2019年09月10日

「舞鶴引き揚げの日」という条例と特別展

 京都府舞鶴市は本年1月、戦後シベリア抑留から最初の引揚船が入港した10月7日を「舞鶴引き揚げの日」とする条例を制定しました。現在、その特別展が来月7日まで開催中です。

 戦後、最初に舞鶴へ引揚船「雲仙丸」が入港したのは、昭和20(1945)年10月7日だそうです。最後に引揚船が入港したのは昭和33(1958)年の「白山丸」。13年間もの長きにわたり、引揚者約66万人と遺骨1万6,000柱がこの舞鶴の地に帰って来たのでした。
 私の両親は、満州で終戦を迎え、父はシベリアへ、母は命からがら日本に帰ってきました。父がシベリアから帰ってきたのは、昭和23年6月でした。しかし、母の帰国がいつなのかが確認できていません。
 また、共に、帰ってきたところが、舞鶴なのか佐世保なのかも、よくわかりません。
 両親とは、戦争の話はほとんどしませんでした。というよりも、してくれませんでした。このことでは、話しにくい雰囲気があったのです。語りたくないことを抱えながら生きていたようです。
 両親の戦前から戦後の様子をほとんど知らない息子として、もっと聞いておくべきだったことを悔やんでいます。これまでにも、折々に少しでも知ろうとしました。しかし、残念ながらほとんどわからないままです。

「両親がいた満州とシベリアのことを調査中」(2016年12月27日)※引揚船に関する記述がこれでいいのか、再検証が必要かも知れません。

「読書雑記(185)『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』」(2016年12月28日)

 私はまだ「舞鶴引揚記念館」に行っていません。
 今夏から、西国三十三所観音霊場巡りの6巡目を始めました。天橋立にある第28番「成相寺」の近くの第29番「松尾寺」は舞鶴市にあります。

「西国三十三所(35)松尾寺」(2010年11月05日)

 これを機会に、旅程の中に組み込んで行くつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | *回想追憶