2018年01月31日

第3回「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」のご案内

 昨冬からスタートした「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」の第3回が、以下の通り開催されます。
 今回も私は、ちょうどインドへの海外出張中のために、残念ながら参加できません。
 興味と関心をお持ちの方は、事前に兵藤さんにメールでお尋ねください。

 厳しい寒さが続いておりますが、皆さんお元気でお過ごしでしょうか。
 「点字の百人一首を楽しめる場を大阪で作りたい!」という思いから、日本点字制定記念日の直後、昨年の11月4日に集りを持ったのが第1回目。
 第2回目の1月には、子どもさんから大人まで18名の方が参加してくださり、坊主捲りや4人一首、文字通り100枚使っての百人一首で盛り上がりました。

 春風そよぐ3月には、第3回「かるたを楽しむ会」を開催したいと思います。
 点字の付いたカルタ(百人一首)のお持ち込みも大歓迎です。
 ご持参いただける方は、お申し込み時にお知らせください。
 「点字は苦手」という方もお子さんも、一緒に楽しめる場にしたいと思います。
 そして、もしよろしければお好きな一首を考えておいていただけると嬉しいです。
 皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2018年3月3日(土)14時30分〜17時
場所  日本ライトハウス情報文化センター 4階 会議室3
(大阪市西区江戸堀1-13-2 電話  06-6441-0015)
交通:大阪市営地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」北改札から2番出口を出てすぐ左。
もしくは地下鉄御堂筋線・京阪本線「淀屋橋駅」4番出口から西へ400m
(肥後橋交差点の南西角)
参加費:大人―500円 高校生以下―無料
定員:先着20名(定員になり次第締め切ります)
申込:事前に、下記へメールでお願いします。
putti-castle205@key.ocn.ne.jp (兵藤美奈子)
※いただいたメールにすぐにご返信できない場合もありますが、ご容赦ください。
お問い合わせ先:野々村好三(電話090−3841−9107)

<参考1>
 坊主捲りには、「点字付き お坊さんめくり」(発売元:京都ライトハウス)
を使用しています。
 札を横長に置いた時の左上の角が丸くカットされ、上下に札の記号があります。
 札は、姫は「メメ」(姫のメ)、坊主は「こた」(お坊さんの頭?)、殿は1本線のほ
か、皇族を表す台座も点字で表されていて、手で触って区別しやすくなっています。

<参考2>
 3月17日公開『ちはやふる -結び-』がバリアフリー上映されます。
 2016年公開の[上の句][下の句]に続く、[結び]です。
 手に汗握る、競技かるたの世界をご堪能ください。
 音声ガイドは、公開初日からUDCast(ユーディーキャスト)アプリにて、全ての上映劇場でお楽しみいただけます。
 [上の句][下の句]はシネマデイジーでお楽しみください。

 
 
 
posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | ■視覚障害

2018年01月30日

パスワードを191個も持っていたこと

 年末から年始にかけて、日頃使っているパスワードの更新や変更をしていました。少しずつではあるものの、ほとんどのパスワードを変更しました。この一つ一つの変更はなかなか大変なことで、面倒な作業でした。

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 そしてわかったこと。

 私が使いこなしているパスワードは、メモなどを寄せ集めると、何と191個もありました。あらためて調べたことはなかったので、この多さに驚いています。実際には、無意識に入力しているものも含めると、もっとあるかと思われます。ざっと計算して、250個はあるのではないでしょうか。

 いろいろなウェブサイトにログインする時に、パスワードを定期的に更新するように促されます。怠っていると、しばらく更新がないという警告を受けることにもなります。しかし、これには、どうしたものかという戸惑いと共に、疑問も残ります。たくさんのパスワードを管理させられている身としては、そう簡単に変えては、自分自身が混乱の坩堝に嵌まります。自殺行為なのです。
 かといって、パスワードを管理するアプリを信用するほど平和ボケはしていません。20年以上も前にヨーロッパから日本の仲間に送ったメールを、あるサイトから取り出したことがあります。一度ネットに流した情報は、世界中で共有したも同然だと思っています。アップルのブラウザの機能に、パスワードを補完するものがあります。しかし、これも時々おかしな動きをします。

 この記事をお読みのみなさんは、定期的にパスワードを変更なさっているのでしょうか。
 私は1年毎に変えているつもりです。それでも、多くのパスワードを一つ一つ変えていくのは、なかなか気力と体力と労力が要るものです。歳と共に記憶力の減退を痛感する身としては、こうした更新が自分の首を絞めます。どうしてもログインできないサイトが、必ず後で見つかるのです。

 今、私が使っている情報文具は、MacBookPro・iPhone・iPadProが中心です。そして、これらはいずれも「指紋認証」が有効です。自分の身体の一部を使うので、記憶力に頼らない分、気分的にも楽です。
 私がまだ利用していないものとしては、掌や顔認証と虹彩認証があります。文化的にも、記憶に頼るシステムは原始的だと言えるかもしれません。人間は忘れるし、思い違いはあるし、勘違いも錯覚もあります。

 こうしたセキュリティがどうなっていくのか、今後の動向が気になります。

 私が死んだ後、プライバシーが詰まった個人所有の情報文具は、誰がどのようにして開くのか、または誰にも見られない状態で放置され、消滅していくのか……
 深くは思い詰めないようにしている問題だけに、このままでいいはずはありません。

 情報やデータには、無限の価値があります。それを健全な方策で次世代にひき渡し、有効に活用してもらうためにも、セキュリティとプライバシーの間の橋渡しの一端を担うパスワード等の個人認証手続は重要な役割を果たします。そのやり方をどうするかは、すべての人に関わる問題でもあります。このことは、一日も早く対策を講ずる必要があるでしょう。といっても、今はパスワードを更新する中で、渾沌の中を歩んでいくしかないのが実情です。

 人任せにしかできないことに忸怩たる思いがあるものの、一日も早い解決策が構築されることを待ち望んでいます。次世代に託すしかないといういことが、どうにも悔しい思いに押しやられる、残念さが残るものだといえるものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎情報社会

2018年01月29日

内視鏡検査の結果は問題なし

 2週間前の1月15日に受けた胃カメラの結果を聞きに、近所のお医者さんの所へ行きました。その結果、まったく問題はないとのことです。一安心です。

 8年前に胃ガンで消化管を全摘出した後、食道と腸を直結する手術を受けました。18歳で胃の3分の2と十二指腸を切除していたので、残された内蔵が寂しい状況になってしまいました。40年以上も胃がほとどない生活をして来たので、それなりに食べて生き続ける力は鍛えられていたのでしょう。とにかく、それ以後も元気に暮らして来ました。

 今回の内視鏡検査では、さらに消化管と腸のつなぎ部分もきれいな状態であることが確認できました。食道から腸へと続く連続写真を見ながら、詳しく説明をしてくださいました。何も問題がないそうです。執刀してくださった京大病院の岡部先生に感謝しています。

 食道の壁面にあった白い塊については、内視鏡で見ながら採取し、組織の精密検査に回してもらっていました。その結果、壁面が少し変質しているだけであって、ガンでもないし、潰瘍でもないそうです。気にしなくてもいいのだと。ホッとします。
 プレパラートに貼り付けられた、問題の白い組織の試料が載ったものを手渡されました。これがそうなのか、とジッと見つめては実感を持つことができました。

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 しかし、これをもらっても、実のところ戸惑うだけです。それでも、内視鏡で撮った写真と共に、何も問題がなかった記念としていただいて帰りました。歯医者さんで、抜いた歯を渡された時に近い気持ちです。自分の身体の一部なので、粗末に扱うわけにもいきません。みなさんはどうなさっているのでしょうか。私は一応、仏壇の中に置くことにしました。深い意味はありません。置き場所がないからです。あなたたちの息子の身体の一部ですよ、と言うしかありません。

 なお、食事が喉を通らない症状については、まだ課題が残っています。食べ始めてしばらくすると、腹部が押し上げられるようになって、ゲップが出続けます。もう、何も入らなくなるのです。それでいて、しばらくじっとしていると、また食べられるようになるのです。酷い時には、腹痛でジッと蹲ることも多いのです。そのため、あまり外食はしないようにしています。人様と一緒に食事ができないことが悩みといえば悩みです。

 この食事に関しては、自分との闘いとなっています。今回の内視鏡の検査で、外科的な問題は何もないことがわかりました。次は、食事について、毎回苦しむ原因を探し求めることにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | *健康雑記

2018年01月28日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第5回)の報告(ナゾリの問題点)

 雪が降りしきる中、「be京都」で『源氏物語』の写本を読み進めました。

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 今日は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の定期勉強会以外に、デジタルカメラと鼓の集まりがあります。

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 中庭の手水鉢は凍っています。

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 お借りしている部屋の床の間には、いつも季節を感じさせる花が活けてあります。

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 今日は、書き写されている文字に関して問題がある箇所に絞って、丁寧に確認を進めました。参会者は4人でした。
 今回問題となった内のいくつかを、以下に取り上げます。

(1)本文「まことに」(7丁表4行目)と読んだ箇所で、なぞられた「ことに」の下に何と書いてあるかは、実はよくわかりません。一応「こらへ」と読んでみました。

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 しかし、これはさらに確認すべきものです。最初に書き写された文字が「まこらへ」では、前後の意味が通じないからです。そのために、書写者は「ことに」となぞり書きしたのでしょう。右横に細い字で「こと尓」とあるのは、この読みにくくなった文字列の読み方を、後に誰かが傍記したものと思われます。本行で「へ」を「に」になぞっているのに対して、傍記が「尓」とあるのは、親本とどういう関係なのでしょうか。字母レベルでの、なぞりや傍記のありようを調査する必要があります。
 諸本19本の本文異同は、次のようになっています。この資料は、「変体仮名翻字版」による校合が間に合わないので、明治33年に国策として統制された現行の五十音による「平仮名」で校合しています。諸本に注目すべき本文の異同はありません。

まことに/こらへ〈判読〉&ことに、こ=ことに[ハ]・・・・120548
 まことに[大尾御高天平麦阿三池国肖日伏保前]
 まことに/こ〈改頁〉[陽]
 ま事に[穂]


(2)本文「いえはえに」(7丁裏6行目)と読んだ箇所で、「いえ」は「八△」をなぞって書かれています。

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 このことは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013(平成25)年)の翻字では、何も指摘しませんでした。「八△」というなぞりのことは、ハーバード大学美術館で原本を調査した時のメモにあるものです。この「いえ」のなぞりについては、いまだに自分の中でその意味と意図がわからないままです。上記編著を刊行する時には、同じ文字を確認の意味でなぞったものとしました。しかし、それも再確認をして、明確にしたいと思っています。
 諸本間の本文異同は、次のようになっています。ここでも、特に参考になる情報は得られません。

いえはえに[ハ=陽]・・・・120600
 いへはえに[大尾天平麦阿三国肖伏保]
 いと[御]
 いうはえに/う=え[穂]
 いへはえに/「いへはえにふかきかなしき笛竹のよこゑにたれとゝふ人もかな」〈行間〉、傍後に=やイ[高]
 いへはえに/〈朱合点〉、いへはえにふかくかなしきふえ竹の夜こゑやたれととふ人もかな〈行間〉[池]
 いへはえに/〈朱合点〉[日]
 いへはえに/〈合点〉、「いへはえにいはねはむねにさはかれて心一になけくころ哉」〈行間〉[前]


(3)本文「夜部」(11丁裏3行目)と読んだ箇所で、「夜」にはなぞりがないと判断して、上記テキストを刊行しました。ハーバード大学美術館で実見した時のメモにも、「なぞりナシ」とあります。

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 しかし今見ると、「夜」という漢字の左側に縦に細い線が引かれているのが気になります。なぞったように見えます。このハーバード大学美術館蔵本の「須磨」と「蜻蛉」は、3度実見しました。そして、ここのメモに「なぞりナシ」とわざわざ記しているのは、なぞりに見えるので何度も自分の目で確認したからこそ、そのように書き残したものなのです。翻字に変更はないとしても、書写されている現状の記述には、念のために再検討が必要な箇所です。
 また、この「部」は注意しておきたい例だと思っています。平仮名「へ」の字母は「部」だと言われています。しかし、私はそれに違和感を拭いきれないのです。この例でも、「部」を「変体仮名翻字版」で平仮名の「部」と翻字するのは問題ないとしても、それではこれが現行の「へ」の字母なのかというと、それには従えない気持ちが強いのです。
 参考までに、諸本19本の校合結果は、次のようになっています。

夜へは[ハ=陽池]・・・・120922
 よへは[大尾高平麦阿三国肖日伏保]
 夜部は[御]
 夜るは[穂]
 よへ/へ+は[天]
 よへは/=おほいとの△△ノコト[前]


 写本を読むことは、単純に文字を今の文字に置き換えるだけではすみません。さまざまな問題をクリアすることが求められます。
 今も、「be京都」で、日比谷図書文化館で、大阪観光大学で、遅々として進まないながらも古写本を読み続けているのは、現行の翻字が不正確だと思っているからです。写本に書写された文字が正確に読めていない中で、仮に読んだ翻字をもとにして作成した校訂本文の活字になったもので作品を読むことに、私はすなおに従えないのです。ごまかしの中で生まれた本文を読む前に、正確な翻字をしたいという思いが強くて、こうして写本と向き合っています。

 [町家 de 源氏物語の写本を読む]の次回は、2月24日(土)午後2時から、いつも通り「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で行ないます。こうしたことに興味や関心をお持ちの方々の参加を、お待ちしています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年01月27日

大学コンソーシアム大阪で『伊勢物語』を語る

 我が家の周りは朝から雪です。

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 琵琶湖の方から来るJRの電車は、天候が不順の日は京都駅に10分くらい遅れて来るのはいつものことです。移動が多い私にとって、路線の選択は大事なことになっています。

 今日は大阪駅前第2ビル4階「キャンパスポート大阪」で開催される、38大学間連携事業で単位互換となっている講座を担当する日です。行きの経路の選択肢はJR一つしかありません。電車の遅延という無駄な時間を背負っての、早め早めの移動を心掛けました。

 今日は「センター科目 世界と日本のツーリズム」の第14回の講義です。私は「伊勢物語と大阪 河内高安の里の話 筒井筒の段」と題する授業を行いました。

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 この講座の前期7月には、『源氏物語』の「澪標」巻を扱いました。

「「キャンパスポート大阪」で「源氏物語と大阪」と題する講義をして」(2017年07月01日)

 後期の今日は、『伊勢物語』の「筒井筒」の段を扱います。
 この話は、高校で習っているはずだということと、私が河内高安で中学生時代を送ったので、やりやすい教材です。ただし、関西以外の高校の出身者がこの話を知っているか、というと微妙です。例えば、秋田県出身の妻は、授業では教わらなかったようです。
 そんな事情があるので、丁寧に物語の確認をしました。
 その前に、世界的な視点から観光学に関するテーマが設定されている講座なので、『日本古典文学翻訳事典1・2』の『伊勢物語』に関する項目を確認してから始めました。この『日本古典文学翻訳事典』は2冊共にウェブ上に公開していて、自由にダウンロードしてもらえるようになっています。不特定多数の方々に紹介する時は、この資料提供のことを紹介すればいいので便利です。

「ダウンロード版『日本古典文学翻訳事典 1・2』のお詫びと再公開」(2017年05月25日)

 『日本古典文学翻訳事典』の2冊を回覧し、海外で翻訳されている『伊勢物語』は、どのような言語があるのかを確認しました。
 また、『伊勢物語』の複製の影印本2種類も回覧しました。これは、古典文学作品を扱う時の、私の流儀です。活字で作品を読むことになるにしても、元々は写本であったことの確認は大事なことの一つにしているのです。
 この講座の受講生は、日本文学が専門ではない大学生がほとんどです。古文は参考程度に示すことに留めて、俵万智の『恋する『伊勢物語』』を参照しながら進めました。一人の男と二人の女の恋物語を、今みなさんはどう読みますか? ということです。物語の舞台は、信貴生駒連山を挟んだ大和と河内です。観光学の視点からは、「筒井筒」は限定された地域における恋物語であり、和歌のやり取りを楽しみましょう、ということです。

 受講生のみなさんは、この講座に文学ネタを期待して参加しておられるのではありません。そのために、平安時代と現代という時間を隔てた異文化理解と、日本と海外という地域を異にする文化圏のありようと理解の違いもお話しました。

 真剣に聞いていただけたようなので、こちらの意図することは伝わったと思います。
 90分という短い時間で、しかも一回きりという読み(聴き)切りの講座なので、何かと制約があります。お話できなかったことは、興味がわけばもっと深められるように10頁の資料を配布して対処しました。

 受講生のみなさんは、この「筒井筒」の話をどのように理解されたのでしょうか。それを聞くゆとりのないままに終わったことが残念です。来年度は、反応を確認できるような講座の構成にしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | ■講座学習

2018年01月26日

明浄高校に飾られていたお雛壇と扇面屏風

 地下鉄天王寺駅から2駅目の文の里駅に明浄高校があります。
 女子高校ということもあってか、作法室に七段飾りのお雛さまがありました。
 学校を訪れた方が自由に見られるようになっています。
 これは、生徒たちが作った木目込み人形の雛飾りなのです。

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 その右横には、扇面屏風が置かれています。
 これも、生徒の作品です。古くからおられる先生にうかがうと、戦前のものではないか、とのことでした。

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 貼られた扇面の中に、紫式部の和歌がありました。

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人能おやのこゝろ
 盤や三耳
    あら年とも
      子をお
       もふ
       三地二
    まとひ
     ぬる可那
      みち可く


 今日の授業では、雛飾りと扇面屏風の話からはじめました。すると、教えているクラスの中の2人の生徒が、私たち茶道部の部員がお雛さんを飾りました、と言うのです。こんな偶然があるのです。
 続く文学史の時間には、作品を印象づけることに有効と思われる複製本を回覧しました。

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 巻き物は、日本の文学や文化を考える時の基本といえるものだと思います。
 これは個人的に持っている物で、複製ではありません。この巻き物を生徒の協力を得て、教室の教卓の前ですべてを延ばして広げてみました。長さは約7メートルほどあります。入り口から窓際まで、黒板の前をすべて覆うほどの長さでした。巻いている時は太巻きのようだったものが予想外に延びたので、生徒たちはみんな驚いていました。

 もう一冊、『無名抄』という鴨長明の歌論書の複製を、この巻き物の巻頭部分に置いてみました。
 巻き物は肩幅で見るものだ、ということと、本の大きさを実見・実感してもらうのが狙い目です。
 すでに、『蜻蛉日記』『紫式部日記』『更級日記』『拾遺集』を回覧しているので、生徒も原本というものの姿形は見慣れてきたようです。

 今日も、この巻き物と列帖装の冊子を回覧し、とにかく自分の手でペタペタ触るように言いました。
 国立民族学博物館の全盲の宗教学者・広瀬浩二郎さんの刺激を受けたこともあり、とにかく触るということを大事にした学習を実践しているところです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:38| Comment(0) | ■古典文学

2018年01月25日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その11)ひらがなの「盤・半」

 大阪観光大学の図書館で、橋本本「若紫」を変体仮名に注目しながら読み進めています。今日の参加者は9名。いつものように、変体仮名の文字にまつわる話で盛り上がりました。特に、キーボードを使って文字を入力することでは、かな入力は私だけで、あとのみんなはローマ字入力だったので、白熱した議論となりました。みんなが参加できる話題なのでなおさらです。

 文字の入力方法は、テンキーだけからキーボードへ、そしてガラス面で指を滑らせるフリック入力に変わってきました。それが、これからは音声入力に移行しつつあります。やがては、テレパシーによる会話や入力になるのでは、という話にまで発展しました。

 以下、写本を読み進めていって気づいたことを、メモとして記しておきます。
 先週20日(土)に、東京で科研の研究会を開催しました。そこで、濁音で読む「盤」という変体仮名の研究成果を発表した門君と田中君が、今日もこの勉強会を進めてくれています。その2人が、今日問題となった例にも反応していました。その例を、記し留めておきます。

 橋本本「若紫」の4丁裏1行目に、次の例があります。

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 これは、「の堂まへ半【人】/\これ盤」と翻字をするところです。

 ここで「の堂まへ半」の「半」は「ba」と読む例です。これは、これまでにも出てきました。
 その直後に出てくる「これ盤」の「盤」は、「ba」ではなくて「ha」と読むものです。接続助詞の「ba」には「盤」を使う例が多いとしても、そうではないものもある、ということが、こうして実際に確認できたことになります。学生にとっては、着実に前に進む上では、非常にいいタイミングで出てきたと言えます。とにかく、学生たちは変体仮名を読み始めて、まだ半年ほどなのですから。
 このような例は、今後とも集めていこう、という確認をしました。

 一つの小さな課題が、こうして少しずつ広がっていきます。手元には「変体仮名翻字版」による正確な翻字データがあります。これまでは、このような信頼に足る資料が皆無でした。翻字と言えば、すべてが明治33年に言語統制として平仮名が1種類の文字に統一された、約50個の平仮名だけでこうした古写本が翻字されていたのです。字母の調査や研究はとにかく遅れていました。この「変体仮名翻字版」のデータを道標にして、一歩ずつ着実に進んでいくことを心がけるようにと、学生たちにはアドバイスをしています。

 とにかく、彼らはまだ大学の一回生です。
 先入観がないだけに、確かな一歩を踏み出せます。自分たちが発見したことを、1文字ずつ用例を拾い集める中で、確認し続けることが大事だと思います。牛歩の歩みで構わないのです。
 彼らの今後の進捗を、大いに楽しみにしています。

 参加なさっている社会人の方は80歳以上です。世代間のギャップがおもしろくて、自分たちの体験談を交えて楽しい話をしてくださいます。漫談や放談になって笑い転げながらも、しっかりと変体仮名は読み進めています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■変体仮名

2018年01月24日

第5回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末の28日(日)の午後2時から、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で5回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 本日の京都新聞「まちかど」欄に案内記事が掲載されましたので、あらためてここでも紹介します。
 これは、『源氏物語』の写本に書かれている変体仮名を読む会です。
 今回は、テキストとしている『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(編著、新典社、2013(平成25)年)の7丁1行目から読みます。
 興味と関心のある方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ◎NPO活動

2018年01月23日

第1回《仮名文字検定》延期のお知らせ


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 本年2018年8月に1回目を予定していた《仮名文字検定》は、諸般の事情によりやむなく1年延期し、明年2019年8月に実施することとなりました。
 受検の準備をしておられたみなさま、本当に申しわけありません。
 突然の延期のお知らせで恐縮しております。
 来夏の初回までに、古写本や展覧会や街中で見かける変体仮名を読み、目慣らしをしながら実力をつけてくださるよう願っております。
 この場を借りて、お詫びかたがたお知らせいたします。
 
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2018年01月22日

日本文学の名作に関する個人的な雑感

 先週、各種メディアに「聞いて楽しむ日本の名作」(ユーキャン)の宣伝広告が流れました。
 内容は、朗読CD全16巻と付録で構成されるものです。
 長時間の通勤をしている者として、耳で聞くものは英会話を含めて興味があります。
 そんな関心から、選ばれている作品を眺めながらの、思いつくままのメモを記しておきます。

■原文を全文朗読しているのは、『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)・『どんぐりと山猫』(宮沢賢治)・『檸檬』(梶井基次郎)・『山椒魚』(井伏鱒二)・『ごん狐』(新美南吉)の5作品です。いずれも市原悦子さんが朗読なさっています。これ以外は、原文朗読とあらすじで構成したとあります。

■谷崎潤一郎は、『春琴抄』(中村俊介)と『細雪』(紺野美沙子)の2作品が選定されています。共に聞いてみたいものです。特に『細雪』は長いので、どの部分を切り取って読んでいるのでしょうか。

■川端康成は、『伊豆の踊子』(草刈正雄)と『雪国』(林隆三)です。『古都』を入れてほしいところです。

■井上靖が入っていません。大衆的すぎるのでしょうか。個人的な好みからは、『星と祭』を待ち望んでいます。

 目が不自由な方々は、点字になったものと、朗読によるもので作品を読み聴きしておられます。朗読ボランティアによる膨大な成果があるので、今後はこうしたものも含めた企画があるといいと思います。
 もっとも、著作権をどのように処理なさっているのか、今まだ調べていません。
 こうしたことに関しては、「立川市中央図書館で聞いた視覚障害者への対応」(2014年10月29日)も参照していただけると、さらに幅広い情報が得られると思います。
 
 
 
posted by genjiito at 21:21| Comment(0) | ■視覚障害

2018年01月21日

清張全集復読(14)「腹中の敵」「尊厳」

■「腹中の敵」
 天正2年の元旦。織田信長が岐阜城で催した祝宴から始まります。そして、丹羽長秀にスポットが当たります。長秀の視野には、常に羽柴秀吉がありました。秀吉が、次第に認めたくない者となって行くのです。その心の中が巧みに描かれます。それでいて、長秀は先輩として後輩の秀吉を助ける役を演じます。悔やみながらも、時の流れに抗えなかったのです。不甲斐なさを身に染みて感じます。後輩である秀吉から先輩に当たる自分に所領が与えられることにも、心は満たされません。その点では、長秀と並んで描かれていた滝川一益の生きざまと、その末路が対照的です。死ぬ間際の長秀の行動が、いかにも清張らしい筆遣いで語られています。心に籠っていた怨みを一気に晴らすのでした。【5】
 
 
初出誌:『小説新潮』(昭和30年8月)
 
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
時代ものに材は籍りたが、私は現代的な現象を頭に置いて書いた。(526頁)


 
 
■「尊厳」
 大正天皇の病気平癒祈願のために、宮が九州を回られることになりました。その先導車の運転を任された警部の多田の心労が語り出されます。緊張のあまりに錯乱して、多田は道を間違えます。その心の動きを描く筆が、巧みです。署長が自殺し、追うようにして多田も死にます。戦後、残された息子の貞一は、朝鮮戦争で死んだ米兵の死体を洗う仕事に就き、大金を手にします。そして、父が死ぬ原因となった宮に近づきます。没落した宮を立て直させ、復讐を図るのです。しかし、この物語の最後は、着地が決まっていないように思いました。拍子抜けしました。清張には珍しいミスです。【2】
 
 
初出誌:『小説公園』(昭和30年9月)
 
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」によると、この話の実話は、昭和初期に群馬県桐生市での行幸にまつわるものだとあります(526頁)。
 
 
 
posted by genjiito at 18:30| Comment(0) | □清張復読

2018年01月20日

科研の研究会で1回生が臆せず研究発表をする【写真追補】

 朝早く上京。東京はいつ何があってもおかしくない都市なので、早め早めの行動を心がけています。

 新幹線に乗ってすぐ、いつものようにiPad をiPhone にテザリングによってウェブにつなげようとしました。しかし、なかなかつながりません。結局は新横浜あたりでつながりました。これは、今の日本で嘘のような本当のことです。

 昨日の高校の授業でも、iPad がiPhone につながりませんでした。結局は急遽iPhone をプロジェクタにつなげて、教室の黒板に映写しました。帰り道、梅田周辺ではつながりました。

 これまでも、接続までの待ち時間が遅いとは思っていました。しかし、新幹線の中での2時間以上も、iPad をネットにつなげて仕事ができなかったことは痛手です。仕方なく、途中からはiPhone の小さな画面で、目をこらしながら書類を4通ほど作りました。iPadが使えていたら、キーボードがあるので8通は出来たはずです。

 情報文具も、まだまだ完成度が低いままです。これは、これまでも縷縷書いてきた持論です。インフラ整備の問題なのです。この分野に携わる人材が思うように育たなかったため、技術力が停滞していると思われます。その典型が、地に墜ちたソニーです。情報大国日本にとって、このソニーの失速は大きな損失でした。ゲーム作りが社是ではないはずです。

 インターネットはもう限界なので、もうすでに進んでいると聞く、インターネットに代わる新たなコミュニケーションツールの実用化に期待しているところです。

 さて、本日の東京での研究会については、先日の本ブログで案内した通りです。

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 今日は、水道橋の会議室に集合しました。
 自己紹介の後は、今年度の活動と来年度の計画を、淺川さんと池野さんが担当して報告してくれました。

 その中で、新しくホームページを立ち上げることができなかったことに関して、私からその事情と経緯を補足説明しました。
 この科研Aが採択されたすぐの4月から、紹介を受けた業者とホームページに関する交渉をしました。8月までに公開できるような計画だったのに、試作版ができたのは9月でした。

 科研の協力者に試作版を見てもらい、私のブログでもそのデザインを公開しました。ただし、それは、教え子でデザイナーである塔下さんが作成してくれた、動くトップページではなくて、一枚の画像が貼り付けてあるものでした。業者の連絡では、もう少し待ってほしいと。

 しかし、その後は契約した業者から何も連絡がありません。あまりにも酷いので昨年末に解約の意思を伝えました。その会社の大阪におられる方に事情を説明しました。しかし、東京の本社の制作担当者からは、まったく音信不通です。

 本年度に活動した成果は、今日の研究会で報告した通り、さまざまなことがあります。しかし、それらを情報発信する母体が、あの業者の怠慢により叶っていないのです。その点では、甚大な損害を被っていると言えます。
しかもあろうことか、昨日、「今後のHP制作に関しましては、引き続き弊社にやらせていただきたいというところが社としての希望でございます。」というメールが来ました。これも東京の直接の担当者ではなくて、大阪で間に入っておられる方から伝言として届きました。人を愚弄するのも程があります。起業当初はあったはずの精神は、どこに吹っ飛んでしまったのでしょうか。

 これまで私は、相手の顔を見ながらお話をすることを原則として生きてきました。今回のことを、一通のメールで、しかも伝言の形で伝えるとは、私の基準で言えば非常識の一語に尽きます。言語道断です。騙された思いと、裏切られた思いの中で、悔しさが拭い切れません。

 こうした経緯と今の私の思いを、今日の研究会で報告しました。これについては、しかるべき所を通して、正式に抗議をするということで、今日のところは協力者のみなさまの了解を得ました。
こうした、人を無視した、完全にビジネスライクに割り切った企業の論理は、私には理解できません。しかるべき対処をして、今年の3月までにはホームページを通して成果が公開できるよう、巻き直しをすべく、鋭意取り組んでいきます。

 私の仕事にしては成果が見えないので、不審に思っておられる仲間も多いことかと思います。いえ、私がサボっているのではありません。とんでもない業者に引っかかり、みなさまにはその成果を見てもらうことができないのです。これまで、「海外源氏情報」(http://genjiito.org)を通して、膨大な量の成果をみなさまに活用していただいてきました。今回の新しい科研でも、それが続くことを楽しみにしておられた方々には、本当に申し訳なく思います。
こんな業者がこの業界にいるとは、思いもしませんでした。信用してしまったのです。自力で何とか挽回します。というよりも、次にお願いする会社の目処はたっていますので、もうしばらくお待ちください。

 そうした前置きを経て、本日の本題である研究発表となりました。

(1)最初は、大阪大学のモハンマド・モインウッディンさんの「インドにおける『源氏物語』の読みのパラダイム:ウルドゥー語の翻訳を通して@」でした。
 ウェイリー訳、フサイン訳、村上明香訳の違いから、インドの読者に伝わる訳はどうすべきかを、具体例を元にした発表でした。日本の文化や慣習がどう伝わっているか、という問題です。手堅い発表の中に、この科研でも研究協力者となっておられる村上さんの訳の批判もあったので、これはいつか2人に討論をしてもらいましょう。

(2)続いて、中国から遠路来ていただいた恵州学院(大学)の庄婕淳さんの発表タイトルは「中国における世界文学としての『源氏物語』−中国語訳の序を通じて−」です。
 10種類の中国語訳『源氏物語』の序文を比較検討し、中国の読者に伝えたい意図について考察するものでした。中国語訳の研究は、細かな訳の違いを論ずるものが多い中で、中国語訳を熟知した庄さんならではの、序文から見た違いに言及する、興味深いものでした。我々にとっては、細かな訳の違いよりも、こうした全体像を提示してもらう方がありがたいのです。

 プログラムの後半では、大阪観光大学の1回生の学生5名が研究発表をしました。
 いずれも、日頃から今回の科研の研究支援者として、日夜取り組んでいる一端を発表するものです。

(3)研究発表「翻訳書籍の展示報告」(池野陽香)
 この1年間で6回、日本文学の翻訳本を大阪観光大学の図書館で展示しました。
最初は私と淺川さんとで、これまでのノウハウを活かして基本的な展示スタイルを作りました。2回目からは、池野さんを中心とする学生たちが、苦心して展示をしました。今では、学生たちだけで主体的に展示ができるようになりました。現在、その時の解説文などを集めて、一冊の本にまとめる準備が進んでいます。今日は、その総括としての発表でした。

(4)研究発表「『源氏物語』ベトナム語訳し戻し」(松口果歩・松口莉歩)
 初めて取り組むことでもあり、着手して間もない現在の状況をありまままに報告し、今後の進むべき方向を問う、というものでした。研究方法について、先生方からは有益なアドバイスをいただきました。また、ベトナム語の単語の並び方については、早速検討すべきこととなりました。意欲的な挑戦だけに、今後が楽しみです。

(5)研究発表「橋本本における『は』と『ば』」(門宗一郎・田中良)
 提示した疑問に対して、それぞれの分野の専門家から的確な答えをいただけたのが収穫でした。平安時代には、濁音を表記する仮名文字はなかったとされているそうです。しかし、それは確かで大量の資料をもとにしてのものではないようです。私が提唱する「変体仮名翻字版」というものしか、現在のところは資料がないのですから、今後ともこのテーマは意外な事実が浮き彫りになるかもしれないという、期待を抱かせる発表となりました。

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 以上の内、(3)(4)(5)は、大学に入って1年にも満たない学生の発表です。去年の今頃は高校生でした。正しく言えば、これは報告なのかもしれません。しかし、彼らにとっては、初めてのテーマに取り組んで得たもの、気付いたこと、よくわからないことを発表することになったのです。先生方に聞いてもらい、今後の調査研究のためのアドバイスを受ける趣旨で参加した意義は、予想以上に大きいものでした。頼もしい学生が、こうして集って来ているのです。

 今回の科研は、若手を育成することも活動の柱の一つとして立てています。幸先の良いスタートとなりました。そして何よりも、この科研に研究協力してくださっている先生方が、この1回生たちを温かく見守ってくださることが伝わって来たことが、今日の一番の収穫でした。
 そして、ホームページの制作におけるとんでもない業者の話に無為な時間をかけるよりも、この学生たちの発表にもっと時間をかけたらよかった、とのお叱りを受けました。これも、ありがたいことだと、嬉しくうかがいました。

 その後、会場に隣接する懇親会場では、研究会の時には時間の都合でうかがえなかった佐久間先生の「何を研究しているか」ということについてうかがいました。羅刹国にまつわる、興味深い話をしてくださいました。
 この研究会では、懇親会といっても研究会の流れを受けての懇談会なのです。息抜きは許されないシビアな研究会なのです。

 稔り多い研究会となりました。これは、年2回実施しますので、次は大阪で6月頃となります。今日は13名が集いました。今後とも、少しずつ参加者が増えることを願っています。



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2018年01月19日

読書雑記(220)中島岳志『アジア主義』

 『アジア主義 −西郷隆盛から石原莞爾−』(中島岳志、潮出版社、2017年7月)を読みました。

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 まず、次のように問題意識を提示しています。

私はこの本で、近代日本のアジア主義について議論していこうと思っています。幕末以来、日本がどのようにアジアをまなざし、何を期待し、何に躓いたのかを、読者の皆さんと共に考えていきたいと思っています。(16頁)


 複雑で難しい問題を扱っています。しかし、著者は読者を誘い込む配慮を見せています。文中に緩衝材が置かれているのです。大部な本なのに読みやすいのは、次のような心遣いがあるからなのです。

「原文をそのまま読むと難しいので、簡単に現代語で要約してみます。」(76頁)

「もう、そろそろ重要なポイントが見えてきたかもしれません。」(96頁)

「もう一度、振り返りながら、まとめておきましょう。」(97頁)

 また、「愛国」と「右派」についての疑問を、ストレートに述べている箇所があります。本書を読み進めていくためには、先入観をまず措く、ということが肝要です。そして、これは「読書雑記(162)中島岳志・島薗進『愛国と信仰の構造 ―全体主義はよみがえるのか』」(2016年03月24日)での対談の基盤となっている物の見方の確認であることに気づかされました。

 今日の常識では、「愛国」といえば「右派」。国民主権の論理を掲げ、国会開設や参政権の要求を展開した「リベラルな」自由民権運動が、なぜ「右派」のイメージが強い「愛国」を組織名として掲げたのか、当然のことながら不思議に思えてきます。
 しかし、ナショナリズムの歴史を研究してきた者にとっては、実は現在の「愛国」=「右派」という図式のほうがむしろ不思議で、国民主権を訴えるリベラルな運動こそナショナリズムと親和性が強い、と見るほうが論理に適っています。歴史的に見れば、政治的ナショナリズムは、むしろ「左派」的な思想を背景として誕生したと考えるべきで、「愛国」は「右派」の独占物ではありませんでした。(91〜92頁)


 第8章の「閔妃暗殺」はよくまとまっています。この事件については、かねてより興味を持っていた問題です。しかし、アジア主義という視点で語られると、また別の歴史が展開します。切り口の違う物語となっていくのです。

 ここに、与謝野鉄幹が出てきたので、その一節を引きます。

当時の『二六新報』の文芸部長は、与謝野鉄幹でした。鉄幹は、天佑侠に加勢するために朝鮮に向かった同僚への歌を『二六新報』に掲載していました。また、日清戦争勃発時には、「従軍行」という詩を掲載しました。

 おもしろし、千載一遇このいくさ、大男児、死ぬべき時こそ来りけれ……

 鉄幹は、戦争に従軍したくてたまらなかったのですが、念願がかなわず、戦争を題目にした詩や歌を『二六新報』に掲載することで、自らを慰めていたのです。
 鉄幹はその後、『二六新報』を辞め、朝鮮に渡りました。彼は親友の誘いを受け、ソウルの日本語学校で教師を務めました。そして、彼も閔妃暗殺の一味に加わり、計画の中に組み込まれていきます。しかし、事件が予定よりも早まったことから、旅行に出ていた彼は実際に暗殺に加わることはありませんでした。(204頁)


 岡倉天心の話の中で、宮崎滔天に関する批評がなされます。そこでの次の表現に、著者の独特の言い回しに感心しました。

彼は「その先の近代」のヴィジョンを示すことができず、その限界の淵からは浪花節が発せられるばかりでした。(285頁)


 終始、記録や回顧録、書簡などを丁寧に読み解きながら、1900年前後からの歴史の動きを物語ります。中島史観の展開です。

 「第十五章 来日アジア人の期待と失望」の最後は、次の言葉で結ばれています。「連帯」から「支配」へと変転する様を指摘しているところです。

日本に大きな期待を持ち、日本にやってきたタゴールとボースでしたが、二人とも次第に日本の帝国主義的態度に疑問を持ち、その姿勢に対する批判を述べることになりました。しかし、日本は欧米に追随する「覇道」を歩んでいきました。アジア人たちの率直な批判は聞き入れられることなく、アジア主義は連帯の論理から支配の論理へと変転していったのです。(426頁)


 「第十八章 アジア主義の辺境 −ユダヤ、エチオピア、タタール」は、私が知らなかったことばかりで、興味深く読みました。なかなか読みごたえがあります。

 後半で、中島氏は自分の立ち位置を明確にします。アジア主義者として生きることの宣言です。

 私は一度沈没したアジア主義というボートを引き上げ、再び世界という湖に漕ぎ出したいと思います。(566頁)

 無知の上に築かれた表層的反省を繰り返すのではなく、歴史をじっくりと見つめることで、アジアと繋がる道があると私は考えています。そのためには、私自身がアジア主義者として生きなければなりません。その先の近代を模索しなければなりません。
 私はアジア主義の思想的可能性を追求していきたいと思います。現在のような東アジアの不幸な状況を打破し、アジアの連帯を構築するためには思想が必要です。そして、それは歴史の中に埋もれています。
  虎穴に入らずんば虎子を得ず−。
 私は、アジア主義という「虎穴」の中を果敢に歩んでいきたいと思います。(587頁)


 巻末に付された「文庫版あとがき」の末尾でも、次のように言います。

 我々に必要なのは、ポスト日米安保の構想と戦略、そして思想です。その時、アジア主義の轍は大変重要な「資源」となります。先人たちが苦難と失敗を重ねていった歴史の中から、普遍的な価値を抽出し、現代世界の中で磨きをかけることこそ、必要なのではないかと思っています。
 アジア主義は過去に終わった思想ではありません。極めてアクチュアルな可能性をもった現代思想です。この点を最後にもう一度強調し、筆を置きたいと思います。
  二〇一七年六月
              中島岳志(602〜603頁)


 この大著を通して、アジア主義者たちの遠大な物語を堪能しました。
 ただし、十九章や終章に至って、突然マラソンの最後で一気にラストスパートをされた印象が残りました。私にはついていけない表現や内容が多くなったのです。本書での時間軸に沿った物語を踏まえて、あらためて今を見据えた、さらにわかりやすい解説を聞きたいと思っています。【5】
 
 
初出誌︰『潮』2010年8月号〜2011年12月
単行本:潮出版社 2014年7月
 
 
 
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2018年01月18日

お茶室で本年度最後の授業

 今日が大学において、本年度最後の授業でした。
 科目名は「名著講読」。私がこの大阪観光大学に着任する前は、「日本語演習」と呼ばれていたものです。
 それを、「名著講読」という名前に読み替えて、文学の科目として開講しています。
 これまでは、文学を純粋に学ぶ科目はなかったのです。

 ここでは、与謝野晶子の『みだれ髪』を中心にした、和歌を鑑賞する時間としました。
 留学生が多いので、わかりやすい説明をしたつもりです。
 昨年末には、堺市の与謝野晶子に関する記念館へ校外学習に行きました。
 教室を出ると気分は一新され、記念館で晶子の関連資料を見ると、生きた勉強ができました。
 留学生が中心なので、話を聞くだけではなくて、物を見ることも学習を稔りあるものにする上で大事なことです。
 そして、最後となった今日は、日本の文化を追体験しながら語り合おう、ということで、場所をお茶室にしました。
 しかも、一緒にお茶をいただきながら。

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 あらかじめお茶を点てる場を作り、そこで話をしたり、お茶を点てて作法の意味を考えたりと、多彩な内容にしました。
 1人ずつ、自分が気に入った茶碗でお茶も点てました。
 なかなか泡が立たず、苦労しながらも、どうにかそれらしい自分のためのお茶が点てられました。

 最後は、襖の開け閉めを実際にやってもらいました。
 茶道具の後片付けまでも。

 和やかに終えることができました。
 これからも、日本の文学や文化を通して、たくさんのことを学んでほしいと思います。
 一人は、すでに関西国際空港に就職が決まっています。
 まもなく、留学生ではなくて、日本に来ている社会人として生活をするのです。
 異文化の中で、さまざまな体験を経る中で、稔りある日々を送ってほしいと願っています。
 
 
 
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2018年01月17日

科研(A)「海外における平安文学」の第10回研究会のご案内

 2017年4月に、科研・基盤研究(A)で新たに採択された「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(研究代表者・伊藤鉄也、課題番号:17H00912)における第2回目(通算第10回)の研究会を、以下の通り東京で開催します。

 広く公開していますので、興味と関心をお持ちの方の参加を歓迎します。
 懇親会だけの参加でも構いません。
 なお、参加を希望なさる方は、準備の都合上、前日夜までにはこのブログのコメント欄を利用して連絡をいただけると幸いです。


2017年度 伊藤科研 第10回研究会

日時:2018年1月20日(土)14:30〜18:00(開場:14:00)

場所:水道橋駅前ホール
(東京都千代田区三崎町2-9-5 水道橋TJビル 2F 202号室)

海外における平安文学


・挨拶(伊藤鉄也) 14:30~14:35
・自己紹介 14:35~14:50
・報告「2017年4月〜12月までの研究報告」(淺川槙子) 14:50~15:00
・報告「2018年度の研究計画」(池野陽香) 15:00~15:10
・研究発表「インドにおける『源氏物語』の読みのパラダイム:ウルドゥー語の翻訳を通して@」(モハンマド・モインウッディン) 15:10~15:40
・研究発表「中国における世界文学としての『源氏物語』−中国語訳の序を通じて−」(庄婕淳) 15:40~16:10
・休憩(10分) 16:10~16:20
・研究紹介「「翻訳論」の意味を考える」(谷口裕久) 16:20~16:30
・研究紹介「『今昔物語』に現れたインドのイメージ」(佐久間留理子) 16:30~16:40
・研究発表「翻訳書籍の展示報告」(池野陽香) 16:40~16:55
・研究発表「『源氏物語』ベトナム語訳し戻し」(松口果歩・松口莉歩) 16:55~17:15
・研究発表「橋本本における『は』と『ば』」(門宗一郎・田中良) 17:15~17:25
・ディスカッション 17:25~17:50
・連絡事項 17:50~17:55

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懇親会【膳菜や 水道橋店】
所在地:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-2鶴屋ビルB1
電話番号:050-3462-1443
アクセス:水道橋駅東口から徒歩2分。研究会会場(水道橋駅前ホール)からすぐ
URL:https://r.gnavi.co.jp/g299403/
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2018年01月16日

読書雑記(219)永井和子編著『日なたと日かげ』

 永井和子先生が折々にお書きになった、研究者としての日々のほとばしりや心優しい随想が、このたび『日なたと日かげ 永井和子随想集』(永井和子、笠間書院、2018年1月)としてまとまりました。装幀もさわやかです。

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 一般に手にし易い本や雑誌にお書きになったものは、私もいろいろと拝読していました。しかし、幅広く活躍なさっている先生のことなので、本書で初めて読んだものの方が多いのです。文学が、人間が、社会が、さまざまな角度で姿を見せます。それらを、ひとところに集めて編んでくださったのですから、ありがたい本となっています。

 巻頭の〈「老い」と「日なたと日かげ」と〉は、『医歯薬桜友会会報』の第16号(2009年1月)に掲載されたものであり、本書のタイトルとも関係する文章です。原子朗氏の詩「ひかげの嘆語」を引いて、人間の生について語っておられます。その最後に記される、次の文が心に残りました。

老いを問うことは時間・生・人間を問うことである。昨今は美しい老い、豊かな老い、といった表現が多いが、ある意味でそれは人間世界の埒を出ない表現であって、本物の老いではないと思う。美しさや豊かさを喪失しつくした負の状態が老いである。その極限がおのずと人間世界の価値観に突き刺してくる異世界をこそ私は問いたい。(12頁)


 この詩の作者である原氏は、本書の「あとがき」によると、2017年7月4日に逝去されたとあります。それは、永井先生が本書を編集なさっている時のことだったそうです。

 読み終えての個人的な雑感を記すと、それはもう際限がありません。
 いくつもの話が、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第2集』(新典社、2013年)の巻頭に置いた、永井先生との対談「前田善子の紅梅文庫と池田亀鑑の桃園文庫」を呼び起こします。長時間お話をうかがった時のことを日記として書き残した「永井和子先生との対談余話」(2012年07月19日)も、本書を読み進む内に、いくつかの話題の隙間から思い起こされました。
 選りすぐりの58編のお話を、私は長時間通勤の合間合間に、楽しみながら読みました。

 この春から新たな出発をしようとしている若い方たちに、ぜひとも薦めたい一冊です。興味を持ったタイトルから拾い読みすると、日本古典文学を読み、わからないことに出くわしたら調べる、ということの楽しさが伝わってくるはずです。そして、人と人とのつながりの奥深さも、わかってくることでしょう。
 
 
 
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2018年01月15日

食べることに不安を覚え鼻から胃カメラ

 昨年末から、食事がなかなか喉を通りません。食欲はあります。しかし、一回の食事でいつもの半分くらいしか食べられなくなったのです。半分は残すつもりで食べています。50キロを目標としていた体重も、今は47キロ台と減りました。

 妻も日々いろいろと食事に工夫をしてくれています。少量で高カロリーで、かつ血糖値を上げない食事、ということですから、なかなか難題です。

 一食を2〜3回にわけるので、一日中何かを口にしていることになります。ただし、夏から秋口によくあった、逆流性食道炎はめっきり減りました。これについては安堵しています。

 消化管を持たない私は、こうした原因を探るのも一苦労です。2010年に胃ガンで、消化管のすべてを摘出しました。順調に回復し、2015年には完治という宣言を受けました。その後、特に変わったことはなく、日々元気に飛び回っていました。しかし、昨春からの定年退職に伴う心身の酷使からか、少しずつ疲れが出だしたようです。食が細くなったのも、もっと休めという危険信号ではないか、と思っています。

 今の体調不良の原因を知りたいとの思いから、胃カメラによる内視鏡検査をすることにしました。毎年受けてきた人間ドックも、定年を控えての多忙さから、つい見送っていました。

 京大病院では、待ち時間が長いので、今はその時間の確保すら難しい時期です。幸い、我が家の近くに内視鏡の設備を持つお医者さんがいらっしゃいました。小さな町医者でこれだけの機器を揃えておられるのですから、これはぜひとも診てもらうに限ります。これまでにも、京都に帰ってきている週末には、風邪や花粉症などでこの医院で内科の診察を受けてきました。その意味では、よく知っている、お世話になっているお医者さんです。

 今日はお昼前から、内視鏡検査でした。鼻からカメラを入れるので、口からと違って苦しみはまったくありません。また、カメラの付いた管も細くなったように思いました。麻酔などもよくなったこともあってか、身構えることもありません。先生がこの分野の専門家、ということはもちろんあります。

 モニタに映し出される自分の喉・食道・小腸などを、先生の説明を聞きながら見ていました。喉から食道を通って40センチほど入ったところから、小腸が真っ直ぐにつながっていました。接合部分の手術の痕もきれいだそうです。黄色っぽい胆汁も充分に出ているようです。
 胃がないのですから、食道から来た食べ物は、小腸と大腸でごく短時間に消化されます。食道も小腸も、赤くなっている部分はまったくありませんでした。一安心です。念のために、食道で白く盛り上がっている箇所の細胞を何箇所かピンセットのようなもので採っておられました。一応念のために、ということで細胞検査に回しておきます、とのことでした。

 こうして、先生とお話をしながら、いろいろと質問をしながら、自分の身体の中を見ていました。話をしながら、というのがすごいと思います。身体への負担はもちろん、気分的にも楽に身を任せられます。
 私は、自分の身を守るためにも、病院と親しくお付き合いしています。それだけに、医学の進歩に驚いています。ありがたいことだと感謝しています。

 今日のところは、特に異変は認められませんでした。再来週、検査結果を踏まえて診察があります。
 それにしても、食事が喉を通らない現状については、まだ対処策は見つかりません。これまで飲んでいた薬に加えて、消化を助ける漢方薬を出してくださいました。

 内臓には異変がないようです。すると、満腹中枢など神経繊維を流れる信号等が関係するのでしょうか。ストレスなども、複雑に関係するのでしょう。身体の中で目に見えない所で活躍する、良いものと悪いもののせめぎ合いが、体調にいろいろと悪さをしているのでしょうか。
 今、自分ではどうしようもないことなので、これまでのように仕事でも何でも、突っ走らないことを心掛けるように、もうしばらく様子を見ることにします。

 回遊魚の私は、どうしても立ち止まれないのです。走り回ることをやめたら、それまでのような気がします。停まる勇気がありません。なかなか悩ましいことです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:18| Comment(0) | *健康雑記

2018年01月14日

雪の日に大和平群へ行き濃茶のお稽古

 今朝の京都は雪でした。お地蔵さんが寒そうです。

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 お茶のお稽古に出かける途中、北大路橋から北山方面を望みました。雪化粧です。

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 奈良では雪は降っていませんでした。降り立った元山上口駅では、多くのハイキング帰りの方に出会いました。平群のお山の奥には、千光寺という、役行者が大峯山を開く前に修行したとされる修験道の霊場があります。そこが元山上千光寺と呼ばれることから、駅名が付いたようです。ユースホテルもあります。みなさんは、千光寺から歩いて下って来られたのです。

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 さて、今日のお稽古は濃茶です。年末から始まりました。前回は、先生の言われるがままにやりました。今日は、この前はどうだったかな、と少し考えたからでしょうか。まったく前とは違う所作としか思えないほど、あれっ! そうだったのかな? こんなことをしたのかな? ということの連続でした。

 後で、先生も、一緒にお稽古をしていたお仲間からも、滑らかにできていた、とおっしゃいます。しかし、どうも不思議な感覚が残りました。お稽古を積み重ねることで、自然と身体が動くようになるのでしょう。気長に続けるしかありません。

 お菓子は奈良町元興寺近くにある樫舎の「飛梅」でした。いつも、贅沢でおいしいお茶菓子をいただいています。

 今日も、先生にたくさんの質問をし、興味深いお話をうかがいました。へぇー ということが多いので、飽きることがありません。何気なくしている挨拶も、あらためてその言葉の意味やそこに込められた心遣いがわかると、まさにおもてなしの世界であり、忖度の社会であることが実感できます。「忖度」という言葉が、あの政治的な問題で悪い意味だけで知られるようになり、使われなくなっていく風潮が残念です。辞書に書いてある以上に、相手の気持ちを思い遣る意味を持っていた言葉だと思っています。言葉に手垢がついたり、貶められて品性をなくすのは、生き物である言葉が持つどうしようもないものなのでしょうが・・・・・

 そんなこんなで、いつも何か手応えを得て帰って来ます。
 
 
 
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2018年01月13日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-第8回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で、『源氏物語』の変体仮名を読む講座を持っています。観光客で大混雑の京都から、大雪の心配をしながら新幹線で上京です。
 いつもより早めに起き、雪で新幹線が遅れないような早めの時間に京都を発ちました。
 難関の関ヶ原は、そんなに雪が降っていません。少し過ぎてから、岐阜羽島駅のずっと手前で、一面の雪景色となりました。これなら大丈夫です。

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 名古屋から東の天候は快晴です。富士山がきれいに見えました。

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 永井和子先生の近著『日なたと日かげ』(笠間書院、2018年1月)を読み終わったところです。その中で、益田鈍翁の直系の方が「ベストインターナショナル」というジュエリーのお店を、帝国ホテルにもっていらっしゃるということが書かれていました。帝国ホテルは日比谷図書文化館へ行く途中なので、立ち寄ってみました。1984年の記事に「現在」としてあることなので、まだあるのかなと思ったからです。
 ホテルの方に尋ねると、丁寧に調べてくださいました。結局、今はもうお店はなくて、いつまであったのかも確認できませんでした。五島美術館ご所蔵の国宝『源氏物語絵巻』に関係する話の一環だったので、念のために確認したのです。

 今回早く上京したのは、雪のことに加えて、もう一つありました。科研のことで、いろいろと打ち合わせをすることになったのです。日比谷図書文化館の地下のレストランで、これまで7年にわたった科研の研究員をしてもらってきた淺川さんと、大阪観光大学でその事務の一部を手伝ってくれている池野さんも同席して、今とこれからについて相談をしました。来週土曜日に、東京で研究会をします。そのことや、今年度の成果をどのようにして公開するか、などなど、多くの検討事項があります。これらは、無事にメドがたちました。淺川さんのおけげで、打ち合わせは順調に終わりました。

 今日の日比谷の講座では、変体仮名としての「て」にこだわった話に終始しました。これは、一昨日書いた内容の延長上のものです。「天」「弖」「氐」のどれを字母にするか、ということです。

 また、スクリーンに写真や画像を映し出しながら、さまざまな文字の話をしました。

 今日も、お話が1時間、写本を読むのが1時間ということになりました。

 写本を読んでいる時も、終わってからも、受講生の方々がいろいろな意見を出してくださいます。それが、私にとってもいい刺激であり、いいヒントになるのです。

 今日は、28丁裏の1行目まで読みました。次回は、2月10日。熱心な方々がお集まりの会なので、私も楽しみにして毎月通っています。
 
 
 
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2018年01月12日

高校生が出す年賀状と『拾遺集』を回覧したこと

 今日は高校で、新年最初の授業がありました。年頭の話をする中で、年賀状のことに触れました。年賀状を一通も出さなかった生徒はちょうど半数でした。逆に言えば、半数は出したのです。私は、出した生徒はもっと少ないと思って聞いたつもりでした。スマホなどのコミュニケーションツールが普及したことから、わざわざハガキを使わないと思っていたので、これは意外でした。
 この17歳の女性徒たちは、さまざまなつながりを楽しんでいる、と思ったらいいのでしょうか。これも、一つの日本文化を継承している姿だと言ってもいいのでしょうか。そして、男子たちはどうしているのでしょうか。いつか確認してみたいと思っています。

 続く日本文学史の時間には、三代集の一つである『拾遺和歌集』の複製本を回覧しました。これは、『復刻日本古典文学館〈特装版〉山岸徳平蔵 拾遺和歌集〈限定四二〇部〉』(山岸徳平 解題、日本古典文学会、ほるぷ出版、昭和五十三年三月)として刊行されたものです。

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 回すにあたり、見てほしいと言ったことは、次の8点です。

(1)桐の箱に入っていること。
(2)白い絹の布で包まれていること。
(3)少し縦長の本であること。
(4)中に古筆鑑定家の極め札が貼り付けてあること。
(5)裏表紙が金の色の紙であること。
(6)8つの束ねた紙を糸で縫ってあること。
(7)ページが左右に平らにきれいに開くこと。
(8)桐の箱の裏に小さな穴があいていること。


 みんな、興味津々で触っていました。複製とはいえ、非常に精巧な作りです。歌集というものの原本の姿を目の前にして、しかも実際に手で触ることは、文学の歴史を理解する上で大事なことだと思っています。教科書からの文字による情報だけでなく、身体で書物というものを実感することも大切だからです。これは、私が目の不自由な方々とのお付き合いの中で、自然と体得したことです。千年近くも前の短歌が、こうして紙に書かれ、糸で綴じた冊子としてまとめられていることを、直に目と指の感触を持って実見するのです。
 この次は、和歌が巻き物になっていた姿も見てもらおうと思っています。

 昨秋の授業では、平安時代に書かれた3冊の日記を回覧しました。影印本として刊行されている『和泉式部日記』(三条西家本)・『紫(式部)日記』(黒川本)・『更級日記』(御物本)です。いずれも、宮内庁書陵部ご所蔵の古写本でした。今回は、さらに豪華な装幀の本です。
 いつかどこかで、こうした和本の手触りや姿を思い出してくれたら、との思いから、こんな機会を授業の中に作っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎国際交流

2018年01月11日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」

 熊取ゆうゆう大学で『源氏物語』の「若紫」を読む集まりも、今日が今年の第1回目です。参会者は7人。

 数行も進まないうちに、「て」の字母のことで立ち止まってしまいました。「天」と「弖」に加えて「氐」も検討することにしたからです。

 図書館にあった『くずし字字典』や『異体字字典』などを参考にしていると、いろいろな問題点が見つかりました。
 これまでにも、この「て」に関することは書いて来ました。「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」(2017年12月14日)
 今日も問題となったので、中間報告として記します。

 『難字・異体字典』(有賀要延、国書刊行会、平成5年12月第7刷)に、次のような例があります。「弖」と「氐」の箇所を引きます。「夷」に下線が付いた文字は初めて見ました。いずれも「て」と読む文字のようです。

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 『かな字典』(井茂圭洞、二玄社、1993年5月 四刷)には、次のような例があります。ここには、藤原定実の字を例に借ります。この字典には「て」の変体仮名として「弖」は採られていません。

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 字母の字形のどこに線引きをするのかは、実に悩ましいところです。

 ここで、「阿弖流為」(あてるい)の「弖」の意味を考えようとしたところで、もう夜となったので帰ることになりました。
 この勉強会には、地域の社会人と学部の1回生だけしかいません。丁寧に変体仮名を確認しながら見て行くので、遅々として進みません。しかし、素朴な疑問が新たな疑問を呼びます。ああでもないこうでもないと盛り上がるので、歓声が絶えません。

 帰途、研究仲間の王先生にこうした字典の資料をお見せして、漢字が持つ中国での意味を教えていただきました。
 「弖 = 互 = 氐」の3文字は、いずれも「互いに」という意味を持つ漢字だそうです。
 「弖」は「互」と同じく「hu」と読みます。「氐」は「di」と読み、始皇帝の頃の中国の少数民族の名前でもあり、星の名前でもあるようです。
 「夷」に下線が付いた文字は、野蛮とか他民族の意味を持つ漢字だとのことです。
 もっとも、これらのことは車中でいただいた教示なので、あらためて帰ってから調べて教えてくださることになりました。

 こうした断片的なことをつなげて、「て」の字母が持つ背景に初学者と立ち向かおうとしています。
 まだ彷徨っている状況にあります。それぞれの分野の専門家からのご教示を、心待ちにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:08| Comment(0) | ■変体仮名

2018年01月10日

読書雑記(218)白川紺子『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』

『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2016年7月)を読みました。シリーズ第4作です。

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■「星の花をあなたに」
 登場人物たちが考え、そして、自分の思いを語っています。その背景に、ファッションや草花が鏤められています。丁寧な語り口に惹かれます。
 ただし、ゆったりとした流れに、つい読み飛ばした部分があります。この作者の語りは、読む場所と時を考えて、のんびりと読み進むのがいいようです。作品は上質です。しかし、それを読もうとする私が慌ただしすぎました。『万葉集』を謎解きに使った、古典的な和歌の世界を持ち込んでいます。機会があれば、次はゆったりと読みましょう。【4】


■「稲妻と金平糖」
 鹿乃が生まれた野々宮家は、明治までは陰陽道が家職で拝み屋だったそうです。これは、別の作品に展開していく芽でもあります。
 後半で、やっと人の情が語られます。これまでとは違う文章になっています。突然のように、作者は新しい表現方法を手に入れたようです。前作でやや文章に張りがなくなっていたので、これは今後につながるいい傾向です。
なお、賀茂の丹塗りの矢の伝説は、作中に生かしきれていません。そのために、話題となった雷の帯の話が死んでいます。せっかくいいネタを揃えたのに、もったいないことでした。【3】


■「神無月のマイ・フェア・レディ」
 人間関係が少し複雑になってきます。帯の謎を追いかけていくうちに、慧の親をめぐり、さまざまなことがわかりかけてきました。人のつながりが、思いやりを持って語られます。慧が母親について思い返す場面の点綴は巧みです。そして、慧と鹿乃の距離も接近します。さらにその間に、春野が割り込んできます。ますますおもしろくなっていきます。人間が描けていることで、読み物の領域を出て、小説として成り立っています。【4】


■「兎のおつかい」
 天皇の即位式の後の頃の話だとあります。大正時代ではなくて、昭和の時代でしょうか。とすると、新築されたという京都駅はいつのものなのでしょうか。いずれにしても、ずっと昔の話に立ち返って語られます。兎の櫛が話題となります。時代の雰囲気をよく伝える内容です。
 物語も、夫婦の縁についてのものです。そして、お互いが思い違いをし、すれ違いの愛情がうまく語られています。素直な心とボタンのかけ違いの話がよくわかりました。
 最後に、曽祖父の蛙のネクタイピンと、曽祖母の兎の帯留めの話が、きれいに物語をまとめ上げています。【5】
 
 
 
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2018年01月09日

大和平群で初釜を楽しみ成人の日に思う

 今日はお茶の先生のお宅で初釜です。今年も、お稽古を根気強く続けたいと思います。
 生駒線の中でも単線区間にある駅舎は、この町で子育てをしていた頃とは様変わりしています。
 駅前がきれいに整備されていても、実は無人駅なのです。

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 町内を流れる龍田川は、昨夜来の雨で濁っていました。今朝方からの雨は上がり、生駒山から吹き下ろす風の冷たさから、今夜は雪になるのではと思わせます。

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 昨年の初釜には参加しなかったと思っていたのに、皆さんからは来ていたとおっしゃいます。食事をいただいている内に、少しずつ思い出しはしたものの、やはり記憶が茫洋としています。とにかく、昨年は東京最後の年だったために、特に正月以降は仕事以外のことはほとんど記憶の彼方にあります。
 帰ってからブログを見ると、昨年も同じ今日、確かに初釜に行っていました。しかも、その日のブログでは詳しく報告していたのです。夢遊病の日々だったとはいえ、大変失礼しました。

「大和平群での初釜と茶室披きに行く」(2017年01月08日)

 席入りした床には「万年祝峯松」の書とウグイスカグラが、後席ではアケボノという椿が飾られていました。そういえば、待ち合いの床には「千年春」と書かれた扇が掛けられていました。お正月らしい演出であることには、後で気づきました。

 私が正客役ということになり、いろいろと指示を受けながらお茶事は進みました。
 亭主である先生の心配りが自然なのに感心しながら、食事やお菓子やお茶をいただきました。

 すっかりお客さん気分でいたところ、突然お点前をすることになり慌てました。何事にも動じないように、という訓練でもあります。とにかく、場数を踏むことで、作法や礼節を身に付けることにします。

 今日は成人式のために祝日です。途中の駅では、着物姿や正装の若者を見かけました。京都の新成人は、団塊の世代の頃の半数になっているそうです。若者が年ごとに少なくなっていく時代に入っています。逞しく育ってほしいと願うだけです。

 成人式というと、すぐに自分の時を思い出します。私の成人式は、東京での下宿先が火事になって焼け出された直後だったため、エントリーしていたマラソン大会にも出られず、大田区にある鷲神社の会館の板の間で、区から配給された毛布にくるまって過ごしていました。これまでに何度もこのことは書いたので、詳しくは省きましょう。「江戸漫歩(118)深川大鳥神社の酉の市」(2015年11月29日)

 帰りの京都駅前のタワーは、お正月らしく紅白にライトアップされていました。

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 我が家の紅白梅も、ほとんど咲きそろって来ました。

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 鉢の間に置いた小犬は、今日のお茶事の最後にいただいたおみくじ付きの犬です。その中には、次のように書いてありました。なかなかいい年になりそうです。
  中吉
「いいこと」いっぱい
このみくじにあう人は
今年一年良いことに
たくさん出会うでしょう


 さあ、明日から今年の仕事が本格的に始まります。
 身体に充分気をつけて、目の前のテーマに挑んで行きたいと思います。
 ただし、決して無理をしないようにという声も、そこここから聞こえてきます。
 またまた、今年もみなさまにお詫びをしながらの日々になる予感もします。
 早々と、ごめんなさい、と言って身を守ってのスタートとします。
 
 
 
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2018年01月08日

読書雑記(217)山本兼一『まりしてんァ千代姫』

 『まりしてんァ千代姫』(山本兼一、PHP文芸文庫、2015年11月)を読みました。

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 まず、「ァ」を「ぎん」と読むことを、本書で始めて知りました。
 ァ千代姫は一見男まさりのようで、実は花を愛でる心優しい女神だったといいます。舞台は16世紀の九州北部。ァ千代姫を中心とする戦国時代の物語です。

 作者は、女心をさも自分が見聞きしたかのように自在に語っています。男である作者山本兼一が描く女性心理は、どれだけ的を射ているのか知りたいところです。ァ千代姫が結婚した場面などは、13歳の女の子の気持ちが詳細に語られています。これも、現代の女性たちはどのようにその描写を読むのか、非常に興味があります。

 しばらく読み進んで来た時、印刷の文字のフォントが違って来たことに気づきました。作者の語る部分と、ァ千代の侍女みねが語る部分は、文体はもちろんのこと、見た目にも書き分けられているのです。

 前半に据えられた「祝言」の章は秀逸です。人間の気迫と情熱が語られる物語です。
 戦をする時の人の気持ちが、男と女の両面から語られています。特に、ァ千代という女の視点からの語り口に、新鮮で温かい眼差しを感じました。

 ァ千代が秀吉の人質として、九州から大阪に行くくだりから、話はさらにおもしろくなります。
 その後、ァ千代の夫は柳河に移り、さらに朝鮮へ出兵します。夫婦は大きな歴史の荒波に漕ぎ出すことになったのです。そんな中でも、ァ千代は冷静沈着に立ち動きます。「女はつらい」という言葉を何度も漏らしながら。

 人質として預かった公家育ちの側室に手を焼くァ千代が、魅力的に描かれています。その中で、『源氏物語』が自分たち田舎者には馴染めない例として引かれています。『源氏物語』の受容史の一例として引いておきます。

 ァ千代が問いかけると、宗虎が首をふった。
「わしも、最初はそう思うてな。あれこれと話そうとしたのだが、なにしろ京の今出川家と内裏の界隈からほとんど外に出ずに育ったとかでな。歌と源氏物語のこと、香と季節の花のことよりほかには、なにも話ができぬのだ」
 ァ千代は、くすりと笑ってしまった。(434頁)
(中略)
「よろしいではございませんか。源氏物語のお話をお聞きになっておあげなさいまし」
「ああ、すこしは聞いた。しかし、どうにも退屈でな」
 いにしえの殿上人の恋の話を、我慢しながら聞いている宗虎の顔を思い浮かべて、ァ千代はまた微笑んでしまった。
「いや、葵上を苦しめた生霊の話はおもしろかった。というより、ぞっとして恐ろしかったのだがな。女とは、げに恐ろしき生き物だと、聞いていて鳥肌が立ったわい」
 源氏物語の主人公光源氏の正室葵上は、夫の愛人である六条御息所の生霊に取り憑かれ、ついには命を落としてしまう。
 ァ千代は、幼いころ、母の仁志から読み書きを習った。源氏物語はそのころに読んだ。
 生霊の話は子どものころ、ただ恐ろしいだけだった。ひさしく忘れていたが、言われて思い出した。女の心の底には、たしかに生霊となるほど強い嫉妬や執念が眠っている。
 いまなら、そのことがよく分かる。(435〜436頁)


 この長編物語は、読者の心を掴んだまま、意外な方向へと静かに終わります。作者の構想と筆力の凄さを、存分に堪能しました。本を閉じてから、物語の最初から最後までを、しばらく思い返しては再度その展開と人物像を確認しました。
 一人の女性が実に生き生きと描かれています。夫婦の愛情が籠もった物語としても、出色の作品になっています。【5】

初出誌:『文蔵』(2010年11月号〜2012年8月号)
    単行本はPHP研究所から2012年11月に刊行。
 
 
 
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2018年01月07日

清張全集復読(13)「笛壺」「山師」

■「笛壺」
 死に場所として、武蔵野の寂しい所を男は選びました。
 父親のことを、「俺が幼い頃、親父は女を作って家出し、零落して木賃宿住いをしていた。」(335頁)と言います。自分の父親のことを思い浮かべての文なのでしょう。
 男は今年69歳で、かつては延喜式の研究で恩賜賞を受けた畑岡謙造。彼は、妻子と1万5千冊の蔵書と学問を捨て、貞代という女に走りました。後悔はありません。
 25、6歳の頃、福岡県の中学で歴史を教えていた畑岡は、東大史料編纂所の淵島所長を調査地に案内し、高い評価を得て東京に出ることになります。しかし、恵まれないままようやく成果を出した後は、2人の女に恵まれない、孤独な学者の末路を歩むのでした。
 最後が、短編のせいもあってか、語りつくせないものを残して終わります。【3】
 
初出誌:『文藝春秋』(昭和30年6月)
 
 

■「山師」
 猿楽役者の大蔵藤十郎は、家康に知恵を授けます。それは、山師の技量を活かした金脈の掘削です。やがて天下を我が物にした家康は、佐渡金山と石見の銀山を唐十郎に任せました。職能集団の姿が描かれます。これは、清張自身の職工としての体験に裏打ちされた物語なのです。
 最後は、打算家としての家康の姿が描かれます。思い上がる職人を冷ややかに見つめる清張の奥深い眼を感じました。【3】
 
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(昭和30年6月)
原題は「家康と山師」
※『松本清張全集 35』(文藝春秋社、1972.7.20)の巻末に収載されている著者自身による「あとがき」には次のようにあります。
私の歴史小説としては最初の気に入ったものである。(526頁)

 
 
 
posted by genjiito at 01:00| Comment(0) | □清張復読

2018年01月06日

紅白梅の可憐な様子と飛ぶ鳥の雄姿

 今年も紅梅と白梅が少しずつ花開いています。
 七草粥の頃には満開になっていることでしょう。

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 床の間には、お正月らしく百鶴図を掛けています。
 その鶴の姿を思わせるような、散策路沿いの松の木から飛び立つ鷺の姿を見かけました。

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 今年も穏やかに始まりました。
 今年度末までの予定はビッシリと埋まっています。
 と言っても、昨春の気が遠くなるほどの夢遊病状態を思えば、今年はその比ではありません。
 それでも、一つずつ着実にこなしていくことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 00:05| Comment(0) | *身辺雑記

2018年01月05日

初泳ぎで健康に気遣った生活を始めました

 今年も元気で一年を無事に過ごせるように、スポーツクラブで初泳ぎをして来ました。
 通勤時間が長くなったために、車中での読書時間が増えました。しかしその反面、歩く距離が格段に減っています。移動距離は日に200キロでも、ほとんどが座席に座ったままでの移動です。駅の中を歩いているだけなので、これでは運動と言えません。長距離移動に伴う疲れが溜まるばかりです。

 週に1回はしっかりと運動をしようと、昨秋から再度スポーツクラブへ通い出しました。東京で銀座4丁目のクラブ(コナミです)へ通っていた頃を思い出し、日々体調の維持管理に気を遣うようにしたはずです。しかし、その週1回が、しだいに怪しくなってきたのです。昨年末の12月は、忙しいことを口実にして、たった1回しか行きませんでした。というか、行けませんでした。ますます体力が衰えていきます。

 今日の初泳ぎで、まずは快調にスタートしました。
 年明け早々ということもあってか、プールで泳ぐ人はまばらです。水中ウォーキングをする人は、ほとんどがお節料理でポッチャリとした高齢者。そんな中に混じって泳ぐ痩せっぽちの私は、少し気が引けます。それでも臆することなく、いつものように25メートルのプールを行ったり来たりと、無心に水掻きをして来ました。

 スチームサウナやジャグジー風呂でゆったりとして、ロビーで野菜ジュースを飲んで帰ります。こうして、今年も健康的な生活が始まりました。
 
 
 
posted by genjiito at 01:00| Comment(0) | *健康雑記

2018年01月04日

京洛逍遥(482)上賀茂神社へ初詣

 下鴨の地に居を構える前は、賀茂川を挟んだ西側の右岸に5年ほど仮住まいをしていました。その頃の氏神様が上賀茂神社でした。ということもあり、毎年両神社にお参りしています。
 今日は突然の小雪と小雨が降り、賀茂川畔の散策路も少し泥濘んでいました。
 御園橋の架け替え工事も一通り終わり、今は新旧二本の橋が架かっています。

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 手前の袴を着けたような新橋は、三条大橋に似ています。灯籠は付いていないようです。
 写真の向こう側にまだ残っている旧橋は、これから片づけるのでしょうか。

 上賀茂神社は静かでした。お正月も三日目となり、参拝客もぐっと少なくなっています。いつものように、バス停前の葵家でヨモギ入りの焼き餅をいただき、口にしながら一の鳥居を潜って参道を歩きます。斜め向かいの神馬堂にはヨモギ餅がないので、行かなくなりました。

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 二の鳥居の正面に建つ細殿の左右には絵馬があります。その前の2つの「立砂」は、賀茂別雷神が降臨したという本殿背後の「神山」をかたどったものです。三角錐の先端に松葉が立っています。左側は三葉、右側には二葉の松の葉が挿してあるそうです。そう聞いていたのに、実際にはよく確認したことがありません。また次の機会にでも忘れずに。

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 本殿は、階段を上がったところです。神山に向かって、これまでの感謝の思いと今年のいろいろなお願いをしました。

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 紫式部と縁の深い片岡社の前を流れる御物忌川(おものいがわ)は、神事に使う祭器などを洗い清める川です。この片岡橋から舞殿(橋殿)に向かう水の流れは、いつも清々しくて好きです。

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 紫式部の歌碑は、年月の流れを感じさせるいい色合いになってきました。そろそろ結界を設けてもいいかもしれません。

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紫式部
 ほとゝきす聲
 とは
 片岡の杜の
 しつくに
  立ちや
   ぬれま
    し


 7年前の元日には雪が積もっていたことが、古いブログからわかりました。定期的に記録を残しておくものです。

「京洛逍遙(177)上賀茂神社へ初詣_2011」(2011年01月01日)
 
 
 
posted by genjiito at 01:00| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年01月03日

京洛逍遥(481)仕事始めの『蜻蛉日記』の後は下鴨神社へ初詣

 今日は恒例となった、テーブルに資料を広げて箱根駅伝を見ながら仕事始めとなる日です。
 今年の初仕事は、阿波国文庫本『蜻蛉日記』の影印本を見ながら校訂本文を作成することです。これまで少しずつ進めて来ていたので、上巻と中巻は終わっており、年末から下巻に入っています。
 『蜻蛉日記』は、一般的には宮内庁書陵部所蔵桂宮本の本文が読まれています。主要な本文は、『データベース・平安朝日記文学資料集 第二巻 蜻蛉日記』(伊藤・関本編著、同朋舎、1991(平成3)年)で公開しました。その後、阿波国文庫本『蜻蛉日記』が国文学研究資料館の所蔵となったので、それを元にした校訂本文を新たに作成しているところです(公開画像は「http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200021025/」から確認可能)。

 『蜻蛉日記』は、写本に書き写された文字を翻字しただけでは、意味が通らない箇所が無数にあって内容がよくわかりません。そこで、推測本文というものを作ります。ああでもない、こうでもないと、新しく本文を想定して校訂本文にするので、なかなか面倒な作業を伴う仕事です。そのせいもあって、遅々として進みません。

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 また、国文学研究資料館が所蔵する『蜻蛉日記』の別の本文(文政元年版(1818)「http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200005724/」)が、『日本古典籍データセット』(国文学研究資料館等所蔵)に収載されており、その公開データも利用できるようになっています。この版本に印された固有名詞の推測結果は、このタグ(200005724_tag.csv)をたどれば、試案として提示している推測本文の一部が確認できるようになっています。古写本における誤写・誤読に興味のある方は、ぜひご覧いただき、ご教示いただけるだけ幸いです。

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 これらは共に「人文学オープンデータ共同利用センター」から広く公開されており、原本による古典文学の受容への便宜が図られています。実に便利な時代となりました。

 さて、今年はどのような成果が公開できるのか、自分でも今から楽しみです。

 駅伝が終わってから仕事を切り上げ、昨日果たせなかった氏神様への初詣に出かけました。

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 今日も、着物姿の方はほとんど見かけません。街中でよく見かけたのは、海外からの観光客の着せ替えに目がいっていただけの流行現象だったのでしょうか。

 舞殿の前に飾られる今年の絵馬は、なかなか力強い犬です。

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 その舞殿の西側には、昨日の元日ほどではないにしても、長い行列がつづいています。

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 今年も破魔矢として「丹塗の矢」をいただきました。『古事記』や『山城国風土記』で知られる神婚伝説に基づく矢です。それとともに、「鴨のくぼて」もいただきました。これは、下鴨神社の境内から出土した土器をもとにして制作されたものです。私はこれをおつまみ入れにして使っているので、今日も一個いただきました。

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 楼門の手前では、いつもの甘酒がありました。毎年いただいています。火鉢に手をかざし、指先を温めながらいただく甘酒は、なかなかいいものです。

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 片づけなどを手伝っているのは、神社のボーイ・ガールスカウトの子供たちです。かいがいしく立ち働く姿は、清々しいものがあります。ここでの甘酒はお勧めです。

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 帰りに境内の一画にある「さるや」で猿餅をいただいてから、バス通りに出て下鴨本通りの「ラ マルチーヌ」で洋菓子を2つ選び、家で「焙煎工房Hug」の香り高いコーヒーと一緒にいただきました。

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 このお店の左隣が焼き餅の「ゑびす屋加兵衛」さんです。
 このあたりには、みたらし団子で知られる「加茂みたらし茶屋」さんなど、楽しいお店が多い地域でもあります。「読書雑記(216)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・3』」(2017年12月07日)の中の「聖夜の涙とアリバイ崩し」でも触れたように、河原町通りから下鴨地域はスイーツ好きの方には堪らないエリアとなっています。
 ただし、残念ながら糖尿病の私には禁断の区域です。下鴨地域に点在する和菓子屋さんと共に、その時々に理由をつけていただいて帰ることに留めています。

 この年末年始は、いろいろなものを口にしました。来月の血糖値の数値が、今から心配です。
 
 
 
posted by genjiito at 01:31| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2018年01月02日

下鴨神社への初詣と河内高安への墓参 -2018-

 元日には氏神様へご挨拶に行きます。
 大晦日には小雨が降ったものの今日は快晴。
 ブラブラと下鴨神社に向かいました。

 境内に入ってびっくりです。鳥居から本殿まで、長蛇の列なのです。こんな光景は見たことがありません。いつもは元日の午前中にいく下鴨神社も、今日は午後です。家を出る時間が良くなかったようです。

 ここにはいつでも来られる、という気安さがあります。お参りはそこそこにして、大阪の八尾にあるお墓参りをすることにしました。少し南に下った出町柳から京阪電車で向かいます。ただし、どうしたことか、電車はガラガラでした。

 4回乗り換え、2時間ほどかかって、河内高安にある近鉄信貴山口駅に着きました。駅前から乗った霊園の送迎バスの運転手さんの話では、年末年始の墓参はいつもより少なかったそうです。みなさん、のんびりとした寝正月なのでしょうか。

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 大阪湾越しに、淡路島や四国が望めます。

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 新年を迎え、いつもと同じように、同じことをしています。
 それにしても、片道2時間の道中で人出の少なさに拍子抜けしました。たまたま時間帯がそうだったのかもしれません。下鴨神社の初詣客がすごかったことと、街中の様子が対照的です。

 そして、今年は着物姿の方が京都でも少ないように思います。海外の方がレンタルの着物で楽しんでおられるのはそれとして、女性が少ない以上に、男性はさらに見かけません。もう少し様子をみることにしましょう。
 
 
 

posted by genjiito at 00:05| Comment(0) | ・ブラリと

2018年01月01日

今年のお節料理も多彩です

 我が家のお節料理は、最近はだいたい息子が主となって作っています。大助かりの妻は、嬉しそうにお手伝い役に回っています。小さい頃から妻の手料理で育ってきた子供たちは、今はそれぞれが自分流に引き継いでいるのです。

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 両親やご先祖さまへのお供えのお節も、また別に作っています。

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 そうこうするうちに、娘から孫のために作ったという「離乳食おせち」の写真が送られてきました。

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 すべて柔らかく煮込んで作っているので、潰しながら食べさせているようです。

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 これも妻の影響か、すべて手作りです。私の母から妻へ、そして娘や息子へと、確実に日本の文化が伝わって行きます。
 私は一切口を出さず、ゆっくりと黙々と、いつも通り2時間をかけて、シェフと愛妻の合作である美味しいお節料理をいただいています。

 いつもと変わらない、静かなお正月です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:31| Comment(0) | *美味礼賛