2019年03月21日

大阪市立美術館のフェルメール展で新鮮な絵画体験

 久しぶりに天王寺公園に入りました。通勤でこの駅を通っても、乗り換えるだけでした。
 私は、この天王寺公園の近くにある高校の出身者です。この公園の中にあった図書館の自習室は、家に自分の勉強部屋がなかったこともあり、よくお世話になりました。夏は扇風機という時代だったので、冷房の効いたこの図書館に入り浸っていました。数十年ぶりの公園は様変わりです。

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 日比谷図書文化館の源氏講座を受講しておられるHさんのお声掛けで、この天王寺公園の中にある大阪市立美術館に行きました。Hさんには、迎賓館にも連れて行っていただき、元館長に館内を案内していただきました。

「江戸漫歩(131)赤坂迎賓館を見学」(2016年07月23日)


 今日もHさんのご紹介で、大阪市立美術館の篠雅廣館長を訪問し、地下の館長室で楽しいお話をいろいろと伺いました。大阪大学や早稲田大学とご縁のある方で、今は私の近くにお住まいです。また、妻も私もこの近くの高校の教員をしていました。クラブ活動でこの辺りを走っていたので、とにかく天王寺周辺に関する話で盛り上がります。おまけに、私は学芸員の資格を持っています。展示する立場での目線で話ができたので、楽しい話題が展開しました。
 その後、秘密の部屋という応接室を見せていただきました。以前、迎賓館で見たような貴賓室です。そのテラスの下には、慶沢園が一望のもとに見渡せます。

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 フェルメール展は、館長が直々に案内してくださいました。しかも、詳細な解説を伺いながら。説明がおもしろいことに加えて、絵の読み方で独自の視点を加えた解説で、知られざる絵の魅力を教えてくださいました。疑問に思ったことは、いろいろな例をあげて説明してくださいます。贅沢な時間でした。ありがたいことです。
 例えば、「14 トビアと天使のいる風景」は、トビアが失明した父トビトに魚の胆嚢を塗ると回復したという旧約聖書「トビト記」による話の絵画化です。その絵の前では、主題を隠す画面構成の背景を語ってくださいました。失明という言葉に反応した私は、館長の話に聞き入ってしまいました。参考までに、展覧会図録の説明文の一部を引きます。

 鳩小屋と山羊と農家のある風景は、旧約聖書続編の「トビト記」の物語の背景となっている。年老いたトビトは、家の外で寝ていたときに雀の糞が両目に落ちたせいで失明してしまった。トビトの息子トビアは、大天使ラファエルと共に長い旅をし、その途中で魚を捕まえるが、大天使ラファエルは、この魚の胆のうを失明したトビトの両目に塗るように言う。トビアがそのとおりにすると、トビトは再び目が見えるようになった。
 「トビトの失明」という物語は、17世紀にはたいへん人気があり、たびたび絵の主題となった。このブルーマールトの作品では、トビアと大天使ラファエルの姿をほとんど見ることができない。単なる風景画を見ているかのように描かれているので、私たちは、この二人の姿を探してこの絵の主題を理解するために、注意深くこの絵を眺めなければならない。絵画の真の主題を隠すというのは、17世紀にはしばしば見られる事例である。ブルーマールトのみならず、他の画家たちもこうした方法をとった。(『VERMEER』2018.10、78頁)


 この展覧会図録は秀逸です。これを読んでから、もう一度見に行くつもりです。

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 また、画中画の説明から、新しい絵の解釈が可能となること。さらに、教会を必要としなかったオランダ人にとって、教会内部の絵は架空のものだった話を伺いました。こういうことは、想像上の絵だったものがあらためて研究対象になった時、事実と異なった資料に変質することが心配されます。気をつけないと、絵を扱って考える時に、とんでもない論を展開する可能性があるのです。書いてある物事が事実とは違うのですから、それを証拠にできないのです。
 さらに、「本を読む老女」は聖書を読む女性を描きます。展示図録には、次のような説明文が冒頭にあります。

 書物に没頭している老女のこの画面は、とても細かく描かれているため、実際に本文の標題を肉眼で判読することができる。女性は聖書を手に取り、「ルカによる福音書」19章を開いている。この翻訳された聖書は、1585年にはじめて木版によって出版された。この一節が選択されているのは、鑑賞者へのメッセージと解釈できるかもしれない。それは、この世の財産は貧しき者たちと共有するのがキリスト教徒の務めであるというものである。(112頁)


 しかし、館長の話では、その背後には識字率のことがあることを考えるべきだとのことでした。老女でも、自分の目で聖書を読み理解できたということです。この絵は、当時のオランダの文化の理解を深める作品であり、資料でもあるのです。

 とにかく、絵を見ること以上に、絵を読み解くことにおいて、新鮮な視点を与えてくださいました。絵に、新しい光を当ててくださいました。これから、絵を見る目が違ってきます。

 出口に、こんな宣伝コーナーがありました。
 「リコーの複製画作成技術のご紹介」
 「さわれる複製画」
 「ご自由に立体複製画を触ってみてください」
 視覚障害者と共に活動をしている者として、これは見過ごせません。担当者に伺ったところ、これは絵の具などの塗り重ね具合が体感できるものであり、描かれたものの形がわかる立体コピーではないとのことでした。残念でした。

 一通り篠館長のご説明を伺いながらフェルメール展を見た後、館長から教えていただいた視点でもう一度作品を見ようと思い、お願いして再度見る機会をいただきました。確かに、絵を見る目が違っていることを実感しました。そこで、第一会場を見てから少し溜まり場のような一角で、館長からお聞きした話や2度目の感想などを、忘れないようにと思って iPhone にメモを入力していたところ、館長の声がするのです。私に声をかけて来られたので驚きました。この人混みの中を、わざわざ探しに来てくださったのです。用件は、常設展に「洛中洛外図」があるので、それも観たらいいですよ、という親切なアドバイスでした。そのお気持ちが嬉しくて、第2会場などをじっくりと見終わってから、2階の常設展も拝見しました。

 常設展では、まず雛飾りに注目しました。男雛は、京都式に向かって右側に置かれています。「男雛と女雛の飾り方」という解説文がありました。関西らしい心遣いだと思いました。
 さらに別室に「洛中洛外図」が展示されていました。「洛中洛外図」については、本ブログの「京洛逍遥(426)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)で詳しく書いています。
 今回の「洛中洛外図」では、「6曲1双 江戸時代 18世紀 (下村裕氏寄贈)」という屏風がみものでした。これは、平成28年度に大阪市立美術館に寄贈されたもので、今回が初公開とのことです。仏教大学本系統の図会です。しかし、写し崩れがあるために、江戸時代中期以降に量産化されたものの一つではないか、という説明が記されていました。確かに、絵は稚拙で平面的です。しかし、違いもあることでしょうから、一点でも増えたことは成果です。
 向かい側のガラスケースには、次の『名所図会』が並んでいました。このコレクション展は今週末の3月24日(日)までです。

『都名所図会』(秋里籬島著、竹原春潮斎画、安永9年/1780)
『天明再板京都めぐり(享城勝覧)』(貝原益軒著、下河辺拾水画、天明4年/1784)
『拾遺都名所図会』秋里籬島編(秋里籬島著、竹原春潮斎画、天明7年/1787)
『京の水』(秋里籬島著、竹原春潮斎画、寛政3年/1791)
『都林泉名勝図会』(秋里籬島著、奥村鳴ほか画、寛政11年/1799)
『増補都名所車』(池田東籬補、文政13年/1830)
『花洛名勝図会(東山之部)』(暁鐘成ほか著、松川半山ほか画、元治元年/1864)

 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ・ブラリと