2019年03月31日

平成30(2018)年度の本ブログを振り返って

 明日は平成31(2019)年4月1日。新元号が公表されます。
 大病もなく平成30(2018)年度が終わることに安堵しています。

 慶事は2人目の孫の誕生で、生後1ヶ月半の今、元気にスクスクと育っています。一人目の孫も元気過ぎるほどに飛び回っているので、とにかく一安心です。
 禍事は所属する研究基盤機関からの研究妨害が昨年度同様に続いたことでしょうか。信じられないことながら、筆舌に尽くしがたい屈辱を今も味わっています。

 海外調査は、ペルー(リマ)、アメリカ(ハーバード)、ミャンマー(ヤンゴン)、ルーマニア(ブカレスト)へ行き、多くの成果がありました。

 科研では、『平安文学翻訳本集成〈2018〉』の刊行と、ホームページ[海外へいあんぶんがく情報](http://genjiito.org/aboutkaken/organization/)の公開が特筆すべき成果です。

 古写本を読む勉強会は、日比谷図書文化館「古文書塾 てらこや」、[町家 de 源氏物語の写本を読む]、社会人講座「『源氏物語』の古写本を読む」、明浄社会人講座の4講座を無事に終えました。
 「古文書塾 てらこや」と[町家 de 源氏物語の写本を読む]は、2019年度もこれまで通り続きます。

 お茶のお稽古は、月に1回は大和平群に行きました。牛歩ながらも、一歩ずつ前進しているはずです。

 目の見えない方々の支援活動では、「東西でかるたを楽しむ会」のお手伝い、盲教育史研究会の参加など、広報・研修活動も含めて積極的に関わりました。

 ブログの「京洛逍遥」は、今年度は57件書きました。2017年度は71件、2016年度は45件だったので、平均的なペースで京都を紹介していることになります。

 京洛に住まいを移す前は、大和の地で「たたみこも平群の里から」と題するブログを2004年12月13日から公開していました。それがサーバーのクラッシュですべての記事が消失してから後は、2007年06月24日より「賀茂街道から」として再出発し、「賀茂街道から2」や「鷺水亭より」という名称変更を経て、今のブログ「鷺水庵より」につながっています。
 このサーバー移転の変遷は、「なぜかブログの発進地が変わりました」(2008年07月15日)と、「ブログを従来の「鷺水亭」から、この「鷺水庵」へ完全に移行しました」(2017年03月14日)という記事で、その経緯をまとめています。

 今、毎日書いているこのブログも、2007年12月30日(日)から途切れずに公開し続けているので、今年で12年目に入っています。
 今日現在で、4,377本の記事を掲載しています。暇人だと言われながらも、コツコツと続けています。1日のアクセス数でもっとも多かったのは、今年度は3月7日の16,913アクセスでした。
 年間を通して、海外からのアクセスが予想外に多いので、2019年度は海外からアクセスしてくださっている方々に向けての情報を、もっと取り上げようと思っています。海外からのアクセスは、「京洛逍遥」が一番多いようです。
 さて、新年度となる明日4月1日からも、これまでと変わらぬご支援を、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | *回想追憶

2019年03月30日

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会

 5月の初旬に予定しているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の総会のために、事前の打ち合わせ会を持ちました。
 すっきりとしない天気もあり、いつも楽しみにしている富士山は雲間にかすかな姿を見せていました。

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 今日の参会者は、本法人の運営に関わっている者で都合のついた6人。場所は、いつものように東京駅にほど近い、京橋区民館です。

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 あらかじめ用意していただいた資料を元にして、今年度の活動内容や会計の確認をしました。
 新しく、いくつかの活動についても確認しました。おおよそ、以下のことが話題となり、確認、了承、今後への保留を討議し、5月の総会に向けて準備を進めることとなりました。

■一日も早く京都市内にNPO法人の事務所を開設(物色中)
■文化庁の京都移転と連動したNPO活動(活動実績の蓄積)
■関西の運営関係者を補強し実働部隊を確保(理事等の増員)
■京都文学散策の今後の運営(参加費の事前振込に切り替え)
■日比谷図書文化館での翻字者育成講座の今後(講座の増設)
■視覚障害者の支援と奨学金制度の創設(日比谷図書文化館)
■海外の研究者を対象にした平安文学の電子ジャーナルを創刊
■平安文学に関する資料や翻訳本を持って全国巡回(共催等)
■ホームページの更新頻度を上げて幅広く活動内容を広報宣伝
■すべての活動の基盤となる収益事業の見直しと新たな対応策

 とにかく、夢と現実が錯綜する、いつもの打ち合わせ会でした。
 この両極端の意見がしのぎを削る場となっているうちは、この組織は安泰でしょう。
 創業者でもある私は、夢語りをするのが役割だと自認しています。
 これで前に進んでいくのですから、いい仲間たちが集っている証しだと言えます。
 会員のみなさまと共に、定款に定めた目標に向かい、さらなる活動を展開していきたいと思っています。
 変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | ◎NPO活動

2019年03月29日

京洛逍遥(534)孫たちと賀茂川縁でランチタイム

 このところ好天に恵まれています。
 誘われるようにして賀茂川散歩に出かけ、河原でランチタイムとなりました。
 
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 桜はまだです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年03月28日

京洛逍遥(533)京都御苑の桜と京都観光神社

 下立売御門から入って真っ直ぐ東に進んだ左手に、出水の枝垂れ桜が見えてきます。これは、早咲きの枝垂れ桜として有名で、本格的な桜のシーズンが到来したことを告げるものです。今日は、昨日の開花宣言を受けて、どうだと言わんばかりに、みごとな咲きっぷりを見せています。

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 昨日今日と天皇皇后両陛下が京都にお帰りになっていることもあり、お泊まりになる京都御所周辺は厳重な警備が敷かれていました。昨日は両陛下がこの北に咲く近衛邸の枝垂れ桜をご覧になり、そのニュースが流れたこともあってか、この京都御苑の桜には多くの人が集っています。

 京都御苑の南に宗像神社があります。

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 この地はもと小一条殿(文徳天皇皇后明子の里、藤原忠平の邸宅)といい、清和天皇ご誕生の地でもあります。明治維新までは花山院家の邸宅となっていた跡だそうです。
 この境内には、琴平神社・繁栄稲荷社・少将井神社・京都観光神社・花山稲荷大明神がありました。特に「京都観光神社」という社名は初めて見たので、興味を持ちました。横にあった由緒書きの石碑を読んで、その命名に納得しました。簡潔に記すと、昭和44年(1969年)11月1日に、観光業者によって道案内の神である猿田彦大神を勧請創祀したものだ、ということです。

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 また、一本の老木は、御所の紫宸殿の左近の桜を拝領したものだとのこと。

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 いろいろな逸話が詰まった神社でした。初めて境内に入り、あまり人の立ち寄らない神社をじっくりと拝観することができました。街歩きの楽しさは、こうして意外な場所と出会えることにあります。
 
 
 
posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年03月27日

バスの停車ボタンを頻繁に押す乗客

 市バスの車内でのことです。
 私の前の席に座っておられた60歳代と思われる男性が、バス停を発車するやいなや、車内の至る所に取り付けられている「とまります」のボタンを押されました。乗降ドアが閉まり、発車し、次の停留所の車内放送が始まる直前です。

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 それが、各バス停ごとに、停車してから発車するたびに、規則正しいタイミングでサッとボタンを押されるのです。反射神経はいいようです。楽しそうです。ご自分は降りる気は毛頭ないのです。どう見ても遊んでおられます。
 たまたま乗り合わせた乗客の一人として、こんな時にはどうしたらいいのでしょうか?
 かと思うと、急に次に留まるバス停の名前を大声で叫ばれます。
 運転手さんは若いながらも、この奇矯な振る舞いを十分に承知の様子です。降車のボタンが押されているので、バス停に着くとバスを止め、しばらく車内の様子を確認してから発車されます。誰も降りないことの繰り返しでも、淡々と「とまります」のボタンが押されているのですから、きっちりとバス停でバスを止め、そしてまた発車を繰り返しておられました。「お降りの方はいらっしゃいませんか?」とおっしゃることもありません。
 良く言えば職務に忠実です。しかし、これでいいのだろうか、このボタン押しゲームはいつまで続くのだろうか、私は何かすべきなのだろうか、などなど、その挙動不審の方の真後ろにいただけに、しばし考えてしまいました。
 バス会社内でも有名なお客さんなのでしょう。運転手さんは、私が降りるバス停までの20分間、実直に運転をなさっていました。停留所名などの復唱をはじめとする車内アナウンスは、落ち着いた態度で放送なさっています。それはそれで立派だと思いました。
 このボタン押し遊びは、バスの円滑な運行の妨害行為です。バス会社としては、何か対処方法をお持ちのはずです。何があっても、乗客が降りる意思を示している以上は、そのことを受け止めて法令を遵守して運転する、というルールがあるのかもしれません。
 無責任ながらも、とにかくいろいろなことを考えてしまいました。そして、自らあえてトラブルを引き起こさないように、声掛けや言いたいことをじっと我慢して、我が身を守りました。目の前の方は、このボタン押しの行為が常態化しているのでしょう。リズミカルで手慣れた身のこなしです。何か言ったところで、解決に結びつくとは思えません。しかし、今も、何か、すっきりしません。
 
 
 
posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | *身辺雑記

2019年03月26日

読書雑記(255)山本兼一『夢をまことに』附[山本兼一の記事一覧]

 遺作となった『夢をまことに』(山本兼一、文藝春秋、2015.2)を読みました。

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 これで、山本兼一が生涯に書き残した著作のすべてを読み終えたことになります。
 この記事の末尾に、これまで本ブログに書いてきた山本兼一に関する記事をリストとして掲載しています。気ままにその他の物語に関する私見をお読みいただけると幸いです。

 本話は、「夢はまことになる。」で始まり、その後に、「絵空事はまことになる。」とあります。私の大好きな展開が期待できます。
 主人公の一貫斎は、鉄砲鍛冶が生業の国友村が抱える裁判のために江戸に出ます。その担当部署である寺社奉行について、「寺社奉行は、寺社ばかりでなく、連歌師、楽人、検校、陰陽師、古筆見なども管掌しているのだそうだ。鉄炮鍛冶は、これらの人々と同列の扱いということだ。」(30頁)とあります。「連歌師、楽人、検校、陰陽師、古筆見」とあることを知り、寺社奉行が? と、意外な思いでいます。
 さて、江戸時代でも裁判は長期間かかったそうです。そこで一貫斎はその間を好機とばかり、かねてより知りたかったさまざまなことを学ぼうとします。
 その日記に、次のように記します。

 旅日記に今日のできごとを簡潔に記し、手控えに、さきほど思いついた格言を書いた。
−自分で考え、自分の歩幅で歩くべし。(56頁)
 
 人間は、世の中で通用している常識を、根拠もなく信じてしまう生き物らしい。
−なにごとも、根本から疑ってかかるべし。
 一貫斎は、手控えにそう書き記すと決めた。(71頁)
 
−技術は人柄だ。
 つくづく感じて、手控えにその一行を書き留めた。仕事に対する熱意が人間の根本にあればその人なりのやり方と努力で技を磨き、成功できるのだ。(78頁)
 
−仕事は生きる楽しみ。
 思いつきで口にした言葉だったが、すぐに筆を手にした。
 なかなか正鵠を射ている。控えに書きつけるために、一貫斎はすぐに筆を手にした。(116頁)
 
−驚いたあとは、しっかり学ぶことだ。
 一貫斎は、そのこともまた、手控えに書きつけ、しっかりと肝に銘じた(156頁)


 ただし、この手控えとしての日記に一貫斎が記した思いつきや格言らしいものは、後で整理してまとめられることはありません。日記を間に挟んで物語を展開すると、また違う味の作品に仕上がったことでしょう。今作は話が飛びすぎていたと思われるので、私は整理しながら進めて行ったらよかったのに、と思いました。無い物ねだりですが。

 とにかく、知的好奇心と行動力に長けた一貫斎は、次々と新しいことに妙案を出し、頭角を表すのでした。
 オランダから伝わった風炮(空気銃)を何度もじっくりと見る内に、一貫斎はさまざまなことを解明します。疑問を持つことが解決への道を開くのです。追求することの意義を、次のように言います。

 大切なのは、とことん追求する気持ちだと思うようになった。
 世の中には、不思議なことが山ほどある。なぜ、朝になると太陽が東から昇って、夕方になると西に沈むのか。
 考えてみれば不思議きわまりないことだが、日本人は、日輪が昇るのをありがたがるだけで、なぜ昇って沈むのか、その理を独自に究めた者はいなかった。
 月が満ちて欠けるのもいたって不思議なことなのだが、日本人はそれを愛でるばかりで、不思議の理を解明しようとはしなかった。
 ヨーロッパの人間のなかに、それをとことん考え抜いて、解き明かした者がいる。
−当たり前のことにひそんでいる不思議を見抜く心だ。
 この世界のことには、すべて理があるのだ、と考えてはいたが、一貫斎は、まだまだ目の前に起こっている不思議を見逃していた。(150頁)


 一貫斎は平田篤胤と、神の摂理や宇宙の本義について問答をします。なかなか読ませる場面です。
 ただし、この第3章の後半に置かれた天狗少年の話は必要だったのでしょうか? 40頁もの分量があるので、残されていた一貫斎に関する資料があり、その記事を基にして逸話風に描いたのでしょう。しかし、一貫斎の知的好奇心を語るのにはいいとしても、作品全体としては冗長となり不要な話だと思いました。後に、「江戸で天狗小僧に会って刺激を受けてから、発想がさらに自由自在にふくらんで、とりとめがなくなっている。」(413頁)とあります。しかし、その効果のほどはないように思います。

 私は、「役に立つ道具」の節(318頁)が一番おもしろく、ワクワクして読みました。特に、万年筆を開発し、京都や大坂に売りに行くところは秀逸でした。夢をまことにしようとする一貫斎が、活き活きと語られているからです。

 また、夢を実現するための心構えを、一貫斎は次のように語ります。

「どうすれば、そんなことに気づけるようになるのでしょうか」
 熊太郎が真顔でたずねた。一貫斎は思わず笑みをもらした。
「ずっと考え続けているのです。どうすればうまくいくのか、ただそれだけを考え続けているのです。頭がこちこちになるまで考えて、くたびれたら別のことをしてから、新しい気分でまた考えるのです」(335頁)


 一貫斎は、今で言う空気銃、望遠鏡、万年筆、無尽灯、海に潜る船、空を飛ぶ船を実際に作り上げようとしたのです。そのほとんどが完成しました。発想の柔軟さと辛抱強さの成果です。
 そうした一貫斎の思いつきのいくつかは、林子平の『海国兵談』にあることが、加賀の斉泰公から指摘されます。30年も前に、すでに考えた人がいたのです。しかし、物を作って実現することの大切さは、一貫斎に一日の長があります。最後は、望遠鏡の開発話で楽しめます。
 まさに、「夢をまことに」ということを本書で追体験できました。我がことを振り返り、我が身と引き比べながら読みました。共感の多い物語でした。
 2015年2月に文藝春秋社から刊行された本作は、2014年2月13日に満57歳で亡くなった山本兼一氏の遺作となったものです。【4】

初出誌:「京都新聞」2012年7月16日〜2013年6月30日
    (刊行にあたり修正)

[山本兼一の記事一覧]



「読書雑記(246)山本兼一『心中しぐれ吉原』」(2018年11月14日)

「読書雑記(231)山本兼一『修羅走る 関ヶ原』」(2018年07月04日)

「読書雑記(217)山本兼一『まりしてんァ千代姫』」(2018年01月08日)

「読書雑記(212)山本兼一『信長死すべし』」(2017年10月06日)

「読書雑記(209)山本兼一『黄金の太刀』」(2017年09月07日)

「読書雑記(197)山本兼一『おれは清麿』」(2017年03月17日)

「読書雑記(178)山本兼一『ジパング島発見記』」(2016年08月28日)

「読書雑記(171)山本兼一『弾正の鷹』」(2016年07月05日)

「読書雑記(168)山本兼一『いっしん虎徹』」(2016年06月17日)

「読書雑記(163)山本兼一『雷神の筒』」(2016年04月05日)

「読書雑記(154)山本兼一『火天の城』」(2016年02月04日)

「読書雑記(152)山本兼一『狂い咲き正宗』」(2015年12月25日)

「読書雑記(146)山本兼一『白鷹伝 戦国秘録』」(2015年11月18日)

「読書雑記(137)山本兼一『神変─役小角絵巻』」(2015年07月28日)

「読書雑記(125)山本兼一『命もいらず名もいらず 下 明治篇』」(2015年05月06日)

「読書雑記(124)山本兼一『命もいらず名もいらず 上 幕末篇』」(2015年04月30日)

「読書雑記(100)山本兼一『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』」(2014年06月03日)

「読書雑記(99)山本兼一『花鳥の夢』」(2014年05月30日)

「読書雑記(98)山本兼一『銀の島』で追悼」(2014年05月22日)

「読書雑記(63)山本兼一『赤絵そうめん』でお茶のイメージトレーニング」(2013年04月17日)

「読書雑記(59)山本兼一『利休の風景』」(2013年01月08日)

「読書雑記(58)山本兼一『利休にたずねよ』」(2013年01月07日)

「読書雑記(57)山本兼一『ええもんひとつ ―とびきり屋見立て帖』」(2012年12月19日)

「読書雑記(56)山本兼一『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』」(2012年12月18日)

 
 
 
posted by genjiito at 23:34| Comment(0) | ■読書雑記

2019年03月25日

ポーランドの園山さんから届いた翻訳本情報

 研究仲間の園山千里さん(ポーランド国立ヤギェウォ大学)の講演が、先週、モスクワとサンクトペテルブルクで開催された国際交流基金主催のイベントでありました。
 司会進行役は、いつもお世話になっているタチアナ先生です。

園山千里 ポーランド国立ヤギェウォ大学 准教授 講演会

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「平安時代の文学にみられる手紙」
【日時】2019年3月18日(月) 18:30〜20:00
【会場】ロシア国立歴史図書館
【住所】Starosadskiy pereulok, d.9, str.1(Старосадский переулок, дом 9, стр. 1)
【入場】無料(事前登録は必要ありません。直接会場までお越しください)
テーマ:平安時代の文学にみられる手紙
モデレーター:タチアナ・ソコロヴァ=デリューシナ(日本文学研究者、翻訳家)

園山千里(そのやませんり)
神奈川県生まれ。立教大学文学部卒業。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程前期・後期課程修了。博士(文学)取得。大学院在学中にワルシャワ大学に派遣留学。立教大学兼任講師を経て、2009年秋よりポーランド国立ヤギェウォ大学文献学部東洋学研究所日本学科准教授。ほかに立教大学日本学研究所特任研究員を兼任。専門は平安時代の文学。平安時代の物語・随筆に関する論文多数あり。最近の研究成果として、古典和歌と物語との関係について述べた専門書『Poetyka i pragmatyka pieśni WAKA w dworskiej komunikacji literackiej okresu Heian(平安時代物語和歌論)』(Jagiellonian University出版会)を2019年春にポーランド語にて刊行予定。

https://jpfmw.ru/jp/events-archive/sonoyama-senri-koenkai.html

 その園山さんから、翻訳本の情報が届きましたので、紹介します。

1、本屋「モスクワ」で購入した翻訳本
 上の三冊左から 『落窪物語・枕草子』(2018年)、『枕草子』(2019年)、俳句集(2019年)
 下の三冊 タチアナ先生の『源氏物語』

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2、『源氏物語』初版(?)。高等経済学院古典東洋古代研究所の研究室蔵本。

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posted by genjiito at 19:40| Comment(0) | ◎国際交流

2019年03月24日

孫娘が点てたお茶をいただく

 1歳11ヶ月の孫娘にお茶を点ててもらいました。
 茶碗は、数週間前にルーマニアで手に入れたものです。

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 これまでに、いろいろとお茶の道具で遊ばせています。

「孫娘が茶道具を手に拝見のまねをして」(2017年10月31日)

「孫を相手にお茶を点てる」(2019年02月10日)

 そして今日は、自分がお茶を点てることにまで進みました。
 何とかさまになっています。

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 すでに菓子皿を運んだり、茶碗を片付けたりできます。
 意味はわからないなりに、楽しくやっています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | *美味礼賛

2019年03月23日

[町家 de 源氏](第18回)(「か」と「ま」の字形)

 「be京都」でのハーバード本『源氏物語 須磨』を変体仮名だけに着目して読む勉強会は、今日で18回目です。
 勉強している和室の広間はもう春の雰囲気です。

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 まず、ルーマニアで入手した本を見てもらいました。『源氏物語』2冊、『落窪物語』、『枕草子』です。また、ビルマ語訳『源氏物語』の既刊分6冊を合本にした本も回覧しました。書物の修復などをなさっている方がお二方いらっしゃるので、それぞれの本の装訂や挿し絵などに興味を示しておられました。

 写本は、9丁裏3行目末尾の「思・給」から読みました。
 その前に、この「須磨」に出て来る変体仮名の「志・新・支」に関する出現箇所の資料を配りました。これは、今後の参考にするためであり、前回のようにここでは紹介しません。
 読み出してすぐに「か(加)」で留まりました。どうしても、今の「か」とは字形が異なるものだったからです。

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 どう見ても、「カ」の右に「口」がある「加」を字母とする「か」だとは思えません。結論はでないものの、一応「か」としておくことにしました。今後とも、こうした現行の字体と異なる文字には注意しながら進んで行きたいと思います。

 また、「ま(末)」でも、その字形に疑問が出てきました。

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 これは、どう見ても字母が「末」の「ま」だとは思えません。
その3行手前に、次のように「まして」の「ま」があります。今は、これと同じ文字としておきます。

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 仮名文字はいろいろな形で書かれる、という緩い判断をもって臨むことにしています。書写者が書こうとした字形とは、結果的には違った字形で書き進められることも想定して確認を進めています。
 いろいろとこだわって読みました。しかし、今日はそんなに揉める例はなかったこともあり、2頁半も進み、10丁裏7行目の「可遣もなし」まで確認を終えました。

次回は、第19回、4月27日(土)の14時〜16時までです。

 自由に参加していただける会です。
 この記事のコメント欄を利用して連絡をいただけると、詳しい説明を差し上げています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:28| Comment(0) | ◎NPO活動

2019年03月22日

逆流性食道炎と花粉症に悩まされる

 今月10日にルーマニアから帰国し、その翌日から連日、引っ越し作業と搬出、科研の報告書の確認と発送、科研研究会の開催、引っ越し荷物の搬入、日比谷図書文化館で源氏講座などに追われていました。ヨーロッパから帰ってくると1週間は時差ボケに苦しむところを、その暇もない慌ただしい日々でした。
 そしてそれらが一段落した今週からは、隔日のように逆流生食道炎が夜中に襲ってくるようになりました。だいたい深夜の3時頃です。消化管がない私でも、腸はあります。その腸液が喉元まであがってくるのです。むかつきと喉がヒリヒリするので、夜明けまでジッと我慢の時を過ごします。これは、私の身体では避けられないことなので、耐えるしかありません。京大病院からは、「ランソブラゾール」という薬はいただいています。しかし、炎症が起こってからは対処のしようがありません。
 そんな中で、先週あたりから花粉症の兆候が見られるようになりました。私は花粉症持ちではないと思っています。冬場によく気管支の調子が悪くなり、鼻水に苦しみます。春先には、不定期で花粉症の症状が現われることがあります。今年は、どうやら早々とやってきたようです。
 近所のかかりつけの医院で診てもらい、薬を調合していただきました。小さな医院なのに、鼻から入れる内視鏡などの立派な機器を揃えておられます。消化管に難のある私には、命拾いのお医者さんです。精算の時に、カウンターの横にあった経口補水ゼリーが目に入りました。

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 お聴きすると、本来の用途は熱中症などの給水対策のものだとのことです。しかし、私のように、夜中に喉が焼けつく時に口にするのは効果的かもしれないですね、とのことでした。これまでは、大急ぎで水や麦茶を飲んでいました。これは、いいものを見つけました。早速、使ってみます。もっとも、このゼリーの出番はない方がいいのですが。
 
 
 
posted by genjiito at 21:34| Comment(0) | *健康雑記

2019年03月21日

大阪市立美術館のフェルメール展で新鮮な絵画体験

 久しぶりに天王寺公園に入りました。通勤でこの駅を通っても、乗り換えるだけでした。
 私は、この天王寺公園の近くにある高校の出身者です。この公園の中にあった図書館の自習室は、家に自分の勉強部屋がなかったこともあり、よくお世話になりました。夏は扇風機という時代だったので、冷房の効いたこの図書館に入り浸っていました。数十年ぶりの公園は様変わりです。

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 日比谷図書文化館の源氏講座を受講しておられるHさんのお声掛けで、この天王寺公園の中にある大阪市立美術館に行きました。Hさんには、迎賓館にも連れて行っていただき、元館長に館内を案内していただきました。

「江戸漫歩(131)赤坂迎賓館を見学」(2016年07月23日)


 今日もHさんのご紹介で、大阪市立美術館の篠雅廣館長を訪問し、地下の館長室で楽しいお話をいろいろと伺いました。大阪大学や早稲田大学とご縁のある方で、今は私の近くにお住まいです。また、妻も私もこの近くの高校の教員をしていました。クラブ活動でこの辺りを走っていたので、とにかく天王寺周辺に関する話で盛り上がります。おまけに、私は学芸員の資格を持っています。展示する立場での目線で話ができたので、楽しい話題が展開しました。
 その後、秘密の部屋という応接室を見せていただきました。以前、迎賓館で見たような貴賓室です。そのテラスの下には、慶沢園が一望のもとに見渡せます。

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 フェルメール展は、館長が直々に案内してくださいました。しかも、詳細な解説を伺いながら。説明がおもしろいことに加えて、絵の読み方で独自の視点を加えた解説で、知られざる絵の魅力を教えてくださいました。疑問に思ったことは、いろいろな例をあげて説明してくださいます。贅沢な時間でした。ありがたいことです。
 例えば、「14 トビアと天使のいる風景」は、トビアが失明した父トビトに魚の胆嚢を塗ると回復したという旧約聖書「トビト記」による話の絵画化です。その絵の前では、主題を隠す画面構成の背景を語ってくださいました。失明という言葉に反応した私は、館長の話に聞き入ってしまいました。参考までに、展覧会図録の説明文の一部を引きます。

 鳩小屋と山羊と農家のある風景は、旧約聖書続編の「トビト記」の物語の背景となっている。年老いたトビトは、家の外で寝ていたときに雀の糞が両目に落ちたせいで失明してしまった。トビトの息子トビアは、大天使ラファエルと共に長い旅をし、その途中で魚を捕まえるが、大天使ラファエルは、この魚の胆のうを失明したトビトの両目に塗るように言う。トビアがそのとおりにすると、トビトは再び目が見えるようになった。
 「トビトの失明」という物語は、17世紀にはたいへん人気があり、たびたび絵の主題となった。このブルーマールトの作品では、トビアと大天使ラファエルの姿をほとんど見ることができない。単なる風景画を見ているかのように描かれているので、私たちは、この二人の姿を探してこの絵の主題を理解するために、注意深くこの絵を眺めなければならない。絵画の真の主題を隠すというのは、17世紀にはしばしば見られる事例である。ブルーマールトのみならず、他の画家たちもこうした方法をとった。(『VERMEER』2018.10、78頁)


 この展覧会図録は秀逸です。これを読んでから、もう一度見に行くつもりです。

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 また、画中画の説明から、新しい絵の解釈が可能となること。さらに、教会を必要としなかったオランダ人にとって、教会内部の絵は架空のものだった話を伺いました。こういうことは、想像上の絵だったものがあらためて研究対象になった時、事実と異なった資料に変質することが心配されます。気をつけないと、絵を扱って考える時に、とんでもない論を展開する可能性があるのです。書いてある物事が事実とは違うのですから、それを証拠にできないのです。
 さらに、「本を読む老女」は聖書を読む女性を描きます。展示図録には、次のような説明文が冒頭にあります。

 書物に没頭している老女のこの画面は、とても細かく描かれているため、実際に本文の標題を肉眼で判読することができる。女性は聖書を手に取り、「ルカによる福音書」19章を開いている。この翻訳された聖書は、1585年にはじめて木版によって出版された。この一節が選択されているのは、鑑賞者へのメッセージと解釈できるかもしれない。それは、この世の財産は貧しき者たちと共有するのがキリスト教徒の務めであるというものである。(112頁)


 しかし、館長の話では、その背後には識字率のことがあることを考えるべきだとのことでした。老女でも、自分の目で聖書を読み理解できたということです。この絵は、当時のオランダの文化の理解を深める作品であり、資料でもあるのです。

 とにかく、絵を見ること以上に、絵を読み解くことにおいて、新鮮な視点を与えてくださいました。絵に、新しい光を当ててくださいました。これから、絵を見る目が違ってきます。

 出口に、こんな宣伝コーナーがありました。
 「リコーの複製画作成技術のご紹介」
 「さわれる複製画」
 「ご自由に立体複製画を触ってみてください」
 視覚障害者と共に活動をしている者として、これは見過ごせません。担当者に伺ったところ、これは絵の具などの塗り重ね具合が体感できるものであり、描かれたものの形がわかる立体コピーではないとのことでした。残念でした。

 一通り篠館長のご説明を伺いながらフェルメール展を見た後、館長から教えていただいた視点でもう一度作品を見ようと思い、お願いして再度見る機会をいただきました。確かに、絵を見る目が違っていることを実感しました。そこで、第一会場を見てから少し溜まり場のような一角で、館長からお聞きした話や2度目の感想などを、忘れないようにと思って iPhone にメモを入力していたところ、館長の声がするのです。私に声をかけて来られたので驚きました。この人混みの中を、わざわざ探しに来てくださったのです。用件は、常設展に「洛中洛外図」があるので、それも観たらいいですよ、という親切なアドバイスでした。そのお気持ちが嬉しくて、第2会場などをじっくりと見終わってから、2階の常設展も拝見しました。

 常設展では、まず雛飾りに注目しました。男雛は、京都式に向かって右側に置かれています。「男雛と女雛の飾り方」という解説文がありました。関西らしい心遣いだと思いました。
 さらに別室に「洛中洛外図」が展示されていました。「洛中洛外図」については、本ブログの「京洛逍遥(426)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)で詳しく書いています。
 今回の「洛中洛外図」では、「6曲1双 江戸時代 18世紀 (下村裕氏寄贈)」という屏風がみものでした。これは、平成28年度に大阪市立美術館に寄贈されたもので、今回が初公開とのことです。仏教大学本系統の図会です。しかし、写し崩れがあるために、江戸時代中期以降に量産化されたものの一つではないか、という説明が記されていました。確かに、絵は稚拙で平面的です。しかし、違いもあることでしょうから、一点でも増えたことは成果です。
 向かい側のガラスケースには、次の『名所図会』が並んでいました。このコレクション展は今週末の3月24日(日)までです。

『都名所図会』(秋里籬島著、竹原春潮斎画、安永9年/1780)
『天明再板京都めぐり(享城勝覧)』(貝原益軒著、下河辺拾水画、天明4年/1784)
『拾遺都名所図会』秋里籬島編(秋里籬島著、竹原春潮斎画、天明7年/1787)
『京の水』(秋里籬島著、竹原春潮斎画、寛政3年/1791)
『都林泉名勝図会』(秋里籬島著、奥村鳴ほか画、寛政11年/1799)
『増補都名所車』(池田東籬補、文政13年/1830)
『花洛名勝図会(東山之部)』(暁鐘成ほか著、松川半山ほか画、元治元年/1864)

 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ・ブラリと

2019年03月20日

お茶のお稽古で「続き薄茶」にチャレンジ

 大和平群では、いろいろな古代まつりが企画されています。第10回となる今年のポスターは、長屋王と吉備内親王です。

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 今日のお茶のお稽古では、丸卓を使い、しかも濃茶と薄茶を一緒につなげて点てることにチャレンジしました。「続き薄茶」というものだそうです。
 いつも以上に、アレッ! アレッ! となってモタモタしていたので、1時間はかかりました。手際よくやれば40分くらいでできるそうです。とにかく、これからはこれを中心にやってみます。すでに「入子点」のお稽古をしているので、ところどころでそのお点前の所作と混同しました。
「続き薄茶」は、何とかしたいと思うようになりました。そこで、天王寺にあるあべのハルカスの中のジュンク堂書店で、先生に教えていただいた教則本の第19巻『応用点前 趣向と工夫』(「続き薄茶」収録)と、第13巻『小習事 五』(「入子点」収録)を入手しました。
 パラパラと見ていて思うことは、頭で覚えるのは不可能だ、ということです。身体に染み込ませるように覚えるしかありません。そのためにも、先生がよくおっしゃる、一つずつを確実に、ということしか、これには打つ手はなさそうです。
 とにかく、イメージトレーニングだけでも、折を見ては続けてみます。

 お茶のお稽古の後は、大阪観光大学で書類に押印するために出勤です。大和路線の王寺駅から阪和線の熊取駅に向かいました。今日は、京都、奈良、大阪と、真っ直ぐに南下です。学バスがない時間帯なので、駅からはタクシーを使いました。最後の出勤日なのでゆったりと、とは言っても、ワンメータなのですが。

 大学では、事務手続きとしての印鑑押しがありました。それが終わると、大阪明浄女子短期大学の頃からお世話になっている事務の方3人に、お別れの挨拶をしました。困った時に助けていただいた方は、その折々の苦境を思い出すたびに感謝の気持ちが溢れて来ます。
 お茶のお点前はコロッと忘れるのに、感情の伴った出来事には、それが救われたものであればあるほど、忘れられないものです。涙は出ませんでした。とにかく、二十数年間という長きにわたってかけていただいたお心遣いには、感謝の思いしかありません。いい出会いでした。ありがとうございました。
 今後も変わることなくよろしく、と口にはしないものの、手を振って別れました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | *身辺雑記

2019年03月19日

第18回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末、3月23日(土)の午後2時から4時まで、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で18回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。これは、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉が主催者として取り組んでいるものです。
 テキストは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)です。

 本日19日(火)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、この勉強会を呼びかける記事が掲載されましたので、あらためて本ブログでも紹介します。

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 今回は、上記テキストの9丁裏3行目末尾の「思・給」から読みます。

 前回の内容については、「[町家 de 源氏](第17回)(変体仮名「寿・春・須」の使い分け)」(2019年02月23日)をご覧ください。

 700年前に書写された『源氏物語』を、変体仮名に注目して読み進めることに興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内を差し上げます。
 参加費は、初回だけは体験ということで千円で、2回目以降は二千円(学生は千円)です。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の正会員には割り引き特典があります。

 次回は、第19回、4月27日(土)の14時〜16時までです。

 自由に参加していただける会です。
 この記事のコメント欄を利用して連絡をいただけると、詳しい説明を差し上げています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | ◎NPO活動

2019年03月18日

『平安文学翻訳本集成〈2018〉』で補訂すべき箇所(その1)

 『平安文学翻訳本集成〈2018〉』が完成しました。[海外へいあんぶんがく情報](http://genjiito.org/aboutkaken/allresearchreports/)からダウンロードして、自由にご覧いただけるようにしました。
 この冊子は、「まえがき」にも書いたように、「さらに新しい情報や訂正および追補の呼び水になれば」という趣旨で作成しました。そして、「本書の増補改訂版は、2020 年に発行する予定です。」とある通り、今後2年間でデータの再点検をします。
 現在(2019年03月18日)のところ、以下のような不備を確認しています。

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 おそらく、より正確な情報を集積するためにも、もっともっと手を入れることになろうかと思います。
 不備などに気付かれたその折々に、ご教示いただけると幸いです。
 なお、本日いただいた補正に関する情報は、以下の通りです。
 ご教示、ありがとうございます。

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S氏より(2019.03.18)
 「能」のスペイン語訳が今から約100年ほど前に日本で出ており、『平安文学翻訳本集成〈2018〉』に記載された53番より、大分前の刊行となります。
 なお53番の訳者の名前をカタカナ表記する場合は、「クララ・ハネース」かと思われます。

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A氏より(2019.03.18)
 冊子の134pで、Antonio Cabezasのスペイン語版『伊勢物語』は、「1969年」と記載があります。しかし、手元の同書を確認したところ、「初版の刊行年」は「1979年」のようです。(Cinii Booksなどの図書館横断検索の結果も、1979で、1969のデータは見あたりません。)「初版」が79年ということは、69年段階ではまだ未刊行でしょうから、表中の「1969年」は、もしや「1979年」の誤りで、この年からは削除して良いのではないでしょうか。
 なお、143pの「1979年」のほうは、下から2段目にCabezasのスペイン語版 『伊勢物語』が出ています。この143pのほうは、実物の書誌データと一致します。となると、134pのほうの「1969年」の記載は、ダブりではないかと思うのです・・・。

 
 
 

posted by genjiito at 23:01| Comment(0) | ◎情報社会

2019年03月17日

京洛逍遥(532)大仙院茶会「古渓忌」の後に大慈院「泉仙」で食事

 大仙院第3世の古渓宗陳和尚(1532〜1597)は、利休に禅を教えた人です。宗易に「利休」という居士号を選んだのも、秀吉に切腹をさせられて晒し首になっていた利休の首を、僧衣に隠して大徳寺に持ち帰って手厚く葬ったのも古渓です。
 その古渓を偲ぶ大仙院の茶会「古渓忌」に行ってきました。少し小雨が降っていました。しかし、すぐに上がりました。

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 その入口にあった足下の石に「子」と刻まれていたのが目に留まりました。

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 受付でお尋ねすると、北を示す目印だそうです。はて?、なぜ「子(ね)」がこの石に必要なのか?、それ以上は時間もなかったので聞きませんでした。

 鴬張りの廊下伝いに案内されたお茶室は、現代的できれいな空間でした。
 茶会記をいただきました。

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 主茶碗の「徳山」は、紫野窯がもう廃窯なので、待合床に飾るだけにしているとのことでした。
 杉皿に乗ったお茶菓子の「うば玉」には、干菓子として松葉が添えられていました。
 私が好きな丸卓を使っての、裏千家のお点前です。棗と茶杓を拝見に出されたこともあってか、私が今お稽古をしている拝見に出さないお点前とは、少し違うようにお見受けしました。

 外国からお越しのお二人がいらっしゃいました。しかし、外国語での説明は文字でも口頭でも何もなかったので、終始「???」の状態で座っておられました。あまり気の毒なので、見かねた娘が英語でお点前の説明からお茶のいただき方までをアシストして差し上げていました。オーストリアの方だということです。一見して普通の観光客ではなさそうだったので、私も日本の文化を伝える機会ではないか、と思いました。
 もう、京都は普通の観光地ではないのです。生きた文化が日々展開するところです。そのための情報も氾濫しています。そこにお越しになる方々へのおもてなしと気遣いは、単なる観光客を相手にしての、勝手に見て行けばいいというレベルではいけません。
 大幅に研究が遅れていると思っている観光学は、こうしたもう少しレベルの高い観光も視野に入れた、多彩な研究を展開すべきです。今の日本の観光学は、管見によるものとしても、あまりにも薄っぺら過ぎます。現状を調査するだけで、有効な提案がありません。観光を研究するための対象でしかないかのように見えます。
 たとえば、今日のお二人はいろいろと知りたがっておられました。そのことは、娘の説明を聞きながら質問をなさり、それに答えるとまた遠慮がちに聞いておられたからです。どのような経緯でここにお越しになっていたのかはわかりません。しかし、京都の町にお出かけになる前に、何かアドバイスはできなかったのでしょうか。もし時間がある方ならば、私なら「ワックジャパン(WAK JAPAN)」を紹介します。
 今日のままであれば、このお二人はお茶会の場面に身を置いただけ、ということになります。それは、日本を理解していただくためには、なんと効率の悪いことか。お寺やお茶会の主催者の問題ではなくて、お迎えする町として、国としての問題だと思っています。見て回るだけの観光客の対応は、少なくとも京都においては、もう今のレベルでいいと思います。そうではなくて、リピーターとしてのお客様や、日本を深く知りたくてお越しになる方々への対処をどうするかを、真剣に考えたいものです。今日のお二人は、明らかに日本の文化にいたく興味を持たれ、深く知りたいと思っておられました。このチャンスを逃す手はありません。
 私は、もう京都は【入京制限】をすべきだと思っています。「京都検定」とまでは言わないまでも、簡単な京都に関する理解度を京都駅で確認してから市内に入っていただく、というのはどうでしょうか。観光客の目に余る行動で市民生活がどんなに破壊されていることか。それくらいはしていかないと、行政も観光業者も、あまりにも無自覚であり無責任なので、ますます京都の魅力は色あせていきます。少なくとも、スーツケースを持ったままで市内に入る観光客は、なんとか足止めをしないといけません。

 大仙院から大慈院に移動しました。目的は、「泉仙」で精進鉄鉢料理をいただくためです。

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 梅が出迎えてくれます。

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 入口の石碑に「紫式部碑所在寺 大慈院」とあります。しかし、その碑は一般に公開されていないので、このことはあまり知られていません。

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 なお、この大慈院の紫式部碑のことは、「京洛逍遥(473)源氏物語散策(第2回)大徳寺周辺とお茶会」(2017年11月12日)に詳細に書いています。

 「泉仙」は気取らずに精進料理がいただけます。

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 箸袋に記されていた文字の「有」の次の文字で目が止まりました。

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 料理を運んでこられた方にお尋ねすると、詳しいプリントをくださいました。予想していた「漏」でよかったので安堵しました。

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 食べ終わると、こんな形でおしまいとなります。

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 2階の部屋から真下に、大慈院の紫式部碑が見えました。

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 帰る頃には、すっかり青空でした。春が待ち遠しくなりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年03月16日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(その10、2つの提案を受けて)

 まず、先週出来たばかりの『平安文学翻訳本集成〈2018〉』を全員に配布し、内容を確認しました。さらに、先週行っていたルーマニアで入手した、2冊のルーマニア語訳『源氏物語』を回覧しました。また、ルーマニアで日本文学の研究がなされている具体例として、昨年刊行された研究書も回覧しました。世界中で『源氏物語』をはじめとする多くの作品が読まれていることを、実感してもらったのです。
この講座は、『源氏物語』の写本を読むことが中心です。しかし、こうして世界中で日本文学が読まれていることを知ることで、日本文化の普遍性に気付いていただければ、との思いでさまざまなアプローチをしています。

 さて、橋本本『源氏物語』は、38丁表の最終行「いと・く累しく・れい」から読みました。「尓も」や「越そろしく」で、文字の判別が難しいものがいくつかあるものの、比較的問題のない文章が続く丁だったので、どんどん進んでしまいました。みなさまからは、「こんなに進むのは初めてだ」と言われたほどです。
実際には、41丁表の最終まで読んだので、6頁も進んだことになります。確かに、私の講座では驚異的なスピードです。それだけ、説明する場所がなかったということでもあります。
 この範囲の内容は、藤壺が懐妊し、王命婦、光源氏、桐壺帝のそれぞれの思いを語るところです。非常におもしろい場面です。しかし、私の講座では「藤壺」の「ふ」の字も触れません。ひたすら書写されている墨字だけを追うのです。一風変わった講座だと言われるゆえんです。

 日比谷図書文化館での講座が終わってからは、有志で有楽町に出かけて自主講座をしています。しかし、今日は有楽町ではなくて新橋方面に出向き、レストランで食事をしながら、橋本本「若紫」の現代語訳に挑戦する課外講座となりました。全盲の尾崎さんも、久しぶりに参加です。実は、今日は私がドンドン読み進めたので、尾崎さんに渡していた立体コピーがないところまで行ってしまったのです。2頁分は、手元に資料がない状態で彼女は参加していたのです。申し訳ないことをしました。次回は、大量に資料を渡すつもりです。
 今日の集まりでは、大島本などで、若紫が「十ばかりやあらんとみえて」とある箇所における本文の異同に注目しました。現行の『源氏物語』でこの言葉が書かれている場所は、橋本本にはその言葉が書かれていないのです。橋本本では、その後に大島本などが「あまたみえつる子どもににるべうもあらず」とするところで、「十はかりにや〜」とあります。
 つまり、大島本などの写本に書かれている「あまたみえつる〜」という言葉が、橋本本にはないのです。文字数にして19文字です。写本で言えば、ちょうど1行分です。
 そこで、この1行分の文字列は、平安時代の写本にあったのかどうかで議論となりました。11名の参加者が、思い思いの考えを述べて、楽しい時間が過ぎて行きました。結論としては、平安時代の写本は、橋本本のようにこの1行分の文字列はなかったのではないか、ということになりました。大島本に代表される〈いわゆる青表紙本〉は、後に書き加えられたものである可能性が高い、ということです。その検討には、河内本と言われている本がこぞって橋本本と同じであることも、判断に影響しています。こうして、少しずつでも本文の違いを見ていくと、その積み重ねで『源氏物語』のさまざまな写本の実態がわかっていくのではないか、という夢語りにまで発展しました。
 まったくの素人集団の議論です。学問的にはともかく、こうして『源氏物語』の本文について意見を闘わせるひと時を、みなさんと持つことになりました。

 なお、その過程で、現在の講座に参加している方々は翻字がしたいと思っている、とおっしゃるのです。次回からは、受講者に課題として3頁くらいの翻字をしてもらったらどうだろう、という提案がありました。私は、その流れは遠慮していました。しかし、そのような求めがあるならば、一度やってみようかと思うようになりました。
 次回までの宿題をもらいました。これも、みなさんと親しく写本が読めるようになったからだと思います。

 さらには、写本だけを読む講座と、その物語の内容を異文と較べながら読む講座の、2つの講座を午前と午後にやってもらえないか、という提案も受けました。
この日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」は、江戸時代の文書を読むのがメインの社会人講座です。そこに、平安時代の仮名文字を読むのはともかく、その内容を読み取る内容の講座の新設が認められるのかどうか。そうであるならば、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が山本氏から寄贈を受けた江戸時代初期の版本の『絵入源氏物語』の本文を配布し、橋本本と読み比べていく内容であれば、「てらこや」の趣旨にも合致することになります。
 とにかく、ご要望は貴重な意見として受け取り、いつかあらためて主催者にお尋ねしてみてもいいかな、と思うようになりました。本講座はもとより、課外の自主講座でもみなさまの熱意が毎回伝わってくるので、検討に値すると思います。私にとっては、1日で終わることなら、そんなに負担が重くなるものでもないので、前向きに対処を考えるつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | ◎NPO活動

2019年03月15日

新ホームページ[海外へいあんぶんがく情報]を公開

 昨日、伊藤科研「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(17H00912)の成果を盛り込んだホームページ[海外へいあんふんかく情報](http://genjiito.org)を公開しました。アドレスは、これまでの「海外源氏情報」と同じです。

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 まだまだ、完成にはほど遠いものです。不備も多く残っています。それを承知での公開です。いろいろと確認や点検を進めています。そのような中で、これまでの経緯が経緯だっただけに、一日も早く、少しでも多くの情報を公開しながら、補訂を繰り返しながら、よりよいものに仕上げていく方針で取り組んでいます。
 お気付きの点は、ホームページの「お問い合わせ」(改装)コーナー(http://genjiito.org/attention/inquiry/)から、遠慮なくお知らせいただけると幸いです。

 最新のデータとしては、先週発行した電子版『平安文学翻訳本集成〈2018〉』のダウンロードデータ(http://genjiito.org/aboutkaken/allresearchreports/)があります。その説明文を引きます。

■平安文学翻訳本集成〈2018〉■


 伊藤鉄也・池野陽香・門宗一郎・田中良 編/2019年3月18日発刊(非売品)
上掲『日本古典文学翻訳事典 1・2』を受けて、平安文学を中心に書籍情報を表紙画像と共に集成した。あくまでも編者の手元に集まった本だけの収録であり、当座の用途のために配布する試行版。訂正追補の呼び水になれば幸いである。


 収集集積した情報とデータを育てる中で、その情報資源と研究のノウハウを次の世代に受け渡す役割をも果たすべく、これからも本科研のテーマを掲げて研究活動をしていきます。その窓口として、このホームページが有機的な役割を果たすような仕掛けを、これから利用者のみなさまと一緒に考えて行きたいと思います。
 この情報公開のスタート地点に立つまでに、1年11ヶ月もの日時を要してしまいました。まったくの不運に見舞われたと思わずに、情報発信をスタートできた喜びを抱いて、ひたすら前を見て歩んで行くつもりです。
 これまでと変わらぬご協力とご支援を、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎国際交流

2019年03月14日

第12回研究会の後に研究室と作業室を撤収退去

 「海外における平安文学」の第12回研究会を、大阪観光大学明浄1号館4階141セミナールームで開催しました。

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 開会の挨拶を私がした後、参会者の自己紹介がありました。

続いて、

(1)大山佳美さん(本科研プロジェクト研究員)から「2018年度の活動報告と2019年度の活動予定」が報告されました。その多彩な活動の中身は、近日中にホームページを通して公開します。

 引き続き研究発表です。

(2)小笠原愛子さん(和歌山工専・講師)が、「桐壺更衣に準えられた后妃たち −『今鏡』の后妃記事に見る『源氏物語』享受の様相−」と題して、歴史物語の新しい見方を示してくださいました。
 『今鏡』は平安時代の秩序と違う書き方をしている、ということから始まり、「桐壺」巻ではできなかった皇妃の扱いが、院政期ではできたことが多い、という指摘がありました。『今鏡』は、あまり読まれない作品です。それだけに、さまざまな切り口があることがわかりました。特に、桐壺更衣に重ねられる美福門院得子などには、翻訳とでも言うべき変容がうかがえて興味深い発表でした。
 質問としては、平安時代に日本書紀が読まれていたけれども、それが中断されてから、『大鏡』はどれだけ読まれていたのか、『今鏡』も当時はどれだけ読まれていたのか? などなど。時代背景に関するやりとりがありました。

 続いて、もう一つ研究発表です。

(3)フィットレル・アーロンさん(大阪大学・講師)は、「本歌取りの翻訳の可能性について」と題して、『新古今集』を中心とした和歌を英訳した場合を例示して、本歌取りに関する英訳の特色と違いを検討するものでした。Honda 訳、Rodd 訳、Mostow訳を比較検討しながら、引歌の認定や解釈の諸相に切り込むものです。あくまでも中間報告としながらも、多彩な観点からの考察です。
 質問としては、翻訳者においてルールがあるのか、とか、西洋の引用などの実態についてや、解釈と美的な視点での格調の違いについて、などがやり取りされました。
 帰りに電車の中でフィトレルさんから、『平安文学翻訳本集成〈2018〉』の翻訳史年表の間違いをいくつか指摘していただきました。忘れない内に、ここにメモとして残しておきます。
1978『枕草子』
 ハンガリー語 → ルーマニア語
1977『枕草子』
 ハンガリー語 → ルーマニア語
1875『土左日記』
 ドイツ語 → 英語

(4)最後は研究協力をしてくれた学生たちです。「2018年度の活動から学んだこと」と題して、アルバイトとしてこの科研での調査や研究に関わって来ての感想を、一人ずつ述べてもらいました。

・街中の変体仮名が気になりだした
・本屋で洋書コーナーに行くようになった
・知らない言語を見るのが楽しくなった
・展示を通して多くのスキルを学んだ
・編集でフォントの違いと扱い方を知った
・仕事の裏側を知って人の苦労がわかった

 とにかく、楽しくディスカッションができる仲間たちと一緒に、いろいろなことに挑戦した2年間でした。今日で、活気に満ちた研究室と作業室は、すべての物を撤収したために何も物がない部屋となりました。幕が下ろされた、というのが一番正しい表現でしょう。
 充電式の掃除機が、途中でバッテリーが切れたために、絨毯などの掃除が完全ではないことが心残りです。それでも、研究生活を支えてくれたフロアには感謝の気持ちを込めて、丁寧に掃除をしました。気持ちよく退去することとなりました。
 8階の研究室と作業室の2部屋の鍵と、私の職員証を事務の担当者に返却したのは、3月14日(木)午後5時半だったことを、ここに記し留めておきます。

 慌ただしく研究室を出て、駅前のインド料理屋での懇親会へと移動しました。多彩なメンバーが寄り集まったこともあり、さまざまな話題で楽しく親しく話ができました。
 8時まで盛り上がったこともあり、家に辿り着いたのは日付が変わる直前でした。
 この科研に関わってくださった方々に、あらためてお礼を申し上げます。
 多くの方々に助けられながらの2年間でした。
 ありがとうございました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■講座学習

2019年03月13日

研究室の後片付け中に大きな地震が

 先週、ルーマニアへ出発するまさにその日に、ダンボール箱12個を、大学の研究室から搬出しました。まずは、特に大事な資料からです。
 今週、帰国したばかりなので、今も時差ボケ中です。しかしそれにもかかわらず、今日が引っ越しの日ということで、時間の余裕がないこともあり、月曜、火曜、そして今朝も早くから、研究室の本の荷造りをするために出勤しました。ボーッとしていても、本を詰め込む作業はできます。

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 1999年3月、この部屋から東京に大量の荷物を送り出しました。
 2017年3月、その東京からここに荷物を戻しました。
 そして今日、2019年3月、また荷物を運び出しています。

 20数年経ち、モニタも10台を持ち歩くようになりました。

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 この大学の建物には、楽しかった思い出がいっぱい詰まっています。しかし、そんな思い出に浸っている暇はありません。屋移りが終わり、のんびりと旧懐の情に浸れる時期が来たら、書き残しておくべきことを整理して、記し留めておきたいと思っています。

 そんな搬出作業をしていた時、大きな地震がありました。震度4だとのこと。
 作業場所となっている研究室は8階にあります。大きく揺れました。エレベータが止まりました。しかし、やがて収まったので、作業は続行となりました。
 震源は、この大学の近くの和歌山北部です。

 無事に、150個の段ボールと、10台のコンピュータ類と、大型電子ホワイトボード等の搬出が終わりました。この3日間は、このことにかかりっきりです。少しずつ身辺の整理が進んでいます。
 昨日、懸案の『平安文学翻訳本集成〈2018〉』が納品されました。併せて、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』と『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』の増刷版も届きました。多くの方にお待ちいただいていたものです。
 明日の科研の研究会をもって、一連のことはすべて終わりです。
 その最終日に、新しいホームページ[海外へいあんぶんがく情報]が公開できます。もう一息です。
 
 
 
posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | *身辺雑記

2019年03月12日

伊藤科研:第12回研究会のお知らせ

 伊藤科研で開催している第12回研究会「海外における平安文学」を、下記の要領で開催します。外部参加も可能です。

■基盤研究(A)課題番号:17H00912■
「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」



・日時:2019年3月14日(木)14:00〜17:00
・場所:大阪観光大学(〒590-0493 大阪府泉南郡熊取町大久保南5-3-1/072-453-8222)
  明浄1号館4階141セミナールーム

・内容:海外における平安文学
        14:00~14:05 挨拶(伊藤鉄也)
        14:05~14:20 自己紹介
        14:20~14:30 報告「2018年度の活動報告と2019年度の活動予定」
                            (大山佳美)
        14:30~15:10 研究発表「桐壺更衣に準えられた后妃たち
          −『今鏡』の后妃記事に見る『源氏物語』享受の様相−」
                            (小笠原愛子)
        休憩(20分)
        15:30~16:10 研究発表「本歌取りの翻訳の可能性について」
                       (フィットレル・アーロン)
        休憩(20分)
        16:30~16:50  報告「2018年度の活動から学んだこと」
           (池野陽香、門宗一郎、田中良、松口果歩、松口莉歩)
        16:50~17:00  挨拶(伊藤鉄也)
                連絡事項

※ご出席のみなさまは、ご印鑑(出張書類押印用)を必ずご持参くださいますよう、お願い申し上げます。
※なお、研究会終了後に懇親会を予定しております。
      懇親会 17:30~19:30 【タージマハルエベレスト】
                  〒598-0021 大阪府泉佐野市日根野2496−1
                           イオンモール日根野2F
                       072-467-1139

 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ■講座学習

難行苦行だった帰路の機中での5時間

 ブカレストからの帰りも、ドバイで乗り換える便です。まずは5時間の旅となります。

 搭乗が大幅に遅れました。特に案内がなかったので、よくわかりません。空港内をウロウロとして時間を潰していました。
 離陸して1時間後に食事が出ます。ところが、なかなか配膳が進みません。ようやく私のところになったかと思うと、搭乗券を見せてほしいとのことです。座席に座るとすぐに、半券は職場に提出するので、紛失しないように大事にバッグの中に入れていました。その搭乗券を見せる意味がわからないままに、カバンの中から探し出して渡しました。CAの方は一覧表などと見比べ、いろいろと調べてから、やっと食事のパックを渡してもらえました。こんなことをしているから、配膳が進まないのです。こんなに面倒な手間をあえてするのには、何か理由があるのでしょう。事件でもあったのでしょうか。離陸が遅れたことと、関係があるのでしょうか。

 私の隣のアベックは、食事は何も受け取らないのです。ますます、よくわかりません。
 すると、ドリンクを聞きに来られました。来る時にコーヒーをお願いしたらお金を取られたので、何もいらないと言いました。隣のアベックは、水のボトルを2本もらい、クレジットカードを出してお金を払っておられます。ますます、この飛行機での仕組みがわかりません。5時間の搭乗時間では、飲み物は有料だというのでしょうか。

 食事は来る時とほぼ同じものだったので、今回もほとんど食べられませんでした。味付けが違うのです。チーズとクラッカー、そして付いていた小さな水のカップは口にしました。後で、持参の食料でお腹を満たします。なお、当然のことのように、食べた後の容器の回収もしばらく来られません。目の前の台に置いておくしかないので、邪魔で仕方がありません。

 そうこうするうちに、CAの方に足首を蹴り上げられました。激痛が走りました。しかし、素知らぬ顔で通り過ぎていかれました。CAの方にも、それなりの衝撃があったはずなのに、何事もなかったかのように去っていかれました。この後、2回ほど足を踏まれ、肩は3度もぶつけられました。そんなに座席からはみ出していたとは思えません。
 そんな中で、隣の方が2人とも2回ほどトイレに立たれました。通路側に座っていた私は、その度に通路に出ました。180席のエリアにトイレが2つしかなかったので、通路が長蛇の列になることは必定です。
 隣の方がトイレから帰って来られてからは、スマホで聞いておられる音楽が、イヤホンから音漏れがしています。また、2人の大声での話が止まらないので、耳栓がほしくなります。航空会社から配られたポーチの中に耳栓が入っていたのは、こうしたことがよくあるからでしょうか。落ち着いて座ってもいられません。
 さらに輪をかけたように、周りにいた3組の子どもや赤ちゃんが泣き騒いでいます。
 さらにさらに、その後、至る所でCAを呼び出すランプが点灯しました。空調が壊れていたらしく、とにかく熱帯の中に投げ込まれたように機内が熱いのです。私も、汗だくです。しばらくして温度は下がりました。しかし、それまでが猛烈に高温の室内だったので、逆に肌寒さと熱気が混在した温度になったのです。熱いと思っていたら寒いはで、もう大変です。後半は、肩からブランケットをかけて寒さ対策をしました。

 これらは、拷問を5時間も受けているに等しい状況です。
 もっと書けば、前の席の方がシートをいっぱいに倒されたので、私の席はあらん限りのプレッシャーがかけられていたことになります。
 どうすることもできないだけに、早くドバイに着いてほしいと願うしかありませんでした。

 極め付けは、ドバイの空港で着陸のやり直しがあったことです。これには、肝を冷やしました。最初の着陸に失敗し、もう一度上昇して、2回目で無事に着陸しました。ヒヤリとしました。
 CAの方のみならず、パイロットの方も運が向いていなかったのでしょう。
 この飛行機は、もうこりごりです。これまでは、KLMとトルコ航空はサービスが酷いので乗らないことにして来ました。今回のことで、また一つ、乗りたくない航空会社が増えました。
 
 
 
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2019年03月11日

ブカレスト大学で『百人一首』に関する基調講演

 3月9日と10日の2日間にわたって、ブカレスト大学で「日本研究シンポジウム」が開催されます。第19回とのことなので、着実に研究成果の発表と討議がなされているようです。

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 この初日9日の冒頭で、私が話をする機会を与えられました。

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 題目は「映画「ちはやふる」における百人一首の享受と恋の和歌」です(英文とは多少表現が異なります)。

 簡単な自己紹介を兼ねて、私が現在取り組んでいる研究テーマを3つ提示しました。
 (1)『源氏物語』の本文に関する研究
 (2)海外での平安文学の翻訳本の調査と収集
 (3)視覚障害者と共に『百人一首』のカルタ取り活動を支援
 また、ホームページ「海外へいあんぶんがく情報」〔http://genjiito.org〕と、ブログ「鷺水庵より」〔http://genjiito.sblo.jp/〕の紹介もしました。

 本題に入るにあたり、参会者のみなさまには小倉山荘の『百人一首』をテーマとする個包装のカルタ版の〈おかき〉を配布しました。まずは、遊びの要素から入りました。
 そして、映画「ちはやふる 結び」(2018年、東宝、小泉徳宏監督)の一場面をスクリーンに映写しました。歌合わせとは何か、ということと、2首の和歌の意味をおおよそ知ってほしかったからです。
 そして、平安時代の歌合で勝負がつかなかった、恋の歌を読み解く意味を話しました。
 問題とした和歌は、次の2首です。

四〇番歌「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は
         ものや思ふと 人の問ふまで」
                   平兼盛

四一番歌「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
         人知れずこそ 思ひそめしか」
                  壬生忠岑

 あらかじめ印刷して持参した8ページ分のレジメを配付し、それを活用しながら、『百人一首』の歌の配列のことや、定家が和歌をどういう意図で選定したのか、などについて確認していきました。
 質問を受けた時に、「国文学論文目録データベース」のことにも言及しました。
 この日は、作品の解釈ではなくて、研究をする視点でのアドバイスを意識して語りかけました。
 終了後も、何人かの方から質問を受けました。研究環境がまだ十分ではないようなので、1人で研究するのではなくて、複数の方との共同研究がいいのではないか、と思いました。

 時間通り、正午前には終わったので、コーヒーを一杯いただき、大急ぎで空港に向かいました。
 ブカレストの空港を発つ飛行機は、14時25分なのです。まさに、綱渡りのスケジュールです。


 

 
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2019年03月10日

カンテミール大学訪問後は書店へ

 朝10時の約束で、カンテミール大学の先生方と外国言語・文学部で親しく面談をしました。

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 お出でくださったのは次のお三方です。
 マグダレーナ・チューバンカン、カンテミール大学外国言語・文学学部助教授
 Dr. アンジェラ・ドラガン、同上講師、ルーマニア日本語教師会副会長
 Dr. アンドレーア・シオン、ヒペリオン大学日本研究学科講師、ルーマニア日本語教師会会長

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 2時間ほど、大学の様子や翻訳について、自由に意見交換をしました。
 この時の内容も、同行の保坂さんが後でメモをくださいましたので、それを引きながら以下に報告します。

〇2011年から、毎年研究会を行い、紀要を出版している。英語版もあり、インターネットに公開している。

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〇文学関係で、日本にいるルーマニア人研究者としては、兵庫大学にカルメン・タマシー(上記研究グループにも所属)、イリナ・ホカ(東大)、ローマンさん(神田大学)がいる。
〇(シオン氏)日本の書籍でルーマニア語に翻訳された書籍のリストとしては、Scumpieru氏が編集した本に掲載されているものが最も網羅的だと思われる。2011年までに出版されたものが掲載されている。(大使館で作成したリストを見て、)必ずしも網羅的ではないので、これを作った大使館のフロレンティナ・トマ氏と連絡をして、改定したものを伊藤教授の方に送りたい。
〇「Fujiwara Teika」(内容は百人一首の解説本)の訳者はカンテミール大学に所属している。しかし、現在はサバティカルで不在。
〇ヒペリオン大学には、日本学科があり、学生は50人在籍、1年生は20人弱入学。カンテミール大学では、日本語を勉強している学生は25人程である。他に日本語学科があるのは、ブカレスト大学、バベシュ・ボヤイ大学(クルジュ市?)、ルーマニア・アメリカ大学(ブカレスト市)である。
〇翻訳は、出版社から話が持ち込まれるものをそのまま訳すことがほとんどである。出版社の方で売れ筋の作家を決めて持ち込んでくる。自分たちの方から訳したいものを取り上げるのはほとんど不可能である。そのような贅沢ができるのは、ホンドル先生のような、名前が通った権威のある人だけである。
〇翻訳は、かつてはアカデミック・ポイントにならなかった。しかし、現在は幾分状況が改善されている。国内学会での発表は10点、国際学会での発表を20点とすると、翻訳は2〜5点である。
(伊藤教授からは、現在進めている平安期文学作品の外国語訳本のデータベース、出版の活動状況の説明、ルーマニア側の研究者の状況、日本語作品の翻訳事情を聴き、今後の情報提供を依頼した。)


 お昼には、在ルーマニア日本大使館の代理大使も務めておられる渡部隆彦参事官とご一緒に食事をしました。お店は「涙と聖人」という名前で、ルーマニアの郷土料理をいただきました。
 このお店の名前は、詩的な表現となっています。ブログやフェイスブックで発言する方々は、必ず詩を書いておられるそうです。

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 ブカレスト大学で勉強をなさった渡部さんの話は、政治・経済・文化にわたる幅広い話題で、大いに知的好奇心をくすぐられました。渡部さんは、オーストラリアでは、総領事だった保坂さんの部下だったとのことです。仲むつまじい上司と部下の再会には、爽やかで温かな空気を感じました。私はというと、日頃はお付き合いの機会がない外交官の方々との会食で、しかも異国でのこともあって、ほんとうに楽しいものでした。

 午後は、書店巡りです。ホンドル先生の『源氏物語』は、どの本屋さんにもあります。

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 古書店でおもしろい本を見つけました。どこの国でも、古書店は楽しみの館です。

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 ピータ・マクミランさんの英訳『百人一首』なども入手しました。英語の本であっても見つけた時が買い時だと思うので、いろいろと買いました。
 この日の収穫は、こんな本たちです。英語の本も混じっています。

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 3月8日は女性の日です。街の至る所で花が売られています。花をもらった女性が、たくさん歩いておられます。
 聞くところによると、2月のバレンタインデーに始まり、3月1日、8日は、男にとってはじっと我慢を強いられる3日間だそうです。世界のいずこも、女性の機嫌をとることに疲れる男性はいるものです。今や、女性の存在なしには社会は動かないのです。そうであるからこそ、余計に男性の肩身は狭くなっている、と嘆く方に出会いました。すみません。私もぎこちない思いをするタイプなので、同感するところが少なからずあります。女性にお花を贈るなど、照れくさくてできません。

 農民博物館では、茶碗と建水に使える陶器と、孫のおもちゃを買いました。このお土産物屋さんは、なかなか見つけにくいところにあります。次の写真のドアは平時には閉じているので、入りにくいのは確かです。

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 このブカレストの街のそこかしこで見られる街並みの重厚感は、社会主義の時代の雰囲気を留めています。実際に歩くと、かつての時代が実感として伝わってきます。失礼ながら、小京都とでも言う落ち着いた雰囲気があります。また来たくなります。

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 夜は「カルク・ベーレ」(ビールの馬車)で、食事をしながら民族舞踊を観ました。

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 ルーマニアはラテン系の民族だとのことです。こうした踊りを目の当たりにすると、おのずと納得します。豪華な中にも伝統の積み重ねを感じさせるお店で、楽しい食事となりました。
 素晴らしいお店に連れて行ってくださったガイドのダンさん、ありがとうございました。
 
 
 
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2019年03月09日

ホンドル先生のご自宅で伺った興味の尽きないお話

 夜は、ホンドル先生のご自宅に招いていただきました。先生ご自慢のロールキャベツなどなど、しかも食の細い私のために、小さめで薄味のおかずを用意してくださいました。お気持ちともども、おいしくいただきました。

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 お食事をいただきながら、『源氏物語』のルーマニア語訳の仕事をなさった時の話をうかがいました。
 先生は、日本文学に関してルーマニアで最も著名な方です。最初の翻訳は近松門左衛門の作品からだった、とのことです。
 そんな話が始まってすぐに、私が見たこともない、まったく情報を持っていなかったルーマニア語訳『源氏物語』を見せてくださいました。このことは、一昨日の記事、「【速報】1969年版ルーマニア語訳『源氏物語』との出会い」(2019年03月08日)に書いた通りです。とにかく、感動的な『源氏物語』との出会いでした。
 その他にも、先生ご自身の訳ではないものとして、1986年のルーマニア語訳『落窪物語』、

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『枕草子』、

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『百人一首』、

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 そして、やはり一番時間をかけてうかがったのは、今回先生が刊行なさったルーマニア語訳『源氏物語』のことです。

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 表紙に『源氏物語団扇画帖』が使われていることについては、翻訳をする上で大いに役立ったのが『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展示図録』(国文学研究資料館編、2008年10月、思文閣出版)だったからだそうです。この本はすばらしい、とのことでした。そして、この本には非常に助けられたとも。

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 そこで、実はその本は私が編集責任者として2008年の源氏千年紀に作成したものです、と言うと、先生も驚いておられました。そして、いい本をありがとう、と感謝されました。お役に立てたことを嬉しく思います。

 さらには、上記の『落窪物語』、『枕草子』、『源氏物語』を頂戴することとなりました。私が取り組んでいる翻訳本プロジェクトに理解を寄せてくださったからでもあります。昨日の『源氏物語』ともども、多くの方々にこうした翻訳本を実際に手に取って見てもらえる環境を作ることと、次世代へと長く引き継いで伝えて行きたいと思います。

 長時間の面談で、話は際限なく広がりました。私はあまりの嬉しさに興奮気味だったこともあり、同行の保坂さんが後でメモを渡してくださいました。その保坂さんのメモを引きながら、思い出せる限りを記しておきます。
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■アンジェラ・ホンドル先生ご自宅訪問(2019.3.7/18:30〜21;30)


〇源氏物語の訳は2014年に始めた。トロントで『源氏物語』を翻訳しようと決意した。完成に2年8か月掛かった。(手書き原稿とプリントアウト原稿はそのまま先生の部屋に残っている。後掲写真参照)
○村上春樹の訳は、1200頁を3ヶ月で訳した。対して『源氏物語』は、1300頁を2年8ヶ月かかった。
○敬語のことで苦労した。
〇20数年前にサイデンステッカーの英訳を読んだ。今回の訳作業の開始に当たっては、谷崎訳、与謝野訳、円地文子訳を読み比べて、与謝野訳に決めた。決めた理由は、谷崎訳は男性訳で堅い感じ、と円地訳は漢字が多くて堅いと感じ、何れも雅な香りが幾分損なわれていると感じたから。(伊藤から、谷崎訳には、山田孝雄、玉上琢也が校正作業を手伝ったことが知られていると説明。)
○40章までしか訳していない。与謝野訳の第3部は原作と離れたところが多いことと、内容も、宮廷の話というよりは、恋の話に終始しているため。(これには、伊藤もその判断に賛同)
〇訳の作業に当たっては、タイラー訳、ウエイリー訳、末松訳も参照した。タイラー訳は、原作の香りを伝えていて良い訳だと思う。(サイデンステッカー訳は、今回は参照できなかった。娘がいるトロントにかなり書籍を送ってしまい、向こうにあるので。夏はトロントに行っている。)
〇和歌の訳は難しく、たまたま小学館の「古典文学全集」の寄贈を保坂さんから受けなかったら、作業を諦めていたかもしれない。
○タイラー訳は、和歌が私の好みとは違う。
〇作業手順は、手書きで訳を書き、更に手書きで訂正を入れた原稿を、コンピュータに入力した。

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○プリントアウトしたものは、西池万葉氏(現日本大使館政治担当書記官、この日に同席)に、主に和歌の部分を再度見てもらい訳を決めた。和歌の訳では、あまり説明調にならないように、ルーマニア語の響きを大切にする方針で作業した。(手伝った西池氏によると、和歌の訳の整定の部分では、かなり意見の対立があった由で、その調整に苦労。また、部分的には、日本で古文の先生をしている同級生に質問して情報を得ていた。夫も手伝ってくれた、とも。)

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○この話に出てくる手書きの原稿は、草稿から第4次の原稿まで残っている。

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〇日本語の勉強は、1972年に大使館の館員であった津島氏(後大使)が行っていたオープン日本語講座に参加したのが切っ掛け。その2年のコースを終えたのは自分一人だけであった。その後2年間日本で勉強する機会を得た。
○教え子の一人が秋田大学にいる。言語学専門。
○出版社からの依頼で翻訳することが多い。
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 ホンドル先生は、神楽、絵馬などの伝統的なものも訳しておられます。写真左端のプリントは、日本語訳のバージョンを作成するために準備なさっているものです。

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 話は尽きません。またの再会を約して、その日の夜はお別れをしました。
 階段まで、ずっと手を振って見送ってくださいました。
 
 
 
posted by genjiito at 14:54| Comment(0) | ◎国際交流

2019年03月08日

日本大使館で日本文学と教育に関する情報を収集

 定刻にブカレストの空港に降り立ちました。あらかじめお願いしていたガイドさんであるダンさんの車で、まずは日本大使館を訪問しました。

 今回の旅は、日比谷図書文化館の古文書塾「てらこや」で、私が担当している『源氏物語』の鎌倉期写本を読む講座に、今年の1月から受講してくださることになった保坂英博さんとの出会いから、急遽実現したものです。私が、『平安文学翻訳本集成〈2018〉』の話をしたところ、そのゲラにルーマニア語訳『源氏物語』のことがないことをご教示いただいたことに端を発します。そのルーマニア語訳の仕事に関して、翻訳者であるホンドル先生のお手伝いを保坂さんがなさったとのことです。それでは、ルーマニアに行って翻訳者とお話がしたいという希望を伝えたところ、トントン拍子に話が進んだのです。
 保坂さんは国際交流の仕事をなさっているとのことだったので、世界を飛び回っておられたビジネスマンなのだなという理解で、提示される内容を進めていただいていました。ある時、プロジェクト研究員の大山さんから、保坂さんは2015年9月まで在ルーマニア日本大使館参事官で、2015〜2017年に在ブリスベン日本総領事だった方でした、という情報が入りました。どうりで、お願いしたことが次々とまとまっていくはずです。その不思議さに納得しました。

 そんなこんなで、ルーマニア訪問の段取りを保坂さんにお任せしているうちに、こうして今ご一緒にルーマニアに来ているのです。関空から飛び立った私は、羽田からお越しの保坂さんとはドバイで待ち合わせました。そして、共にブカレストに降り立ったという経緯があったのです。

 日本大使館では、警備員の方をはじめとして、保坂さんのかつてのお知り合いの方との久しぶりの再会で、懐かしさとともに迎えられての大使館入りです。
 入口に嵌め込まれている日本大使館のプレートの「I」や「A」の頭に付いている記号「^」の有無に関する説明は、発音に関するものであることがよくわかりました。

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 大使館員である関谷美緒さんとフローレンティナ・トマさんからは、興味深い話をたくさんうかがいました。その過程で、大使館で整理なさった翻訳本のリストをいただけることになりました。私の方で、科研やブログを通して公開しても構わないとのことでした。ルーマニア語に翻訳された本のデータを、広く活用できる道をつけてくださったのです。来週以降に公開し、みなさまからのご教示やご協力をいただこうと思っています。
 また、ルーマニアの日本語教育事情も教えていだきました。そして、分析を加えた資料も提供してくださったので、これも翻訳本のデータと共に、来週以降に報告します。

 ビルの8階にある大使館の入口には、お雛さまの7段飾りがありました。お内裏さまとお雛さまは、京都以外の並べ方でお姫さまが向かって右側におられます。この前で、みんなで記念撮影をしました。

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 長時間の滞在で、多くの情報をいただくことができました。ありがたいことです。その後は、ガイド兼運転手をお願いしているダンさんの運転で、今回の主目的であるホンドル先生のご自宅に向かいました。

(以下つづく)
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎国際交流

【速報】1969年版ルーマニア語訳『源氏物語』との出会い

 アーサー・ウェイリーの英訳『源氏物語』を、ルーマニア語に翻訳した本との出会いがありました。やはり、現地に足を運ぶと、確実に新しい本との出会いがあります。

 伊井春樹先生から教わった1つに、「本は探し求めている人においでおいでをする」ということばがあります。今、それを思い出しています。

 昨夜、今回の調査旅行の目的である、『源氏物語』のルーマニア語訳をなさったホンドル先生のお宅に招かれて、さまざまなお話をしていた時でした。
 先生が書斎の書棚から取り出して見せてくださった本の中に、私がまったく情報として持っていなかった、ルーマニア語訳『源氏物語』がありました。

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 奥付を見ると、1969年に刊行されたものです。この年には、アーサー・ウェイリーの英訳を基にしたオランダ語訳「夕顔」巻が翻訳されています。前年には、スロベニア語訳が出ています。

 今回、私の前に姿を見せた1冊のルーマニア語訳『源氏物語』は、第9巻「葵」までを収録しています。

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 ホンドル先生のご好意により、この本を私のライブラリーに加えてもいいということで、拝受することができました。ありがたいことです。大事に保管し、若い世代に伝えて行きたいと思います。

 詳しくは帰国後に報告します。
 
 
 
posted by genjiito at 15:34| Comment(0) | ◎国際交流

2019年03月07日

ドバイからブカレストへ向かう機中でのこと

 ドバイで4時間の乗り継ぎ待ちをしていた時のことです。
 ブログを毎日発信している「さくらネット」につなげようとしたところ、この国ではそのサイトにはつなげられない、という表示が出ました。「This website is not accessible in the UAE.」
 いろいろと操作をしているうちに、どさくさ紛れというか、どうにかつながったのでブログをアップしてみました。その後、またつながらなくなりました。よくわかりません。

 乗り継ぎ便は空いていて、5分の1以下の乗客を乗せて飛び立ちました。もちろん、日本人はいません。
 軽食が出ました。今回も、ノドに支えて通りません。どうも食が進みません。

 CAの方にコーヒーを頼んだところ、何と有料でした。日本では、国内線でのお酒なら有料です。しかし、国際線なのに、と思いながらユーロしかないと言って、5ユーロを渡すと、「ユナイテッド・アラブ・エミレイツ・セントラル・バンク」発行の、緑色をした小振りのお札「10 DIRHAMS」が1枚戻ってきました。
 孫と一緒に、ままごとでお買い物ごっこをしているような気持ちです。この紙幣は、その価値もわからないままに財布に記念として納めました。
 コーヒーはスティックの粉末コーヒーを溶かしたものでした。

 座席のモニタのタッチパネルで映画を選択すると、これもすべて有料です。「Buy」を押すと「AED 15」と「AED 35」の2つのパッケージを選択するようになります。通貨の単位をドルにすることで、一本「450円」であることがわかりました。
 いろいろな異文化体験を、あれやこれやと楽しんでいます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | ◎国際交流

初めてのドバイでカプチーノとチーズケーキ

 初めてのエミレーツ航空の機内は、比較的ゆったりしていました。ただし、CAの方が後ろのエリアでやたら立ち食いをしておられたので、下品だなと思いました。よく食べる方でした。アルミのケースの上に食事を並べたり、非常口の出っ張りのところに紙ナプキンを広げて、赤ワインやおつまみなどもありました。見たくない光景です。

 機内食は、2食ともにほとんど食べられませんでした。体調が悪いわけではないので、味付けでしょうか。8割方は残しました。持参のチーズでしのぎます。

 映画は『万引き家族』と『羊と鋼の森』を観ました。いい映画だと言われている作品です。しかし、私には何が評価されているのか、よくわかりませんでした。合う合わないがあるものです。

 ドバイの空港はとにかく広いのです。乗り換えに20分は歩きました。
 疲れたので少し休憩。。
 ドバイのカプチーノとチーズケーキです。

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 これで少しでも栄養補給になればいいのですが。2つで1500円です。
 さて、これからブカレストに向かいます。
 
 
 
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2019年03月06日

関空からドバイ経由でブカレストへ

 午前中の会議に出席し、研究室の資料を整理してから、今夜の旅立ちのために眼下の関西国際空港へキャリーバッグを引きずって移動です。

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 関空からルーマニアのブカレストへ行くためには、ドバイで乗り換えます。
 ドバイまでの飛行時間は11時間。
 乗り継ぎの待ち合わせ時間は4時間ほどあります。
 ドバイからブカレストまでの飛行時間は5時間半。
 合計21時間かけてブカレストに行くことになります。
 今回の目的は、『源氏物語』のルーマニア語訳をなさったホンドル先生にお目にかかり、翻訳に関してお話を伺うことにあります。
 また、日本大使館の方とも今後の情報交換の打ち合わせをし、カンテミール大学では先生方と懇談をします。
 さらに最終日には、ブカレスト大学で開催される「日本研究シンポジウム」で『百人一首』に関するお話をすることになっています。
 慌ただしい3日間となりそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 18:16| Comment(0) | ◎国際交流

2019年03月05日

京洛逍遥(531)春先におすすめ、お昼の京料理2店

 まず、地下鉄烏丸線北山駅近くにある京料理の「乃し」です。

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 お店の中は、入口からは想像もできない落ち着いた雰囲気です。
 孫たちは、坪庭を背景にしてお揃いの服で大満足です。

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 柚子に入った蒸し寿司が気に入りました。

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 屏風のある個室でした。その屏風の前で、生まれて2週間目の赤ちゃんはやがてスヤスヤとお休み。

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 この屏風は、狩野常信の「春爛漫」と題するもの(複製?)でした。

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 2つ目は、京大病院の東側にある、八ッ橋のお店で知られる「西尾 八ッ橋の里」です。
 聖護院門跡の西側にあたり、向かいには「聖護院八ッ橋総本店」、その隣に「はふう聖護院店」があります。「京洛逍遥(487)「肉専科 はふう 聖護院」」(2018年04月14日)で、この「本家八ッ橋西尾」のことに触れています。
 「西尾 八ッ橋の里」は、敷居の高そうな入口です。しかし、食事は庶民的な京料理で、雰囲気のいいお店です。

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 お膳には八ッ橋が付いていました。

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 「点字付百人一首」の中でも次の形をしたものを、私は「八ッ橋型」と呼んでいます。
 まさにぴったりのネーミングだと思っています。

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posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2019年03月04日

吉行淳之介濫読(19)『すれすれ』

 この『すれすれ』は、さまざまなバージョンで刊行されています。吉行淳之介の刊行書はほとんど持っているので、その中でも今回は珍しい〈カラー小説新書〉(挿し絵:風間完、広済堂出版、昭和44年5月)で読みました。

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 ハンカチタクシーと呼ばれた白タクを始めたばかりの石原沢吉の話から始まります。
 初日からイチャイチャする腹立たしいカップルを乗せる羽目に陥りました。タクシーの後部座席で展開する人生模様が語られていきます。
 そして、しだいに沢吉は、女性を口説き落とすためのテクニックを、乗客から学ぶようになるのです。また、そのエピソードが軽妙に語られるので、楽しく読み進められます。このユーモア混じりの語り口が、吉行淳之介の特徴です。
 沢吉は、ドンファンとして悪名高かった亡父竜一の資質を受け継いでいることを確かめようとしています。「親父の秘伝書」なるものを追い求めて生きているのです。そのありかを知るヒントは、小花という女です。女遍歴は、その確認でもあるようです。ドンファン開眼を目標にして、女性を渡り歩く日々なのでした。
 そんな中でも、男娼と大腸菌の話は大いに楽しめます。
 新宿の女給に「波奈子」がいます(94頁)。名前が、今の平仮名の字母なのです。「はなこ」となっていないので、あれっと思いました。
 全編にホテルは「温泉︎」のマークで表記されています。これが意外と効果的です。情事につきものの湿っぽさがなくなるからです。
 亡父竜一が残した物が何かは、秘伝書かどうかはともかく、小花という女性がその秘密を握っていることが明らかになって以来、その何ものか探しが物語を引っ張ります。そして、ついにその遺品を手にします。それは、千本もの曲がりくねった細毛のコレクションでした。なかなかユーモラスな展開を楽しめます。
 軽妙な語り口の中に、男の物の考え方がよく描かれています。その純粋な思いに発する思考過程が。
 井原西鶴『好色一代男』の世之介の話が出てきます。後に、現代語訳をすることになる作品です(昭和55年『海』に16回の連載)。すでに、この時から興味のある作品だったのです。
 沢吉は理髪師の山藤から、亡父竜一と一緒に研究をしていたという『陰翳分析』というノートを見せられます。亡父の遺品である細毛を貼り付けたアルバムは、この研究ノートの付録のようなものだというのです。科学的、統計学的な研究だというのですから、作者の薄ら笑いが伝わってきます。
 最終章は、「はるばるきつるものかな」となっています。作者のウイットが最大限に生かされた終わり方です。【4】


初出誌:『週刊現代』(昭和34年4〜12月、連載38回)
※手持ちの角川文庫の表紙絵(松野のぼる)と「あとがき」を引きます。
 この角川版の巻末のメモには、「昭和51.12.20 修論を出して池袋で購入 昭和51.12.23 読了」とあるので、論文執筆で張り詰めていた日々の解放感から一気に読んだことがわかります。

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 この作品は、昭和三十四年に書いたもので、私のはじめての週刊誌小説である。当時としては、「天下の奇書」と呼んでもよいようなものだと自負していたが、今の時代ではそれほどではないだろう。ただ、「奇書」の趣はかなり残っている。
 時代風俗については、私はあまり作品に取入れないほうだし、時代感覚についても現在とズレはない、とあらためて読み返してみて感じた。一つだけ困るのは、主人公の商売である「ハンカチ・タクシー」である。これは、いまの夜の銀座では「白タク」(ナンバー・プレートが白だからだろう)と呼ばれて実在しているが、すべてヤクザの商売の一環である。
 十五年前には、シロウトが自家用車を走らせて、モグリの営業をやることが可能であった。当然、法律には触れるので、ハンカチを買ってもらうかわりに車に乗せる、という体裁をとっていたから、「ハンカチ・タクシー」と呼んだと聞いたことがある。実際には、乗ってみてもハンカチはくれなかったが。本篇の主人公の石原沢吉くんも、そういう時代のモグリ稼業の一人である。
 この作品が、どこまでいまの時代に受け容れられるか、作者としては興味がある。(353頁)

 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | □吉行濫読

2019年03月03日

[追補]雛祭りには自家製のお菓子でお祝い

 今日は雛祭りです。
 我が家では、自家製の雛菓子でお祝いです。

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 昨年の雛祭りの日は、インドのハイデラバードで春祭りの「ホーリー祭」を見ていました。「ホーリー祭のために外出を自粛」(2018年03月03日)
 毎年、この雛祭りの頃には国内外に調査で出かけていることが多いのです。
 来週から行くルーマニアへのお土産は、小倉山荘の「ひなあられ」にしました。

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 その包みには、次の文章が記されています。

 ひなまつりの起源となるものが日本に伝わったのは、平安時代頃だといわれています。その後、春の野山などに雛を飾る「雛の国見せ」という風習が生まれ、ひなあられや様々なご馳走が添えられたようです。
また、桃の花が邪気を祓うとされ、飾られたことから『桃の節句』ともよばれるようになりました。
 小倉山荘ではいにしえのゆかしき習いに想いをはせ、ひなあられ『春ひいな』をご用意いたしました。
お子様の健やかな成長を願う心とともにお届けいたします。
 ※京都では、宮中の習いに従い、向かって右に男びな、左に女びなを飾ります。


 最後の補足説明にある「京都では、宮中の習いに従い、向かって右に男びな、左に女びなを飾ります。」という文言に注意が向きました。確か、京都は独特の並びだと聞いたことがあります。

 2015年の雛祭りの折には、奈良のホテルに泊まったことを思い出しました。
 そのベッドサイドに、折り紙の雛人形がありました。

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 ホテルのフロントの方に、どちらが男雛でどちらが女雛ですか? と聞いたところ、はっきりとした回答をいただきませんでした。奈良に住んでいた頃には、確か京都と逆で「向かって左に男びな、右に女びな」だったように思います。
 この問題は、今はどのような説明がなされているのでしょうか。少し検索してみたところ、さまざまな説明がなされています。
 一応、次のように言われているようです。

・京都等の関西地方=向かって右・男雛、向かって左・女雛
・それ以外の地域=向かって左・男雛、向かって右・女雛


 そして、その内裏さま以外の人形や飾り、すなわち三人官女、仕丁、五人囃子、桜橘の並び方は、古来一定しているようです。
 どなたか、最近の学説を整理した結果を教えていただけませんでしょうか。

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[追補]
 エバーノートのデータを整理していたら、ホテル日航奈良の部屋にあったお内裏様とお雛様の折り紙に関するメモが見つかりました。追記しておきます。
 チェックアウトの時に、内裏雛の左右の違いを聞く。フロントにおられた女性は、2人ともわからない、と。
 内線電話で確認し、全国的にお内裏様は左であり、京都だけが右だとのこと。そして、このホテルでは全国的な慣習の、左にお内裏様を置いているとのこと。

 
 
posted by genjiito at 23:42| Comment(0) | *美味礼賛

2019年03月02日

何もしない日(2/3月)

 今年になってから、何もしない、何も考えない1日を、毎月かならず設けることにしました。
 1月2日にそう宣言しながら、2月はミャンマーに行っていたこともあり、大忙しの2月2日でした。

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 そして3月2日。
 今日は、意識してお昼まで寝ていました。
 確かに、無理をしてでも寝ることは大事であることを実感します。

 午後は三条まで散歩です。
 三条大橋の袂には、早咲きの桜がきれいでした。
 もう春です。

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posted by genjiito at 23:38| Comment(0) | *健康雑記

2019年03月01日

オイオイ!!と思うこと(9)通信と交通のこと

(1)街中でスマホがフリーWi-Fiに勝手に繋がろうとします。その当座は、ネットが使えなくなります。すぐにWi-Fiの設定を切ります。長時間使うことがわかっているときは、手間を惜しまずに時間をかけてフリーの設定につながるように奮闘します。「タウンWi-Fi」という便利なアプリに助けられることがあります。しかし、ほとんどが面倒なこと、この上もありません。親切の押し売りはいい加減にしてほしいものです。もうインターネットには見切りをつけて、すでに検討が進んでいる、次の世代の新技術を1日も早く実現してほしいものです。


(2)駅のエレベーターに乗り込むと、「行き先ボタンを押してください。」と言われる時があります。一つ上か下の階に行くしか選択の余地はないのに、行き先のボタンを押すまではドアが閉まりません。しかも、ホーム階と改札階の表現も多種多様で、どのボタンを押したらいいのか迷うこともあります。駅側も、このボタンの強要があまりにも杓子定規だということに気付かれたようで、最近は、閉まるボタンを押せば、自動的に上か下の階に行くものがあります。上か下のどちらかしか行かないエレベーターの場合は、それでいいと思います。センサー技術で、それも不要の時代になっているはずです。


(3)電車の2人がけシートで進行方向に向かって走っている時のことでした。真後ろの方が、新聞紙をバリバリ音を立てながらめくっておられるのです。席を変わりたくなります。しかし、そんな時に限って、満席で他に移りようがありません。バリバリ音を、ジッと我慢するしかない数十分は修業だと思っています。


(4)新幹線でトイレから出た時のことです。混んでいたので、通路に立っておられた方が出口を塞いでおられたのです。一瞬立ち止まった時に、トイレのドアが勢いよく閉まりました。そして、一瞬立ち止まった私の背中を、ドアがバシンと叩きつけました。ひ弱な身体の私は、背骨を痛打され、しばらくは痺れを我慢できないほどでした。もう少しバネを弱めにしてほしいと思いました。それにしても、背後は油断大敵です。


(5)最近、急いで移動する必要にかられることが多くなり、タクシーを使う機会が増えました。同じ場所の移動でも、料金が違います。一番大きいのは、運転手さんが最短距離を走ってくれないことです。カーナビを操作しながらの場合は、料金に大きな違いはありません。それよりも、自信たっぷり(?)に走られた時で、ここで曲がってしまったら遠くなるのに、という場合があります。その時に、「あの道をまっすぐ行けば……」と言うとかえって距離が延びるので、そのまま走ってもらいます。ワンメーターならまだしも、200円以上の差が出たときには、不満の一つも言いたくなります。
 
 
 
posted by genjiito at 20:17| Comment(0) | *身辺雑記