2018年08月31日

多くの難題課題をこなしてハーバードから無事帰国

 1週間という短い期間ではあったものの、ハーバード大学では中身の濃い調査ができました。
 メリッサ・マコーミック教授とマクベイ山田久仁子司書には、さまざまなご高配をいただき、予想以上の収穫がありました。ありがとうございました。
 特に、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、2013(平成25)年)と『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、2014(平成26)年)に関連する翻字については、今回の詳細な調査を整理して、あらためて「変体仮名翻字版」のデータベースを構築し直します。この公開については、今しばらくお待ちください。

 帰りも、ボストンから成田までの直通便です。しかも、JALなのでなおさら安心です。機中からは、明るくて眩しいほどの日の光が銀色の翼に映写し、幻想的な景色が窓から見られました。

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 とはいえ、そのJALであっても、私のことなのでいろいろと問題が起きます。
 機内映画で「のみとり侍」を観ていた時でした。機器の不具合か、5分もしないうちに音が途切れ、画面が乱れ、そして画面が消えるのです。アテンダントの方に不都合を伝えると、モニタをリセットしてくださいました。しかし、それでもダメです。結局は、3回もコンピュータをリセットしても、やはりフリーズします。1時間以上もそんな状況だったので、もうこのフライトでの映画は縁がなかったのだ、と諦めかけていた頃でした。アテンダントの方が何とかしようとなさっていて、さらに強いリセット(?)をかけるとのことで、また待たされました。
 私がつまらなさそうにしていたせいか、週刊誌などをたくさん持ってきてくださいました。しかし、文字を読む気分ではなかったのでお断りし、このフライトではとことん寝ることにしました。それもまた旅ならではのこと。今回の旅では、よりによって帰りの飛行機で、初めてのトラブル発生です。しかも、信頼していたJALでのことなので、こんなこともあるさと寝ることにしたのです。
 少ししてから、最後部に一つだけ空いている座席のモニタは使える、とのことです。今回の席は非常口のま横で、足元が広い席でした。一番後ろということで、アテンダントの方も申し訳なさそうに提案なさいます。私は、映画さえ観られたらどこでもいいので、荷物を持って移動しました。
 映画「のみとり侍」は、最初の部分を4回以上も観たことになります。これは、おもしろい映画でした。
 その後はたて続けに、「終わった人」、「空飛ぶタイヤ」、「グレートウォール」を観ました。映画漬けの、13時間にわたる帰路となりました。
 飛行機を降りる時に、アテンダントの方3人が、代わる代わるお詫びの声をかけてくださいました。こちらが恐縮するほどです。かといって、しつこくはありません。これも、JALのいい所なのです。

 明日は、日比谷図書文化館で『源氏物語』を読む講座があります。そのため、今日は東京泊まりです。
 成田から銀座まで、高速バスを使いました。
 最近は、移動にバスをうまく使えるようになりました。
 銀座は、すごい人出でした。少しだけ雨が降りました。

 今回の旅での歩数は、次の通りです。

26日/ 08,815歩
27日/ 21,075歩
28日/ 11,345歩
29日/ 12,548歩
30日/ 02,475歩
31日/ 07,806歩
 
 
 
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2018年08月30日

写本の調査の後はお茶室を見学し英訳源氏を確認する

 ハーバード大学のフォグミュージアムでの『源氏物語』の原本調査に行く途中で、市内を走るトロリーバスを見かけました。かつては日本でも走っていた、懐かしいバスです。

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 今日も、フォグミュージアムの4階に籠もって、終日『源氏物語』の写本の調査です。

 昨日は「須磨」巻に専念したので、今日は「蜻蛉」巻と悪戦苦闘です。「蜻蛉」は、「須磨」のように素直な文字で書かれていません。とにかく、一癖も二癖もあります。字形が不安定なので、字母の特定に苦しみます。また、ナゾった文字が多いので、下に書かれている文字の特定に時間がかかります。張り紙があったり、虫が喰っていたりと、落ち着きがない写本です。

 疲れたところで、気分転換に階下のロビーを見下ろすと、不思議と落ち着きます。

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 無事に調査が終わり、閉館まで少し時間があったので、3階の展示室に案内していただきました。
 その中に、宇治十帖の浮舟に関する軸装の絵があったので紹介します。この絵は、中村芳忠が1819年に描いたものです。

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 日本の作品は少なくて、ヨーロッパの絵画が中心のように思います。時間がなかったので、さっと見ただけの印象です。関係者のみなさま、どうもすみません。

 みなさまにお礼を言い、再会を約束してミュージアムを後にしました。

 ハーバード大学にはお茶室があるということだったので、かつてその茶道部の部員としてお茶室を使っていたという井戸美里さん(京都工芸繊維大学、現在科研の用務で長期研修滞在中)に、お忙しい中を案内していただきました。この白い洋館の中に、お茶室があるのです。外からはよくは確認できませんでした。このお茶室でお茶会をする機会があればいいですね。

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 宿への帰り道で、先日入れなかった大型書店では、デニス・ウォッシュバーン訳の『源氏物語』(英語・2015年)が、書棚に2冊並んでいるのに出会いました。その左には、村上春樹の本があります。それ以外は、日本文学関連の翻訳書は見当たりませんでした。
 このウォッシュバーン訳は、現在、一番新しい完訳本です。表紙は『国宝源氏物語絵巻』「夕霧」(五島美術館蔵)を刺繍にした画像で、夕霧の手紙を取ろうとする雲居雁を描いているものです。

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 ハーバードスクエア駅前の書店では、この本が41冊も山積みになっているのを見つけました。店員の方に聞くと、新本のストックだとのこと。店頭にも何冊か出ているようなので、この地域ではよく売れている本となっているようです。大学の授業で使われるのでしょうか。この事情については、メリッサ先生にまた聞いておきます。

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2018年08月29日

ハーバードのフォグミュージアムで古写本『源氏物語』の調査

 早朝より、文献閲覧と調査のため、フォグミュージアムへ向かいます。
 メリッサ・マコーミック先生が、わざわざ宿泊しているホテルまで迎えに来てくださいました。有り難いことです。
 途中で、レンタサイクルを見かけました。

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 ハーバード大学のキャンパス内を移動するには便利そうです。しかし、今回は徒歩10分もかからない所までの移動なので、一緒に歩いて行きました。

 お目当ての古写本『源氏物語』の調査場所は、以前のサックラー美術館から新装なったフォグミュージアムに移りました。

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 建物の中は、明るくてオシャレです。写本は4階で拝見しました。

 ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の2帖は、昨日も書いたようにすでに刊行済みです。しかし、その後にわかった疑問点などを、これを機会に解決するのが、今回の調査の主目的です。ただし、資料の管理が厳しくなり、メリッサ先生もご自身で写本に触ることができず、担当者がこちらの意を受けて当該頁を開いてくださる資料閲覧に変わりました。貴重な資料を守るためにも、これは最善の対応だと思います。ただし、残念ながら顕微鏡を活用した調査は出来なくなりました。このことは、文字がなぞられている箇所の確認には痛手です。今後は、別の確認方法を考えて臨みます。

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 今回は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』2帖以外に、『謡曲五十番』、『源氏物語画帖』、『源氏物語五十四帖』(江戸時代)も、メリッサ先生のご高配で拝見することができました。こうした機会は得がたいことなので、真剣に資料の確認をしました。
 今日の段階では、「須磨」と『源氏物語画帖』の前半、そして『謡曲五十番』を確認し終えました。気を張りつめての調査だったこともあり、どっと疲れが襲ってきました。ご無理を言って、残りは明日にしていただきました。スタッフのみなさまには、わがままを聞き届けていただき感謝いたします。

 なお、お昼の休憩時には、1階のラウンジで、メリッサ先生お勧めのペルー料理をいただきました。これも縁なのか、リマとボストンとが、こんなところで結びつきました。

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 夜は、イェンチン図書館の山田さんとメリッサさん、そしてお2人の研究仲間であるレイチェルさん(フォグミュージアム)と井戸美里さん(京都工芸繊維大学)も交えて、「Legal Sea Foods-Charles Square」という開放的な所で食事をいただきました。私は、昨日同様にカキとクラムチャウダーにしました。昨日とはまた違った味で、楽しい話をしながら豊かな食事をしています。

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 食後は、山田さんにホテルまで送っていただく途中で、お勧めのチョコレート屋さんに立ち寄りました。

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 異国の地にいることを実感しながら、こうして研究仲間とのコラボレーションも大事にしてお付き合いをずっと続けています。やはり、直接会って話をし、教えを受け、一緒に調査をすることが、これからの研究でも原点となっていくことを再確認しました。
 
 
 

posted by genjiito at 14:26| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月28日

イェンチン図書館とボストン美術館で眼力の修養

 ハーバードに来て最初の朝です。宿の窓から東を望み、今日行くイェンチン図書館の方を見やりました。手前のケンブリッジコモンの向こうに、ハーバード大学のメモリアルホールの尖頭などが見えます。ビルがない、緑に覆われた大学の街です。

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 午前10時に、イェンチン図書館に入ってすぐの出納カウンターの前で、今回もお世話になるマクヴェイ山田久仁子さんと待ち合わせをしました。この図書館には、日本語で書かれた膨大な書籍が収蔵されています。歴史関係が充実しており、本は、議会図書館の分類で配列してありました。ちょうど整理中とのことで、山田さんは本の分類のし直しなどで多忙を極める中を、懇切丁寧に対応してくださいました。ありがとうございます。

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 何点か文献資料も見せてくださいました。
 木版色摺りの落合芳幾(1833〜1904)筆『源氏五十四帖』(1800年後半)は、色彩が鮮やかなので展示に向いています。
 『鷹絵図』は、山本兼一の小説で信長や秀吉や家康が鷹匠を召し抱えていた話をほとんど読んでいたので、興味を持って拝見しました。
 そうした中で、平井うめ子という方がお作りになった『百人一首』のカルタは貴重な資料だと思いました。素人判断ながら、昭和初期の製作かと思います。根拠はありません。木製の蓋には、次のように書かれています。カルタの文字共に達筆です。

古代極彩色百人一首
 う多かるた
  平井うめ子


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 山田さんも、これがどのような経緯で作られたものなのか知りたいとおっしゃっています。このブログを活用して情報公開に協力することで、一日も早くこのカルタの素性が明らかになることを願っています。どなたか、このカルタに関する情報をお持ちでしたら、ご教示いただけませんでしょうか。

 ハーバード大学の中心にあるメモリアルホールでお昼を、と思っていました。しかし、山田さんのお話では、いまはもう食事の提供はしていないとのことです。ハリーポッターの映画に出てくるような雰囲気の場所だったので、非常に残念です。

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 街中には大きな書店があります。しかし、英語に関する平安文学に関する翻訳書はほぼ入手していることと、購入する手段はいくつもあるので、今日のところはパスしました。

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 午後は、地下鉄で、ハーバードスクェア駅からボストン美術館があるミュージアムファインアーツ駅まで移動しました。30分ほどです。
 電車を降りると、足下に視覚障害者のためのプレートがぎっしりと敷き詰められていました。もっとも、電車のレールのところから雑草が覗いている方にも目が行きましたが。

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 ボストン美術館へ行く前に、すぐそばのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館へ先に行きました。ラファエロやレンブラント、そしてモネなどを慌ただしく観ました。狭い空間の上部に、『源氏物語』の屏風絵がありました。手元に何も説明文を持っていなかったので、とにかく写真に収めておきました。

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 手早く見終わると、すぐにボストン美術館へ移動しました。ここには、何度も来ています。ルノアールやゴッホやマネなど、印象派の絵は圧巻です。
 ただし、残念なことに日本のセクションは改装のため、ほとんど見られませんでした。

 晩ご飯は、ペルーでお世話になり、ボストンにも住んでおられた同僚の宮野先生から情報をいただいていました。そこで、ボストンの中心地にある牡蛎がおいしいというお店に行くことにしました。ケネディも通っていたというお店だとか。
 地下鉄でミュージアムファインアーツ駅から、ボストン市庁舎やボストン公共市場があるハイマーケット駅に移動です。
 「ユニオン オイスター ハウス」という店は、1826年からという老舗です。お店の中の雰囲気もよかったこともあり、クラムチャウダーはもとより、生ガキなどなど、美味しくいただきました。海外での生ガキは、スペインのマドリッドの市街でいただいて以来です。

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 帰り道に、巨大なマーケットの中でお寿司屋さんを見つけました。
 しかし、回転寿司ではないので、ちらっと見るだけです。

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 気分転換に、海の方に足を向けました。夜風が心地よい夜です。

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 ボストン茶会事件の船と博物館までは行きませんでした。
 夜景もきれいな街でした。

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posted by genjiito at 15:46| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月27日

ハーバードでの初日に日本と同じ月を見る

 ボストンに着きました。快晴です。
 空港からは、バスでケンブリッジにあるハーバードの街に移動します。
 ホテルに荷物を置いてから、夜食を求めてハーバード駅周辺の繁華街に出ました。
 無事に大学のそばのレストランで、クラムチャウダーをいただきました。具沢山でおいしい料理でした。

 夜空には、煌々と月が照っています。
 私の体内時計では昨日、実際には一昨日のブログ「京洛逍遥(509)地元での賑やかな地蔵盆 -2018」(2018年08月25日)に掲載した京都の月とまったく同じ月です。

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 横断舗道には、点字ブロックがありました。ただし、置かれた位置はこれで役にたつのでしょうか。ただ埋め込まれている、という印象です。

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 空港では、点字ブロックはまったく見かけませんでした。
 ホテルの部屋には、番号の下に点字が添えてありました。

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 明日は、イェンチン図書館とボストン美術館へ行く予定です。
 
 
 

posted by genjiito at 13:40| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月26日

京都から成田を経てハーバード大学へ

 またまた大移動です。
 今回は、アメリカのボストンにあるハーバード大学行きです。
 鎌倉時代に書写された古写本『源氏物語』の原本調査です。
 数年前に、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(新典社、185頁、2013(平成25)年)と『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、210頁、2014(平成26)年)を刊行しました。その後、いろいろと疑問点が見つかり、書写されている文字をどう読むのかということと、なぞられた文字のその下に書かれている文字を確認する必要が生じました。その他にも、『源氏物語画帖』なども閲覧できることになりました。
 今回は、ハーバード大学のメリッサ・マコーミック先生のご高配をいただき、こうした原本の調査が実現したのです。メリッサ先生には、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』に解説を寄せていただきました。
 京都にお出でになった折のことを、「京洛逍遥(254)メリッサ先生と丸太町のマダム紅蘭へ」(2013年02月03日)に書いています。
 久しぶりのボストンです。
 さて、どんな収穫がありますか。いや、私の場合は、どんなハプニングに見舞われるのか。
 楽しみの多い調査旅行の始まりです。
 
 
 
posted by genjiito at 14:39| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月25日

京洛逍遥(509)地元での賑やかな地蔵盆 -2018

 今日は、町内会で地蔵祭がありました。
 昨年のことは、「京洛逍遥(456)地元の地蔵盆に初めて参加」(2017年08月19日)に詳しく書きました。過日も京都新聞で、京都から地蔵盆がしだいになくなっていく現実が報じられていました。確かに、地域と共に生活をしようと思わないと、こうしたイベントに参加する人は減るのは当然です。煩わしいことには拘わらず、個人の生活で十分だと思うと、わざわざ地域とつながりを持つ必要性を感じないのはわかります。一人孤独な日々が来ようとは、若い時には想像できないことなので、地蔵盆も廃れていくのでしょう。
 そうした風潮の中で、今いる地域では、子供たちが増えていることもあってか、賑やかにお祭りが行なわれています。今年は我が家は町内会の評議委員になっており、先月はこのお地蔵様のお世話をする当番でした。その様子は、「京洛逍遥(501)今月は当番でお地蔵さんのお世話中」(2018年07月10日)に記した通りです。

 お地蔵様は、毎日、児童公園で子供たちを見守っておられます。

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 そして、年に一度だけ、地元の子供たちに注目されます。
 町内会では、役員さんを中心として、昨日からその準備が進んでいました。
 そして、今日は朝から夜まで、賑やかに地蔵祭が催されたのです。

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 御師さんは、例年通り壬生寺からお越しです。

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 お地蔵様の前で読経が流れる中を、子供たちはみんなで仲良く数珠回しをします。

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 夜は、大人と子供が一緒になって花火で大騒ぎです。

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 見上げると、まん丸い月が天の穴のように見えました。

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 さて、明日は早朝より成田空港へ移動し、アメリカのボストンにあるハーバード大学へ調査のための出張です。相変わらず、慌ただしい日々となっています。
 いろいろな仕事を中断しての渡航です。
 関係するみなさまへ。
 留守中のことは、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 

posted by genjiito at 22:18| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年08月24日

血糖値は相変わらず高止まり

 京大病院の糖尿病内科で、2カ月毎の定期検診を受けて来ました。
 新しい病棟も、見ている内に目に馴染んできました。真ん中の積貞棟は、私がガンの手術をした時に入っていた病棟なので、建物を見るたびに懐かしさが湧き上がってきます。私は、この病院にいる時が、心身共に一番リラックスします。

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 糖尿病については、ヘモグロビンA1cが、まずは7.0を切ればいいのです。しかし、それは私にとっては難関です。
 先日までは、ペルーでネズミの唐揚げを食べたりしていたのですから、羽目を外し過ぎだと主治医から叱られそうです。

 今日の血液検査の結果は「7.7」。4月・6月に続いて今月も同じ高い値でした。先生もいろいろと薬の工夫をしてくださいます。一つ減り、一つ増えました。

 体重の相談をしました。どう頑張って食事をしても、念願の50キロにはいまだに手が届きません。49.9キロなどと表示された時には、がっかりすると共に明日を期待するようにしています。
 消化管を持たない身体なので、先生もどうしようもないそうです。筋肉がこれ以上落ちないようにすることが大事だとか。プロテインやチーズを、機会を見てはよく食べるようにしています。しかし、それでも低い所で数値がピタリと止まっています。

 先生は50キロを目標値にしなくてもいいと、前回の診察あたりからおっしゃいます。それでも、私はこの50キロを追い続けていきたいと思っています。
 検査の結果、特に何が悪いということはありません。血糖値が高いことだけです。
 合併症が出てくる前に、しっかりと体力作りに励みます。

 帰りに、聖護院あたりの隙間から、先般の送り火の「大」が見えました。

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posted by genjiito at 19:05| Comment(0) | *健康雑記

2018年08月23日

2018年シベリア抑留慰霊上映会を観て

 河原町五条を少し下った所にある「京都 ひとまち交流館」で、「2018年シベリア抑留慰霊上映会」がありました。

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 このイベントのことは、先月末に立命館大学で開催された「戦争展」の折にいただいたチラシで知りました。(「立命館大学の戦争展で視覚障害者の資料を見る」(2018年07月31日))

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 今回のイベントは、「帰還証言 ラーゲリから帰ったオールドボーイたち その3 後編(抑留編)」(2階 大会議室)として、新たに編集作成された映像をもとにして開催されるものです。シベリアの強制収容所から帰った元シベリア抑留体験者のインタビュー証言による記録映像です。

 いただいた資料には、次のような文章があります。

ラーゲリから帰った者たちの証言

監督:いしとび たま

昭和二十年初秋 シベリア死の行進 は 始まった!
いったいあれはなんだったのか!

終戦後の旧満州(現中国東北部)から約60余万人の日本人達が貨車や徒歩で北に向かった。
旧ソ連長期強制抑留中の死者は約6万人。
しかし強制抑留者も死者もその正確な数字は今も不明だ


 1分間の黙祷で上映会が始まりました。
 そして、2時間47分の上映。
 時間の長さを感じませんでした。

 上映会場に集まったのは60人位だったでしょうか。その内、男性は証言映像に出ておられた方も含めて、3分の1ほどです。予想外に男性が少ないので、その意味を考えながら観ました。
 とにかく、証言映像に出て語られるのは、すべて男性です。兵隊として終戦を迎え、その後シベリアに抑留された男性たちの体験語りです。女性は最後にお一人、看護婦だった方だけでした。

 会場にいらっしゃった女性は高齢者です。そのことから思うに、旦那様か父親が抑留されたのでしょう。家族のことが知りたい、というのがここに足を向けられた動機かと思われます。この活動を支援しておられる方もいらっしゃるでしょう。中年の方は、制作に関わったスタッフの方でしょうか。

 男性は、証言をなさった方とその関係者以外は、同時代を生きた者への思いでご覧になっていたように思います。私のように、父や母のことをもっと知りたい、ということでお出での方もいらっしゃるようでした。

 これらはすべて、私の勝手な推測です。参会者の実態を知りたいと思うようになりました。

 証言者は、次の戦地から、それぞれの収容所に送られたそうです(映像を見聞きしながらメモをしたものなので、実際の確認はまだしていません。)。そこからさらには、各地に移送された方もいらっしゃいます。タシケントなどのラーゲルに収容された方の証言などに、私が父から聞いた話と合致するものがポツポツと出て来ました。

ウズベキスタンから移送された方の証言/3名
カザフスタン/2名(ウズベキスタンにも移送者1名)
トルクメニスタン/1名
ジョージア/1名
キルギス/1名
イルクーツク/5名
スベルドロフスク/1名
バイカル/1名
シベリア/1名
沿海地方/5名
アムール/1名
ハバロフスク/3名
ウラジオストック/1名(北朝鮮にも)
カムチャッカ/1名


 最後に、ナホトカなどで病院勤務に当たられた女性の話がありました。18歳の時だったそうです。看護婦は1隻に60名ほど乗っていたようです、とのことでした。

 男性の証言の中には、27名中お2人を除いて、まったく女性の方の話が出ませんでした。お2人の方の話には、語れないことがある表情でした。
 質問の仕方と、編集の関係なのでしょうか。このことは、すでにこれまでの2回のインタビュー集で語られているのでしょうか。後で確認したいと思います。

 証言の内容は、強制労働の過酷さと、思想教育の話が中心でした。
 ハバロフスクから送られてきた「日本新聞」を読んだか、ということと、「俘虜郵便」のこと、そして「宮城遥拝」などが、証言者に共通する質問の中にありました。

 私としては、キルギスにも収容所があったようなので、このことをこれから調べてみたいと思うことの一つになりました。

 全体を通して、人の運命の不可思議さを感じました。言い古されたことながら、まさに運命に翻弄される生きざまが、延々と語られているのです。貴重な記録です。

 なにはともあれ、ラーゲル生活を語れることの素晴らしさがあると思います。
 私の父は、話好きだったので、できることなら戦争体験を、シベリアでの抑留生活を語りたかったでしょう。しかし、語ろうにも語れないことが多くて、差し支えのないことだけを、少しだけ我々には話をした程度でした。

 私は、体験話には、語れるものと語れないものがあると思っています。
 それを含めての戦争を、あらためて考える機会になりました。
 私は、お題目を唱えるようにして「戦争反対」と言って、いかにも平和を願っているパフォーマンスができないのです。これは、満州とシベリアに行っていた両親からの、無言の想いがそうさせているのだと思います。
 自分の中でも時間のかかる問題なので、両親のことを思い出す中で反芻して考え続けていくことにします。

 この上映会では、いつもは、証言者として出演なさった方々と共にお話を聞くのが恒例となっていたそうです。しかし、今日は台風20号が上陸したばかりということもあり、今日に限っては中止にして帰りの足の確保をしてほしい、との挨拶があって閉会となりました。 

 この日に上映会が開催されたのは、スターリンが1945年8月23日に日本兵移送を命じる指令を出した日だからです。

 
 
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | *回想追憶

2018年08月22日

お茶のお稽古の後に大和平群を散策

 大和平群は、日差しはきついものの心地よい風が爽やかに吹いています。
 駅前にバスが停まっていました。しかし、風を浴びながら、いつものように歩いて山登りをして、お茶のお稽古に行きました。まだ、このバスを使って上がったことはありません。

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 今日は、久しぶりに薄茶のお稽古をしてもらいました。このところ、濃茶が中心になっていました。薄茶は4ヶ月ぶりではないでしょうか。
 おもしろいほどに、すっかり忘れています。しかし、時折すっと手が伸びて、我ながら驚きました。ほとんど先生の指示待ち状態の中で、無意識に手が動くと嬉しいものです。「そう、よく覚えていましたね」と言われると、ますます楽しくなります。

 今日は、お点前以上に、お茶をいただく上でのお作法をたくさん教えていただきました。お稽古というと、お点前を覚えて確認することに気持ちが注視していたのです。しかし、その基本が疎かになっていたことを自覚したのです。そこで、この点てること以外のことで、基本の再確認をお願いしました。お茶室に入ってから出るまでの、一連の流れの中での動きのおさらいです。
 わがまま勝手なお願いをする生徒で、申し訳ないことです。今日は、3時間みっちりと特訓を受けました。

 帰りは、風が涼しくて気持ちがよかったので、いつもと違う平群駅へ出ることにしました。ブラブラと気ままに、かつて住んでいた地域を散策しながら、子供たちが大きくなって行く頃の十数年前を思い出して歩きました。

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 20年間、生駒山、信貴山、二上山を勉強部屋から眺めながら、ここで子育てをしたのです。その景色は、今も何も変わっていません。
 他人がこの記事を読まれると、またそんな思い出語りを、と思われることでしょう。しかし、当の本人は、思い出すたびに懐かしさとともに、楽しかったことが再確認できる、得難い時間の中に身を置くことになるのです。過去と今を往き来する楽しみは、こんな時に体験できるので、おもしろい回顧歩きだと思っています。

 龍田川も、この辺りに来ると流れも緩やかになります。小学校の前の親水公園は、授業参観の時などに子どもと一緒に川へ入った所です。「ちはやぶる 神代もきかず たつた川 〜」の歌が書いてあります。

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 こうした、過去に心身を瞬間移動させられる場所を、私は何箇所も持っています。この大和平群は、そのうちの大切な一つです。
 過去と今を往来する契機を与えてくれる写真を、自分と家族のために何枚か置いてみました。以下は、小学校から駅までの変わりようがわかるものです。駅前は、まだまだ変わっていくようです。

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posted by genjiito at 20:12| Comment(0) | ・ブラリと

2018年08月21日

スペイン語訳『枕草子』に関する追記情報

 ペルー滞在中に、「2冊のスペイン語訳『枕草子』と出会う」(2018年08月09日)という記事を書きました。その記事に関して、私の研究の支援者である淺川槙子さんから、すぐにブログの記事に追補する表紙と翻訳に関する情報を送っていただきました。旅の途中だったこともあり、ただちに掲載した記事を補訂する余裕がないままに帰国したので、ここにその情報を加えたものを追記版として記録に留めておきます。

 2種類のスペイン語訳『枕草子』は、ミラフローレスにあるラルコ・マールというショッピングモールの中の大きな本屋さんで見つけました。2002年版の『枕草子』なら、かつてスペインのマドリードの大きな書店でみかけて手に入れています。しかし、この2冊は持っていないものです。

 まず、『風流略六哥仙』の絵が表紙になっている2004年版を2014年に再版した本から。

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 この表紙に使われている絵は、鳥文斎栄之(細田栄之)の『風流略六哥仙』(1793年)で「喜撰法師」に該当するものです。大英博物館とシカゴ美術館が所蔵しているようです。シカゴ美術館のウエブサイト(https://ja.ukiyo-e.org/image/aic/101151_526601)をその出典先として明記しておきます。
 画中には、次の字句が書き込まれています。

風流略六哥仙  栄之画
 喜撰法師
【我】可【庵】八【都】の
         多つ三
     し可楚
       寿む
よ越【宇治山】と
【人】八ゆふなり



 もう1冊の方は、『源氏物語』の雪まろばしの絵を飾る2009年版です。

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 この表紙は、バークコレクションの土佐光起筆『源氏物語画帖』「朝顔」です。同じシリーズがスペイン語のフィブラ訳の表紙に使われています。ちなみに、Miyeko Murase,The Tale of Genji: Legends and Paintings1,British Museum Press, 2001という本が手元にあります。(http://burkecollection.org/catalogue/74-asagao-chapter-of-genji-monogatari を参照のこと)


 現在は、さらにもう1冊刊行されている次の本を探しています。この画像は、ペルーのリマにある日秘文化会館の中にあるエレナコハツ図書館所蔵の書影です。

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 このようにして、着実にスペイン語に翻訳された平安文学作品の確認が進んでいます。手元にないものについては、まずはコピー版で、そして現物を収集という方針で当たっています。まだまだ、研究のためのインフラ整備の段階だと思っています。
 こうしたことに関して、情報をお持ちの方からのご協力をお待ちしています。
 
 
 

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2018年08月20日

京洛逍遥(508)急に涼しくなり颱風が来る前に一休温泉へ

 先週後半から、秋かと思わせる涼しい賀茂の川風が吹き通っています。半袖での散策を長袖にしようかと思うほどに、風が心地よく肌を撫でて行きます。
 これに騙されまいとは思うものの、このまま秋になってほしいと願うだけです。あの40度近い熱暑はもうご免です。

 鴨たちもみんなで楽しそうに遊び出しました。

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 川の流れが緩やかになったせいか、水面が鏡のようになり、賀茂街道沿いの並木道を映し出しています。

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 トントンと言っている飛び石も、水が少なくなったために石が底を見せています。
 またやってくる颱風20号により、この水嵩が一気に上昇して、飛び石を覆い隠すようにならないことを祈っています。

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 長旅の疲れを癒やすためもあって、近鉄京都線「新田辺」からバスで「一休温泉」に行ってきました。

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 露天風呂が4つもあり、気分転換には最適です。
 レストラン「雲水」で、のんびりと食事をいただきました。
 何度かこの温泉に来てはいるものの、一休寺にはまだお参りしていません。駅の反対側なので、時間のこともあってお寺はまた後日、となってしまいます。
 この次には、余裕をもってお寺に足を向けてから、この温泉で憩うことにしましょう。
 
 
 

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2018年08月19日

帰国の日のことと機中で観た映画

 リマを離れる前に回転寿司をいただいた後は、もう一度セントロ(旧市街)を歩きました。

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 まず、アルマス広場に聳えるカテドラルに入ります。征服者フランシスコ・ピサロの遺骨(ミイラ)を納めているとされる棺を見ました。
 また、カテドラルの地下には、死者を葬る洞窟があります。イタリアのローマで見た時には、これをカタコンベと言っていたと思います。パリやウィーンでも見ました。骸骨や遺骨などが自由に見られるようになっているのです。しかし、あまりにもリアル過ぎるので早々に切り上げて、この街のメインストリートであるウニオン通りに行きました。

 先日と同じように、視覚障害者がギターの弾き語りをしておられました。直接いろいろとお尋ねしたいことはあります。しかし、状況がまだ理解できていない上に時間がないこともあり、今回はパスしました。またの機会にします。

 リマの空港で、お土産にお茶を買おうとした時です。私が手にしたコカ茶は、日本では麻薬のチェックにひっかかるとのことです。店員さんは、日本なら規制が厳しいので、それはやめた方がいいと、笑いながら(?)おっしゃいます。空港で手荷物を受け取った時に、麻薬犬などに吠えられたら大変です。私が手にしたお茶の横にあった、よく似たパッケージのものなら大丈夫だとか。

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 よくわからないままに、言われるがままに、店員さんが無難だとおっしゃるものにしました。もしそのことが本当ならば、しっかりと注意事項を表示をしておいてほしいものです。

 ペルーのリマを発ち、アメリカの乗り換え地であるヒューストンまで、深夜に飛んで7時間。眠くもないので、映画を2本観ました。この選択理由は、上映説明がすべて英語だったので、私がわかる範囲で読み取って試しに観た、というのが正直なところです。動機が不純だったにもかかわらず、満足する内容でした。

(1)「パウロ キリストの使徒」(2018年に全米で公開)
  ルカとパウロとキリストの関係を知らないままに観たので、いろいろとわかりました。

(2)「祈りの幕が下りる時」(2018年、東宝)
  豪華な出演者で楽しみました。松本清張好きの私には推理に不満を感じます。


 今回の航空会社はユナイテッド航空です。終始、アテンダントの方々の態度が不愉快でした。
 通路側にいた私の席に、3回も四角い金属製の運搬車をぶつけられました。よく膝頭が粉々にならなかったものです。食事の配膳にはナイフもフォークもなかったので、身振り手振りでないことを伝えました。食事の時に私が注文した飲み物は、よそ見をしたまま別の人に渡した後、その人が違うと言うとやっと私が手を挙げていることがわかるという始末。真横でサーブしていてこの醜態です。注意力が散漫です。隣の人が落とした枕は、サッカーよろしく蹴り上げてキャッチ。後ろの配膳エリアでは、アテンダントのみなさんが寄り集まって高笑い。その金切り声がうるさいこと。

 ユナイテッド航空には滅多に乗らないので、いつも大体こんなものなのでしょうか。日本の航空会社ではあり得ないことだと思います。自由を標榜される国の方々は、とにかく気ままに楽しく勝手に自分流で仕事をする、ということなのでしょう。こうしたことは書くとキリがないので、これくらいにしておきます。

 ヒューストンでウツラウツラしながら、成田行きの乗り換えで3時間ほど待っていたら、ゲートからの放送で私の名前を呼んでおられるのです。慌ててカウンターに行くと、あなたが最後だと笑っておられます。乗り遅れるところでした。この一週間の疲れが押し寄せて来ているようです。

 今度のユナイテッド航空のアテンダントの方は、ごく普通の対応でした。これから約14時間の空中輸送の身となります。

 機内での映画は、次の2本を観ました。

(3)「嘘八百」(2018年、ギャガ)
  大阪・堺市を舞台に古物商と陶芸家が「幻の利休の茶器」をめぐる喜劇。大いに楽しみました。

(4)「八年越しの花嫁 奇跡の実話」(2017年、松竹)
  病気がらみの物語には自分を照射して観る癖があるので非常に苦手です。


 預けた手荷物は成田で受け取りました。そして、出発の時に借りたWi-Fiルーターを返却し、伊丹行きのANAに乗り換えました。
 アテンダントの方々の態度が、それまでの方々とは明らかに異なります。気にならないというか、ごく自然に対応しておられると思えるのです。日本を贔屓目に見てではなくて、安心感の質が違います。社員教育のせいでしょうか。受け止め方の違いなのでしょうか。
 何はともあれ、多くの成果を携えて、ごく普通に帰ってきました。
 さて、これから集まった資料や情報の整理です。
 
 
 

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2018年08月18日

リマの回転寿司の地元指向に好感を持つ

 お盆の関係で、本ブログでの記事が前後します。
 3日前のペルー・リマでの話、「パチャカマック遺跡を探訪」(2018年08月15日)の続きから書きます。

 12日(日)は、早いもので帰国の日です。稔りの多かった旅だったので、最後はやはり回転寿司です。
 世界の回転寿司マップを作ることをテーマにして、すでに25年になります。今年2月に行ったインドも、3月のミャンマーでも、回転寿司はありませんでした。しかし、このリマにはありそうです。根拠はありませんが。

 ネットを調べてみると、あっても今はなかったり、リマ市内からは遠すぎたりと、なかなか適当なものがみあたりません。それでも、不思議なことにいつも出会えます。今回もそうでした。

 昨夜は、ホテルの方の話を参考にして、繁華街に行きました。ただし、回ってはいなかったので諦めました。その寿司屋の入口におられた案内嬢は、きれいな日本語で「日本にならあるけど、ここにはありませんね。」とのこと。日系4世でしょうか。きちんと日本で日本語を勉強した、しっかりとした日本語でした。

 さて、帰国は今日の深夜0時半発の、リマからヒューストン行きの飛行機に乗ります。そこで、まずはチェックアウトをし、キャリーバッグなどの荷物はフロントに預けてから、あらかじめ見つけておいた郊外の回転寿司「なごや」へ向かいました。

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 ペルーと日本の料理の融合を目指す、その心意気に好印象を持つ店でした。お店の方は、寿司職人さんはこざっぱりとした板前姿、ホールは黒のスーツで決めておられます。女性店員も、フォーマルなスーツ姿でした。客層がわかります。お客さんは、リマっ子が一番多いそうです。

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 ポン酢を頼むと、すぐに出て来ました。東京では、ポン酢がなかったり、なかなか出てこない店が多かったことに比べても、対応がいいと思いました。スペインでは、ポン酢が市民権を得ているのです。東京もそうなってほしいと思いました。
 そういえば、スペイン料理には、すっぱいお漬物のようなおかずがいくつもあったように思います。

 クスコに「トルーチャ」のお寿司があり、アマゾンでは「ピラニア」のお寿司もあるとか。世界各国のお国柄を反映したお寿司があります。それらが回っているという情報が入ったら、あらためて出かけましょう。
 とにかく、食べ物が動くところに日本特有の文化があるのです。料理を待っていたら運んでもらえる、というのではありません。目の前を流れるものを、瞬時に取るか取らないかを判断します。そして、食べたいものをサッと取ります。なければ注文します。そして、自分がいただいた量や料金は、皿の数を見ると一目瞭然です。
 消化管を持たない私などは、その日の体調に合わせて、寿司の質も量も調整できるので最適な食事パターンが組めます。改良点は、サラダなどの野菜ものを流してもらわないと、血糖値が乱高下して困ります。

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 このお店のレーンに流れているお寿司は、巻物が中心となっています。もっとも、それが非常に凝っているので、ペルーの方々にお寿司の楽しさを伝えたいという、信念を持ったこだわりが伝わってきます。日本で見かけないものが多いので、創作巻き寿司と言えばいいのでしょうか。

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 ペルーの食材やソースが巧みに配され、地元の人を強く意識したお寿司でありながら、日本を感じさせる新しいスペイン料理です。日本人はもとより、日本からの観光客はほとんど意識していないようです。もっとも、そんな観光客が来る地域ではありませんが。

 お願いを聞いていただけるのであれば、何が乗っているお寿司なのか、何を巻いているのか、ポップなプレートをつけてほしいと思いました。
 そのため、日本人からは日本のお寿司をモノサシにした、これはお寿司とは違うという見当違いの酷評を受けなくてすみます。日本を離れて、現地の実情に合わせた寿司が提供されるのが一番です。その方向性を、この回転寿司屋は目指しているように思えます。日本人の御機嫌取りをしていないところが気に入りました。

 にぎりもお刺身も今回は見合わせて、創作の巻物と味噌汁を楽しみました。チーズをうまくアレンジしているようです。このお店のポリシーを考えると、大阪寿司や箱寿司を取り入れたらいいと思いました。

 今日は、14,000歩は歩きました。とにかく、リマという街を通してペルーの文化が知りたくて、いたるところを歩き回りました。この幅広い見聞が、翻訳された文章を確認するときに役立つのです。
 
 
 

posted by genjiito at 01:01| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月17日

新しい住職さんをお迎えしてのお盆

 この記事は、日にちが遡った一昨日のお盆のことです。

 これまで、養林庵の庵主さんにお盆にお越しいただき、読経をお願いしていました。90歳を超えておられるのにお元気です。いつも楽しい話をしてくださいます。

「今年のお盆でもお元気な養林庵の庵主さん」(2017年08月15日)

 その庵主さんが、昨秋11月にお亡くなりになったそうです。そこで、養林庵の近くのお寺の副住職さんが、養林庵に後任として着任なさいました。

 今年からは、新しい住職さんがお見えになりました。

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 お若い方なので、読経にも活気があります。
 引き継ぎの最中とのことで、我が家のことをいろいろと聞いて行かれました。
 実は、お寺の檀家管理にコンピュータが活用されたのは、日本のコンピュータの歴史の中では初期のことでした。私が半角カタカナで『源氏物語』のデータベースに挑戦していた頃、すでに全国のお坊さんたちが試作版を公開しておられたのですから。お経のデータベースも早かったことを思うと、仏教とコンピュータは、意外と相性がいいのかもしれません。

 明日に控えた京都五山の送り火のために、如意ヶ岳ではその準備が着々と進んでいるようです。

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 午後は、いつものように大阪府八尾市高安にある信貴霊園へお墓参りに行きました。
 大阪湾を望んでも、淡路島は見えませんでした。

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 帰りには、これもいつもの定番となった、鶴橋の回転寿司屋「海幸」で精進落としです。
 毎年、同じことを決まりごとのように行なっています。
 これも、日々平安だからこその年中行事です。
 もろもろに感謝しながら、明日の送り火を見届けて夏を越していきます。
 
 
 

posted by genjiito at 06:00| Comment(0) | *身辺雑記

2018年08月16日

京洛逍遥(507)雨上がりの後で京都五山の送り火-2018

 一昨日、無事にペルーから帰国しました。
 成田から伊丹に向かう機中で、眼下に富士山が見えた時には、地球の反対側から移動してきたことを実感しました。

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 現地での調査では予想外に収穫があり、書くことが多くて報告が帰国時に追いついていません。思い出しながら、後日追い追い書き残していきます。

 そんな中、今日は京都五山の送り火でした。
 如意ケ嶽に点る大文字は、いつ見ても見飽きません。
 今日も、午後8時前に出雲路橋の南で点火を待ちました。
 桜と同じで、「咲き初め」と「満開」と「散り際」のどれがいいのかは、人それぞれのようです。どれか一つに決めることはないものの、私は咲き出した時が好きです。
 同じように、五山の送り火も、点火直後からしだいに炎が燃え盛る様子が気に入っています。火床の点がつながり、そのまわりが明るくなり、「大」の文字がその字の形を整えて力強い線になっていくのがいいのです。

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 大文字が消えかかった頃には、左手の松ヶ崎の「妙」「法」がきれいに見えます。もっとも、これは街中の小さな山の中腹に点灯されるので、上半分しか見えません。

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 さらに左手には、西賀茂の船形もくっきりと夜空に浮かび上がっています。

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 今年も無事に送り火が終わりました。
 御先祖さまに感謝しつつ、また夏の暑さに立ち向かっていきましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年08月15日

パチャカマック遺跡を探訪

 高速道路にバスの専用停留所がありました。地下鉄の駅の機能を果たしていると思えばいいのでしょうか。

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 バスに乗り、パンアメリカンハイウェーを一気に30キロほど南に下ります。これは世界一長い高速道路で、南端が南極。北へ向かった行き着く先は北極だとか。

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 南極の氷の中には、平安時代に書写された『源氏物語』が流れ着き、今も氷の中に閉ざされて目覚めを待っている、と私は勝手に思っています。国文学研究資料館にいた時には、国立極地研究所と庁舎が同じだったので、南極観測船「しらせ」に乗せてもらって行きたいと願っていました。ついに果たせないままに退職となった今、その南極に行けそうな所に、期せずして今いるのです。もうすぐのところに南極があります。夢はまだまだ持ち続けていきます。

 バスは、スラム化した地域のそばも走っていきます。

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 パチャカマックは、インカにいたる1500年もの長きにわたって、巡礼地として栄えた街です。今回行った遺跡には、20近くものピラミッドがあったという説もあるようです。それらは、スペイン人による征服後は砂漠の中の廃虚となりました。
 まずは、パチャカマック遺跡博物館から見ました。

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 私が一番興味をもったのは「結縄(けつじょう)」です。紐を結んで、その結び目に意味を持たせるものです。これを見て、点字でも明治初年には、このような方法で文字を伝えたことが思い合わされたからです。

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 今もペルーで活躍中の、現職の新進気鋭の考古学者と、幸運にも一緒に来ているのです。いつでも、何でも気軽に聞けます。贅沢な時間と空間を独り占めにしているのです。
 もう7年も前のことです。在カイロの若手考古学者であったYさんは、カイロ大学の先にあるギザのピラミッドへ、1日を潰して私を案内してくださいました。さすがに、現地を掘っている方だけあって、説明が生き生きしていました。どんな質問にも答えていただけました。

「【復元】人との出会いの背景にあるもの」(2011年02月03日)

 そのYさんが、何と私と同じ大学の後輩だったのです。私も学芸員の資格をとるための実習では、登呂の遺跡へ行きました。子育てをしていた頃は、地元の奈良で貴重な発掘があると、土日の現地説明会に子供を連れて行ったものです。そのせいか、娘は遺跡の瓦の勉強をするようになりました。掘ると何かが出てきて、歴史の一面が物によって明らかになります。おもしろい学問です。
 その時の体験が、今また蘇っています。

 パチャカマック神殿の遺跡を探訪するために、ただひたすら歩きました。6キロは歩いたようです。

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 掘り出された骨が放置されていたりします。

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 歩きながら、エジプトのギザやイタリアのポンペイを歩いたことを思い出しました。ただし、決定的な違いは、ここが文字を持っていなかった、ということです。アンデス考古学の研究者である同行者は、わからないことだらけであることを道々語ってくださいました。文字がなかったことで、研究者としてはかえって自由に考えられるのだそうです。書かれた文字を見つめている私にとって、意外な視点からの問題提起をしていただきました。異分野の方との話からは、多くの刺激がもらえます。

 帰りは、バス停までモトタクシーに乗って移動しました。これは、インドではオートリキシャと言います。タイ、ラオス、ポルトガルなどでは「サムロー(トゥクトゥク)」と呼ばれているものです。

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 魚を売るおじさんや、包丁を研ぐおじさんがいました。

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 帰りのバスは満員で、市内まで立つことになりました。ところが、後ろの方で立っていたら、一人の若者が席を譲ってくれたのです。異国で年寄り扱いを受け、ありがたいと思う反面、どうお礼を言っていいのやら戸惑いました。

 今日は遺跡を歩いたこともあって、万歩計は22,236歩になっていました。
 
 
 
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2018年08月14日

地方料理である鼠の唐揚げをいただく

 今回宿泊中のミラフローレスのホテルでは、毎朝決まった朝食をいただいています。

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 野菜が極端に少ない食事が多いので、果物で補います。糖尿病のことは頭の片隅に追いやりました。旅先での血糖値管理は難しいものです。一週間ほどの海外生活なので、体調管理が最優先です。

 アンカッシュ地方の山の料理で、日本では食べられないものがあるとのことです。
 何にでもチャレンジをして来た私は、これにも反応しました。

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 まずは、羊の足と頭の料理。

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 少し生々しい臭いがしましす。しかし、美味しいスープと食感を楽しみました。日本でいえば、羊のモツ煮とでも言えばいいでしょうか。

 次は田舎料理として知られている豆(タルウィ)の酢漬け。寿司好きの私には、食べやすい味でした。

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 さらに、カブリートは、ヤギの煮込みです。私の小学生時代には、牛乳は贅沢な飲み物だったので、ジュースを入れるガラス瓶に入れて毎朝配達されるヤギの乳を飲んでいました。少し草臭いヤギには慣れていたせいか、特に匂いもなく美味しくいただきました。

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 さて、いよいよ難題の鼠の唐揚げとなりました。
 クイという鼠で、天竺ネズミとも言うそうです。これは、今ではモルモットとして知られている鼠の一種だとか。

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 足の先が五本あるのが鶏との違いだ、と言われても、その姿形は目の前の唐揚げとは重なりません。5,000年前頃からペルーで食べていたそうで、主にお祝いの時に食べてきたようです。

 夜は、バランコという街を散策しました。ペルーならではの音楽を聞きに行ったのです。
 この日はお祭りがありました。街全体が整然としており、夜なのに上品な活気と熱気があります。

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 小路に、モトタクシーを見かけました。インドのオートリキシャです。これは、なんとしても今回の旅の中で乗ってみたいものです。

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 リオの音楽を楽しむために入ったのは、「ドンポルフィリオ(Don Porfirio)」という、いわばライブハウスでした。著名なお店ということもあってか、若者から中高年まで、幅広い方々が集まっています。

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 このお店の隣には、ペルーで盛んな民族舞踊のレッスンスクールがありました。ここでは、子供たちが大人顔負けに、楽しそうに踊りに打ち込んでいます。先生も真剣にアドバイスをしています。部屋の一画には、お母さんたちが自分の子どもの練習を見つめておられました。

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 さて、ライブ会場の中では、年配の方が円熟味を感じさせるダンスを見せてくださいました。

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 男女のダンサーは、ハンケチを振りながらの熱演です。会場は湧きます。

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 朝3時までやっているということです。明日の予定があることもあり、日付が変わった頃に会場を出ました。
 
 
 

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2018年08月13日

エレナコハツ図書館で確認したスペイン語訳平安文学

 日秘文化会館の中にあるエレナコハツ図書館には、膨大な図書が収蔵されています。その中から、特にスペイン語に翻訳されている日本の平安文学に関する書籍で、開架分の書影だけを掲出しておきます。翻訳本が書架の他分野にも散在していたため、これがすべてではありません。現時点で私が目視できた範囲で、ということをお許しください。

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 以下は、単なる情報の羅列です。しかし、翻訳から見る日本文化の変容の実態を研究する上で、今後に活かせる情報となることでしょう。悉皆調査とはほど遠いものではあるものの、情報が乏しい今を知るためにも、このような断片的な実態報告も有益かと思います。
 書名などが不明なものも多いので、ご教示をいただきながら補正していきたいと思います。

エレナコハツ図書館所蔵〈スペイン語訳平安文学リスト〉


※【英訳】サイデンステッカー訳と末松謙澄訳
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【スペイン語訳】

『源氏物語』
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『古今和歌集』
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『伊勢物語』
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『土左日記』
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『蜻蛉日記』
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『枕草子』
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『更級日記 他』
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『虫愛づる姫君 他』(?)
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(和歌)
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2018年08月12日

日秘文化会館でペルー版『源氏物語』の出版にまつわる話を聞く

 日本大使館の近くにある日秘文化会館において、ペルー日系人協会出版基金から刊行されたスペイン語訳『源氏物語』について、その出版にあたって尽力なさったお2人から、親しくお話を伺うことができました。

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 会館を入ってすぐ右のガラスケースの中には、昨秋刊行された『源氏物語』全3巻のうち、2巻と3巻を帯付きで展示してありました。また、その右には、同じくピント氏と下野さんがなさったスペイン語訳『蜻蛉日記』も展示してあります。

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 ペルー日系人協会の元会長で現在は出版局長をなさっているホルヘ・ヤマシロ・ヤマシロ氏と、コーディネーターのターニア・ネイラ・ウェジョー氏が、出版に到る経緯や刊行後のことなどを詳しく語ってくださいました。とにかく、日系の方々に『源氏物語』を読んでもらうことが目的の第一であり、ビジネスではないとのことを強調なさっていました。
 全2冊が3冊になったのは、単に後編の量が多くなったために分冊にしたのだそうです。
 また、ピント先生と下野さんの共訳である『枕草子』『土左日記』『蜻蛉日記』『伊勢物語』については、『蜻蛉日記』以外は絶版だそうです。来年と再来年に再版の予定となっているとのことでした。
 唯一在庫があった『蜻蛉日記』は、日本から私がペルーに来たことの意味が通じたこともあり、有り難く頂戴することになりました。

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 さらには、贈り物として作製されたスペイン語訳『源氏物語』の特装ハードカバー本も、有り難いことにいただくことができました。貴重な刊行物の恵与にあずかり、感謝いたします。
 私からのお土産として持参した献本の(『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、2014、319頁)、『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(伊藤鉄也編、国文学研究資料館、2016、259頁)、『海外平安文学研究ジャーナル 合冊本1・2』2017)と共に、記念の写真を撮っておきました。

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 中身の濃い面談が終わってから、別室で記念撮影となりました。

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▲左端より、ホルヘ氏、ターニア氏、伊藤、宮野氏▲

 その後は、8階にあるエレナコハツ図書館で、日本文学や日本文化に関するスペイン語訳の翻訳書を、図書館所蔵分で開架されているもののすべてを確認し、20冊ほどをピックアップしました。これらについては、明日の記事で紹介します。

 なお、このように充実した日秘文化会館での面談が可能となったのは、今回同行の同僚である考古学者の宮野元太郎氏と、そのペルーでの調査でお仲間であるダニエル氏のご尽力の賜です。宮野氏には、今回の調査旅行の全般にわたって、計画から実施に到る過程での手配と交渉に始まり、通訳及び翻訳においても大変お世話になっています。あらためてここにお礼を記しておきます。
 
 
 

posted by genjiito at 11:01| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月11日

リマの旧市街セントロで視覚障害者の歌を聞く

 今回滞在しているのは、太平洋に面したミラフローレスという若者たちに人気の街中です。
 車で少し移動して、世界遺産にも登録されている歴史的建物群が多い旧市街地(セントロ)に行きました。きれいな街並みです。インドのニューデリーとオールドデリーのイメージで行ったこともあってか、拍子抜けするほどきれいに整備されていたので意外でした。ゴミが落ちていないのは、こまめにゴミを拾う方々がいらっしゃるからでした。

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 セグウェイに乗ったお巡りさんもいます。

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 この街を歩きたかったのは、視覚障害者と点字ブロックのことを確認したかったからです。
 点字ブロックは、1箇所だけ見かけました。ミラフローレスと同じように、ここでも本格的な対策はなされていないようです。段差のある箇所の工夫は、ミラフローレスと同じです。

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 アルマス広場から一番賑やかな通りに出ると、視覚障害者の方が点在して、4組もカラオケのパフォーマンスをしておられました。こうした光景は、日本で見かけたことがありません。同じような道具を使っておられることを見ると、同じ仲間なのでしょうか。これから、これがどのような方々によって、どのような考えによるものなのか、また通行人の反応などについて情報を集めてみたいと思っています。

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 ミラフローレスに戻ると、夕靄の中に光の十字架がくっきりと見えました。

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 今日の万歩計は、12,600歩を数えていました。午後から活動を始めたことを考えると、よく歩いたことになります。
 
 
 
posted by genjiito at 01:40| Comment(0) | ■視覚障害

2018年08月10日

ピント・下野版スペイン語訳『源氏物語』全3巻が揃う

 相変わらずリマの空はどんよりとしています。時たま、ひんやりとした小雨が肌に振りかかります。
 散策路の上空を、パラグライダーがゆったりと飛んでいました。

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 このパラグライダーでの空中遊覧を、私は兵庫県の神鍋でしました。高所恐怖症なのに、広く見渡せる鳥の目になると、怖さはなくなるので不思議です。

 海では、サーファーが小鴨のように散らばっています。いつか波乗りもやりたいと思いながら、いまだに果たせていません。もっとも、冬のこのリマでサーフィンをしようとは思いませんが……
 しばらく潜っていないスキューバダイビングは、このあたりではできないようです。

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 今日は、本屋さんめぐりです。いつものことながら、今回も幸運に恵まれました。探し求めているものが、本の方からおいでおいでをしてくれたのです。

 前便に記した『枕草子』に加えて、ピント先生と下野さんが2013年に刊行された『源氏物語』の第1巻(718頁、2013.8)が、たまたま飛び込んだ書店にありました。

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「ペルーからスペイン語訳『源氏物語』が届きました」(2013年10月16日)

 すでに私は第1巻は持っているので、このお店ではいただきませんでした。第2、第3巻は、まだこの書店には入荷していないようです。
 そんな中、街中の大きな書店で、第2巻(写真左、529頁、2017.10)と第3巻(写真中、575頁、2017.10)を見つけました。

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 2冊を小豆色の帯(写真上)で巻き、付録として第1巻の各巻の梗概を記した小冊子(写真右、35頁、2017.10)が付いています。
 当初は全2巻(前編/01桐壺から27篝火まで・後編/28野分から54夢浮橋まで)として刊行予定でした。

「スペイン語訳『源氏物語』の表紙と説明」(2013年07月31日)

 それが、最終的には上記の通り3巻となったのです。このスペイン語訳『源氏物語』は、日本語から全巻を翻訳したスペイン語版としては最初のものとして、無事に完結したことになります。

 これまでの翻訳の歴史を確認しておきます。

● Gutierrez 訳/アーサーウェイリー訳が底本
● Roca-Ferrer 訳/底本は不明
● Jordi Fibla 訳/タイラー訳が底本
●下野&ピント 訳(ペルー版)/与謝野晶子と『新編日本古典文学全集』(小学館)
●アリエル訳(「桐壺」のみ)/底本は陣野氏作成


 その後、国立考古学人類学歴史学博物館の近くにある、ペルー開拓時代の雰囲気が満ちあふれたお店で食事をしました。

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 店内には、初期の電話とレジスターが置いてあります。かつてのアメリカのテレビドラマなどでお馴染みの道具を、こうして間近に見て感慨を深くしました。

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今日あるいた歩数は16,000歩でした。
旅に出ると、いつもよりよく歩きます。 
 
 
 
posted by genjiito at 01:44| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月09日

2冊のスペイン語訳『枕草子』と出会う

 朝食後に街中へ散策に出かけました。
 ペルーの首都リマは、辺り一面が海霧でもやっています。この時期は晴れ間が少ないそうです。カンカン照りの都市だと思っていたので、どんよりした天気なので肩透かしです。寒い冬になっているので、なおさら印象が異なります。また、崖が急なので、崩れるのではないかと心配にもなります。

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 次の海岸からまっすぐ中央奥を見ると、その先には日本があることになります。とても見えませんが。

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 まずは、ミラフローレスにあるラルコ・マールへ。おしゃれな高級品が並ぶショッピングモールです。その中に大きな本屋さんがあり、日本文学関係の本を数多く見つけました。

 谷崎潤一郎と夏目漱石の左横に、『枕草子』のスペイン語訳が2冊あります。

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 それは、『風流略六哥仙』の絵が表紙になっている2004年版を2014年に再版した本と、『源氏物語』の雪まろばしの絵を飾る2009年版です。


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 私の手元には、2002年版の『枕草子』ならあります。しかし、今回見つけた本は、先年スペインのマドリードの大きな書店にもなかったものです。こうした本との出会いには、個人的ながらもドキドキと感激することが多いのです。

 別の棚には、村上春樹や三島由紀夫などが勢ぞろいです。

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 街中の大通りでは、点字ブロックを見かけました。ただし、他にはなかったので、今日歩いた範囲ではここだけだったようです。

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 一風変わったおしゃれな陸橋も気になりました。

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 この新市街は、遊び心が楽しめるところです。

 
 
 
posted by genjiito at 16:43| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月08日

飛行機を乗り継いで冬のペルーに来ました

 日本から見て地球の裏側に来ました。
 気温は20度に届きません。
 寒いくらいです。
 冬支度で来ています。

 成田からアメリカのヒューストンまで12時間。
 そこで乗り継いで、目的地である南米ペルーのリマまで6時間。
 京都の自宅を出てからリマのホテルまでは約30時間。
 行くだけで、なかなかの大仕事です。
 道中は暇でした。特にヒューストンからリマまでの飛行機は、座席に取り付けてあるモニタがすべて使えなくなっていました。なぜだかわかりません。

 機中での映画は、オードリーヘップバーンの「ファニーフェイス」(1957年)と、長澤まさみの「嘘を愛する女」(2018年)の2本を見ました。共に、ラストシーンがこれからの幸せを感じさせてくれました。旅先では、こんな映画が疲れません。

 ヒューストンの空港内で、寿司コーナーを見かけました。廻っていなかったので、シャッターボタンを押すとさっと通過。

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 ホテルには日付が変わってから着きました。リマの深夜1時前は、東京では午後2時過ぎとなっています。この時計で合っているのかどうか、10時間を超える時差は考えるだけで疲れます。

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 まずは、無事に着きました。
 たっぷりと睡眠は取って来ました。
 また明日から、人や本との出会いを求めて、ひたすら歩きまわります。
 
 
 

posted by genjiito at 03:18| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月07日

スペイン語訳『源氏物語』に関する情報の整理

 本ブログで、スペイン語訳『源氏物語』及び平安文学については、以下の14本の記事で取り上げています。
 明日以降、ペルーで新しい情報が追加できると思います。
 現時点で私が掌握している情報を、あらためて整理し列記しておきます
 

「雨野さんのスペイン語訳『今昔物語集』の公開」(2017年07月13日)

「オンライン版『海外平安文学研究ジャーナル Vol.3 & Vol.6』の分割公開」(2017年05月04日)

「スペイン・マドリッドから届いた紅葉の写真」(2015年11月26日)

「伊藤科研の第3回研究会でスペイン語訳『源氏物語』の共同討議」(2014年06月06日)

「清水憲男先生のペルー版スペイン語訳『源氏物語』の連載記事」(2014年01月31日)

「PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開」(2014年01月12日)

「美術展でスペインと日本のつながりを知る」(2013年10月30日)

「アウトノマ大学の授業で源氏の話を(2)」(2013年10月25日)

「ペルー版スペイン語訳『源氏物語』のパンフレット2種」(2013年10月20日)

「ペルーからスペイン語訳『源氏物語』が届きました」(2013年10月16日)

「日本スペイン交流400周年のプログラム」(2013年10月13日)

「スペイン語訳『源氏物語』の表紙と説明」(2013年07月31日)

「スペイン語新訳『源氏物語』の話を聴きに早稲田大学へ」(2013年07月23日)

「今夏ペルーでスペイン語訳『源氏物語』刊行予定」(2013年06月24日)
 
 
 
posted by genjiito at 13:46| Comment(0) | ◎国際交流

2018年08月06日

藤田宜永通読(30)『女系の教科書』

 『女系の教科書』(藤田宜永、2017年5月、講談社)を読みました。

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 〈女系もの〉のシリーズ化ということでは第2作です。第1作の『女系の総督』については、「藤田宜永通読(19)『女系の総督』は次作を期待させるか?」(2014年07月02日)に書いています。それを受けての本作は、もう第3作は不要という結論を私は出しました。ただし、この作者については、私なりによさを知っているつもりなので、これから一体どうするのだろうかという興味で、第3作が出れば読んでみたいと思います。出なければ出ないのが自然でしょうが。

 出版社を定年退職した森川崇徳は、カルチャーセンターで文芸講座の講師をしています。
 私と同い年なので、その背景がわかりやすいのです。そして、昨年までいた門前仲町が主人公の住まいとなれば、もう読まざるを得ません。
 何でもない日々の中で起きるさざ波のような出来事を、「物語」というよりも軽い「読み物」にしています。さらりとした風味です。
 後半で、小百合の三角関係に過去の男が闖入しての恋愛話が興味を惹きます。しかし、それも主人公である崇徳の女性との話が背景で回っているだけで、特に盛り上がることはありません。
 とりとめもない恋愛感情をちりばめた物語です。何気ない家族の話から、人間の生き様を描こうとしています。日常の小さな連鎖から、人生の何たるかを語ろうとしているのです。新しい物語の境地を探し求める、作者の迷いの姿勢が垣間見えます。
 認知症がかかった母親の延命処置についてのくだりは、現在高校の看護コースの生徒に教えている関係で、その成り行きを興味深く読みました。残念ながら問題は先送りで、話題にしただけ、というものに終わります。せっかく母の日記を探し出したのですから、ここはもっと突っ込んだらよかったのに、と思いました。軽くあしらう筆致を守るために、あえてそうしなかったのかもしれません。
 それにしても、長く読んできている藤田宜永の作品は、今や読み流すだけのものとなりました。年々軽い文章になっているので、内容に惹かれて読み入ることはなくなりました。老人の無駄話に付き合っている感覚です。早々と作家を退職した人の、日々の雑録を読まされている気分です。
 これまでの読者としての付き合いがあるので読むのであって、お金を払ってまで読む作家からは外れて来ています。最近の藤田作品は、これからどうするのだろう、という興味で読み続けています。まさに、藤田宜永はウォッチングの対象となりました。【2】


初出誌:「IN★POCKET」2015年7月号〜2016年1月号
 
 
 
posted by genjiito at 20:45| Comment(0) | □藤田通読

2018年08月05日

京洛逍遥(506)下鴨神社で準備が進む光と音の祭典

 賀茂川と高野川の合流地点である出町柳から、今年もお盆に送り火の舞台となる如意ケ嶽を望みました。大文字を映し出すための草刈りなど、一大イベントの整備はまだのようです。

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 明後日からの海外出張を控え、道中の安全を祈って下鴨神社にお参りをしました。
 糺ノ森では、不思議な白いたまごが並んでいます。

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 太古からの木立のそこここに、つるんとしたたまごが顔を見せています。

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 これは、今月18日からの「光の祭」というイベントのためのものです。光と音とデジタルテクノロジーで、人がいることによって変化するアート空間を作ろうというのです。

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 鳥居の前にもゴロリ。

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 楼門に向かっては、たまごが列をなしています。

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 楼門がいつものようにどっしりとではなく、ふわふわとしています。

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 境内は、さらに楽しそうな空間となっています。

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 お盆からこの下鴨地域一帯は、摩訶不思議な世界に身を置くことができるので、今から楽しみです。
 
 
 

posted by genjiito at 20:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年08月04日

銀座探訪(37)銀座散策の後は日比谷で古写本を読む講座

 銀座で爽やかに目覚めました。午前中は、久しぶりの銀座散策です。昨春までは銀座にほど近い越中島に9年間も住んでいたので、このあたりは自転車で走り回っていました。徒歩でも30分以内だったので、よく銀座は散策したものです。

 3丁目のアップルストアの裏にあり、昨年までは仕事帰りに立ち寄っていたコナミスポーツクラブは、今はまったく別の会社の運営になっていました。
 夜の銀座で汗を流していたことは、今でも楽しい思い出です。

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 そのすぐそばに、「宝童稲荷」というお稲荷さんを見つけました。この辺りは何度も通ったはずなのに、気づきませんでした。あるはずのものが、見えていなかったのです。おもしろいものです。

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 いつものように、帝国ホテルで用事を済ませます。昼過ぎには日比谷図書文化館に移動し、地下で食事をしながら、私の仕事を陰で支えてもらっている淺川さんと、山積する課題の打ち合わせをしました。
 いまだに公開できていない科研のホームページのこと、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の運営のこと、『源氏物語【翻訳】事典』の刊行のこと、目が見えない方々への支援活動のこと等々、語り合えばいくらでも話題が湧き上がります。

 今日の日比谷図書文化館での講座は、配布した資料が盛りだくさんだったこともあり、大半をお話しや問題提起に費やしました。
 その中でも、昨日の国立歴史民俗博物館蔵で調査した折に書道家の宮川さんからいただいた、鎌倉期古写本であるハーバード本『源氏物語』を復元するための貴重な料紙と、試作版の模写本の回覧は、受講生のみなさまには新鮮な感触を伝えることになったと思います。まさに、実感実証の体験講座となっています。この写真は、昨日の本ブログに掲載しています。

 また、『源氏物語』の復元朗読も聞いていただき、「ハ行音」の変転と共に、「ハ行転呼音」の説明も詳しくしました。全盲の尾崎さんが来ているので、点字での表記なども確認しました。ほとんどの日本人が、日常的に使いながらも説明できなくなっている「私は学校へ〜」の「は」や「へ」などは、点字では発音通りに書くので「ハ行音」の問題は表面化しないのです。
 明治30年頃に完成した合理的に整理された点字と、同じ頃に旧仮名遣いや変体仮名が言語統制された矛盾を内包したままで今に至っている現代語のありようの確認は、言葉遣いと文字表記の上で、大事なことだと思っています。

 次に、「くずし字」は楷書を崩したものではないこと、大昔は1日18時間だったことなど。さらには性的少数者のためのトイレの表示などの話題を提示しました。
 多彩な話題で自由に語り、意見を伺い、興味を広げていたために、肝心の古写本『源氏物語』を読むのは2時間の内の10分ほどという、なんとも変則的な講座となってしまいました。

 次回は、33丁裏の6行目の「あてに・なま免可しき」からです。

 講座終了後は、今月26日からの私のハーバード大学蔵『源氏物語』の調査に同行なさる方々と、最終的な打ち合わせをしました。これは、私の調査研究の現場に、熱心に古写本を読む勉強をなさっている受講者の方の随伴を認めてくださったことにより、有り難いことが実現したものです。関係者の皆様のご理解とご協力に感謝いたします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:50| Comment(0) | ・銀座探訪

2018年08月03日

【追補版】国立歴史民俗博物館で重文の源氏写本の調査

 早朝より、成田空港にほど近い佐倉にある、国立歴史民俗博物館に行きました。
 国の重要文化財に指定されている、『源氏物語』「鈴虫」巻の原本を熟覧するためです。これは、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「須磨」巻及び「蜻蛉」巻と兄弟の本なのです。かつては、日本で一緒に一そろいの『源氏物語』として、仲良く組まれていた写本たちです。それが、「須磨」と「蜻蛉」の2冊は海を渡り、「鈴虫」だけが日本に残ったのです。

 この「鈴虫」については今から3年前に、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)としてカラー版で刊行しました。その後、再確認すべき箇所がいくつか見つかり、また今月末にアメリカのボストンにあるハーバード大学へこのツレの本の調査に行くこともあり、この時点で原本調査をすることにしました。

 今回は、この鎌倉期の古写本の復元に挑戦しておられる、書家の宮川保子さんも一緒に来ていただきました。宮川さんは復元本を作成中です。と言っても、紙漉きの調達から装飾の工程もすべて御自分でなさっています。そして、多くの手間をかけて作り上げた紙に、鎌倉時代の『源氏物語』の本文を臨書なさるのです。その制作過程のものを今回は持ち込み、原本と照合しながらの緻密な調査をしました。
 次の写真の上は、雁皮を叩いて光沢を出した上で、それに丁子を振りかけて型押しをした料紙です。下が、墨流しを施した料紙にハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の巻頭部分を臨模したものです。書写が終わると、料紙の四囲は裁断などをして17センチ四方の枡形本に仕上げることになります。

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 拝見するのが、700年以上も前に書写された重要文化財の写本なので、緊張しながら熟覧しました。学芸員の資格を持っていることが、こんな時には大いに役立ちます。
 今回、熟覧調査のお世話をしてくださった小倉慈司先生は、昨年まではご一緒に教授会に出席していた仲間でもあります。ご高配に感謝いたします。

 今回、原本の調査をしながら、宮川さんに教えていただいたことを忘れないように書き出しておきます。

歴博本「鈴虫」の実見メモ

(○付き項目を追補)
・料紙は雁皮を用いている
・紙は打って薄く丈夫にしている
〇打ち紙は、紙を滑らかにし、つやが出る
・用紙の装飾には丁子ではなくてベンガラを入れているためか赤く見える
・料紙への吹き付けは、網を使ってブラッシング
・装飾の料紙を作るのに1枚1時間はかかる
〇墨は上質の青墨(松煙墨)
〇墨に水を加えると青い色がかった【松煙墨 】になる
〇現代の青墨は顔料の青を加えている物も多い
〇鈴虫は松煙墨で書かれ、墨流しも松煙墨
・雲平の巻筆のような筆を使っているようだ
・書写スピードは遅い
(宮川保子さんからのご教示により追補/2018年8月4日正午)


 今月末にハーバード大学から帰ってきてから、現存する『源氏物語』の中では最古だと思っている、この鎌倉期の『源氏物語』3冊の実態を、あらためて報告する予定です。

 明日は、日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座があります。
 そのため、今夜は近くの銀座に止宿しています。
 近くの築地本願寺では、71回になる「納涼盆踊り大会」が賑やかに開催中ということもあり、大江戸助六太鼓の威勢のいい音が響き渡っています。

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posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | ◎源氏物語

2018年08月02日

キャリアアップ講座(その7)『源氏物語』のくずし字を読む(フリーディスカッション)

 少し暑さは弱まったと言っても、今日の大阪は36度。社会人講座として写本の勉強会で使っている大阪観光大学のセミナールームは、エアコンも何とか頑張って涼しくしてくれていました。

 今日は、参会者がいつもの半分です。学生たちも、試験期間中のために欠席。今日使う予定だった資料を見ながらフリートーキングとなり、写本は1文字も読めませんでした。

 まずは、平安時代の発音で『源氏物語』を読むとどうなるか、ということから。
 金田一春彦先生の監修、関弘子さんが朗読なさったものを、iPhone のスピーカーを通して聴いていただきました。
 併せて、「ハ行音」に関する説明文もお渡ししました。一般的には「ハ行転呼音」と言われているものです。ただし、専門的にならないように気をつけて説明しました。特に、「ハ行」の音が「ファ」「フィ」という音で耳に届いたことは、驚きだったようです。かつては今の「ハ行」とは違った音だったことを実感していただいたので、みなさまの記憶に留まる印象的な朗読になったかと思います。

 その後は、観光と国際的な文化交流などに話題を振りました。
 私は、日本のことを語れることが、国際交流の基本だと思っています。決して、英語を流暢に操ることではない、というのが持論です。そして、観光に来られた方々には、案内する自分が生活している範囲内で日常生活を見てもらい体験していただくことが、民間人が参加できる生きた国際交流につながることだ、ということも強調しました。

 泉州の水茄子やタオルなどなど、地元のものでのおもてなしがいい例でしょう。すでに、この地元の熊取町で取り組んでおられるとのことです。いかに効率よく実現するかを、若者たちと一緒になって取り組み、気長に継続することが大事ではないでしょうか。大学の学生たちを含めて、若者たちのエネルギーをいかに利活用するかが、この盛り上がりに大きく影響することだと思っています。
 この点では、参加者のみなさまの賛同がいただけたかと思っています。

 この学習会に参加なさっている方からも、大阪観光大学の先生のお世話になって、観光に関わる仕事を立ち上げた話をしてくださいました。これは、大学の広報担当の方にまではまだ伝わっていない事例のようなので、近日中に伝えようと思います。
 社会人の方々と接していると、いろいろと勉強になるお話が伺えます。多彩な情報が入ってきます。得難いコミュニケーションの場となっています。

 学校は、若者たちだけを相手にするのではなくて、こうした経験豊富な方々との交流の中から、お互いが見識を高め合う素晴らしい場となることを再認識すべきだと思っています。特に大学は、幅広い受け皿となって行くべきです。そんな思いを抱きながら、みなさまとフリートーキングをしました。

 次回は、約2ヶ月後の9月27日(木)です。秋風に爽やかさが感じられる頃になっているといいのですが。そして、颱風がやってこないことを、今から祈っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■講座学習

2018年08月01日

バスに乗り遅れ、歩いて駅まで

 何かと忙しくて、提出する書類が山のように溜まっています。勤務先のパソコンはネットワークが極端に遅いので、待ち時間が長くて仕事になりません。レインボーカラーのボールが、画面の中で頻繁に回り続けています。さすがに、5分以上も回っている時には、席を立って別の仕事をします。

 研究室では、フル装備の iMac を使っています。しかしネットワークがいつも不調なので、反応がモタモタしています。クラウドに置いているデータを開こうにも、じっと我慢を強いられます。日々、忍耐力を試されています。

 学校関係のプリント類は家に置いていないので、とにかく3時間以上をかけてでも行くしかありません。研究室では、手持ちの iPhone に iMac をテザリングでつなげると、何とか仕事にはなります。もっとも、長時間つなげっぱなしだと、かえってパソコンの動作が遅くなるので、インターネットを騙し騙し使います。困ったことです。

 今日は、いつもより1時間以上も早く家を出ました。

 だいたい1、2分は遅れて来るはずのバスが、今日に限って時間どおりに来ました。そのため、バス停がすぐそばに見えているのに、無情にも乗りたいバスは目の前を通り過ぎて行きます。3本の路線が通っていてどれでも選べて便利な所なのに、時刻表を見ると、いずれも後20分は来ません。
 いつもより早い行動は、こんなにも不運な空白時間を抱え込んでいたのです。

 朝とはいえ日差しがきつくなるだけなので、じっと次のバスを待つよりは駅まで歩こうと決めました。
 下鴨神社の境内を突っ切り、少し冷んやりした糺ノ森の参道を歩き、高野川を渡って出町柳駅に出ました。急ぎ足で20分ほど。朝の散策がてらの通勤も、気持ちがいいものです。

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 研究室には、3時間15分かかって着きました。今回の往路は、いつもより15分だけ余分にかかったことになります。帰路は3時間半なので、これは許容範囲です。
 元気な時の通勤方法として、新しいパターンを覚えました。「糺ノ森コース」と名付けましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:09| Comment(0) | *身辺雑記