2018年06月30日

池田亀鑑賞の授賞式に向かう途中でトラブルが

 小雨の中を、京都の自宅から地下鉄、新幹線、JR伯備線を乗り継いで、岡山県と島根県に境を接する鳥取県に来ました。
 今回は池田亀鑑賞の授賞式当日に会場入りをしたこともあり、岡山駅から乗った特急「やくも」は、目的地の生山駅まで直通ではなく、新見駅で乗り換えです。
 駅のホームで乗り継ぎの10分を待っていても、電車がやって来ません。遅れているのかと思っていたら、前の方で電車が出て行くのが見えました。ホームの一番前の方に、一両だけの電車が停まっていたことに気づかなかったのです。

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 湿っぽい天気だったので、エアコンが効いている待合室に入っていたことも災いしました。おまけに、何も放送がなかったので、なおさらです。
 仕方がないので、1時間後の「やくも」に乗って生山駅まで行きました。

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 駅には、広島大学の妹尾先生と池田亀鑑文学碑を守る会の久代さんが車で出迎えに来てくださっていました。授賞式の会場である、日南町総合文化センターにはギリギリの時間で入りました。

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 今回も、すでに町民の方々が参集しておられました。

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 会場の後ろには、図書館の方のご配慮で、池田亀鑑賞に関連する書籍が並んでいます。

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 開会前の、少し緊張する雰囲気が伝わってきました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | □池田亀鑑

2018年06月29日

京都市役所とその周辺で NPO の手続きに奔走

 霧雨の中、京都市役所へ諸々の手続きをしに行きました。
 市役所は現在工事中のため、いつもの入口は見つけにくい状況にあります。

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 まずは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事業報告書の提出です。特定非営利活動促進法第29条の規定により、事業報告書を提出します。提出窓口は、京都市役所の中にある「京都市文化市民局地域自治推進室市民活動支援課」です。

 特定非営利活動法人は、事業報告書等の書類を毎事業年度始めに、所轄庁へ提出することが義務づけられています。特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉では、3月31日を事業年度の終了(3月決算)としており、事業報告書の提出は今月末までとなっているのです。ただし、今年は6月の月末が土曜日のため、7月2日(月)が提出締め切りです。

 書類の作成が大の苦手な私は、いつも提出するたびに訂正の指示を受けます。そのため、まずは見てもらって手を入れながら仕上げることが通例となっているのです。特に、市民活動支援担当の小松原さんには、毎回お世話になりっぱなしです。

 今日は、徹夜で仕上げた次の書類を窓口に提出しました。
 これに、「事業報告書等提出書」という表紙を付けています。

1 前事業年度の事業報告書
2 前事業年度の活動計算書
3 前事業年度の貸借対照表
4 前事業年度の財産目録
5 前事業年度の年間役員名簿
6 前事業年度の末日における社員のうち10人以上の者の氏名


 カウンター越しに男性の方が受け取って、すぐに点検をしてくださることになりました。小松原さんは電話の応対でお忙しそうだったので、声をかけるのは遠慮しました。目だけで、いつもありがとうございます、とお伝えしました。伝えたつもりです。
 書類の確認に少し時間がかかるとのことだったので、その間に別の証明書の手配をすることにしました。ただし、庁舎が工事中のため、私が好きなインド風の庁内を歩いて移動することができません。入って来た河原町通り側の出入り口を一旦外に出て、一本北側の通りの東端まで行きました。

 証明書発行窓口では、丁寧な対応でした。証明書はすぐにもらえました。

 次は、すぐ近くにある二条寺町の郵便局で、電子取引の手続きをしました。ここは、梶井基次郎の『檸檬』の舞台として知られている、今はもうない果物屋さんの横です。
 あらかじめ提出する書類は、すでに記入して持参していました。通帳やパスポートや印鑑を取り出して、言われるがままに手続きを進めます。すべてが終わったと思った時でした。「しばらくお待ちください。」と係りの方がおっしゃったので、カウンターの前に座って待っていました。
 5分以上経った頃だったかと思います。受け付けてくださった方が、「郵便物が自宅に届くまで、しばらくお待ちください。」と言ったつもりでしたが、とのことです。あれあれ。この局内で待つのではなかったのです。「しばらくお待ちください。」という表現は、「どこで、何を待つのか」が相手に伝わらないと、勘違いや誤解を招きやすい物言になることを痛感しました。

 郵便局から河原町通りを南下して、また市役所の中の市民課の窓口に戻りました。
 古く由緒のある扉を開けて入ると、先ほどの担当の男性がすぐに出てこられました。そして、私が提出した書類は特に問題はないので、このまま受理します、とのことでした。
 これまで、私が提出する書類は、ことごとく問題箇所を指摘されて戻って来ました。書き直しを何度かして、ようやく受け取ってもらえるのが常です。NPO活動で支援してもらっている運営メンバーの協力を得ながら、みなさまに助けられてここまで活動を展開して来ています。毎回、仲間にはご迷惑をおかけしながら、継続の手続きをしているのです。それが、なんと一発で通ったのです。思いもしなかった、ありえないことなので、半信半疑です。こんなこともあるものだ、と思いながらも、後日また電話があることを覚悟して、素直な気持ちになれないままに市役所を後にしました。とにかく、書類は通ったので気持ちは軽くなりました。

 午後からは、天王寺にある明浄高校で授業です。
 今日は変則的な時間割りのため、午後2時25分から4時15分までです。いつものように作文を書いたり、看護・医療関係のニュースを元にした学習にしました。さまざまな角度から物事を見る訓練をしているので、生徒が書く文章も少しずつ変化してきていることがわかります。一学期の授業はあと1回を残すのみとなりました。早いものです。

 帰ろうとした時、突然の大雨です。不安定な天気が続いています。
 明日は、早朝より岡山経由で鳥取県日野郡日南町へ行き、池田亀鑑賞の授賞式に参加してきます。
 その準備のため、今夜もまた慌ただしく立ち働いています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:47| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年06月28日

京洛逍遥(499)【再構成版⑷】「源氏物語千年紀」に触れた記事一覧

 本ブログに掲載した「源氏物語千年紀」に関連する記事で、サーバーなどの不都合で発信母体を転々としていたこともあり、リンク先が途切れたままの記事が膨大になっていました。そこで、これまでに以下の3回にわけて、その補訂版のリストを公開しました。

「京洛逍遥(495)【再構成版⑴】源氏物語ゆかりの地の説明板一覧」(2018年06月23日)

「京洛逍遥(497)【再構成版⑵】「源氏のゆかり」に関連する記事の一覧」(2018年06月26日)

「京洛逍遥(498)【再構成版⑶】「源氏千年」シリーズ(85件)の記事一覧」(2018年06月27日)

 これを受けて、「源氏物語千年紀」に関する記事が確認できるその他のリストを、〈リスト 第4集〉として作成しました。
 今回のリストは、些細なものも掬い上げているので、適当に読み流していただけると幸いです。とにかく、これまでの記録の整理、ということでご理解をお願いします。
 
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「辻村寿三郎さんの古典人形」(2008年04月26日)

「角田先生のお通夜」(2008年05月18日)

「源氏絵巻のメガネ拭き」(2008年05月21日)

「OSKの「源氏千年夢絵巻」を観て」(2008年07月19日)

「大沢本『源氏物語』の切り抜き帖・追補」(2008年07月21日)

「胡蝶掌本『谷崎源氏逍遥(一)』」(2009年01月20日)

「英訳源氏の新たな切り口が見える本」(2009年01月25日)

「『家庭画報 国際版』に源氏翻訳本の記事」(2009年04月02日)

「学問とは無縁な茶番が再び新聞に」(2009年08月11日)

「夜空に映える宇治の源氏絵巻」(2009年10月13日)

「西国三十三所(1)5周目は石山寺から」(2010年07月19日)

「何故かくも愚行を誇らしげに」(2010年09月26日)

「緑川真知子著『『源氏物語』英訳についての研究』の重み」(2010年10月29日)

「与謝野晶子デジタル化の報道資料提供」(2011年02月09日)

「2日目も稔りの多かった国際集会」(2011年11月27日)

「本ブログ30万アクセスに感謝」(2012年07月15日)

「空転国会の暇つぶしで決まった「古典の日」の条文は空疎な文字列」(2012年08月31日)

「オルシ先生のイタリア語訳『源氏物語』を入手」(2012年09月24日)

「コーツ先生のお点前をいただく」(2012年10月15日)

「投稿2千件一覧(1)〈古典文学/源氏物語〉」(2012年10月29日)

「京洛逍遥(254)メリッサ先生と丸太町のマダム紅蘭へ」(2013年02月03日)

「「天声人語」で紹介された島根県のこと」(2013年12月22日)

「バイカラ先生とトルコ語訳『源氏物語』などの翻訳談義」(2014年06月02日)

「朝日新聞の講読を解約する決断」(2014年09月11日)

「源氏を読みながらいただく季節の生菓子」(2015年09月14日)

「点訳された古文の教科書と読み上げソフトを使った確認の必要性」(2015年10月11日)

「エスペラント訳『源氏物語』は33種類目の言語による翻訳」(2016年06月12日)

「明け方に激烈な頭痛で苦しみ京都府立医大病院へ行く」(2017年09月14日)

「広島大学でロシアのタチアナ先生が講演をなさいます」(2017年09月28日)

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posted by genjiito at 23:34| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月27日

京洛逍遥(498)【再構成版⑶】「源氏千年」シリーズ(85件)の記事一覧

 この記事は、「京洛逍遥(495)【再構成版⑴】源氏物語ゆかりの地の説明板一覧」(2018年06月23日)と「京洛逍遥(497)【再構成版⑵】「源氏のゆかり」に関連する記事の一覧」(2018年06月26日)を受けて、リンク切れとなっていた「源氏千年」シリーズ(85件)のリンク先を補訂し、〈リスト 第3集〉として整理したものです。
 2008年の「源氏物語千年紀」をリアルタイムに追いかけた記事なので、今となっては加筆訂正すべき内容のものが多々あります。しかし、その内容に関して、今は手を入れていません。あくまでも記事が存在するアドレスの補訂に留めています。
 また、記事の中のリンク先はまだ未整理です。この変更は、4100件以上の記事を再確認する作業を伴うため、膨大な量に手を入れることになります。当面、この記事内のリンク切れについては、ご覧になっている方々が各自必要に応じてタイトルで再検索していただく、ということでお許しください。
 各社のプロバイダが提供していたウェブサーバーの相次ぐクラッシュや統合や閉鎖の影響は、10年以上という長期にわたり気長に毎日書き続けている私にとっては、まだまだ迷惑を被っている状況にあります。いつ終わるとも知れぬリンク先の補正は、遅々として進まないながらも可能な限りまだまだ続けるつもりではいます。
 ネット社会では、特定の1ヶ所に永く居座るものではない、ということなのでしょうか。
 インターネットの次のネットワークが模索されている今、これまでのブログに拘ることなく、また新たな情報発信のスタイルに移行する準備を始めています。そのためもあって、この時点で少しでも記事のアドレスを整理して調整しているところです。
 
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「源氏千年(1)講演会 in 立川」(2007年09月22日)

「源氏千年(2)イベント4種」(2007年10月26日)

「源氏千年(3)【復元】本年元旦の朝日に掲載」(2007年11月15日)

「源氏千年(4)ドラマ化はいつ」(2008年01月06日)

「源氏千年(5)日銀京都支店の源氏ツアー」(2008年01月25日)

「源氏千年(6)バレンタイン和歌コンテスト」(2008年01月27日)

「源氏千年(7)京都府立総合資料館」(2008年01月29日)

「源氏千年(8)源氏物語の記念硬貨発行?」(2008年01月31日)

「源氏千年(9)源氏物語朱印絵巻の紹介」(2008年02月03日)

「源氏千年(10)文化を食べる」(2008年02月22日)

「源氏千年(11)『源氏物語』と「都をどり」」(2008年02月23日)

「源氏千年(12)細見美術館の源氏絵」(2008年02月26日)

「源氏千年(13)マスコット「おおつ光ルくん」」(2008年03月04日)

「源氏千年(14)京都国際マンガミュージアム」(2008年03月08日)

「源氏千年(15)アイデア市の源氏物語」(2008年03月11日)

「源氏千年(16)お香と源氏物語」(2008年03月23日)

「源氏千年(17)楽しいグッズ作りのすすめ」(2008年03月24日)

「源氏千年(18)女流六人展」(2008年03月28日)

「源氏千年(19)『家庭画報』5月号」(2008年04月01日)

「源氏千年(20)京菓子饗宴」(2008年04月05日)

「源氏千年(21)女流講談を堪能」(2008年04月06日)

「源氏千年(22)新作試作グッズ」(2008年04月07日)

「源氏千年(23)ミニチュアの世界」(2008年04月07日)

「源氏千年(24)月で読み解けるか」(2008年04月07日)

「源氏千年(25)源氏物語を歩く」(2008年04月09日)

「源氏千年(26)源氏物語と和菓子展」(2008年04月15日)

「源氏千年(27)朝日新聞「人脈記」1」(2008年04月22日)

「源氏千年(28)朝日「人脈記」2」(2008年04月23日)

「源氏千年(29)朝日「人脈記」3」(2008年04月24日)

「源氏千年(30)朝日「人脈記」4」(2008年04月24日)

「源氏千年(31)朝日「人脈記」5」(2008年04月25日)

「源氏千年(32)源氏物語千年紀展スタート」(2008年04月26日)

「源氏千年(33)朝日「人脈記」の表題が東西で違う」(2008年04月27日)

「源氏千年(34)低次元の朝日新聞の記事に溜め息」(2008年04月27日)

「源氏千年(35)朝日の「みだし」への疑問解消!」(2008年04月27日)

「源氏千年(36)朝日「人脈記」6」(2008年04月28日)

「源氏千年(37)錦織の源氏絵巻に驚嘆」(2008年04月29日)

「源氏千年(38)朝日「人脈記」7」(2008年04月30日)

「源氏千年(39)朝日「人脈記」8」(2008年05月01日)

「源氏千年(40)朝日「人脈記」9」(2008年05月02日)

「源氏千年(41)『源氏物語を読み解く100問』」(2008年05月03日)

「源氏千年(42)新聞誤報で「車争図」見られず」(2008年05月07日)

「源氏千年(43)朝日「人脈記」10」(2008年05月07日)

「源氏千年(44)朝日「人脈記」11」(2008年05月08日)

「源氏千年(45)朝日「人脈記」12」(2008年05月09日)

「源氏千年(46)朝日「人脈記」13」(2008年05月12日)

「源氏千年(47)音楽で『源氏物語』」(2008年05月18日)

「源氏千年(48)東京で和菓子展」(2008年05月22日)

「源氏千年(49)京文博で記念シンポジウム」(2008年06月07日)

「源氏千年(50)朝日新聞の文化欄に」(2008年06月24日)

「源氏千年(51)東西の温度差」(2008年06月30日)

「源氏千年(52)500点のグッズ(1)」(2008年07月05日)

「源氏千年(53)500点のグッズ(2)」(2008年07月06日)

「源氏千年(54)500点のグッズ(3)」(2008年07月06日)

「源氏千年(55)期待できない江戸の落語」(2008年07月10日)

「源氏千年(56)紫式部追善法要の記念品」(2008年08月17日)

「源氏千年(57)源氏物語をテーマにした大壁画」(2008年08月24日)

「源氏千年(58)横浜美術館・源氏展の内覧会」(2008年08月29日)

「源氏千年(59)源氏展の内覧会」(2008年10月03日)

「源氏千年(60)加賀美さんの朗読」(2008年10月06日)

「源氏千年(61)『源氏物語』への熱気」(2008年10月13日)

「源氏千年(62)源氏展の展示替え」(2008年10月17日)

「源氏千年(63)『源氏物語』講演会の報告」(2008年10月20日)

「源氏千年(64)PDAを使った鑑賞ナビゲーションの実験」(2008年10月21日)

「源氏千年(65)源氏展図録が24%も売れている意味」(2008年10月23日)

「源氏千年(66)朝日のニッポン人脈記が文庫本になる」(2008年10月29日)

「源氏千年(67)源氏写本発見というエセ新聞報道に異議あり」(2008年10月30日)

「源氏千年(68)源氏展閉幕−4千人以上の方々に感謝」(2008年10月31日)

「源氏千年(69)「古典の日」宣言を両陛下の前で」(2008年11月01日)

「源氏千年(70)京都の源氏漬け初日」(2008年11月02日)

「源氏千年(71)京都の源氏漬け2日目」(2008年11月03日)

「源氏千年(72)京都の源氏漬け最終日」(2008年11月04日)

「源氏千年(73)文化財返却の旅?源氏展を終えて」(2008年11月07日)

「源氏千年(74)源氏をテーマにした細工寿司」(2008年11月15日)

「源氏千年(75)京都御所の一般公開」(2008年11月16日)

「源氏千年(76)エスペラント語訳『源氏物語』」(2008年11月30日)

「源氏千年(77)京都駅前の『源氏物語』の人形展」(08年12月2日火曜日)

「源氏千年(78)我が家でも版木発見」(2008年12月06日)

「源氏千年(79)千点の新聞記事」(2008年12月27日)

「源氏千年(80)北野天満宮の光源氏」(2008年12月29日)

「源氏千年(81)千本閻魔堂の紫式部像」(2008年12月30日)

「源氏千年(82)下鴨神社の源氏絵屏風」(2009年01月01日)

「源氏千年(83)上賀茂神社の紫式部歌碑」(2009年01月03日)

「源氏千年(84)紫式部千年ライブ」(2009年05月06日)

「源氏千年(85)源氏物語車争図屏風」(2009年05月26日)

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posted by genjiito at 20:11| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月26日

京洛逍遥(497)【再構成版⑵】「源氏のゆかり」に関連する記事の一覧

 先日の「京洛逍遥(495)【再構成版⑴】源氏物語ゆかりの地の説明板一覧」(2018年06月23日)を受けて、リンク切れの記事の補訂版を引き続きまとめています。
 今回の一覧は、2008年の「源氏物語千年紀」を意識して書いていた「源氏のゆかり」と「京洛逍遥」の一連の記事の中から、リンクが切れたままになっていたものを整理したものです。
 これらには、『源氏物語』に関する説明板がなくても、京洛を『源氏物語』のことを思って歩いた雑録・雑記を集めています。《源氏物語散策》の参考にでもなればと思い、あらためて一覧にしました。
 私の興味と関心で集めたリンク集なので、適宜判読のほどをお願いします。
 
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「源氏のゆかり(1)上賀茂神社の片岡社」(2008年01月01日)

「源氏のゆかり(2)若紫がいた北山」(2008年01月05日)

「源氏のゆかり(3)浮舟の石碑」(2008年01月26日)

「源氏のゆかり(41)比叡山へのハイキング」(2009年05月10日)

「源氏のゆかり(43)河原院跡」(2009年08月16日)

「源氏のゆかり(44)五条の夕顔町」(2009年08月25日)

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「京洛逍遥(37)神泉苑の狂言」(2008年05月05日)

「京洛逍遥(41)いつから「町家」か?」(2008年06月22日)

「京洛逍遥(55)昨年の廬山寺の節分会の舞台裏(附記版)」(2009年01月31日)

「京洛逍遙(57)「西院」の読み方」(2009年02月24日)

「京洛逍遙(76)街中の小さな変化」(2009年05月16日)

「京洛逍遙(79)雲林院の歌碑」(2009年05月20日)

「京洛逍遥(134)京都御所の一般公開 -2010-」(2010年04月11日)

「京洛逍遥(166)時代祭-2010」(2010年10月23日)

「京洛逍遥(171)京都御所一般公開-2010秋」(2010年11月18日)

「京洛逍遥(182)春を待つ下鴨神社」(2011年03月06日)

「京洛逍遥(200)慶事のお香を松栄堂で」(2011年09月01日)

「京洛逍遥(201)白川疎水通りと鱗雲」(2011年10月02日)

「京洛逍遥(306)角田文衞先生と出雲路橋の夕陽」(2014年02月05日)

「京洛逍遥(323)俵屋吉富の京菓子資料館」(2014年06月16日)

「京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)」(2015年10月10日)

「京洛逍遥(424)スバコのお弁当と源氏絵のお茶」(2016年10月24日)

「京洛逍遥(467)鞍馬山の霊気を浴び晶子の歌碑を確認して温泉に入る」(2017年09月24日)

「京洛逍遥(476)妙顕寺・百々橋・宝鏡寺・堀川通の紅葉と黄葉」(2017年11月27日)

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posted by genjiito at 19:03| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月25日

第7回 池田亀鑑賞 授賞式と記念講演会のご案内と過去の記事一覧-2018

 今週末の6月30日(土)午後1時半から、鳥取県日野郡にある日南町総合文化センター・多目的ホールで、第7回 池田亀鑑賞 授賞式と記念講演会を開催します。
 ポスターができあがりましたので、ここに掲示します。

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 当日は、以下の内容で進行していきます。

第1部 池田亀鑑賞授賞式および受賞者記念講演会
 演題「時代を超える『源氏物語』の魅力」
     奈良大学 文学部 講師 松本 大 氏

第2部 特別講演
 演題「新指定 重要文化財「池田本」の価値−池田亀鑑のその後に向けて−」
     筑紫女学園大学 准教授 須藤 圭 氏

第3部 重要文化財 池田本『源氏物語』「桐壺」巻を読み、池田亀鑑を追体験する
     池田亀鑑賞 選考委員長
     NPO法人〈源氏物語電子資料館〉代表理事
     大阪観光大学 特命教授 伊藤鉄也 氏


 鳥取県、岡山県、島根県に跨がる山間地の緑豊かな町で、少しだけアカデミックな催しを、「池田亀鑑文学碑を守る会」や町民のみなさまと一緒に回を重ねてきました。毎回、70名以上の方々の参加があります。過疎化が進む町で、この参加者の多さは地元の方々の文化と文学に対する意識の高さを示すものだと言えるでしょう。熱気と活気のある文学集会となっています。

 7回目となる今回も、第1部の池田亀鑑賞受賞者の記念講演はもとより、盛りだくさんの内容です。
 第2部と第3部では、新天理図書館善本叢書 第3期 『源氏物語 池田本』(全十巻、八木書店、2016年1月〜2018年6月)の完結と、池田本が重要文化財に指定されたことを記念して、特別講演と体験講座を行ないます。
 配布資料として、受賞記念講演のレジメの他に、以下の4点も用意しています。

(1)『池田本 源氏物語 校訂本文「桐壺」(第一版)』(NPO法人〈源氏物語電子資料館〉伊藤・須藤編、2017年1月、44頁)
(2)新善本叢書 第3期 パンフレット(八木書店、8頁)
(3)同上 完結リーフレット(八木書店、4頁)
(4)重要文化財指定のチラシ(八木書店、1枚)


 興味と関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしています。

 これまでのこの集まりの様子は、以下の記事で確認していただけます。

第0回
「小さな町を揺るがした池田亀鑑の1日」(2010年03月13日)

第1回
「盛会だった池田亀鑑賞の授賞式」(2012年03月10日)

第2回
「第2回池田亀鑑賞授賞式と記念講演会」(2013年06月22日)

第3回
「第3回池田亀鑑賞授賞式」(2014年06月29日)

第4回
「第4回池田亀鑑賞授賞式と講演会」(2015年06月27日)

第5回
「第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会」(2016年10月01日)

第6回
「充実した第6回池田亀鑑賞授賞式」(2017年06月24日)
 
 
 
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | □池田亀鑑

2018年06月24日

京洛逍遥(496)北山の回転寿司と出町の映画館

 梅雨は中休みなのか、賀茂の川風が涼しく感じられます。

 先日、北大路橋から南に向かって出雲路橋を望み、中洲が川を塞ぐように広がっている様子を紹介しました。

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 今日は、半木の道に架かる飛び石の中ほどから、南北に流れる川を望みました。
 北山大橋から北山方面は、依然として中洲が広がっています。この砂と草で自然発生的にできる中洲の整備は、なかなか大変なようです。

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 しかし、トントンと呼んでいる飛び石から南を見やると、北大路橋と北山大橋の間は川攫いが終わっているようです。夏を迎える頃に特有の水の匂いをさせながら、川はゆったりと流れ下っていきます。

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 北山大橋から西にブラブラと歩き、堀川通り沿いにあった回転寿司の「むさし 上堀川店」に立ち寄りました。賀茂川右岸に5年間いた頃には、近かったこともあり、ここによく通いました。もっとも、当時はあまり雰囲気のいいお店ではありませんでした。あれから気分一新されたようで、愛想もよく、おいしくいただきました。

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 左岸に引っ越しをしてからの6年は、河原町三条にある回転寿司の「むさし 三条本店」に通っています。ここは、私が一番気に入っているお店です。上堀川店には久しぶりに来ました。少し南に下った淡交社の近くにあった紫明店が閉店してからは、この上堀川店も閉店したとばかり思っていたのです。爽やかだった紫明店におられた職人さんは、今は三条本店に移っておられます。京都駅八条口店は、職人さんと店員さんの応対が粗雑なので、10年以上まったく行っていません。

 賀茂川をさらに南に下った出町柳駅前の桝形商店街では、恒例の七夕夜店が始まっていました。

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 この商店街には、小さいながらも「出町座」という映画館がオープンし、その近くに古書店が3軒あり、新しい街へと育ちつつあります。かつての鯖街道の賑わいが、高齢者と若者とが共存する、文化を守り伝える街として生まれ変わろうとしているのです。

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 下鴨神社がすぐそばということもあり、森見登美彦の『有頂天家族』の聖地としても、この一帯は売り出し中です。
 
 
 
posted by genjiito at 18:14| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月23日

京洛逍遥(495)【再構成版⑴】源氏物語ゆかりの地の説明板一覧

 これまでに本ブログで書いてきた記事のリンクを整理しています。
 その中でも、かねてよりリンクの補訂が望まれていた「源氏のゆかり(○)説明板」シリーズは、私にとっても喫緊の懸案事項の一つでした。それは、2008年の源氏物語千年紀をきっかけにして歩き始めた、パッケージとして残しておくべき企画だったからです。

 その整理がやっと終わりましたので、ここに一覧にして報告します。
 尋ね歩いた40ヶ所のリストは、最終回となった「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010年05月08日)に掲載していました。しかし、そこではリストだけであり、リンク先は追記しないままでした。
 8年がかりで、やっとご要望にお応えすることができ、負っていた荷物が少し軽くなりました。

 あくまでも、私個人が経巡った時の雑記帳です。そうであっても、このリストが、京洛を散策なさる際の参考情報としてお役に立つのであれば幸いです。

 また、この記事の中のリンク先は、まだほとんど補訂ができていません。長い間に、ブログのサーバーがクラッシュや移転・売却などしたために、アドレスが変わっているからです。それぞれを補訂する余裕が、今はありません。申しわけありません。当該記事の字句で再度検索していただくと、最新の本ブログのサーバーで公開している記事に行き着きます。お手数をおけかします。ご理解のほどを、よろしくお願いします。
 
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「源氏のゆかり(20)説明板1-平安宮内裏跡」(2008年07月11日)
「源氏のゆかり(14)説明板2-凝華・飛香舎跡」(2008年05月30日)
「源氏のゆかり(13)説明板3-弘徽殿跡」(2008年05月30日)
「源氏のゆかり(12)説明板4-清涼殿跡」(2008年05月25日)
「源氏のゆかり(11)説明板5-承香殿跡」(2008年05月24日)
「源氏のゆかり(16)説明板6-蔵人町屋跡」(2008年06月05日)
「源氏のゆかり(15)説明板7-内裏内郭回廊跡」(2008年05月31日)
「源氏のゆかり(17)説明板8-紫宸殿跡」(2008年06月09日)
「源氏のゆかり(7)説明板9-淑景舎(桐壺)跡」(2008年05月10日)
「源氏のゆかり(10)説明板10-昭陽舎跡」(2008年05月20日)
「源氏のゆかり(9)説明板11-温明殿跡」(2008年05月19日)
「源氏のゆかり(8)説明板12-建春門跡」(2008年05月15日)
「源氏のゆかり(19)説明板13-建礼門跡」(2008年06月14日)
「源氏のゆかり(18)説明板14-宜陽殿跡」(2008年06月10日)
「源氏のゆかり(24)説明板15-平安宮大蔵省跡・大宿直跡」(2008年07月28日)
「源氏のゆかり(4)説明板16-大極殿跡」(2008年04月10日)
「源氏のゆかり(21)説明板17-藻壁門跡左馬寮跡」(2008年07月22日)
「源氏のゆかり(22)説明板18-豊楽殿跡」(2008年07月23日)
「源氏のゆかり(23)説明板19-朝堂院昌福堂跡」(2008年07月27日)
「源氏のゆかり(25)説明板20-平安京一条大路跡」(2008年08月14日)
「源氏のゆかり(26)説明板21-一条院跡」(2008年08月15日)
「源氏のゆかり(29)説明板22-二条院候補地」(2008年12月16日)
「源氏のゆかり(30)説明板23-大学寮跡」(2008年12月17日)
「源氏のゆかり(31)説明板24-斎宮邸跡」(2008年12月18日)
「源氏のゆかり(35)説明板25-朱雀院」(2009年02月22日)
「源氏のゆかり(32)説明板26-西鴻臚館跡」(2008年12月22日)
「源氏のゆかり(33)説明板27-羅城門跡」(2008年12月23日)
「源氏のゆかり(5)説明板28-鞍馬寺(2011/04/03補訂)」(2008年05月03日)
「源氏のゆかり(36)説明板29-大雲寺旧境内」(2009年04月12日)
「源氏のゆかり(34)説明板30-雲母坂」(2009年01月11日)
「源氏のゆかり(6)説明板31-雲林院」(2008年05月06日)
「源氏のゆかり(37)説明板32-遍照寺境内」(2009年04月18日)
「源氏のゆかり(38)説明板33-棲霞観跡」(2009年04月19日)
「源氏のゆかり(39)説明板34-野宮神社」(2009年04月23日)
「源氏のゆかり(40)説明板35-大堰の邸候補地」(2009年04月25日)
「源氏のゆかり(28)説明板36-法成寺跡」(2008年10月07日)
「源氏のゆかり(27)説明板37-廬山寺」(2008年08月22日)
「源氏のゆかり(28)説明板38-梨木神社」(2008年08月23日)
「源氏のゆかり(42)説明板39-鳥辺野」(2009年08月13日)
「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010年05月08日)
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posted by genjiito at 19:00| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月22日

赤ちゃんの映像を見て高校生が書いたショートストーリー

 高校でのことを記録として残しておきます。
 これまで、さんざん小論文を書く訓練をして来たので、一転して今日はショートストーリーを書いてもらいました。
 教室の壁には、病院の待合室で大泣きしている赤ちゃんを映写。次に、薬を飲んだ後で、さらにおねだりする顔つきを。また大泣き。鼻水を吸い取ってもらう時に逃げ回る様子。そして、ご機嫌でテレビの前で手をヒラヒラさせて踊る姿。
 こうした細切れの動画像を見た後、それではこのイメージをもとにして物語を書こう、ということにしたのです。
 制限時間は15分。
 さすが、今どきの生徒たちです。それも、看護系の学校へ行くことを目標にしている生徒たちばかりを相手にしていることもあってか、おもしろくて楽しい作品がたくさん生まれました。
 その中から、秀逸だと思われる2作品を紹介します。これは、私が映写した映像からかけ離れたイメージをことばにしています。
 こうして自由にことばを操って、思いのままの世界を描き出せることは、すばらしいことだと思います。
 
 広い庭がある家に、最近一歳になったばかりのチーちゃんという女の子がいました。
 チーちゃんは、外で遊ぶことが大好きです。
 雨の日以外は、毎日外で遊んでいました。
 ある日、宇宙人がウイルスをばらまきにやって来ました。
 それは、あっという間に村全体に広がり、外出禁止令が出されました。
 しかし、何も知らないチーちゃんは、親の目を盗み外へ出て行きました。
 しばらくして帰って来たチーちゃんは、鼻水が垂れ、少し苦しそうでした。
 親は、チーちゃんにマスクをつけ、自分たちは完全防備で病院へ行きました。
 そこで、飲み薬をもらい、帰ろうとしたとき、……(未完)

 
 Nちゃんは、とても優れた能力があります。
 それは、いろんなものの声をきく能力です。
 例えば、シーツに虫がついていれば、シーツの声をNちゃんはきいて、体をころがします。
 でも、大人は気づいてあげられません。
 まだ話すことのできないNちゃんにとって、泣いたり体を動かしたりすることが意思表示です。
 ある日、病院に行くと、座っているイスが声をあげていました。
 それは、やぶれている所があるから取り換えてほしい、という声です。
 Nちゃんは、泣いて大人に示しますが、やはり大人は気づいてあげることはできません。
 涙がポトポト、破れているところに落ちていきます。
 すると、通りかかった看護師の人が気づいてくれました。
 Nちゃんは思いが伝わり、うれしくなりました。

 
 
 
posted by genjiito at 20:31| Comment(0) | *健康雑記

2018年06月21日

キャリアアップ講座(その4)『源氏物語』のくずし字を読む(し・人・ん・尓・の)

 国宝『源氏物語絵巻』の「鈴虫」巻に関する追加の資料を配布して始めました。

 まず、「し」が文字間の調節に用いられていることを、次の緑囲いの部分(2丁裏〜3丁表)の5例で確認しました。

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 行末の「人」と「ん」については、上の写真の赤囲いの部分の例で確認できます。
 これは、糸罫を使っていたために上に引き上げられた形であり、まさにマット上で開脚したような形になっています。

 ユニコードに採択された「尓」は、その崩れ方から2種類の文字が登録されています。今回も、その2パターンが近接したところに見られたので、やはり2つのフォントとして国際基準の文字に認められてよかったと思いました。次の青囲いの「尓」(2丁裏)がそれです。

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 ただし、翻字する側の者としては、「尓」1文字では、この2パターンが区別できないので問題が残ります。とはいえ翻字の現場で、同一仮名の字母において複数の字形を認めると、その織別の煩雑さは倍加します。

 明治33年に、平仮名は「の」という1文字に国策として制限統制されました。しかし、実際の表記は「乃」の場合も橙囲いの字形に見られるように、2つの形が認められます(3丁裏)。

180621_no.jpg

 これを区別するとなると、「変体仮名翻字版」による翻字データベースがさらに複雑になって、作成に手間取るだけです。
 翻字における字母の表記は、当面は1文字の漢字に留めておいた方がよさそうです。コンピュータの表示能力と分析技術がさらにレベルアップした時に、人間のアシスタントとして成長した時に、こうした細分化した字母で翻字をすればいいと思います。今は、平仮名1文字に制限された旧態依然たる翻字方針を脱却することを目標としています。まだ、コンピュータは未成熟です。さらに高度な処理ができるようになったら、翻字の技術も上がるはずです。その時代に合わせてステップアップをしながら、字母を交えた古典籍の本文データベースを構築していくつもりです。これは、次世代に託すことになりますが。
 それにしても、明治33年に断行されたあの仮名文字の国策統制は、思い切ったものであったことを実感しています。

 今日は、3丁裏の最終行まで確認しました。
 次回は、再来週の7月5日(木)午後3時からです。
 場所は、今日と同じ、1号館4階のセミナールーム1です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■講座学習

2018年06月20日

天変地異に弄ばれる中で折り合いをつける

地震の後、今日は大雨です。
早朝、JRの環状線が運転見合わせに。
地下鉄を使って天王寺駅へ。
阪和線では、始発の関西空港行きがホームにいました。
ラッキー!!

しかし、そうそう甘くはありません。
今度は、事故のために発車待ちだとか。
30分近くも車内で待たされました。
南に向かう電車は、徐行しながら走り出します。

日根野駅前から出る1時間に一本の学バスは、すでに出た後でした。
駅前からタクシーに乗って出勤です。

帰りも、和歌山から来る電車が遅れて来ました。
車内は満員で立ちっぱなしです。

とにかく、駅に着くと状況を素早く読み取ります。
そして、どの電車に乗るのかを即決します。
次の行動を瞬時に決断する訓練にはなります。
今さら、この歳になって、という気はしますが。

今年の梅雨はどうなるのか、夏の暑さは、秋の颱風は、冬の寒さは、と思いをめぐらしても、変則的な自然との折り合いをつけるしかありません。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | *身辺雑記

2018年06月19日

地震の後に第10回[町家 de 源氏物語の写本を読む]

 昨18日の早朝、ドスンと1回だけ、家がワンバウンドするように強く大きく揺れました。
 携帯電話がけたたましく地震の警報を発しています。
 何も落ちてきません。何も倒れてきません。
 すぐに速報を見ました。震源地は大阪。京都は震度4とのことです。

 阪神淡路大震災の時は、大和平群にいました。あの時も早朝。石切や生駒山地の中の住宅地で、岩盤が固い山中だったこともあり、勉強部屋の壁掛け時計が一つ落ちただけでした。

 近所の様子をうかがっても、特にいつもと違うことはなさそうです。

 午後から、「be京都」で10回となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]が予定されています。
 土曜日は東京の日比谷図書文化館、日曜日は大阪観光大学と慌ただしい日々です。3日連続のイベントとなる、京都での『源氏物語』の写本を読む集まりは、初めての月曜日という設定になりました。
 近畿圏の交通機関が麻痺しています。参加を予定なさっていたみなさまは、足の確保がままならないこともあり、結局は参加者はありませんでした。

 そんな中、前日に大阪観光大学で開催した科研の研究会で、研究発表のために中国から参加の庄さんは、偶然にも京都に泊まっておられました。朝から立命館大学で調査をなさっていたこともあり、ありがたいことに一人だけの参加となりました。
 指導教授の研究室で、書棚から本が床に散乱している写真を見せてもらいました。相当揺れたようです。そうこうする内に、大阪大学の仲間からも、研究室の書架が倒れ、本が部屋中に散乱している写真が届きました。
 我が家は古い木造だったせいか、振動を適当に吸収してくれたのでしょう。何も被害がなかったのが不思議です。

 庄さんは永く日本に滞在時には、ワックジャパン(WAK JAPAN)を会場としている頃から、ずっとこの勉強会に参加です。しかし、昨秋、中国の恵州にある大学の教員として赴任されてからは、来られなくなり中断でした。それが、こうしてスポットとはいえ参加となったのです。これも縁というもの。楽しい出来事です。
 庄さんには、石田さんが作られた糸罫をまだ見てもらっていませんでした。現物を手にして説明していると、中国でも漢籍を書写する時にこうしたものを使っているとのことです。写真を送っていただくことになりました。
 その後は、中国で平安文学に関して国際集会を開催する計画を立案中だったので、そのことで打ち合わせなどをしました。いつもと違う、充実した時間を共にすることができました。

 この日は、写本は読みませんでした。したがって、次回は前回の続きなので、「8丁表6行目行頭」の「の【夜】能」から読みます。
 なお、今後の勉強会の日程は、以下のようになります。

第11回 7月28日(土)14時から16時 「be京都」
 ●8月の勉強会はお休みで、イベントを予定しています。
第12回 9月22日(土)14時から16時 「be京都」
第13回 10月21日(日)14時から16時 「be京都」


 帰り道、賀茂川の様子を見ました。中洲が大きくなっています。上流から大水などが出た時などの対策として、氾濫しないように川攫いを急いでほしいものです。

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 また、ニュースによると、大阪でブロック塀が倒れてきたために、その下敷きになってお2人の方がお亡くなりになりました。痛ましいことです。その災害対策の解説で、塀の裏側に「控え壁」があるかどうかが問題となっています。塀を補強する役割を持つ、直角方向に突き出した補助的な壁のことです。
 建築基準法によると、ブロック塀では高さ1.2メートル以上の場合には、横幅3.4メートル以内ごとに「控え壁」を設けることが義務付けられているそうです。我が家には、玄関の横に3メートル半の塀があります。慌てて確認しました。そして、安心しました。しっかりと、3.4メートルの間をおいて、壁の左右端に「控え壁」が取り付けられていました。

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 屋根も春先に修理しました。とりあえずは大丈夫のようです。

 昨日は、いろいろな方から、地震のお見舞いメールをいただきました。私が古い家を改修して住んでいることを御存知の方が、心配してくださってのことです。気にかけてくださっていることを知り、ありがたいことだと思っています。とにかく、ギシギシと音のする家で、まだ2階には、昨春に引っ越した時のままに、本が未整理の状態で放置されています。床がユサユサしています。それでも、今回の地震では何事もありませんでした。とは言うものの、これは早急に2階から本を下ろさなければなりません。この夏は、家の大掃除に専念することになりそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:19| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年06月18日

平安文学のハンガリー語訳に関する最新情報(フィットレル版)

 昨日開催した、伊藤科研(A)の研究会「第11回 海外における平安文学」で研究発表していただいた、大阪大学日本語日本文化教育センターのフィットレル・アーロン先生が、昨日のレジメに掲載されていた貴重な資料を、本ブログで公開することを快諾してくださいました。
 このリストは、科研「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)で取り組む予定だった情報の一部となるものであり、ありがたく拝受してここに公開いたします。
 科研のホームページが新装版として公開できた折には、このリストも最新情報として掲載します。それまでは、このブログという場を借りての公開とします。ペンディングとなったままのホームページについては、いまだ研究妨害を受けている真っ只中にあり、思うように進展していないことは、昨日の記事でも取り上げたとおりです。
 それはともかく、このような、海外における平安文学研究に関する情報を探し求めています。
 情報収集と整理及び公開に、ご理解とご協力をいただけると幸いです。

【 資 料 】(◎は原典からの翻訳)

平安文学のハンガリー語訳の現状


● Bardócz Árpád訳・編: Japán versek〔『日本の詩歌』〕(1920)の中の平安時代の和歌の翻訳〔英訳、独訳、フランス語訳からの重訳〕

● Barna János訳・編: Japán antológia〔『日本詩歌集』〕(1924)の中の平安時代の和歌の翻訳〔出典についての言及はないが、英訳、独訳、フランス語訳などからの重訳であると考えられる。〕

● Kosztolányi Dezső (1885〜1936・詩人、作家、翻訳家)の和歌と俳句の翻訳(本としての初版: Kínai ​és japán versek〔『中国と日本の詩歌』〕〈Révai Kiadó, 1931〉)の中の平安時代の和歌の翻訳〔英訳、独訳、フランス語訳からの重訳。〕

● Muraszaki Sikibu: Gendzsi regénye. Hamvas Béla訳 (Európa Könyvkiadó, 1963)〔『源氏物語』の全訳。英訳からの重訳で、底本はArthur Waley: The tale of Genji(本としての初版:1935)〕

● Párnakönyv – Japán irodalmi naplók a X–XI. századból. Holti MáriaとPhilipp Berta訳 (Európa Könyvkiadó, 1966)(『枕草子―10〜11世紀の日本の日記文学』)〔底本は示されていないが、全て英訳からの重訳〕
・Szei Sónagon: Párnakönyv (Philipp Berta訳)〔『枕草子』の抄訳。底本はArthur Waley: The pillow-book of Sei Shonagon(1928)。〕

・Ismeretlen szerző: Iszei történetek (Philipp Berta訳)〔『伊勢物語』数段の翻訳。底本はDonald Keene: Anthology of Japanese literature from the earliest era to the mid-nineteenth century(1955)所収のRichard LaneとF. Vosによる英訳。〕

・Ki no Curajuki: Toszai napló (Holti Mária訳)〔『土佐日記』の全訳。底本はWilliam N. Porter訳The Tosa Diary(初版は1912)か。〕

・Micsicuna anyja: „Ökörnyál-napló”〔『蜘蛛の糸日記』〕(Philipp Berta訳)〔『かげろふ日記』数ヶ所の翻訳。底本はDonald Keene: Anthology of Japanese literature from the earliest era to the mid-nineteenth century(1955)所収のEdward Seidenstickerの英訳。〕

・Muraszaki asszony: Napló (Philipp Berta訳)〔『紫式部日記』数ヶ所の翻訳。底本はAnnie Shepley OmoriとKochi Doi訳: Diaries of court ladies of old Japan(初版は1920)所収の英訳。〕

・Takaszue leánya: Szarasina naplója (Philipp Berta訳)〔『更級日記』数ヶ所の翻訳。底本はAnnie Shepley OmoriとKochi Doi訳: Diaries of court ladies of old Japan(初版は1920)所収の英訳。〕

◎ Rácz István訳・編 Fényes telihold. Négy évszak Nipponban. Haikuk és tankák.〔『明るい満月―ニッポンの四季―俳句と短歌―〕(Kozmosz Könyvek, 1988)中の平安時代の和歌の翻訳〔出典は原典からの散文訳であると翻訳者はまえがきにいう。〕

● Muraszaki udvarhölgy [Muraszaki Sikibu]: Gendzsi szerelmei. Gy. Horváth László 訳 〔ムラサキ女房[紫式部]〕(Európa Könyvkiadó, 2009)〔『源氏物語』の全訳。英訳からの重訳で、底本はEdward G. Seidensticker: The Tale of Genji(1976)〕

◎ Máté ZoltánとBuda Ferenc訳TAKETORI MONOGATARI. A bambuszgyűjtő öregember története〔タケトリモノガタリ―竹収集の翁の物語―〕
http://terebess.hu/keletkultinfo/taketori.html所載の電子版のみ)〔『竹取物語』の全訳。底本は示されていないが、原典からの翻訳。〕

● Szaigjó szerzetes–Villányi G. András: Tükröződések. 〔『反射』〕(Scolar Kiadó, 2011)〔西行の和歌75首の翻訳。出典は示されていないが、翻訳者は日本において西行を研究していたことから、原典からの翻訳であると考えられる。〕

◎ 古典和歌の翻訳 Fittler Áron訳。→ 文芸誌Napút XV./5.(2013年6月)〔和歌12首中10首は平安時代のもの〕、Napút XVI./7.(2014年9月)〔和歌23首中16首は平安時代のもの〕、Napút XVIII./9.(2016年11月)〔13首中12首は平安時代のもの〕。その他、ネット文芸誌「Újnautilus」(http://ujnautilus.info/http://ujnautilus.info/author/fittler-aron〉)にも古典和歌のハンガリー語訳を順次公開。〔出典は主に日本文学Web図書館所収『新編国歌大観』の本文で、所収歌集の代表的な日本の注釈書を参照する。〕

● A természet és az ember. Japán tankák fordításai német nyelvből. 〔『自然と人間―日本の短歌のドイツ語からの翻訳―』〕Müller Márta訳 Napút füzetek 113. (2017年1月(?))〔『万葉集』、『古今集』、『新古今集』から約200首の和歌のドイツ語からの重訳、出典はTanka. Japanische Fünfzeiler. Jan Ulenbrook訳 (Reclam Verlag Stuttgart, 1996)〕

◎ Szugavara no Takaszue lánya: Szarasina napló–Egy XI. századi japán nemesasszony önéletírása. 〔菅原孝標女:『更級日記』―ある11世紀の日本の貴族の女性の自叙伝―〕 Fittler Áron訳 (個人出版, 2018)、引用者注:次の写真は本書の書影180617_xosina.jpg


 なお、ハンガリー語訳『源氏物語』について、本ブログでは以下の記事を書いています。

(1)「各国語訳『源氏物語』の最新情報」(2008年12月20日)

(2)「ハンガリー語訳『源氏物語』の新情報が届く」(2010年07月03日)

(3)「迷走する「ゆうパック」で届いたハンガリー語訳源氏」(2010年08月02日)

(4)「ハンガリー語訳『源氏物語』の訳者から届いた回顧談」(2010年08月26日)
 
 
 
posted by genjiito at 19:17| Comment(0) | ◎国際交流

2018年06月17日

【書影追加】科研の研究会で翻訳に関する多彩な発表と活発な論議

 今日は日曜日で父の日。
 出町柳界隈は、親子連れで賑わっています。
 八瀬・大原や鞍馬へハイキングに行く出で立ちの方が多いようです。

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 そんな中を、私は大阪の最南端にある大阪観光大学へ向かいます。
 先日、本ブログで案内した科研の研究会があるからです。
「科研(A)の第11回公開研究会の開催案内」(2018年06月12日)

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 今日の研究会の内容は、実に多彩です。
 多言語の翻訳に関する最新の実践報告がメインです。さらに、若手研究者の育成を目標の一つとするこの科研の成果として、学部2年生が見よう見まねながらも、諸先生方の前で発表と報告をするのです。とにかく、積極的にチャレンジをするように、日頃から後押しをしているのです。

 今回は、これまで取り組んで来たテーマを継承しているので、第11回となります。

■2018年度 伊藤科研(A)研究会■

日時:2018年6月17日(日)14:00〜18:00
場所:大阪観光大学
   明浄1号館4階141セミナー室
第11回「海外における平安文学」


 最初は、代表者である私の挨拶からです。

 続いて自己紹介です。今回は多彩なメンバーが集ったので、どんな方だろうというキラキラしたまなざしで、みなさま聞き入っておられました。

 報告として、「2017年度の活動報告と2018年度の活動予定」は、プロジェクト研究員の大山さんの担当です。要領よく、わかりやすくまとめてくださいました。この科研が去年何をして、今年は何にチャレンジするのかがよくわかりました。
 私からは、科研の成果を公開するはずのホームページについて、依頼した業者が驚くべき対応に出たことを踏まえて説明をしました。結局は、昨夏8月末日に未完成版を見せられてから何も進展がなく、科研の年度末の3月末日までにはもちろんのこと納品もなく、5月からは依頼した業者が雇う弁護士が窓口になっての交渉となり、それが今に到っていることをお話しました。つまり、相手の業者は完全に雲隠れ状態で、代理人としか連絡がとれないのです。奇妙キテレツな話です。研究成果や研究状況をはじめとして、今回の研究会の通知や連絡等、完全に研究活動を展開する上での妨害を受けていました。依頼したホームページについては、納品されたものが明日18日(月)に、やっと私が見られる状態になるようです。私からは、昨年の6月6日に教え子のデザイナーが考えてくれたトップページの試案としての画像を送っただけで、後は何もやりとりがありませんでした。先月の5月に業者から大学に納品されたものがどんな内容なのか、昨夏8月末以降、何も知らされていないままに今日を迎えているので、大いに楽しみにしています。受け取り次第に公開しますので、研究協力者共々、内容の確認をよろしくお願いします。
 なお、今回の研究会の詳細は、『海外平安文学研究ジャーナル 第7号』(ISSN番号 2188ー8035)に収録しますので、後日確認してください。
 以下、本日の概要を簡単にまとめておきます。

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◎報告「インド・ミャンマーの調査研究に同行して」(松口果歩・松口莉歩)
 →行程表をもとにして、学生の視点からのわかりやすい報告がなされました。実に多くのスケジュールをこなした旅であったことが、十分に伝わって来ました。そして、充実した旅であったことも。

◎研究発表「『更級日記』をハンガリー語に翻訳して」(フィットレル・アーロン)
 →本年3月に刊行された『更級日記』のハンガリー語訳に関して、翻訳をして行く中でわかったさまざまな問題点をまとめた発表でした。資料に上げてくださった「平安文学のハンガリー語訳状況」を提供していただける、とのことなので、近日中に公開します。いま少しお待ちください。
 また、質疑応答も楽しく、ハンガリー語がフィンランド語や日本語に近い言語だと聞くと、親近感が湧きます。
 出版にあたって写真や図版の権利関係の処理について、興味深い話を伺うこともできました。
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◎研究発表「文化伝達の視点から見る『源氏物語』の中国語訳 −豊子恺、林文月、葉渭渠の訳を例として−」(庄婕淳)
 →絵や注に関して興味深い問題提起がありました。異文化コミュニケーションの問題意識が明確に伝わって来ました。質疑はローマ字表記に集中しました。これまた、大事な問題であることを再確認しました。

◎研究発表「ビルマ語訳『源氏物語』を日本語に訳し戻して」(エー・タンダー・ナイン)
 →『源氏物語』のことがよくわからないままに訳した、とのこと。確かに、先般のミャンマーへ行って見つけて入手したビルマ語訳『源氏物語』を、突然日本語に訳し戻すことになったのです。まだ大学1年生だったナインさんには、大変な重荷を背負わせたことになります。翻訳をしながら、文化を言葉で伝えることの難しさがわかった、という感想は正直なところだと思います。それにしても、「桐壺」だけとはいえ、よくやりました。みんなで共同研究する上で、十分に活用できる基礎資料となっています。次はその分析に着手してもらうことで、さらなる成果につながることでしょう。

◎共同討議「翻訳者とともにビルマ語訳『源氏物語』を考える」
 司会進行 伊藤鉄也
 ディスカッサント/ケィン・キン・インジィン+森銑一
 最初に、ナインさんが投げかけたビルマ語訳『源氏物語』のいくつかの疑問から、ディスカッションは始まりました。
 詩人であるケィンさんのビルマ語訳が、非常にレベルの高い文学的な翻訳であることが、意見交換の中から浮かび上がりました。これは、大きな収穫です。
 私からは、次のようないくつかの質問をしながら展開しました。
 ・推薦の序文を書かれたナンダーモーチェさんはどのような方ですか?
 ・訳者の序文に、パキスタンでも翻訳されているとあるが?
 ・典拠としたとする田辺聖子訳『新源氏物語』には、「桐壺」と「帚木」がない。
  「桐壺」は何を参考として訳したのか?
 ・「帚木」の雨夜の品定めがないこと
 ・「空蝉」にある「不倫」という言葉は日本と同じ意味か?

 こうした疑問に、丁寧に答えていただきました。しかし、まだ伺いたいことは多いので、またこのような機会を作って、討論を重ねていきたいと思います。

 閉会後は、日根野駅前で懇親会をしました。ここでも、さまざまな話題で盛り上がりました。
 非常に充実した、成果の多い研究会となりました。
 ご参加のみなさま、ありがとうございました。
 
 
 
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2018年06月16日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その2、異文を確認)

 相変わらず、バタバタと上京です。今日は不安定な天気のため、富士山は雲に取り囲まれていて見えません。新幹線の車窓からこの富士山を見ることは、楽しみの一つとなっているのです。
 もっともそれよりも今日は、新幹線の中で乗客に切りつけられて死傷者を出した事件が頭を離れません。つい、同じ車輌に乗っておられる方を見回してしまいました。京都から名古屋までは、辺りに気を配りながら座っていたのです。
 無事に東京に着き、新橋で降りると、駅前では恒例の大駒での大盤将棋大会をやっていました。

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 平和だなと実感しつつ日比谷公園に入ると、アフリカを中心とした国々のイベントをやっていました。ウガンダの方々の乗りは楽しく拝見しました。

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 日比谷図書文化館の前では、多くの人がスマホを片手に、ポケモン探しに熱中しておられます。まだブームは続いていたのですね。私はすっかり醒めていたので、かえって異様な光景に見えました。

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 日本は平和だなという思いを強くしました。世界の情勢を見聞きする中で、これでいいのかなという思いも胸を過ぎります。しかし、私などがどうのこうのと言える筋合いではないので、それ以上には考えないことにして館内のホールに入りました。
 地下のレストランで食事をしながら、科研やNPOでさまざまな形で支えてもらっているAさんと、今後の打ち合わせをしました。難問山積の折でもあり、話は尽きません。4階の事務室まで来てもらい、今日配布する資料のホッチキス止めの作業を手伝ってもらいながら、さらに話は延々と続きました。

 今日の講座では、いつものような長い前置きは控え、京都で作られている筆のことと、元号には漢籍だけではなくて和書から採用される可能性があることなどをお話しました。そうしたことは早々に切り上げ、2時間のほとんどは写本を読むことと、異文を確認することに専念しました。
 例えば、次のような例です。引用した17種類の写本の略号は、以下の通りです。

橋本本・・・・底本
 大島本[ 大 ]
 中山本[ 中 ]
 麦生本[ 麦 ]
 阿里莫[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本[ 尾 ]

ゆかす[橋=中]・・・・052539
 とけす/け$け〈朱〉[大]
 とけす/す〈改頁〉[尾]
 とけす[麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]


 ここで確認できることは、橋本本と中山本は「ゆかす」となっていて、それ以外のすべては「とけす」となっていることです。「ゆかず」は「心が晴れない」、「とけず」は「打ち解けない」という意味です。まったく異なる語句なのです。

 次はもっと複雑に入り組んでいます。

ナシ[橋=中]・・・・052582
 まみ[大麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]
 まみ/見$〈削〉み、み=み〈削〉[尾]
いと[橋=全]・・・・052583
はつかしけなりまみなと[橋]・・・・052584
 はつかしけなるまみなと[中]
 はつかしけに[大麦阿陽池御国肖日穂保伏高天尾]
けたかう[橋=大中阿池国穂保伏尾]・・・・052585
 けたか[麦]
 気たかふ[陽]
 気たかう[御肖日高天]
おかしき[橋]・・・・052586
 をかしき[中]
 うつくしけなる[大麦阿陽池国肖日穂保高天]
 ゝつくしけなる(うつくしけなる)[御伏尾]
ありさまなり[橋=中]・・・・052587
 御かたちなり[大陽池御国日穂伏高天尾]
 御かたち也[麦阿肖保]


 「まみ」に注目すると、傍記が本行の本文に混入したことが想定できます。ただし、証明の手続きがややこしいので、ここでは省略します。
 また、橋本本と中山本は「おかしき御ありさま」で、それ以外のすべては「うつくしげなる御かたち」です。ここでも、「愛らしい」と「美しい」という意味の違いがあります。
 こうした異文が伝わって来ている理由を、私なりの解釈で説明しました。
 一言でいうと、平安時代から元々2つの物語本文が伝わって来ていた、ということと、傍記されていた字句が本行の本文に混入した、ということに尽きます。
 丁寧に説明したつもりなので、受講生のみなさまには伝わったと思います。
 さらには、『源氏物語』の異文の諸相がわかるようにと思って、『源氏物語別本集成』と『源氏物語別本集成 続』を回覧し、さまざまな本文が伝わっていて、なおかつその翻字が非常に遅れていることもお話しました。

 講座が終わると、有志の方10名と一緒に有楽町駅前に移動して、テキストである橋本本を現代語訳する勉強会となりました。
 これまでは、「わらわやみ」をどう訳すかで止まっていました。今日はさらに進み、「あな、かしこや」は「ああ、畏れ多い」でいいのか、で議論百出。「うちゑみつつ」は「微笑みながら」よりも「にこやかに」の方がいいのではないか、などなど意見や話題が尽きません。果ては、「さるべきふんつくりて」は、「しかるべき護符の分を作って飲ませ」では意味がわからないので、何を作って飲ませたのかをもっと調べよう、ということになりました。
 結局は、また来月続きを、となって、散会となりました。
 毎月上京し、こうしてさまざまなことをお話しし、一緒に考えることは本当に楽しい時間となっています。時の経つのを忘れて、とはこうしたことを言うのでしょう。恵まれた環境で『源氏物語』を一緒に読む仲間がいることに、感謝しつつ最終の新幹線で帰洛の途につきました。

 明日は、大阪観光大学で私の科研(A)の研究会があります。『源氏物語』をビルマ語に訳された方や、『更級日記』をハンガリー語訳なさった方、中国からは『源氏物語』の中国語訳に関する発表をしに来てもらえます。これ以上にない充実した内容の研究会になることでしょう。
 みなさまに感謝しての日々となっています。
 
 
 
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2018年06月15日

高校の作文コンクール応募と家隆忌のこと

 高校では何かと学校行事が多く、休講が続いていました。今日は、久しぶりの授業です。
 これまでに、何度も改稿して来た小論文のテーマも、今日は、あるコンクールに応募する作品へと仕上げるために最終回です。
 すでに磨きがかかっているものなので、これまでの800字を400字から600字に凝縮します。
 何度も手を加えて来た、書き慣れたテーマということもあり、全員が無事に応募できる形になりました。
 コンクールがあることを教えてくださったH先生と一緒に、とにかく応募できたのです。3年前には、銅賞に輝いた生徒がいたそうです。何事にもチャレンジする精神で取り組みました。さて、結果はどうなりますか。

 明日、6月16日(土)は、この明浄高校の伝統行事となっている「家隆忌」があります。
 この学校では、伝統的な和歌や俳句を授業に取り入れています。私の斜め向かいにおられるS先生は、長年にわたり短歌の指導をなさっており、歌会始では多くの生徒の作品が選ばれ、皇居で朗詠されています。
 冷泉家の指導の下で行う新年和歌披露会、藤原家隆の業績を称える家隆忌、俳聖松尾芭蕉をしのぶ芭蕉忌が、この学校での三大伝統行事となっているそうです。私も参加できる機会をねらっています。

 「家隆忌」については、2015年のホームページに次のように書かれています。

2015/06/15

〜第59回家隆忌〜

 6月13日(土)、第59回家隆忌が行われました。
 「家隆忌」は鎌倉時代の歌人藤原家隆の功績と遺徳を偲んで、生徒と教職員によって催される恒例の学校行事であり、本校情操教育の一環として、昭和32年から絶やすことなく行われている伝統行事です。
 毎年この時期になると、生徒や教職員たちは思い思いに短歌を詠み、その中から家隆忌に献歌する歌が選ばれます。
 家隆卿が余生を過ごした夕陽丘にある家隆卿の墓、「家隆塚」で行われた「第55回家隆忌」には、生徒や教職員の代表総勢71名が参加し、代々受け継がれた作法のもと献茶、献花、祭文、朗詠、和歌作品が献詠が執り行われました。
 参加した生徒たちは、日ごろはなかなか味わうことのできない厳かな雰囲気と、本校の伝統に触れながら、古の文化に親しむことができました。


 一昨年の「家隆忌」については、2016/06/12 ■■第60回家隆忌■■の写真もご覧ください。

 この藤原家隆の塚がある夕陽ヶ丘は、私が卒業した高校が近かったため、何度も足を運んでいます。それよりも、クラブ活動で、このあたりは基礎練と称して日常的に走り回っていました。懐かしい場所でもあり、明日は私も参加したいのはやまやまながら、日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座があるために行けません。
 来週、生徒たちに様子を話してもらうことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ■古典文学

2018年06月14日

読書雑記(230)清水潔『「南京事件」を調査せよ』

 『「南京事件」を調査せよ』(清水潔、2016年8月25日、文藝春秋)を読みました。

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 本書の冒頭に、次の文章があります。この本の性格を示すものなので、まずは「まえがき」の書き出しから引用します。

 あえて冒頭に明記しておきたいことがある。
 それは本書が”ある一部の人たち”から拒絶される可能性についてだ。
 これが「南京事件」、「南京大虐殺」などと呼ばれるこの事件を、数年にわたって取材した私の素直な感想である。
 1937年、中国・南京で日本軍が起こしたとされる(引用者注・「される」に傍点あり)虐殺事件……、と、短く事件を説明するだけでも、必ず「される」といった言葉尻が求められるのだ。
 この事件は、存在そのものが「あった」「なかった」と延々と論争になっているからだ。
 あるいは事件の存在は認めても、今度はその被害者の「人数」で激しい議論が続いていたりもする。数千人から、30万人以上と、その幅はあまりに広く今後も折り合いはつきそうにもない。そして次には〈南京30万人虐殺の嘘〉といった声も飛び出す。(3頁)


 著者は資料を慎重に吟味し、解釈していこうとしていることが伝わってきます。常に中立の立場を意識して考え、事実を確認して真実を知ろうとし、わかりやすく語ろうとしています。その姿勢に、テーマの重さに対峙する著者の苦しみがうかがえました。
 元兵士の「陣中日記」などの発掘と紹介は、虐殺の事実を証明する上で貴重な資料の提示となっています。「黒須上等兵の日記」といわれる1次資料は、青インクで記されているそうです。次の昭和12年12月26日の記事は、著者の検証の中でも、中核に位置するものです。この記述の吟味が、真実に近づく一つとなっていきます。

 午后一時我ガ段列ヨリ二十名ハ残兵掃湯ノ目的ニテ馬風山方面ニ向フ、二三日前捕慮セシ支那兵ノ一部五千名ヲ揚子江ノ沿岸ニ連レ出シ機関銃ヲ以テ射殺ス、其ノ后銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス、自分モ此ノ時バカリト憎キ支那兵ヲ三十人モ突刺シタ事デアロウ。
 山となって居ル死人ノ上をアガッテ突刺ス気持ハ鬼ヲモヒゝガン勇気ガ出テ力一ぱいニ突刺シタリ……ウーン/\トウメク支那兵ノ声、年寄モ居レバ子供モ居ル。(59〜60頁)


 時系列において、その物としての資料が持つ価値と共に、説得力を持つものです。複眼的な論証を心がけていることはわかります。ただし、「陣中日記」などの資料吟味とその詳細がもっと語られていれば、さらに読者の理解が深まったと思われます。元兵士の日記が、著者自身が見つけた資料ではないところに、紹介者の立場に身を置いての解釈であるところに、迫力を欠くものとなっています。もちろん、紙幅の関係もあり、それらは実際に博捜して探し出された方の発言と、見せてもらった資料が語るところに譲らざるを得なかったという限界はわかりますが。
 こうした戦場での一次資料となる筆記資料や写真や証言の組み合わせは、事実を明らかにする上で効果的です。ただし、学問的な手続きによる資料と書かれている内容の検証がなされているかと言えば、私の読解力では論理的な構成などに、まだ反論の余地を残しているようにも思われます。私自身がこの資料を実見していないので、この点に言及できません。書かれていることを信じると、という条件下での判断です。問題が問題だけに、常に資料や証言の読み解きに多視点的な判断をしてしまいます。
 それにしても、虐殺はなかった、という立場からの実証的な反論を聞きたくなります。まだよくは調べていないものの、目にしたらそれをまずは読みたいと思っています。少なくとも、虐殺者は30万人だった等等、人数を云々するやりとりは不毛に終わるので、やはり虐殺はあったのかなかったのか、もしあったとすればどのような状況で、どのような方法で、そしてそれはどのようにして処理されたのかを明らかにすべきだと思います。虐殺はなかったという立場からは、残された資料や証言や写真を一刀両断のもとに切り捨てるのではなくて、その存在が意味することも丁寧に解明して反論とすべきでしょう。
 第5章の「旅順へ」は、重い問題提起となっています。この章により、本書の性格と著者の物の見方や考え方への印象が違ってきました。まだまだ、この問題は追求すべきことが残っています。そして、戦争とは何かというテーマに性急に結論を出そうとするのではなくて、もっと事実を固めていくことの大切さを読み取りました。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■読書雑記

2018年06月13日

第10回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 来週早々の6月18日(月)午後2時から4時まで、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で10回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。この日は月曜日です。いつもと曜日が異なりますので、お気をつけください。
 テキストは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)です。

 本日13日(水)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、呼びかけの記事が掲載されましたので、あらためてこのブログでも紹介します。

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 今回は、8丁表6行目行頭の「の【夜】能」から読みます。
 前回の内容は、「[町家 de 源氏](第9回)(【画像変更】糸罫が動いた結果)」(2018年05月26日)をご覧ください。

 700年前に書写された『源氏物語』を、変体仮名に注目して読み進めることに興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 参加費は、初回だけは体験ということで千円です。2回目以降は二千円です。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員は割り引き特典があります。
 
 
 
posted by genjiito at 09:00| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年06月12日

科研(A)の第11回公開研究会の開催案内

 昨年度から取り組んでいる科研(「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912))の研究会を、以下の内容で開催します。
 公開の研究会としていますので、興味と関心をお持ちの方の参加をお待ちしています。
 なお、資料の準備がありますので、まだお知らせをいただいていない方は、前日6月16日(土)午後6時までに参加希望の連絡を、本ブログのコメント欄を通してお知らせください。

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■2018年度 伊藤科研(A)研究会■


日時:2018年6月17日(日)14:00〜18:00
場所:大阪観光大学
   明浄1号館4階141セミナー室

第11回「海外における平安文学」


・挨拶(伊藤鉄也)14:00~14:05

・自己紹介14:05~14:20

・報告「2017年度の活動報告と2018年度の活動予定」
(大山佳美)14:20~14:30

・報告「インド・ミャンマーの調査研究に同行して」
(松口果歩・松口莉歩)14:30~14:50

・研究発表「『更級日記』をハンガリー語に翻訳して」
(フィットレル・アーロン)14:50~15:25

・休憩(20分)

・研究発表「文化伝達の視点から見る『源氏物語』の中国語訳
 −豊子恺、林文月、葉渭渠の訳を例として−」(庄婕淳)15:45~16:20

・研究発表「ビルマ語訳『源氏物語』を日本語に訳し戻して」
(エー・タンダー・ナイン)16:20~16:40

・休憩(20分)

・共同討議「翻訳者とともにビルマ語訳『源氏物語』を考える」17:00~17:45
 司会進行 伊藤鉄也
 ディスカッサント ケィン・キン・インジィン
          森銑一

・連絡事項

・懇親会18:00~20:00

【参加予定者15名+2名/敬称略】
 伊藤 鉄也(大阪観光大学)
 谷口 裕久(大阪観光大学)
 佐久間 留理子(大阪観光大学)
 モハンマド・モインウッディン(大阪大学)
 庄 婕淳(恵州大学)
 フィットレル・アーロン(大阪大学日本文化教育センター
 ケィン・キン・インジィン(翻訳家、詩人)
 森 銑一(『源氏物語』愛好家)
 大山 佳美(プロジェクト研究員) 
 池野 陽香(大阪観光大学、観光学部2年)
 門 宗一郎(大阪観光大学、国際交流学部2年)
 田中 良(大阪観光大学、観光学部2年)
 松口 果歩(大阪観光大学、観光学部2年)
 松口 莉歩(大阪観光大学、観光学部2年)
 エー・タンダー・ナイン(大阪観光大学、科研運用補助員、観光学部2年)
ーーーーーーーーーーーーーーー
※懇親会会場は日根野駅周辺を予定しています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ■古典文学

2018年06月11日

京大病院の検査で血糖値は高止まり

 颱風が近づいていることもあり、朝からどんよりした天気です。そんな中を、京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科で、2ヶ月ごとの検査と診察を受けて来ました。
 結果は前回と同じで、ヘモグロビン A1cの値は「7.7」。よくありません。飲み薬による血糖管理の限界値です。
 前回のことは、「海外調査帰りの血糖値が急上昇」(2018年04月09日)に詳しく書いた通りです。
 以来、晩ご飯ではお米は食べないようにして、おかずなどでカロリーや糖質を調整してもらっていました。しかし、その食事方法は、あまり血糖値の管理には効果がなかったようです。
 私は少量の食事を、一日に5、6回に分けて摂っています。消化管を持たない私には、一度にお腹に入らないので仕方のないことです。それでいて、体力を維持するために、一日のエネルギーは確保しなくてはなりません。
 今、体重が48キロです。50キロが当面の目標でした。しかし、なかなかその目標に到達しません。今日は先生から、目標を50キロにするのではなくて、48キロよりも下がらないようにしましょう、との方針が示されました。確かに、その方が気持ちが楽になります。
 そうしたことを踏まえて、今日の主治医からの提案は、間食にゼリー状で販売されているプロテインやビタミンの栄養補給食品を取り入れてみては、というものでした。これまでにも、ゼリー状の清涼飲料などを電車の中で口にしていました。それを、もっと意識して毎日の食事の中に組み込む、ということです。
 とにかく、私は多くの臓器が欠損しているので、自分の身体にあった食事方法を手探りで試すしかありません。主治医も、根気強く付き合ってくださるので助かります。妻も、いろいろな食事へのチャレンジを、具体的に実現してくれています。自家製の甘酒に、抹茶味のプロテインの粉末を混ぜて飲んだりもしています。生き続けるためのさまざまな実験に、手を変え品を替えして協力してくれているのですから、本当に有り難いことです。
 血糖値をコントロールするために、「トラゼンタ」という糖尿病薬と消化剤や逆流生食道炎を防ぐ薬などを組み合わせて飲んでいました。その効果が、このところあまり出ていないということで、今日からは「メトグルコ」という血糖を下げる薬が追加されました。6種類の薬を飲む生活となります。これで、またしばらく様子を見ます。
 身体にいろいろと不具合があっても、血糖値以外には大きな問題はなく、仕事や趣味に生き甲斐をもって取り組んでいる日々なので、このまま様子をみましょうということになりました。食欲がなくなったり倦怠感が出だしたら危険信号、ということのようです。
 ということで、何かと身体に問題を抱えながらも、これまで通りに生活を続けます。この身体で生きているのが不思議だ、と言われるのですから、何も怖いものはありません。
 そんなこんなで、身の回りのことでは、いろいろな方にご迷惑をおかけしていることかと思います。
 みなさまとは日々の行動パターンが違うことでしょう。しかし、これからも変わらずにお付き合いのほどを、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | *健康雑記

2018年06月10日

第4回「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」のご案内

 最新情報が届きましたので、さらに広く行き渡るようにお知らせします。

 「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」で今回から代表をなさる兵藤美奈子さんと、それを支えておられる野々村好三さんから、
クチナシの香りが漂う季節となりました。
皆さんお元気でお過ごしでしょうか。

という前書きと共に、以下の内容の開催に関する連絡をいただきました。
 また、「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」の事務局長である関場理華さんからも、メーリングリストを通して会員のみなさまへの告知がなされました。

 この「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」は、「点字の百人一首を楽しめる場を大阪で作りたい!」という思いから、日本点字制定記念日の直後の2017年11月4日に、第1回が開催されました。
 第2回は本年1月、第3回は3月に行なわれました。
 そして東京の「百星の会」との合同企画「東西でかるたを楽しむ会」が、5月4日にありました。この時のことは、「大阪で開催された「東西でかるたを楽しむ会」に参加」(2018年05月04日)で報告した通りです。

 今回も、
坊主捲りや4人一首、文字通り100枚使っての百人一首で盛り上がっています!
点字の付いたカルタ(百人一首)のお持ち込みも大歓迎です。
ご持参いただける方は、お申し込み時にお知らせください。
「点字は苦手」という方もお子さんも、一緒に楽しめる場にしたいと思います。
皆様のご参加をお待ちしております。

とある通り、大阪での「点字付きかるた」を使った『百人一首』も、着実に歩んでいます。

 こうした取り組みがあることを、お知り合いの方々にお伝えいただけると幸いです。

 なお、当日私は、東京の日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座があるために、残念ながら参加できません。
 次回を楽しみにして、盛会をお祈りしています。
 
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■日時:2018年7月7日(土)14時30分〜17時
■場所:日本ライトハウス情報文化センター 4階 会議室3
 (大阪市西区江戸堀1-13-2 電話 06-6441-0015)
■交通:大阪市営地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」北改札から2番出口を出てすぐ左。
 もしくは地下鉄御堂筋線・京阪本線「淀屋橋駅」4番出口から西へ400m
 (肥後橋交差点の南西角)
■参加費:大人―500円 高校生以下―無料
■定員:先着20名(定員になり次第締め切ります)
■申込:事前に、下記へメールでお願いします。
 putti-castle205@key.ocn.ne.jp
 (楽しむ会代表・兵藤美奈子)

※いただいたメールにすぐにご返信できない場合もありますが、ご容赦ください。

<参考1>
坊主捲りには、「点字付き お坊さんめくり」(発売元:京都ライトハウス)を使用しています。
札を横長に置いた時の左上の角が丸くカットされ、上下に札の記号があります。
札は、姫は「メメ」(姫のメ)、坊主は「こた」(お坊さんの頭?)、殿は1本線のほか、皇族を表す台座も点字で表されていて、手で触って区別しやすくなっています。

<参考2>
2016年公開映画『ちはやふる』[上の句][下の句]は、シネマデイジーでお楽しみいただけます。
手に汗握る、競技かるたの世界をご堪能ください。

 
 
 
posted by genjiito at 20:15| Comment(0) | ■視覚障害

2018年06月09日

京洛逍遥(494)平群でお茶の後は下鴨神社の「蛍火の茶会」へ

 今朝は少し肌寒く、ストーブをつけました。天気もいいので、賀茂川を散策。
 中洲の草が川幅を覆うほどになっています。

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 鴨が土手に上がって賑やかに戯れ合っています。

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 お茶のお稽古で、大和平群へ行きました。
 平群では、田植えが終わった田圃で、鴨がお掃除をしていました。

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 今日のお稽古も濃茶です。
 また手つきが、少しつながって来たことを実感します。身体が覚えるためにも、とにかくお稽古の回数です。
 今日は、何度か背中が曲がっていることを注意されました。お点前に集中すると、すぐに身体が老人くさくなります。
 茶入れの仕覆で、打留、つがり、緒、わさなどの扱い方も、少しずつわかってきています。
 牛歩のお稽古でも、続けることでそれなりの姿形になることでしょう。

 いつもより少し早めに先生のお宅を辞し、電車を乗り継いで下鴨神社に向かいました。
 今日は、「蛍火のお茶会」があるのです。
 我が家の地域は氏子となっていて、糺ノ森を守る会の会員でもあるので、案内があって優先的に参会できるのです。

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 境内には、名の知れたお店が並んでいました。日頃はなかなか手に入らない、ふたばの「豆餅」、花折の「鯖寿司」、下鴨茶寮の「粉しょうゆ」、老松の「流鏑馬」と「北野の梅」をいただきました。

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 楼門の下で、箏、尺八、三味線などの楽の音を聞きながらのお蕎麦は、なかなかいいものでした。

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 境内には何箇所かに蛍が入った虫籠がありました。

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 お茶席は超満員でした。待ち時間は1時間です。

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 糺ノ森は風が心地よいので、毛氈の椅子に座り、このご近所にお住まいだという方とお話しをしていました。以前は、この下鴨神社のあたりでも蛍が多く飛び違っていたそうです。今は、大切に育てて放っておられるのです。

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 上の写真右の橋殿が立礼で、左奥の細殿が畳席でした。ゆっくりいただきたかったので、細殿に入りました。いずれも重要文化財の建物です。

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 七條甘春堂の蛍をイメージしたお菓子をいただきました。

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 お点前は、裏千家で盆略手前です。

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 「ホタル観賞」は、御手洗池から直会殿に入って、糺ノ森の中の奈良の小川沿いを散策しながら楽しみました。
 水辺に無数のホタルが小さな灯を点していました。蛍を見るのは久しぶりです。

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 帰りに楼門を通りかかると、来た時の数倍の人が来ていました。夜9時までなので、さらに賑わうことでしょう。

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 境内では、演奏会、舞踊、舞楽と、まだまだ夜遅くまで続くようです。

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posted by genjiito at 23:35| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月08日

12年目に入った本ブログのリンク先を整理する

 私が個人的な日録・日記として公開している本ブログ「鷺水庵より」は、今月で12年目に入っています。
 毎日書くようになってからは、11年6ヶ月が経ちました。京都に移り住んでからこれまでに書いた記事は、4,100本になりました。あと3年、トータルで5,000本は書きたいと思っています。それまで、気力と体力が続けばの話ですが。

 これまでに何度かサーバーがクラッシュしたり、サイトが閉鎖されたり、転売されたりしたため、私のブログもいろいろとアドレスも名称も移転を繰り返しています。折を見て、消え去った膨大な記事を復元しています。しかし、とても追いつきません。前を見て歩いていくことを心掛けています。

 私が初めてホームページ〈源氏物語電子資料館〉を開始したのは、1995年9月でした。
 その後、2004年12月にブログとして〈たたみこも平群の里から〉を、ホームページと併行して書き始めました。
 そのコラムのような日録は、その後は〈へぐり通信〉〈へぐりの里から〉〈続へぐりの里から〉〈新へぐりの里から〉と名前を変えながらも、大和平群からの情報発信は続けていました。これが、ズタズタのため、思うように復元できていません。

 京都に転居して間もなくの2007年6月からは、〈賀茂街道から〉〈賀茂街道から2〉と中断を挟んで再開しました。還暦を機に〈鷺水亭より〉に名称の変更をしてから、内容は引き続き現在の「鷺水庵より」につながっています。
 ということで、〈賀茂街道から〉に始まり「鷺水庵より」にバトンタッチして、今月で12年目となるのです。
 これまでに、サイトの不具合からアドレスが移り変わったために、リンクがズタズタになっています。本ブログの冒頭に「(記事内のリンク先は整理中です)」とか「「eoblog サービス終了」の時は題名で再度検索を願います。」などと表示しているのは、こうしたリンク切れで記事から記事へと飛べなくなった箇所が目立つからです。
 気がついた時に、リンクを補訂しています。しかし、焼け石に水です。ご寛恕を願うしかありません。

 今日は突然時間が空きました。天王寺にある高校に行ったところ、私が試験監督をすることになっていたのに、それがどうしたことかなくなっていたのです。
 連絡も何もなかったので、片道1時間50分をかけて行ったことが無駄足となりました。長い間にはいろいろとあるので、こんなこともあるさ、と気持ちを切り替えて、もと来た道を引き返しました。これしきでブツブツ言っていたら、ここまで生きてこられなかったことでしょう。とにかく、私には、どうしようもないトラブルがつきものなので。
 そんなこんなで、夕刻は日頃はなかなか出来ない、ブログのリンク切れの補訂をしました。
 近日中に、リンクを整理したリストを掲示できるようにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:23| Comment(0) | ◎情報社会

2018年06月07日

キャリアアップ講座(その3)『源氏物語』のくずし字を読む

 キャリアアップ講座で歴博本「鈴虫」を読んでいます。この社会人講座も3回目。受講者の皆さまのご意見を伺いながら、一緒に勉強する部屋を、今回も変更しました。これで3つ目の部屋です。どうやら、この部屋であれば、今後とも快適に勉強ができそうです。

 さて、今日は最初に、40頁分のプリントを製本したものを配布しました。これは、今後とも使う予定の資料をまとめたものです。

(1)「鈴虫」巻33本の写本の本文異同を整理したもの
(2)拙著『源氏物語の異本を読む−「鈴虫」の場合−』(臨川書店、2001年)から長文異同があることを論じた部分
(3)変体仮名を視覚障害者や日本語を勉強したい方に音声で説明するときの文案
(4)ユニコードに採択された変体仮名の説明文

などなどです。
 1冊ずつ製本機でバインドしたので、毎回持参してもらいやすくなっていると思います。製本のお手伝いをしてくださったみなさま、ありがとうございました。

 その配布資料の確認をした後、ユニコードに変体仮名が認定された話を詳しく語りました。マスコミなどがこのことを無視しているので、この話を小まめにするようにしています。日本語の基幹部分をなす仮名文字について、もっと国民として興味を持ち、わが事としてとらえてもいいはずです。言葉に鈍感になると、文化は次世代に継承されなくなります。このことは、今後とも機会を見つけては言い続けたいと思っています。同じ話を何度も聞かされる方には申し訳ないことです。ご理解をお願いします。

 写本を読むことに関しては、前回の続きである2丁表の1行目から読み出しました。
 快調に進んでいたところで、はたと立ち止まりました。テキストが次のようになっている箇所でした。

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 「ほうを」のところで、その右横に(判読)とあります。私の翻字方針については、このテキストの巻頭部分の凡例に書いています。この「(判読)」の項目を引きます。

(12) 書写されている文字が明瞭に読み取れなくても、文字の一部と文章の流れから類推して読める場合には、「(判読)」と明示して読み取ったものがある。
    (判読)
  例 ほうを
 ここで「う」(2オ3行目)は、単独では判然としない字形となっている。その前後の文脈から「う」と判断したものである。


 つまり、ここでの翻字で「(判読)」としたのは「う」に関することでした。
 ところが、今日の受講者からの質問は、その真上の文字についてでした。

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 ここは、「はうを」ではないか、ということです。配布した校訂本文では、「法を」とあり、そのルビは「はう」となっているのです。これを見て、私はすぐにここは「ほう」ではなくて「はう」が正しい翻字ですね、と応えました。
 ところが、家に帰ってから諸本を調べたところ、「はうを」と書いた写本は一本もありません。「ほうを」が32例、「方を」が2例ありました。つまり、ここでの翻字は、「ほうを」でいいようです。上の写真の文字を見ても、「ほ」でも「は」でもどちらとも読み取れる形をしています。そこで、私としての結論は、「ほうを」のままでいい、ということにしたいと思います。
 本日の講座に参加なさっていたみなさま、二転三転ですみません。

 また、「く」のように見える「て」の字母は、もう「弖」とすることを公言しました。今後は、この「弖」を使った翻字に変えていきます。
 「个」か「介」については、まだ「介」にすることには抵抗があります。保留です。

 こんな調子で、1頁半ほど読み進みました。
 終わってから参加なさっていた方が、目と頭がクラクラするほど疲れました、とおっしゃっていました。
 とにかく、頭の中がフル回転の講座の様相を呈してきているようです。
 これは、願ってもないことです。

 次回は6月21日です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■講座学習

2018年06月06日

読書雑記(229)白川紺子『下鴨アンティーク 雪花の約束』

 『下鴨アンティーク 雪花の約束』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2016年12月)を読みました。シリーズ第5作となります。

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 主人公である野々宮鹿乃が管理している着物に秘められた、秘密や謎を解く物語です。全編、少女好みというのでしょうか、穏やかな空気に包まれた話が続きます。若い読者は、その居心地のよさに惹かれるのでは、と思われます。
 
 
■「星の糸」
 奈良の三輪山伝説を背景にする物語です。ただし、伝説に深入りはしません。厚みが出るのに残念です。着物の柄が糸巻に鱗紋で、その糸が切れていたことから展開します。
 その合間合間に、鹿乃と慧のほのかな恋心が適度に配されています。これが薄味なので、読者に少女を意識した構成のようです。
 洛中の市内観光も、少しだけ楽しめます。
 もっとも、後半の話題がギリシャ神話になるところから、本作の話題とうまくつながりませんでした。これも残念。
 デザートとして出てきた、果実の入っていないゼリーのような作品です。食感だけが残る話でした。【2】
 
 
■「赤ずきんをさがして」
 京都の壬生での着物の話から、次に奈良の生駒へ。自分に関わりのある土地が出てくるので、つい読み入ってしまいます。話の舞台を知っているというのは、物語を読む上では大きなウェイトを占めます。
 慧の父と、御所北にある大学の構内で出会います。気まずい雰囲気が中途半端です。もっと語る言葉があれば、と思いました。
 全編、何気ない話の中で、温かな人間関係は伝わってきました。【3】
 
 
■「雪花の約束」
 内気な春野君。鹿乃に心惹かれながらも、ぎこちなく自分の想いを小出しにして関わろうとする気持ちがよくわかります。ちょっとした嘘をつくことも。作者の身近なところに、こんな人がいるからでしょうか。男の子の心理を読み解いています。それに対する鹿乃は、幼い頃から一緒に暮して来た慧が好きです。鹿乃の言葉と行ないは、あまりよくは描けていないように思いました。作者は、女心の分析よりも、男心をよく摑んでいるように思います。最後の、慧と父との場面がいいと思いました。
 雪の話に関連して、鈴木牧之の『北越雪譜』の話が詳しく紹介されます。この牧之の研究をしている、インドのハイデラバード英語外国語大学のタリクさんの顔が浮かびました。こんな作品に紹介されているよ、と。【3】
 
 
■「子犬と魔女のワルツ」
 無意識に紙面にプリントされた文字を追っていただけで、お話の内容はほとんど入ってきませんでした。なかなか得難い体験です。私に何があるのか。作者に何があったのか。無色透明な読後感だけが残りました。【0】
 
 
 
posted by genjiito at 20:09| Comment(0) | ■読書雑記

2018年06月05日

清張全集復読(17)「張込み」

■「張込」
 「過去が牙をならして立ち現れて女を追い詰めるのだ。」(509頁)という表現が気に入りました。
 九州の一角で平穏な日々を送る家庭を、向かいの旅館から張り込む一人の刑事。後妻の動きを丹念に追います。逃亡した犯人からの連絡があるはずだと。しかし、別れて3年。人妻になった女に男は未練があるのか、と刑事は逡巡するのでした。
 のどかな日常生活の情景から、突然鄙びた山の中の温泉地に移り、緊迫感が増して行きます。
 うまい筆の運びです。そして、心憎い結末です。まさに、清張の等身大の作品です。【5】

 なお、監督:野村芳太郎、脚本:橋本忍のコンビで映画化(1958年1月公開)されたものは、私も何度も見ました。横川さだ子役は高峰秀子でした。ドラマは、これまでに12回も製作されています。それぞれのさだ子役を添えておきます。
1959年版(山岡久乃)/1960年版(山岡久乃)/1962年版(福田公子)/1963年版(高倉みゆき)/1966年版(中村玉緒)/1970年版(八千草薫)/1976年版(林美智子)/1978年版(吉永小百合)/1991年版(大竹しのぶ)/1996年版(国生さゆり)/2002年版(鶴田真由)/2011年版(若村麻由美)

 
初出誌:『小説新潮』(昭和55年12月)
 
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」によると、次のようにその背景を詳しく語っています。今一般的にイメージされている松本清張の始発点となる作品だと言えるでしょう。
 二十九年夏、ようやく練馬区関町一丁目に借家を見つけ、九州から一家を呼んで初めて家を持った。このときに書いたのが「張込み」である。私は推理小説は以前から好きだったが、いわゆるトリック本位の絵空ごとの多い小説に慊らないものがあり、ここに倒叙的な手法でそれらしいものを書いた。もっとも、これを書いたときはこれが推理小説だとは考えていなかったが、今ではこの作品が私の推理小説への出発点だとされているようである。張込みの刑事の眼から見た一人の女の境涯というものが、私の意図だった。題材は銀座の雑貨商殺しの新聞記事だが、純然たる小説である。後に橋本忍氏が脚本を書いてくれて映画で評判になった。(529頁)。

 
 
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | □清張復読

2018年06月04日

オイオイ!!と思うこと(6)街中で気になったこと

(1)ベビーカーを折りたたんだ状態で持ち歩く人がいます。子どもは片腕で抱えるか、カンガルーのような袋に入れた状態です。街中でも、バスや電車の中でも。腰のあたりに車輪が位置し、靴の裏のように汚れた車輪が、私の服を汚しています。

(2)エスカレータのステップに足を掛けた瞬間、後ろの方が私の後ろ足を踏まれたので、靴が脱げました。何か一言あってもいいのに、真後ろで素知らぬ振り。私が不安定な状態で靴を履き直すのを、チラリと見てプイッでした。

(3)近所で垂直の壁のタイルが舗道に落ちていました。数日後、壁面にシートが張られ、パイプで櫓が組まれ、補修工事が始まったのです。最近は老朽化した建物が多くなったこともあり、舗道でも上を見ながら、歩く場所を考える必要があるようです。

(4)バスの停留所でのことです。自転車の通行区分を示す色分けのラインが、バス停のスペースとかぶさっている場所があります。待っていると、そのエリアに自転車が突っ込んで来ます。椅子がないバス停では、自転車の方もそこがバス停だとわからないのか、気をつけろと睨んで走り去っていかれました。

(5)旅行でお出での方で、よく二三人が道幅いっぱいに広がって歩いておられます。しかも、大きなスーツケースを引っぱりながら。河原町通りなどでは旅人の前に出ることも出来ず、前から来る方も戸惑いながらのお見合いです。話に夢中に加えて、スマホを見つめながらの蛇行なので、余程語学に自信がないと声もかけられません。
 
 
 
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | *身辺雑記

2018年06月03日

京洛逍遥(493)初夏の散策で見かけた河原の風景

 そろそろ梅雨の季節に入るようです。
 先週、我が家のささやかな庭で二葉葵に囲まれているお地蔵さんに、ツワブキの葉が射し掛かっていました。折しも雨の日だったので、ふとした自然の心憎い遊び心に感心しました。

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 賀茂川に出たら、いつもは見かけない動物がいました。葵橋でよく見かけるヌートリアではなさそうです。今度みかけたら、しっかりと確認しておきます。

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 そんなことにはお構いなく、鴨はのんびりと泳いでいます。

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 ツメクサが絨毯となっている河原から、如意ケ嶽の大文字を見ました。8月の送り火が、今年も楽しみです。

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 夕陽が西山に落ちる頃の山際は目を細めて見るといいものです。

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 北山から東山にかけては、その夕陽が雲に映っています。

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 初夏の河原は、夏の暑さに向かう準備をしているようです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年06月02日

初夏の平群でお茶のお稽古

 先月下旬から、ノドの調子が良くありません。
 お医者さんの見立てでは、中国から飛んで来ている黄砂によるアレルギー反応ではないかと。確かに、比叡山が霞んでいる日がよくあります。
 ノドの痛みと水鼻は、今も続いています。身体に気だるさが残っているものの、熱が出ていないのが幸いです。お茶のお稽古も、先月は2回続けてお休みしました。

 ということで、久しぶりの奈良行きです。
 駅前の地図は、そのまま観光地図です。

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 龍田川の緑も深くなりました。乾いた風が、心地よく吹いています。

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 今日も、濃茶のお稽古です。
 お稽古に1ヶ月も間が空いたのは、本当に久しぶりです。昨春、東京から京都に完全に移り住んでからは初めてだと思います。

 片道2時間弱の電車の中で、画像を見ながらお点前の流れを確認して行きました。私の前の方のお手前を、いつもよりも(?)真剣に見つめてイメージトレーニングをしました。
 至る所で戸惑いながらも、なんとか一通り終わりました。先生からは、よく覚えていました、とお褒めの言葉(?)をいただきました。めったにないことです。一と月空くと、だいたいしどろもどろです。それが、今日はそれなりに、身体や手が動こうとしていたということでしょうか。

 お稽古中は頭の中がフル回転だったので、終わると関節が緩んでいくのを実感できました。また、今日はお腹に力を入れて上体を起こすことを意識したせいか、姿勢はいつものように前屈みのお爺さん状態ではなかったと思います。

 今日のお茶菓子は、秋田、岡山、堺と、贅沢なものでした。抹茶は、いつもと違うものだったそうです。味は、と聞かれても、その違いがまだよくわかりません。ノドが痛かった関係か、ハッカのようなスーッとした爽やかさを感じました。
 いただくお茶の香りや味の違いがわかるようになると、また別のおもしろさがあることでしょう。
 頭の体操と五感の鍛錬に加えて、礼儀作法も少しずつ身についていくことを実感しています。500年も受け継がれて来た文化が、こうして私に注ぎ込まれようとしています。この一芸と気長に付き合い、少しずつ身体に染み込ませたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:54| Comment(0) | *美味礼賛

2018年06月01日

読書雑記(228)松 樟太郎『究極の文字を求めて』

 『究極の文字を求めて』(松 樟太郎、ミシマ社、2018年6月3日)を読みました。

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 著者は、中学2年生の時から文字を作ることに興味を持っていたそうです。それが嵩じて、この本をまとめるに至ったとか。

「すべての文字を自分オリジナルなものにして、自分だけの究極の文字体系をつくってやろう」と思い立ち、ひたすらその作業に没頭したのです。(1頁)


 そういえば私も、小学3年生の時、少年探偵団ごっこをしていて、友だちといろいろな暗号や秘密の文字を作りました。みんなそうだったのだ、と微笑ましく思いながら読み進めました。

 この筆者がいいのは、以来20年経っても、いまだにその夢を追いかけていることです。筆者は、次のように言います。

 つまり、文字は「変化」あるいは「進化」していく。実際、私の自分文字ですら、進化していったのです。
 だからこのバカな試みを公開することで、人類における文字の変遷を知るための貴重な資料となる。なるかもしれない。なったらいいな。なると思うのは勝手だろ―。そんな強い願いを込めて、ここに今「究極文字プロジェクト」をスタートさせようと考えた次第です。
 今まで私が見た、知った、学んだ文字を紹介しつつ、その「いいところ」を抽出し、組み合わせて「究極の文字」を作っていきたいと思います。我ながら書いていて「本当にできるのか?」と思いますが、まぁそのへんは騙し騙しやっていきたいと思います。(3頁)


 さて、さまざまな文字の話が、おもしろおかしく展開します。そこで引かれる文字の形を見ながら、筆記体と印刷体の違いはないのだろうか、また、フォントという字体間に違いはないのだろうか、と思いました。

 さまざまな言語における文字の形にこだわり、自らボケとツッコミを入れながら軽妙洒脱に語り続けていきます。そして、世界中のおもしろおかしい文字にまつわる話が展開します。飽きません。時々言葉遣いが低俗に響くことは無視しましょう。

 文字が書かれた媒体について、興味深い言及があります。ヤシの葉に文字を書いたという話です。

 本当かウソかわかりませんが、スリランカで聞いた話によれば、もともとシンハラ語はヤシの葉に書かれていたそうです。いかにも南国らしい話ですが、このヤシの葉は繊維の関係で、まっすぐ線を引くと葉が切れてしまう。だから自然と丸みを帯びていった、とのことなのです。
 なるほどシンハラ文字は、葉っぱの上にも書けるというフレキシビリティを持った文字だったのです。(17頁)


ミャンマー文字はその声調をしっかりと表すことができるが、その声調を示す文字がまた丸かったりして、全体の丸々しさをさらに増している。ちなみにシンハラ文字と同じく、丸くなった要因は「ヤシの葉に書かれていたから」らしい。(104頁)


 この植物に文字を刻むということについては、ミャンマーのネーピードーにある国立図書館で見た、パームリーフと糸罫の話「経典を書写する前に使う横長の木枠と「糸罫」のこと」(2018年03月11日)で報告しています。

 ミャンマーの文字は、一部好事家の間では「視力検査文字」と呼ばれているそうです。確かに、ミャンマーに行った時に、私もそのように見えました。その文字が並んでいる文字列は、みたらし団子だと思ったらいいでしょう。

 タミル文字の中に日本語の平仮名の「あ」とそっりくな文字が紹介されています(160頁)。次の写真の左側の文字です。ただし、これは「イ」と読む文字だそうです。

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 上の写真の右側の文字は、著者が「究極の文字」として最後にあげるものです(182頁)。
 おもしろおかしい話を堪能していたのに、突然これはないと思いました。
 楽しく読んで来て、最後の「ひらがな」と「漢字」の項目で急激な失速感が伝わって来ました。さらに、最後の「おわりに」で、ガックリ。それまで快調に、軽快に走って来た自転車が、もうすぐ家の前だといところで突然、変速歯車からチェーンが外れて空回りしだした感触が脚に来ました。そのため、本書の評価は【2】。ただし、最後の13頁分はなかったことにすると【4】。

 さまざまな文字が、次から次へと出てくるので、参考までに目次を掲出します。
 それぞれの文字の形を確認する時に、役立つかと思います。

第1章 中二病的とんがり文字vs女子高生的丸文字
  ・世界一危険な文字/チベット文字 8
  ・ナイフみたいに尖っては/ベンガル文字 12
  ・網から転げ落ちる文字/シンハラ文字 16
  ・丸から始まり丸に終わる/タイ文字その1 19
  ・「あいつ、四角くなっちまったよな」
    /パスパ文字・モンゴル文字 22
第2章 どこで切るか、それが問題だ
  ・インド棒/デーヴァナーガリー文字 28
  ・さらばインド棒/グジャラーティー文字 32
  ・かわいいから許す/オリヤー文字 35
  ・チェック済み/テルグ文字 38
  ・文字は踊る/クメール文字 42
第3章 古代の文字はロマンの香り
  ・コケコッコー/ヘブライ文字 46
  ・モアイを出せモアイを/ロンゴロンゴ文字 49
  ・横顔に恋をして/マヤ文字その1 52
  ・自由にもほどがある/マヤ文字その2 56
  ・孤高の原始(風)文字/ティフィナグ文字 60
第4章 母音をどう表すか問題
  ・嫁なのか、闇なのか/アラビア文字 64
  ・文字は転がる/カナダ先住民文字 67
  ・豚の鼻と火星人/ゲェズ文字 71
  ・細川たかしを表記できるか?/ギリシャ文字 76
  ・怪音波を発しがち/突蕨文字 79
第5章 そんなルール、ありですか…?
  ・ダイイングメッセージ/オガム文字 84
  ・そこを取るんだ!?/ターナ文字 88
  ・省略はきちんと示そう/タイ文字その2 91
  ・笑う牛/ブストロフェドン 94
  ・赤面するほどに流麗な/ジャワ文字 97
第6章 何かに似ている
  ・視力検査/ミャンマー文字 l02
  ・リーゼントブルース/シリア文字 105
  ・雨水をムダなく溜める/アルメニア文字 108
  ・UFOキャッチャー/グルムキー文字 112
  ・蚊取り線香を吊るそう/ソヨンボ文字 116
第7章 文字で遊べ!
  ・カンバンが読めません/ルーン文字 122
  ・振り向けばそこに牛/ヒエログリフ 126
  ・思いのままにピックアップ/チェロキー文字 130
  ・偽古代文字を作ろう/ハイリア文字 134
第8章 オリンピックとか、国旗とか
  ・滑る文字/グルジア文字 140
  ・幻の文字を探せ!/ロシア文字 143
  ・ゴマ粒ほどの違い/キリル文字(ウクライナ語) 147
  ・文字じゃないよ、○○だよ/ハングル 150
  ・世界はもっと文字を使うべき/国旗 153
第9章 身のまわりの文字たちの起源
  ・文字兄弟/タミル文字 158
  ・世界征服を企む文字/ラテン文字 162
  ・これも文字と言えば文字/数字 167
  ・かな導入のご提案/ひらがな 170
  ・トリ情報の流出/漢字 178
おわりに 181

 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■読書雑記