2018年11月30日

最近見た視覚障害者に関する映画2本

 映画『光』(2017年公開、河瀬直美監督)を観ました。
 視覚障害者のために、映画の音声ガイドを制作する尾崎美佐子は、視力を失いつつある天才カメラマン中森雅哉に出会います。音声ガイドをする女性の苦悩を描く映画です。
 「砂像」のナレーションに対して、意味は何かというクレームが雅哉から付き、最後は、「砂の女性像」となるなど、言葉による表現の問題が扱われています。音声でガイドをたくさん入れてもらうと、主観が入っているようで押し付けがましい、という討論などもあります。
 「生きる希望に満ちている。」というガイドに対して雅哉は、年寄りはいつ死ぬかわからないと思っているのでそのガイドは何か、と言い、言われた美佐子は考え込みます。削り過ぎていて、空間を再現できない、という意見が出たりもします。あるいは、作品の重厚感を壊したガイドになっている、とも言われたりします。スクリーンを観ているというよりも、その中にいるとか、大きな世界を言葉が小さくしているとも。
 ガイドの文章を作成した美佐子は、見える、見えないの問題ではなくて、想像力の問題だと反論。それはどちらなのか、とのアドバイスもあり、音声ガイドの難しさが浮き彫りになっていきます。
 目が見えなくなっていくカメラマン雅哉が、かつて父に連れて行ってもらった夕陽に照らされた山に美佐子を連れて行くシーンが印象的です。


 次に、映画『ブランカとギター弾き』(2015年イタリア製作、2017年に日本公開、長谷井宏紀監督)も観ました。
 フィリピンのマニラで路上生活をする孤児の少女ブランカと、目が見えないギター弾きの老人ピーターの2人が織り成す物語です。ブランカは、「3万ペソで母親を買います」というビラを撒き、お金を集めることに奔走します。そして、買えるものと、買えないものがあることを知るのでした。大人は子供を買うのに、という理屈はショッキングです。お金持ちと貧乏人はなぜいるのか、という問いもあります。
 最後のシーンでの、感動的な笑顔が忘れられません。
 そしてエンディングで、盲目のギター弾きピーターは本作品完成後、ヴェネツィア音楽祭の後に突然の病により亡くなった、との字幕が流れます。それを見て、また感激が増幅しました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | ■視覚障害

2018年11月29日

科研[海外へいあんぶんがく情報]のHPが本格的に始動

 遅れに遅れていた科研のホームページが、本日ようやく動き出すことになりました。

 採択されてすぐの昨年4月下旬から、その研究成果を公開するホームページの構築に着手しました。しかし、不可解な問題や疑問が伏流する中に身を置き、一年後のこの初夏には、担当することとなっていた業者とは関係を解消しました。
 それまでの経緯は、本ブログに報告した通りです。昨年5月以降の経緯は、この科研が終了してから報告します。

 今日は、新たにお世話になる東京の業者と、科研に関する業務の契約に関して、大学の事務責任者と共に正式な契約書を交わす手続きを終えました。月末の超多忙な日に、関西国際空港に近い所とはいえ、わざわざこのことだけのために遠路お出でいただいたことに感謝しています。

 この2年間、多くの方々のご理解とご協力をいただいたおかげで、膨大な成果が上がっています。年末年始は不眠不休で、情報公開の遅れを取り戻すことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:57| Comment(0) | ◎情報社会

2018年11月28日

京洛逍遥(522)下鴨神社の紅葉-2018-

 今秋の颱風の後、下鴨神社の境内の木々は大きな痛手を負いました。
 まず、印納社が建て替えられていました。

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 これまで、ここ下鴨神社の紅葉はあまり注目していませんでした。よく見ると、なかなかいいものです。

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 河合神社も、いい雰囲気の一角に望めます。

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 復元された瀬見の小川も、紅葉が映える工夫がなされていました。

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 旧三井家下鴨別邸の望楼は、紅葉越しに見るとまた格別です。

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 この糺ノ森は、晩秋も楽しめることを実感しました。
 
 
 
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2018年11月27日

NPO-GEMに寄贈していただいた『御物 各筆源氏』(復刻版)

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が「be京都」で開催している「町家 de 源氏物語の写本を読む」に参加なさっているTさんから、東山御文庫蔵『源氏物語』(通称『御物 各筆源氏』)の復刻版(影印本)を頂戴しました。

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 これは、静岡県のT氏が所有なさっていたものを、Tさんが間に入ってNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に届けてくださったものです。
 この寄贈のお話は、先週土曜日の源氏の会で伺い、それが早速、2個口の荷物として本日届いたのです。
 T氏とTさんに、ここに拝受のことを記して広く報告し、お礼にかえさせていただきます。ありがとうございました。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で、大切に管理します。
 『源氏物語』の「変体仮名翻字版」による本文データベースを構築する時の翻字用資料として役立てます。また、多くの方々に、『源氏物語』の古写本の姿を実見していただく上での、大切な資料として、会員を通して永く伝えて行きたいと思います。

 この『源氏物語』について、特に収納箱と写本の書誌に関しては、別冊の『東山御文庫蔵 源氏物語(各筆源氏)解題』(阿部秋生、秋山虔、池田利夫編、日本古典文学会・貴重本刊行会、昭和61年11月)の巻頭にある「書誌」(池田利夫担当)より引用して、参考情報とします。

   (1)収納箱

 本体を収納する金蒔絵の塗箱と、これを覆う黒塗の外箱とよりなる。外箱は盒に作り、蓋をした状態で縦四一センチ、横二五・二センチ、高さ二八センチである。身の部分は低く、台座風に作られたその下に緑色の平紐が通してあり、蓋の上で結ぶ。蓋の表には、上述の二枚の白い紙片が貼られ、中央の一枚は縦三一・六センチ・横八・七センチで「宸筆源氏物語」と墨書されており、この右に頭を揃えて貼られている縦一四・二センチ、横六・五センチの一枚には「源氏物語(傍記:宸筆以下)」と記されている。現在は、二枚の紙片を覆うように鈎形に切った半透明の薄様斐紙で外縁を糊付けしてあるので、以上の文字が透けて見えるのである。
 内箱は四つの抽出しを収納している。全体が黒漆地で、表全面は菊花葉文の金蒔絵が施され、花芯には螺鈿があしらわれている上、頭部四周は金箔卍繋ぎの文様に縁取ってある。側面の一枚蓋を外すと、中は上下二段に分かれ、各二つの抽出しが仕切りなしに接して収められている。抽出しの箱も黒漆塗地であるのは本体と同じであるが、前後が刳貫きになっていて、外側は撫子が群生する金蒔絵仕上げになっている。そして上縁を刳貫き部分を含めて天金とし、内側は金箔で裾縞様に装飾される等、総じて贅を尽した作りなのである。
 四つの抽出しに『源氏物語』五四帖を分納するのはもちろんであるが、それぞれに斐紙で包んだ小形の色紙が配され、収納されている抽出しごとの巻名が記されている。「付属文書」の項で述べるが、古筆了和の鑑定によると、烏丸光広の筆になるという。ただ箱の文様を始め、鍵の銀金具などにも旧蔵者を想定させるような紋章はないが、古筆了仲の副状の一節に「一家之重宝のみならす本朝之隹■」とあるのから察すると、この鑑定以後、皇室に献上されたかと思われる。

   (2)本体書誌

 すべて一巻一帖仕立ての写本五四帖、列帖装の六半本である。取合せ本に、ある時期ほぼ同じ表紙を付けたとおぼしく、各巻の大きさに若干の相違がある。巻ごとの寸法は他の書誌とともに次項に一覧させたが、縦は一六・○〜一五・五センチ、横は一五・六〜一四・八センチと、相互の差は最大でも一センチに満たない。
 枡形の表紙が白茶地の厚手鳥の子紙であるのは共通しているが、文様に二種がある。一つは淡墨の霞文を引いた上を丁字で彩り、さらに草花や山水などを素描して、往々に葦手書きが見られる。ただ、澪標のみは「みをつくし」と読めて巻名と知られるが、帚木は「おり/\に」、若紫は「みや」、末摘花は「なつ」とあって意味が定かでなく、他の葦手は、その一部もしくは大部分が、左上に貼られた題簽の下になって読めない。桐壺など葦手のない巻もあるが、以上のような体裁の表紙は一〇冊に及び、これをA群と称すると、A群はすべて第一五巻の蓬生までに集中している。一方、他の四四帖は、ごく簡略に丁字の横線や螺旋を引くのみの表紙で、葦手もなく、これをB群と呼んで区別することはできるが、AB両群間に、本文の筆跡や書写年代、あるいは本文系統などとの関連は見いだせない。
 題簽は各巻共通で、赤褐色無地の縦七・九センチ、横二・八センチ(桐壺)ほどである。ここに書かれた外題は、了仲の極めに依ると、飛鳥井雅康(宋世)という。いずれにしても、葦手が題簽の下に隠れている巻があるのからすれば、後補のものであろう。そして、今は扉紙になっている各帖の第一丁表の左上には、やや小さ目の白色題簽を剥がした跡をとどめているので、現在の装丁に至るまでには変遷があったと思われる。
 見返しは金箔に空押しで、梅・撫子・繋輪・菊・薄・唐草・小松・千鳥・萩のいずれかの模様が浮き立たせてある。列帖の折数は、少くて二折、多くて七折、前付遊紙は前述の扉紙が各巻すべて一枚、後付遊紙はない巻もあり、多いのは一五枚にも達する。本文丁数は多い巻で若菜下(一五七枚)・若菜上(一三四枚)・手習(一一五枚)などであり、少いのは篝火(五枚)・花散里・関屋(各七枚)などである。そしてこれらも書誌一覧に示した。
 本文料紙は、斐紙、楮斐交漉と幾通りかあり、厚さもさまざまであるが、いずれも鳥の子紙と称して良いであろう。本文書写の毎半葉ごとの行数や、和歌の書写形式も一覧に見るとおりに相違があり、特に一帖の中で行数や形式の定まらない巻が多いのにも注意される。本文は墨付第一丁表より書写されるのが通常であるが、竹河のみは裏より写し始める。また、花散里・須磨・関屋・蛍・夢浮橋の五帖を除くと、本文に朱の句読点が施され、加えて朝顔・常夏・野分・行幸・真木柱の五帖には合点が見られる。なお、花宴の第五丁裏と第六丁表、須磨の第二七丁裏と第二八丁表とが空白になっているのは、書写に際して一枚めくり過ぎたのであろう。他に、欠丁、脱文、錯簡なども見られるが、それらについては後述する。
 印記は、いずれの巻にもない。(7〜9頁)

 
 
 
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2018年11月26日

目が見えない方との「新春! 東西でかるたを楽しむ会」のご案内

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」の代表者である兵藤美奈子さんから、新春企画としての嬉しい催しの案内が届きました。

 これは、東京の「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」と、大阪の「大阪点字付きかるたを楽しむ会」との合同企画です。

 今年の初夏に開催された東西合同企画の様子は、「大阪で開催された「東西でかるたを楽しむ会」に参加」(2018年05月04日)に報告しています。どのような集まりかを知りたい方は、掲載した写真などをご覧ください。
 「1日だけの参加も OK」とのことです。
 私は、両日参加する予定です。
 参加して見ようと思われる方は、下記の兵藤美奈子さんか関場理華さんにメールで連絡をお願いします。


☆「新春!東西でかるたを楽しむ会」開催のご案内



今、目が見えない人も見えにくい人も見える人も、一緒に百人一首かるたを楽しもうという機運が、全国的に高まってきています。そんなな中、今年の5月に引き続き、東京の百星の会と、大阪点字付きかるたを楽しむ会の合同企画「東西でかるたを楽しむ会」が、1月12日・13日の両日、京都で開催されます。
また、12日の午後には幅広い方が体験できる「体験会」も行います。
平成最期の新春、一緒にかるたを楽しみませんか?
初心者の方・点字が読めない方も、大歓迎です。
さあ皆さんご一緒に、レッツちはやふる!

日時:2019年1月12日(土)14時〜13日(日)12時
会場:12日午後…京都ライトハウス
   (〒603-8302 京都市北区紫野花ノ坊町11 電話:075-462-4400)
宿泊&13日…宇多野ユースホステル
   (〒616-8191 京都市右京区太秦中山町29 電話:075-462-2288)
費用:19歳以上 6,000円
   18歳以下 5,000円
   ※一泊二食と施設使用料等含む
   1日目のみ参加他の方…100円
定員:宿泊される方=20名程度

<プログラム(予定)>


1月12日(土)
13:30 受付開始(京都ライトハウス1階和室)
14:00 開会、かるた体験会(自己紹介、初心者向けワークショップ・個人戦)
17:00 体験会終了、宿泊される方はバスで移動
18:00 宇多野ユースホステル着、夕食・入浴・交流

1月13日(日)
09:00 かるた団体戦開始
11:30 後片付け・出発準備
12:00 宇多野ユースホステルにて閉会
※以下はオプショナルツアー(予定)です。
12:30 昼食(場所は未定)
14:00 JR乗車
15:00 近江神宮見学
16:00 近江神宮発
17:00 京都駅解散


申込〆切 12月5日(水)
※ただし、1日目のみ参加の場合は12月26日(水)まで。

お問い合わせ・お申し込みは、
下記いずれかまで、メールでご連絡ください。

○「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」
 代表アドレス・100boshi.hyakuboshi@gmail.com
 事務局 関場理華

○大阪点字付きかるたを楽しむ会
 代表 兵藤美奈子・putti-castle205@key.ocn.ne.jp・
 事務局 野々村好三

※ご不明な点はご遠慮なくお問い合わせください。

 
 
 
posted by genjiito at 19:31| Comment(0) | ■視覚障害

2018年11月25日

[町家 de 源氏](第14回)(補入となぞりの確認)

 「be京都」での『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』を読む会は、昨日からストーブをつけています。急に冷え込むようになりました。

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 今回は、まず巻子本(巻物)を実際に見てもらいました。一巻になっている巻物をすべて解くと、京間の壁際2辺(7m)を占めます。巻かれている状態からしだいに伸びだすと、あれよあれよという間に壁を伝い、意外と長いことに驚かされます。
 その巻子本から冊子本になることや、和歌などを切り継ぐのに便利なことも話題にしました。
 日本の古典籍は、それが伝えられてきた形を知ると、意外と親近感が湧くものです。活字本に慣れ親しんだ現代の読書文化の中で、かつての本の実態を知ることは大事なことなのです。

 この日は、9丁表の4行目「とりへ【山】・もゑし・个ふも/ふ+里」からです。
 ここで、「ふも」の間に補入記号の「◦」を付けて、その右横に「里」が書き添えられています。

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 写本で使われている記号の話から、「まる」「ぜろ」「オー」を筆でどう書いたのかを、みんなで考えました。この補入記号の「◦」が、ミセケチ記号の「˵」や「ヒ」と紛らわしいことも、ここで確認しました。

 「那く」のところでは、「く」がなぞられています。

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 その下にどんな文字がかいてあったのかを、はみ出した微かな線を頼りに、みんなでじっくりと考えました。可能性としては「う」「と」「ら」「し」などなど、いろいろと考えられます。なぜ、この語尾の所でなぞった上に墨継ぎをしているのかも、説明し難い状況です。

 先の補入記号のことに始まり、このなぞりの状態をどうみるのか、ということなどで、みんなであれこれとその可能性を語っているうちに、あっという間に時間が経ちました。
 そんなこんなで、3行分しか読めませんでした。
 次回は、9丁表の6行目「あ可【月】の」から読みます。

 来月の第15回は、12月22日(土)14時〜16時まで。
 新年の第16回は、1月20日(日)10時〜12時までです。

 ご自由に参加していただける会です。この記事のコメント欄を利用して連絡をいただけると、詳しい説明を差し上げています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:06| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年11月24日

科研のHP[海外へいあんぶんがく情報]が半歩前進

 現在取り組んでいる、科研(基盤研究A)「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)の研究成果を公開するホームページが、昨春(2017年3月31日)より進展していませんでした。

 これまでに準備したホームページ[海外へいあんぶんがく情報]のデザインを含めての経過(昨年12月末まで)は、「昨春採択の科研(A)のホームページが公開できない理由(7)」(2018年04月18日)などに詳しく報告した通りです。
 昨秋より紆余曲折はあったものの、大学から紹介されたIT業者とは今春決別し、今は心機一転、心強い助っ人を得て、新しいホームページ「海外へいあんぶんがく情報」の構築に取り掛かかるところです。
 そして、やっとのこと、このことを公に告知できるようになりました。

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 まだ、「2019.4 Website Released.」という一枚のバナーを追加しただけです。しかし、この一枚のバナーを貼り付けるだけでも、1年半以上にわたり膨大な時間と労力を費やさざるを得ない事態に巻き込まれていたのです。消化管を持たないひ弱なこの身体が、よくも持ちこたえられたものだと、いまさらながら感慨深い想いの中にいます。

 これからは、来年4月にこの2年間の成果を正式に報告できるように、集めた膨大な情報と研究成果を整理することに努めます。インド・ミャンマー・ペルー・アメリカで調査をしたことが中心となります。そのなかでも特筆すべき成果は、ビルマ語訳『源氏物語』を発見し、その翻訳者を研究会に迎え、日本語への訳し戻しもしたことです。

 研究分担者と連携研究者の諸先生方はもとより、プロジェクト研究員の大山さん、研究協力者として私の研究室に出入りしている7人の学生たち(池野・門・田中・松口姉妹・ナイン・チャンさん)、東京からこの科研を支援してもらっている研究協力者の淺川さん、さらにはデザイナーの塔下さんの力を借りて、お役に立つ平安文学情報を発信するための作業を鋭意進めます。やっと、学生たちには本来の仕事をやってもらえます。

 どうにかこうにか、ここまで漕ぎ着けました。一歩前進とまでは言えないので半歩です。情報公開については、入口に立ったまでです。これまで、何度か挫けそうになった気持ちを支えてくださった方々に感謝をしながら、来春の正式公開に向けてこのまま進んでいきます。

 今後とも、情報提供を含めた温かいご支援を、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 12:21| Comment(0) | ◎国際交流

2018年11月23日

藤田宜永通読(31)『彼女の恐喝 Blackmail』

 藤田宜永の『彼女の恐喝 Blackmail』(2018年7月、実業之日本社)を読みました。

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 通読し終えて、犯罪を犯す者に罪悪感が希薄な設定に物足りなさを感じました。恐喝に殺人、そして別人への成りすましなどなど、成り行きで実行されます。人間への切り込みが浅いのは、人間を見つめる鋭さと深さに欠けるせいです。特に、男と女の心理の読み合いには、スナックでのおもしろおかしい痴話の域を出ていません。
 相変わらず、藤田宜永は書き出しが粗雑です。第2章「国枝悟郎の秘密」からおもしろくなるので、お急ぎの方は「プロローグ」を読んだら、第1章の109頁分は読み飛ばしてもいいかと思います。
 なお、第3章「下岡文枝の疑い」は、登場人物が整理されないままに話が展開し、収束します。これは読者に対して、あまりにも不親切です。再度ストーリーを整理して改編したら、もっとおもしろい話になりそうです。
 藤田宜永については、初期の犯罪小説や冒険小説がおもしろかったので、以来この藤田作品を追っています。不慣れな恋愛小説で低迷した後、今は気抜けしたおじさんの話と共に、若かりし頃のパワーが少し感じられる作品が産み出されようとしています。読み続けることで、一人の作家の変転を見つめて行きたいと思っています。こんな小説の読み方があっても、いいのではないでしょうか。【2】

 [memo]嫌な人をやり過ごす会話の手法
 「さ、し、す、せ、そ 理論」
 「さあね」「しらない」「すてき」「せっかくだから」「そうね」を繰り返すこと。(21頁)
 
 
 
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | □藤田通読

2018年11月22日

キャリアアップ講座(その12)『源氏物語』のくずし字を読む(白熱した討議)

 早くも学内の一角には、クリスマスツリーが飾られています。

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 今日の社会人講座は体調不良の方が多く、男性3人と女性2人の6人で始まりました。

 まず『拾遺和歌集』の複製本を見てもらいました。前回に引き続き、日本の古典籍の実態を実見してもらおうと思ってのことです。列帖装の装丁や表紙のありようを、じっくりと見てもらいました。

 次に、ちょうど今日は千年前に、藤原道長が「この世をば我が世とぞ思ふ望月の〜」と詠んだ日だということで、そのことを報じた今朝の京都新聞を配って確認しました。昨夜の満月を見たという方がいらっしゃいました。皆さまと一緒に、窓を開けての月見ができなかったことが残念です。

 スムースに『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編、新典社、2015年10月)を読み進んでいた時でした。読み始めて1行半のところに出てきた、「いとゝ」の踊り字の説明をしているうちに話が脱線し、日本の文化が海外の方々に正しく理解されているのか、という問題にまで及びました。近隣諸国の日本理解に始まり、イエスかノーの2つに分けられない日本的な発想について等々、まさに自由な意見交換の場となりました。つまるところ、過去の歴史を今のモノサシで測るのはいかがなものか、ということだったかと思います。

 1時間以上、参加者のみなさまが想い想いの意見を述べながら、年中行事の話で落ち着きました。ハロウィンは定着するのか、という問題も含めて。

 熊取町には、まだ町内会が機能していて、地蔵盆や鬼灯市が残っているそうです。日本文化を語り合うには格好のメンバーが揃っていたのです。そんなこんなで、語り尽きせぬ想いを温めながらの散会でした。

 次回は、巻物を見てもらうことにしました。
 『源氏物語』を読み進めなかったことはそれとして、50、60、70台の熟年世代が意見交換の楽しさを満喫できたことは、貴重な時間の共有となりました。得難い時間となったことも、今日の収穫です。

 3時間半をかけての帰り道、途中の乗り換え駅である梅田から、観覧車越しに優雅な満月を望めました。

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 京都の自宅前からも、澄み切った夜空にきれいなまんまるのお月さまが見えました。

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 千年の時が、一気に身近なものとして感じられました。
 期せずして、今日は「いい夫婦の日」でもあります。
 平凡な日々の中で、満ち足りたお月見となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:12| Comment(0) | ■講座学習

2018年11月21日

清張全集復読(29)「乱気」「雀一羽」「二階」

■「乱気」
 加賀の前田利昌は、柳沢吉保に可愛がられていました。しかし、織田秀親が何かとライバルとして立ち現われてきます。
 将軍綱吉が亡くなってから、利昌の生き様が変わります。綱吉に正一位を贈位する儀式で、利昌はあろうことか秀親と協力しなければならない役が当たります。困りました。同じような役目で、浅野内匠頭と吉良上野介の刃傷沙汰が思い合わされます。今回は、秀親からどんな意地悪をされるか、わかったものではありません。気が重いのでした。神経質過ぎる男である利昌を通して、人の心の中で思い込みが増殖拡大する様が丹念に描かれます。
 最後の意外な結末は、人間が考えることのあやふやさを、いや増しに煽るものとなっています。【4】
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(1957年12月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
この殺人事件は一見「不条理」にみえないこともない。そこがわたしの興味をひいた。(550頁)

 
 
 
■「雀一羽」
 元禄年間のこと。五代将軍綱吉は、生類憐愍の令を出しました。謹厳実直な旗本で順調に出世していた内藤縫殿の若党で、喜助という男が、酒の勢いもあって雀を殺します。そのことが原因で、縫殿は御書院番組頭の役職を罷免となったのです。柳沢吉保の処置でした。
 その後、生来余裕のない小心者だった縫殿は、15年間も無役のままで放置されます。いつかいつかの思いは、なかなか叶いません。ようやく綱吉は亡くなり、家宣が六代目を継ぎました。生類憐憫の令は廃止。雀一羽のことで15年間も腑抜けの生活を強いられた縫殿は、依然として音沙汰のないままに放置されています。しまいに縫殿は、隠居した柳沢吉保への恨みが嵩じて狂態を見せるようになります。小心者であったがゆえの豹変。その人格の変転がみごとに描かれていきます。これだけの感情の起伏が描けた作者清張には、身に覚えのある体験が裏打ちされた心情なのでしょう。いたたまれなくなるほどの表現が、読者を掴んで離しません。

縫殿の頭には、柳沢吉保への憤怒が烙きついて消えぬ。小心で正直なだけに、自分の一生を墜した彼への遺恨が凝り固って神経を狂わせた。美濃守に対する憎悪は、混濁した脳で復讐の場面ばかりの幻視がうろついている。呟きや無気味な独り喘いは、ただ、この敵に対っているだけであった。(77頁)

 妻のりえは、もう夫への対処ができません。親類筋は座敷牢に閉じ込めました。この後、ことの顛末はみごとに描き納められます。さすが清張。「この恨み晴らさでおかものか。」という言葉を読後に思いました。さらには、清張の温かいまなざしも感じられるほどの閉じ方です。『松本清張全集 37』でいうと、たったの14頁の短編です。その分量の少なさがわからなくなるほどに、充実した話としてまとまっています。【5】
 
初出誌:『小説新潮』(1958年1月)

※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
「雀一羽」は「乱気」と同じく柳沢吉保の隠退前後を背景とした。が、これはつくりごとである。わたしの「無宿人別帳」のうち「島抜け」の動機の設定と似通うものがあるが、「雀一羽」のほうが少し不自然である。(550頁)

 
 
 
■「二階」
 心満たされない男が描かれています。2年も俳句を作りながら療養所で暮らす英二は、自分の分まで働く妻に感謝しています。いつしか妻は、夫の熱意にほだされて退院させます。それが後悔につながっていくのでした。
 雇った看護婦は、とにかく良い人でした。それが、印刷所の2階で夫の世話をするうちに、お決まりの展開となります。妻は、看護婦に女を意識するようになりました。妻といる時の夫のおどおどする様子が見られます。猜疑心と闘う妻。派出看護婦に夫を略奪された妻の心情が、克明に描かれています。そして、予想通りの展開で話が閉じられるだろうと思った私を、さらに裏切る顛末となります。人間関係をめぐっての意外な結末。取り残された人間の心情がみごとに描かれた作品です。【5】
 
初出誌:『婦人朝日』(1958年1月)
 
 
 
posted by genjiito at 19:39| Comment(0) | □清張復読

2018年11月20日

清張全集復読(28)「発作」「怖妻の棺」「支払い過ぎた縁談」

■「発作」
 男は月給3万円の内、結核を病む妻に今では月に3千円しか送っていません。愛人との情事と競輪に消えるため、月々の前借りと金貸しからの借金が溜まっていました。会社でも、不満ばかりです。仕事での間違いから、クビになるかもしれない不安が過ぎります。そんな男の目を通して、身辺の他人を冷静に突き放した目で描写していきます。イライラした日々の男の気持ちが、丹念に描かれます。苛立ちの中で男がしたことが、実に生々しくて、読後は読んでいた手の力が抜ける気がしました。【4】
 
初出誌:『新潮』(1957年9月)

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
衝動的な殺意が醸成されるまでの心理的な経過を描いた「不条理の文学」の秀作。(161頁)

 
 
 
■「怖妻の棺」
 弥右衛門は妻に萎縮しています。ある日、隠している女の所から帰らないことから、愛人の家で亡くなったことがわかります。しかし、家督相続の関係で、妻は遺骸を引き取ります。もっとも、死んではいなかったのですが。
 二重にも三重にも身動きが取れない男の困惑が、実にリアルに描かれていきます。そして、妻に頭の上がらない男が、ピエロのように描かれています。その死さえも、読者をごまかします。【3】
 
初出誌:『週刊朝日別冊 炉辺読本』(1957年10月)
 
 
 
■「支払い過ぎた縁談」
 しがない大学の講師が、結婚を申し込んで来ました。追いかけるように、社長の息子が求婚して来ます。山奥の田舎で、行きそびれていたこともあり、親娘は天秤にかけ、お金持ちの方を選びます。しかし、話は唖然とする結末を迎えました。作者の遊び心たっぷりの小話です。【4】
 
初出誌:『週刊新潮』(1957年12月)
 
※『松本清張全集 37』(文藝春秋社、1973.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
そのころは、O・ヘンリーのような短編の味を狙ったものである。(550頁)

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
ブラック・ユーモア・ミステリーの快作。(80頁)


 
 
 
posted by genjiito at 19:33| Comment(0) | □清張復読

2018年11月19日

第14回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週11月24日(日)午後4時から6時まで、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で14回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 テキストは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)です。

 昨日18日(日)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、この勉強会を呼びかける記事が掲載されましたので、あらためて本ブログでも紹介します。

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 今回は、「9丁表4行目」の光源氏の歌「とりへ山〜」から読みます。
 前回の内容については、「[町家 de 源氏](第13回)(変体仮名「う」と「こ」の字形)」(2018年10月14日)をご覧ください。

 700年前に書写された『源氏物語』を、変体仮名に注目して読み進めることに興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内を差し上げます。
 参加費は、初回だけは体験ということで千円です。2回目以降は二千円です。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員は割り引き特典があります。

 なお次の第15回は、12月22日(土)14時から16時まで行ないます。
 会場は、いつもの「be京都」です。
 しばし、京都で、千年前の異文化体験を一緒にお楽しみください。
 
 
 
posted by genjiito at 09:00| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年11月18日

古都散策(68)お茶のお稽古を通して能の「紅葉狩」に行き合う

 大和平群へ行く途中で、生駒山のテレビ塔を望みました。紅葉はまだです。

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 いつものように、龍田川の上流を見下ろすと、少しずつ色付いて来ているのがわかります。それでも、今年は遅い紅葉です。

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 山道を登りながら、信貴山の方を見ました。ススキと落ち葉を焼く煙の彼方に、信貴山があります。秋から冬へと移り変わるのが実感できます。

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 今日は、炉で丸卓を使った薄茶のお稽古をお願いしました。思い出しながらお点前をしていたら、もっと肘を動かして、とか、手首だけでしない、などなど先生からのアドバイスがあります。きれいなお点前をするように、とのことです。

 お稽古の最中に、夏にやった入れ子点てのイメージが混じります。最後に、丸卓の上に柄杓を縦に置くのか斜めに置くのかや、蓋置きを手前に置いたら棗がないことに慌てたりしました。棗を置くのは入れ子点ての時だったのです。

 丸卓の下の棚に水差しを置いているので、最後に水次が必要です。新しいことに移った時には、他のことがつい思い出されて邪魔をします。

 龍田川をイメージした、紅葉を描いた茶碗が使われた時でした。「紅葉狩」をテーマにしたことを想定して、茶杓の銘を「しぐれ」にしたら、という先生からの助言がありました。
 お客様が、その背景に謡曲の「紅葉狩」があることに気付かれ、話題がそんな方面に展開したらおもしろいでしょうね、とのことです。これはまた、レベルの高いお茶席になります。

 先生の口から、「時雨を急ぐ紅葉狩、時雨を急ぐ紅葉狩、〜」という、謡曲「紅葉狩」の一節が出て来て、そのあらすじのお話におよぶと、お茶の世界から展開する遊び心がお茶室中を満たします。自分の勉強不足を知ることにもなりました。
 『源氏物語』なら第7巻「紅葉賀」と関係付ければいいのでしょうか。

 お茶のおもしろさの一端をかいま見る、刺激的なお稽古となりました。

 京都駅は、相変わらず人の波が絶えません。
 通りがかりの駅前で見上げたタワーは、鮮やかな緑と青でした。

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posted by genjiito at 20:37| Comment(0) | ・古都散策

2018年11月17日

今夏ペルーで収集した平安文学関係の書籍を整理

 今夏、ペルーのリマに行った際、多くの日本文学関連の翻訳書の存在を確認しました。
 主な翻訳書に関しては、「エレナコハツ図書館で確認したスペイン語訳平安文学」(2018年08月13日)に、表紙の画像とともに報告しています。

 この翻訳書群については、帰国後すぐに、科研の研究協力者である淺川槙子さんから、さまざまな情報を整理した上で報告をいただいていました。そのことを、忙しさにかまけて本ブログには掲載していませんでした。今、本年度の研究活動を整理している中で、このことに気づいたため、忘れないうちに記録としてここに残しておきます。

 淺川さんから提供された情報は、以下の通りです。引用するにあたり、科研の成果物としてこれまでに編集刊行した多くの書籍と同じように、その掲載の形式を補正しています。
 今後は、これを基礎データとして、さらに詳細な書誌情報に育てて行くことになります。
 これらの書誌に関連する情報も含めて、ご教示いただけると幸いです。

(1)『源氏物語』(「夕顔」のみの訳)
・翻訳者:マヌエル・タバレス(Manuel Tabares)
・出版社/出版地:Editorial Galerna / Buenosaires(アルゼンチン)
・初版:1977 年
・再版/重版:情報ナシ
・底本:Arthur Waley,The tale of Genji(出版社・出版年は未記載)
・参考文献 
 Donald Keene, La Literatura Japonesa, Fondo de Cultura Economica,1956 
・翻訳範囲
「夕顔」巻のみである。空蝉との場面を除いた翻訳となっている。最後は、光源氏が口ずさんだ「正に長き夜」の元である『白氏文集』巻 19 律詩「聞夜帖(夜砧を聞く)」の3・4句「八月九月正長き夜 千聲万聲了る時無し」(岡村繁編『新釈漢文大系 第100巻 白氏文集4』p.318(明治書院、1990年))を翻訳した文で終わっている。
・巻名の表記
 タイトルと同じく、「La fugitiva de Chujo」である。巻名の「夕顔」をそのまま訳したものではない。「fugitiva」は「逃亡する・はかない・つかの間の」という意味である。このことについて、「「夕顔」の原文が「御忍び歩きの頃」で始まることから、御忍び歩きの光源氏と夕顔とのはかない逢瀬を示す題名にも通じる」との指摘(菅原郁子「7 La fugitiva de Chujo」伊藤鉄也編『スペイン語圏における日本文学』14頁、非売品、2004 年 9 月)もある。
・備考
 本文の前に、翻訳者自身による解説「Una Historia de Genji」(『源氏物語』の歴史)があり、紫式部や『古事記』・『万葉集』など日本文学の説明がされている。またドナルド・キーン(Donald Keene)や、長編小説『失われた時を求めて』の作者であるマルセル・プルースト(Marcel Proust)と比較した、メキシコの詩人オクタビオ・パス(Octavio Paz)の書評が掲載されている。叢書 Coleccio Avesdel Arca の1冊である。
 ※上記の解説文は『スペイン語圏における日本文学』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、14頁、2004(平成16)年)に掲載されていたもの。それをふまえて、「スペイン語訳『源氏物語』の書誌について」(『海外平安文学研究ジャーナル 2.0』71〜72頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、2015年3月11日)に、淺川槙子が情報を整理して掲載している。
 本書は架蔵本の中にはないものの、複写物はある。



(2)『源氏物語』
・タイトル:La Narrativa Japonesa
(直訳は『日本の物語:『源氏物語』から漫画まで』)
 ※翻訳ではなく、古典文学から現代文学にいたるまでの評論のようである。
・翻訳者:Fernando Cid Lucas(フェルナンド・シッド・ルーカス)
・シリーズ:Critica y estudios literarios
・出版社:Catedra
・出版年:2014年
(出版社URL)https://www.catedra.com/libro.php?codigo_comercial=150201
・メモ:Angel Ferrer Casals(アンヘル・フェレール・カザルス)による『源氏物語』の評論の他、『平家物語』、井原西鶴、十返舎一九、夏目漱石、芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫、大江健三郎、村上春樹、手塚治虫などについての論考が収められている。
(参考URL:https://kappabunko.com/2015/10/15/la-narrativa-japonesa-del-genji-monogatari-al-manga/
・表紙:下部には「蓬生」巻が描かれた扇子が掲載されている。



(3)『古今和歌集』
・タイトル:Kokinshuu
・翻訳者:Carlos Rubio(カルロス・ルビオ)
・シリーズ名:Coleccion de poemas japoneses antiguos y modernos : el canon del clasicismo
・出版社:Hiperion
・出版年:2005年
・表紙:「高砂」と書いてある。絵入版本の挿絵からとられたか。
 ※現物は未所有。



(4)『伊勢物語』
・タイトル:Cantares de Ise
・翻訳者:Antonio Cabezas Garcia(アントニオ・カベザス・ガルシア)
・出版社:Hiperion
・出版年:1988年(2版と表紙にあることから)
・表紙:慶長13(1608)年刊行の嵯峨本『伊勢物語』50段「鳥の子」(国立国会図書館に同版あり/WA7-238)
・メモ:『海外における平安文学』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、349頁、2005年)の「52番/p.63」、『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)の「p.167〜170」に初版(1979年)の情報を掲載する。



(5)『土佐日記』(英訳)
・タイトル:The Tosa diary
・翻訳者:William N. Porter
・出版社:Charles E. Tuttle
・出版年:1981年
・表紙:歌川広重『冨士三十六景 駿河薩タ之海上』(薩タ→現在の地名では薩埵)
・メモ:『海外における平安文学』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、349頁、2005年)の「96番/p.108」、1912年の初版本については『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、319頁、2014年)に掲載している。
 これまで整理した翻訳史年表(「海外源氏情報」http://genjiito.org)によると、1912年・1976年・1980年・1981年に出版されていることがわかる。



(6)『土佐日記』
 下野泉&イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン訳
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(180〜182頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。



(7)『蜻蛉日記』
 下野泉&イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン訳
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(182〜183頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。
 ※今回リマで拝受した本。



(8)『枕草子』
 下野泉&イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン訳
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(178〜180頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。



(9)『堤中納言物語』
・タイトル:La dama que amaba los insectos y otros relatos breves del antiguo Japon
・翻訳者:Jesus Carlos Alvarez Crespo(へスース・カルロス・アルバレス・クレスポ)
・シリーズ名:Maestros de la literatura japonesa, 20
・出版社:Satori
・出版年:2015年
・表紙:中村大三郎『班女』を反転させたもの。



(10)『更級日記』
・翻訳者 Akiko Imoto(井本晶子)、Carlos Rubio(カルロス・ ルビオ)
・出版地 Girona(ジローナ/スペイン)
・出版社、発行者 Atalanta(アタランタ) 発行
・出版年:2008 年
 書誌は『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(184〜185頁、伊藤鉄也編、国文学研究資料館、259頁、2016年)に掲載。
 ※架蔵本



(11)和歌
タイトル:El pajaro y la flor:Mil Quinientos Anos de Poecia Clasica Japonesa
 (直訳すると『鳥と花 日本の古歌の1500年』)
・翻訳者:Carlos Rubio(カルロス・ルビオ)
・シリーズ名:Alianza Literaria (AL)
・出版社:ALIANZA EDITORIAL
・出版年:2011年
・メモ:『万葉集』から与謝野晶子や種田山頭火まで174首の歌がおさめられている。
(参考URL:https://www.casadellibro.com/libro-el-pajaro-y-la-flor-mil-quinientos-anos-de-poesia-clasica-japone-sa-clasica-ed-bilingue-e-ilustrada/9788420652122/1846744
・表紙:磯田湖龍斎『名鳥座舗八景 いんこ晴嵐』(中判の錦絵、安永年間初期(1772〜1781)のもの)

 
 
 
posted by genjiito at 21:21| Comment(0) | ◎国際交流

2018年11月16日

明浄社会人講座⑷谷口「文化人類学、人種や民族をめぐって」

 今日は、高校の授業が午後4時に終わってから、生徒の面接練習の相手を2時間ほどしました。場所は、1階入口正面にある応接室。明日が入試で、面接試験がある生徒の特訓です。
 私はいつも、面接の時には自分のことを具体的に語り、他の優等生的な答えとの違いで勝負をするように言っています。そのためには、自分らしいネタをいくつか用意しておくのです。受け答えの中では、やる気と誠意を存分にぶつけるための秘策を、いくつか伝授しました。

 それからすぐに、今日の社会人講座の会場の準備に向かいました。隙間の時間に、夕食を兼ねた軽食を口にしました。

 今日の社会人講座は、谷口裕久先生の「文化人類学、人種や民族をめぐって」と題するものです。
 スライドとプリントを見ながら、楽しい話を伺いました。

 まずは、「人種」の概念のあいまいさからでした。「あなたは何民族ですか?」という質問には、なかなか答えられないことがよくわかりました。

 グルジアやアルメニアの映像を見ながら、ノアの箱船がたどり着いた中央アジアなどに思いを馳せました。ワールドワイドな展開です。

 日本人とは何かという説明の中で、テニスプレーヤーの大坂なおみが例に出ました。「ナオミ」は旧約聖書の「ツル記」に出てくる名前でもあるのだとか。これは意外でした。

 中国からベトナムなどの調査旅行での写真は、実際のフィールドワークの時に撮影したものだったので、興味深く見ました。映画の一部を映写しての説明も、理解を深めるのに役立ちました。

 普段はあまり「人種」や「民族」について考えることはないので、視野が開ける楽しい話を伺いました。受講者の方々も、海外での調査活動の大変さに思いをはせつつも、やはり身体が丈夫でないと、という感想に落ち着きました。

 今回も、みなさまと充実した時間を共有できました。講師の谷口先生、ありがとうございました。

 次回は、アジアから南米のチリへと飛びます。これも、また、楽しみです。

第5回 12月14日(金)国際交流学部 講師/宮野 元太郎
     「考古学、摩訶不思議な古代アンデスの建築」
 
 
 
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | ■講座学習

2018年11月15日

清張全集復読(27)「捜査圏外の条件」「カルネアデスの舟板」「白い闇」

■「捜査圏外の条件」
 妹光子の失踪。それは、兄の同僚である笠岡によって、病死にもかかわらず見殺しにされたものであることがわかりました。兄は、復讐を誓います。しかも、完全犯罪を。
 7年という時間を置いて、笠岡から遠ざかることで実現するのでした。退職し、山口県に移りながらも、情報は常に手にしていきます。用意は周到に行われます。
 自分の犯行が露見します。飲み屋の女中の証言です。光子がよく歌っていた「上海帰りのリル」を、犯行時に笠岡と一緒に歌ったことから足がついたのです。しかし私は、7年間にわたって笠岡の動向を知らせ続けた重村という部下の存在が忘れられていることに疑問を持ちました。清張は、なぜこの内部通報者の存在に言及しないままに話を終えたのでしょうか。偶然からアリバイが崩れることだけに注意が向いていたとしたら、清張のミスというべきなのかもしれません。【2】
 
初出誌:『別冊文藝春秋』(1957年8月)
 
 
 
■「カルネアデスの舟板」
 大学教授の歴史家玖村は、恩師の大鶴に会いたいということもあって、地方の講演を引き受けます。特に戦後の玖村の古代史研究は、文献学と土俗学を駆使した研究で、マスコミからもてはやされ、教科書の執筆までしています。師に背き、唯物史観的な歴史理論で人気を博したのです。しかし、玖村は大鶴を復職させて引き上げます。教科書と参考書を執筆することで、家と蔵書と預金を手にするために、玖村も大鶴もさまざまな策を弄します。
 清張の知識人に対する冷ややかな眼が光ります。そして、後半は「カルネアデスの板」の話が展開し、読む者を惹きつけます。清張の学者を見る眼が捻じ曲がっているところに、この物語のおもしろさがあります。知識人を斜に見る清張独特の切り口を堪能しました。【5】
 
初出誌:『文學界』(1957年8月)
 (一度「詐者の舟板」に改題され、その後、元にもどっている)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
「カルネアデスの舟板」ではわからないというので、単行本の題名に「詐者の舟板」としたことがある。しかし、やはり最初に発表した題のほうが好ましい。(548頁)

 
 
 
■「白い闇」
 夫の失踪から始まります。中盤までは、作り話の匂いがプンプンして、清張らしくないと思って読み進めました。後半は、夫のことを諦めて、それまでずっと付き添って来ていた男に傾く振りをする女がうまく描かれています。助走が長かったと言うべきでしょうか。ただし、その描写は、全編を通して冴えません。緊迫感に欠けます。【2】
 
初出誌:『小説新潮』(1957年8月)
 
 読後数十年。最近になり、本ブログで取り上げるために『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)で復読し、その巻末に収載されている著者自身による「あとがき」に次のように記されていることを知りました。自分の読後感が芳しくなかった原因に思い当たりました。
 仙台に降りて松島を見て帰京したが、取材旅行≠ナあるかぎり松島、十和田湖、東京と、なんとか場所をつなぎあわせて一編の物語に仕立てなければならない。まるで三題噺みたいだが、ようやく三つの団子を貫く一本の串が若い夫の失踪というヒントで、どうにか話の体裁になった。愉しい旅のあとは、こんな苦しい知恵をしぼらなければならない。(548頁)

 
 
 
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | □清張復読

2018年11月14日

読書雑記(246)山本兼一『心中しぐれ吉原』

 『心中しぐれ吉原』(山本兼一、角川春樹事務所、2014.10)を読みました。

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 この作品も、しっかりとした山本らしい文章なので、ゆったりと、それでいて時にどんな展開になるのか作者の手腕に探りを入れながら、頁を繰るのを楽しみつつ読み通しました。山本兼一は、いつも期待を裏切りません。

 蔵前の札差である大口屋文七の妻みつは、役者の極楽屋夢之丞と茶屋で心中をしたのです。それに合点がいかず、戸惑うばかりの文七の様子から語り出されます。
 これは相対死なのか殺人なのかで、心中とされた双方の言い分が分かれます。妻のみつは夢之丞に殺されたと信じて疑わない文七は、死因の究明に奔走します。

 状況は不利なことばかりです。それでも、みつは裏切らないはずだとの信念で、殺されたに違いないとの思いで、文七は実際に何があったのかを探り続けていきます。時に妻を疑うこともあります。しかし、やはり信じ続けるのでした。

 心中したと思うしかない妻みつの四十九日が過ぎてから、文七は花魁の瀬川を見請けします。そんな話の中で、花魁が札差や奉行を手玉に取る姿が、いかにも見てきたかのように活写されます。これまでの山本兼一とは別の、色街の世界と花街の女たちの生態が艶っぽく繰り広げられます。

 花魁を身請けして、新しい心豊かで幸せな生活を始めたのも束の間、あろうことか強盗に金品を盗まれ、新居に火が放たれました。また、一からのスタートです。

 後半は、息つく暇もない急展開となります。語り口が穏やかだけに、引き込まれて読み耽ります。
 妻みつの死は心中だったのか、そうではなかったのか。読者にとっては、最後まで引き回されます。そして、その真相が語られるくだりは、あまりにも淡々とした語り口で、しかも意外なものだったので、2度も読み返してしまいました。【5】
 
初出誌︰『ランティエ』2008年4月〜2009年10月に掲載分に大幅な加筆・訂正
 
 
 
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | ■読書雑記

2018年11月13日

オイオイ!!と思うこと(7)社会問題

(1)ある所で、帰ろうとして靴ベラを使って靴を履こうとしていた時です。後ろから来たおばあさんが大声で「出ます」と言って、私を押しのけられるのです。我がもの顔で敬老精神を主張されても、後ろから強く押されたことでもあり前のめりになって身の危険を感じました。街中でも、自転車に乗ったおじいさんが、ベルを鳴らしながら「じゃまだ!」と叫びながら疾走して来て、ハンドルの先端をぶつけても知らんぷりで走り去って行かれました。たまたまにしても、何か勘違いしておられるように思います。
 
 
(2)街中でゴミが目立つようになりました。錦市場では、店先にテーブルを出して、立ち食いやつまみ食いができます。しかし、旅行者は美化意識など持ち合わせておられないのか、あたりにゴミが散らかったままで不衛生です。お店にしては、小銭稼ぎなのでしょう。しかし、これは錦市場の存在を貶めて首を絞める行為になりかねないと思っていました。それが最近、錦市場での買い食いを自粛してほしいという、気遣いの塊のようなお願いが出ているとのことです。少しずつ自粛効果が出ている、という報告もあるようです。
 
 
(3)夜間、とある歯医者の玄関口に、毎日のように小さな透明のゴミ袋が置かれていました。朝、その袋が破れており、道路に散らばっている血の着いたものの中に、医療用のゴム手袋がありました。普通の生活をしている状況では、こうしたものは見たくないものです。それよりも何よりも、不衛生です。最近、ようやく気づかれたようです。しかし、別のところで、同じようなものを見かけました。一概にゴミといっても、いろいろなものがあるので、厄介な問題です。
 
 
(4)突然スマホがけたたましく鳴りました。画面を見ると、「緊急速報」とあります。何だろうと、長大な文字列を読もうとすると、画面が消えます。もう一度見ようにも、その手順がまだよくわかっていません。後にまた警報と共に表示されたので、目を凝らして、中身ではなくて文字を見つめると、250文字ほどありました。読んでもらう気など毛頭ない警報です。
 
 
(5)駅の自動販売機でコーヒーを買おうとした時のこと。電子マネーの「ICOCA」でブー、「PiTaPa」も「Edy」もブー。「WAON」でやっとコーヒーが出てきました。どの電子マネーに対応している機械なのか、今自分がどんなカードを持っているのか、頭の中はフル回転で、取っ換え引っ換えカードを取り出していました。現金だったら、こんなに面倒な手続きが要らないはずです。あらためて現金の価値を痛感しました。電子マネーの時代に突入しました。しかし、そうしたことに対応できるスキルを持っていると自認していたのに、現実の多様な仕掛けには、まだ対応できないことがあります。
 
 
posted by genjiito at 18:11| Comment(0) | *身辺雑記

2018年11月12日

血糖値は少しだけ下がるも横ばいで投薬が変わる

 京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科で診察を受けて来ました。

 まずは、予約を入れていた栄養士さんによる栄養相談から。
 今年の2月以来です。機械に乗って、体に弱い電流を流して計測します。体成分分析・骨格筋・脂肪・肥満評価・筋肉バランスがわかりました。今後取り組む課題は、筋肉量の増加に絞っていいようです。

 現在行っているスポーツクラブでは、これまでが水泳中心だったのを、最近はジムのマシンを使っての筋力トレーニングに切り替えています。そのことを伝えると、その方が今の私の身体には効果的だとのことでした。

 1時間以上もの時間をかけて、栄養士さんから丁寧に現在の食生活に関する聞き取りを受け、多くのアドバイスをいただきました。

 中断しているプロテインのパウダー(抹茶味)は、また復活させることにします。
 ウィダーインゼリーはやめて、カロリーメイトのゼリーに変えてみます。
 主食となっているチーズや納豆はそのままに。
 駅や電車内で、空腹時に口にするオニギリなどもそのまま。
 カロリーアップのために、バターをもう少し増やしてもいいとのことでした。

 いずれにしても、最近は一度に摂れる食事の量が激減しているので、食事を分散して一日分のエネルギーを確保することにします。この分食化には、これまで以上に意識して積極的な取り組みとします。

 その後の主治医の診察では、ヘモグロビン A1cが「7.7」から「7.6」に、ほんの少しだけ下がったことが確認できました。今年の6月からずっと「7.7」が続いていて、やっと少しだけ下がったのです。それでも、現状が大きくは改善されていないので、薬をまた変えてくださることになりました。これまで飲んでいた糖尿病治療薬は「トラゼンタ」と「メトグルコ」です。それを、この2つの薬を一錠にした「エクメット」に変えてみる、とのことです。「メトグルコ」の成分の量は2倍になります。もっとも、これまでが私の身体に合うかどうかのテストだったので、これが標準的な治療の量だそうです。他に潰瘍の治療薬や胃腸薬も飲んでいるので、薬が一つでも減ることは大歓迎です。
 今日の血液検査を見る限りでは、これまで通り血糖値以外には何も問題がないので、とにかくヘモグロビン A1cの対策に専念しますです。糖尿病に伴う合併症の心配はまったくないので、日常生活はこれまで通りで大丈夫です。

 薬が変わったので、家の薬箱を整理していて驚きました。なんと、飲む量を間違えていたのです。4ヶ月前から処方された「メトグルコ」を、本来は2錠のところを1錠しか飲んでいなかったのです。たくさん残っていることから、今日初めて気づきました。飲んでいた錠剤の数が、実際の指示の半分だったのです。これを正しく飲んでいたら、今日のヘモグロビン A1cの値はもっと低かったかもしれません。
 とはいえ、大きな問題はなかったのでよしとしましょう。

 私は消化管を持たないので、食生活の定期的な点検と見直しを、こうして取り組んでいるところです。主治医と栄養士にはありのままの日常生活を報告し、いただく指示は律義に守っています。そのつもりです。主治医からいただいたことばの「豊かな食生活」をモットーに、飲み薬に助けられながら糖尿病の合併症をかわしているところです。

 食事は、妻がいろいろと工夫してくれています。朝ご飯は1時間半、晩ご飯は3時間をかけているので、呆れ果てられながらも、根気強く付き合ってくれています。ただし、最近は一度の食事量が減ってきたので、食べられなかった分を妻に食べてもらうなどしています。外食となると、だいたい半分は妻と分かち合います。これでいいはずがありません。さらなる食事の工夫を迫られています。現時点での対策は、さらなる食事の分散化でしょう。移動しながらの軽食や、仕事の合間の間食です。

 主治医からは、お酒はいくら飲んでも構わない、と言われています。もともと、そんなに呑めなかったこともあり、毎晩コップ一杯のウイスキーか焼酎などの蒸留酒を水割りにしています。疲れている時などは、栄養ドリンクで割ります。そのお酒も、最近は半分も飲めなくなりました。食事中に飲み切れなかったお酒は、その後にブログを書く時に、ちびちびとやっています。今も、横にオレンジの香りが漂うブランデーと水があります。

 私は、18歳の時に十二指腸が突然破れたために、消化器官の摘出手術を受けました。その時に医者からは、45歳から63歳までなら、内蔵は持ちこたえるでしょう、と言われたことを、今でも鮮明に覚えています。東京の大田区にあるM病院でした。
 今、私の身体の中に納まっている消化器官は、すでに耐用年数を超えていることになります。しかし、今日の診察結果から言えることは、まだもうしばらくはもちこたえそうなのです。生きることへの気力は人一倍あるので、その入れ物である身体さえもてば、もうしばらくは仕事ができそうです。そのためにも、今日もスポーツクラブで筋肉トレーニングをやってきました。
 夢とやりたいことをいっぱい抱えているうちは、死神も私には近寄れないことでしょう。もう少しやらせておこう、と、見て見ぬ振りをしてくれていることでしょう。

 2018年もあと少しとなりました。2019年にどうしてもしたいことを、すでに書き出しています。私は、多くの方々の協力をいただきながらの、コラボレーションという手法で仕事をします。いわば、共同研究・共同作業が、私の仕事の流儀です。これまでと変わらぬご協力を、これからもどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | *健康雑記

2018年11月11日

京洛逍遥(521)上賀茂神社の紅葉はまだです

 爽やかな休日なので、紅葉を求めて上賀茂神社まで散策しました。
 鷺も鴨ものどかです。

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 かねてより架け替え工事が進んでいた、上賀茂神社の参道へとつながる御園橋が、ほぼ出来上がっていました。年末年始の混雑は、幾分緩和されることでしょう。

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 半年前の工事中の様子は、「京洛逍遥(483)橋の銘板と出町柳の桝形商店街のこと」(2018年02月12日)の冒頭で紹介しています。

 上賀茂神社は、糺ノ森の中にある下鴨神社に比べると解放感があります。
 結婚式や七五三のお参りが多い日でした。

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 境内の紅葉はまだでした。
 「ならの小川」(「御手洗川」とも言われる)に架かる「舞殿(橋殿)」から紫式部の歌碑を見るのを、ここに来るたびの楽しみとしています。

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 京洛北部は、今月末が紅葉の見ごろとなるようです。
 
 
 
posted by genjiito at 19:28| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年11月10日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その6、また誤表記発見)

 朝早くから新幹線で上京。日比谷図書文化館で源氏の講座がある日です。
 京都駅は、先日の渋谷のハロウィン状態です。この人混みは尋常ではありません。京都市内に流入する人々を制限すべきです。京都の機能が麻痺し、街が大混乱に陥っています。
 商売をなさっている方はホクホク顔でしょう。しかし、京都の文化破壊や住民感情の苛立ちは、確実に観光名目の闖入者を受け容れ難くしています。行政側にお願いします。あの通行に邪魔となっている膨大な数の大きなスーツケースを、駅とホテルの間でスピーディに移送するシステムを作ってください。そして、旅行者に対しては、所構わずゴミを投げ捨てないようなルールの指導を徹底してください。さらには、何でもかんでも手近な所にある物を勝手に持って行かないような、観光地でのマナーを最初に指導してから街に入ってもらってください。

 今日は、富士山がきれいに見えました。いつ見ても、気持ちのいい山です。

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 今回も、講座が始まるまでの時間は、日比谷図書文化館の地下にあるダイニングで、科研の研究協力者である淺川槙子さんと、今後の打ち合わせをしました。数多くの成果が上がっているので、それをどうまとめていくか、ということについて意見交換をしました。
 まずは、昨春のスタート当初に依頼した業者であるK社が、何もしないで無責任に投げ出したホームページについて、一日も早く立ち上げることです。
 次に、昨春から始めた翻訳本の展示に関する解説書の完成。
 それを受けて、今春行ったミャンマーでの調査結果の報告書。
 さらには、『海外平安文学研究ジャーナル 第7・8合併号』の刊行。
 それぞれに、膨大な作業を伴うものです。とにかく、コツコツと進めていって形にしたいと思います。

 今日の源氏の講座は、新しい方々を加えて30人の方が集まっておられました。今年度下半期の、第1回目の講座です。

 上半期から引き続き、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)を読みます。読むといっても、鎌倉時代の古写本を、変体仮名にこだわって読み進みます。34丁表の6行目「きこ江さする尓」からです。「江」は「ひ」や「須」と紛らわしい形をしているので、気をつける文字の一つです。
 文字を削って上からなぞって書いている箇所では、墨の色などから、その修正過程がわかります。この写本の筆者は、間違いに気付いたらすぐに直しています。こうした訂正箇所の対処から、結構神経を張り詰めて書き写していることがわかります。

 「【御】こと【葉】」(34丁裏6行目)と書写されている所で、「【葉】」を漢字としているのは「言葉」の一部と見ての対処であることを説明しました。

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 今は漢字表記としておき、この「【葉】」が漢字の意味を喪失した変体仮名の「は」とした方がいいことがわかったら、その時点で、この漢字を示す記号の【 】を外すつもりである、と言いました。後でこの記号を付けるのが大変だからです。
 この説明をした時、すぐに受講生の方から、ここは「【御】こと葉」とすべきではないか、との異見が出ました。校訂本文にすると「御事は」となり、ここでの「は」は助詞と見るのです。「葉」は「言葉」の一部としての漢字表記ではない、ということです。
 前後の意味から考えても、その方がいいことは、すぐに納得できました。私の翻字と説明が間違っていたことをお詫びして、この箇所の訂正をしました。
 前回も、34丁裏の4行目にあった「思」に、漢字表記であることを示す【 】をつけ忘れていることの不備を指摘されました。あの時もすぐに訂正して、ブログ「日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その5、誤植発見)」(2018年09月01日)でも詳細に報告をしました。

 本日は、さらに致命的なミスをしていることがわかりました。続いての間違いに、本当に申し訳ないことです。そして、こうした間違いに気付き、指摘してくださることのありがたさを噛み締めています。確かな目を持った受講生の方々が集まっておられることに感謝しています。

 講座が終了してから、もう一つ質問を受けました。それは、私が「これ八・ま多」(34丁裏6行目)としているのは、「これ・いま多」ではないか、ということでした。

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 「これは」という表現をあまり見かけないから、というのがその理由です。
 すぐに、手元にあった諸写本の校合資料で確認したところ、「大島本」などのグループでは、「これは」という字句を持たないことがわかりました。つまり、写本が「また」とすることを全写本での共通本文と認め、その前の「これは」は、橋本本を始めとする河内本の本文の特徴を持つ写本グループ特有の語句だと考えられる、という私見を伝えました。
 もっとも、ここは、「これは・また」「これ・いまた」「また」という3種類の本文があった可能も否定できません。しかし、今はまだ「変体仮名翻字版」という翻字データがほとんどない状況です。そのため、現在私が校合資料としている旧態依然とした翻字データによる不正確な資料では、橋本本のグループにおいて「これは」となっているその「は」の部分が、他の写本でもみな「これ八」なのか、あるいは「これ者」「これは」「これい」となっているかの確認が必要です。今、翻字作業がそこまで手が届いていないので、今後の課題とさせていただきました。

 この質問によって、また新たな検討課題が生まれました。一つでも多くの写本の「変体仮名翻字版」を、一日も早く作らなければ、本文研究は一歩も前に進めません。抱えている作業と課題の重さを、ひしひしと感じることとなりました。
 今日質問してくださった方は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が取り組んでいる「変体仮名翻字版」の作業を、会員になって手伝ってくださっている方です。明治33年に制定された五十音図の範囲に限定した平仮名で翻字をするという、現行一般に流布する写本に忠実ではない翻字ではなくて、ごまかしのないより正確な「変体仮名翻字版」の理解者からの質問だったので、ありがたいことだと思っています。

 今日は、35丁表の8行目「いひしら勢・【給】」まで確認し終えました。

 講座が終了した後は、国文学研究資料館で一緒に仕事をしていた仲間も合流して、いつものように有楽町で課外の学習会となりました。これは、講座での勉強に飽き足りない方々十数名が、場所を変えて少しお酒を口にしながら『源氏物語』のことを語り合う集まりです。

 恒例となったこの会で、今日は新しい提案がいくつかありました。その一つが、国文学研究資料館蔵橋本本『源氏物語』の本文を現代語訳しよう、という当初のこの自主参加の集まりの趣旨が、大きく実を結ぶという展開になったのです。

 いつも全盲の受講生のお世話をしてくださっている土屋さんが、渋谷栄一氏の現代語訳『源氏物語』を参考にして、橋本本「若紫」を現代語に訳してくださったのです。
 この渋谷訳の『源氏物語』を含む壮大な本文データベースは、ご本人からNPO法人〈源氏物語電子資料館〉にその権利が委譲されています。「渋谷版ウエブサイトのNPO法人〈GEM〉への譲渡契約が成立」(2014年02月19日)
 その意味からも、以下の企画は、渋谷氏のご厚意をさらに有用なものへと育てることにつながります。現在、渋谷氏はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の監査役でもあります。願ってもない展開となっていきそうです。

 このプロジェクトの提案をしてくださった土屋さんは、理系の方であって文学がご専門ではありません。しかし、鎌倉時代の『源氏物語』の本文がまったく読まれていない実態をこの日比谷の講座で知り、広く読めるようにする意義を痛感された方です。この有楽町駅前周辺の居酒屋で行なっている課外講座も、土屋さんの熱意があってのものです。ハーバード大学行きでもご一緒した星野さんという、頼もしい大先輩も、後ろからしっかりと支えてくださっています。
 来月からは、この土屋訳をみんなで検討することになりました。もっとも、このメンバーには、文学はもとより研究者と言える方は一人もいらっしゃいません。これが、この集まりの魅力でもあります。

 また楽しいプロジェクトがスタートしました。
 このプロジェクトに興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、来月12月15日(土)の午後4時半に日比谷図書文化館の4階にお越しいただければ、この課外講座だけでも参加していただけます。参加費は無料で、お酒とおつまみの自己負担分として、2500円くらいを頂戴しています。それ以上の寄付は大歓迎です。

 有意義な一日を過ごし、京都へ帰る最終の新幹線の中で、この記事を書いています。愉しい仲間に恵まれていることを実感しています。東京はもとより、京都でも、大阪でも、多くの方々と一緒に古写本『源氏物語』に書き写された変体仮名を読み解きながら、コツコツと前に進んでいます。研究とか勉強というのではなく、人と人とのつながりの中で古典文学を読み進む楽しさを、こうしてみなさんと共有しているのです。

 京都駅に降り立つと、日付が変わろうとしているのに、多くの観光客の方でごった返しています。駅前の京都タワーも、戸惑いを隠せぬ色で街を見つめているようです。

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posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■講座学習

2018年11月09日

清張全集復読(26)「鬼畜」「一年半待て」「甲府在番」

■「鬼畜」
 清張自身の下積み時代を思わせる苦労が、物語の背景にあります。主人公は石版製版職人です。報われて、仕事も順調になります。そして、気の緩みから愛人が出来て数年。何事もないと思われた日々に、火事という予期しなかったことから歯車が狂い出します。平常心を失った人間の姿が、鮮やかに描き出されています。カサカサした人の心が、うまく語られます。妻と愛人の二人のやり取りは、押さえ込んだ感情がぶつかり合う展開となるだけに、これはこれで不気味です。引き込まれて、読み耽ります。清張の筆の力を実感しました。【5】
 
初出誌:『別冊文藝春秋』(1957年4月)
 
 
■「一年半待て」
 怠惰な夫が愛人を作ります。泥酔した夫は家で妻子に暴力を振るい、暴行を受けた妻は夫を棒で殴り殺しました。評論家が女の立場を庇護する発言をし、裁判では懲役3年、執行猶予2年の判決が出ました。その後、評論家の元に1人の男が訪れます。そして、意外な推論が展開する裁判小説です。
 この、したたかに人間の心の裏を見つめる清張に脱帽です。【5】
 
初出誌:『週刊朝日別冊』(1957年4月)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
 「一年半待て」は、「カルネアデスの舟板」(私注:次回掲載の〈清張全集復読(27)「捜査圏外の条件」「カルネアデスの舟板」「白い闇」〉参照のこと)と同様に刑法の条文からヒントを得た。裁判には一事不再理といって、判決の確定したものに対しては、あとで被告にそれ以上の不利な事実が出てきても裁判の仕直しはしないことになっている。これを逆手に取ったのが、この小説の主人公である。小説を書いたあと、同じテーマでデイトリッヒ主演の「情婦」が日本で上映された。あの映画の前にこれを書いたのは幸いだった。でなかったら、映画からヒントを取ったように非難されたにちがいない。「情婦」が、クリスティの「検事側の証人」を映画化したものであることは、あとで知った。(547頁)

 
 
■「甲府在番」
 兄である伊谷伊織が失踪したことを伏せて死亡とし、弟の旗本である求馬は家督を継いでから甲府在番を引き受けました。これは、左遷であり、流謫です。そうこうするうちに、囲碁仲間の上村周蔵が、甲斐の山奥には信玄の頃から金鉱があり、求馬の兄はそれに気づいて身を隠したと推理しました。その兄は、失踪の前に不可解な手紙を残していたことから、二人は探索に出掛けたのです。
 その後のことは、最後に天保の頃の『甲府勤番聞書』という資料を引きながら、作者が推測を語ります。最後の意外な展開と結末に、清張の語りのうまさに感服しました。ただし、最後に出てくる女に関する推測は、あまりにも平凡すぎるように思いました。【4】
 
初出誌:『オール讀物』(1957年5月)
 
※『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のように記されています。
『甲府金山聞書』という古文書に取材した作品で、このテーマはのちに長篇『異変街道』『江戸綺談甲州霊嶽党』に発展する。(61頁)。

 ここで『甲府金山聞書』とあるのは『甲府勤番書』の誤植だと思われます。
 
 
 
posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | □清張復読

2018年11月08日

キャリアアップ講座(その11)『源氏物語』のくずし字を読む(落ち着かない書写態度)

 勉強会が始まる前に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が所蔵する『絵入源氏物語』を、直接手に取って見てもらいました。併せて、『古今類句』も出しました。この本については、「NPO設立1周年記念公開講演会のご案内」(2014年03月12日)に書いています。江戸時代の版本とはいえ、「漆山文庫」という由緒正しい印を持つ『源氏物語』です。

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 みなさんには、本の大きさ、綴じ方、54巻の分量、紙の質や感触などを、自由に体感してもらいました。やはり、自分の五感を使うことが、理解には一番の近道です。今日は、そのことを実感していただくことができたと思います。

 写本を読む方は、いつもよりハイペースで進みました。

 今日読んだ部分は、書写者がどうも集中して書いていないのではないか、と思える箇所が目立ちました。文字が紙面をはみ出したり、何度もなぞったり、書き飛ばした文字を補入するなど、書写態度が落ち着きません。文字が崩れて、形が不自然なものも散見します。「万」などは、単独の文字としては判読に苦しみます。
 私がよく説明で使う、このあたりはトイレを我慢しながら書き継いでいるのではないか、とする状況下が想像できます。

 また、「春」よりも「寿」の方が多く出てきます。この使用文字のばらつきなどは、「変体仮名翻字版」の資料がもっともっと増えることで、多くの問題に解答の糸口が見いだせることにつながることでしょう。

 今回は、進みました。
 次回は、11月22日です。
 
 
 
posted by genjiito at 21:02| Comment(0) | ■講座学習

2018年11月07日

読書雑記(245)白川紺子『下鴨アンティーク  アリスの宝箱』(最終 第8巻)

 『下鴨アンティーク アリスの宝箱』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2018年5月)を読みました。この第8巻が、このシリーズの最終巻となります。

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■「鶯の落し文」
 野々村家に引き取られた津守幸が主人公となります。「幸」は「ゆき」と読みます。しかし、私はつい「さち」と読んでしまいます。紛らわしい読みの名前は、読むスピードが落ち、物語の中に入りにくいので困ったことです。他にも、真帆の父は弥生と言います。これも、慣れればいいものの、つい女性だと思ってしまい気が散ります。
 物語は、『不思議の国のアリス』を思い出すメルヘンチックな内容です。消えるのは、着物の柄ではなくて、笄に取り付けられた鶯です。【3】
 
 
■「青時雨の客人」
 春野に、牡丹柄の振袖を着た少女が取り憑いているというのです。
 物語に情緒を求める方には、この話はしっとりしていていいかもしれません。しかし、物語に躍動感や意外性を求めたくなる私には、非常に退屈でした。【2】
 
 
■「額の花」
 語り手は、彫金の額紫陽花のブローチです。そして、鹿乃や慧は背景にいます。 語り手の視線が新鮮です。語り口も優しくて、ふわっと話が入ってきます。インパクトがなくて物足りないと思いながら、流れるように読み終えました。これも一つの物語の書き方のようです。【3】
 
 
■「白帝の匂い袋」
 この文庫本で106頁の分量なので、中編小説と言えます。
 京言葉がきれいです。物語も品があり、惹き込まれる作品に仕上がっています。
 主人公は16歳の鈴。東京から京都の野々宮子爵家に嫁いだ鈴は、化け物屋敷と言われる家で、夫となる心優しい季秋と出会いました。摩訶不思議な世界での、現実とファンタジーが入り混じる生活が始まります。
 その中で、魔物との格闘劇がアクションドラマそのままに展開します。明治時代を舞台にした活劇と言えます。思いがけず、作者のパワーと筆力を体感することができました。
 鹿乃たちにつながる、野々宮家の先先代の話です。その枠組みが、少し弱いように思いました。このシリーズの中での位置付けをもっと明確にしたら、本作はさらに完成度の高い作品として独立していくことでしょう。【5】
 
 
■「一陽来復」
 いつものメンバー、鹿乃、惠、良鷹、幸が揃っての小話です。
 良鷹が鹿乃に与えた、魔除けのような抱え帯をめぐる話です。鹿乃の帯にあった12頭の子虎のうち、1頭だけが抜け出し、慧のマフラーに飛び移り、そしてまた元に戻りました。幸は、チリチリと鳴る虎の根付を持っています。軽妙な語り口で、ほのぼのとした話です。【4】
 
 
■「山吹の面影」
 良鷹の父の事故死をめぐっていろいろと調べているうちに、不思議なことが起きていたのです。
 民俗学者だった良鷹の父は、狐憑きや添い嫁などのことを調べていたようです。そこからの話は、もっと語ってほしい内容です。なんとなく核心に触れずにまとめに入った、という感じがします。
 ラストシーンは、京都府立植物園の横の半木の道にハイキング気分で行き、サンドイッチを食べます。幻想的な世界と現実とが、あまりうまくは融合しなかったことが残念でした。もっと紙数を費やして、長編にすべきテーマだと思います。【3】
 
 
※本書がこのシリーズ「下鴨アンティーク」の最終巻です。最終巻は、バラバラの編集になっていると思いました。しかし、今後につながる成果が数多く見られました。
 これまでの作品を思い浮かべると、出来不出来の激しいシリーズだったように思います。今の所、この作者の他の作品で読むものはなさそうです。またいつか、出会えることを楽しみにしています。
 
 
※これまでの全8巻の内、私がおもしろいと思った作品をリストにしてみました。あくまでも個人的な評価ながら、【5】と【4】を付けたものを抜き出しています。
 
(1)「読書雑記(204)白川紺子『下鴨アンティーク アリスと紫式部』」(2017年08月22日)
 
 ■該当作ナシ
 
 
(2)「読書雑記(214)白川紺子『下鴨アンティーク 回転木馬とレモンパイ』」(2017年12月05日)
 
■「亡き乙女のためのパヴァーヌ」【5】
 
 
(3)「読書雑記(189)白川紺子『下鴨アンティーク 祖母の恋文』」(2017年01月09日)
 
 ■「金魚が空を飛ぶ頃に」【5】
 ■「祖母の恋文」【4】
 ■「真夜中のカンパニュラ」【4】
 
 
(4)「読書雑記(218)白川紺子『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』」(2018年01月10日)
 
 ■「兎のおつかい」【5】
 ■「星の花をあなたに」【4】
 ■「神無月のマイ・フェア・レディ」【4】
 
 
(5)「読書雑記(229)白川紺子『下鴨アンティーク 雪花の約束』」(2018年06月06日)
 
 ■該当作ナシ
 
 
(6)「読書雑記(241)白川紺子『下鴨アンティーク 暁の恋』」(2018年10月08日)
 
 ■「暁の恋」【5】
 ■「月を隠して懐に」【4】
 ■「羊は二度駆ける」【4】
 
(7)「読書雑記(243)白川紺子『下鴨アンティーク 白鳥と紫式部』」(2018年10月23日)
 
 ■「雛の鈴」【5】
 ■「散りて咲くもの」【4】
 
 
(8)本書の記事
 
 ■「白帝の匂い袋」【5】
 ■「一陽来復」【4】
 
 
 
posted by genjiito at 19:56| Comment(0) | ■読書雑記

2018年11月06日

京洛逍遥(520)黄檗禅宗の閑臥庵でお誕生会

 孫の主催で、私の67歳を祝う会がありました。
 出雲路橋から地下鉄鞍馬口駅に向かって歩くと、黄檗宗の閑臥庵があります。1671年の開山で、後水尾法皇が勧請した禅寺です。

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 境内に入ると、羅漢さんのお迎えです。

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 本堂前は、すでに紅葉しています。

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 今日は京懐石の普茶料理だそうです。

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 お茶菓子が木魚というのがいいですね。

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 旬の食材を使い、さまざまな工夫が凝らされた、芸術と言える出来栄えです。生花のリンドウや栗もどきや鰻もどき、などなど。飽きない京懐石です。

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 孫から私へのお祝いの品は、上の写真の左上に置かれた、本に挟む2枚のしおりでした。
 紙の両面に、思うがままの線をクレヨンで描いたものです。電車通勤に片道3時間をかけているので、本は人一倍読むほうです。これからは、これを使いましょう。

 閑臥庵の庭は、すでに紅葉しています。

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 ゆったりとした時間の流れの中に身を置き、孫に見つめられる秋の一日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:42| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年11月05日

グルジア(ジョージア)語訳『枕草子』に関して

 現在取り組んでいる科研(A)「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(17H00912)の研究協力者である淺川槙子さんから、グルジア(ジョージア)語訳『枕草子』についての情報をいただきました。

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 タイトル:მარტოობის ჟამს ჩანაწერები(枕草子)
 ・翻訳者:ჯუმბერ თითმერია( Jumber Titmeria)
    (生年1939年2月20日〜没年2016年1月)
 ジョージアのズグジジ出身。イヴァーネ・ジャヴァキシュヴィリ・トビリシ大学を卒業して、作家・ジャーナリストとして活躍した。17冊の著作を残した。
 「Criminal Chronicle」という新聞の編集長もつとめた。
 ・Hardcover, 340頁
 ・出版:1983年
(書籍)https://www.goodreads.com/book/show/28393815?from_choice=false&from_home_module=false&rating=1
(翻訳者)http://www.nplg.gov.ge/bios/en/00000441/


 グルジア(ジョージア)に関する日本文学関連の情報は、手元には何もありません。何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、提供していただけると助かります。
 
 
 
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | ◎国際交流

2018年11月04日

古都散歩(67)お茶の稽古帰りに音の花温泉でストレス発散

 大和平群は次第に秋の色になっていきます。龍田川上流の木々の葉は、2週間前よりも赤みが増してきました。

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 平群谷から松尾山を望むと、これから衣装を変えていく気配が感じられます。この松尾山の向こう側が斑鳩の里です。子育てをしていた二十数年前、法隆寺の境内で子供たちを遊ばせるために連れて行く時には、この山を車で越えて行ったものです。

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 今月からお茶席では炉を使います。11月から4月が炉の季節となっています。炉開きのお祝いということで、先生がぜんざいを作って出してくださいました。
 昨年私は、血糖値のことがあるので、お餅はいただかなかったようです。そのことを、すっかり忘れていました。「古都散策(64)秋晴れの大和平群でお茶のお稽古」(2017年11月05日)にも、ぜんざいをいただいたことは書いていても、お餅のことには触れていません。しかし、先生はしっかり覚えておられました。今年はどうしますかと聞かれたのです。最近は、主治医がおっしゃった、合併症の心配はなさそうなので「豊かな食生活を」という言葉を信じて、かつてのような糖質制限はゆるめています。そこで、お餅を入れていただきました。上品な味の美味しいぜんざいをいただきながら、なごやかな炉開きとなりました。

 さて、お稽古は、私の前のお二方が運びの濃茶だったので、じっと見ているうちに手順がわかったこともあり、私も同じお稽古をすることにしました。
 ところが、二人のお点前を見ていたはずなのに、実際にやると自分が思うほどには上手く滑らかにはできないものです。いつものことながら、とにかく不思議です。
 基本的な注意点を、たくさん教えていただきました。特に、私は袱紗を仕舞うのが苦手で、いつも裏返っています。今日も手取り足取りと、本当に申し訳ないことです。袱紗の表と裏がよくわかっていないという、実に初歩的なことで躓いているのです。厄介な弟子で恐縮しっぱなしです。

 今日は、裏千家茶道の講師という資格が取れたので、先生から直々に許状をいただきました。

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 まだまだ実力が伴わないものの、ヨタヨタしながらも一歩ずつ前を向いて進んできた証でもあり、今後の励みとなります。履歴書に書けますかという私の質問に、大丈夫ですよとのことでした。運転免許、教員免許、学芸員資格、博士(文学)の学位に加えて、茶道の講師資格が増えました。楽しくやっているお茶なので、嬉しさは格別です。あとは、実力が伴うように、根気強く続けるだけです。

 お稽古帰りには、大和平群かんぽの湯に入ろうと思っていたので、タオルを持って来ていました。すると、いつもお世話になっている大先輩のお弟子さんが、音の花温泉に行くとのことです。そして、ありがたいことに、回数券が今月分を使いきれないので一枚くださることになりました。また別の方が、その温泉は帰り道なので、ということで車で送っていただくことになりました。
 そんなこんなで、いろいろと幸運が重なった愉しい炉開きとなり、その後にはのんびりと温泉に浸かることになりました。

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 10年以上も前に、子供たちを連れて、この温泉によく来ました。外観も内部も、何も変わっていません。少し温めの温泉にゆったりと浸かり、日頃の忙しいだけの日々から解き放たれるひと時を満喫しました。

 帰りは、いつもの元山上駅ではなくて、東山駅から生駒駅に向かいます。駅前が、10数年前と様変わりをしていて、大きな店が増えていました。その中にブックオフがあったので、さっそく立ち寄り、『名探偵コナン』の第1巻と2巻をいただきました。

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 昨日のテレビに出ておられた元厚生労働事務次官だった村木厚子さんが、デタラメな検察官の論理を崩し無罪を勝ち取るのに、『名探偵コナン』の推理が役に立ったとおっしゃっていたことを思い出したからです。現在私も、とんでもない論理と屁理屈で導き出された結論に悩まされています。大の大人が分別もなく、好き勝手なことをなさっています。人間の尊厳や人権など一顧だにしない、私が持ち合わせているものさしでは測り切れない事態の中にいます。並みの感覚では出来ないことなので、どう対応したらいいのか困りきっています。そんな時に、最初に作り上げた筋書きに固執してとんでもない対応をした検察官たちを、村木さんは辛抱強く論破して無罪を勝ち取られた背景に、何と『名探偵コナン』の推理が参考になったというのです。私も、面倒な局面に対峙しているので、コナンにこんな時の対処を教えてもらおうと思い、この本を読むことにしました。さて、私の問題はどのような顛末になりますか。

 生きていると、いろいろなことに出くわします。特に、理不尽なことに身を置くと、相手が自分の非に気付かれることが絶望的な場合は、無為な時間と無力な言葉が際限もなく流れ去っていきます。命に別状がないからいいとは言うものの、当事者となると何かと精神的な負担も尋常ではありません。逃げきれぬストレスと戦うためにも、温泉が良薬として効くことを期待しての、ひとときの湯治となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ・古都散策

2018年11月03日

京洛逍遥(519)改修前の京都府立鴨川公園葵地区

 「鴨川公園」と言うと、賀茂川の流域では到る所にその名前が掲示されています。ここで取り上げるのは、賀茂川と高野川の合流地点の三角州、鴨川デルタの北にある緑地公園で、「京都府立鴨川公園葵地区」と言われている所です。住所は京都市左京区下鴨宮河町。下鴨神社と出町柳駅と桝形商店街のトライアングル地帯の真ん中にあります。

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 なお、「賀茂川」と「高野川」が合流する場所から南(次の図の右半分)を「鴨川」と言っています。
 その合流地点の西側上方の「賀茂川」に「出町橋」が架かり、東側上方の「高野川」に「河合橋」が架かっています。そして、合流後すぐの「鴨川」には「賀茂大橋」が架かっています。

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 この鴨川デルタは、休日になると多くの若者たちが集まる所です。

「京洛逍遥(417)丸太町橋の「鴨川ギャラリー・時代祭」と鷺の連写」(2016年07月13日)

 さて、京都府立鴨川公園葵地区は、今から約80年前の昭和15年に完成しました。そして、完成から80年経ち、来年からは初めての改修整備が始まります。鴨川公園葵地区は、今や樹木が生い茂り、少し暗い印象があります。明るく賑わいのある公園にしよう、ということで作り替えとなりました。2023年春を完成予定としています。
 今の計画では、バリアフリー化、旧三井家下鴨別邸と公園内を流れる泉川を一体化、交流の場としてのイベントスペースが設けられるそうです。

 この公園の中には、<尾上松之助像>が建っています。

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 この像について、「京都通百科事典」から引きます。

 賀茂川と高野川の合流地点の京都府立鴨川公園葵地区に立つ
 1966年(皇紀2626)昭和41年2月
 尾上松之助寄進により建てられた住宅が老朽化のため取り壊されることになり、功績を後世に残すために、当時の京都府知事 蜷川虎三の提案で立てられる

 <愛称「目玉の松ちゃん」>
 第3作「石川軍記」で、楠木正具の役で、敵軍の乱れを見据える場面で大きな目玉をギョロリとむいてハッタと睨んだことから、観客に「よう、目玉!」「目玉の松ッチャン!」と掛け声をかけられたことに由来する
 それ以降、左右均衡を欠いた目の特徴を最大限に活用されたといわれる

 尾上松之助(おのえつのすけ)は、明治時代から大正時代にかけての映画俳優・監督・舞台俳優・歌舞伎俳優
 目を見開き見得を切る演技で「目玉の松ちゃん」の愛称で親しまれた
 英雄・豪傑・立ち廻り・忍術ものなど、横田商会(後の日活)が制作した1,000本以上の時代劇映画に出演した
 歌舞伎の英雄豪傑を舞台そのままに演じた古風な映画作りを行った
 日本映画における最初の映画大スター


 さて、この京都府立鴨川公園葵地区が、今から5年後には、どのような公園になっているのでしょうか。工事前の上記写真の様子がどう変わるのか、とにかく今の姿を写し留めておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年11月02日

ことわざの「昔取った杵柄」を実感する

 高校の授業も、あと5回で終わりです。秋は学校行事が多いので、休講も重なりました。金曜日は、土日のイベントの準備日に当てられてしまうこともあり、お休みが多くなったのです。

 高校でクラス担任をしていた頃は、困難校といわれる学校にいたこともあり、授業以外の仕事が膨大でした。授業が占める割合は3割もあったでしょうか。授業のことは、あまり意識していませんでした。授業だけをすればいい非常勤講師になって初めて、生徒たちに接する回数が気になりだしたのです。
 ものを見る立ち位置が変わると、こんなに違う感覚で物事が見えるのかと、あらためて視野と視線のマジックに感心しています。

 そんな中で、看護学校を受験する生徒の小論文対策が高校での仕事となっている関係で、「国語が好きになる方法」についてよく話しています。そのためには、とにかく声を出して教科書を読むこと、の一点にしぼっています。
 その時に気をつけるのは、句読点を意識して〈ゆっくりと丁寧に〉2回は読むことです。好きになれば、あとは作文であれ、小論文であれ、国語の読解問題であっても大丈夫でしょう。

 今日の授業では、最初にそんな話をしてから、これまで通り作文です。看護師さんが苦労している話を読んで、自分が思うことを自由に書くのが、今日提示したテーマです。プリントに書かれていることに気持ちが引かれてしまい、話が思うように展開しない生徒がたくさんいます。コメンテーターにならないように、ということを、机間巡視をしながら強調しました。
 そして、必ず自分が体験したことを盛り込むようにと。うまい体験例がない場合には、家族や友人知人などのことにして適当に話を作って、と強引に自分の味がでる文章を書くように指導しています。

 まだまだ、看護学校の入学試験で小論文を課される生徒が、受験日を待っています。即効性のあるアドバイスと対策が必要です。
 帰りがけに、明日入試があるという生徒が来ました。過去の出題を見ると、詩や俳句を読んで鑑賞文を書いたり、長文を読解して自分の意見を書く問題が出ています。それも、200字でという、中途半端な字数制限です。私なりの秘策を伝授しました。

 さらに、面接の指導をしてほしいという生徒が来ました。直前になって、みんな必死です。安心して受験できるように、落ち着いて不安を払拭して臨めるようにするのも、学校の先生の仕事だと思っています。久しぶりのそんな仕事に、このところは立ち向かっているところです。

 研究をリタイヤした身には、「上方いろはかるた」の中にある「昔取った杵柄」よろしく、まだまだその技量は衰えていないことを実感する日々の中にいます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:45| Comment(0) | *回想追憶

2018年11月01日

清張全集復読(25)「佐渡流人行」「賞」「地方紙を買う女」

■「佐渡流人行」
 佐渡金山に役人として行くことになった黒塚喜助は、妻と気持ちを通じていると邪推する弥十郎を嫉妬しています。微罪で投獄した後は、出るとすぐに金山の佐渡送りで苦しめます。そうして、妻のくみをじわじわと虐めて愉しむのでした。
 佐渡では、人の世の底を這いずり回るようにしか生きられない男が描かれます。清張自身の苦労の体験が語らせるのでしょう。
 話の後半は、その意外性において秀逸です。【5】
 
初出誌:『オール讀物』(1957年1月)
 
※『松本清張全集 36』(文藝春秋社、1973.2.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。「作家は絶えず旅をするべきである」と言う、清張が小説の取材を重視している背景がわかる好例です。
 「佐渡流人行」は、「山師」を書いたときから考えていた構想で、上石神井の新居に越してからまもなく書いた。このときは流人の水替作業の実際がわからず、やはり現地に行って見なければと思って三十一年秋に佐渡の相川まで渡った。一つは、発表雑誌の『オール讀物』が相当なページを割いてくれると云ったからだ。秋の初めで、佐渡は観光シーズンが過ぎていたが、土地の郷土史家の好意で旧金山址を隈なく案内してもらった。その晩、土地の民謡保存会の"立浪会"の佐渡おけさや、相川音頭の踊りを見たが、会場の夜寒が未だに忘れられない。そのころは、土地の人ももちろん私の名前も知っていなくて、どういう小説をお書きですか、などときかれたものだ。
 佐渡から帰っても、今度はもっと関係文献を読みたいと思ったが、適当なものはなかった。たまたま麓三郎氏の『佐渡金銀山史話』が出版されたのを知って、さっそく読んで、大いに助かった。それで、世田谷の奥に著者麓氏をたずね、さらに氏の話を聞いたりした。麓氏は長いこと住友鉱業の技師をされた方である。私も閑だったから、調査には充分に時間をかけることができた。
 あとで、当時『週刊朝日』の編集長だった扇谷正造氏が麓氏から私のことを聞いたらしく、何かでその取材ぶりをほめてくれたが、右の本の出版が偶然私の知りたい知識を充たしてくれ、それが幸いしたのである。
 九州に四十年間も過ごした私にとっては、佐渡に行けるとは夢にも思っていなかった。夜汽車で新潟に着き、埠頭から"佐渡おけさ〃のレコードの伴奏に送られ、二時間にして両津の港に着いたとき、実際、はるばるとここまでやってきたものだという感慨に浸った。
 後年「小説日本芸譚」の中で世阿弥を書いたが、この佐渡行が別な意味で役にたとうとは思わなかった。「作家は絶えず旅をすべきである」というサマセット・モームの言葉を、しみじみと味わい噛んでいる。(545頁)

 
 
■「賞」
 昭和初期に、三十代で『古社寺願文の研究』で学士院賞を取った粕谷侃陸の変人ぶりが語られます。地方に押しかけて講演をしていたのです。鑑定料を無理強いすることも。身の丈に合わない賞をもらったために生まれた悲劇です。
 この哀れな学者を追い続けた語り手は、賞というものが受賞者の人間性を変えるものであることを伝えようとしています。【4】
 
初出誌:『新潮』(1957年1月)
 
※『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のように記されています。
若くして実力以上の賞を貰った男の老残落魄の生を描いて鬼気迫る秀作。(84頁)

 
 
■「地方紙を買う女」
 これから何が起こるのだろう、ということを感じさせる語り出しです。そして、バーの女給と小説家が、お互いの心の中を読み合うのです。読んでいて、緊張の連続です。その結末も。
 この作品は映画になりました。私は2度観ました。そしてこの作品は、まず活字で読み、清張の巧みな言葉で小説の醍醐味を味わってから、映像でそのさらなる五感に訴える快感に浸るのがいいと思いました。【3】
 
初出誌:『小説新潮』(1957年4月)
 
 
 
posted by genjiito at 20:07| Comment(0) | □清張復読