2019年07月04日

読書雑記(260)平山郁夫『生かされて、生きる』

 『生かされて、生きる』(平山郁夫、角川文庫、平成8年11月)を読みました。

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 井上靖やシルクロードへの興味から知ったこともあり、好きな画家の一人です。長く奈良に住んでいたので、仏教伝来をテーマとする一連の絵には、平安とは違う親近感を持っています。
 これまでに書いたブログでは、「平山郁夫の「大唐西域壁画」」(2011年02月12日)が最も詳しく紹介しています。

 「自分の型」を持つことと、「自分の世界」を摑むことが、著者の課題だったと言います。そして、「自分の世界」を摑むことが先だと決心し、画家の道を歩み出すのでした。
 自分の物の見方や考え方を、一つずつ確認しながら語っています。私の耳元で、優しく語ってくださっているかのように思いながら、耳を傾けるようにして読みました。
 一枚の絵の中には、描き手である画家の文化や人や物に対する想いが込められている、ということに気付かされました。
 自分の役割について、次のように語ります。

 日本はこれまで西から東へと伝わってきた優れた文化の恩恵を被ってきた。今までの日本はあまりにも自己を語らない「顔のない国」だった。これからは自己の文化を勉強し、相手に語り、発信していくべきではないだろうか。そのための、いわばボランティァ組織的な機関が世界文化財機構である。
 私は絵を描き続けながら、この活動に余生の全てを捧げるつもりである。あの被爆で生き延び、生かされて、生きてきた私の、これは務めだと思っている。(112頁)


 15歳の時に広島で体験した原爆の話は、日本画家平山郁夫のその後の原点です。抑制された語り口が、読む者を引き込みます。
 奈良の薬師寺にある玄奘三蔵院の壁画は、ここでお茶会が催されることもあり、何度も見に行った親しみのある絵です。それだけ、その話がストレートに入ってきました。

 私はいま、玄奘三蔵の姿を描いている。
 奈良の薬師寺に完成した玄奘三蔵院の内陣の壁画と天井に、私は玄奘の功績を荘厳する絵を描くことになっている。
 薬師寺は法相宗に属するが、この開祖こそ中国唐の僧、玄奘三蔵である。三蔵法師の遺徳を称えるため、信者たちの写経勧進などによって玄奘三蔵院は建立されたのである。
 長方形のお堂のなかにある、十三面の壁画に三蔵法師の旅を描く。新聞紙で二百四十枚ほどになる天井には一面に星座を配し、壁面には玄奘が辛苦の旅で目にした風物を描こうと考えている。
 縦二メートル十五センチ、総延長五十メートルほどの壁画となり、既に大下図は描き終え、実制作も始めている。今世紀内に終わらせたい、と決意しており、これまでの百回を超えるシルクロードの旅のすべてをこの大壁画に注ぎ込みたい。
 考えてみれば、私はこの大壁画を描くために、仏教伝来の道を歩んできたのかもしれない。シルクロードを旅し始めたとき、このようなことは全く予想できなかったが、いま自分の人生を振り返ると、被爆して以来の私は、三蔵法師のお導きで画業人生をここまで続けてこられたのかもしれない。(117〜118頁)


 お人柄がよくあらわれていると思われる語り口で、非常に読みやすい文章です。
 なお、本文庫の186頁から188頁までの3頁分だけが、「楼蘭」と表記すべき箇所で「桜蘭」となっています。私は初版を読んだので、再版以降は補訂されているかと思います。
 本書刊行までの経緯は、巻末に次のように記されています。
本書は一九九二年七月、プレジデント社より刊行されたBOOK&VIDEOカミュ文庫「永遠の道」の「本」に加筆し、文庫化したものです。(226頁)

 
 
 
posted by genjiito at 20:37| Comment(0) | ■読書雑記