2020年03月31日

令和元年度(2019)の本ブログを振り返って

 新元号となった令和元年度が終わり、明日の令和2年度からはもう平成との混在した併記はなくなります。
 目尻の縫合手術や白内障の手術はしたものの、それ以外では大病もなく令和元年度(2019)が終わることに安堵しています。今は、新型コロナウイルスの脅威に気を配る日々です。
 このブログも、無事に毎日書き続けて12年目に突入しています。等身大の自分を、ブログという形で作り上げています。作家が自伝を、画家が自画像を描くように、私はこの日々の雑録で、自分が生きていた存在証明を文章の形でウェブ上に限られた時間とはいえ残しておくつもりです。
 昨年4月から、大阪大学国際教育交流センターの招へい教授に転属し、無給ながら科研という研究テーマに取り組む日々を過ごしています。新しい恵まれた環境で、研究生活を再スタートしたのです。
 海外調査は、中国(広州)へ行き、多くの成果がありました。新型コロナウイルスの影響で、ベトナムとミャンマーへの研究調査は延期となりました。
 古写本を読む勉強会は、日比谷図書文化館「古文書塾 てらこや」が2講座となり、〈紫風庵〉で「源氏物語と三十六歌仙の写本を変体仮名で読む会」も始まりました。
 目の見えない方々の支援活動では、広報・研修活動も含めて積極的に関わりました。今年度は、パラリンピックの一環として「点字付百人一首」の大会が8月に予定されていました。しかし、残念ながらこれも延期となりました。マスコミは「オリンピック」のことばかりで、今や「パラリンピック」という言葉は影をひそめています。しかし、この目が見えない方々との『百人一首』を通しての交流活動は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動の一環としても続けていきたいと思っています。
 ブログは今日現在、4,744本の記事を掲載して来ました。暇人だと言われながらも、コツコツと続けています。「京洛逍遥」の項目は、すでに600件以上書きました。「源氏物語」と「国際交流」と共に、膨大な情報群として読まれています。これらも、変わることなく書き続けていくことになります。
 京洛に住まいを移す前は、大和の地で「たたみこも平群の里から」と題するブログを2004年12月13日から公開していました。それがサーバーのクラッシュですべての記事が消失してから後は、2007年06月24日より「賀茂街道から」として再出発し、「賀茂街道から2」や「鷺水亭より」という名称変更を経て、今のブログ「鷺水庵より」につながっています。この「鷺水庵より」になった頃から、毎日のアクセス数が2,000件以上となり、幅広い分野の方々に読まれていることを実感し、それを励みの一つとして書き綴っています。
 このブログについては、文章が冗長であるという注文がある一方で、写真を褒めてくださることが多くなりました。ただし、写真は目が見えない方々には、今のところは確認するすべがありません。これは、写真を読み上げてくれるツールが開発されることを待つしかありません。近い内に実現することでしょう。
 サーバー移転の変遷は、「なぜかブログの発進地が変わりました」(2008年07月15日)と、「ブログを従来の「鷺水亭」から、この「鷺水庵」へ完全に移行しました」(2017年03月14日)という記事で、その経緯をまとめています。この十数年の紆余曲折も、大事な記録だと思っています。今のインターネットがそろそろ変革の時代に入るようです。問題点や限界が明らかになったからです。技術革新は着実に進展しているので、次の情報発信の手法がどのようになるのかは、今から楽しみにしています。
 さて、新年度となる明日4月1日からも、これまでと変わらぬご支援や情報提供を、よろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 08:54| Comment(0) | *回想追憶