返し面談に関してメールを差し上げます。

 別件です。
 本日、あの話題のマスクが2枚、自宅に届きました。
 京都市左京区は今日であった、という記録を残しておきます。

200617_mask.jpg 
 
 
 
posted by genjiito at 21:01| Comment(0) | ■科研研究

2020年06月16日

久しぶりの箕面キャンパス

 好天の一日、久しぶりに箕面キャンパスに出勤です。
 通勤時間帯は混んでいるので、少し時間を遅らせました。すると、ガラガラです。

 研究員のみなさんがしっかりと科研を支えてくださっているので、私は自宅からのテレワークでの参加でここまできました。ありがたいことです。
 やはり、直接顔を合わせないとできないことが多いものです。テレワークとかリモートワークが話題になっています。しかし、それは私の仕事では、指示や質問レベルとデータのやりとりが限界です。根幹部分は、やはり直接顔を合わせて意見交換や話し合わないと、意思の疎通に問題を来します。目を見て、何がポイントで何が付帯的なことなのかを確認し、お互いの考えを交わさないと、無駄の多いプロジェクトになります。科研の場合は成果が問われるので、こうした確認のプロセスは非常に重要です。

 テレワークやリモートワークでもできることと、それでは不可能なことを仕分けることが、効率的に仕事をこなす近道だと思うようになりました。

 今後の科研の運用の見通しをホワイトボードに記された項目を見ながら意見交換をしたり、実際に具体的な課題を取り上げてスケジュールの確認をしました。
 新型コロナウイルスにより学内の研究室が使えなかったことや、私が突然の手術で何かと運用が停滞しかかっていたことなども、研究協力者のみなさんの理解と協力で、とにかくことなきを得ていることが、今日は確認できました。重ね重ね、ありがたいことだと思います。

 今日は、溜まっていた書類の処理が捗りました。書類の処理程度なら自宅でできるとはいえ、やはり現場に来て見渡すと、細かなチェックができます。仕事が見えるという点では、在宅ではなくて職場は必要だと思うようになりました。
 仕事のやり方に関して、気付くことの多い有意義な1日でした。
 
 
 
posted by genjiito at 20:36| Comment(0) | ■科研研究

2020年06月15日

糖尿病と消化管と歯の検査ですべて問題なし

 今日は、京大病院の検査で忙しい1日となりました。
 まずは、糖尿病・内分泌・栄養内科です。
 ヘモグロビン A1cの値は、昨年末から以下のように推移しています。

19年12月−20年3月−20年4月−20年6月
   7.1   7.5   7.3   7.2


 消化器官のない私には、高目安定との判断がなされているので、特に問題なしということになります。乱高下がないのは、それなりの評価をしてくださっています。
 血液検査では、この血糖値以外はまったく異常がないので、合併症の疑いも皆無です。これまでと変化なし、ということで安心しました。
 ただし、先月末の開腹手術で体重が減り、いまは44.1キロまで落ちています。また、食事もあまり摂れていません。妻がいろいろと工夫してくれています。しかし、捻じれていた腸が元通りになったとはいえ、まだ機能は本来の働きはしていないようです。1,600〜1,800キロカロリーの食事をしていたところを、手術後は1,200キロカロリーに落ちているようです。そこで、栄養補給として経腸栄養剤として「エンシュア」という缶入りのドリンクを処方してくださいました。明治の製品です。

200615_drink.jpg

 これは一缶で375キロカロリーあるので、現在6回食の合間に一缶を小刻みに飲めば、これで本来の栄養は満たせるだろう、という見立てです。
 私は何でもやってみるタイプなので、まずは1ヶ月間のトライアルです。少し甘いので、血糖値が上がるとしても、身体には他に心配はないので、血糖値の変化だけを見ながら調整していきましょう、ということになりました。
 これで安心して、多忙を極めることが予想される来月が迎えられます。

 その後、消化管外科での診察を受けました。
 開腹手術後の経過は良好すぎるほどで、何も問題はないので安心したらいい、とのことです。
 救急外来で命を救ってくださった、10年前にもお世話になった先生は、終始ニコニコと対応してくださいます。不安が払拭できて、気持ちが落ち着きます。ありがたいことです。

 次は、歯科で鈍痛が続くのを診てもらいました。これは口内炎によるものとのことで、塗り薬で治るようなので、大事には至りませんでした。

 帰りに、いつも行っていたスポーツクラブが再開していることがわかりました。受け付けで今後のことを相談していると、今月の休会手続きが今日までだ、とのことでした。
 今月も3月以降の利用休止が続いていると思っていたので、大急ぎで今月は休会で来月から利用再開の手続きをしました。来月からは、ここのスイミングで身体作りを再開します。

 今年の3月から6月は、新型コロナウイルスの大騒ぎの中で、2回の手術を経験しました。自宅に籠もっていたために、体力が完全に衰えています。先生の話では、賀茂川散歩だけでは私の体力増強にはならないので、もっと身体に負荷をかけたらいいとのアドバイスがありました。
 今、スクワットとゴムロープでの腕の筋力アップをしています。さらに、ダンベルを加えることで、よりよいプログラムになるようです。少しずつ、体力維持から増強へというプログラムに切り替えていくことにします。そして、体重50キロの目標値に向かって、再度のスタートをきることにします。
 これから梅雨と猛暑の日々を迎える中で、この痩せ細った身体を思いやりながらも、レベルアップのプログラムにチャレンジします。これまでと変わらない、ご理解とご支援を、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:11| Comment(0) | *健康雑記

2020年06月14日

丸々1年も忘れ去られ放置されたままのユーザーサポート

 昨年4月1日に、新たな門出の記念に財布とボールペンを買いました。ところが、財布が私に付きものの欠陥商品でした。しばらく使い、防磁機能の不具合の発生状況を確認してから製造元に電話で連絡をして、商品を交換してもらいました。その際、2019年4月2日〜6月14日までに自動改札でのエラーについて、詳しく実態を報告しました。その経緯は、「電車の自動改札でものの見事に転ぶ」(2019年06月18日)に書いた通りです。
 すぐに、翌6月15日には代替品が届きました。その対応の素早さには驚きました。ユーザーサポートがしっかりした会社だと、その時は思いました。受領の返事を兼ねて、以下の手紙を返却時に欠陥商品と共に送りました。

 4月1日に京都河原町丸善で購入した「カードケース財布」(商品コード: WL-01?)について報告します。
財布自体の使い心地については満足しています。
しかし、購入した翌日から、駅の自動改札口でのICカードのタッチでエラーが出ました。
エラーが連日続くので、混雑時の他の乗客への多大な迷惑を考えながら、怒鳴られるという不愉快な思いをさせられながらも、さまざまなケースを想定して、いろいろな組み合わせによって、その原因追求のための個人的な実験をしました。
実際には、次の条件で実施したことの報告となります。

(1)ICカードは、私がよく使う「PiTaPa」だけを使い、しかも1枚だけ財布に入れてタッチ。
(2)「PiTaPa」は、財布の外側にポケットが付いていない、フラットな面でタッチができる方のセーブポケットに1枚だけ入れる。
(3)実験にあたっては、財布の中には他のカードと小銭は入れない。

これによって、以下の傾向がわかりました。エラーが多い路線から列記します。数字は、エラーなく通過できる比率です。正確な数値は煩雑なのであげません。
また、タッチの仕方もいろいろと試しました。しかし、実験を意識して実施したことなので、詳細な条件の違いは丸めて整理しています。しかし、ほぼ普通の人がタッチしている実態に即した、正確なものだと思っています。

(実験期間:4月2日〜6月14日)
(60%)阪急京都線
(70%)嵐電嵐山本線
(80%)大阪モノレール彩都線(+本線)
(80%)京都地下鉄烏丸線
(90%)阪急バス
(100%)近鉄京都線(+奈良線、+生駒線)
(100%)京都市営バス(●、●、●号系統)


上記のブログは、その誠意に応える気持ちも手伝って、その数日後に書いたものです。
 先方から送られてきた代替品の中には、次の書面が入っていました。その一部ながら、画像で掲載します。

20200614_saifu.jpg

 ここには、「当該商品を、工場に確認依頼致しますので、その間にこちらをお使いくださいませ。」とか「最終ご返却頂くものですので、カスタマイズなどはせずにご使用ください。」とあるので、あくまでも代用品であり、後日正常な商品が送られてくると思っていました。
 ところが、ちょうど1年経った今日現在に至るまで、何の連絡もありません。無視され、放置されたまま、私は代用品として渡された財布を汚したり傷めたりするわけにもいかないので、借り物を遠慮がちに、あまり使わないようにして来ました。
 新しい旅立ちの記念品がまったく意味をなくし、寂しく抽き出しに眠っています。

 先日、コンピュータ会社の誠意のないサポートのことを書きました。「ソースネクスト社のあまりにも酷いサポートの実態(その1)」(2020年06月10日)
 そのことが刺激になったこともあり、ちょうど1年前のことを思い出したので、ここに財布のその後の報告として書いておきます。
 この会社の担当者であるSさんは、すでに記憶の彼方にある物だと思います。しかし、当事者にとっては、しかも気持ちを込めた買い物の一つだったこともあり、こうして思い出すものです。その場限りの、無責任なユーザーサポートの一例として、これも記録に残しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 19:42| Comment(0) | ◎情報社会

2020年06月13日

特急電車の乗り心地から観光に及ぶ

 東海道新幹線の車輌が、来月7月1日から新しくなり、乗り心地が良くなるそうです。「N700S」というものがそれで、13年ぶりにフルモデルチェンジとのこと。今日の京都新聞の記事によると、「座席のリクライニングや揺れ軽減装置の改良で「ワンランク上の乗り心地」を実現」とあります。
 新幹線の乗り心地が悪かったことは、これまでに何度も本ブログで書きました。高速走行するための宿命とはいえ、とにかく本が読めません。東京駅を出てから新横浜駅に着く頃には、もう目頭が熱くなっていて読書は諦めます。若かった頃はそんなに気にならなかったことが、加齢と共に目と肩にドッシリとのしかかってきます。
 全席にコンセントが配備されるとのことなので、スマホの充電で隣の席の人と電源を取り合うことはなくなります。隣の席の方との肘と肘のぶつかり合いは、解消されるのでしょうか。
 本年2月15日に、日比谷図書文化館での源氏講座のために上京して以来、4ヶ月も新幹線に乗っていません。来月からは源氏講座も再開されるでしょうから、その時が初体験となりそうです。
 電車の乗り心地というと、とにかくJRは軒並み良くないですね。
 私が長距離移動をする範囲は、京都から東京+成田、京都から関西空港です。その路線を走る特急クラスの乗り心地は、個人的には次の順位だと感じています。

(1)京阪特急(無料)
(2)南海ラピート(有料)
(3)阪急特急(無料)
(4)現行新幹線(JR、有料)
(5)成田エクスプレス(JR、有料)
(6)はるか(JR、有料)
(7)くろしお(JR、有料)

 この中でも、京阪はピカイチです。2位以下とは格段の開きがあります。
 JRはことごとく乗り心地が悪い列車だと言えます。
 速さと時間のことを考えると、JRに分が悪いことになります。そうであれば、多少は時間がかかっても、新幹線「こだま」よりも遅くてもいいので、速さを競うだけではない、ゆったりとした旅のための輸送手段も、このあたりで考えてもいいのではないでしょうか。新型コロナウイルスのことから新しい生活が提唱されています。その中に、「そんなに急いでどこへ行く」というかつての言葉をもう一度噛みしめてもいいいのでは、と思っています。高齢化と共に、そんなに急ぐ必要もない人が多くなっていると思われますので。旅の楽しみも、多様化しています。まさに、このところ考えている観光の問題と直結します。
 いずれも、個人の好みなので、勝手に評価しています。
 さて、新しい新幹線は、この中のどこに入るのか、今から楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:03| Comment(0) | ・ブラリと

2020年06月12日

健康のために歩く日々の中での雑感

 今、私が一番行きたいのは「温泉」です。
 先日、有馬温泉の近くに住む姉から、私の病後を気遣うなど、近況確認の電話がありました。話をしながら、「温泉」に行きたいなぁ、という思いを強くしました。新型コロナウイルスのことがあるので、まだ、気ままに行くことは憚られます。車を持っていた頃は、それこそ、全国の温泉地へ家族と共に飛び回っていました。
 今回の新型コロナウイルスが一段落したら、まずは「温泉」に行きたいと思っています。一番近いところでは、鞍馬温泉でしょうか。

 毎日、近場を歩いています。お医者さんからは、とにかく歩きなさい、と言われました。
 昨日から梅雨入りした関西では、今日は傘を差したり閉じたりの小雨が降り続いていました。
 道端や軒先には、コンクリートやアスファルトの隙間から、雑草がピョンピョンと生えています。その逞しい生命力には感心するものの、その場所の環境が荒れているようなので雑草を見るのは好きではありません。自宅のまわりでは、妻が見つけ次第にヒョイヒョイと摘み取ってくれています。梅雨が長引くと、木や草が雑草と共に生い茂ります。これも、手入れを怠ると、荒んだ雰囲気の家並みや街路になります。地域住民の方々の爽やかな街にしようという心がけが、こうしたところから見て取れます。街歩きをしていると、こんな些細なことから、その一帯に住む方々の環境への思いが読み取れるので、雑草の存在を軽く見てはいけません。何気ない草取りは、身の回りの雰囲気や人の気持ちを明るくします。

 最近のニュースでは、「経営破綻」だとか「観光客の激減」という内容に注意が向きます。京都にいると、「観光客の激減」は歩いていると誰でも容易に実感できます。「経営破綻」となると、店頭に「閉店」のお知らせが貼り出されていることから、その一端は知ることができます。そう思って歩いていてると、我が家の周辺は閉店のお知らせは少ないように思います。何とか耐え忍んで来られたのでしょう。
 ネットショッピングは、頑ななまでにしない私は、お店に足を運んで自分で品選びをします。昨日も、河原町の四条と三条のあいだにあるBALに入っている丸善へ、本を買いに行きました。膨大な本が並んでいる棚を見ていると、読みたくなる本がおいでおいでをして来ます。この誘惑との闘いも、愉しみになっています。最近は、目次と奥付けを見てから買うことにしています。昨日は、5冊買いました。みんな、観光や観光学に関する本でした。まさに、今の興味や関心がそのまま反映した選書です。おもしろいものです。他のコーナーでも読みたい本がたくさんありました。しかし、同時進行で読む本は5冊と決めているので、現在読み進んでいる3冊に、この5冊の内の2冊を加えて、また読書生活を続けることになります。この、読む本の入れ替えは、誰にも邪魔をされない極上の楽しみの一つです。

 「アフター・コロナ」とか「ポスト・コロナ」とか、今後の新型コロナウイルスの先行きが話題になっています。現在の私の関心事からいえば、観光がこれからどうなるかのを見据える中で、「観光学」とは何かを考えるのが、今直面する課題となっています。これまでは、〈源氏物語の本文データベース〉〈平安文学の翻訳本〉〈視覚障害者と百人一首〉が自分に課したテーマでした。そこへ〈観光学の定義〉という異質なものが加わりました。新しいテーマを抱えるということは、心沸き立つものがあります。そのせいか、見るもの聞くもの、何でも「アフター・コロナ」や「ポスト・コロナ」というフィルターを通して受け入れています。昔(?)の概念で言えば「考現学」かもしれません。学部の卒業論文では、民俗学の視点から唱道文芸を扱いました。民俗調査などのフィールドワークも熱心に行なっていたので、「観光」を考える素地は持っていたのかも知れません。
 この年になり、新しいものに挑戦することの新鮮さと躍動感を楽しむことになりました。これからの日々は、自分の身体を気遣いながらも、これまでの課題とこれからの課題に挑戦し続けようとの思いを強くしています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:46| Comment(0) | *身辺雑記

2020年06月11日

読書雑記(287)菊池・松村編『よくわかる観光学3 文化ツーリズム学』

 今日、河原町三条の交差点角にある「京都市河原町三条観光情報コーナー」が、まだ閉まっていることがわかりました。4月11日から6月18日までなので、2ヶ月以上です。河原町からすっかり観光客が消えたことを、ここが閉まっていることが教えてくれます。

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 この向かいにある回転寿司屋の「むさし」で、お昼をいただきました。新型コロナウイルスの問題が起きてから、もう3回も来ています。そして、これまで海外からの観光客8、日本のお客さんが2の割合であったのが、観光客がそっくりそのままいなくなったことと、日本の観光客も激減したことで、いつもお客さんは数人です。今日も3組だけで、しかも高齢者だけでした。時間帯によるとしても、新型コロナウイルスと若者の回転寿司離れの関係については、あらためて考えてみたいものです。
 さて、京都の観光客がまったくいなくなったことに関して、日本の方々の姿が最近は少しずつ増えてきているのは、この河原町通りや四条通りを歩くとわかります。海外からの観光客は、依然としてほとんどみかけないのが実状です。こんな街の様子を見て、先月以来、オーバーツーリズムに関係する本を2冊読み、読書雑記として報告しました。

「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)

「読書雑記(286)中井治郎『パンクする京都』」(2020年06月07日)

 共にハズレの本だったので、今回は原点に立ち返り、観光の基本を知るための選書をしました。
 京都から観光客が消えたことは新型コロナウイルスが原因であることは明らかです。それでは、これからどうしたらいいのかは、観光そのものの始発点に戻る必要があると思ったからです。そもそも、私は「観光学」なるものはまだ日本では確立されていない、という、素人ながらも持論を持っています。論と言うのはおこがましいので、日常生活などから感じている感覚から、読書を通しての管見である私見です。それを再検討するためにも、さまざまな書籍を読み漁っているところです。
 今回は、朝倉書店から教科書として刊行されている「シリーズ よくわかる観光学〈全3巻〉」の中から、第3巻の『文化ツーリズム学』を読みました。まさに、基本的な本だと思いました。ここから得た知識や感想を元にして、新型コロナウイルスによって観光客が激減した京都の観光を考えていきたいのです。

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 まず、このシリーズのパンフレットから。

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 本書の内容は以下の通りです。

■目次■


文化ツーリズムとは―その本質と目的、方法
文化ツーリズムの基礎としての地理学
文化ツーリズムの基礎としての社会学
文化ツーリズムの基礎としての文化人類学
文化ツーリズムの基礎としての建築学
文化ツーリズムの基礎としての都市計画とまちづくり
文化ツーリズムとヘリテージツーリズム
文化ツーリズムと聖地巡礼
文化ツーリズムと都市観光
文化ツーリズムとスポーツ観光
都市形成史から考える文化ツーリズム―江戸・東京を対象として
交通計画学から考える文化ツーリズム
展望タワーと都市観光
歴史文化資源をめぐる歴史的環境保全と観光開発の関係
文化ツーリズムの課題と可能性


 私は、まだ勉強中です。ここに書かれている内容に関しては、ほとんどコメントができません。ましてや、これは教科書として刊行されたものです。そこで、本書を読み進めながら、自分なりにチェックした箇所を3例だけ抜き出しておきます。これからこの問題を考えるための、メモとしておくためです。あくまでも、私の問題意識からのものであることを、あらかじめお断わりしておきます。

●文化ツーリズムを学ぶ目的について考えてみよう.
 第一の目的は,何といっても「文化」が「自然」と並ぶ観光資源だからである.世界遺産が自然と文化の二つを基軸として分類されているように,観光の対象は「人間の手では創造できない」自然か,「人間の手が入って創りあげられた」文化のいずれか,あるいはその複合である.(中略)文化ツーリズムを学ぶことは,過去を知り,現代を考察し,未来を洞察することでもある.
 文化ツーリズムを学ぶ第二の目的は,もっと現実的なものだが,この分野が土木・建築・都市工学などの観光を支える計画系の技術を学ぶこととつながっているからである.たとえば,橋や建築はその美しさで文化ツーリズムの対象であるとともに,観光地を「つくる」うえでの重要な要素でもある.(5頁)


●クリスティに観光を題材とした作品が多い最大の理由は,何といっても彼女が作家として最も活躍した時期が 1920~1930 年代という,欧米にとって空前の海外観光ブームの時代だったことだろう.近代観光が 19世紀半ば,イギリスのトーマス・クックによる団体旅行の営業によって始まったことは有名だが,それを支えたのは鉄道の発達で,、鉄道に乗って普通の人々が万国博覧会の開かれているロンドンや,さらにはパリまで旅に出かけるようになった.
 20世紀になり,世界大戦が終わって平和が戻ると,西ヨーロッパの上流階級はさらなる交通の発達を受け,地中海沿岸のリゾート地やエジプトなど中近東にまで足を延ばす. アメリカ人も強いドルを片手に大西洋を越えてやって来るということで,それらの観光を支えたのがイスタンブール-パリをつなぐ「オリエント急行」やロンドン-パリを結ぶ「青列車」,ノルマンディー号やクイーン・メアリー号など8万トンを越える大型豪華客船だった。(11頁)


●《この度新都造営に際しては道路の修復と共に、溝渠の開通には一層の尽力然るべきやに被存候,都市外観の上よりしても東京市には従来の溝渠の外,新に幾条の堀割を開き舟行の便宜あるように致し度く候,急用の人は電車自動車にて陸上を行くべく,閑人は舟にて水を行くように致し候わば、おのずから雑踏を避くべき一助とも相成り申すべく候,京都はうつくしき丘陵の都会なれば,これに対して東京は快活なる運河の美観を有する新都に致したく存じ候》(「快活なる運河の都とせよ」)
 荷風は,かつて「水の都」であった江戸の風景を,東京の都心に復活させようと呼びかける.ベニスのような美しさをもち,江戸時代のように溝渠すなわち運河を縦横に張り巡らした都市.急用のある人は陸を行き,時間に余裕のある人は舟を使う「快活な運河の都」――それが江戸を再創造しようという荷風の提案である.(133頁)

 
 
 
posted by genjiito at 21:17| Comment(0) | ■読書雑記

2020年06月10日

ソースネクスト社のあまりにも酷いサポートの実態(その1)

 ソースネクスト社が販売している、コンピュータ用のウィルス対策ソフト「ZERO スーパーセキュリティ(法人・官公庁・教育機関向け)」について、本年2月10日に見積もりを取り、以降、購入から納品へと流れていきました。
 しかし、10台分の法人契約をしたにもかかわらず、いまだに1台もインストールが完了していません。すでに、3台分についてはインストールを放棄するしかない状況であることを、ソースネクスト社のサポート担当者との電話でのやりとりの中で確認し、相手方も仕方がないと、それを認めています。あと7台分は、今後の対処となります。
 このソースネクスト社のサポートがあまりにもでたらめで酷いので、その経過をこの時点でここに事実の記録として残しておきます。何回かに分けての公開となります。
 電話とメールのやりとりだけでも膨大な量になるので、まずは先方からのタイムスタンプ「2020年4月16日 16:05:10」のメールに対する私からの「2020年4月20日 12:30:35」の返信を公開します。
 なお、担当者のお名前は、今の時点ではアルファベットに置き換えておきます。

I さま

メールを拝見しました。
「状況を確認させていただきたく、ご連絡させていただきました。」
とのこと。

またまた、「確認」という名のもとに、情報のキャッチボールが始まるのでしょうか。
このセキュリティソフトに関しては、関係する3社で連絡のたらい回しをして、入れ替わり立ち替わり「確認」ばかりしておられますね。これでは、お互い、時間がいくらあっても足りませんよ。
何度も同じことをお話することになっている、私の手間と時間も考慮してほしいものです。
しかし、煩を厭わず、ご理解いただけるまで、同じことを何度でも繰り返しご説明し、お答えします。
職業柄、相手が正しく理解を示してくださるまでは、誠意をもって忍耐強く説明を続けなければいけない、と思っているからです。
ただし、御社を含めた3社に対して3度同じことをお伝えすればいいと思っていたら、次々と人が代わって同じことを訊いてこられるので、3度では済まないのが実状です。御社の問題として、社内で何とかすべきです。ユーザーに責任転嫁をし、放置をしてはいけません。今の状況は、ありまにも無責任すぎます。
社内、及び連携しているとおっしゃる3社での情報共有をしていただかないと、今回のように同じことで堂々巡りをし、時間が無尽蔵に捨て去られていきます。このメールは、数分で記せるものではありません。
このままでは身が持ちませんので、同じことをメールや電話で何度もお伝えしている現状をかんがみ、近日中にこれまでの経緯の詳細を公開し、いつでも誰でもがこの件について、御社(3社)の対応と私の依頼内容が確認できるようにする準備を進めています。
このメールも、その時に公開するものの素案(メモ)として認めます。

なお、2月25日までのことは、簡略ながら私のブログ「鷺水庵より」に報告しています。

「またソフトの法人契約で不愉快な思いをしています」
http://genjiito.sblo.jp/article/187201037.html

3月5日にも、次の入院中の記事の中ほどに、この件で御社から連絡があったことを記しています。
電話があった時は、入院している期間に当たることは、あらかじめお伝えしていたのに……
簡略な報告ながら、これもおついでにどうぞお読みいただければ、今後の手間が省けて助かります。

「3日目も予想外に慌ただしく時が過ぎる」
http://genjiito.sblo.jp/article/187234855.html

上記の2本の記事をお読みになって対応していただけると、3月5日以降の不可解な流れが理解しやすくなるかと思います。

さて、まず、私がたらい回しされている業者は、以下の3社です。
これは、御社の経営上の都合によって責任の分散化を図るためのもの以外の何ものでもなく、電話などの話の中で私が何度も、ユーザーにとっては煩わしいだけであると指摘しているところです。

(1)収納代行業者:株式会社ネットプロテクションズ
(2)ソースネクストライセンスオンライン:BBソフトサービス株式会社ライセンスオンライン事業
(3)販売元:ソースネクスト

今回は、(2)のIさんからの連絡ということになります。
そして、その連絡では、以下の3点が確認できている、とのことです。

・3月25日、ソースネクストよりご担当者様へご連絡を実施
・マイページへのシリアル登録をご案内
・製品インストール手順について、メールでのご案内
・3月25日にお知らせいただいたメールアドレス宛にインストール手順を送付実施

これはその通りです。しかし、その内容たるや中身のない、その内実は誠意の欠片もないものであることは、後日明らかにします。
まずは、当面の問題から順番に片づけましょう。

【1】Iさんからの「現在も製品のインストールとご利用はいただけていない状況でしょうか。」という問いに関しては、
「そうです。間違いありません。」と回答させていただきます。
今回いただいたメールの中に、事実と異なることが記載されているので、いつもの御社の日本語運用能力の問題とはいえ、私としては「違う」、ということを指摘しておきます。「正確ではない」、というのではなくて、「違う」のです。
これも後日、メールの内容や電話の内容をもとにして、事実と違うことは明らかにします。

【2】「サービスの提供が完了していないのに請求をしてくるとは、不正な請求ではないのか。」と私が言ったとあること。
これは、例え話として申し上げたことです。電話口であまり理解がされていないようなので、わかりやすいように例示してお話をしました。手元のメモにもそうあります。それを正式な「不正な請求」というクレームがあったとして扱われることは、私にとっては本意ではなく心外です。あの時の電話口に出ておられた方(最初は女性のTさん、その後は男性のNさん)に、この件について確認していただき、その理解の経緯と当否について、私にメールで報告してくださることを求めます。手元には、いろいろと会話のメモがあるので、それを元にして今後のためにも、正しいやりとりの流れと内容とを確認しておきたいと思っています。それ以外にも、多くのことをお話しました。後日私が明らかにする前に、ご当人からその内容を聞いておかれた方がいいかと思われます。

【3】「上記の記録と実際にお客様が受けられたサポートに差異がございますでしょうか。」との問いかけには、
「あります。肝心な事実が大きく欠落しています。」と回答します。
 「2020年3月25日 14:26:57 JST」に、ソースネクスト・カスタマーセンターのKさんから、インストール手順を案内しているサイトのアドレスの連絡がありました。これで、25日の午後にできなかったサポートを、「した」としたいのでしょう。
 3月25日午後に、ソースネクストの方(名前は失念、Tさん?【後日Gさんと判明】)から指定通りの日時に電話をいただき、電話でのアシストを受けながらインストールを実施しました。研究室には、私の隣には研究員1名、別のテーブルにアルバイター4人が、あらかじめインストールのことで連絡があると伝えておいたので、その経緯を見聞きしていました。
しかし、いい加減な電話によるサポートでした。それは、次の事実からも明らかです。
 案内の際、インストールの最中に私のApple Watchに対して、個人的なクレジットカードへの支払い請求が何度も来るのです。これはどういう意味かを、電話口の方に訊ねると、「わからない」とのことでした。法人の契約をして、大学が公費で支払うはずの商品です。それが、どうして私の個人口座がこの局面で前面に出てきて、しかも私個人が支払いに同意しないと前に進めないインストールなのか、いまだに不可思議です。御社の担当者が説明もできないのですから、それ以上はインストールは進められません。私が支払ったら終わり、ではない問題です。セキュリティのソフトを扱うにしては、会社として脇が甘いとしか言いようがありません。延々と、できもしない説明や、わからないと言いながら逃げようとなさるので、時間がもったいないのでその段階でサポートを私の方から打ち切ってもらうように要求しました。これは、きつく言いました。
 つまり、私の個人口座になぜ請求が来るのかが解決しないと、そのまま支払いを了解してインストールを続けてくれと無責任に言われても、私としてはインストールは続けられないのです。よく調べてから再度連絡を、と依頼してその日のサポートは打ち切ってもらいました。了解とのことで、後で連絡をするということで電話は切れました。しかし、その後は、その件は何もなかったことにして、インストールの案内のサイトのアドレスをメールで送り付けるだけで、これでサポートが終わったとされているのです。どう考えても、責任逃れでサポートの回避をなさっている、としか言えません。不可解なクレジットカードの請求は何なのですか?
 また、その際、いただいている説明書が実際の画面展開と違うことを、かねてより連絡しているはずだと言うと、上記のようにKさんからメールが届いたのです。クレジット問題を調査した後、電話で再度丁寧な案内をすると言いながら、あらためての正しいインストールの手順書のプリントはありません。前回のようには送られて来ず、サイトのアドレスを示して終わりという、何とも誠意のない対応で今に至っています。

以上、あとは御社の中で、上記のことが事実かどうか、聴取してから、連絡をお願いします。
言った言わないの不毛なやりとりは回避したいので、嘘偽りなく、よく調べてから連絡をお願いします。
特に、3月25日に発生した、私の個人的なクレジットカードへの請求とインストールが直結している件は、早急に調査して報告すべき、信頼関係に及ぶ深刻な事案だと思います。
あれから1ヶ月が経とうとしています。
暢気に、これまでの経緯を確認している暇はないはずです。

なお、このメールは、関係者と情報共有をしていることを付記しておきます。

 
 
 
posted by genjiito at 19:36| Comment(0) | ◎情報社会

2020年06月09日

ハッチャンとメダカたちと「京都市特別定額給付金」

 一時は寿命かと心配したハリネズミのハッチャンは、すっかり元気になっています。よく食べます。フラフラだった後ろ足で、今ではしっかりと歩けます。よく遊んでいます。ゴロリゴロリと転がりながら苦しんでいた頃が、今では写真を見ないと思い出せません。それでも、相変わらず人見知りが激しいので、食べるだけ食べるとサッサと寝袋の中に籠もります。夜になり電気を消すと、モソモソと出てきて運動をしています。

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 名前はないものの、5匹のメダカたちも元気です。みんな長生きをしているので、身体が一回りも二回りも大きくなりました。一匹だけ、少し小さいのが追いかけ回されており、いじめられているように見えます。しかし、気丈な性格なのか、他の4匹とは少し距離を取りながらも、元気にみんなと共同生活をしています。たくましい我が家の一員です。

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 本日、「京都市特別定額給付金 申請書」が突然送られてきました。
 給付対象者の家族欄には、ハッチャンと5匹のメダカたちの名前はありません。
 家族なのに、と思いながら書類を見ていると、その給付対象者欄の右端の「受取」欄が強調された印刷になっていて、そこには「不要」という文字が並んでいます。その真下には、「特別定額給付金を希望されない方は、不要 を○囲みしてください」と書かれています。
 これは、人の心を逆撫でする、相手を不愉快にする日本語表現だと思いました。日本語としての意味は正しいのです。しかし、これまでの経緯を考えると、これをここで言うか、と呟いてしまいます。無礼で鈍感な言葉だとしか言えません。日本語のセンスを問う以前の、稚拙な文字列です。日本語教育の必要性を痛感する、日本語の表記法につながる書類になっていると思います。他の表現法はなかったのでしょうか。
 
 
 
posted by genjiito at 20:04| Comment(0) | *身辺雑記

2020年06月08日

本日は第1回の休養日です(6月)

 昨年、2019年1月から、毎月始めに「何もしない、何も考えない1日」を設けています。
 あれから1年以上が経ちました。
 しかしながら、忙しさは変わっていません。
 そこで、一呼吸入れるためにも、一月の中に休養日を一日入れることにしました。
 今月は、先週退院したばかりということもあるので、ここで一休みとし、身体を休めます。
 十日後くらいに、「何もしない日(6月)」を設けるつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | *健康雑記

2020年06月07日

読書雑記(286)中井治郎『パンクする京都』

 今日の如意ヶ岳の大文字は、山頂付近に夕陽を浴び、これまでで一番いい姿を見せていました。めったにないことなので、写真を添付します。

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 『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』(中井治郎、星海社新書 156、2019年10月)を読みました。

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 観光産業を起爆剤とする地域活性化に、大きな変化が起きています。地元の人々が「もう観光客はたくさんだ!」と言っているのです。一体何が起こっているのでしょうか。そのことを、京都を例にして語るのが本書です。
 ただし、前半はすでによく知られている事実を列記し、それに短いコメントを加える形で進みます。舞妓、伏見稲荷、民泊と、お決まりのネタが並びます。切り口がマスコミと同じで、切り込みも浅いので、話を流して読み進まざるを得ません。
 あげられている事案や事実を裏付ける数値などは、すべてネットなどに公開されているものです。どこからどこまでが引用で、著者の判断や意見はどこなのかがはっきりしません。失礼ながら、学生の単位レポートによくあるパターンです。出典明示がなく、住民の発言として示されたものも、どこの誰なのか発言者個人が見えません。新書ということもあり、すべてが著者の作文に丸め込まれています。人に読ますのには、無責任だと思いました。「京都の住民たちは戸惑い、怯え、憤った。」(39頁)とあっても、その言葉に迫りくる熱気が伝わってきません。机の上で作られた文章に留まっています。
 2019年7月の参院選は、本書が書かれていた時期です。その争点が「観光公害」だったという指摘は、その後ほとんど展開しません。もちろん、本書が刊行されたのは2019年10月なので、2020年2月にあった京都市長選のことに触れていないのは仕方のないことです。さらには、ここで取り上げられている観光の問題が、本書刊行後の半年経った今は、新型コロナウイルスのために観光客がいなくなったことで、新たな問題と向き合うことになっているのです。これらも、もちろん著者には予測できなかったことです。その意味では、2019年までの京都における観光の問題をレポートとしてまとめた本である、とした方が良さそうです。
 著者には失礼ながら、次の時代の観光について考える時に、こんなこともあったという過去の事例を参考にするための、温故知新に資するものだという理解に留まる一冊です。
 ここでも、ベネチアやバルセロナの観光公害のことが挙げられます。過日取り上げた村山祥栄氏の本「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)と同じです。
 その意味では、次の文章はそのまま新型コロナウイルスによってまったく様相を異にした観光を考える時に、そのまま使えます。

 いま日本の京都で起きている問題は京都だけに起きている問題ではない。また、世界中の歴史ある観光都市で、同様な問題が同じ時期に起こっていることも意味のない偶然ではない。これらは同じ構造、同じ根を持った問題であり、その知見や経験も多く共有できるはずのものである。(44頁)


 なお、本書の副題にもあるオーバーツーリズムについて言及する箇所を、いくつか切り出しておきます。

 そこで本書ではUNWTOの基本的な認識に則りながら、「地域のキャパシティを超えた観光客の増加が、地域住民の暮らしや観光客の観光体験の質に受け入れがたい悪影響を与えている状況」という意味でオーバーツーリズムという言葉を使用していこうと思う。(44頁)


 一般的にオーバーツーリズムとは観光客が地域にもたらす利益と地域の負担のバランスの問題であるといわれる。どれだけ「迷惑」をかけられていたとしても、観光客および観光産業が地域にもたらす利益を地域の人々が感じているのであれば「観光が過剰である」とは意識されないのだ。つまり、オーバーツーリズムは問題化されないということである。しかし、大量の観光客を受け入れても観光客向けの商業施設やホテルなどの観光産業にかかわっている人以外にはほとんど利益がないとなっては、地域住民の多くにとっては「観光客なんか迷惑でしかない」ということになってしまうのも無理はない。(62頁)


 オーバーツーリズムは地域の人々の「感じ方」の問題であるという識者もいる。であれば、「街を奪われた」と感じているかどうかが、オーバーツーリズムが問題化されるかどうかの大きな分岐点になるだろう。(182頁)


 もう一箇所、私が知らなかったミニ知識とでもいうべき箇所も切り抜いておきます。

 怪獣映画ではある種のファンサービスとして劇中でリアルに再現された日本の主要都市が、その都市のシンボルとともに破壊されることがお約束となっている。1993年の『ゴジラvsメカゴジラ』でゴジラの吐く青白い放射熱線で破壊された京都のシンボルは京都タワーだった。しかし、1999年に公開された『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』でガメラが日本特撮史に残る死闘を演じ、そして破壊するのは1997年に竣工したばかりの京
都駅ビルなのである。(126頁)


 本書の第4章「京都は誰のものか?」は、お急ぎの方にお勧めできる章です。この中の「祇園ウォッチング」以下の節は、著者による実地報告となっているので、文章もそれまでとは違って生き生きと語られています。
 新型コロナウイルスによって、本書の役割はまったく異なることになりました。著者には、この本を踏まえて、新型コロナウイルスを取り上げた次の一書を出してもらいたいと思います。もっとも、こうした内容を、一冊の本にして刊行する意味があるのか、という感想を私は持っています。ネットに個人サイトを立ち上げ、ご自分の考えを、折々にアップされたらいいのです。この手の内容のものは、本にするほどのもののではないと思っているからです。
 本書のテーマは、すでに古くなってしまいました。早急に、次の意見を聞きたいと思います。【2】
 
 
 
posted by genjiito at 20:50| Comment(0) | ■読書雑記

2020年06月06日

京洛逍遥(630)一週間ぶりの賀茂川は草が生い茂っていました

 昨日まで入院していたので、賀茂川の散策は実に一週間ぶりです。
 河原を吹き通る風は、初秋を思わせる肌寒いものでした。
 河原に出て見ると、浮き島が驚くばかりに成長していて、川を覆い尽くすほどに生い茂っています。

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 京都市の手入れが行き届いた川なので、川岸ではすでに次の対策のための準備がなされていました。
 この川は、平安時代には防鴨河使が守っていたという、町と共に千年以上も流れ続ける川です。防鴨河使については、次の2本の記事に書いています。

「読書雑記(138)西野 喬著『防鴨河使異聞』」(2015年07月29日)

「読書雑記(148)西野喬『壺切りの剣─続 防鴨河使異聞─』」(2015年12月11日)

 川の水の流れには、勢いが感じられません。

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 植物園側の半木の道を流し撮りしました。

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 これから夏を迎えるので、水の流れの確保をお願いしたいものです。

 いつもなら何ともないお決まりのコースを歩きました。しかし、昨日退院したばかりの病み上がりということもあってか、外歩きに慣れないための疲れが出てきました。こうしたリハビリの生活を続けます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年06月05日

京大病院から退院して医療現場を想う(8)

 入院してちょうど1週間。今日、晴れて退院です。
 私は、4人部屋に入っていました。この部屋の4人共に、今日が一斉退院です。みんな、病名は異なります。主治医も異なります。医療スタッフの活躍の成果を示すものでしょう。
 今回の入院で、医療の現場をじっくりと見る機会を得ました。壮絶な闘いの場でした。しかし、医療担当のみなさんは明るいのです。新型コロナウイルスに注意しながらの業務です。飛沫感染を防御しながら、これまでとは異なる、神経が疲れる新たな仕事の手順があります。感染対策をしながらの治療。しかも、私が入っていたのは積貞棟。癌病棟として知られる現場です。私が治療を受けた消化管外科で、十年前に胃癌の治療をしてもらいました。そして、今回はその延長線上に生まれた腸閉塞でお世話になりました。さまざまな病気と闘う人たちと一緒に、一週間を過ごしました。医療スタッフの奮闘ぶりから、多くの貴重なことを教えてもらいました。

 朝食は7割ほどをいただきました。

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 帰り支度も整った頃に、主治医の先生とそのスタッフのみなさんが、お祝いと励ましに来てくださいました。回復が早くて、みなさん安堵しておられます。これからもずっとサポートをしますから、と温かい言葉をいただきました。
 妻が迎えに来ました。新型コロナウイルスのために、外来者の入室は厳しく制限されていて、中には入ることができません。ラウンジで荷物の受け渡しをしました。ちょうど近くに先生がいらっしゃったので、一緒にお礼とお別れの挨拶をしました。
 この先生の、慎重かつ大胆な判断があったからこそ、私は命拾いをし、しかも一番負担のない形で対処してもらえました。さらには、私の何かと多忙なスケジュールを斟酌し、今日という絶妙なタイミングでの退院となりました。ご配慮、ありがたく感謝しています。
 帰りに、今回も東大路通り沿いに立つ全快地蔵さんにお参りをしました。

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posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | *健康雑記

2020年06月04日

京大病院ではひたすらウォーキングとストレッチ(7)

 昨夜は、いろいろな連絡が入って来たために、その対処で夜中にラウンジを借りて仕事をしました。通勤のないテレワークは重宝します。しかし、その運用には社会的な理解が得られるように、厳密なルールが要るように思います。そうでないと、無制限に仕事が降ってきます。
 今朝は、いや今朝も寝不足です。
 朝食は7割ほどいただきました。

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 主治医の先生が朝の回診の時、術後の経過が順調なので明日の退院でいいでしょう、と伝えてくださいました。「お忙しい身でしょうから」とも。これで一安心です。看護師の方々とのやりとりもあり、少し慌ただしくなりました。

 そうした合間を見ては、院内のウォーキングやラウンジでのストレッチに励んでいます。今は、肩凝りが一番酷い状況にあります。

 お昼ご飯も、7割に留めました。カステラを口にするのは、何十年ぶりのことでしょう。半分ほどいただきました。

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 開腹手術の傷を守っていた腹帯が、最後になって外されました。これで、身体からはすべての手術に関係するものがなくなりました。きれい、さっぱりとしました。

 エレベータホールから、東山の方角を見やりました。

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 大文字の如意ヶ岳は、すぐ間近に迫っています。

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 夕食前に西山の方を見ると、写真の中央奥にあるiPS細胞研究所が見えたので、思わずシャッターを切りました。

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 最近は、山中先生も新型コロナウイルスに関する発言が注目されています。今日はいらっしゃるのでしょうか。一度だけ、通院の途中ですれ違ったことがあるように思います。

 夕食は完食です。よく食べられるようになりました。右手前のなす味噌炒めは、お酒のあてにちょうどいい食感と味付けです。

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 汚い話ながら、お腹が真っ直ぐになったせいか、素直に食べられて、素直に出て行きます。入りも出も、共に量が多くなりました。お腹はまったく痛くありません。下水管の穴の掃除をしたような感じです。通りが良くなったと思っています。例えがよくないかもしれませんが。
 先ほど、看護師さんが就寝前の問診に来られました。毎日私のお腹に聴診器を当てて音を聞いておられるので、どんな音がするのですか、と聞くと、自分で聞いて見られますかと言って、聴診器を貸してくださいました。これも表現が汚くて恐縮ながら、下水を流れる水の音、というのが正直なところでした。きれいな音でも、爽やかな音でもありません。毎日こんな音を聞いていると楽しくないですよね、と言うと、そんなことを期待して聞いていませんから、という反応が返ってきました。なるほど、医療の現場であることを忘れていました。失礼しました。この病院の看護師さんたちは、非常に親しみやすい方が多いので、つい世間話をしてしまいます。そして、いつも話題を躱されています。話術もなかなかのスタッフです。

 積貞棟でお世話になるのも、今夜が最後となりました。ここは癌病棟なので、次にお世話になるのが楽しみです、とは言えません。
 過日アップした、「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)では触れなかったことで、この積貞棟のことが書かれていました。「繰り返された特例措置と迷走」の節に、次の説明がありますので、該当する箇所を引きます。

 新景観条例が成立して1年後の2008年(平成20年)1月、早くも高さ制限の特例第1号が登場した。任天堂社長・山内溥氏の多額の寄付によって建設されることが決まった京都大学附属病院の新病棟「積貞棟」である。条例では高さ規制20メートルのところ、京都市は「景観誘導型許可制度」を使い、31メートルを認めると決定したのだ。この制度は、新景観政策の例外措置として、「優れた形態や意匠、良好な沿道景観に資する建物、学校病院など公益上必要な建物」などに限り、高さ制限を超えて建物を建設できるとしている。認定にあたり、京都弁護士会や市民団体からは異論が相次いだが、京都市は粛々と推し進め、完成記念式典では門川大作京都市長自らがテープカットに臨んだ。(160頁)


 これは、一体何を言いたいがために書かれた文章なのか理解不能です。多分に市長選挙のために、門川氏を揶揄する意図があったとしか思えません。しかも、前後の文章から乖離していて、意味不明で不発でした。
 私は、この京大病院の積貞棟は、8階建てにしてよかったと思っています。市民のために、大きな役割を果たしているのですから。まさに、「公益上必要な建物」なのです。村山氏は、この京大病院での治療や入院の経験はないのでしょう。お世話になると、そのありがたさがわかります。それは、今後のことになりそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:01| Comment(0) | *健康雑記

京大病院での食事を楽しむ余裕(6)

 朝、待ちに待ったオナラと便通がありました。これで、退院は確実です。毎日、毎回、先生や看護師さんから「オナラは?」と聞かれていました。晴れて「出ました」と言えるのは、普段はあまりある会話ではありません。嬉しいものです。
 食前の体重が45.5キロでした。これは大変です。もっとも、毎度懲りずに例に出す10年前も、そんなものでした。これからの回復が、長い道のりなのです。

 朝食は、これまでが4割、5割と来ていたので、6割いただくことを予定していました。

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 しかし、お腹が空いていて、美味しかったこともあり、7割も食べてしまいました。もっと食べられそうでも、ここはじっと我慢です。焦らず、のんびりと取り組みます。牛乳は間食にします。

 運動で、階段を使うのはいいとのことでした。しかし、新型コロナウイルスの対策のために、他の棟との行き来が制限されているので、積貞棟のこの階だけを歩き回ってください、とのことでした。残念です。

 お昼前に、これまでなかなか出そうで出なかった咳が、少し痰が絡んで出ました。そのことをロビーでストレッチ中に、たまたま通りかかった看護師さんに話しました。すると、すぐにもう一人の私付きの先生がおいでになり、詳しいヒアリングとなり、結局はしばらく様子見です。

 お昼は、8割は食べられそうでした。しかし、ここもじっと我慢で、7割で止めました。

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 午後は、外来棟1階にあるレントゲン室に一人で行きました。これまでの、この病院での宿泊滞在日数は、もう70日はあるはずです。多い時は、1ヶ月間も滞在(?)していました。日帰りであれば、今も2ヶ月に1回は必ず診察に来ています。優良患者です。建物は熟知しています。

 いろいろな方とメールで連絡を取っているうちに、シャワーの時間となり、そして食事が届けられました。

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 今回も、7〜8割に留めました。
 ここにポン酢が付いているのが、関西だなと実感させます。東京にいた時には、今でこそあるものの、普段はなかなかポン酢は使えませんでした。私がよく行った回転寿司屋さんでも、ポン酢を置いていない店が大多数でした。おやじさんに頼んで、簡単なものをよく作ってもらいました。いまでは、結構広まっているのではないでしょうか。もっとも、にぎり寿司は江戸のものなので、それに関西のポン酢は最初からなかった取り合わせでしょうか。食の文化は、おもしろいものです。

 今回は、時間を争う、命の危険に自分が直面していたとは思えないほどに、順調に回復しています。気を揉みながら様子を注視してくださっている方々には、もう身体は本復し、後はいつ退院できるか、という段階にあることをお伝えします。

 諸々お願いしていること、お引き受けしていることについては、もう少し時間をください。

 科研も、新しくスペイン語を専攻する大阪大学の学生さんが今日から来てくれています。この科研も、箕面の研究室に来ていただいている研究協力者のほとんどに大阪大学の職員待遇になってもらい、強力な研究支援体制ができあがっています。そんな時に新型コロナウイルスの問題が起き、私がこんなことになったのです。しかし、みなさん賢明な方々なので、ご自分の役割を果たしてくださっています。ありがたい仲間と研究を進められる環境に身を置いていることに感謝しつつ、さらなる展開に突き進んでいくつもりです。
 新しい学生さんには、以下ブログを読んでおいてください、とお願いしました。

「PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開」(2014年01月12日)

「国際集会のオープニングと原稿整理」(2013年10月27日)

「英文を表示しながら日本語で語り終えて」(2013年10月29日)

 スペインには、心強い研究仲間が何人もいらっしゃいます。今後は、『スペイン語圏における日本文学』(伊藤編、国文学研究資料館、67頁、2004(平成16)年)をさらに補訂する形でまとめますので、楽しみにお待ちください。
 
 
 
posted by genjiito at 01:02| Comment(0) | *健康雑記

2020年06月03日

京大病院でのPCR検査が陰性だったことをオナラが祝砲(5)

 夜9時頃から熱が高くなり出しました。37.5度からさらに少しずつ上がって来るので、次第に不安になります。新型コロナウイルスでよく言われた、あの「37.5度」です。ついには、37.8度に。またまた、ためらいながらも思い切ってナースコールのボタンを押しました。真夜中に、申し訳ないことです。
 氷枕で頭を冷やし、安静にしていると、次第に熱が下がって来ました。

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 この温度変化の図は、データさえ入力しておけばスマホのアプリが作図してくれます。看護師さんは、回診時に「体温・血圧・血糖値・傷口の様子・腸内の音・酸素濃度」などをパソコンに入力しておられます。それは、先生方が患者の治療の状況と今後の対処を考える資料となさるものです。自分で同じデータを折々に入力しておくと、先生の説明もよくわかり、何かと便利です。
 今は、体温と体重を小まめに記録しています。1日のうちに何回か測る血糖値は、ヘモグロビン A1cではないので、これは先生方にお任せです。
 お昼から、お粥食になりました。突然の入院だったことと、こんなに早く食事ができるとは思っていなかったので、箸がないことに今になって気付きました。妻が来るのは午後なので、地下の新装なったローソンへ買いに行きました。割り箸ではなくて、しばらくは家でも使えるようにと、塗り箸にしました。今後とも、日々気を引き締めるためのアイテムにしようと思います。

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 出て来たものを4割だけ食べることにして、噛み締めるようにしてお粥をいただきました。
 主治医の先生から、PCR検査が陰性だったことを聞きました。大学認定の陰性証明書を作っていただけたら、首からぶら下げて街を歩いてみたいものです。とにかく、ホッとしました。
 それを受けて、病室が陰圧の特別な個室から大部屋へ引っ越しです。新型コロナウイルスのために、部屋の回転が大変だとのことでした。
 妻から、細かな生活用品が届きました。ラウンジで少し話をしました。それでも、新型コロナウイルスのために面会に制限があるため、短時間で済ませます。メールなどで連絡は取れるので、支障はありません。
 初めてのシャワーを浴びた後、待望のオナラが出ました。さらには便も。これで、退院が早くなります。嫌われ者のオナラも、病院では開腹手術をした者にとっては大歓迎です。この待ちに待ったオナラは、まさに祝砲でもあるのです。
 晩ご飯は、ちょうど半分いただきました。

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 病院や食堂の食事は「まずい」と言わないといけないかのように、酷い評価をする方が多いようです。しかし、それは、先入観で決めつけて言っておられることが多いと思います。ここの食事は、とくにこの積貞棟のシステムは、できた時にマスコミで話題になったように、さまざまな工夫がなされています。10年前にここに入院した時の記事ながら、次のものを書いています。ご笑覧ください。

「心身雑記(80)「にぎり寿司セット」はいつ」(2010年09月06日)

 貶しておけばいい、と思っておられる方は、一度積貞棟で配膳食を口にしてから、その評価を書いてみてください。
 夜、点滴が外されました。これで、T字型のキャスターを引っ張って動くことがなくなります。ベッドの上がり降り、トイレの行き来、運動のためのウォーキングなどなど、常に側に一緒にいるこのキャスターが、さまざまな動作を邪魔していました。これで、身の回りが楽になります。着実に退院に向かって進んでいます。身体に管が何も着いていないのは、本当に楽です。自由です。ホッとしています。
 
 
 
posted by genjiito at 15:29| Comment(0) | *健康雑記

2020年06月02日

京大病院で手術後の腹痛と闘う(4)

 夜中に腹痛が襲ってきました。それまでためらっていたナースコールを、もはやこれまでと押しました。このボタンは、枕元にあります。「いつでも、何かあれば」と言われています。しかし、わざわざ呼びつけるようで、なかなか押しづらいものです。目を瞑って押すと、「どうされましたか」という声が聞こえます。「腹痛が……」と言うと、すぐに駆けつけてもらえ、氷枕を新しいものに替えてくださいました。そして、痛み止めを点滴に追加されたように思います。あまりに痛すぎて、何がなされたのか記憶にありません。
 午前中は、緊急のレントゲン撮影を入れてくださったので、別の棟の1階の大きなレントゲンの機械で、何枚か撮影しました。
 積貞棟6階の一人歩きを、午前1回、午後3回しました。腹痛がなくなると、すこぶる快調です。
 気持ちに余裕ができたので、病室の窓から外を撮影しました。
 左の建物が、2ヶ月前に白内障の手術で入院した新しい診察棟。右下の木立の手前が、山中伸弥先生のiPS細胞研究所。すぐ横の建物にいらっしゃいます。正面右奥に、京都タワーが見えます。

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 午後は、妻がパソコンなどの仕事の道具を持って来てくれました。ただし、新型コロナウイルスのことがあるので、直接の受け渡しではなくて、荷物は受付に預け、それを看護師さんが病室に持って来てくださるのです。ウイルス対策は、とにかく徹底しています。普段以上に、看護師さんの仕事は重みが増していることでしょう。ただただ感謝です。
 
 
 
posted by genjiito at 10:34| Comment(0) | *健康雑記

2020年06月01日

京大病院での手術後は順調です(3)

 何事もなく手術が終わってから、先生の第一声は、「よかった、よかった、今までで一番いい手術でした。僕が今夜の担当でよかった。」と明るくおっしゃいました。消化器官がご専門の先生です。最悪のことを想定し、接合部位の壊疽や癒着があった場合、開腹後にどこを切り、どう繋ぐかなどの見通しを、詳しくわかりやすく図解して説明してくださっていました。あらゆることを想定して手術の準備をし、最悪のストーリーも思い描いておられたようです。それが、何も切らなくてよかったことと、それに至る判断がいかに適切だったかを、満面の笑顔から推し量ることができました。たまたま当直で手術を担当したことも、縁があったのでしょう、と笑いながらおっしゃっていました。今でも、この巡り合わせに不思議な思いがしています。
 入った病室は陰圧室といって、PCR検査のスクリーニングをする個室でした。このタイプの部屋は少ないので、外来患者で新型コロナウイルスのチェックをする人が検査結果を待つ部屋でもあります。数に限界があるので、私の検査結果が陰性であれば明日からは別の個室か大部屋に、とのことでした。私は、大部屋でも何も問題はありません。
 術後の世話をしてもらい、病室でレントゲンの撮影をしました。さすが、大規模な病院です。あのレントゲンの機械が部屋まで出張してくるのですから。
 そうこうするうちに、歩いてみましょうか、となりました。驚きです。手術が終わって、まだ7時間しか経っていません。それなのに、もう歩く練習をするのです。今朝の回診で、主治医の先生からも、どんどん運動をするように、との指示がありました。
 何とか歩けそうだったので、キャスター付きのサークルに摑まり立ちして、そろそろと6階の通路を一周しました。足元はしっかりしているそうです。
 午後は、点滴がぶら下がったポールを自分で持って、一周のところを一周半しました。ふらつきませんでした。これは、快復を加速する自信になります。
 
 
 
posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | *健康雑記

京大病院での緊急手術は大成功でした(2)

 突然、降って湧いたような緊急手術。目の前で繰り広げられている病院のスタッフの会話と、自分自身の心づもりや理解が、大きく隔たっています。手術慣れしている身とはいえ、さすがにこの展開は、流れに任せるしかありません。しかも先生から、「命を最優先にして、最悪の場合を想定して対処します。」と言われると、ただひたすら「よろしくお願いします。」と幸運を祈って激流に身を委ねるしか道はありません。事態の認識の甘さを痛感し、俎板の上の鯉の覚悟で、妻に見送られながら手術室に入りました。
 この病院の手術台は、2ヶ月前の白内障の手術の時以来です。もちろん、何十もある内の一つですが。
 すぐに麻酔がかけられます。
 10年前の手術では、麻酔が覚めたすぐ後で思い出したのが、モネの有名な絵でした。花畑の中に一人の女性がパラソルを持って立つ絵でした。私の話を聞いた息子が、すぐそばの平安神宮の前にある府立図書館から、画集を借りて来てくれました。まさに、それでした。後日、神野藤昭夫先生が、パリからのその絵の詳細な情報を教えてくださいました。

「心身雑記(74)夢に出て来たモネの花畑」(2010年09月01日)

 今回は余裕があったのか、麻酔が効くまでに、今日はどんな夢や絵を見るのだろうかと、大いに楽しみにしているうちに、ストンと深い眠りに落ちました。「終わりましたよ。」と声をかけられて、手術中に見たイメージを思い出そうとしました。しかし、残念ながら今回は、何も浮かび上がってきません。加齢と共に、想像力も衰えのでしょうか。
 夜中の2時から2時間の手術でした。幸いなことに、腸が複雑に折れ曲がり入り組んでいたにもかかわらず、前回の手術で接合した部分などに壊疽や癒着などはまったくなかったそうです。そのために、腸を切ることもなく、元の場所に戻すことでことなきを得ました。
 前回の手術のことを熟知しておられた先生との出会いといい、開腹してみて予想外に中がきれいだったことといい、さらには初期の状態で異常が見つかったことなど、奇跡に近いとスタッフの皆さんがおっしゃっていました。いやいや、救急車にお願いして別の病院に入ることもなく、自分の判断でこの病院にたどり着いたこともラッキーだったと言えます。私の周りでは、こうした奇跡的でありえないといわれることがよくあります。幸運としか言いようのないことを、何度も体験してきました。どこの誰にお礼を言ったらいいのかわかりません。とにかく、ありがたいことです。
 積貞棟の6階に入院することになりました。ここは、10 年前に手術をした癌病棟です。あの時も、6階でした。不思議な縁の巡り合わせです。もう来ることはないと思っていた場所に、また舞い戻ってきました。今回は、見通しの明るい、出口の見える入院です。
 病名は「絞扼性イレウス(絞扼性腸閉塞)」。
 1週間ほどの入院なので、週末には退院できるようです。
 
 
 
posted by genjiito at 15:34| Comment(0) | *健康雑記