2019年09月30日

突然の発熱と悪寒に襲われて掛かり付けのお医者さんへ

 昨夜は、とにかく関節が軋み、身体が気怠かったので、食事も早々に寝ることにしました。ブログを書いてすぐ横になったので、22時半過ぎだったでしょうか。こんな時間に寝るのは、めったにないことです。念のために体温を測ると、36.5度でした。

 夜中、午前2時頃に、身体が熱くて目が覚めました。体温は37.5度。すぐに、逆流性食堂炎の対処として愛飲している、水分補給のゼリー、味の素の「アクアソリタ」を流し込みました。このゼリーは重宝しています。「京洛逍遥(469)38度の京都で身体がフラリと揺れる」(2019年08月10日)

 過日、突然高熱が出た時に、掛かり付けの那須医院からもらった解熱剤を思い出しました。「何もしない日が何もできない日になる(9月)」(2019年09月02日)
 解熱鎮痛剤の「ロキソニン」は胃を荒らすので私にはきついとのことで、処方された少し緩めの「コカール」と、胃炎・胃潰瘍治療剤の「レバミピド」を飲みました。
 それでも身体の火照りは治まりません。しばらくして、これも栄養補給として時々飲む、森永の「これひとつで6大栄養素 inゼリーミックス」と言うものを口にしました。

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 うつらうつらしながら、桂枝雀の落語2題を、イヤホンで聴きながら寝ました。
 朝6時には体温は36.5度に下がっていました。しかし、ニュースでインフルエンザが流行っているとのことで、その症状が私とそっくりだということなので、歩いて3分の那須さんのところへ念のために行くことにしました。
 ちょうど出ようとした時、身体が震えだし、首筋から全身にかけて寒気が襲って来ました。夏掛け布団とフリースの羽織るものを着て、ジッとしばらく様子を見ました。
 寒気が収まってから那須さんのところへ行き、事情を話しました。体温を測ると、また37.5度に上がっていました。

 那須さんのカルテは、私用のノートに手書きです。私がしゃべったことが事細かにメモされているので、私の体調は詳細に再現できるのです。これが京大病院だと、私の話を聞きながら主治医の先生がパソコンに入力されます。先生は、私がしゃべったことを記録として文章にして整理なさるので、その段階で、削ぎ落とされる情報があります。パソコンで文章を作成するときには、那須さんのように聞きながら書き取る手書きのメモはないので、後で再確認するときには、その時に直接関係なかった事柄は、よほどのことでない限り記録には残りません。
 那須さんは、これまでのメモを含めたカルテを見ながら、私の唾液でインフルエンザの検査をしてくださいました。結果は、A型でもB型でもないので、インフルエンザの心配はないそうです。今日は身体を休めることに専念するように、とのことで、薬は出ませんでした。
 そんなこんなで、やることは山積しているのに、今日は背中が痛くなるほど、孤独に横たわっていました。

 明日から10月。
 今日する予定だったことは明日にします。ご迷惑をおかけする方には申し訳ないことです。しかし、1日でも長く生きて活動を続けることを最優先とさせてください。
 今夜、熱がぶり返さないことを祈りながら……

 昨日いただいたお茶名のお祝いとして、今日予定していた妻とのお茶名記念のささやかなお茶会は、後日に延期することとなりました。
 前出の9月2日の原因不明の発熱も、ちょうど橿原神宮前でのお茶会に行った翌日のことでした。たまたまのことだと思われます。しかし、二度あることは三度あるとか。次は気をつけます。というよりも、毎日の身体を気遣った生活を心掛けます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | *健康雑記

2019年09月29日

9年目にいただいたお茶名は「宗鉃」

 季節の変わり目だからなのか、身体の気怠さが続いています。なんとなく熱っぽくて、首・肩・手・指・腰・足と、至る所の関節に違和感があります。
 そんな中、大和平群へお茶のお稽古に行って来ました。

 今年は、平群の里では彼岸花が長く咲いています。

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 今日、お茶名をいただきました。先生から、お弟子さんたちの前で許状を読み上げながら、心を込めて渡してくださいました。「宗鉃」という名前です。「鉃」という正式な私の名前に使う漢字が、許状に書かれています。

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 身が引き締まります。十徳を着ることが許されたそうです。もっとも、持っていませんが。袴はいらなくなりました。お茶名をいただくためにお稽古をして来たわけではありません。不思議と、おもしろいのです。

 苦節9年、と言うと大げさでしょうか。今から9年前の祇園祭の日に癌の告知を受け、その直後、娘に手を引かれて行ったのがお稽古の最初です。盆略点前が最初でした。
 学生時代、姉にくっついて行って、大阪の今里で、夏場だけのお稽古を経験していました。さらに小学校に上がる前の小さい時には、当時住んでいた出雲の本家の叔父さんがお茶人だったので、お茶室で姉と茶碗で遊んでいました。父は、よく松江で開催された、いろいろなお茶会に連れて行ってくれました。母も、小さい頃から飲み慣れていたせいか、湯飲み茶碗などでサッとお茶を点ててくれました。

「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日)

 お茶のお稽古で奈良に通うと言っても、最初の頃は年に数回という、関西と関東を往復する日々の中で、予定が合えばお稽古に行く、という状態でした。まじめに行くようになったのは、やはり定年退職で京都に帰って来た2年前からです。月2回を守るようにしています。

 今日は、運びの薄茶のお稽古です。基本のおさらいです。できていると、褒めていただきました。とにかく、これからも気長に続けていこうと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:13| Comment(0) | *身辺雑記

2019年09月28日

「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(第5回)

 大徳寺に近い船岡山の南側に建つ「紫風庵」で、5回目となる変体仮名を読む会を開催しました。
 門を入って階段を登ると、薄桃色の酔芙蓉が迎えてくれます。

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 今日配布した資料は、A4版で18枚です。お話したいことがたくさんあり過ぎて、回を追うごとに枚数が増えています。本日の参加者は9名でした。
 まず、配布したプリントの確認からです。

・前回第4回で一緒に学んだことの確認
  「「源氏物語と三十六歌仙の写本を変体仮名で読む会」(第4回)」(2019年08月24日)
・今日見る三十六歌仙は、高光・公忠・僧正遍昭の3名であること

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・各歌人の和歌を、変体仮名に注意して読む
・「三十六歌仙一覧」を元にして、これまでに見た歌仙の確認
・ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」巻は、14丁表1行目の「おもやせ・堂満へる」から読むことの確認
・谷崎潤一郎の小説で使われている変体仮名
・道路標識の平仮名表記(新聞記事)
・平安京の「羅城」と「九条大路」の発掘で範囲が確定(新聞記事)
・10月26日(土)開催の「NPO主催のイベント」の案内

 まずは、勉強会をする座敷で、3名の歌人の和歌をプリントに印刷した図版で読みました。
 谷崎潤一郎の小説の冒頭文を提示したのは、前回の課題であった、谷崎は「こと」と書く時に「 ˥ 」とする例を見ていただくためです。『鍵』(初版、棟方志功の装丁)の冒頭は、次のように書き出されています。

一月一日。……僕ハ今年カラ、今日マデ日記ニ記スコトヲ躊躇シテヰタヤウナ柄ヲモ敢テ書キ留メル ˥ ニシタ。


 そして以降、この僕の日記の部分には「 ˥ 」が用いられています。妻の日記には使われません。
 日頃はあまり見かけない文字「 ˥ 」が並んでいることに加えて、回覧した初版本(昭和31年)の棟方志功の装丁や挿画のみごとさに魅入られながら、みなさま納得しておられました。
 ついでに、谷崎潤一郎の代表作である『春琴抄』の、初版(昭和8年)と全集(昭和33年)と通行本(昭和f57年)の冒頭部分の仮名表記を見てもらいました。例えば、次のように書いてあることを見ると、仮名の表記が移り変わって来ていることがわかります。

【初版】春琴、うの名は
【全集】春琴、うの名は
【通行】春琴、うの名は


 『春琴抄』の初版本では、最初の頁の6行分だけでも、次の変体仮名が出てきます。
 「本」「連」「里」「春」「古」「能」「阿」「志」
 現在流布する本は、現代仮名で印刷されています。そうでないと、変体仮名をほとんど知らない現代人には、初めて刊行された昭和初年の小説『春琴抄』が、変体仮名につっかかって読めないということがわかります。参会者のみなさまには、あらためて平仮名といっても変体仮名が使われていた状況と、現代の平仮名のありように気付いていただけたようです。

 30分ほど見聞を広めてもらってから、「紫風庵」所蔵の襖絵「三十六歌仙」がある部屋に移動しました。

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 今日は、京都工芸繊維大学の先生で中世を中心とした美術史が専門の井戸美里さんがお出でになっているので、最初に絵の専門家にこの歌仙絵についてコメントをしていただきました。江戸中期の小振りな絵で、絹布に丹念に鮮やかな彩色が施されているものであることに驚嘆の声を上げておられました。粉本を元にして、一つのグループが手がけた作品ではないか、とのことです。今回初めて見たものでもあり、少し調べてまたコメントをしてくださることになりました。

 今日の3名の歌仙の和歌は、次のように翻字しました。

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◎左から三領目の襖《右上》
■高光(かくばかりへがたくみゆる世中にうらやましくもすめる月かな)
                      (拾遺和歌集 四三五)
   右 藤原高光
 閑く者可里へ可多
         く
 三ゆ累よのな可
      耳
 うらやましくも
   す免る【月哉】


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◎左から三領目の襖《右中》
■源公忠(行きやらで山路くらしつほととぎす今ひと声のきかまほしさに)(拾遺和歌集 一〇六)
右 源公忠朝臣
【行】やら帝【山路】
   具らしつ【郭公】
  今一こゑの
    き可まほしさ
          尓


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◎左から三領目の襖《右下》
■僧正遍昭(たらちねはかかれとてしもむばたまの我が黒髪をなでずやありけむ)
                 (後撰和歌集 一二四〇)
 右 僧正遍昭
 堂らちね八可ゝれ
   とてしもう者【玉】
           能    
 【我】可くろ【髪】越
      なて須やあ里け
           舞


 これで、確認した歌仙は次の赤字の歌人となりました。

■三十六歌仙一覧(赤字は確認済)
(第2回)柿本人麿 紀貫之 凡河内躬恒 (第1回)伊勢 大伴家持 山辺赤人 在原業平 (僧正遍昭) 素性法師緑 (第4回)紀友則 猿丸大夫 小野小町 (第3回)藤原兼輔 藤原朝忠 藤原敦忠 (第5回)藤原高光 源公忠 ※僧正遍昭 壬生忠岑 斎宮女御 大中臣頼基 藤原敏行 源重之 源宗于 源信明 藤原清正 源順 藤原興風 清原元輔 坂上是則 藤原元真 小大君 藤原仲文 大中臣能宣 壬生忠見 平兼盛 中務


 歌人の並び方から見ると、今日の僧正遍昭だけが別のグループ(在原業平 素性法師)に属する人です。このことは、回を追って問題点を明らかにしていくつもりです。

 ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の写本の確認は、14丁表1行目から14丁裏3行目までできました。
 紛らわしい字形としては、「を・せ」「れ・那」「尓・支」がありました。
 今日も、時間いっぱいまで、目と脳をフルに活用しての勉強会となりました。
 次回は、10月19日(土)の午後2時からです。
 
 
 
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2019年09月27日

藤田宜永通読(34)『銀座 千と一の物語』

 『銀座 千と一の物語』(藤田宜永、文春文庫、2017年1月)を読みました。

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 古き良き時代を思い出しながら、銀座の今昔を背景にしてショートストーリーがつづられていきます。個包装の小さなビスケット33個を、1つづつ口に入れた感じがしました。薄味で、少し粉っぽさが残る食感です。

 2年半前までは、私も銀座は日常的にブラブラしていたので、いくつかのお店や路地などが懐かしい映像として立ち現われて来ました。ただし、私はそれぞれのお店の方との交流はなかったし、取材をしたこともないので、ここに語られている人と人とのコミュニケーションを大いに楽しみました。小話も、適度に整理されていて、読み進むのが楽しい一冊でした。もっとも、語り手が情に流されて話が閉じられるので、ワンパターンの感触が残ります。
 間に添えてある白黒写真は、現代を語る話なのでカラーが良かったと思います。
 並んでいる短編は、いずれも口当たりのいい、オシャレで粋な、昔を回想する話です。うまくまとめてあるだけに、作り話としての嘘臭さが読んだ後に邪魔をします。銀座を舞台にすると、お酒が絡むことも多くなり、なかなか自然な物語は紡ぎ出せないようです。
 第17話「大嘘つきの秘話」に、私が好きな吉行淳之介が通っていたという『まり花』というバーの話が出てきます。リクルート本社の裏の道の雑居ビルの地下です。壁にはボタンの花が描かれた絵が飾られています。写真も掲載されています。いわゆる文壇バーです。今も営業をしているようなので、機会を得て確かめたいと思います。
 登場人物が『源氏物語』の勉強をしていたことが書かれています。

「 両親の影響だろう、私も本が好きで、結局は大学では日本文学を学び、今は母校で教鞭を執っている。専門は源氏物語である。」(218頁)

「あまり人には話してないんですけど、私、ここに入る前、学校に残って源氏物語の研究をしていました」(224頁)

「編集長もね、源氏物語の研究をしてたことがあったそうだよ」(225頁)


 しかし、『源氏物語』の勉強をしていたということは、内容とはまったく関わりません。味付けを変えたかったのでしょうか。『源氏物語』が添え物のパセリのように使われています。これも、『源氏物語』の受容の一例としておきましょう。
 巻末に、取材撮影協力者の名前が列記されています。いくつか行ったところがあります。掲載された『銀座百点』も、お店でもらっては時々読んでいました。巻末の取材地図を見ながら、私もまた、ブラブラと歩いてみたくなりました。【3】
 
初出誌︰『銀座百点』2011年4月号〜2013年12月号
・2014年3月に文芸春秋社から単行本として刊行。
 
 
 
posted by genjiito at 19:28| Comment(0) | □藤田通読

2019年09月26日

定期健診の後で高齢化に対応する新社会を想う

 共済の健康診断は無料だということなので、それならと鞍馬口にある健康センターに行ってきました。
 そのすぐ横には、気持ちがゆったりする公園がありました。中を流れる水路は、我が家のそばの白川疏水が西に流れ、賀茂川の下を潜って、川向こうの紫明通りから堀川に流れ込むものです。

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 今回の検診は、一番簡素なコースでした。検尿に始まり、次の項目を受けます。血液検査、身長、体重、血圧、腹囲、問診、診察です。
 問診は、私のこれまでの手術歴の確認と糖尿病でインスリンの注射をしていないか、ということに加えて、タバコに関する質問だけでした。このタバコに関しては、予想外に根掘り葉掘り聞かれました。待合室にも、タバコの害についてのパンフレットが多かったので、タバコ撲滅週間だったのでしょうか。私にタバコは無縁のことなので、これに時間を割かずに、もっと日常生活に絞って聞いてほしいと思いました。5分ほどの問診の内の8割以上が、今の私の身体に直結しないタバコに関する質問だったからです。

 診察は、最近特に気になっていることはないか、という一点でした。2、3分の気抜けがするほどの早業でした。

 常日頃から健康には気遣っているので、気になることは血糖値だけです。いつもは、京大病院と自前の測定器の結果で判断しているので、違った機関の違った機器で測定することが、今回の検診を受けた一番の理由です。
 30分もかからずに終わりました。帰りに、自動販売機のコインを1枚手渡されました。好きなドリンクを1本どうぞ、とのことです。販売機のパネルに並ぶ商品は、すべてがコカコーラのものでした。日頃から、コカコーラと雪印メグミルクとロッテの商品には手を出さないようにしています。しかし、今は無料だということなので、誰かにあげればいいと思って、1本いただきました。

 朝から絶食でした。お腹が空いたので、最近オープンした近所のお店に入りました。私は一度に食べられる量が限られているので、おかずだけをいただくことにしました。しかし、いくら待っても、手を上げても注文を取りに来てもらえません。やっと呼び止めると、タッチパネルでしか注文が受けられないとのことです。そして、小さな文字と写真がずらりと並んでいるものから選んでタッチしてください、と言われました。今、目の調子がよくないこともあり、こうした小さなモニターに表示される小さな文字を読み取るのが大変です。そこで、手元の印刷されたメニューから食べたい料理の名前を言いました。すると、お店の方が面倒くさそうに私の代わりに注文品をタッチパネルに入力してくださいました。その操作を見ていると、いくつもの画面を切り替えては、選択しながら進んで行かれました。これをお客さまに強いるのはどうでしょうか。スマホに慣れた人はともかく、目がいい人には問題がないとして、こうした機器の操作などに馴染んでいない人にとっては、注文する段階で神経がどっと疲れることでしょう。

 経営者側にとっては、効率化のためだということはわかります。しかし、これからますます高齢化の時代となります。おまけに、こうしたシステムは次々と便利だと言われるものに変わっていくのです。操作方法も日夜変わっていくことでしょう。かつて、コンピュータが普及する時に、秒進分歩の変わりようを見せつけられました。今また、世代間において文化を受容するスピードに誤差が広がりつつあります。新たな異文化受容の問題点が見え出しました。今日の注文の仕方も、この流れの中の1つのように思われます。私としては自分に合った少しスローなやり方を、お店側はハイスピードという効率化をお客に求めるのです。お互いが疲れない、住みやすい社会を築いていきたいものです。

 そんな中で、レジで支払おうとしておられたお客さんが、店内でタバコを吸っておられた年配の女性に対して、この店は禁煙だと注意しておられました。他のお客さんも、どうもタバコ臭いと思っていた、と口々に言っておられました。レジに近い席なのに、お店の方は何も注意しておられなかったのです。そうこうするうちに、注文の品はいつ来るのかと怒っている方もおられます。食べ出してから、お水をもらえないかとおっしゃっています。次にお手拭きも、と。私には、席に着くとすぐに、水とお手拭きが出て来ました。

 オープンして間がないお店なので、店員さんの教育とサービスが追いつかないのでしょう。
 それにしても、タバコを見過ごしておられた何人もの店員さんは、よほど忙しかったのでしょう。ご本人がタバコを吸われるのか、あるいは、かつて勤めていたお店は吸えたので気付かなかったのでしょうか。いずれにしても、周りのお客さまに不愉快な思いを強いていたのですから、何か一言お詫びのことばがあっても良かったように思いました。

 ギスギスした社会や、トゲトゲした関係は困ります。加齢と高齢化に伴う生き方のパターンや、多彩な方々が共存していく時代を迎えています。今日の何気ないお店の風景から、さまざまな問題点を抱えながら進んでいくこれからの社会の一面を見た思いがしました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | *健康雑記

2019年09月25日

セルビア語が母語のフィリップさんと淀屋橋で面談

 今日は、多くの方からの嬉しい連絡や情報があり、取り組んでいる科研「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)の今後の展開がますます楽しみになりました。

 まず、インドでお世話になった村上明香さんが、無事に博士の学位を取って帰国したとのことです。アラハバード大学に留学し、ウルドゥー語の勉強をしてい彼女のおかげで、ウルドゥー語訳『源氏物語』を見つけることができたことは、「ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見」(2016年02月19日)に書いた通りです。来月、東京で会うことになりました。楽しい夢のある話が、たくさん聞けそうです。

 ルーマニア語に関して、研究協力者の淺川槙子さんの仲介で、京都大学のロマン・パシュカ先生と連絡がつきました。科研のテーマに理解を示してくださっているので、これからいろいろと連絡をとります。私のことは、カンテミール大学の研究仲間から聞いていたとのことです。次の記事に、そのカンテミール大学へ行った時のことを書いています。「カンテミール大学訪問後は書店へ」(2019年03月09日)
 また、心強い研究協力者が加わります。

 昨夏、米国ハーバード大学でお世話になった京都工芸繊維大学の井戸美里さんが、今週末28日(土)に開催する「紫風庵」での「源氏物語と三十六歌仙の写本を変体仮名で読む会」(第5回)に参加するとのことです。美術・絵画を専門とする方なので、この会がますます盛り上がることでしょう。井戸さんとのことは、「写本の調査の後はお茶室を見学し英訳源氏を確認する」(2018年08月30日)に書いています。

 そして先ほどまで、大阪中之島の淀屋橋で、セルビア生まれのフィリップ・ステファノヴィッチさんと楽しい話をしてきました。夜の土佐堀川の川面に光が映り瞬くのを見下ろしながら、セルビアの話を聞きました。

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 セルビア語が母語のフィリップさんは、ベオグラード大学で日本語を勉強し、大阪大学に留学もしていたという、爽やかな青年です。フィリップさんの日本語は、非常に流暢でした。会うまでは、なぜか髭面のおじさん顔を想定していたのです。ごめんなさい。科研の主旨を理解していただき、セルビア語訳『源氏物語』の研究に協力してもらえることになりました。

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 また、セルビア語訳『源氏物語』の翻訳は2003年に出ているので、翻訳者は健在だろうということで、その方を探してもらえることにもなりました。翻訳者と連絡が取れ次第に、現地で直接お目にかかってお話を伺って来ることになりそうです。
 お渡しした『平安文学翻訳本集成〈2018〉』のセルビア語訳に関する記述で、翻訳者の名前のスペルが間違っていることがわかりました。正しくは、「Sreten Ilic(スレーテン・イリック or イリッチ)」です。「I」と「L」は紛らわしい字形をしているので、間違ってしまいました。書誌事項と翻訳史年表共に訂正が必要です。また、書名に「ロマン」(小説)という語は不要だと思われます。これについては、翻訳本の書名をどうするのかという問題として、各国語の表記を再検討して決めたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■科研研究

2019年09月24日

「源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(第5回)のお知らせ

 一昨日の9月22日(日)京都新聞「まちかど」欄に、いつものように次の紹介記事を掲載していただきました。

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 会場は、平安京の北の基点となった船岡山のすぐ南にある、登録有形文化財に指定されている「紫風庵」です。その「紫風庵」で、ハーバード本「須磨」巻を読むと共に、「紫風庵」所蔵で江戸時代に描かれた三十六歌仙の絵と和歌を読んでいます。平仮名は変体仮名を再確認しながら、書かれた文字を忠実に読んでいきます。
 江戸時代に描かれた三十六歌仙については、その絵が貼られた襖がある部屋で、しかも間近に見ながら、一文字ずつを解読していきます。「紫風庵」に所蔵されている「三十六歌仙」の詳しいことは、「京洛逍遥(538)登録有形文化財「紫風庵」の三十六歌仙絵」(2019年04月13日)(http://genjiito.sblo.jp/article/185856865.html)をご覧ください。

 前回の活動内容は、「「源氏物語と三十六歌仙の写本を変体仮名で読む会」(第4回)」(2019年08月24日)に詳しく報告しています。

 今回は、次の襖絵を読みます。

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 1年かけて、この三十六歌仙に取り組む予定です。ぜひこの機会に、生きた古典と接する得難い体験の場としてください。初心者を意識して、丁寧に変体仮名を読むコツなどを説明します。
 参加を希望される方は、このブログのコメント欄をご利用ください。折り返し、説明の返信を差し上げます。
 なお、この学習会は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する企画です。小規模ながら、地道に気長に活動を続けています。
 『源氏物語』ともども、「三十六歌仙」という古典文学作品を生で鑑賞し、そこに書かれた文字を忠実に翻字していくことに興味をお持ちの方の参加をお待ちしています。
 会場である「紫風庵」への道順などは、上記ブログ(2019年04月13日)に詳しく掲載していますので、参考になさってください。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ◎NPO活動

2019年09月23日

京洛逍遥(577)彼岸花を見ながら賀茂川右岸を散策

 出町柳まで散策しました。賀茂川右岸(西側)を歩いていると、川辺に彼岸花、中洲に鷺、上空には鳶という、彼岸の中日らしい景色に身を置くことができました。
 今年は中洲が大きくなり、川の中に小川が流れているように見えます。

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 鷺や鴨は、川に段差があるところが好きです。ここで、小魚を待っているのでしょう。

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 対岸の左岸(東側)に咲く彼岸花を撮ろうとしたら、のんびりと魚を待っていた鷺が突然飛び立ちました。

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 そして、お盆の送り火の「大」がうっすらとのぞいている、如意ヶ岳が見える木の上に止まりました。どこにいるのかわかりづらいので、写真に赤の矢印を付けておきます。

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 葵橋の手前にも、彼岸花が咲いていました。

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 彼岸花は、田圃の畦道や土手の斜面などでよく見かけます。賀茂川の岸に咲く彼岸花は、初めて見たように思います。年に2度、期間限定の花なので、たまたま出会わなかっただけなのかも知れません。
 これから秋を経て冬へと、この川の景色も季節ごとに変わっていきます。散策の楽しみでもあります。
 
 
 
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2019年09月22日

秋の特別企画!「京都でかるたを楽しむ会」に参加

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」が主催する「京都でかるたを楽しむ会」が、京都ライトハウスで開催されました。私は、午後の部からの参加です。

 まずは、四人一首のイメージトレーニングからです。参加者がみんなで、掛け声に合わせて四角い範囲で畳を叩きます。私も交じってやりました。覚えることに加えて、反射神経の鍛練が求められます。これに、上の句を聞いて下の句の札を取るのですから、頭と手がバラバラになります。さらに、見えないという条件が加わると、なおさら戸惑いしかありませんでした。ただひたすらに訓練で慣れるしかなさそうです。

 今日は、盲聾の方のカルタ取りについて、いろいろと考えました。たまたま、筑波大学4年生の全盲の学生が参加していていました。卒業論文で、盲聾の方への学習支援をテーマにした取り組みをしているとのことです。見えない、聞こえないという方とは、ブレイルメモを2台使って、通信しながらコミュニケーションをとります。この実際の場に居合わせたことにより、いい勉強になったようです。ただし、道具を使った通信による会話には時間差があるので、これは今後の課題です。

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 また、進むにつれて決まり字が変わっていくという、限られた枚数の中で競うバリアフリーかるたのためのテクニックなど、少し上級者向けの解説もありました。この集まりも、少しずつレベルが上がってきています。
 団体戦では、取った札の数を競り合うという、熱戦が繰り広げられました。札を取ったら高く持ち上げるというルールがあるので、勝つためにはこのあたりに工夫が必要です。その点でも、小学生たちがすばらしい活躍と成果を見せていました。

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 最後に、読手を務めておられた京都小倉かるた会の植山さんと、同志社大学競技かるた同好会の吉村君のエキシビションがありました。ここでの読手は、小学生のH君です。和歌を打刻した点字シートを触読しながら、堂々とした読みっぷりでした。

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 実力伯仲の真剣勝負だったので、目が見えない方々にもその気迫がじかに伝わったようです。
 1手ごとに札の並べ方や、相手に札を送るときのテクニックに関する説明には、みなさん真剣に聞き入っておられました。
 こうした実践の場に身を置くと、この競技の魅力がストレートに伝わってきます。

 最後に、参加したみなさんのコメントがありました。集中力に加えて記憶力が求められていることが、みなさんの発言から実感として聞こえてきました。こうした実戦形式の対戦で、団体戦の楽しさを体感なさった方がも多かったようです。
 この集まりも、参加者が毎回増えています。益々の広がりと発展が楽しみです。 
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■視覚障害

2019年09月21日

電子版カレンダーの4日前からのメモが消えました

 日々活用している電子版カレンダーのデータの一部が、今週中半からの分が消えました。複数台のパソコンとスマホとウオッチで同期していたので、いつでも、どこでも、スケジュールの確認ができていました。重宝していました。快適さに慣れていたこともあり、システム手帳は持ち歩いていただけで、小まめに転記はしていませんでした。迂闊でした。

 もし、約束していたのに私が行かなかったり、あるいは連絡をしなかったら、申し訳ありませんがメールか電話をください。

 こまめに記入していたスケジュールが、今週水曜日以降、つまり4日前からのものがすべて消えているのです。今日のところは、実害はありません。今日と明日の予定は覚えているからです。問題は、明後日からです。

 今、記憶にあるものはもとよりのこと、手元に届いているメールなどから、今後の予定に関して電子版のカレンダーに追記しています。ただし、思い出せないものがありそうで、大いに焦っています。たしかこの日に何かあったような、という何となくすっきりしない、忘れ物をしたときの気持ちです。

 これまでに、ネットワークプロバイダのサーバがクラッシュしたり、自分のパソコンのハードディスクが壊れたりと、さまざまなトラブルを経験してきました。データが一瞬の内に飛んでなくなったことは、数え切れないほど体験しています。そのたびに、データの復活に手間暇をかけて、これまで何とかつないで来ました。

 日常の予定を記入してきたカレンダーが壊れたのは、今回が初めてです。
 デジタル時代の便利さに慣れてはいけないと、システム手帳に予定をメモとして残すようにしていました。しかし、ついコンピュータを信用してしていたのです。慌てて、またシステム手帳にも転記するようになりました。
 多くの方にご迷惑をかけないで、平穏に日々が過ぎて行くことを祈るのみです。
 
 
 
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2019年09月20日

読書雑記(270)森見登美彦『有頂天家族』

 『有頂天家族』(森見登美彦、幻冬舎文庫、平成22 年8月)を読みました。

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 下鴨神社へ行くと、糺ノ森は作品に描かれているままの姿で迎えてくれます。

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 本殿の前にある、お札やお守りなどを頒布している授与所の一角には、この作品のイラストなどをデザインしたグッズがたくさん置かれています。

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 地域の氏神様のことでもあり、ここは一つ読んでおくかという単純な発想で読み出しました。
 天狗と弁天と狸の話が、嘘とも誠ともつかぬ調子で軽快に語られていきます。だらだらと語られているので、適当に読み飛ばしましたが。
 こうしたファンタジーはあまり読まないせいもあって、なかなか話の調子に合わせられません。狸世界の話に親しみを持ち、おもしろさを感じ出したのは、417頁ある文庫本のうちの半ばを過ぎてからでしょうか。
 開巻早々には、かつて住んでいた平群という地名に反応しました。しかし、それがその後の話題になることはありませんでした。

 私が不本意ながら末席を汚す下鴨の一族やその流れを汲む夷川の一族を例に出せば、桓武天皇の御代、平安遷都と時節を同じくして奈良の平群から四神相応の新天地へ乗りこんできた狸たちが開祖であるという。(56頁)


 舞台の中心である下鴨神社から出町柳の桝形商店街を狸たちが動き回るため、地元に住む者としては土地に対する親愛の情から話の内容に入る、というと特殊な読み方をした作品でした。この続編もあるので、それは気が向いた時に、ということにしておきます。
 それにしても、まだファンタジーノベルという分野の作品に馴染めません。【2】

 これまでに、本ブログの読書雑記で森見登美彦氏の作品を取り上げたのは、次の4作品です。苦手とする作風に、戸惑いが表れている読書雑記となっています。参考までに列記します。

「読書雑記(44)森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』」(2011年10月13日)

「読書雑記(45)森見登美彦『太陽の塔』」(2011年10月15日)

「読書雑記(51)森見登美彦『宵山万華鏡』」(2012年07月03日)

「読書雑記(61)森見登美彦『四畳半神話大系』」(2013年03月13日)
 
 
 
posted by genjiito at 19:26| Comment(0) | ■読書雑記

2019年09月19日

読書雑記(269)さそうあきら『花に問ひたまへ』

 『花に問ひたまへ』(さそうあきら、双葉社、WEB コミックアクション、2015年8月)は、電子版として Kindle に連載されました。今回は、それが紙書籍版として単行本となったもので読みました。電子書籍は目が疲れるので、紙媒体の本を読むようにしています。こうして電子版が書籍版として再生するのは大歓迎です。

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 本作品について、ネット上での商品説明には、次のように記されています。

「僕が触れるところ、すべてそこが世界になる」。生まれつき目の見えない青年、一太郎はそのハンデにめげることなく、明るく穏やかに生きる。人生何をやってもうまくいかない、少々厭世気味の女の子、ちはやはある日、駅のエスカレーターで一太郎の白杖をあやまって蹴り落としてしまう。ふたりはやがて心のすき間を埋め合うような仲に…。見つめあえなくても確かな繋がりがそこにある。漫画界の名匠、さそうあきらが描く切ない恋愛物語。


 音のしない漫画の中から、不思議と言葉が聞こえてきます。描かれている絵に、言葉の意味が塗りつけられていきます。奇妙な味の作品です。少し教訓じみたセリフが挟まれるのが気になりました。しかし、それは猥雑な表現が、俗に脱しないための手法と見ました。
 第四話で、駅のホームから落ちた話に、作者の姿を垣間見ました。心優しい方なのでしょう
 人間社会の底に渦巻く、ドロドロとした地層の上に咲く、清らかな花の話を聞く思いで読み進みました。自分の居場所を探し求める人たちの姿が、語られています。
 12番目の最終話に、この本で一番の魅力を感じました。それまでの泥臭さとは違って、これからの大きな展開を約束するパワーがあります。この最終話をベースにした、さらなる一太郎の話が紡ぎ出されていくことを期待しています。
 巻末の「取材協力」の項に「京都府立盲学校の先生方」とあります。本作が生まれる背景が知りたくなりました。
 また、最近、双葉社は海外の本の翻訳出版を始めたとのことです。出版社の社会的な役割について思う所があることもあり、この展開に興味を持っています。出版社のさまざまなチャレンジに期待しています。【4】


■初出情報■
 第一話 2014年5月15日配信
 第二話 6月19日配信
 第三話 7月17日配信
 第四話 8月21日配信
 第五話 9月18日配信
 第六話 10月16日配信
 第七話 11月20日配信
 第八話 12月18日配信
 第九話 2015年1月15日配信
 第十話 2月19日配信
 第十一話 3月19日配信
 最終話 4月16日配信
 
 
 
posted by genjiito at 21:13| Comment(0) | ■読書雑記

2019年09月18日

谷崎全集読過(34)「十五夜物語」「仮装会の後」

■「十五夜物語」(戯曲)
 江戸時代は寛永頃、谷中の寺子屋が舞台です。ある日、名主が娘を嫁にしてくれと、浪人で読み書きを教える友次郎の元に来ます。しかし、妻ある身のために結婚はできないのでした。その妻が、3年の年季を明けて吉原から帰って来ます。月が、自分たちの互いの魂を映す鏡だと言います。
 帰ってきた妻との話が第2幕です。病気がちの妻に、友次郎は不満です。二人の魂が離れていくのを互いに愛おしく思い、共に死んで魂を浄化させようとします。しだいに谷崎の世界になっていきます。夫の母の病を治すために廓に行ったことを悔やみ、母の逮夜で十五夜の月を見ながら冥土へと旅立ちます。友次郎の妹が、この物語を終始背後で支えています。【3】

※初出誌:『中央公論』大正6年9月号

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第八巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。

この作品は、夫とその母親のために遊里に身を沈めた人妻が、肉體的な自己喪失と、それに附随する心理的違和のために、夫婦の愛の失はれたことに気づいて苦しむ。しかしなほ、記憶の中にある自分たちの愛の世界の恢復を唯一の生き甲斐として、その精神的な充足のために生命を断つのである。この作品はまた、大正十四年に作者が書いた「マンドリンを弾く男」を思ひ出させるものがある。(258頁)



■「仮装会の後」(戯曲)
 4人の男の会話から、美しいものと醜いものの闘いで、醜くても勝てるということを論じます。美醜の論争が、多分に机上の論理と共に展開します。理が先行する内容に、辟易する読者も多いことでしょう。
 最後の、醜男だけが悪魔の美を持っている、という結論は、広く支持されるものなのでしょうか? 理屈先行で、私には付いて行けない論争です。【2】

※初出誌:「大阪朝日新聞」大正7年1月

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第八巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。

(中略)對話劇は、男性と女性の相互間の牽引性についての問題劇として讀むべきものであらう。(258頁)

 
 
 
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | □谷崎読過

2019年09月17日

〈追補版〉車内で Wi-fi がつながらない新幹線と阪急

 今日も、阪急電車での往復で、Wi-fiにつなげることを断念しました。先週も、つながるまでに下車する時間となりました。毎週のことです。最近では、いつつながったのか、記憶にありません。ネット社会になったと言われて久しいのに、こんな一面があることを書き残しておきます。
 私が新幹線と阪急に乗ってまずすることは、iPhone の設定でWi-fiを切り、iPhone が持っている通信回線の「4G」でネットにつなげることです。街中のWi-fiは、セキュリティに難があるとはいえ、だいたいつながります。Wi-Fiを自動的につなげてくれるアプリのおかげで、意識しなくてもネットにつなげながら街中を歩いて行けます。
 新幹線と阪急は、なぜこんなに接続が困難なのでしょうか。他の鉄道会社の実状はわからないので、今は新幹線と阪急に限定して書いていきます。

 阪急電車の乗車時間は、ちょうど30分間です。いつも、乗ってから5分までは接続を試みます。メールアドレスを要求され、手続き通りに入力すると接続の案内メールが来ます。そこに書かれている「認証用URLをクリックし、表示される内容に沿ってお進みください。」という手順を踏んでも、どうしてもその先に進まないのです。「有効期限は1時間」とあるので、そんなに焦って急いで進もうとしてはいません。しかし最後は、「セキュリティ保護された接続」はできないという、エラーメッセージが出ます。いつもの、諦める前までのお決まりの儀式です。今、電車に乗って疲れることは、車輌が揺れることではなくて、このネット接続へのストレスです。

 先週の土曜日には、日比谷図書文化館での講座のために、新幹線に乗りました。これも、6月には無料のWi-fiにつながったような記憶があります。しかし、以来毎月のように乗車するたびに、いろいろと表示される指示通りに入力しても、挙句の果ては無情なメッセージとともに切断となります。先週の土曜日も京都を出てから彦根を通過する前に断念しました。新幹線は、エラー表示すらありません。新幹線の車内では、フリーでネットが使えるようになったので、助かったと思っていた矢先のことです。

 海外の方々は、Wi-fiルーターを持ち歩いておられるのでしょうか。私は、海外に行く時には、必ず空港で借りるレンタルのWi-fiルーターを持って行きます。しかし、日本国内ではルーターは持ち歩きません。

 私のスマートフォンの操作に問題があるのか、使っているiPhoneの設定に不都合があるのか、提供する鉄道会社のシステムが人やマシンを選んでいるのか?
 私は、1980年に「TK80」(NEC)というパーツむき出しのワンボード・マイコンといわれるもので自習し、その後はPC-8001でプログラムを自作したりして来ました。音響カプラでの通信も、初期の体験者です。高齢者とはいえ、ネット社会に取り残された機械音痴ではないと思っています。とにかく、どうすれば車内でネットにつなげられるのか、不思議な体験を日々しています。
 結論は、車内ではネットは使わないでほしい、という鉄道会社からのメッセージなのではないのか、と思っています。京都市バスと地下鉄では、こうした不便は感じていないので、局所的な問題なのでしょうか?

 このことで派生するものとして一番困っているのは、新幹線と阪急に乗る前にスマートフォンのWi-Fiのスイッチを切るのはいいとして、降りてからそのスイッチを入れることを忘れがちなので、ずっと「4G」の回線でネットにつなげ続けていることです。家に帰ってから、アレッと思ってあらためてWi-Fiのスイッチを入れることがしばしばです。アプリから、Wi-Fiをオンにすることを求められることもあります。不便な通信環境が、日常生活の中に紛れ込んでいるのです。快適にネットが使える社会になるように、鉄道会社である新幹線と阪急は、この原因と対策をわかりやすくホームページなどで説明してもらえないでしょうか。

 このような体験がない方には、この内容の意味が理解しかねるかと思います。しかし、体験者にとっては、どうしてだろうと思い続けているのです。ちょっとした事で解決するのかも知れません。また、解決してきたように思います。ただし、今は五里霧中というのが実状です。
 なお、私のコンピュータ通信のさまざまな体験は、「再録(3)インターネット以前の奮闘劇〈1997.2.13〉」(2009年10月25日)や「再録(17)17年前の「私のコンピュータ経験と通信環境」」(2015年02月15日)にまとめています。この話題の関連記事として、おついでの折にでもご覧ください。

 
 
 
posted by genjiito at 19:50| Comment(0) | ◎情報社会

2019年09月16日

敬老の日に敬愛について想う

 今日のお休みは何の祝日だったのかと思い、新聞を見て敬老の日であることを知りました。最近は、自分の中で祝日が定まらなくなりました。その年によってズレることがあるので、カレンダーが頼りです。

 父が生きていたら104歳、母が生きていたら99歳です。私はもうすぐ68歳になります。父は67歳5ヶ月で亡くなったので、私はすでに父が生きた時間を超えて今も生きていることになります。母は84歳8ヶ月でした。

 苦節という言葉がふさわしい父の67年半は、私とは比べ物にならないほどに密度の濃い人生だったようです。清貧の中で、母とともに他人の世話をしながら生き通しました。その人生は、最後の最後に、『ひとつぶのむぎ』という川柳句集に集大成としてまとめ、自分の手で献本を発送して亡くなりました。私の大きな仕事だったと、その責務を果たしたことを誇りに思っています。

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 その父が、無念にも癌で閉ざされた思いを、私は1日も多く生きて、父のようにやり残したことが心残りにならないようにしたいと思っています。その意味では、自分が敬老の対象であるとは、まったく思っていません。

 加齢のために、かつてのように思うようにはやりたいことができていません。しかし、身も心も元気なので、生き続けさえすれば、やりたいことはいつか叶えられ、積み残した課題や成果物は、次の世代に引き渡すことで実現すると、その準備は整えています。とにかく、元気に明日を迎えられることを、今は心がけています。

 海外から帰ったばかりの息子が、昨夜は我が家に泊まって行きました。亡母にかわいがられたことが染みついているのか、口溶けの柔らかな和菓子をお供えしていました。3人の子供は、亡父のことはまったく知りません。しかし、亡母にはみんな優しかったお婆ちゃんとして、折々に思い出語りをしています。

 思い出すことが、一番の供養だといいます。敬ってもらおうなどと、私はまったく思っていません。敬老などという実態の見えない言葉に惑わされることなく、良きにつけ悪しきにつけ、思い出してもらうことが自分への励みだと思って、これからも後ろ姿を子供に見せながら生きていくことになります。

 突然におとずれた敬老の日に、父母に対する敬愛の想いをあらためて抱くことになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 19:40| Comment(0) | *健康雑記

2019年09月15日

読書雑記(268)船戸与一『おろしや間諜伝説』

 『おろしや間諜伝説 ゴルゴ13ノベルズV』(船戸与一、小学館文庫、2017年7月)を読みました。

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 本書は、「ゴルゴ13ノベルズV」として刊行されたものです。
 本書の背景がわかるように、まずは〔「BOOK」データベース〕から引きます。

ゴルゴ13の秘密に迫る、シリーズ第3弾!

直木賞作家・船戸与一が、劇画最高峰「ゴルゴ13」を描いた最強のエンターテインメント、第3弾!
作家デビュー前、脚本を手がけていた「ゴルゴ13」シリーズの中から、選りすぐりの3話をみずからが小説化。その完結編をお届けする。
新宿区市谷。防衛省統合幕僚監部会議室のモニターに、ひとりの東洋人が映し出された――通称ゴルゴ13。
この伝説的なスナイパーを、日本政府の専属にしたい、と一等陸佐は切り出した。
「わが国の自衛隊は憲法上、攻撃的なことは何も出来ません。それをゴルゴにやらせる」
狙いは、極東情勢の緊張を創り出す者、反日家で知られる米国国防省の重鎮、この二人の暗殺だった。
ゴルゴ13との専属契約はどの国の情報機関もなし得ていない難題だが、その出生の秘密を握ることで契約を結ぼうとする。
ゴルゴ13はワシリー・スメルジャコフの息子である可能性が高い――これを立証するため、調査員はロシアへ飛ぶ。
だが、ここから、血なまぐさい惨劇が始まった!
ゴルゴ13の出生の秘密ははたして暴かれるのか?
真相に迫る者を次々に狙撃したのは誰なのか?
スリリングな展開から目が離せない第3話。

かつて外交官としてロシア大使館に勤務していたことでも知られる作家・佐藤優氏による解説も必読です!


 世界の中でも、アジア各国が舞台の中心となります。日本を皮切りに、ロシア、旧満州、ベトナム、ウクライナ、ルーマニアと、各地で事件が起きます。私が興味を持っている国々が出てくるので、ワクワクして読みました。
 時は、民主党の菅直人が首相だった頃です。通称ゴルゴ13、デューク東郷をめぐる話が展開します。日本政府専属の暗殺者になってもらう、ということです。
 まずは、ワシリー・スメルジャコフの息子がゴルゴ13であることを確認することが前半のメインテーマです。その調査地は、ベトナムのハノイとウクライナのオディッサ、ルーマニアのブラショフでした。この3ヶ国に内閣情報調査室から派遣されたのは、語学の天才と言われた自衛官です。しかし、3名ともに額のど真ん中を、しかも一発で撃ち抜かれて亡くなりました。こんなことができるのは、ゴルゴ13しかいません。
 国後島にロシア軍機が墜落する話も、複雑でおもしろい話になっていきます。北方領土の返還に関わって、スパイ事件も絡んでいます。
 外交問題にスパイ事件が絡み、その結果として、防衛省の高官がロシアと内通などなど、ドラマチックな展開で読ませてくれます。【4】

■書誌:本作は、『ビッグコミック』(1977〜78年、小学館)に発表されたゴルゴ13シリーズの中でも、『おろしや間諜伝説』(脚本協力/外浦吾郎)をもとにして小説化されたものです。その後、本作は、2011年4月に小学館から単行本として刊行され、本書はその文庫化です。
 
 
 
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2019年09月14日

日比谷で源氏の橋本本を読む(15)[新規講座の紹介]

 今日は日比谷で『源氏物語』の写本を読む講座がある日です。昨夜は、明け方まで今日の資料作りをしていたので、新幹線の中ではずっと寝ていました。
 会場の日比谷図書文化館へは、新橋駅から行きます。着くとすぐに、地下のダイニングで昼食を摂ります。受講生の方がホールにいらっしゃったので、写本の翻字作業の中で疑問の箇所について、問われるままにお答えしました。しばらくすると、待ち合わせをしていた、科研とNPOの活動を一緒にやっている淺川さんが来てくれました。私が手広く活動しているので、打ち合わせることはたくさんあります。

 今日の「古文書塾 てらこや」の講座では、今朝方までかかって作成した、15枚1セットのプリントを配りました。その中身は、以下の通りです。
・今日の問題点に関する異文資料
・橋本本「若紫」で漢字にすべき「覧」のリスト
・来月10月26日に実施する「時代祭」と『百人一首』のイベントのお誘い
・「視覚リハ大会in盛岡」の発表ポスター(「点字付百人一首」)
・道路標識のひらがなの書体の違いの京都新聞の記事
・平安京の羅城・九条大路初出土に関する京都新聞の記事
・発掘で明らかになった鳥辺野の広がりの京都新聞の記事


 これらのプリントの説明で、1時間もかかりました。
 休憩を挟んで、後半は橋本本「若紫」の45丁ウラ5行目から、変体仮名を確認しながら進みました。
 今日も、お詫びからです。実は、これまでの翻字で、「御覧」の時には【御覧】と、漢字には亀甲記号で挟んでいました。しかし、今日の箇所で出てくるように、「おそろし可覧と」や「あ覧」などの「覧」は、漢字と明示していなかったことに、昨夜気づきました。そこで、大急ぎで「若紫」でのこうした不備のある箇所を一覧できるように整理して、みなさまに説明しました。それは、以下の箇所です。

■橋本本「若紫」で漢字にすべき「覧」のリスト(190914)
 (○は訂正ナシ。×は訂正アリ。→は訂正後の表記)

○【御覧】せさ(4ウL3)
○【御覧】せよと・(15ウL)
○【御覧】し可多くや・(19ウL5)
○【御覧】しゆるさるゝ・(24オL5)
○【御覧】せよと・(24オL10)
○【御覧】しゝらは・(34オL7)
○【御覧】しいれぬ・(38オL1)

×なれ$覧・(7ウL5)
   →なれ$【覧】・
×ものおそろし可覧と・(46オL9)
   →ものおそろし可【覧】と・
×堂てま徒覧と・(46ウL3)
   →堂てま徒【覧】と・
×免さ満し可覧と・(47ウL)
   →免さ満し可【覧】と・
×あ覧(54ウL4)
   →あ【覧】
×あ覧・(55ウL8)
   →あ【覧】・
×きこゑや覧・(59オL5)
   →きこゑや【覧】お・
×ゆ里なる覧/ゆ±可・(63ウL8)
   →ゆ里なる【覧】・


 【覧】とせずに「覧」のままでは、「覧」という変体仮名があることになります。「覧」は一字一音の仮名文字ではないので、ここはどうしても亀甲カッコで括っておく必要があります。なぜ、今までこの文字に限って、漢字にしていなかったのか、我ながら不思議です。この「覧」については、注意力がスッポリと抜けていたようです。

 今日は、48丁オモテの4行目まで見ました。その最後のところに、次のような異文があります。

※【橋本本校訂本文】テキスト P113(48丁オ)
「なぞ恋ひざらん」とうち誦(ず)じたまへるを、若き人々は身にしみて めでたしと思ひきこへたり。

※【大島本校訂本文】『新編全集』(小学館)P242
「なぞ恋ひざらん」とうち誦(ず)じたまへるを、身にしみて若き人々思へり。


 ここで、本講座で用いている橋本本グループが「わかき人々は・みにしみて・めでたしと」とするところを、一般に読まれている大島本グループでは「身にしみて・わかき人々」となっています。この違いについて、「人々は」の箇所で傍記されていた「身にしみて」が、前に混入するか後ろに混入するかによって、2種類の異文が発生したことを説明しました。さらには、橋本本が「めでたし」という語句を引き連れて後ろに傍記が潜り込んでいることから、傍記されていた字句は「人々は」ではなく、ここにこの写本の特異性が見られることも確認しました。
 後半は、大急ぎで48丁オモテの4行目まで行きました。

 これで、今期は終わりです。来月は体験講座があり、再来月から次期の本講座が始まります。
 講座の終了後は、受講生からの翻字に関する質問にお答えした後、いつものように有楽町の高架下で課外講座です。今日は、『源氏物語』は男性が書いた作品であるという視点で読むとどうなるか、ということで議論が盛り上がりました。
 来月からは、午前11時から90分が、新設される『源氏物語』の異文を読む講座です。午後2時からの120分が、これまで通り変体仮名を読む講座となります。
 現在、受講生を募集中です。特に、午前の部は、これまでにその内容を詳しくは誰も読んでこなかった橋本本「若紫」を、参会者と一緒に語り合う内容を予定しています。大島本で『源氏物語』を読むことに飽きた方や、異文の実態を知りたい方は、この午前の部にどうぞお越しください。中身はいいので、とにかく変体仮名が読めるようになりたい方は、午後の部へどうぞ。
 こうしたことに興味のある方の参加を、お待ちしています。

※次の画像をクリックすると精彩画像としてご覧いただけます。

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2019年09月13日

近江神宮で開催された日露かるた交流会に参加して

 今日は、近江神宮の中にある勧学館で開催された、日露かるた交流会に参加しました。

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 これは、外務省の青年交流事業の一つである短期招聘・派遣事業の中で「日露青年交流センター」が実施するものです。

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 このセンターは、東京の内幸町にあるので、明日『源氏物語』の講座で行く日比谷図書文化館のすぐ近くです。機会を得て、いろいろと文化交流の話を聞いて来ようと思っています。
 今回この近江神宮に来たのは、科研の仕事で大阪大学の研究室に通って来ている吉村仁志君が、今回の研修の助っ人としてこの事業に応援参加するとのことなので、いい機会とばかりに海外の情報収集を目的に私も参加したのです。まさに、科研の調査活動の一環です。吉村情報によると、次のような経緯があったことがわかりました。
 今回の企画は、ロシアのサンクトペテルブルグにある「かるた倶楽部」の方から、「全日本かるた協会」の広報部に依頼が来たものだそうです。それを「大津あきのた会」(https://akinotakai.net)の石沢直樹先生(競技かるた八段、元準名人、次の写真中央)が引き受けられたことによって、この交流会が実現したのです。

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 全日本かるた協会のホームページ(http://www.karuta.or.jp/kai/)に、海外のかるた会情報がまとめられています。ロシアのかるた倶楽部については、今回の依頼で初めて知ったとのことです。
 参加人数は8人。ロシア科学アカデミーのナターリア先生は、日本プロジェクトの主任管理者で、50代の植物研究者です。30代のロシア科学アカデミー図書館で東洋文学研究員のヴァルヴァラ先生は、帰り際にお話をした中で、かつて私がサンクトペテルブルグで調査をした有栖川宮関連の文庫の現状をよくご存知であることがわかりました。さらには、2006年秋にかの地で大変お世話になったサンクトペテルブルグ大学のルィービン・ビィクトル先生が、2年前にお亡くなりになったとのことでした。近江神宮でそんな話が出来るのですから、世界は狭いものです。
 それ以外の参加者は、14歳から21歳までの女性たちです。全員サンクトペテルブルグに住んでおられる方々のようです。大学生の専攻は文化学、東洋学などです。東洋学専攻の一人は、日本文化・文学・マンガに興味があるのこと。『源氏物語』については、歴史の授業で話を聞いたことがあるそうです。
 ウクライナ語訳『源氏物語』については、どなたもご存知ではありませんでした。
 通訳で同行なさっていた岩城美里さんは、大阪大学外国語学部の北岡千夏先生とお知り合いのようなので、今後のつながりがもてました。さらに驚いたことに、そんな話をしていたら、吉村君が北岡先生には授業でロシア語を教わったと言うのでビックリ。人とのつながりは、グルグルと回っているようです。人と人との縁はおもしろいものです。

 さて、かるた会にもどります。
 初心者の組には、上の句を薄く印刷された札が使われていました。また、ホワイトボードには、決まり字がわかるように、札の整理がなされていました。心優しい配慮です。

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 映画『ちはやふる』で有名になった会場は、今日はこのように使われていました。

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 第1試合が終わると、石沢先生が懇切丁寧にみなさんにアドバイスをしておられます。そして第2試合へと移ります。
 和気あいあいと、楽しいかるた会が進行していました。
 勝負が終わると、それぞれの結果を小さな用紙に記入します。

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 白熱した対戦の一コマや、集合写真を、記録として以下に掲載します。

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 ロシアからのみなさんは、次に大急ぎで三井寺に行かれました。
 来年5月にオリンピックの関連事業として開催される世界大会で、またお会いしましょう。
 
 
 
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2019年09月12日

京洛逍遥(576)玄想庵へNPO開催イベントの下見に行く

 京町家をレンタルスペースとして開放中の「玄想庵」(https://gensouan.com/room/)に行きました。これは、毎年NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が実施している文学散策の一つとして、秋の公開イベントの会場の下見を兼ねての見学です。
 今秋のイベントは、10月26日(土)の午後2時から2時間、『百人一首』を中心とした内容を予定しています。それまでの時間は、当日開催される「時代祭」(正午に御所発進)を各自で観覧した後、今回の会場である「玄想庵」にお越しください。

 「玄想庵」は、地下鉄烏丸線の四条駅の南側(京都駅寄り)にある5番出口から徒歩1分という、非常に便利な場所にあります。地下鉄から地上に出て仏光寺通りを東に向かって進むと、すぐに京都東洞院仏光寺郵便局が見えます。そこを左折して少し北進すると、左手に「廣田紬株式会社」の看板があります。この紬屋さんの中に「玄想庵」があります。

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 暖簾をくぐり、瓦を埋め込んだ塀沿いに右に折れると、「玄想庵」の入口に当たる玄関の間があります。今回は、この1階の左側に並ぶ中庭を望む3室をお借りすることになりました。この瓦塀の中には、平安時代の瓦の破片も混じっているそうです。

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 まずは、新館2階の70畳の一角で、詳しいお話を伺いました。
 「玄想庵」の旧館は築130年、新館は40年だそうです。今回お借りするのは、旧館です。

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 その後、全館を丁寧に案内してくださいました。歴史のある紬商家だけに、各部屋ごとの意匠に圧倒されます。
 今回お借りすることになったのは、旧館1階にある中座敷「桔梗」・奥座敷「梅」、そして応接間の3室です。正面奥に中庭が見えています。

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 部屋の設いは、贅の限りを尽くしたものです。この中座敷で、同志社大学のカルタ部の方々に百人一首の説明と実演をお願いします。また、目の見えない方々による「点字付百人一首」も同時にできないか、これから関係者に相談を持ちかける予定です。

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 この部屋には、富岡鉄斎の額が掲げられています。

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 鉄斎の額と軸は、2階にもありました。この格調高い施設で、参会者のみなさまと、百人一首に親しむ一時を持ちたいと思います。

 なお、この10月26日(土)には「時代祭」が開催されます。例年22日に実施されていた「時代祭」が、今年はこの日に変更となったのです。そこで、「玄想庵」で『百人一首』を楽しむ前に、この「時代祭」を見て気分を過去にタイムスリップしてもらうことも可能なプランにしています。
 次の地図の青丸をした地下鉄丸太町駅の地上付近で、12時半から13時半まで「時代祭」の行列を見て、それから地下鉄を使って2駅目の四条駅に移動して「玄想庵」に入る、という行程をお勧めします。

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 これからプログラムを詰めて、詳細は後日とします。
 このイベントに興味のある方は、10月26日(土)の午後は京都へ、という予定を確保しておいてください。遠方からの行楽を兼ねての参加も大歓迎です。

【プログラム(案)】
開催日:2019年10月26日(土)
内容:
 (1)「時代祭」の行列を観る(自由行動)
   観覧場所:地下鉄丸太町駅の地上付近
   時間:12時半から13時半まで
   (直接「玄想庵」に14時までに来館も可)
 (2)京町家で『百人一首』を観る
   場所:「玄想庵」(京都市下京区東洞院通仏光寺上ル301)
   時間:14時から16時まで
   参加費:本NPO正会員 1,000円
        サポート会員 1,500円
        一般参加   2,000円
    (いずれも障害保険加入費を含む)

 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年09月11日

京大病院の眼科で検査と診察を受ける

 白内障の手術のための検査が、京大病院の眼科で続いています。
 今日は7台の検査機器を使って、左右の目の玉を一つずつ丹念に調べられました。

 丸印の上下左右が欠けている、ビルマ語の文字のような記号を見て、どこが欠けているのかをレバーを前後左右に倒して答えるテストから始まりました。判別不可能なものについては、別の ] 印が刻印されたボタンを押します。最初はほとんど認識できません。次に、用意されたメガネをかけて再度のテストです。今度は、半分以上を答えることができました。といっても、ほとんどがあてずっぽうですが。
 とにかく、丸印がぼんやりと見えるだけで、識別するのは大変です。最初から、意欲を喪失するような検査となりました。
 別室に移動して、角膜の大きさや形、細胞の数、目の形、そして最後に別の方法での視力検査などなど、詳細なデータを取っていただきました。中でも、左目の写真撮影では、何度もシャッターを切った後、どうしても思うような画像が得られなかったのか、涙を一旦洗い流してから再度の撮影が何度もありました。とにかく、瞬きを堪えるのが大変です。瞬きを日常はこんなに意識しないので、終わった後でどっと疲れが出ました。

 そんな検査を受ける中で、私のすぐ後を追うようにして検査を受けておられた方のお名前に聞き覚え、というか見覚えがありました。「ウィキペディア」にはこう記されている方です。

−(前略)−は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本中世政治史、日本中世社会史。(後略)


 看護師さんから呼ばれるお名前と共に、ご自分で申告しておられた生まれ年からも、「ウィキペディア」の紹介記事と合います。記事の中に列記されている、鎌倉時代に関するご著書の何冊かは読んでいます。私よりも20年も年上なのに、年齢を感じさせないキリッとしたお姿です。私の方が年寄りくさいのではないかと、その凛々しい学者の風貌に魅せられました。こんな方だったのかと、その紳士然としたお姿に敬意を持って目で追い、お帰りになるところは黙礼をして見送りました。もちろん一面識もない私のことなど、先生はまったく気付かれなかったでしょうが。
 私自身は気持ちが引き締まる、少し緊張した心地よい時間を同じ空間で持つことができました。ささやかなことながら、私もいい仕事を残したいとの思いを、これまで以上に強くしました。一人で勝手に、こうした出合いに感謝しています。

 すべての検査が終わってから、過日の診察をしてくださった先生が推薦してくださった執刀医の先生と面談をしました。私からは、目の前66cmの位置にある3台の大型モニタと、手元30cmの机上に並べた資料を、メガネを掛け外しすることなくデスクワークをしたい、という現状の改善をお願いしました。もちろん、全体的に曇って見えている、今の対処の一環としてのわがままです。コンピュータのモニタに焦点を合わせながらも、近くの文字も鮮明に読めるようにする、というのは、なかなか難しい注文のようです。現在は、私のような用途でのレンズはまだないようです。今後は、そうしたものも開発されるでしょう、とのことでした。それでも先生は、単焦点レンズと多焦点レンズを左右別々に組み合わせて実現することを検討してくださるようです。私自身が実験材料になってもいいとの思いがあるので、そのことが先生に伝わったようです。私のわがままが叶うように、とにかくやってもらうことになりました。ありがたいことに、「やってみてから、また考えよう」という、私のモットーである思考法で進んで行くようです。

 診察が終わってからは、長蛇の列に20分ほど並んで会計待ちをしてから、入院の手続きをしました。3月上旬の1週間が設定されました。この期間は、科研の成果をまとめる年度末の忙しい時期です。多くの方々にご迷惑をおかけすることになりそうです。2月中には本年度の計画的な調査と研究が終えられるように、今からその運用を着実に実行したいと思います。関係するみなさまのご協力を、引き続きどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | *健康雑記

2019年09月10日

「舞鶴引き揚げの日」という条例と特別展

 京都府舞鶴市は本年1月、戦後シベリア抑留から最初の引揚船が入港した10月7日を「舞鶴引き揚げの日」とする条例を制定しました。現在、その特別展が来月7日まで開催中です。

 戦後、最初に舞鶴へ引揚船「雲仙丸」が入港したのは、昭和20(1945)年10月7日だそうです。最後に引揚船が入港したのは昭和33(1958)年の「白山丸」。13年間もの長きにわたり、引揚者約66万人と遺骨1万6,000柱がこの舞鶴の地に帰って来たのでした。
 私の両親は、満州で終戦を迎え、父はシベリアへ、母は命からがら日本に帰ってきました。父がシベリアから帰ってきたのは、昭和23年6月でした。しかし、母の帰国がいつなのかが確認できていません。
 また、共に、帰ってきたところが、舞鶴なのか佐世保なのかも、よくわかりません。
 両親とは、戦争の話はほとんどしませんでした。というよりも、してくれませんでした。このことでは、話しにくい雰囲気があったのです。語りたくないことを抱えながら生きていたようです。
 両親の戦前から戦後の様子をほとんど知らない息子として、もっと聞いておくべきだったことを悔やんでいます。これまでにも、折々に少しでも知ろうとしました。しかし、残念ながらほとんどわからないままです。

「両親がいた満州とシベリアのことを調査中」(2016年12月27日)※引揚船に関する記述がこれでいいのか、再検証が必要かも知れません。

「読書雑記(185)『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』」(2016年12月28日)

 私はまだ「舞鶴引揚記念館」に行っていません。
 今夏から、西国三十三所観音霊場巡りの6巡目を始めました。天橋立にある第28番「成相寺」の近くの第29番「松尾寺」は舞鶴市にあります。

「西国三十三所(35)松尾寺」(2010年11月05日)

 これを機会に、旅程の中に組み込んで行くつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | *回想追憶

2019年09月09日

清張全集復読(35)「空白の意匠」「上申書」

■「空白の意匠」
 地方新聞と広告代理店を扱った作品です。記事に商品名を出したことで、広告会社側の不快感を理解しようともしない編集部に、新聞の広告担当者は憤慨します。新聞を支える広告収入が途絶えることの意味が、記事を書く側にはわかっていない、という問題が展開します。そして、物語はトントン拍子に進んだかに見えて、最後にどんでん返しがあります。登場人物が、みごとに各々の役割を果たしています。一気に読ませます。【5】
 
 
初出誌:『新潮』(昭和34年4〜5月)
 
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
中央の広告代理店に牛耳られる地方紙広告部長の悲哀を描いたサラリーマン残酷物語。朝日新聞西部本社広告部員だった作者の知見が随所に生かされている。(50頁)

 
 
 
■「上申書」
 妻を殺したということで拘留された男の悲痛な叫びが聞こえて来ます。留置所での拷問や、責め苦を味わいながら作り話を仕上げさせられる人間の心の内がよく描かれています。裁判になり、2回目の公判から「やっていない」と否認します。二転三転する様は、私にかつての体験を思い出させました。
 それは、私が20歳の成人式の数日前のことでした。住み込んでいた新聞配達店から早朝に火が出て、お店は全焼しました。その時、深夜まで一緒に大井町で飲んでいた仲間の1人が執拗な尋問を受け、自分が火を付けたと言おうか、と心の苦しみを訴えかけるようになりました。このことは、本ブログですでに書いたことなので、経緯の詳細は省略します。とにかく、人間は追い詰められると、一時的にせよ、いたたまれない苦しさから逃げようとするようです。私の仲間も、追い詰められ、やってもいないことを認めて、気持ちを楽にしようとしたのです。火が出る直前まで一緒にいた私は、やりもしないことを認めてはいけないことを言い、何とか思い留まってもらったということがありました。
 この清張の作品にも、そうした追い詰められて逃げ場の亡くなった人間の弱さが語られています。アリバイが崩れないことを、作品の最後にしっかりと書き留めています。結論が知りたい読者は、中途半端なままに読み終えたことでしょう。しかし、警察から手荒い拷問を交えての一方的な攻撃に、どれだけの人が最後まで信念を貫き通せるでしょうか。私は、自分を守るために、警察のいいなりになってでっち上げられた調書に署名する人が大多数だと思っています。
 この作品では、追い詰められた善良な市民の心の移り変わりを、自分を客観視して読み取るべきだと思います。【3】
 
 
初出誌:『文藝春秋』(昭和34年2月)
 
 
 
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | □清張復読

2019年09月08日

京洛逍遥(575)洛陽三十三所(27)平等寺

 平等寺(因幡堂)については、先日の「京洛逍遥(574)京都十二薬師霊場(5-1)「平等寺」」(2019年08月31日)で取り上げました。そして、次のように記しました。

 今回、これまでの記憶をたどっているうちに、洛陽三十三所としてすでに2011年7月9日に参拝し、朱印をいただいていたことに思い至りました。しかし、この頃も今と同じように何かと多忙でした。過去の記事を確認していて、この平等寺に関する洛陽三十三所のことも、これまでに書いていなかったことに気付いたのです。


 以下にあげる2枚の写真は、2011年7月9日のものです。過日の8年ぶりに行った写真と比べても、何も変わっていません。古社寺を巡拝していると、変わらないものと変わるものを体現する楽しみがあります。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から平等寺の略説を引きます。

御詠歌:まよいいで ここはいなばの ひがしむき
  こころはにしへ はこびぬるかな

当山は長保五年(一〇〇三)橘行平卿の私宅を寺とし、その孫の光朝禅師を本願として創建されました。本尊薬師如来は日本三如来に数えられています。

因幡堂縁起によりますと、橘行平卿が夢告により、因幡の国賀留津の海中より薬師如来を引き上げ、仮堂に安置されました。行平卿の帰京の後、尊象は京都に飛来され行平卿の屋敷に入られた。行平卿は屋敷を寺としこれを祀ったのが当寺の始まりです。長保五年四月八日のことです。因幡の国には後光と台座だけが残り、座光寺と呼ばれ現在も残っています。

当寺は町衆の寺として特に芸能に縁が深く一説には浄瑠璃発祥の地ともいわれ、また、狂言にも「因幡堂」「鬼瓦」など、当寺を舞台にした演目が残っています。室町時代より猿楽狂言が何度も上演され、江戸時代には因幡堂芝居と呼ばれる歌舞伎興行が行われていました。

また当山に伝わる二体の十一面観音は元、北野天満宮に祀られた観音様で、東寺の観智院を経て当山に来られ、観音堂本尊として安置されました。


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 三条から四条にかけては、日々街中が変化しています。しかし、四条通りから南は、あまり変わりません。京都駅のある七条から八条が、これから大きく変化していくはずです。そんな変わりようも、本ブログの京洛逍遥で報告していきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:13| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年09月07日

2019年度NPO法人〈源氏物語電子資料館〉臨時総会開催

 特定非営利活動法人促進法が平成28(2016)年6月に改正され、平成29(2017)年から施行されました。それに伴い、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の定款の一部の変更が必要となりました。
 当法人の活動には大きな変更も支障もない、事務的な手続きに関するものです。ただし、総会での決議が必須の事案なので、下記のとおり臨時総会を京都で開催することになりました。これまでの総会は、すべて東京でした。京都でNPOの総会を開催するのは初めてです。

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○総会開催場所・日時○

・場所:CreativeLabo京都駅前 多目的スペース
・日時:令和元(2019)年9月7日(土)午前11時〜13時
・住所:京都府京都市下京区小稲荷町85−10
・アクセス:
【京都駅から】
 (1)京都線・近鉄京都線京都駅から徒歩7分
 (2)京都市営地下鉄烏丸線京都駅から徒歩4分
 (3)京都駅地下街PortaA5出口から徒歩3分
・内容:
 1 開会の言葉
 2 代表理事挨拶
 3 議長、議事録署名人選出
 4 議事
  (1) 第一号議案 特定非営利活動法人促進法改正を受けての定款の変更について
  (2) 第二号議案 学部学生の年会費について
  (3) 第三号議案 その他運営に関する重要事項の決定の件
 5 閉会の言葉


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 和やかな内に、無事予定していた内容のすべてが了承されました。また、さまざまな意見が出たことを受けて、それらは今後の活動に活かしていきたいと思います。
 6月2日の通常総会と、本日の臨時総会の議事録などについては、後日ホームページで公開しますので、しばらくお待ちください。

 終了後は、京都駅前のメルパルク京都で食事をしました。会議室が狭かったこともあり、ゆったりと落ち着いた雰囲気のレストランで、楽しく語り合うことができました。参加者は、京都・大阪・兵庫・東京の会員で、数人が初対面です。幅広い年齢層と興味や関心が多彩なメンバーが、思い思いに話すのですから、話題が途切れることがありません。
 当面の活動内容としては、今年の秋の文学散策が具体的になったことでしょうか。時代祭が開催される10月26日(土)の午後に、行列を見た後で、目が見える人も見えない人も、一緒に百人一首を楽しもう、というものです。会場は、京都の中心部でと考えています。
 決まり次第にお知らせします。秋の行楽シーズンの真っ只中に、時代祭と絡めての企画です。楽しみに、お待ちください。
 
 
 
posted by genjiito at 18:58| Comment(0) | ◎NPO活動

2019年09月06日

読書雑記(267)垣谷美雨『老後の資金がありません』

 『老後の資金がありません』(垣谷美雨、中公文庫、2018年3月)を読みました。

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 前半で語られる、労働に関して契約満了で更新はしないという話は、自分自身がちょうど1年前に申し渡された出来事に直ちに結びつきました。どこかで聞いたような、と、成り行きに興味津々。しかし、取り立ててそのことが展開するわけでもありません。残念な思いのままに読み進めました。また、夫のリストラに関しても、夫婦共に素直に受け入れています。善良すぎる市民感覚に、拍子抜けです。平和ボケした日本人女性の駄弁が、ダラダラと続きます。
 娘の結婚式についても、些細な問題を指摘しながら、流されるがままに大金が出て行くことが語られていきます。それは、お葬式の場合もそうです。ともに、いわば無駄遣いの権化だと指摘しながらも、なぜかそこまでです。理不尽さを感じながら、いかにして納得したのかという展開です。その先がないのです。
 年金・解雇・ハローワーク・解約に加えて、子供の先行きの心配や家庭内暴力などなど、身につまされる話が続きます。しかし、具体的な対処策のないままで、直面する事態に対する切迫感はありません。何となく他人事です。作者自身はもとより、他人に対しても温かみのある情は伝わっては来ませんでした。
 初めて読む作家なので、これが作風なのでしょうか?
 後半の年金詐欺の話は顰蹙ものでした。読者をバカにした話で、サッサと読み終えました。読んでいて、不愉快になったからです。
 本書は、タイトルと内容があまりにもズレているとしか思えず、私にはよくわからない読み物でした。書店でこの本を手にした時の期待感と、あまりにも貧困で貧相な読後感のギャップが大きいのです。私向けの本ではなかったようです。
 このような選書の失敗は、本ブログではほとんど取り上げて来ませんでした。
 私は、だいたい同時に5、6冊の本を同時進行で読みます。そして、ブログに書こうと思った本を、時の話題の流れに合いそうなものから取り上げて記事にしています。ということで、読んでも取り上げない本の方が圧倒的に多いのです。また、長編小説を読むことが多いのは、同時に多読している関係で、いくら長い小説でも苦にならないのです。
 本書は、テーマが定年後の我が身に添うものだろうとの思いから、とにかく読み通しました。本来なら取り上げないはずのものではあっても、昨日の保険の記事と連動させ、この時点でこの本を読んだという意味から、一連の読書雑記の中に入れておきます。【1】

※本書は、2015年9月に中央公論新社から刊行された単行本を文庫化したものです。
 
 
 
posted by genjiito at 19:55| Comment(0) | ■読書雑記

2019年09月05日

健康と命に関する生活設計へのアドバイスをもらう

 小さなことながらも何かと身体に問題を抱えている私は、自分の健康については、他の方以上に気をつけているはずです。本ブログでも、細かなことでも何か体調に変化があると、記録の意味と共に、周りの方に迷惑をかけないようにとの思いから、ありのままに状況を報告しています。これまでの「健康雑記」に書いたことをたどると、健康状態の推移が追えるようになっているはずです。

 そうであっても、まさかの場合の保険については、実はよくわからないままに、現職中にお世話になっていた保険会社の担当者の方に任せたままで今に至っています。
 そろそろ70歳。保険の契約期限も近づいています。
 のんびりしている私を見かねた娘が、これからの人生設計の再点検を迫って来ました。今年から年金生活に入ったこともあり、もう逃げ切れないと諦め、気の重いままにライフパートナーとしてのファイナンシャルプランナーさんの元へ足を運びました。先週のことです。
 2回目の今日は、すでにこれまでの状況は先週お伝えしてあるので、さらに踏み込んだ話を聞くことができました。自分が置かれている現実とその実態を、利害関係のない第三者の方から客観的といえる視点で語ってくださいました。これは、いい勉強になります。可能であれば、もっと早く聞いておくべきでした。しかし、幸いにも大事には至っていない今からでも、十分に対処できることがあることもわかりました。
 若くはないので、選択肢は狭められています。特に、2010年8月に胃ガンの手術をした私は、2015年8月に完治により治療が終了したことを告げられていても、やはり保険の話になるとチラリと話題の中に顔を見せます。
 今日の話でも、これまでいかに手厚い保障の保険に入っていたのかを痛感しました。それと共に、これから生き続けるために必要な手だての見通しも、元気が涌く方向で望めることがわかりました。ありがたいことです。
 異分野・異業種の方との話は、得るものが多くて楽しい時間となりました。実は、今日の面談は6時間20分にも及ぶものだったのです。途中で食事の休憩が入ったほどです。
 知らなかった世界に、ポツリポツリと灯を点していただきました。これからの生活を、ますますおもしろくすることができそうです。今回のプランナーさんとの出会いも、稔りある日々への支援者だと思うことにしましょう。Kさん、ありがとうございました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | *健康雑記

2019年09月04日

突然の雷雨で電車が運休し小旅行となる

 今日は、外国学図書館で、大学所蔵の翻訳本の確認を書庫の中でしました。書棚一列で、私の手元にない翻訳本が38冊も見つかりました。その棚の裏側の列には、詩歌関係の翻訳本がたくさんあります。他にも、日記や随筆の棚にも翻訳本があります。これらは、来週以降の調査とします。この調査結果は、科研の成果を報告しているホームページ「海外平安文学情報」(http://genjiito.org)に公開しますので、いましばらくお待ちください。

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 受付で司書の方から、この箕面の外国学図書館と豊中の総合図書館とが所有する翻訳本を、OPACを使ってリストアップする方法を教えていただきました。長時間にわたり、丁寧な説明をしていただき感謝しています。私が何でも次々と聞くので、何かとお手数をおかけしています。ありがたいことです。
 しばらくは、こうした情報収集と資料整理に専念することになりそうです。

 午後3時ごろ、阪急の西京極駅から桂駅の間で、落雷に伴う信号関係の故障が発生したようです。そのために、桂駅〜河原町駅間の運転が見合わせとなっていました。私が帰ろうとしていた午後5時過ぎも、まだ復旧していません。振替輸送となっていました。今年の4月以来、初めての通勤電車の運休です。
 どうしたら河原町駅まで帰れるのか、よくわからないままに駅員さんに相談すると、各停で富田駅か高槻市駅か大山崎駅でJRに乗り換えて京都駅に出るしかない、とのことです。ただし、阪急の高槻市駅からJR高槻駅までは徒歩10分。この雨の中で乗り換えは大変なので、富田駅か大山崎駅での乗り換えを勧められました。

 大山崎というと、乗り換えるJR山崎駅のすぐ横に「妙喜庵」がある所です。千利休が作った現存唯一の茶室で国宝の「待庵」がある所です。近くまで行ってみるか、と心が動きました。しかし、そこの拝観は予約が必要であり、今は振替輸送で移動する途中の身です。一番乗り換えが近い富田駅から摂津富田駅へ移動して、京都駅に出ることにしました。
 仕事帰りの小旅行となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:45| Comment(0) | ■科研研究

2019年09月03日

点字付百人一首のことがよくわかるPR動画の紹介

 「点字付百人一首」といっても、その実際をご存知の方はまだ少ないと思います。
 そこで、「百星かるた会」が公開しておられるPR動画(約7分)を紹介します。

「はじめよう 点字と大きな文字のついた百人一首 −四人一首の巻−」

 これまでに本ブログの記事で登場した方が、一人でも多くの方々に「点字付百人一首」のことを知ってもらおうと大熱演です。これを観て、「点字付百人一首」がどういうものかを知っていただけると幸いです。

 さらに、「点字付百人一首」に興味を持たれた方は、精力的に普及活動をなさっている南沢創さんのホームページ「バリアフリーかるたの世界へようこそ!!」にアクセスしてみてください。

 この南沢さんのホームページのトップに、以下の案内があります。
点字・拡大文字つき バリアフリー百人一首
 2019年 全国大会 開催!
 日時:11月2日(土)13時半〜
 会場:東京ボランティア・市民活動センター
    飯田橋駅から徒歩2分

 来年のパラリンピックのためにも、一人でも多くの方々にこの取り組みの実状を体感していただけたらと思います。

 また、南沢さんのホームページの「視覚リハ大会in盛岡の発表ポスターはこちら!!」も、「点字付百人一首」のことが簡潔にまとめられていますので、ぜひご覧ください。このポスターの最下段には、写真などを提供した私のことが協力者として記されています。独自に「点字付百人一首」の広報活動をしていることもあり、このポスターも多くの方が見て読んでくださることを願っています。
 参考までに、このポスターを転載しますので、これが拡散するといいと願っています。
 大きな画像なので、この画像を一度クリックしてから、拡大してご覧ください。

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posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | ■視覚障害

2019年09月02日

何もしない日が何もできない日になる(9月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、いつまでも身体は持ちません。
 そこで、今年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 その何もしない今日、今朝から突然の高熱が出ました。
 午前9時に37.9度、正午に38.0度、午後3時に36.5度、午後6時に37.2度。
 朝6時にトイレに行った時には、何も体調に異常はありませんでした。
 そのこともあり、今日は一日中横になって休んでいました。
 そして午後7時に、かかりつけの那須医院へ行きました。
 昨日は橿原神宮前でのお茶会に行き、今朝まで元気そのものでした。
 原因不明の高熱です。
 しばらくは体温の乱高下がないか、様子を見ることになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:47| Comment(0) | *身辺雑記

2019年09月01日

大和橿原神宮前でのチャリティー茶会

 早朝より、近鉄・橿原神宮前にある旧・橿原ロイヤルホテルで開催された、「チャリティー茶会」に行って来ました。主催は、茶道裏千家淡交会奈良支部です。
 早く行ったはずが、お茶席の待合はすでに2席目まで満席で、3席目は外の廊下で待つことになりました。15分ほどした頃でしょうか、立って待っているのも大変でしょうからということで、30分後にまたこちらに、という案内でした。引き換えの入席券を受け取り、階下の立礼席の待合に移動しました。

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 立礼席の「会記」を見ると、イタリア製の水指、タイ製の建水、ベトナム製漆器、タイ製籠などと、国際色豊かな道具でした。水次は銀器で、モロッコのものだとの説明があったように聞こえました。確認はしていませんので、間違っていたらすみません。
 お菓子は、きよの餅総本家の「藤団子」でした。彩り豊かな5つの輪が紐に通されていて、その紐を解いてからいただきました。なかなか楽しいお菓子でした。
 この席で、お稽古をしていただいている先生の姿をお見かけしました。また、一緒にお稽古をしているお弟子さんの一人がお茶を運んで来られたので、小声で挨拶をしました。いつもの平服とは違い、着物姿がよく似合っていました。
 立礼席が終わるとすぐにお茶席の待合に戻り、札を渡して待ちました。
 会記によると、茶杓に関して次のようにありました。

茶杓 額賀大直作
 銘 かがみ
  ちはやぶる神の御前の……


 この和歌が気になったので、ネットで調べてみました。待ち時間が長かったので、暇つぶしです。
 鹽竈神社の夏越大祓式の説明で、以下のようにありました。

特に6月の大祓は夏越の大祓といい、疫病(流行病)除け・虫送りの行事としても盛んに行われております。
「茅の輪」(ちのわ)神事は、茅で作られた輪を、和歌を唱えながら、左回り、右回り、左回りと八の字に三回通って穢れを祓う神事です。
・水無月の 夏越の祓え する人は
  千歳の命 延ぶといふなり  (1回目)
・千早振る 神の御前に 祓ひせば
  祈れることの 叶はぬはなし (2回目)
・今日くれば 麻の立ち枝に ゆふかれて
  夏水無月の 祓ひをぞする  (3回目)


 もし、この2首目の和歌が書かれているのであれば、今回のお茶会でこの茶杓が選ばれたのはどのような意図からだろうかと、いろいろと思いをめぐらしてみました。

 お茶室に案内されると、靴を脱ぎ、靴下を履いて来た紺から白に履き替えて入りました。50人以上が、詰め詰めに肩を寄せ合って着席します。男性は5人。現在の茶道に関わる男女の実態を示しているようです。
 お菓子は、金谷正廣の「鮎」でした。鮎の塩焼きの「香魚」と言われるものを模した落雁です。串に刺してあったので、周りを見ながら串を持ってかぶりつきました。これでよかったのでしょうか?
 終わってから、亭主の方の説明によると、茶杓には次の歌が書かれているとのことでした。

ちはやぶる かみのおまへの ますかがみ
 くもらぬみよの かげうつすらん


 あらかじめネットで検索して、その意味を考えていたものとは違いました。そこで、これもすぐに調べてみました。『辨内侍日記』に次の歌があるようです。

増鏡 くもらぬみよに 仕へてぞ
  さやけき月の かげもみるべき


 この歌が本歌なのでしょうか。歌学に疎い素人判断ということでお許しを。

 帰りに、靴下を履き替えようとしたところ、履いて来た紺の靴下の片一方が見当たりません。いただいた袋に、脱いだ靴と一緒に入れたので、変なことです。これも、加齢による失態ということになりそうです。

 お食事として、別室で大和の名物である柿の葉寿司をいただきました。
 バザーは、たくさんのものが並んでいました。キリがないのでパスです。
 いろいろなことが学べたお茶会でした。機会を見ては、こうした体験を積んでいきたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 17:30| Comment(0) | *美味礼賛