2018年02月10日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-第9回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で、古写本『源氏物語』の変体仮名を読む講座を続けています。

 上京する時、富士山の山頂をドーナッツが包み隠すような奇妙な雲のかたまりが、車窓から見えました。後でニュースを見ると、「つるし雲」というものだそうです。

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 日比谷公園に内幸町そばの入口から入ると、日比谷公会堂の横に雪がまだ残っていました。

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 今日の講座では、立教大学大学院で勉強しているOさんが、ゲストとして参加しました。Oさんは全盲です。しかし、彼女は写本の変体仮名が触読できるのです。墨の濃淡も、原本ならわかるようです。
 以前、一度だけこの講座に参加してもらったので、受講生の半数の方はOさんのことをご存知です。Oさんは、5月から始まる私の講座に参加することになりました。触常者と見常者が、お互いに刺激し合いながら写本を読んで行くことになります。新しいコラボレーションが生まれる、楽しいニュースです。

 いつものように京都新聞の記事などを使って、世間話として古典文学の世界の背景をお話ししました。昨日のブログで扱った、「おもてなし」と「観光」と「文化」についても。

 今日は、写本の28丁裏から29丁裏まで、3頁分も進みました。
 光源氏に僧都が琴を勧める場面を読むので、その源氏絵をまず確認しました。秋山光和先生が昭和52年に発見された、国宝源氏絵巻の「若紫」巻断簡をスクリーンに映しました。また、国文学研究資料館在職時代に作成した展示図録の『千年のかがやき』を、毎回みなさんの机上に置いて勉強を進めているので、天理大学付属天理図書館の源氏絵(重美)も確認しました。さらには、この後で物語の本文の違いを確認する時に出てくる、国立歴史民俗博物館蔵の中山本についても、この図録で確認しました。

 本文の異同については、こんな例を取り上げました。たくさん指摘した内から、2例だけ紹介します。17種類の本文を校合しています。

(1)
あしきものをと[橋=中]・・・・052308
 たへかたきものをと[大国]
 たえかたきものをと[尾陽伏高]
 たへかたき物をと[麦池日保]
 たへかたき物をと/物〈改頁〉[御]
 たえかたき物をと[肖穂天]
 ナシ[阿]
のたまへと[橋=尾高天]・・・・052309
 の給て[中]
 の給へと[陽]
 きこえ給へと[大御国日穂保伏]
 聞え給へと[麦肖]
 きこえ給へと/は〈削〉と[池]
 ナシ[阿]


(2)
その[橋=尾阿陽肖高天]・・・・052382
 其[中]
 ナシ[大麦池御国日穂保伏]
ゝちは(のちは)[橋=尾陽高天]・・052383
 後は[中肖]
 ゝち(のち)[阿]
 ナシ[大麦池御国日穂保伏]
え[橋]・・・・052384
 ゑ[尾中陽高天]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かき[橋=尾中陽高天]・・・・052385
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ひな[橋]・・・・052386
 ひゝな[尾池国肖日高天]
 ひいな[大中麦阿陽御穂保伏]
つくり[橋=尾中陽高天]・・・・052387
 あそひにもゑかい[大池御国日穂]
 遊にもゑかい[麦阿]
 あそひにもゑかひ[肖保伏]
給にも[橋=中麦阿陽池国伏天]・・052388
 たまふにも[尾御穂高]
 給ふにも[大肖日]
 たまふにも/ま〈改頁〉[保]


 ここでは、次の3点を強調しました。

@『源氏物語』の本文は3つではなくて2つに分別できること

A橋本本と中山本は大島本などのグループとは異なり、互いによく似た興味深い本文を伝えていること

B橋本本は中山本と共に、河内本グループに括られる本文を持つ傾向が強いこと


 こうした例は、古文に親しんでいる、いないに関わらず、明らかに違う2つの本文が伝わっていることがわかってもらえるものです。

 『源氏物語』を大島本だけで読むのは、江戸時代に良しとされた本文だけで物語を楽しむことに留まります。それに加えて、こうした鎌倉時代に書き写された本文を読むことで、『源氏物語』を読む楽しさやおもしろさが倍加すると思います。大島本という一つの写本だけで作品を禁欲的に読むのではなくて、複眼的に、多視点からさまざまな『源氏物語』を読む読書もあっていいと思います。

 どちらが平安時代に語られ、書写された物語だと思うかは、その人の自由です。大島本にがんじがらめにされた、池田亀鑑を始発とする『源氏物語』の読み方からは、もう解放されてもいいのではないでしょうか。
 私の場合は、自分を研究者という立場から解放した今、このようなことを強く思うようになりました。その実践が、この日比谷図書文化館を舞台として繰り広げている、古写本『源氏物語』を変体仮名だけに着目して読む講座です。

 『源氏物語』の本文を研究する方がほとんどおられないのが現状なので、こうしたことはいつかどなたかが証明してくださることを待つしかありません。私の拙い私見に対する批判は、まだ正面からは何もありません。そのためにも、諸本を翻字したデータを一日も早く公開しなければなりません。上にあげた17種類の本文も、『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井・伊藤・小林編、桜楓社・おうふう)と『源氏物語別本集成 続 全15巻』(7巻まで刊行、伊井・伊藤・小林編、おうふう)で活字として公開しているだけで、詳細なデータは私の手元にあるだけです。手元に資料や情報がなければ、批判をしようにも、賛同しようにも、議論をする土俵を同じくすることができません。私の私見に対する批評がないのは、いたしかたのないところだと言えます。

 遅々として進まない翻字作業に喝を入れなければならないほどに、追い込まれています。私は、研究から遠ざかりつつも、資料整理と情報の提供と公開は続けていきます。お手伝いをしてくださる方と共に、一作業従事者として、より一層の頑張りを課しているところです。

 なお、今回読み進んだ箇所で、29丁裏1行目の「事」は、漢字で表記されているので「【事】」とすべきところでした。取り急ぎ、報告します。

 講座が終わってからは、いつものように有志の方々10名と、有楽町駅前に場所を移します。Oさんも参加です。今日も、『源氏物語』をめぐるさまざまな話で盛り上がりました。

 次回は、3月24日。
 熱心な方々がお集まりの講座なので、私も楽しみにして日比谷図書文化館に毎月通っています。

 京都駅に着いたのは22時半。今日の京都タワーはピンク色です。

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 駅前のバス乗り場は、足元の整列を勧めるラインを無視した、海外からの旅行者の一団で占拠されていました。

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 昨日も書いたように、観光旅行者との共存について早急に議論を深めないと、街づくりがギクシャクしてしまいます。この大きな荷物が、さらに倍加してバスの出入り口をふさぐのですから、乗客が乗り降りするのも大変です。なかなか乗り込めないし、降りられないのです。市内の移動だけで、ぐったりと疲れます。叡知を寄せ集める時です。
 
 
 
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | ◎NPO活動