2020年04月30日

[速報]超人気作家ら50人以上による緊急連載「Day to Day」が WEB上で無料公開!

 (株)トランネットの近谷浩二さんから、興味深い情報が寄せられましたので、以下に紹介します。

明日5月1日より、講談社による緊急連載「Day to Day」がWEB上で無料公開されます。

https://news.kodansha.co.jp/8248

50人以上の人気作家が、在宅中の読者に向け、2020年4月1日以降の日本を舞台に、1人の著者が1日ずつ小説・エッセイを執筆するリレー連載です。
連載は辻村深月さんからスタート。「2020年4月1日」を舞台にした小説です。

翌日5月2日は「2020年4月2日」を舞台にした作品が、5月3日以降も「2020年4月3日」以降を舞台にした作品が毎日掲載されます。

各作品の文字数は1000文字程度で、2〜3分でお読みいただけます。
掲載作品は英語、中国語版でも無料公開され、私(トランネット)が英語版作成の責任者を務めている関係で、もしご興味ございましたら何らかの形でご紹介を頂ければと思った次第です。


 執筆予定者などについては、上記「講談社BOOK倶楽部」のホームページ「今日のおすすめ」(020.04.30)で確認できます。

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 そして、明日からの〈物語〉は、「「Day to Day」 はじまります」にアクセスすると楽しめるようです。

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 突然の[速報]となりました。
 明日、5月1日(金)からの連載を楽しみにしたいと思います。

 なお、毎日配信されている「ブンゴウメール」は、今日で「イワンの馬鹿(全61回)」(レフ・トルストイ)が終わりました。2ヶ月間、毎日500字〜600字ずつ読みました。さて、明日からはどんな作品が始まるのか、これも楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 18:05| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月29日

一日中「そ」という平仮名一文字とたたかう

 昨年10月に、藤原定家が書写したと思われる『源氏物語』の第5巻「若紫」が見つかった、というニュースが流れました。そして、本年3月に『定家本 源氏物語 若紫』(監修:大河内元冬・解題:藤本孝一、八木書店、2020年3月)が、高精細な写真版として刊行されました。
 現在、この「若紫」の「変体仮名翻字版」を作成中です。
 今日は、「そ」という仮名文字に一日中かかりきりでした。
 定家本「若紫」の55丁表8行目に、「遣れ八」とあるところです。

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 影印本の解題で、藤本孝一先生は次のように報告しておられます。この「遣」の下に書かれていた文字は不明だとされています。

55オ8(117頁)、けれ八→「け」は「□」を擦消した上に書く。(13頁)


 私が進めている「変体仮名翻字版」の表記で「遣」とある文字は、確かに何か一文字をなぞっています。このちょうど裏面は、次のようになっています。「ひきつ」の「ひ」と「き」の間に、表側の面の「遣」が擦り消されたために、墨が少しにじんで文字の形が何となく確認できます。

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 さらにこの画像を反転すると、次のようになります。

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 この2つの画像を並べると、つぎのようになります。

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 さらに、手元にある資料で17種類の諸本の本文を見比べたところ、大島本だけは本行の本文が「そ連八」となっており、それ以外の16本(橋本本・大島本・尾州河内本・中山本・麦生本・阿里莫・陽明本・池田本・御物本・国冬本・肖柏本・日大三条西本・穂久邇本・保坂本・伏見本・高松宮本・天理河内本(鉛筆なし))は、すべて今の表記で示すと「けれは」となっていました。
 参考までに、『大島本源氏物語 DVD‐ROM版』(古代学協会編、角川書店、2007年11月)の当該箇所の画像を引きます。大島本では、最初に「そ連八」と書き、後で「そ」をミセケチにして「け」と右横に傍記しています。

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 このことから、定家本「若紫」のこの箇所は、大島本のように最初は「それ八」と書き、後に「そ」を擦り消して「遣」をナゾリ書きしたと考えることが可能となります。とすると、定家本「若紫」の「そ」の字形を確認する必要があります。この少し前の49丁裏の9行目にある「それを」を引きます。

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 定家本では、現在普通に使われている「そ」の字形ではなく、「ろ」のような形をした文字ばかりです。そのことを念頭に置き、この擦り消された下の文字を必死に読み解こうとしました。しかし、残念ながら、一日を費やしても確証は得られませんでした。やはり、原本を実見するしか解決しません。ただし、藤本先生のお話では、この本はなかなか見られないとのことです。どなたか、この本を実見する幸運に恵まれた方がいらっしゃいましたら、この「遣」の下に書かれている文字を教えてください。
 なお、今は中断した『源氏物語別本集成 正・続』の仕事をしていた時のことを思い出しました。底本である陽明文庫本は、印刷が高精細ではなかったことと、白黒印刷であったために、こうしたナゾリの箇所については特に苦労しました。しかし、慣れるといつしか白黒の写真でも下に書かれている文字が読めてきたのです。後に、名和修先生のご高配を賜わり、原本を直に確認することができました。そして、嬉しいことに、ほとんどのナゾリの文字の下に書かれていた文字が、私の推測通りの文字であったことが確認できました。また、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」についても、原本を確認して、写真で推測したことが間違っていないことが多かった、という体験をしています。以来、こうした写真版でも、そのナゾリの箇所の下が読めるという自信を持つようになりました。また、2008年以降は、藤本先生のご教示をいただき、カメラに顕微鏡のような装置を付けて、削られたところの繊維の流れから、削られる前の文字の形を推測するようにもなりました。さらには、科学的な手法が可能であれば、より正確な写本の実態がわかることでしょう。
 とは言え、今回はギブアップです。返す返すも残念です。原本は、今は日本に実際にあるのですから、いつか実態がわかることでしょう。楽しみが増えた、ということに留めておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | ■変体仮名

2020年04月28日

京洛逍遥(620)出雲路橋から東山を望む

 昨日と今日は、共に一日8,000歩以上歩いています。
 かつては、一日1万歩以上を目標にするように、と言われていました。しかし、最近の考え方では、6,000歩で十分だそうです。
 昨年4月から、毎週2日は箕面キャンパスへ行くようになりました。それまでの通勤時間は片道3時間半、今度は2時間です。いずれも長距離通勤と言えるでしょう。歩数が1万歩以上になるのは明らかな移動距離です。ただし、昨年からは距離の割には極端に歩数が減りました。理由は、自宅のすぐ前からバスに乗り、電車を乗り継いで、またバスで行くと、箕面キャンパスにある研究室の真下に着くのです。そこからすぐにエレベータで6階に上がると、自分の席があります。雨の日でも、傘は要りません。これでは、歩く距離が極端に少ないのは頷けます。その足りない分は、他の日に動き回ることで補ってきました。
 それが、この新型コロナウイルスのお陰で3月から自宅に籠もる日々となり、毎日の賀茂川散歩が唯一の運動の機会となったのです。三条より南に行くことが、まったくなくなりました。3月から4月にかけては、一日4,000歩しか歩かない日々だったので、このところは少し歩く距離を伸ばしています。
 今日は、出雲路橋から鞍馬口まで行きました。出雲路橋の河原から、左に比叡山、右に大文字山を望みます。パノラマモードで撮ると、きれいな稜線が写りました。

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 自宅のお地蔵さんは、二葉葵に身を埋めて顔だけを見せておられます。

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 メダカは、昨年夏には小さかったのに、今では大きくたくましくなりました。

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 ハリネズミのハッチャンは、相変わらずリンゴが大好きです。

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 何の変哲もない環境に身を置き、只管打坐ならぬジッと我慢の自粛生活です。
 この大型連休は、外出を控え、家の近くをウロウロとするだけとなりそうです。
 その分、家の荷物を片づけることと、やりかけの仕事の整理に励む、またとない機会にしたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:16| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月27日

個人が所有する本のこれからを考えてみる

 新型コロナウイルスの感染予防のために、自宅待機の日々です。その中で、今後のウイルス対策の長期戦に備えたテレワークの環境を構築するため、このところ勉強部屋の大改造をしています。おそらく、これが我が生涯最後の模様替えだと思って、心おきなく一大整理をしています。
 そして、お決まりのように大量の本を処分することと、雑多なメモやコピーの廃棄に追われています。
 3年前に、都内と立川市にあった荷物を、京都と大阪に分散して運びました。その時も、本の処分が一番大変でした。一冊一冊に思い入れがあり、しかも、いつかまたこの本を読み返すことがあるのではないかと思うと、捨てる手が鈍りました。しかし、とにかく、エイ・ヤーと思い切らないと前に進みません。
 自宅に送ったものについては、いまだにすべての段ボールを開封していないので、あれはどこにあったのかと探すことが日常茶飯事です。
 また、昨年の3月に、大阪の南部から北部に、大量の本と資料を移動させました。これは、目的が明らかな本たちだったことと、箕面の新しい研究室が広かったので、整理は終わっていないものの段ボール箱からはすべて出し終えています。3分の1は床に積んであるので、取り出そうと思えば何とかなります。
 もっとも、これらも後1年で箕面キャンパスは移転のために撤退となり、私の科研も終了します。今から10ヶ月後には、その行き場の決断が迫られます。京都市内にNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事務所を構えることで、その一端を軽減させられないかと思うものの、小さな組織なので場所も物件も見つかっていません。今は、篤志の方との出会いを待ち望んでいるところです。
 とにかく、相変わらず、物としての本には悩まされ続けています。
 今回の自宅の大掃除でも、自宅に置く本とは一体何なのかということや、これからの本のありようを考えさせられています。図書館の本を利用することを前提にしても、新型コロナウイルス禍の今は、近くの図書館はすべて休館です。特に、自宅に近い京都府立京都学・歴彩館が休館となっているのは、私にとっては一番痛いことです。
 最近私は、本を出版することはやめています。報告書などの印刷物は、〈非売品〉として無償で配布したり、ネットに〈電子ジャーナル〉として公開することを意識して実践しています。書籍としての本の存在を否定するのではありません。その意義は認めつつも、重さと容量のある固形物をどのように管理するかで、個人的には限界を感じているのです。また、出版社や書店の存在は認めつつも、はたしてその業態がいつまで続くのか、大いに疑問を抱くようになりました。よくわからないままに、今とは別の社会を考えたりしています。少なくとも、出版社が本を作って売り、書店で本を購入して読む、というスタイルは、私の中からは消え去りつつあります。徐々にではあるものの、本というものの存在が消えていくように思えます。
 それでは、読書はどうするか。私は電子ブックは読まないので、自縄自縛の中にいます。また、研究成果や資料集はどうするのか。これは、電子版の公開でいいように思います。今私は、その方向で取り組んでいるところです。
 それにしても、これまで普通に身の回りにあった本が、自分の中で変質しつつあるのは確かです。知的な資源をどのような形にすれば、人々が自由に受容できる社会が構築できるのか、そんなことを考え込んでいます。さまざまな権利が関わるだけに、答えは一つではないはずです。これからの若者たちが、一大変革をしてくれることに期待しています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月26日

京洛逍遥(619)散策する人で大賑わいの半木の道

 ゴールデンウィークに入った日曜日の今日は、半木の道にも人が大勢集まりました。「賀茂川茶店」などのイベント以外でこんなに人が集まったのは初めてでしょう。

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 みなさん、自宅待機にも飽き、気候もいいので出かけて来られたようです。いつもなら、三条周辺までなのに、さらに北上して北大路橋から北山大橋にまで伸びて来たようです。

 数の多さよりも、人が歩く間隔は、これくらいが限界のように思われます。
 今日は、犬の散歩の方と、ランニングの方が特に目立ちました。
 明日からの散策路は、少し考えたいと思います。
 このユルユルの外出自粛の呼びかけの中、みなさんもよく我慢しておられると思います。
 いつ収束するとも知れない、この新型コロナウイルス禍において、さまざまな試みや提案がなされています。今後とも、新しいウイルスなどの細菌との戦いが続きます。新たな戦争に向けて、確かな対処策を一日も早く見つけたいものです。
 最近の私のウォーキングは、2月と3月の一日の平均は6,000歩でした。それがこの4月の平均は4,000歩と、大幅にダウンしています。飽きない、新しい散策路を開拓したいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:01| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月25日

京洛逍遥(618)点字ブロックと岩倉川に沿う八重桜やカレーのこと

 地下鉄烏丸線の北山駅から国際会館駅までの2駅を、電車で移動しました。散策のつもりで出かけたはずです。しかし、少し距離がありそうなので、途中から気が変わって電車にしたのです。不要不急の外出だとお叱りを受けそうです。それでも予想通り、各車輌には一人いるかいないかでした。新型コロナウイルスの感染予防のため、外出自粛は徹底しています。

 国際会館駅の改札から地上までの通路は、こんな通行区分になっていました。

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 おそらく、視覚障害者のための黄色い点字ブロックを最優先にしたための区分けなのでしょう。それにしても、写真右側の改札口に向かう通路の狭いこと。一人分の肩幅しかないので、前の方がゆっくりと歩いておられると、後ろから来る方は追い越すこともできず、ストレスが溜まることでしょう。地上に行く通路は、その升目を見ればわかるように、3倍の広さがあります。高齢化社会となり、スローな人たちが社会を構成することに、まだ思いが及ばない頃に作られた通路なのでしょう。これでは、スローライフに対応できなので、心地よい社会にはならないことでしょう。
 極端な左通行のシフトなので、その意図を考えました。国立の施設である国際会館があるからでしょうか。車イスのことを考えての配慮なのでしょうか。そうだとしても、これはやりすぎだと思います。
 私は、点字ブロックは過剰に日本中の道や通路に敷き詰められている、と思っています。すでに、「点字ブロックは本当に視覚障害者のための物でしょうか」(2018年10月22日)という記事を書き、その後も折々にこのことを問題にしています。私のこの記事に、目が見えない方々からは理解を示していただいています。批判的なのは、かえって目が見える方々です。点字による案内などの問題点は、またいつかにします。

 さて、地上に出ると、右手に比叡山が大きく迫っています。

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これからは、この山肌の色彩が多彩に変化します。私の部屋からも、この時期になると比叡山から東山に向けて拡がる緑の屏風が、刻々と移り変わっていき、初夏独特の新緑のグラデーションが楽しめます。

 岩倉川の散策路には、八重桜がまだすこしだけ残っていました。

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 昨日までの数日は、寒さに震えていました。そして今日は、ポカポカといい陽気となりました。
 自粛のために、食事をするお店はすべて閉まっています。コンビニでお弁当を買って、公園で食べようと思いながらブラブラしていると、唯一、インド料理のお店が開いているのに出くわしたのです。お客さんは誰もいません。ご主人に話を伺うと、ネパールから来た方でした。デリーの話などをしました。
 ほうれん草とパニールのマサラ料理をいただきました。ただし、パニールではなくて、とろけるチーズを入れたものでしたが。アツアツの焼き立てのナンによく合う味です。私のために、甘い味にしていただきました。
 日本では、パニールになかなか出会えません。東京の越中島にいた時には、門前仲町のインド料理屋さんがリクエストに応じてパニールを使った料理を出してくださいました。インド料理は、京都よりも東京が多いようです。しかし、京都でもがんばっておられます。「読書雑記(80)続木義也『カレーの海で泳ぎたい』」(2013年09月26日)は、お薦めの一冊です。
 
 
 
posted by genjiito at 20:49| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月24日

与謝野晶子の『新新訳源氏物語』の草稿に関する報告書の紹介

 「堺市博物館所蔵資料調査報告書」として、『与謝野晶子「新新訳源氏物語」桐壺の巻草稿調査報告』(堺市博物館、令和二年三月二七日、全66頁)が完成し、神野藤昭夫先生が送ってくださいました。ただし、非売品のため、入手は難しいかと思われます。大きな図書館などでの閲覧になるかと思われます。

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 与謝野晶子の手になる草稿の内、「桐壺」巻だけではあるものの、カラー写真と翻字、そして神野藤昭夫先生の「特別寄稿」を収録した冊子です。長くこの調査研究を主導しておられる足立匡敏さんの努力が、その背景にあるものです。

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 この草稿の詳細な画像は、国文学研究資料館のホームページの中の「与謝野晶子自筆原稿『新新訳源氏物語』「桐壺」:近代書誌・近代画像データベース」(http://school.nijl.ac.jp/kindai/SKIY/SKIY-00001.html#1)で、自由に閲覧して確認できます。このデータベースの公開を担当した私の記録は、この記事の末尾に揚げたリストを参照願います。

 本書の内容がわかるように、目次をあげます。

目次
ごあいさつ 堺市博物館館長 須藤 健一
ごあいさつ 与謝野寛・晶子関係資料の共同調査研究会代表 太田 登
「解題」 足立匡敏
「新新訳源氏物語」桐壺の巻草稿 図版
「凡例」
「翻刻」 与謝野寛・晶子関係資料の共同調査研究会
特別寄稿 「『新新訳源氏物語』はどのようにして生まれたか
      −その魅力の源泉をかんがえる」 神野藤昭夫
「編集後記」


 そして、足立さんの「解題」の末尾にある、本書に直接関係する「参考文献」を引いておきます。

【参考文献】
村田和男「与謝野晶子関係資料紹介(1)堺市博物館所蔵資料より
  与謝野晶子原稿『新新訳源氏物語』(藤裏葉)」
  (『与謝野晶子倶楽部』第二号、一九九八年一〇月)
神野藤昭夫「『新訳源氏物語』と幻の『源氏物語講義』」
  (『与謝野晶子の新訳源氏物語――薫・浮舟編』二〇〇一年、角川書店)
神野藤昭夫「『新訳源氏物語』書誌拾遺」
  (『源氏研究』第八号、二〇〇三年四月)
神野藤昭夫「与謝野晶子の朗読した『源氏物語』のテキストはなにか−『新新訳源氏物語』の周辺」
  (『平安朝文学研究』復刊第十六号、二〇〇七年三月)
神野藤昭夫「与謝野晶子の読んだ『源氏物語』」
  (永井和子編『源氏物語へ 源氏物語から 中古文学研究24の証言』二〇〇七年、笠間書院)
神野藤昭夫「与謝野晶子『新新訳源氏物語』の執筆・成立の経緯」
  (伊井春樹監修『講座 源氏物語研究』第一二巻、二〇〇八年、おうふう)
神野藤昭夫「晶子と王朝時代」
  『国文学 解釈と鑑賞』二〇〇八年九月、至文堂)
神野藤昭夫「与謝野晶子の『源氏物語』翻訳」
  (国文学研究資料館編『源氏物語千年のかがやき−立川移転記念特別展示 図録』二〇〇八年、思文閣出版)
足立匡敏「『新新訳源氏物語』自筆原稿の魅力」
  (『与謝野晶子俱楽部』第二二号、二〇〇八年一〇月)
神野藤昭夫『与謝野晶子の源氏物語翻訳と自筆原稿』(教育研究プロジェクト特別講義〈第二二号》)
  (給合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻、二〇一一年二月)
足立匡敏「与謝野晶子訳『蜻蛉日記』の成立−堺市藏・自筆原稿の考察を中心に−」
  (『書物としての可能性―日本文学がカタチになるまで−』国際日本文学研究集会会議錄、二〇一一年)
神野藤昭夫「与謝野晶子『新新訳源氏物語』和歌の性格−依拠テキストの解明は可能か――」
  (中野幸一編『平安文学の交響―享受・摂取・翻訳−』二〇一二年、勉誠出版)
神野藤昭夫「始発期の近代国文学と与謝野晶子の『源氏物語』訳業」
  (『中古文学』第九二号、二〇一三年一一月)
中周子「与謝野晶子と『源氏物語』―『新訳源氏物語』の再評価―」
  (『与謝野晶子の世界』第八号、二〇一四年三月)
神野藤昭夫「与謝野晶子『新訳源氏物語』の成立事情と本文の性格」
  (『國語と國文學』第九一巻第四号、二〇一四年四月)
中周子「堺市所蔵『新新訳源氏物語』の自筆草稿をめぐって」
  (『与謝野晶子の世界』第九号、二〇一四年一一月)
中周子、森下明穂「『新新訳源氏物語』の創作過程−堺市博物館蔵晶子自筆草稿「花宴巻」の考察(上)―」
  (『与謝野晶子の世界』第一一号、二〇一五年一一月)
中周子、安達智美「『新新訳源氏物語』の創作過程−堺市博物館蔵晶子自筆草稿「花宴巻」の考察(下)―」
  (『与謝野晶子の世界』第一二号、二〇一六年三月)
松浦あゆみ、森下明穂「『新新訳源氏物語』の創作過程(2)―堺市博物館蔵晶子自筆草稿「松風」巻の考察(上)――」
  (『与謝野晶子の世界』第一三号、二〇一六年一一月)
松浦あゆみ「『新新訳源氏物語』の創作過程(2)−堺市博物館蔵晶子自筆草稿「松風」巻の考察(下)―」
  (『与謝野晶子の世界』第一四号、二〇一七年三月)
神野藤昭夫「晶子・源氏・パリ」
  (『国文学研究』第一八二集、二〇一七年六月)
神野藤昭夫「与謝野晶子が書きかえた『新訳源氏物語』―その出現普及と和歌翻訳をめぐって―」
  (『二〇一七年パリ・シンポジウム源氏物語を書きかえる 翻訳・注釈・翻案』二〇一八年、青簡舎)


 こうした自筆原稿を翻字して提供するなどの地味な仕事は、気の長い努力と活動があってのものであることを、あらためて教えていただきました。そして、今回の「桐壺」巻に続いて、さらに残りの草稿の翻字の成果も公開されることを心待ちにしています。翻字を続けておられる、足立匡敏さん、中周子さん、松浦あゆみさん、森下明穂さん、安達智美さん、そして多くの協力者のみなさま、残された草稿のすべての翻字を、どうぞよろしくお願いします。
 なお、与謝野晶子の自筆原稿に関連することとして、本ブログでとりあげた記事の一覧を舞台裏で関わった者のささやかな記録として整理しておきます。

「鞍馬寺にある晶子の源氏訳自筆原稿」(2008年04月28日)

「与謝野晶子と『源氏物語』(1)」(2008年09月06日)

「与謝野晶子と『源氏物語』(2)」(2008年09月07日)

「与謝野晶子の自筆原稿画像の試験公開」(2008年09月17日)

「瀑布に打たれ続ける日々」(2008年09月28日)

「与謝野晶子の『新新訳源氏物語』自筆原稿画像データベース公開」(2010年02月20日)

「与神野藤昭夫先生の晶子がたり」(2010年02月21日)

「与謝野晶子自筆原稿の画像を見るために」(2010年03月04日)

「与謝野晶子の源氏訳自筆原稿「夕顔」等を確認」(2010年07月16日)

「与謝野晶子の自筆原稿『新新訳源氏物語』と『蜻蛉日記』の撮影」(2010年10月26日)

「伊井先生の講演「与謝野晶子の源氏物語礼賛歌」」(2010年11月12日)

「第34回 国際日本文学研究集会−職場復帰報告」(2010年11月29日)

「与謝野晶子と蜻蛉日記の講演会」(2011年01月17日)

「与謝野晶子デジタル化の報道資料提供」(2011年02月09日)

「与謝野晶子に関する刺激的な2冊」(2011年03月29日)

「神野藤先生の与謝野晶子語りを聞きに堺へ行く」(2019年11月23日)

 
 
 
posted by genjiito at 20:47| Comment(0) | ◎源氏物語

2020年04月23日

京大病院で2つの科を掛け持ちして5時間

 昨日は、京大病院の眼科に予約が入っていました。しかし、そのことをすっかり忘れていたので、あわてて今朝からの自由診療にしました。先日は、歯医者の予約を忘れていて、今日の午後に入れ直しました。
 よわい70歳が近付いていることを意識して、加齢による身体の変化と衣食住の環境と仕事の総括を思いながら、身辺整理に明け暮れる日々の中にいます。そこへ、外出自粛のために自宅に籠もっていることもあり、心身共にタガが緩んでいます。

 家の前から市バスで京大病院まで15分。乗客は7人ほど。パラパラと車内に散らばっています。窓は何箇所か開けっぱなしで走っています。これなら、新型コロナウイルス対策としての「3密」は避けられています。

 病院の周辺や構内も、人影は少なくなりました。

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 受診者も、いつもよりは少ないようです。今回のように予約なしで来ると、空き待ちとなるので何時間も待たされます。それは覚悟の上です。しかし今日の眼科は、思っていたよりも速く順番が回ってきました。それにしても、日々分単位で生活をする私にとって、病院では時間単位でひたすら待つ状況に置かれます。その落差に、居心地の良さを感じたりするので、勝手なものです。

 眼科では、眼圧測定、視力検査から始まります。今の裸眼で検査用のメガネをかけると、5メートル先が「1.5」できれいに見えているそうです。診察でも眼底などを診てから、手術後の経過は順調できれいだとのことでした。主治医の先生からは、目薬はもういらないという指示が出ているそうです。余った薬は、目がゴロゴロする時などに使えますよ、とのことです。
 現在は裸眼で50cm先に焦点が合っているので、テレビや外の景色を見るためのメガネは、街のメガネ屋さんで作ったらいいそうです。この病院では、そこまでは扱わないようになったとか。民間でできることは町医者に、ということのようです。ここは高度医療の専門機関です、という匂いが漂ってきました。
 そして、1年に1度は街の眼科で定期検診をしてください、ということでした。これで、白内障に関する眼科の診察は無事に終わりです。ありがとうございました。

 次は、耳鼻咽喉科です。昨年末にいただいた、アレルギー性鼻炎のための噴霧式点鼻液がなくなったためです。新型コロナウイルスのおかげで、花粉症のためのくしゃみや咳や鼻水は、周りに誤解を招きがちです。しかし、薬だけはもらっておこうと思って再診を申し出たところ、何と2時間も待たされました。こんなこともあろうかと、病院へ行く時には常に本を数冊持って行きます。今日も、人がまばらなロビーで読書三昧です。
 家を出てから、自分から何をすることもなくされるがままの時間を過ごして、自宅に帰り着いたのは5時間後でした。これだけでどっと疲れます。しかも、夕方からは、地下鉄の駅前にある歯医者さんへ行きました。
 今、歯医者さんは新型コロナウイルスの対策で大変だそうです。そんな中で診察してもらうのは恐縮(恐怖?)に思いながらも、治療が途中なので行かざるをえません。また、診察台に身を任せることになりました。

 不要不急の外出は控えています。賀茂川散歩以外は出かけないようにしていても、目や鼻や歯の治療は、できるときにしておかないと後が大変です。特に今日は、危険な領域に脚を踏み入れていました。見えないウイルスとの闘いなので、自覚しながら対処に専念するしかありません。
 それにしても思います。この戦いは、幸不幸、運不運に身を晒すものだと。
 今日にしても、総合病院という場所で長時間いたので、何があってもおかしくありません。また、歯医者さんはその治療の内容や部屋の構造や人の近さから言っても、非常にあやうい空間に無防備に身を横たえます。
 何もないことを祈るしかない、無力な自分を無防備にさらけ出しての一日でした。
 
 
 
posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | *健康雑記

2020年04月22日

今月の〈紫風庵〉での勉強会もお休みです

 新型コロナウイルスの感染が収束しないことを受けて、今月25日(土)に予定していた〈紫風庵〉での「三十六歌仙」と『源氏物語』の勉強会は、残念ながら今月も中止とさせていただきます。
 京都でも感染者が出ていること、参加者の年齢層が高いこと、親しく机を共にする勉強会であること等々、今しばらくは自粛して様子を見る方がいいだろう、との判断からです。
 ご理解のほどを、よろしくお願いします。
 定例であれば毎月第4土曜日に開催するので、5月23日(土)が次の開催日となります。しかし、この情勢ではまだ未定としか言えません。次回も、開催する場合は、直前のお知らせになるかと思われます。みなさまとご一緒に、楽しく変体仮名が読める日が一日も早く訪れますよう、ひたすら祈るのみです。

 外出を自粛することで、感染の怖れのない日々をお過ごしください。

 これまでに開催した第8回分の勉強会の記録を、以下に列記しました。
 復習を兼ねた自学自習ということで、これまでの足跡をたどりながら、変体仮名を読む力をしばし養ってください。

「京洛逍遥(538)登録有形文化財「紫風庵」の三十六歌仙絵」(2019年04月13日)

「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む」(2019年05月25日)

「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第2回)」(2019年06月29日)

「「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(第3回)」(2019年07月20日)

「「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(第4回)」(2019年08月24日)

「「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(第5回)」(2019年09月28日)

「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第6回)」(2019年10月19日)

「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第7回)」(2019年11月30日)

「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第8回)」(2020年01月25日)

 
 
 
posted by genjiito at 20:33| Comment(0) | ◎NPO活動

2020年04月21日

京洛逍遥(617)半木の道で花びらを浴びながらお弁当

 今日も散策を兼ねて、半木の道でお弁当をいただきました。
 何度か使っている腰掛けの一つが、丸太が傷んだのか取り除かれていました。どんな丸太が来るのか、今から新しい丸太の木の香りが楽しみです。

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 今日は、飛び石の場所に近いこの腰掛けにしました。
 向こうに北山大橋が、その奥左には京都五山の送り火で賑わう船形が見えています。
 腰掛けの後ろは府立植物園の境界です。木立の中でもあり、木々と植栽に守られているので、鳶に食べ物を攫われることはありません。安全なスペースです。そして、かすかに木々に残っていた花びらが落ちてくる中での食事です。

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 右岸から、飛び石伝いに川を渡ろうとなさっていた方がいらっしゃいました。中程でしばらく佇んで思案した後、もう少し進んでから諦めて引き返して行かれました。

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 昨日の記事に掲載した若者たちの写真にあるように、左岸の飛び石は冠水しているので渡れないのです。昨日よりも水の量は少ないので、靴が濡れることを我慢すれば渡れなくもありません。しかし、遠来の方でしょうか、覗き見ですみません、慎重な方のようです。またの機会に挑戦してください。
 お弁当をいただきながら、どうなさるのか我が事のように気を揉んで見ていました。

 鷺の親子連れは、外出自粛など関係ないので、いつものようにのんびりと川遊びをしています。

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 汗ばむほどに暑かった河原が、しばらくすると急に肌寒くなりました。気温が乱高下しているようです。早々に帰り支度をしました。
 
 
 
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2020年04月20日

京洛逍遥(616)葉桜の半木の道を北から下る -2020-

 半木の道の散策は、いつもと違って北山通りの方から入り、北大路橋に向かって下りながら賀茂川沿いを歩きました。

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 昨日からの雨で、水嵩が増しています。若者たちは、元気に飛ぶようにして石を渡るのかと思いきや、すぐに諦めて行き過ぎました。楽しみにしていたのに、拍子抜けです。

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 葉桜の新芽があたりの色彩を変えていきます。

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 中洲の菜の花が鮮やかです。

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 いつもは、この紅枝垂れを見てから北へ上っていきます。今日は逆のコースで歩きました。

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 これから、新緑の芽がこの半木の道を覆います。
 また来年、刻々と変わるこの色の変化を楽しみたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 20:49| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月19日

「ウェビナー」を活用してミャンマーに『百人一首』を広める

 本日、ミャンマーにある国際交流基金ヤンゴン事務所所長の佐藤幸治さんから、興味深い相談が舞い込みました。それは、ミャンマーのヤンゴンで先月下旬に計画していた、『源氏物語』の現代語訳を終えたばかりの角田光代さんを招いて、映画会や討論会などのイベントを組んでいたことに関連するものです。新型コロナウイルスのために、この開催が延期となったことを受けての、今後の展開に関する内容でした。このイベント延期については、「ミャンマー行き延期と翻訳本7冊のこと」(2020年03月17日)に書いています。

 佐藤さんのメールには、せっかく準備も整い、盛り上がった折でもあり、このままでは残念だとあります。そして、延期した事業がいつできるか不透明な中であるものの、ミャンマーの文学コミュニティ、日本語習得者たちに向けて、実際の対面を伴わない、ウェブ上の情報提供や交流活動を作っていくことはできないか、とおっしゃるのです。
 そういう比較的少量の情報などを継続的に発信していくことによって、一定のサークル内に関心と最低限の基礎知識を育てることはできるのではないか、と思っての提案でした。これがひいては、今後実施するイベントの受容基盤を強化することにもなるだろうと思われる、ともあります。
 さらに佐藤所長からのメールには、「当地で翻訳して使用するのにふさわしいソースなどごさいましたら、ぜひご紹介いただけますか。もちろん、先生といちから共同製作というのも我々は大歓迎です。」ともあります。

 そこで早速、研究仲間で『百人一首』の研究実績が豊富な同志社女子大学の吉海直人さんに、協力の呼びかけをしました。すると、すぐに「喜んでお手伝いさせていただきます。」との返事が来ました。吉海さんの協力が得られれば、「弁慶に薙刀、鬼に金棒」です。
 吉海さんは、『百人一首』関係の本を多数刊行しておられます。私は海外で『百人一首』のお話しをする時には、非常にわかりやすい『一冊でわかる百人一首』(吉海直人、成美堂出版)を紹介し、資料として活用しています。

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 そこですぐに、ヤンゴンの佐藤さんには、昨年、現地のヤンゴン外国語大学で実施した『百人一首』に関することを、今回は視点を変えて取り上げる提案をしました。昨年のことは、本ブログの「ヤンゴン外国語大学で講義」(2019年02月01日)に書いた通りです。

 また、ネットを介して、「zoom」によるウェブセミナーとしての「ウェビナー」という手法で、リアルタイムに講演会やグループディスカッションも可能です。『百人一首』の専門家である吉海さんには、ここに参加してもらうことも可能です。
 その内容は、次のような展開となります。

・開始時刻設定をし、事前に参加者にURLで共有しておく

・登壇者しか声が発信できない

・聴衆者はリアルタイムで質問をテキストで投げられる

・登壇者は聴衆者の中から選んで声の発信権限を渡すことができる


 私からミャンマーへの具体的な提案は、今日のところは次のものとなります。

(1)吉海著『一冊でわかる百人一首』のミャンマー語訳を刊行
 吉海さんの協力が得られることになったので、この『一冊でわかる百人一首』のミャンマー語訳を出してもいいと思います。日本語を勉強し始めた段階のヤンゴンの大学生や社会人の方々と一緒に、みんなでミャンマー語訳にするプロジェクトを起こしてもいいと思います。
 なお、ミャンマー語訳『百人一首』は2種類も出ているので、それを参考にして新たなミャンマー語訳『百人一首』を作ることは可能です。ただし、私の手元には、まだその本がないことは、「ヤンゴンの書店に立ち寄ってからの帰路」(2019年02月03日)に書いた通りです。

(2)参加者と『百人一首』の歌を一首ずつネット越しの共同討議で解釈していく。
 特に恋の歌などは、恋愛に対する文化的な素地が違うので、日本人と違う解釈が出てくる可能性があり、そうなると、さらにおもしろくなると思われます。日本側が解釈や意味を提示するのではなくて、ミャンマーの方々に受け入れてもらえる解釈を、みんなで話し合うのです。まさに、国際交流の中で生まれるコラボレーションです。その際、すでに刊行されているミャンマー語訳『百人一首』を参照することも有意義です。

(3)とりまとめ役は、専門家である必要はありません。
 千年前と今という時空間を超えての恋愛談義に加えて、ミャンマーと日本という地理的・文化的に遠く隔たった地域での異性に対する思いの違いがテーマの一つとなります。とりまとめ役は、答えのない問題ということもあり、参加者と解説者との意見のやりとりを交通整理してもらえればいいのです。

(4)こうしたことが実現すれば、国際交流基金が支援をしている出版助成による成果の公刊が可能となることでしょう。

(5)ミャンマーで『百人一首』を普及させることに関して
 すでに、アメリカのストーン睦美さんには、ミャンマーへの『百人一首』の普及について理解をいただき、ヤンゴンへ指導に行ってもいいともおっしゃっていました。

「近江神宮で競技かるた世界大会の情報収集」
http://genjiito.sblo.jp/article/186782603.html

(6)テレビ会議システムを活用した講演会や討論会は、以下の見取り図が想定できます。
 「zoom」を活用するとなると、セミナーやフォーラムと同じで、登壇者と聴衆者の2つに分けることができ、次のような流れになります。一例として、叩き台を提示します。

【1】『百人一首』の講演会をやる
  ↓
【2】お題を与えてグループ分けして、「ブレイクアウトルーム」でそれぞれのグループがお題に取り組む
  ↓
【3】マスターのルームにみんな帰ってきて、グループごとに発表
  ↓
【4】講演会に参加した人が「slack」に参加すると、継続的なコミュニティも生まれる


 ということで、ミャンマーでこの『百人一首』に取り組むことは、国際交流という点からも意義深いものとなり、それも実現性の高いものではないか、と思います。

 今後の展開を、大いに楽しみにしてください。
 そして、このプロジェクトに興味を持たれた方からのアドバイスも、楽しみにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎国際交流

2020年04月18日

読書雑記(283)船戸与一『ゴルゴ13ノベルズ 落日の死影』

 『落日の死影 ゴルゴ13ノベルズT さいとう・たかを+さいとうプロ作品 ゴルゴ13シリーズより』(船戸与一、2017年5月、小学館文庫)を読みました。

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 三部作の内、3冊目に関してはすでに「読書雑記(268)船戸与一『おろしや間諜伝説』」(2019年09月15日)で取り上げました。
 本作は、第1作目になります。本書の背景がわかるように、まずは〔「BOOK」データベース〕から引きます。

米国大統領スタッフは頭を抱えていた。過去にCIAが関与して製造した「死霊の泉」なる猛毒物質の存在である。孤島に貯蔵されたその物質を、存在証拠もろとも消し去ること。これがGへの依頼だった。だが、もう一人、別の依頼者から「死霊の泉」消去を請け負った“プロ”がいた。プロ中のプロ同士が孤島で出遭ってしまった時…!?『ゴルゴ13』を、あの直木賞作家・船戸与一が小説化する。


 静かな始まりです。デューク東郷は、薬学者として登場します。
 ターゲットは「死霊の泉」で、それは次のように説明されます。

「十グラムで二千人から三千人を殺せる新薬剤。しかも解毒の方法はまったくない」
「もっと詳しく説明してくれ」
「特定の貝に生じる毒素とコブラの毒液を主たる原料として作られる新薬剤で、これをビルやフラットの貯水タンクに三十グラムばかり垂らせば、料理用に使っただけで夥しい量の死人が出る。その新薬剤が死霊の泉と呼ばれているらしい。それが何トンという単位で貯蔵されてる」(8頁)


 生物化学兵器の隠蔽画策を謀るプロの話が展開します。
 太平洋の荒波に洗われる孤島の髑髏島で、日本兵の白骨の死体の列が放置されていることを、何度も描きます。船戸の遺作となった『満州国演義』を思い出しました。本作は、この『満州国演義』に流れていく始発点と言えるかもしれません。そして堂々の終着点が、「読書雑記(198)船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』」(2017年04月28日)だったのです。
 それはさておき、その髑髏島では、「死霊の泉」の生産工場と倉庫があり、それを破壊する命令を実行するのが、ゴルゴ13とハンス・ユルゲンスの2人のプロです。さらには、そこに3人目のプロとして、ジョルジュ・ベルモントが加わります。
 テンポが速く、一気に読めました。
 裏表紙の説明文には、本作の経緯が次のように記されています。

 直木賞作家・船戸与一が、作家デビュー前、脚本に携わった『ゴルゴ13』作品群から、珠玉の三作を自ら小説に書き上げた。鼓動が早まる第一弾。


 原案がさいとう・たかをだという、劇画ということもあるのでしょうか。読み手が映像として受け止め易い描写と構成とが配慮されています。読むというよりも、活字で劇画を読み取ったような感触が残る作品です。ライトノベル感覚で読み通せるハードボイルドです。こんなスタイルの物語もいいな、と思いました。もちろん、船戸与一に筆力があるからこそ、可能となったことです。本作を劇画と比べてはいけません。その意味でも、船戸の作家としての成長をたどる上での、貴重な作品だといえるでしょう。【3】
 
 
書誌:2011年2月に小学館より単行本として刊行。その文庫化。
 なお、巻末には、次のようにあります。ここで、「外浦吾郎」とあるのは船戸与一の別名です。
本編は一九七六年小学館「ビッグコミック」に発表された、ゴルゴ13シリーズ「落日の死影」(脚本協力/外浦吾郎)をもとに小説化したものです。(213頁)

 
 
 
posted by genjiito at 20:31| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月17日

京洛逍遥(615)鳶を警戒しつつ鷺と鴨を見ながら河原でお弁当

 今日の天気予報では、午後から曇るようです。お昼は晴れていて温かいので、いつものように河原へ散策がてら、お弁当を食べに行きました。
 近くの公園は、桜吹雪が雪のように降り注いできます。
 写真ではよくわからないものの、顔に大量の花びらを浴びました。

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 今日の河原は、心地よい風で、雀がいつもより多く寄ってきました。

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 河原の桜は、もう葉桜です。

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 上空は、お昼時ということもあり、鳶がお弁当を狙っています。

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 目的が定まると、急降下して襲います。睨まれたら逃げられません。

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 そんなことはお構いなしに、鷺は自分の餌を探しています。

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 弁当を食べている目の前は、こんなに開放的です。

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 一羽の鷺がこちらに向かって来ます。鳶とは違うので、こっちこっちと呼びたくなります。

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 目の前で、見事な着地を見せてくれました。

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 やがて、鴨のお通りです。

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 別の鷺が来ました。これも、見事な着地です。

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 自宅の玄関先では、チューリップが咲いています。

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 今日の全国緊急事態宣言を受けて、京都は明日から休業要請がなされます。
 外出自粛に加えて、街のお店などが休むと、ますます寂しくなります。中小の事業者も、やりくりが大変です。私が代表となっているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉は、葵祭関連の初夏のイベントなどはすべてパスしました。日比谷図書文化館と〈紫風庵〉での『源氏物語』を読む会も、休会が続いています。今は、在宅でできる『源氏物語』の本文データベースの作成に専念です。
 観光客がいなくなり、本来の京都らしい街になった代わりに、街の活気がなくなり、多くの方々の生活が厳しくなりました。観光公害を議論しだした矢先に、この新型コロナウイルスによる問題が出来しました。まずは、生活最優先で取り組むことです。そして、そのメドが立つことが見え出してから、これまでの観光都市としての京都のありかた話し合うことになります。無闇矢鱈と観光客を呼び込むこれまでのやり方について、あらためて考えることになりそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:11| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月16日

読書雑記(282)望月 麻衣『京都寺町三条のホームズ 11』

 『京都寺町三条のホームズ 11 〜あの頃の想いと優しい夏休み〜』(望月 麻衣、双葉文庫、2019年01月)を読みました。

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 冒頭に、次のお断りがあります。まだ続くという意味の意思表示です。

 いつも、ご愛読ありがとうございます。
 前回の十巻で、一段落を迎えた本シリーズ。
 これまで駆け抜けるようにして書いてきたこともあり、書きそびれたエピソードや掘り下げられなかった部分も多々ありまして、今回の十一巻は前回からの続きのお話と、これまで語られていなかったエピソードをお届けいたします。
 今回は事件性よりも、古美術と京都の町、そして登場人物の『あの頃のお話』と後日譚にスポットを当てた、サブタイトル通りの穏やかな、『あの頃の想いと優しい夏休み』です。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。


 実は、前作を取り上げた記事、「読書雑記(242)望月 麻衣『京都寺町三条のホームズ 10』」(2018年10月16日)で、このシリーズはこれで終わりかと思いました。しかし、その「あとがき」で作者が「京都ホームズは、まだ最終回ではありません。もう少し続きます。」(292頁)と言うことなので、「もうしばらく、この物語にお付き合いしてみようかな、と思っています。」と書きました。しかし、このシリーズには魅力が失せていたこともあり、続巻が刊行されたことに1年も気付きませんでした。続くのであれば、これまでこの作品にお付き合いしたことでもあり、また読み出そうと思います。現在、第14巻『京都寺町三条のホームズ14 〜摩天楼の誘惑〜』まで出ているようです。ただし、以下に記すように、本巻第11巻はがっかりする内容だったので、どこかで打ち切るかも知れません。

 前作を引き受けて始まります。登場人物の輪郭がはっきりと描かれています。過去を振り返りながら一人一人を紹介していくので、寄り掛かるものがあるためにスッキリと語り続けられるのでしょう。読みやすい文章になったように思います。これまではどうだったのか、思い出せません。
 開巻早々、柿右衛門とマイセンの違いなど、陶芸品の蘊蓄が披露されます。軽いノリの何々ノベルとは違うことを見せておこう、という心算が伝わってきます。
 相思相愛のホームズと葵の仲も、柔らかく包み込むような文章で語られていきます。作者の優しい目と、温かい眼差しが行間から伝わってきます。

 第一章「『天の川と青い星々』では、『伊勢物語』や小野小町の歌、果ては藤原関雄の古今歌まで。しかも、『文徳天皇実録』まで引いて説明がなされます。古典文学としての和歌の世界が持ち込まれていて、なかなか教養小説の香をさせています。
 そして、ホームズが高校時代に先輩だった日野さんと訪問する永観堂への案内は、このネタのツマミです。
 いろいろと工夫があります。ただし、古典の知識が前に出たので、少し興醒めな話となりました。【2】

 第二章の「月夜の宴」は、まったく中身のない話なので、読み飛ばしましょう。【1】

 第三章「似て非なるもの」
 骨董品店『蔵』の店長は小説書きです。今、『源氏物語』を書いていることろです。新たに雑誌に連載するのは、『紫の恋文』という、紫の上を主人公にするものでした。ただし、その内容たるやまったく陳腐としか言いようのないものです。息子のホームズは、これは間違いなく傑作になる、と言います。『源氏物語』を取り上げればいい、というのは大きな勘違いです。【1】

 「掌編『家頭誠司の憂鬱』」
 この作者は、時間を過去に戻して語るのが苦手なようです。一本調子の、平板な話にしかなりません。今後の課題だと思っています。【1】

 第四章「円生の独白」
 過去と現在を行き来する時に、2次元の空間移動で設定されます。ここを、もっと立体的に、そして膨らみのある描写にしたらもっと良くなります。心の会話でつなぐことに拘らないで、もっと自由におもしろい話にすべきです。人間を取り囲む自然や物や社会を巻き込んだ話にしたら、退屈さは減らすことができるでしょう。
 粗筋を読まされた読後感が残りました。人間の心と行動を言葉で描こうとしながら、うまくいかなかったようです。くどい文章になっているので、読む方も疲れました。恋愛心理を描ききれなかったのです。【1】

 第五章「あの頃の想い」
 この作者には、恋愛話は無理かな、と思わせる内容です。人の心が読めないために、内容が浅くなっています。恋愛の設定も、経験値の問題か、ワンパターンです。この辺りが、ライトノベル作家から抜けきれない原因だと思われます。【1】

 掌編「北山デート」
 作者が「おまけ」だと言う小話です。なぜここにこの話を付けたのか、意味不明です。全体の構成などは関係なく、とにかく作品を並べる、という方針なのでしょうか。【1】
 
 
 
posted by genjiito at 20:47| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月15日

京洛逍遥(614)散り初めの桜を見ながら出雲路橋から賀茂大橋へ

 自宅近くの公園の桜が散り始めました。

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 今日の散歩は、まずは賀茂川縁で弁当を食べてからです。
 目の前では、鴨たちが隊列をなして潜ったり浮き上がったりしています。
 人文字(鴨文字?)を作りながら、行ったり来たりしていました。

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 時々、変体仮名の文字と見紛うばかりの、みごとな形の仮名文字を見せてくれます。
 この右にいた一団と合体すると、複雑な変体仮名ができたりします。
 鴨たちの思いはよそに、お弁当をいただきながら、結構楽しめました。
 すぐ下流では、鷺の親子が飛び合いをしていました。

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 出雲路橋を、北山を背に振り返ってみました。

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 さらに南下すると、葵橋に行き合います。

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 すぐに出町橋となり、ここから上にあがります。
 このまま真っ直ぐ進むと、賀茂川と高野川とが出会う三角デルタとなり、行き止まりです。

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 この出町橋は、写真の左側(東)で河合橋とつながっています。
 その次が賀茂大橋。

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 賀茂大橋から振り返って北山を望むと、この出町橋と河合橋の様子がよくわかります。

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 写真にも写っているように、上空では鳶が食べ物を狙っています。
 多くの観光客が、手にしたアイスクリームやたこ焼きを、急降下して襲う鳶に取られています。
 私も何度か体験したように、お弁当を無用心に広げていると、後ろから襲って来て摑み取りされます。特に、この出町橋の辺りが一番の被害地となっています。私は、この出町橋で2度、出雲路橋で1度、鳶に襲われました。手にしていた食べ物を攫うときに、顔を羽で叩かれるので、結構ショックが大きいものです。背後に木や壁があると大丈夫です。このあたりを食べ物を持って散策される方は、十分にお気をつけください。
 
 
 
posted by genjiito at 19:51| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月14日

京洛逍遥(613)葉桜となる前の半木の道 -2020-

 私が好きでいつも撮影している木々が散り初めていく様子を、写真を通してお伝えします。
 本文の中で表示している写真は、少し大きめのサムネイル(縮小画像)です。
 この画像をクリックすると、さらにきれいな精彩写真が表示されますので、ゆっくりとご覧ください。

 賀茂の河原に出てすぐに、川下の出雲路橋の方を見たところです。
 葉桜が、しだいにきれいになっていきます。
 これから日ごとに、若葉や新芽が萌え出す季節になります。

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 川上の方、北山を望む半木の道の枝垂れ桜は、すでに散り出しています。
 河原の今を写しました。

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 私のブログは、海外の方々もたくさんご覧になっています。
 京都のことばかりではなく、今の桜の様子も知りたいという方も多く、それを楽しみにしておられるようなので、このところはそれを意識して桜情報をお伝えしています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月13日

清張全集復読(39)『葦の浮船』

 『葦の浮船』(松本清張、角川文庫、昭和49年3月)を読みました。

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 この帯には、次のように記されています。

大学の腐敗した派閥問題をとらえた
松本清張の野心的問題作 !
R大学史学科に籍を置く二人の助教授、折戸と小関。
正反対の性格をもつ二人の心理的葛藤を見事なコントラストで描きつつ、大学の腐敗した派閥問題を鋭くえぐった野心作 !


 金沢の大学で開催された歴史に関する学会の様子から始まります。学問の世界でも、学会が陳腐化したことが語られます。清張の批判精神が早速見られます。
 そして、古代史の折戸二郎助教授と通信教育の生徒だった人妻の笠原幸子との密会へと展開します。一方、同門で中世史の小関久雄助教授は、近村達子と調査中に出会います。この2つの話が綯交ぜになって展開するのです。
 状況と情景の描写は、いつものように丹念です。清張の文章は、手を抜くということがありません。いかにも、今生起している話として伝わって来ます。
 さらに、今回もう一度本作を読んでみて、情事の場面の描写が想像以上に事細かでリアルであることに気づきました。清張らしくない、若手新人の作家の息遣いが感じられました。
 二股をかける折戸の心理を、克明に描きます。女性をモノとしか思っていない男の生態を炙り出そうとしているのです。
 この男と女の問題と共に、大学の派閥争いや昇進問題も並行して展開します。ここでは、清張独自の学者への怨念とでも言うべき私観が、随所に語られています。
 わがまま勝手な折戸を弁護する小関は、最後まで人のいい研究者です。いろいろな事件があった末に、主人公である小関は鳥取の大学の教授となります。最後の近村達子への手紙は、清張らしくない、負け犬の遠吠えのような内容です。気迫も迫力もない終わり方に、肩透かしを喰わされた思いで読み終えました。
 なお、この作品は、昭和50年に読んでいました。ちょうど大学を卒業し、大学院博士前期課程に入学した時です。学問の世界に身を置くようになり、身辺とその環境に目を配るようになった頃です。その時のメモが、読んだ本に記されていたので引いておきます。三鷹の書店で購入し、その日の内に一気に読み終えています。

折戸が少し悪役すぎる。全体に二人の助教授の考え方がスッキリしない。人間味が乏しい。また、大学の体制批判にも鋭さがない。S50.7.15

 
初出誌:『婦人倶楽部』(昭和41年1月〜42年4月)
 
 
 
posted by genjiito at 20:36| Comment(0) | □清張復読

2020年04月12日

ネットワークの設定に丸一日かかる

 昨夜、自宅で初めて、オンラインでの打ち合わせをしました。
 私は、ノートパソコンの蓋をしたままでそれを机の下に置き、それに外付けのモニタを3台つなげて机の上に置いています。しかし、ビデオ会議のためにはカメラが必要です。そのために、ノートパソコンの蓋を開けてカメラが使えるようにして、机の真ん中に置きました。
 相手には、外付けのモニタ3台の内の1台を、ビデオ電話の画像の視認用として指定しました。自分の顔と相手の顔が、自由にあちこちに移動できます。また、結局は4台のモニタが使えるので、打ち合わせの内容によっては、いろいろな資料を相手が見られるモニタに移動してくることになります。資料を次から次へと表示しながら打ち合わせができるので、目の前で対面の打ち合わせをする時よりも効率的だと思いました。
 そうこうするうちに、私からの映像が粗いことと、動きがぎこちないとのことでした。どうやら、ネット回線のスピードに関係するようです。そこで、ネットのスピードテストをすると、1ギガのプランで契約しているインターネットが、下りも上りも 40Mbps 以下の速度しかが出ていないことがわかりました。

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 契約しているのは 1,000Mbps(1Gbps)の回線なので、少なくとも 400Mbps 以上は出てほしいものです。まったくのノロノロ回線であることがわかったのです。
 今日、契約をしている光ネットワークの会社に連絡をして、実状を相談しました。
 午前中にいろいろなアドバイスをもらい、いろいろな可能性を消去法で探っていっても、まったく改善しません。特に、LAN ケーブルについては、いい勉強をしました。

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 午後には、さらに詳しい方との電話でのやりとりで、いろいろな可能性を潰していきました。夕方になり、やっと原因がわかりました。それは、私が使っているハブが、1ギガに対応したものではない、ということでした。2ヶ月前に、電器店で1ギガ対応のハブを購入したはずです。しかし、お店で渡されたものが、こちらが探し求めているものよりも性能が低いものだったのです。
 一日がかりで、根気強く原因究明に尽力してくださった「eo光ネット」(オプテージ)のお二方には、心よりお礼申し上げます。予想外の原因がわかり、そのことに驚いています。
 すぐに、その電器店に電話をして、宅配便で交換の対処を相談しました。しかし、購入したのが2ヶ月前ということで、近日中に来店してもらえれば返金なり交換なりするとのことです。しかし、京都からその大阪にある電器店にバスと電車を乗り継いで行くということは、外出の自粛要請がでているこのご時世に、リスクの多い移動です。一つの製品のためだけに、命がけで出かける意味はないと判断し、私の方で処分することにしました。まったく使い道のないものでもあり、もったいないという気持ちはあるものの、このことで新型コロナウイルスと闘うのは得策ではないと思ったからです。
 その後、家の中をガサゴソと探していたら、コンピュータ用品ならなんでも溜め込む性格ということもあり、幸運にも1ギガ対応のハブが見つかったのです。東京で使っていたものでした。すっかり忘れていました。これで試したところ、機器のランプはこれまでとは違う早さを示しているのです。
 問題点はクリアできました。しかし、それでも100Mbps を少し超えるスピードに留まっています。1,000Mbps(1ギガ)には遠く及びません。それぞれの条件では誤差があるとはいえ、契約している回線速度の10分の1以下では、快適なテレビ会議はできません。
 在宅勤務やテレワークが騒がれています。私も、そのビデオ電話に挑戦をしたものの、今日のところは保留です。快適な環境にはほど遠いからです。
 新しいことに挑むと、何かと問題がまとわり付くものです。特に私は、これまでにもトラブルが付きもので、トラブルを呼び込むという実績が数え切れないほどあります。
 さて、明日から、また手探りの試行錯誤の日々が続きます。
 いかに快適に動画像をオンラインで使いこなすか、ということです。これは、オンライン授業や講演にも結びつくので、早急にそれが実現する環境を、自宅に作ろうとしているところです。
 着地点は見えているので、あと一息です。ただし、その一息が、実は長くて苦しいものであることが、ままあります。焦らず慌てず、一つずつ問題点を克服して、前に進んでいくことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:44| Comment(0) | ◎情報社会

2020年04月11日

京洛逍遥(612)半木の道の桜は8分咲き -2020-

※本ブログの写真はクリックすると精彩な画像となります。

恒例となっていた「鴨川茶店」が、今年の開催は中止となりました。

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 去年は、ちょうど今ごろの4月7日にありました。ブログの記事を参照願います。

「京洛逍遥(536)河川美化啓発活動「鴨川茶店」」(2019年04月07日)

 売茶翁の碑があるところに咲く桜が、半木の道の一番南に位置していて、堂々と道案内役を果たしています。

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 満開までには、もう少しです。比叡山は、今日も後ろで見守ってくれています。

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 植物園沿いの半木の道では、花が零れかかっています。

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 鴨たちは、大はしゃぎで食べ物を探しています。

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 散策路も、人と自転車で賑わってきました。

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 目の前を鷺が飛んで行くので、思わずシャッターを押し続けました。

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 西側の飛び石越しに半木の道を見ると、一昨年の台風で木々が折れたり倒れた様子を思い出させます。その惨状は、「京洛逍遥(513)崩れた半木の道の枝垂れ桜の棚」(2018年09月16日)で報告した通りです。
 次の写真で棚のないところは、手当てを受けている桜たちです。

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 ゆったりとした川の流れは、北大路橋から出雲路橋へ、そして葵橋へと下っていきます。
 この橋から上流の半木の道が枝垂れ桜、下流がソメイヨシノにわかれています。

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posted by genjiito at 19:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月10日

アレッ!と思う時〈その 9〉加齢と老化の兆し?

(1)いつものように、ソニーのカメラで写真を撮りました。家で確認しようとしたら、メモリーカードが入っていないままにシャッターを切っていたことがわかりました。50年近く、ずっとソニーのカメラだけで通しています。それなのに、これまでにこんな失態は一度もありません。カードが入っていないことは、液晶画面の上の隅に、小さく「NO CARD」と表示されていることがわかりました。それにしても、シャッターが切れないような設計にできなかったのでしょうか。責任は自分にあるにしても、数百枚の写真がなかったことになり、何とも釈然としません。

(2)よく似ている人はいるものです。すれ違いざまに「〇〇さんだ」と思い、相手の顔をよく見て挨拶をしようとしました。しかし、相手はまったく素知らぬ振りで過ぎ去って行かれました。アレッ、違ったのかな、と、しばし立ち止まって思い出そうと記憶をたどります。思い出せないままに、いつしか忘れ去っています。

(3)自分の年齢を間違えていた時がありました。昨年の初夏から秋の誕生日まで、1歳多く答えたり、書いたりしていました。誕生日を迎え、指摘され、アレッと気がついたのです。この年になると実害はほとんどありません。しかし、自分の立ち位置の曖昧さを痛感することになりました。それにしても、これからも毎年、1歳ずつカウントアップできるのか、我ながら心配になります。

(4)バスの中で、突然長イスのお隣に座っておられた方が立ち上がり、少し前のスペースに移動し、手すりに摑まり立ちされたのです。アレッと思いました。車内は空いていたので、私との距離を取られたのでしょう。新型コロナウイルスから身を守るためでしょうか。しかしとっさには、その方の行動の意味がわからず、私が何かしたのかと思いました。相手と2メートルの距離を保つことは、まだ文化として違和感を感じる場面が多いようです。

(5)病院で順番待ちをしていて、本を読んでいたらつい自分の番になっていることを忘れます。順番を待つ人が多いので、呼ばれるまでの時間が、日によって違います。ただし今は、京大病院の場合は専用のカードを作ったので、待つことがなくなりました。何かと動作がゆっくりしてきた高齢者にとって、これは大助かりです。最小限のステップで精算などが終わるので、気が抜けるほどアッという間に帰れます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:45| Comment(0) | *身辺雑記

2020年04月09日

京洛逍遥(611)高野川の桜越しに望む比叡山と不自然な自由空間

 大阪府知事は、近隣の県や市からの流入は遠慮してほしいと宣言しておられます。京都市長も、近くの府県へ出向くことは控えてほしいとの要望を出しておられます。京都市に住まいを置く私は、本来ならば大阪府箕面市にある研究室に行かなければなりません。しかし、今の状況では出かけることもままなりません。そのために研究室は、5月6日までは閉室にしました。科研の研究協力者である研究員やアルバイトの学生さんたちは、大阪府・兵庫県・奈良県から来ていただいています。また大学側は、学部学生・大学院生の登校禁止という通達を出しています。個人の健康と感染の拡大を考えると、研究室の閉室という選択肢しかありません。今は、これまで調査研究してきた情報などの整理を、在宅で行なってもらっています。
 こうした新型コロナウイルスに関する情報に敏感に反応しながらも、私は毎日1時間の散策を心がけています。外出の自粛という事態の中でも、日々の買い物に出かけるついでに、運動不足解消のためにも、西へ東へ南へ北へと出歩いています。桜を求めて歩いて行ける場所も、しだいに少なくなりました。これからは、散りゆく桜の様子をお届けすることになりそうです。
 今日は、東に向かって高野川沿いに行き、比叡山を見上げてきました。

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 左端には、送り火の時に「法」が灯る小山があります。
 出町の方角にあたる川下を望みました。左側の建物が、最近改装なった大型ショッピングセンターです。

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 休憩と買い物をかねて、その洛北阪急スクエアに入りました。フリースペースでは、イベントができないこともあり、自由に寛げるように机と椅子が並んでいます。この時期らしく、左右のゆとりが異様なほどにたっぷりと、これでもかとばかりに間隔を空けて配置されています。このような配置にされた意図を、聴いてみたくなります。これも、前後左右2メートルの距離なのでしょうか。こんな時代があったという、貴重な映像資料となります。

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posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月08日

京洛逍遥(610)下鴨神社で病魔の退散を願う

 昨日は、賀茂の神様の子供である賀茂別雷大神を祀る上賀茂神社へ行きました。
 今日は、賀茂建角身命と賀茂玉依比売命を祀る親神様の下鴨神社へ行きました。
 下鴨本通りから西参道に入ると、すぐに手水舎があります。昨日の上賀茂神社では、柄杓が置かれていませんでした。しかし、この下鴨神社では、いつものように柄杓があります。それぞれの考え方で、こうした対処の違いがあるようです。

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 西の鳥居から入ると、境内には巫女さんが一人だけ、窓ガラスの拭き掃除をなさっていました。参拝者はほとんどなくて、私を含めて三人ほどでした。こんな下鴨神社は初めてです。

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 南口の鳥居から楼門を見ても、一人だけしか見当たりません。

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 振り返って表参道を見ました。千年の杜である糺ノ森には、身が引き締まります。

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 このすぐ左手前に、また手水舎があり、ここにも柄杓はありました。

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 そのすぐ側を、ならの小川が流れています。昨日の上賀茂神社のならの小川がここに至っていることになるのでしょう。

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 橋の袂には、説明版があります。

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 平安期の流路は、瀬見の小川と言われる川となって、賀茂川と高野川の合流地点へと流れていきます。

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 千年の太古を今に残す糺ノ森で、陽光と涼風の空間に身を置くことになりました。新型コロナウイルスという病魔が、1日も早く退散することを願うばかりです。
 お弁当を持って、賀茂川縁で食事をすることにしました。

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 蓋を開けたと同時に、私の左頬が叩かれ、後ろから低空飛行をしてきた鳶にお寿司を持ち去られてしまいました。あっという間の出来事です。これまでに出町柳で2回あったので、これで3回目です。後ろに壁がある所か、樹の下で食べるようにしています。半木の道には、何箇所もそうした安全な場所があります。しかし、この出雲路橋の周辺は、広いところに石のテーブルやイスがあるだけなので、要注意です。地元民なのに迂闊でした。しかたがないので、自宅に帰ってあらためて食事をすることにしました。返す返すも悔しいことです。
 帰りに振り返ると、私がお寿司を鳶に取られた場所の近くで、親子連れがレジャーシートを敷いて食事を始めておられます。

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 こんな時、「上空を気をつけてくださいね」と声を掛けていいものか迷います。楽しそうに食事をしておられたので、余計なことはしないでおこうと思い直し、我が家に向かいました。ごめんなさい。幸運を祈るばかりです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月07日

京洛逍遥(609)上賀茂神社の桜は散り初め -2020-

 いつもの散策の脚を少し延ばして、まっすぐ北山に向かって歩きました。
 上賀茂神社への車道側は、桜のトンネルになっています。

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 ポカポカ陽気の中を歩き、河原に出ました。
 鷺が鴨と遊んでいるところでは、海外からの方がその様子を興味深そうに見ておられました。
 とんと、外国からの観光客を見かけなくなったので、久しぶりの珍しい光景になりました。

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 河原では、今日の日差しの強さに耐えられないのか、鷺も鴨も散策路まで上がってきて日向ぼっこをしています。

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 上賀茂神社では、参詣客はほとんど見当たりません。

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 立て看板の1行目に書いてある「サンズイ」に「力」と「木」を組み合わせた文字は「染」のことで、「感染」という熟語の間違いでしょう。

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 4行目の「飯食」は、「おんじき」とか「いじき」と読むようです。しかし、一般向けの立て看板なので、「飲食」のつもりで書かれたものだと思われます。大急ぎで書かれたのでしょうか。
 境内の手水場には、いつもは竹に渡し掛けてある柄杓が見当たりません。ウイルスの感染を防ぐために、神社の配慮として仕舞われたのでしょう。

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 楼門の前の桜は、散り始めたところです。

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 風そよぐならの小川は、もう初夏の雰囲気です。

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 帰り道は、賀茂川の右岸を歩きました。
 比叡山がくっきりと山頂をのぞかせています。

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 さらに南に目をやると、如意ヶ岳の「大」の字が見えます。

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 今夜、新型コロナウイルスの感染が拡大することに備えて、安倍首相は改正特別措置法に基づいての「緊急事態宣言」を発令しました。これから、未知の社会変動が生起します。冷静に、慎重に判断して行動したいと思います。

 我が家のお地蔵さんは、二葉葵(賀茂葵)に囲まれています。今年から、毛糸の帽子を被っています。マスクは、まだしていません。日々安らかであることを祈るのみです。

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posted by genjiito at 21:13| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月06日

京洛逍遥(608)京大病院での検診後は京大キャンパスへ

 糖尿病・内分泌・栄養内科で、定期検診を受けてきました。
 ターミナル駅のようなこれまでの院内の賑わいは影を潜め、ロビーも待合室も人はまばらです。こんな状態の病院は初めてです。ちょうど1ヶ月前には、眼科に1週間ほど入院していました。あの頃は、まだ院内は混んでいました。それが、サーッと潮が引いたように、静かなのです。
 診察1時間前の採血も、人が少ないので順番がすぐに回ってきました。いつもは25分は待ちます。それが、5分ほどでした。
 マスクを着けないで採血室に来た方には、看護師さんが病院で用意しているマスクを渡しておられました。「特別ですよ!!」とおっしゃっていました。確かに、マスクがいまだに一般に入手できない異常な状況下では、病院としても無料で配るのは迷うところでしょう。患者側の意識が問われる問題だとしても、マスクを持参していないのは高齢者や車イスの方々が多いようなので、この対処も大変なことだということがわかります。我が家のマスクもあと一箱なので、他人事ではありません。マスクは、いったいどこに消えたのでしょうか。

 先月中旬に申し込んだ診断書が出来上がっていました。本来なら、診察がすべて終わってから、精算を済ませると手渡されます。しかし、私は京大病院のエクスプレスカードを持っているので、清算が終わっていなくても渡してもらえました。このカードのお陰で、窓口を何度も行ったり来たりしなくてもいいのです。これは便利なカードです。このクレジットカードは、私が無収入の年金生活に入った昨年に作ったものなので、特に高齢の患者さんにはお薦めです。歳と共に、病院などの窓口では、元気な皆さんよりも3倍以上は対応に時間がかかるようになります。その点からも、診察終了後の精算にかかる手間が格段に省けるので、窓口でみなさんの時間を奪い、まわりの方々に迷惑を強いることはなくなります。院内をウロウロする人が減ったのは、この関係もあるかもしれません。

 朝食を抜いて来たので、採血が終わると食事ができます。1階のレストランも、いつもと違ってがら空きです。席についておられるのは、おおよそ席数の1割でしょうか。そのため、注文をするとすぐに持ってきてもらえました。「彩り和朝食」を完食しました。急かされることもなく、ゆったりと1時間をかけていただきました。

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 診察の結果は、ほぼこれまで通りでの対応となりました。
 ヘモグロビン A1cの値は、昨年から以下のように推移しています。
18年11月−19年2月−19年5月−19年8月−19年12月−20年3月−20年4月
   7.6    7.3   7.1    7.3    7.1   7.5    7.3

 いつもよりも測定した間隔が縮まったとはいえ、ほぼ高目で安定しています。消化管がないのですから、血糖値が高めになるのは致し方のないことです。また、これからもこんな調子で生きていきます。まだ、内臓などの耐用年数はもちそうなので、身体全体の寿命はいましばらくは保てそうです。
 それよりも、血尿がでているとのことです。泌尿器科に行くかどうかは、次の精密検査の結果をみてから、という判断になりました。

 主治医の先生には、新型コロナウイルスの話題になると必ず糖尿病のことが言われることをお尋ねしました。わかりやすく説明してくださいました。リスクの高い身体であることを、再確認しました。

 退院後の事務的な対応について、いろいろな書類を持って窓口を回り、その説明を聞いているだけで疲れてしまいました。気分転換の意味もあり、帰りは少し歩いて京大の構内に行きました。
 その手前から吉田神社へ行こうと思いました。

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 しかし、少し行ったら桜がないことがわかり、キャンパス内の時計台を散策しました。

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 あらためてこのキャンパスに入るのは、本当に久しぶりです。
 1995年春に、京大のとある研究室で、モザイクというソフトを通してインターネットというものを体験しました。それに刺激されて、その年の秋に、〈源氏物語電子資料館〉というホームページを立ち上げました。文科系では初めての本格的なホームページだったと言われています。以来、文学と情報処理の草分け的な存在だと言われるようになりました。長尾真先生が総長に就任されるまで、電子図書館研究会に呼ばれたことから、毎月ここに通っていたのは遠い昔のことになりました。例会を開いていた付属図書館には、『源氏物語別本集成』の版下作成プログラムを開発してくださった浅茅原竹毘古さんが、司書としていらっしゃいました。平成25年7月に浅茅原さんが亡くなられた後は、今もそのブログ「MuBlog」(http://asajihara.air-nifty.com/mu/)でお目にかかれます。しかし、「よう てつ」という声は、そこからは聞こえません。この記事の中でも、我が家でお茶会をした時のことが書かれている「小説木幡記:「出町ろろろ」のNDK、あるいは幻の「マツモト模型」店」(http://asajihara.air-nifty.com/mu/2013/04/post-47e9.html)は、今読んでもあの元気だった浅茅原さんが目の前に現れそうでジンときます。とにかく、「NDK:日本文学データベース研究会」(http://asajihara.air-nifty.com/mu/ndk/index.html)というカテゴリーの中の13件の記事は、多くの方に読んでいただきたいものです。草創期の熱気を感じ取ってください。そして、ここに出てくる浅茅原さん以外のメンバーである3名で、当時取り組んでいた『源氏物語別本集成』をご破算にしてその文化資源を引き継ぐ、《源氏物語本文集成》という新たな一大プロジェクトを立ち上げたのです。また、数十年かかります。このプロジェクトに、新たな若者が集ってくることを、今から楽しみにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:46| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月05日

京洛逍遥(607)葵橋あたりの鷺たち

 桜を愛でながら、ブラブラと葵橋まで散策です。

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 鴨の一家は餌探しに懸命です。

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 最近はあまり見かけなくなった鷺が、今日は至る所にいました。いつもの、じっと物思いに耽って佇むポーズではなくて、川面に嘴を突っ込み食べ物を探している姿でした。

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 出町柳に近いこともあり、ソメイヨシノは8分咲きというところです。

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 鷺が飛び立つ姿を写すことができました。

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 優雅なポーズです。
 着水すると、すぐに食べ物を探しだしました。

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 今日は昨日とはうって変わって、手がかじかむほどに肌寒い一日でした。出歩くことを自粛する機運が強まったせいもあってか、花見をする人はまばらでした。

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posted by genjiito at 20:17| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月04日

京洛逍遥(606)半木の道の枝垂れ桜はやっと5分咲き

 半木の道はポカポカ陽気で風もなく、多くの花見の人々が集まっていました。
 学生や親子連れなどが、週末ということで待ちかねて出てこられたようです。

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 不要不急のお出かけは自粛を、という呼びかけは、今日のお花見客には効果がなさそうです。
 いや、これでいいのかもしれません。
 戸外での絶好のお花見日和なのですから。
 いま強引に規制したら、不満が別の形で噴き出しそうです。

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 鴨たちも、のどかに春の到来を喜んでいるようです。

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posted by genjiito at 20:20| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月03日

京洛逍遥(605)半木の道の枝垂れ桜はまだ4分咲き

 夕焼け空を見ながら、半木の道を散策しました。

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 上空には鷹でしょうか、大きな弧を描いて飛んでいます。

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 平安神宮からもたらされたという、一番南に咲く桜の後ろには、売茶翁の碑があります。

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 いつものように比叡山を背景にする花は、ほぼ咲き揃いました。

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 北山を望むと、枝垂れ桜が咲き出したところです。

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 飛び石から南を見ると、右岸と左岸で桜の種類が違うことがわかります。

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 半木の道の満開は、少し遅れて、来週にずれ込みそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:23| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月02日

京洛逍遥(604)「しもがも 葵の小径」の桜 -2020-

外を出歩くのは控えてほしいとのことなので、このところは近くの桜を見て回っています。
 白川疎水通りに、「しもがも 葵の小径」という散策路があります。

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 石柱の側面にはこんな歌が刻まれています。
さくら咲き ほたるび探し もみじ燃ゆ
  こゆき舞い散る 逍遥の道

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 この疎水通りでは、桜と青紅葉の色の対照が楽しめます。

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 今日は、下鴨中通りから疎水通りに入り、洛北高校前までを歩きました。
 雨上がりでもあり、木々の花と葉が爽やかでした。
 
 
 
posted by genjiito at 16:36| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2020年04月01日

何もしない日(2020年4月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年からは何もしない日を、毎月1日は作っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:13| Comment(0) | *健康雑記