2020年01月30日

《宮川版 臨模本『源氏物語』》に関する詳細な解説文の公開

 一昨日、本ブログ「鎌倉期に書写された『源氏物語』の《宮川版 臨模本》」(2020年01月28日)で、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨』と『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語 鈴虫』の臨模本2冊に関する詳細な報告をしました。
 昨日、宮川保子さんから、臨模本作成にあたって、その料紙について次の補足メモをいただきました。

須磨は 雁皮紙使用で なかなか 漉いていただけない 貴重な紙になります。
鈴虫は 雁皮90%に三椏10%の紙です。
昭和の手持ちの紙を製作者から譲り受け 使っています。
打ち紙〔手作業〕をしてます・・・・・
漉く人も 材料も有りますが 漉く道具〔技術者が亡くなり簀子ができない〕この先 手に入らないものになりそうです。


 とにかく、原本に忠実に臨模された文字だけでなく、この紙も貴重なものであることがよくわかります。

 そして今日、復元にあたっての解説文を、宮川さんが送ってくださいました。
 これは、2019年5月13日(月)〜5月24日(金)に、共立女子大学本館1階ロビーで展示された時に配布された解説資料でもあります。
 以下に、その時に印刷して配布されたものとは多少のスタイルの変更はあるものの、参考までに転載します。千年前の古写本の姿を知る上で、貴重な実証実験の記録となっています。
 今後、この臨模本を持って全国各地を回る際には、以下の解説文を説明の資料として配布してお話をしようと思っています。



『源氏物語』の複製本の制作過程


―ハーバード本「須磨」・「蜻蛉」・歴博本「鈴虫」―


制作者 宮川 保子



展示期間:2019年5月13日(月)〜5月24日(金)
場  所:共立女子大学本館1階ロビー

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○ハーバード本「須磨」「蜻蛉」


〈調査〉
 2018年8月29日(水)〜30日(木)、伊藤鉃也(大阪大学国際教育交流センター招聘教授)のもと、渡米し、ハーバード大学美術館蔵の「須磨」「蜻蛉」の2冊を実見。伊藤鉃也編『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社)、『同「須磨」』(新典社)をもとに、試作品を前もって制作し、原本と見比べ、紙・墨・顔料・糸綴じを主に調査した。調査時間は1冊2時間ほど。

〈わかったこと〉
 紙……2匁位の雁皮紙か。打ち紙仕上げ。(試作品は1.85匁の雁皮紙)。
 墨……青墨・松煙墨系を使用。
 顔料…丁子の煮詰めた濃茶から金色に近い薄茶。
 糸……丁子染めの絹糸二本どり。

○複製製作
T.材料注文
 紙……吉留新一氏に2匁の雁皮紙(合鳥の子10%三椏(みつまた)入)。すでに漉(す)いてあった紙が届いた(季節柄、注文紙は冬漉き待ちになるため、合鳥の子にした。)
 糸……#十一絹糸白注文。丁子を1s求め、煮詰めて泥状態にしておく。
図1.jpg
 筆……雲(うん)平巻(ぺいまき)筆(ふで)を注文。

U.伊藤前掲書により、「須磨」「蜻蛉」の原寸大にコピーを作る。

V.制作
1.紙を3種類作成する。
 @無地紙
  横42p×縦56pの紙を縦3分の1に切り、約 横42p×縦18pにする。
  紙の両面にドーサ液塗り乾かす。(吹き絵〔ぼかし染め〕用の紙・無地紙はこれを使用)
 A墨流し
  原本原寸大コピーに薄紙を置き、墨の流れる状態を模(かたど)る。それを反転させた形になるよう、バットに松煙墨を流し、原紙(ドーサ無し)にしみこませる。乾かした後、ドーサ液をひく。
 B吹き絵(ぼかし染め)
  伊勢型紙に原寸大コピーの形を写しカッターで切り取り、型紙つくる。原寸大コピーの上にドーサ引き済の紙を置き、吹き絵の位置に切り取った型紙をコピーの位置に合わせ固定して、煮詰めた丁子の泥に膠液を加え、金網とブラシで霧状に落とし、吹き絵とする。ぼかし染めの出来上がりである。

2.打ち紙して仕上げる。
 @ Aドーサ引きの紙、B墨流し後ドーサ引きの紙、Cぼかし染めの紙、の3種類を用意する。
 Aトロロアオイの根をたたきつぶし、水に浸け、ぬめりをだす。ぬめりに更に水を加え薄めた液を作り、3種類の紙に塗る。
 B塗ったものを重ね丁寧にのばし湿りをいきわたらせる(時間をおく)。
 C御影石の台にフエルトを敷き紙の湿ったものを置き、その上にフエルトをかけ、叩く。叩けば艶が出て薄くなり滑らかな紙が仕上がる。乾燥した日に何回も打つ。1日かかる。
 D料紙(3種類の紙)の出来あがり。

図2.jpg

図3.jpg

図4.jpg

3.書写する

4.紐で綴じる
 須磨の構成 1冊6束の列帖装仕立て【料紙6枚重ね真ん中で折る】
  1束目 6枚重ね【折りの真ん中4ウ=5オ吹き絵・下から3枚目1オ=8ウ墨流し】
  2束目 6枚重ね【真ん中16ウ=17オ吹き絵・13オ=20ウ墨流し】
  3束目 6枚重ね【真ん中28ウ=29オ吹き絵・25ウ=32オ墨流し】
  4束目 6枚重ね【真ん中40ウ=41オ吹き絵・37ウ=44オ墨流し】
  5束目 6枚重ね【真ん中52ウ=53オ墨流し・49ウ=56オ吹き絵】
  6束目 5枚重ね【真ん中63ウ=64オ無地・61ウ=66オ墨流し】

 蜻蛉の構成 1冊6束の列帖装仕立て【料紙6枚重ね真ん中で折る】
  1束目 6枚重ね【真ん中4ウ=5オ吹き絵・1ウ=8オ吹き絵】
  2束目 6枚重ね【真ん中16ウ=17吹き絵・13ウ=20オ吹き絵】
  3束目 6枚重ね【真ん中28ウ=29オ吹き絵・25ウ=26オ吹き絵】
  4束目 6枚重ね【真ん中40ウ=41オ吹き絵】
  5束目 7枚重ね【真ん中53ウ=54オ吹き絵・50ウ=57オ吹き絵】
  6束目 6枚重ね【真ん中66ウ=67オ吹き絵・63ウ=70オ吹き絵】

図5.jpg

図6.jpg

図7.jpg

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○国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」


〈調査〉
 2018年8月3日(金)、伊藤鉃也(大阪大学国際教育交流センター招聘教授)のもと、調査。試作品を持ち込み比較する。

〈わかったこと〉
 紙……雁皮紙。
 墨……松煙墨。
 顔料…赤く見えたのでベンガラ使用と思ったが、丁子を煮詰めた泥で、色を茶と判断した。
 書……試作品は少し細く見え、少し太く書写する必要性を感じた。

鈴虫の構成 1冊2束の列帖装【料紙6枚重ね真ん中で折る】
1束目 6枚重ね【真ん中4ウ=5オ無地・1ウ=8オ墨流し・2ウ=7オ吹き絵】
2束目 6枚重ね【真ん中16ウ=17オ吹き絵・11ウ=22オ吹き絵】

◎複製本つくり
 綴じの部分の文字はページの厚みで文字が歪み、巾が狭い字になっているため、正確な字形がつかめないので、想像して書いている。また、日本は季節により湿度が違うわけだが、料紙制作を9〜10月、書写を乾燥する冬に行なったため、適切な湿気がある時期を選ぶべきであると改めて感じた。
 ひとりで作る限界も感じた。吹き絵のブラッシングに、体力・時間を要する。打ち紙はひとりで打ったが、時間と体力不足で充分な打ち紙にならなかった。書写作業も1日2ページの集中で体力と時間の勝負になる。(紫式部日記にあるように、冊子作りは大勢で行うものなのだろう)。3冊作るには1〜2年は必要である。
 また、複製本作りには本物の実見の必要性を感じた。体力と時間と経済力が絡むことを実感した。

【付記】
今回ハーバードのミュージアムと歴史民俗博物館で実見調査できたこと、嬉しく、お世話になった先生方に感謝申し上げます。


〈宮川保子〉
共立女子大学家政学部卒業(昭和43
年)。かな書・料紙加工・表装・冊子制作家。
水木(みずき)会主宰。杉並区区民センター元講師(かな書)。
平成19年1月に第1回個展 伊勢物語等の作品展(於 銀座鳩居堂 1800人動員)、平成24年4月に第2回個展 源氏物語宇治十帖の新本仕立て等の作品展(於 銀座鳩居堂 1300人動員)をはじめ、グループ展も数多い。
村上翠亭(かな)、小川東州(漢字)、力丸忠幸(冊子)、大柳久栄(料紙打ち紙)に師事し、久曾神昇(古今集)受講。現在、咲本英恵(共立アカデミー源氏物語講座)、岡田ひろみ(源氏物語研究会)に参加。

 
 
 
posted by genjiito at 19:15| Comment(0) | ◎源氏物語