2019年11月15日

早稲田大学で開催された翻訳に関するシンポジウムに参加

 今月に入ってからは、毎週東京に出かけています。2年半前まで、東京で仕事をしていた時がそうだったので、あの頃の慌ただしかった生活のペースを思い出しています。
 北大路橋から北山を望むと、賀茂川縁の紅葉も少しずつ色が濃くなってきています。

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 神保町の出版社で打ち合わせをした後、地下鉄で早稲田大学に移動しました。今日は、「翻訳の力」と題する後援会とワークショップ、そしてディスカッションが、戸山キャンパスで開催されるのです。

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 主催者である陳野英則先生には、あらかじめ参加のご許可をいただき、他の参加者の方にも本日の集会に伺う旨のメールを送っていました。
 私の科研に関して言えば、研究協力をお願いしているマイケル・ワトソン先生、緑川真知子先生、フィットレル・アーロン先生などなど、多くの方が参加なさいます。常田槙子さんには、『海外平安文学研究ジャーナル』の創刊号でフランス語訳『源氏物語』に関する原稿を寄せていただきました。
 早稲田大学戸山キャンパスの中の一番高いタワーの3階が会場でした。

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 会場に入るとすぐに、今回のまとめ役である陳野先生が見つけてくださいました。参加が少し遅れると伝えてありました。しかし、時間内に行ったので、無理をして来たのではないかと気遣ってくださいました。いえいえ、神保町での会談が順調に終わったので、うまく開会に間に合ったのです。
 受付には常田槙子さんがおられました。緑川真知子さんは総合司会です。皆さまとは久しぶりにお目にかかり、その活気に力をいただくこととなりました。
 始まるやいなや、司会の緑川先生はすべて英語。開会の言葉を述べられた安藤文人先生も英語です。今日は、英語漬けの日となりそうです。
 最初は、イギリス・シェフィールド大学のトーマス・マッコーリ先生が「翻訳の力」と題して講演なさいました。すべて英語での発表です。私は、ほとんど理解できません。しかし、海外ではよく直面することでもあり、スライドを映写しながらの説明だったので、わからないなりに、何となく仰っていることが伝わってきたのは、優しく語りかけてくださったからでしょうか。日本語とローマ字交じりの画面を、しかも、引かれている和歌を見ていたからでもあります。
 用例の1つ1つはわかるものの、さてそれで結論は、となると英語力が求められ、そのあたりから私の理解は及びませんでした。マッコリー先生は、近々『六百番歌合』の英訳を刊行なさるそうです。

 2人目は、大東文化大学のジャニーン・バイチマン先生でした。与謝野晶子の『佐保姫』を取り上げ、短歌を翻訳する楽しさを論じられました。これも、すべて英語でした。散らし書きの色紙を読み解いておられたので、それをどのように英語に訳されているのか、興味を持ちました。
 前半の最後には、明治学院大学のマイケル・ワトソン先生が、お二人の講演をあらかじめ理解なさっていて、ビデオメッセージの形で参加なさいました。ただ今、病気療養中とのことで、病院で収録されたビデオが流れました。これも英語。しかし、これには日本語付きの資料が配布されていたので、私にもついていけました。

 後半は、和歌を翻訳した例として、『金葉和歌集』と『新古今和歌集』の訳を比較しての討論でした。また、正岡子規と塚本邦雄の短歌の訳も比較して、討論がなされました。これも、すべて英語でなされました。
 一つの歌を2人で訳したものが提示されたので、それぞれの翻訳における視点の違いが浮き彫りになります。これは、現在私が科研で取り組んでいる手法に多大なヒントがもらえるものでした。
 学生たちが翻訳に対する意見を闘わせる場面に興味を覚えました。英語による討論なので、私にはわからないものの、おもしろそうな展開だったと思います。私の科研では、あくまでも日本語で通すことになっているので、この雰囲気を持ち帰りたいと思いました。
 こうした形式のワークショップとディスカッションは、主催者が参加者をどう巻き込んでいくのかが勝負です。わからないながらも、意見の交流がなされ、議論が盛り上がっていたので、大成功だったようです。
 和歌と短歌の違いは何なのか、という問題にもぶつかりました。今日の討論の中でどのように展開したのか不明なままながら、自分への問いとしていただいて帰ります。
 さて、興味深い問題が提示されたことはわかりました。しかし、この場は英語だけで語られ、質疑応答もすべて英語でした。ここに、日本語しかわからない和歌の研究者が来て、このディスカッションに同時通訳が付いていてここで展開している内容が理解できたら、どのような議論がなされたのか、ということに意識が向かいました。おそらく、現在の研究状況を踏まえた、より具体的な議論が闘わされたことでしょう。その意味で、語り、論じて、応戦する姿が、大きく違って来たことでしょう。今後の国際的な研究集会における使用する言語について、大きな課題をいただいたように思います。

 最後に、閉会の辞は陳野先生でした。英語がわからないことを前提にして、ローマ字の存在と音読の心地よさについて、音の響きを取り上げての挨拶でした。詩歌を例にしての音の大切さを、しかも日本語で語られたので、私としてはほっとしました。
 わからないなりにも、国際的な視野での研究集会のありようについて、多くの示唆をいただきました。満ち足りた思いで皆さまにご挨拶をしました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:33| Comment(0) | ◎国際交流