2019年10月13日

颱風一過の賀茂川と龍田川がいつもの景色に戻るとき

 超大型の颱風が、東海から関東、そして東北へと駆け抜けて行きました。まだ被害の全体像が見えません。想像を絶することが起きているようです。日本の治山治水政策は、あらためて見直すべきだとの意見が噴出しています。日本には、もともと自然を征服しようという発想はなかったので、日本の伝統と文化に基づいた議論をしていきたいもです。その意味では、日本の学校が、あまりにも欧米の論理をよしとした教育を先導してきたことへの反省が、今求められていると思っています。明日を支える子供に、日本の伝統と文化を踏まえた教育や育児をしていく必要性を痛感するようになりました。ここは日本なのですから、そこに欧米流を持ち込むのではなく、日本流の子育てを模索していきたいものです。孫たちを、そんな目で見ていきたいと思っています。

 洛北の賀茂川と大和の龍田川は、水量が多くなり少し濁っています。しかし、そうは言うものの、いつもの太古以来の穏やかな姿を見せています。いつもの風景に、安心させられます。

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 お茶の先生のお宅に行く坂の途中で、たこ焼き屋さんや床屋さんが入っていた建物が解体されていました。夏には、この軒先にミスとシャワーがあったので、坂道を上る手前で元気がもらえた、息継ぎポイントとなる建物でした。残念です。

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 今日のお茶のお稽古では、「中置きの濃茶」をしました。
 正面に風炉があり、水指はいつもと違って風炉の左前。
 右手の空間がやや殺風景です。お客人には、お点前をする景色がすっきりしていて、これはこれでいいのかもしれません。炭火が近くに感じられるので、冬がやってくることを感じるのにもいいのでしょう。

 お仕覆は、左に置かれた水指の手前に置きます。いかにも窮屈です。しかし、あえてそうすることに意味がありそうです。とにかく、理由付けは今は要りません。

 何かと、勝手が微妙に違うのです。何をわざわざと思うものの、これにも一理あってのことなのでしょう。理屈は抜きで、とにかく、お点前の所作をしっかりと身につけることに集中です。
 わけもなく覚えさせられる、というところに、こうしたお稽古事が嫌われる原因があります。しかし、私は理不尽に思われるところにおもしろさを感じているので、これもまた一歩前に歩むためだと割り切って、せっせと手や頭を働かせています。それにしても、自然に身体が流れるように動くのには、まだまだ時間がかかりそうです。

 思い出せない、間違えた、忘れた、という負の連鎖の中で、滑らかな動きを目標に据えて、靄をかき払うようにして前に進んで行きます。数ヶ月前にこれと同じことをしたんだろうか? と自分の記憶を疑います。覚えていないだけで、やったのでしょう。

 今日は、茶筅でお茶を練って茶碗を差し出した時に、抹茶の粉が茶碗の縁にベットリと固まって付いていることに気付きました。茶筅にも固まりが……
 先生は、そうして上手くなるのです、と慰めてくださいました。そう言われると、失敗したと思われることが、前向きに見えてくるので不思議です。

 今日は夜に大阪駅前で大事な打ち合わせがあるので、みなさまよりも一足先に帰りました。駅に着いた時、あの汚れた茶碗と茶筅を、後で丁寧に洗おうと水屋の別の所に置いたままで帰ったことを思い出しました。すぐに先生にお詫びのメールを出しました。大丈夫ですよ、と優しい返信がありました。ホテルでの待ち合わせ時間に遅れないようにと、時間が気になっていたことからの失態です。お稽古にいらっしゃっていたみなさま、本当に申し訳ありません。

 久しぶりに、難波駅の人混みの中を歩きました。予想していたとはいえ、海外からの方々が多いこと。活気を通り越して、街や地下のショッピングセンターが盛り上がっています。このあたりは、出身高校が近いこともあり、かつての賑わいを知っています。やや他人行儀な活力が、無駄に放出さているように思えます。京都とは違う、買い物で目がギラギラしている印象を受けました。日本の街として、取り戻していきたいものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ・ブラリと