2019年10月12日

読書雑記(271)『絵巻切断 −佐竹本三十六歌仙の流転−』

 佐竹本三十六歌仙絵が切断されて100年。37枚の歌仙絵の内、過去最多の31枚が京都国立博物館で一堂に会することになりました。明日から始まる特別展、「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」(京都新聞など主催)がそれです。
 1986年に、東京の美術館で20枚の絵を集めて展覧会が開催されました。それが、今回は37枚が集まるのです。賑やかなことです。
 当初は、本日12日から開幕の予定でした。しかし、大型颱風19号が来たために、1日ずらした明日13日(日)から、11月24日(日)までの開催となりました。
 この展覧会に行く前に、『絵巻切断 −佐竹本三十六歌仙の流転−』(NHK取材班、美術公論社、1984年7月)を読みました。

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 この本は、刊行されてすぐに読んでいます。知らないことばかりが書かれていて、興奮しながら読んだ覚えがあります。関連する本は、何冊も読みました。その中から、今またこれを取り出して読んだのは、取材陣に熱気があり、読む方も知られざる夢のような話に熱中したからです。

 天下の優品とされる歌仙絵が切断されたのは、大正8年12月20日。以来、絵はその持ち主を変え、散り散りになりました。本書は、その佐竹本の絵巻が転々とした様を追いかけた取材記事です。昭和58年11月3日に、NHKテレビが「絵巻切断 −秘宝三十六歌仙の流転−』という特別番組を放映したそうです。本書は、その取材班の手になるものです。

 あれから35年。この本は輝きを失なっていました。今読み返すと、文章に品がありません。取材する側が勉強不足であり、質問が陳腐です。

「この仲文の絵はどなたのもとにあったんですか?」
「これですか?そら知らんのです。私は、戦後、善田さん(古美術商)から買うたんですけど。」
「仲文というのはどういう方だったんですか?」
「それも私、よう知りませんけども。まあ、中に書いてますけどまず見てもらいましょうか。」
「じゃあ、まず見せていただきましょうか。」(170頁)
(中略)
「この前はどなたがお持ちだったんですか?」
「いや、それは、道具屋さんは、誰が持ってたいうこと言うと、値幅取ったんわかりますからね、ハハハ。それは大体言わないのが常識でございますね。」
 この年の夏、大文字の送り火は奥さんと二人で静かに見るつもりだと北村さんは話していた。その時には仲文の軸を茶席に飾るのだろうか……。
 仲文の歌を読み聞かせてくれた時のどこか寂しそうな北村さんの表情は今でも印象に残っている。(177頁)


 全編を通して、貨幣価値に重きを置いた視点が前面に出ているため、取材当時は新鮮で耳目を驚かせたことが、今はそのことがかえって内容や品質を低めています。ニュース性の高いネタを扱う本の宿命です。役割を終えた本だと言えるでしょう。
 大伴家持を持っていた松下幸之助の章などは、インタビューで何を聞き、それをどうまとめるかが一貫していない典型です。それ以降も、お金持ちは何に興味があり、どんな生活をしているかに焦点が合わされた話題が展開していきます。そんなこんなで、あくまでもお金がいくら動いたかが中心にまとめられています。そのために、歌仙絵を持っている方は絵には愛着がないかのように読めます。所有欲を満たしていることに悦楽を感じておられる姿が浮かび上がります。歌仙絵をお持ちの方に失礼ではないか、という表現が散見します。下衆の勘ぐりが満ちた内容だ、と言った方がいいかもしれません。今となっては、好意的には読めませんでした。
 そうは言っても、お金にまつわる話は今に置き換えながら、それなりに楽しめました。歌仙絵そのものの価値はさておき、その絵をめぐる流転のさまはよく伝わって来ます。

 さて、明日から展覧会が始まります。その背後で走り回られた方々の話が聞けることを、楽しみにしています。本書の続き、令和版の絵巻の流転を期待しているのです。すでに、連続講演会がありました。いずれも参加できなかったので、今回の舞台裏が公開されることを心待ちにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:25| Comment(0) | ■読書雑記