2019年09月09日

清張全集復読(35)「空白の意匠」「上申書」

■「空白の意匠」
 地方新聞と広告代理店を扱った作品です。記事に商品名を出したことで、広告会社側の不快感を理解しようともしない編集部に、新聞の広告担当者は憤慨します。新聞を支える広告収入が途絶えることの意味が、記事を書く側にはわかっていない、という問題が展開します。そして、物語はトントン拍子に進んだかに見えて、最後にどんでん返しがあります。登場人物が、みごとに各々の役割を果たしています。一気に読ませます。【5】
 
 
初出誌:『新潮』(昭和34年4〜5月)
 
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
中央の広告代理店に牛耳られる地方紙広告部長の悲哀を描いたサラリーマン残酷物語。朝日新聞西部本社広告部員だった作者の知見が随所に生かされている。(50頁)

 
 
 
■「上申書」
 妻を殺したということで拘留された男の悲痛な叫びが聞こえて来ます。留置所での拷問や、責め苦を味わいながら作り話を仕上げさせられる人間の心の内がよく描かれています。裁判になり、2回目の公判から「やっていない」と否認します。二転三転する様は、私にかつての体験を思い出させました。
 それは、私が20歳の成人式の数日前のことでした。住み込んでいた新聞配達店から早朝に火が出て、お店は全焼しました。その時、深夜まで一緒に大井町で飲んでいた仲間の1人が執拗な尋問を受け、自分が火を付けたと言おうか、と心の苦しみを訴えかけるようになりました。このことは、本ブログですでに書いたことなので、経緯の詳細は省略します。とにかく、人間は追い詰められると、一時的にせよ、いたたまれない苦しさから逃げようとするようです。私の仲間も、追い詰められ、やってもいないことを認めて、気持ちを楽にしようとしたのです。火が出る直前まで一緒にいた私は、やりもしないことを認めてはいけないことを言い、何とか思い留まってもらったということがありました。
 この清張の作品にも、そうした追い詰められて逃げ場の亡くなった人間の弱さが語られています。アリバイが崩れないことを、作品の最後にしっかりと書き留めています。結論が知りたい読者は、中途半端なままに読み終えたことでしょう。しかし、警察から手荒い拷問を交えての一方的な攻撃に、どれだけの人が最後まで信念を貫き通せるでしょうか。私は、自分を守るために、警察のいいなりになってでっち上げられた調書に署名する人が大多数だと思っています。
 この作品では、追い詰められた善良な市民の心の移り変わりを、自分を客観視して読み取るべきだと思います。【3】
 
 
初出誌:『文藝春秋』(昭和34年2月)
 
 
 
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | □清張復読