2020年01月07日

読書雑記(277)船戸与一『河畔に標なく』

 『河畔に標なく』(船戸与一、2009年7月、集英社文庫)を読みました。長編にも関わらず、一気に読ませるのは船戸与一の筆の力です。

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 まず、ミャンマーという国の確認からしておきましょう。本書巻末の解説(前田哲男氏執筆)にわかりやすくまとめてあるので、それを引きます。

この国には、日本人に遠い日を思い起こさせる記憶の揺り籠の一面もある。
 かつて、ここが「ビルマ」と呼ばれ、イギリスの植民地下にあった一九四一年、日本軍は「アジア解放」「ビルマ独立」の名目下「ビルマ進攻作戦」を行い全土を占領、軍政下に置いた。本心は、中国への物資輸送路(ビルマ・ルート)を断つとともに、あわよくば、チャンドラボースの「インド国民軍」をひきつれ、英領インドに攻め込もうという算段からである。スー・チー女史の父で「建国の父」と称えられる独立の志士アウン・サン将軍は、当初、日本陸軍の謀略組織「南機関」(機関長・鈴木敬司大佐)と組んで「ビルマ独立義勇軍」(BIA)創設に参画、イギリスを共通の敵とする戦いに立ち上がる。鈴木大佐から「オンサン」と呼ばれたアウン・サンは「ビルマ独立志士三〇人」の筆頭に位置していた。だが、進駐してきた日本軍が、BIAをたんなる対英・対中作戦の後方攪乱部隊としか扱わない現実に幻滅すると、「反ファシスト人民自由連盟」(パサパラ)結成に踏み切り、一斉蜂起して抗日武装戦に転じていく。(その時期に、スー・チー女史は生まれた。)
 こうして「ビルマ独立」を掲げ、はるか「インドへの道」をめざした日本帝国の野望は、「インパール作戦」の惨憺たる敗北とともに潰え去るのである。だから『河畔に標なく』の地は「大東亜戦争」の古戦場なのであり、そして本書の登場人物だけでなく、無数の日本兵にとっても「標なき地」となった。(618〜619頁)


 ミャンマーの北部、中国とインドに挟まれたカチン州が舞台です。多くの民族や部族の名前が出てきます。それぞれに言語があり、そこへ北京語や広東語も混じってきます。ごった煮の世界で物語が展開します。
 カチン州を流れ下るイラワジ川沿いを舞台に、荒っぽい内容のいくつかの物語が進行します。地名、人名に馴染みがない私は、流れに任せて読み進みました。
 多くの少数民族が、国内の至る所で小競り合いを展開します。それが丹念に、具体的に描かれるので、時間の流れの中での局地闘争が多面的に伝わってきます。
 那智信之、張徳仁、イエ・シュエなどの男たちが、ミャンマー北部の山の中を200万ドルの大金を巡って彷徨いながら、追いつ追われつの冒険譚が繰り広げられます。オムニバス形式で、淡々と進みます。
 今いろいろと問題になっているロヒンギャーに関して、船戸は本作で次のように語っています。

ラップはイスラム教徒がどんな連中か知らないわけじゃない。十五年ほどまえにバングラディッシュとの国境近くから来たロヒンジャー人だ。その連中はカチン独立軍と共闘を求めてミラスロン峰の麓にあった第九歩兵旅団の駐屯地にやって来た。当時はロヒンジャー人も国家平和開発評議会の前身・国家法秩序回復評議会とすさまじい戦闘を繰りかえしていたのだ。アラカン・ロヒンジャー・イスラム戦線。それがその連中の組織名だった。あのとき、ロヒンジャー人たちのビルマ人にたいする憎しみはカチン人以上のように思えた。それについてこんな表現をしたのだ。ロヒンジャー人の村で国軍に見つかれば不法入国者、川で釣りをしてれば密輸入、森で働くと反乱分子と見傲される。モスクを建てれば外患誘致者と決めつけられる。戦う以外に方法はない。アラカン・ロヒンジャー・イスラム戦線の連中は火器の扱いにも慣れ、山を歩かせてもへばることはなかった。(372頁)


 船戸は、徹底してヒューマニズムを貫いています。荒々しい内容にも関わらず、人を殺すことには自制的です。人間の惨たらしい内面を描きながらも、人間を暖かく見つめているのです。
 カチンの山の中を彷徨う複数のグループが、自然や人間の変化の中で生き抜こうとする様を、実に丹念に描きます。この物語のクライマックスとなります。
 二百万ドルをめぐる男たちの物語も、それが藻屑となって川に飛び散った後は、それぞれの目標がまた生み出されます。気力が人間の生きる源だとでも言いたいようです。生きることへの執着を、これでもかと見せつけられました。そして、新たに生き続けようとする人間への賛歌が綴られていきます。
 最後に、「運」について語られます。運を天に任せた考えに、これまで読んできた船戸作品とは違うように思いました。【5】
 
書誌:2006年3月に集英社より刊行されたものの文庫化。
 
 
 
posted by genjiito at 20:14| Comment(0) | ■読書雑記