2019年11月18日

国際集会で使用する言語に関していただいたご意見

 先週15日(金)に「早稲田大学で開催された翻訳に関するシンポジウムに参加」と題する記事をアップしました。
 すぐに、その記事に関するご意見が届きました。国際集会を運営する上で、今後のための問題提起になるかと思い、ご本人から転載の了解もいただきましたので、私の持論と共に以下に紹介します。

 上記のブログは、早稲田大学で開催された研究集会の後、いろいろな方と懇談してから宿泊先に行ってすぐに、持ち歩いているノートパソコンで一気に書いてアップしたものです。タイムスタンプは「22時33分」となっています。会場でおおよそのメモはスマートフォンに入力していたので、写真を加工する時間を含めても1時間もかかっていません。

 消化管を持たない私は1日6回以上食事を摂ります。軽い夜食をいただいた後、公開したブログの内容をノートパソコンのモニタに表示し、その日の会場の雰囲気や、私自身が英語を理解できないままに書いたことを、視点を変えて読み直したりしていました。和歌を翻訳することはもとより、この日のように英語だけで研究集会やディスカッションをする意味について、あらためて考えていたのです。

 私はこれまでに、日本文学に関する国際集会を何度も企画し、海外で運営してきました。
 インドで8回、イギリスとカナダで1回ずつと、科研がらみの海外での国際集会は10回以上は開催しています。オーストリア(ウィーン)では、日本の研究仲間5人でチームを組み、一部屋を使っての研究発表会をしました。いずれも、発表と質疑応答はすべて日本語に限定してきました。現地の方からの質問が日本語以外でなされた時には、参加者が自発的に通訳をしてくださったこともあります。また、私が主催する講演会でも、使用言語はすべて日本語で通しています。どうしても日本語だけでは伝わらない時には、スペインのマドリッド自治大学で敢行したように、「英文を表示しながら日本語で語り終えて」(2013年10月29日)という手法を使ったりしています。その記事の中で、日本語による発表や討議にこだわる理由を、次のように記しています。これが、私の基本的な姿勢です。

 日本語による国際集会という視点を大切に守らないで、世界の共通言語だという誤った認識のもとに、英語による話だけで発言を構成しては、英語が苦手な方の多い日本文学研究者、というよりも日本古典文学の研究者が参加できません。そのような日本文学に関する専門家の意見やアドバイスを受けない国際研究集会は、討議のレベルが上がりませんし、その後の研究も発展しません。

 海外における研究が実りあるものとするためにも、自分たちが話しやすい英語等のことばで自己満足しない方がいいと思っています。
 日本文学の国際集会では日本語で話すことで、日本で研究している専門家の意見を有効に消化吸収する場面となります。英語がわかる者だけの集会では、そこに参加できない大多数のすばらしい研究者の意見をどのように反映させるべきか、あらためて考えたいものです。

 日本文学関連の国際集会は日本語で、という私の持論は、こうした理由からです。今も大切にしている信念です。


 さて、一人で部屋で蒸留酒を飲みながらいろいろと気ままに考えていた時でした。ちょうど夜中の1時半ころに、「ご無沙汰しています。ヨークの中村です。」というメールが届きました。イギリスでお世話になった中村久司先生からでした。先生は、毎日書く私のブログを毎日イギリスで読んでくださっています。そして、ご教示をいただくことも一再ではありません。
 中村先生については、本ブログでは以下の記事で紹介しています。その一部を紹介します。


「読書雑記(214)中村久司『サフラジェット』」(2017年11月19日)

「読書雑記(177)中村久司歌集『流刑のソナタ 異端調』」(2016年08月22日)

「読書雑記(103)平和学博士のロンドン案内は辛口の英国論」(2014年07月12日)

「苺ショートケーキの謎が判明しました」(2013年09月13日)

「読書雑記(53)中村久司『イギリスで「平和学博士号」を取った日本人』」(2012年11月15日)

「英訳短歌の冊子あり?」(2009年10月04日)

「ケンブリッジでの国際研究集会」(2009年09月23日)

「国際研究集会・横断する日本文学」(2009年08月05日)

「英語の短歌を読む」(2008年11月13日)

「英国からの朗報」(2008年11月05日)


 前置きが長くなりました。
 中村先生からいただいたご意見は、非常に厳しい見解でした。

今日のブログを拝読し、私は部外者ですが想いをめぐらせていました。

和歌にせよ短歌にせよ、それらの翻訳について語れる人物が、日本で行う集会でなぜ日本語で話さないのでしょうか。日本語で語れない人間が、勅撰和歌集を外国語に訳せるとは考えられません。

また、日本で行う日本文学に関する集会の発表言語を英語で行わせる日本人の考えが理解できません。外国かぶれ、劣等感の反映でしょうか。

純粋に感性が創出する和歌・短歌の言語空間を、知性で語ろうとするとき、ポエムが消滅するのです。正岡子規は新古今を理解できなかったのです。

近年、アメリカ人が、「新古今和歌集」を英訳してオランダから出版しました。以前、オックスフォード大学のハリス先生をお呼びして古典短歌を一日一夜語り合った中で、「古今和歌集は絶対に翻訳できない」との合意に至りました! 今、オランダから出た翻訳本を読みたい気持ちと読んだら幻滅し怒りを覚えるだろうとの気持ちでいます。幸い、値段が高いので買う気になれなくて幸いなのですが!


 私も自分が書いたブログを読み返してはモヤモヤしていた時でもあり、すぐに先生のメールに書かれている文章を、私のブログに引用させていただけないかを、非礼も省みずにお尋ねしました。すると、次の快諾の返信が来ました。

ブログにお使いいただければ、私といたしましてもうれしい限りです。

なお、和歌・短歌の翻訳が会議のテーマになったこと自体は、極めて大きな意味があると考えます。

短詩の中でも俳句は世界に広まっています。反面、短歌はなかなか理解されません。研究者によっては短歌は世界の文学の一つのジャンルになることはないだろうと言います。

短歌の真価が理解されないのは、日本人と外国人が行ってきた短歌の翻訳が好ましくなかったことが主因ですが、それ以前に短歌には翻訳できない要素が多く含まれています。
また、正岡子規を過大評価する風潮によって、日本でも海外でも、21代集までの古典短歌が軽視されがちです。
さらに、翻訳されれば海外でも高く評価されるであろう、姉小路基綱あたりの短歌が日本でさえ十分研究されていません。小川先生のご研究はありますが、どちらかというと歴史研究に重点を置いておられるように思います。

私が試みた短歌の英訳の中で、アメリカやイギリスの詩人や文学関係者が喜んでくれた短歌には以下のようなものがあります。

思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを  小野小町

月のゆく山に心を送り入れて闇なる跡の身をいかにせん   西行法師

窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとど短きうたた寝の夢    式子内親王

しかし、自分では英訳できたと確信を持てても、詠歌の真価を伝える上で、短い解説を付けないと満足できない短歌が多いです。

英訳の限界を知っていたかどうかは定かではないのですが、短歌を英語圏に紹介して成功した日本人は、フジタ・ジュンという名前の広島県出身の明治男(1888年ー1963年)です。
彼は、アメリカへ移住し短歌を英語で書いています。しかし、詩心は日本の短歌です。日本で彼の生い立ちをかなり調査したのですが、詳細は分かりません。この男が、現在アメリカで短歌に関心を持っている人々の間では、あたかも「短歌文学の英語圏の開祖」的に扱われています。

こんな経緯もあって、私も自分で「短歌ごっこ」程度の歌作をするときは、英語で書くか日本語で書くか、どちらかにしています。

取り急ぎ失礼します。


 中村先生のご許可をいただき、こうして多くの方に先生のお考えをお伝えすることにしました。
 この件でのご意見は、本ブログのコメント欄を通してお寄せいただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ◎国際交流