2019年09月11日

京大病院の眼科で検査と診察を受ける

 白内障の手術のための検査が、京大病院の眼科で続いています。
 今日は7台の検査機器を使って、左右の目の玉を一つずつ丹念に調べられました。

 丸印の上下左右が欠けている、ビルマ語の文字のような記号を見て、どこが欠けているのかをレバーを前後左右に倒して答えるテストから始まりました。判別不可能なものについては、別の ] 印が刻印されたボタンを押します。最初はほとんど認識できません。次に、用意されたメガネをかけて再度のテストです。今度は、半分以上を答えることができました。といっても、ほとんどがあてずっぽうですが。
 とにかく、丸印がぼんやりと見えるだけで、識別するのは大変です。最初から、意欲を喪失するような検査となりました。
 別室に移動して、角膜の大きさや形、細胞の数、目の形、そして最後に別の方法での視力検査などなど、詳細なデータを取っていただきました。中でも、左目の写真撮影では、何度もシャッターを切った後、どうしても思うような画像が得られなかったのか、涙を一旦洗い流してから再度の撮影が何度もありました。とにかく、瞬きを堪えるのが大変です。瞬きを日常はこんなに意識しないので、終わった後でどっと疲れが出ました。

 そんな検査を受ける中で、私のすぐ後を追うようにして検査を受けておられた方のお名前に聞き覚え、というか見覚えがありました。「ウィキペディア」にはこう記されている方です。

−(前略)−は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本中世政治史、日本中世社会史。(後略)


 看護師さんから呼ばれるお名前と共に、ご自分で申告しておられた生まれ年からも、「ウィキペディア」の紹介記事と合います。記事の中に列記されている、鎌倉時代に関するご著書の何冊かは読んでいます。私よりも20年も年上なのに、年齢を感じさせないキリッとしたお姿です。私の方が年寄りくさいのではないかと、その凛々しい学者の風貌に魅せられました。こんな方だったのかと、その紳士然としたお姿に敬意を持って目で追い、お帰りになるところは黙礼をして見送りました。もちろん一面識もない私のことなど、先生はまったく気付かれなかったでしょうが。
 私自身は気持ちが引き締まる、少し緊張した心地よい時間を同じ空間で持つことができました。ささやかなことながら、私もいい仕事を残したいとの思いを、これまで以上に強くしました。一人で勝手に、こうした出合いに感謝しています。

 すべての検査が終わってから、過日の診察をしてくださった先生が推薦してくださった執刀医の先生と面談をしました。私からは、目の前66cmの位置にある3台の大型モニタと、手元30cmの机上に並べた資料を、メガネを掛け外しすることなくデスクワークをしたい、という現状の改善をお願いしました。もちろん、全体的に曇って見えている、今の対処の一環としてのわがままです。コンピュータのモニタに焦点を合わせながらも、近くの文字も鮮明に読めるようにする、というのは、なかなか難しい注文のようです。現在は、私のような用途でのレンズはまだないようです。今後は、そうしたものも開発されるでしょう、とのことでした。それでも先生は、単焦点レンズと多焦点レンズを左右別々に組み合わせて実現することを検討してくださるようです。私自身が実験材料になってもいいとの思いがあるので、そのことが先生に伝わったようです。私のわがままが叶うように、とにかくやってもらうことになりました。ありがたいことに、「やってみてから、また考えよう」という、私のモットーである思考法で進んで行くようです。

 診察が終わってからは、長蛇の列に20分ほど並んで会計待ちをしてから、入院の手続きをしました。3月上旬の1週間が設定されました。この期間は、科研の成果をまとめる年度末の忙しい時期です。多くの方々にご迷惑をおかけすることになりそうです。2月中には本年度の計画的な調査と研究が終えられるように、今からその運用を着実に実行したいと思います。関係するみなさまのご協力を、引き続きどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | *健康雑記