2017年11月30日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その8)「盤」という文字

 今日も大学の図書館の一角で、学部1年生を担当者として、橋本本「若紫」の写本を変体仮名に忠実な読みをしながら勉強しました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とがテーブルを囲み、一緒に変体仮名を読む集まりです。あくまでも、自主的に開催している課外学習です。今日の参加者は7名でした。

 ちょうど、付箋跡がある所が出て来たので、私がこの「若紫」を実見した時のことを話しました。この付箋跡は、書写した写本の本文を、跡で修正や追記するための目印だと思われます。もっとも、書写した人とは違う、別の人の仕業かもしれません。あるいは、後の人が他本と校合しながら、補訂箇所に付箋を貼ったのかもしれません。
 いずれにしても、後でまとめて手を入れる作業をするため、その行頭に目印として付箋を貼り付けた箇所であり、剥がした跡なのです。
 原本の紙面を、懐中電灯の光を斜めに当てて仔細に見ると、付箋の痕跡がはっきりと確認できます。このことは、昨秋、日比谷図書文化館の講座を受講しておられた皆さんと、原本を閲覧した折に確認したことでもあります。テキストとして使っている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)では、こうした痕跡も忠実に再現できるように注記しています。

 橋本本「若紫」を読み進めていると、「盤」を字母とする文字は濁る音に使われていることが多いのではないか、ということが想定できるようになってきました。このことに、参加者は大いに興味を示しました。ささやかなことながらも、この集まりとしては一つの発見なのです。
 今日見た本文では、次の「【見】ゆれ盤」という文字列がその例の一つです。

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 手元にあるデータベースでこの「盤」が出てくる箇所を確認すると、この文字の使われ方の傾向がわかるはずです。来週にでも、テキストを作成した時の基礎資料が手元のにあるので、そのデータベースを使って、学生たちに調査してもらおうと思っています。疑問点や仮説が生まれたら、すぐに調べ、暫定的であっても何らかの結論を得ておく、という訓練をしてもらうつもりです。この勉強会に集まっている1年生は、まだ研究の意義も手法もわからない状態にいます。そうであるからこそ、こうした疑問を抱いたその時が、解決するための方策を模索する格好のタイミングなのです。そうした態度を、試行錯誤の中で身に付けてくれたら、という期待を込めて調査してもらおうと思います。

 もし、すでにこのことを記した書籍や論文などをご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■講座学習

2017年11月29日

京洛逍遥(478)洛陽三十三所(5)新長谷寺(真如堂)

 今秋の真如堂については、昨日の「京洛逍遥(477)永観堂・真如堂・金戒光明寺の黄葉と紅葉」に書きました。
 なお、今夏参拝した折に朱印帳を忘れて行ったので、今回あらためて記帳していただきました。

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 書いてくださった方は、まだ記帳に慣れておられなかったのか、字が不揃いです。観音霊場を巡礼して集印する意義に変わりはないものの、幾分ありがたみという点では軽く見えてしまいます。文字は不思議な力を持っています。これは、自戒の意味を込めてのことです。

 真如堂の境内は、四季折々に緑や赤や黄色に彩られます。
 落ち着いた雰囲気のお寺です。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から新長谷寺(真如堂)の略説と地図を引きます。

御詠歌
いくたびも まいるこころは はせいでら
 やまもちかいも ふかきたにかわ

 天台宗 鈴声山 真正極楽寺 真如堂に属す。平安時代、九条家の祖と言われる藤原山蔭卿の開基。本尊は十一面観音。山蔭卿の信仰が厚い長谷寺十一面観音を模刻造像。
 吉田山は旧来神楽岡と呼ばれ、仏法有縁の霊地。山蔭卿が邸宅を構え、そこに新長谷寺を建立。明治時代、真如堂境内に移転。


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posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年11月28日

京洛逍遥(477)永観堂・真如堂・金戒光明寺の黄葉と紅葉

 永観堂の紅葉は赤と黄のグラデーションが艶やかで、観光客を呼び寄せる魅力に満ち溢れています。境内に入ると、明るく暖かい色が一面を塗り潰したかのように飛び込んできます。

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 池を望む東屋の窓が額縁になっています。

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 多宝塔から西を見霽かすと、市街が一望の下に見渡せます。

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 紅葉の中にたたずむ観音の衣文がインドを連想させます。その横のお地蔵さんの表情がやすらぎに誘います。

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 すぐ近くの真如堂は、緑の中のお寺というイメージを持っていました。「京洛逍遥(448)白川通から真如堂を経て神楽岡通へ」(2017年06月11日)に記した通りです。しかし、落ち着いた紅葉の中もいいものです。

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 ここでは、「洛陽三十三所 観音霊場」のご朱印をいただきました。このことは、また別の連載の一つとして記します。

 帰り道でもあり、金戒光明寺に寄りました。境内には紅葉はなく、楼門の前に鮮やかな紅葉がその存在感を見せています。

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 境内の一角にあった「戀西楼」で、生湯葉をのせた抹茶蕎麦をいただきました。

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 少し甘めなのは、関西特有の味です。それにしても、失礼ながらお寺の境内にあるお店とは思えない、おいしい茶蕎麦でした。今秋行った鞍馬駅正面にあるお店でいただいた茶蕎麦とは、雲泥の差があります。観光地の食べ物はいろいろです。

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posted by genjiito at 20:29| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年11月27日

京洛逍遥(476)妙顕寺・百々橋・宝鏡寺・堀川通の紅葉と黄葉

 先日の勉強会[町家 de 源氏物語の写本を読む]が終わると、会場である「be京都」の館長である岡元さんが、この近くの妙顕寺の紅葉が見ごろだと教えてくださいました。
 それでは、ということで早速みんなで立ち寄りました。

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 境内を奥に入るとライトアップもなされているようです。しかし、この日は入口だけを堪能することに留めました。

 堀川通に向かって西へと歩き、応仁の乱で東陣があった百々(どど)橋あたりに至り、新しくなった景観を楽しみました。
 この地のことは、「京洛逍遥(450)上京区を歩くためのフリーマップ」(2017年06月19日)で簡単に触れました。
 また、茶道の不審菴と今日庵への入口で行なわれていた無電柱化の工事と、百々橋跡の整地もすっかり終わっていました。整地前の様子は、「京洛逍遥(426)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)の写真をご覧いただければ、その変化のさまがわかります。

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 この地に設置された説明版にあるように、ここは応仁乱の激戦の地です。そして、この橋が『上杉本洛中洛外図屏風』に描かれているのですから、いろいろと想像が広がります。

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 この説明版は、源氏千年紀で市内各地に設置された説明版と、そのデザインが統一されたものです。今後とも、こうしたデザインの説明版が市内各所に置かれるのでしょうか。古くなった案内板が多いので、これは大歓迎です。
 「源氏のゆかり」として連載した説明版40枚については、次の記事を参照願います。
「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010年05月08日)

 その百々橋の西横の宝鏡寺の紅葉も、垣根越しに見ることができました。

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 さらには、堀川通りに出て、銀杏並木も楽しみました。

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 みんなとは堀川寺之内のバス停でお別れし、そのすぐ前の田丸弥さんで、お茶道具と秋バージョンのパッケージに包まれたお煎餅「白川路」をいただいて帰りました。このお煎餅は、お盆にお参りに来てくださる養林庵の庵主さんがお勧めの美味しいお菓子です。見かけられたら、ぜひ一度口に入れて、その触感と味を楽しんでください。

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posted by genjiito at 18:40| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年11月26日

京洛逍遥(475)府立大学前の紅葉と上賀茂から琵琶湖に渡る虹

 東西に走る白川疎水通りから、南北に通じる北山通りを散策中のことでした。
 京都府立大学の南門近くの樹木園側の紅葉が、陽光を浴びて輝いていました。

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 そこから京都府立京都学・歴彩館の前の下鴨中通りを北山通に向かうと、その並木道も色付いていました。

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 北山通に向かって北へと歩き、しばらくすると一転して天がかき曇り、比叡山から大津の方に虹が架かったのです。
 
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 京都北山通に出ると、旧・府立総合資料館の前からも、比叡山越しの琵琶湖に虹が落ちています。

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 北山通りと鞍馬街道の角から上賀茂神社の方を望むと、まさに立ち昇る七色の帯が見られました。

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 霧雨を肌に感じたと思う間もなく、しだいに晴れていきました。
 突然天候が急変する中に身を置き、不思議な感触を抱きながらの散策となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:34| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年11月25日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第3回)の報告

 寒さが厳しくなりました。それでも、いつもどおり「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)での勉強会をしました。今日の参加者は4名でした。
 テキストとしている『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)を、3丁裏から5丁表まで読み進めました。今日の進行役は須藤圭氏(立命館大学)です。
 今日の一番の問題点となったことは、文字のなぞり書きについてでした。
 次の写真を見てください。問題となる箇所は、3丁表3行目の「徒可万つ里」(つかまつり)の「万」と、5行目の「さるへき」の「さ」という部分です。

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 3行目の「徒可万つ里」の「万」は、その前後の文字と墨の色と太さが違うことから、後の筆が加わっているのではないか、と思いました。もし文字がなぞられたものであれば、その下に書かれている文字は何でしょうか。その参考になるのが、5行目の「さ」です。つまり、最初に「徒可さつ里」と書いた後、「さ」ではないことに気づいた書写者は、それを「万」になぞったのではないか、ということです。

 その可能性を探っていると、本日最後に読んだ第5丁目表の8行目と9行目の行末に、次の例がありました。
 「佐万二」と「あ里さ」とあるところです。

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 ここは行末なので、何かと書写に問題が起きるところです。それは、糸罫という道具を使って書き写しているために、行末は下端の木枠のことが気にかかり、よく文字が歪んだり書写ミスが起こる場所だからです。それでも、この例から、「万」と「さ」は紛らわしい字形であることがわかります。

 前例の「万」について、「さ」をなぞって「万」にしたということは、想像ではなくて現実にありうるケースだと思われます。

 このハーバード大学に所蔵されている古写本『源氏物語』については、3回も現地に足を運んで写本を実見しました。ここについても、よく見て翻字したはずです。しかし、こうした例に出くわすと、少し自信が薄らいできました。
 機会があれば、ぜひともこの箇所を原本でもう一度確認したいと思っています。

 こんな調子で、のんびりと古写本『源氏物語』を読み進んでいます。

 次回は、12月16日(土)の10時から12時まで。
 場所はいつもの「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)です。
 定例の第4土曜日ではなく、また時間も午前中です。
 参加を予定しておられる方は、お気をつけください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年11月24日

高校生が平安時代の影印古写本を初めて手にした感想

 女子高校の日本文学史の授業で、平安時代に書かれた3冊の日記を回覧しました。影印本として刊行されている『和泉式部日記』(三条西家本)・『紫(式部)日記』(黒川本)・『更級日記』(御物本)です。いずれも、宮内庁書陵部ご所蔵の古写本を、容易にその実態が確認できるようにしたものです。

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 以下に列記した生徒のコメントは、それぞれの日記がどういう内容のものかはほとんど知らない状況での、いわゆる第一印象とでもいうものです。

 2年生の生徒たちは、こうした日本の古典籍を影印本とはいえ、直に手にするのは初めてのはずです。平安時代の作品が、その後に手で書き写されたものを初めて見て、今おもいつくまま自由にコメントを書いてもらいました。これが影印本であることについては、そのありようがよくわからないままの印象を記したものです。しかし、その感想には、鋭く物を見た言葉もちらばっています。

 次に機会があれば、男子高校の生徒の反応も知りたいものです。

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■3冊共通のコメント■
・漢字だらけでまったく読めない。
・当時の文字はつなげ字だったんだ。
・字がつながっていて読みにくい。
・字が崩れていてわからない。
・昔の人はこれを読み書きしていたというのが凄い。
・読めたらおもしろいだろうな。


■『和泉式部日記』(三条西家本)■
・今と違って四角形の本。
・字の大きさがバラバラ。
・平仮名は大きく、漢字は小さい。
・字が細い。
・柔らかい、優しい雰囲気がした。
・書き方がかっこいい。
・行の頭に2文字分空いているところがある。
・「る」と「ら」が読めた。
・「み」と「た」が読めた。


■『紫(式部)日記』(黒川本)■
・これだけが長方形の本だった。
・文字がつながりすぎている。
・字の大きさが小さい。
・他の2冊と字の形が違う。
・字がちょっと汚い。
・他の2冊よりも読みにくそう。
・他の2冊よりも字がきれい。
・反復記号が多くて、字が細い。
・「をかし」があった。
・右上にハンコが捺してあったのが印象的。
・なぜハンコが捺されているのですか?
・『紫日記』と『紫式部日記』とはどう違うのかな?


■『更級日記』(御物本)■
・3冊の中で一番読みやすそう。
・現代の字に近くて見やすい。
・他の本に比べて字と字の間が少し空いている。
・字が丸い。
・文字が太くて濃い。
・字がつながっていなくて読みやすい。
・文字に四角いマスが見えて来そう。
・可愛らしい雰囲気がする。
・他の2冊よりも漢字が多い。
・途中に藤原定家卿略伝っていうものがあって、そのページだけが中国の方が書いたかのような漢字ばっかりで、びっくりした。

 
 
 
posted by genjiito at 20:33| Comment(0) | ■変体仮名

2017年11月23日

今週11月25日(土)に[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します

 今週11月25日(土)に、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で[町家 de 源氏物語の写本を読む]の第3回目を開催します。
 先日の京都新聞「まちかど」欄に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催するこの勉強会の開催案内が掲載されました。

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 この勉強会に関する詳細は、次の記事をご覧ください。
 「[町家 de 源氏物語の写本を読む]を再開します」(2017年06月22日)

 今回は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、185頁、2013(平成25)年)の第3丁裏1行目行頭の「御ちき里可那と(御ちきりかなと)」(テキスト22頁)から、変体仮名の字母を確認しながら見ていきます。担当は、須藤圭(立命館大学)です。
 なお、この勉強会の名前を、今回から[町家 de 源氏物語の写本を読む]としました。
 これは、これまでは[町家 de 源氏の写本を読む]としていたものです。「源氏」としていたために、『平家物語』も扱うのかという問い合わせがあり、紛らわしいために『源氏物語』であるとしました。
 また、京都新聞の「まちかど」欄には連絡先を「伊藤さん」としていたために、これもどこの誰なのかわからないので敬遠されていたことがわかりました。そのため、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の伊藤さん」と、京都新聞の記事に明記していただきました。
 前回は3名の参加者でした。少人数で読み進めていますので、短期間に変体仮名が読めるようになると思います。興味のある方は、本ブログのコメント欄などを利用して連絡をいただければ、折り返し詳細をお知らせします。
 
 
 
posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年11月22日

「いい夫婦の日」は赤ワインで

 「誕生日」は、自分に関することとはいえ、人が祝ってくれるので、されるがままという雰囲気に包まれます。
 「母の日」や「父の日」は、なんとなく擽ったくて照れ臭い、人ごとのような実感の湧かない日です。
 それにひきかえ、「結婚記念日」と「いい夫婦の日」は、元気で今あることをお互いが祝福する、気持ちのいいお祝いの日です。

 今日は「いい夫婦の日」だそうです。一昨年の今日のブログを見ると、研究集会の記事の中に「いい夫婦の日」であることが埋もれていました。その記事では、「新宿に出て、妻と一緒にいつもの『岐阜屋』で諸々のお祝いをしました。」とあります。そういえば学生時代から、何かあれば妻と一緒に、新宿にある思い出横丁の『岐阜屋』でした。
 去年はどうしていたのか、ブログには特に何も書いていません。気づかないままに過ぎ去ったのかもしれません。

 単なる語呂合わせで【1122】なので、自分との関わりはまったくない日です。そのせいもあってか、気持ちに余裕があると、思い出しては、お祝いと称して祝盃をあげているだけのことです。

 今日は、授業の後に会議が2つありました。その間に、時間の隙間を縫うようにして8種類の書類を仕上げ、慌ただしく各部署に提出しました。私は、この書類作成が一番苦手です。そのため、いつも遅れがちとなり、締め切りギリギリになると大慌てです。懲りもせず、いつもの儀式となっています。

 ウトウトしていた車中で、フッと見た日付が「1122」。そうだった、と思い妻に連絡をすると、ワインがいいとのこと。大阪駅で乗り換える時に、赤のボジョレヌーボーを手に入れました。

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 我が家では、血糖値を上げないようにと、ワインは赤にしています。
 今日もぐったりなので、陽気なラベルを見ながら頂くことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 22:18| Comment(0) | *身辺雑記

2017年11月21日

インドの方との見えない糸を意識させられた出会い

 現在、来年度に予定しているインドでの「第9回 インド国際日本文学研究集会」について、少しずつ話が具体的に展開しています。以下、その進捗状況を兼ねての報告です。
 そして、今回も意外な人と人とが結びつきました。不思議な縁を感じざるをえません。

 本日、京都駅でインドからお越しのバフルカル・シュリカント先生にお目にかかり、親しくお話ができました。引き合わせてくださった佐久間留理子先生に、お礼申し上げます。
 バフルカル先生は、プーナ市にある「バンダルカル東洋学研究所」の名誉幹事です。この研究所は1917年に創立され、現在、全インド東洋学会議の本部が置かれているそうです。
 バフルカル先生は、インド大叙事詩『マハーバーラタ』の校訂出版などにより、インド学の分野では世界的に著名な方です。

 その先生に、以下の3点について協力をいただけることになりました。

(1)『源氏物語』を「マラティー語」で翻訳するにあたり、今回同行のチェタナー・ゴサヴィ先生が担当してくださる。

(2)来秋、ハイデラバード外国語大学で国際日本文学研究集会を開催するにあたり、プーナから若手の研究発表者を紹介していただく。

(3)インドでの日本文学に関する研究情報をデータベース化していることに関して。学位論文や研究論文及び学会での研究発表に関する情報を提供していただく。


 マラティー語についてはかねてよりハイデラバード外国語大学のシェーク・タリクさんから情報をいただいていました。プーネでは日本語教育が盛んで、国立国語研究所のプラシャント先生がその分野での言語研究をなさっていると聞いていました。しかし、今春まで私は隣の研究所にいながら、近いということに気を許し、一度もプラシャント先生にお話を伺わないままに東京を離れてしまいました。また新たに面談の機会を作りたいと思っています。

 『十帖源氏』のマラティー語訳については、昨年のインド開催の国際集会の時点では、ニッシム・ベデカルさんにお願いしていました。しかし、何かと多忙とのことで、マラティー語訳は沙汰止みになったままでした。これで、また動き出せます。

 なお、今日もまた、人と人とのつながりの縁というものを感じました。
 私がインドに客員教授として行っていた時、そしてその後、インド研究家だった小磯千尋さんとお知り合いになり、いろいろとインドのことを教えていただきました。ご一緒にデリーでのお買い物にも連れて行っていただきました。インドの歩き方の伝授も受けました。また、帰国してからも、連絡をとって情報誌などをいただいたりしていました。
 その小磯さんのところに、今日初めてお目にかかったチェタナーさんが泊めてもらっている、とのことです。消えかかっていた人と人との細い糸が、この偶然を機縁として、また繋がり出しそうです。別れ際の話が意外な所へと展開していき、とにかく驚きと共に今日のところはお別れすることになりました。

 本日のバフルカル先生との面談を通して、ハイデラバード外国語大学のシェーク・タリクさんの所で開催する「第9回 インド国際日本文学研究集会」の次に、「第10回 インド国際日本文学研究集会」はプーナ大学(又は、ティラク・マハラシュトラ大学)で可能だということになりました。インドにおける日本文学研究のお手伝いに関して、また大きく前進することになります。ありがたいことです。

 私は前が見通せないままに、多くの方々のご理解とご協力をいただきながら、インドの日本文学研究の発展のために牛歩の歩みをしているところです。折々に、幅広い情報提供やアドバイスをいただけると幸いです。
 今後とも、ご支援のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:27| Comment(0) | ◎国際交流

2017年11月20日

体力測定で体力年齢は31歳だと

スポーツクラブで体力測定をしました。
VO2Maxは41で、体力年齢は31歳。表示されたコメントは「非常に優秀」でした。
今夏の測定では29歳で、それまでが、ずっと18歳でした。

「スポーツクラブでの身体測定では29歳の身体だとか」(2017年08月07日)

9月に頭痛が酷くなり、頭部神経痛と診断されてからは運動はもとより、仕事も大幅に自制してきました。
今年の8月以降、この3ヶ月間は、我が人生66年間で一番仕事をしなかったように思います。ひたすら、身体を庇った日々でした。そのこともあってか、体力年齢も落ちたのでしょう。
この長い休息期間があったからこそ、今こうして物事に取り組めているのだ、と思っています。

この、体力年齢やVO2Maxがどのようなものかは知りません。1つの指標だと思って、目安にしています。

これから年末にかけて、何かと忙しくなることはわかっています。それだけに、頭も特に痛くないので、運動を意識した生活をしたいと思っています。
無理はせずに、とにかく元気に長生きをして、抱えている仕事が中断したままにならないように気をつけたいと思っています。



posted by genjiito at 21:08| Comment(0) | *健康雑記

2017年11月19日

読書雑記(214)中村久司『サフラジェット』

 『サフラジェット:英国女性参政権運動の肖像とシルビア・パンクハースト』(中村久司、大月書店、2017.10.16)を読みました。

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 本書は、著者が正義感と使命感のもとに、英国での闘う女性の姿を日本人に向けて語るものです。英国における女性の社会進出を、篤い思いで書き綴っています。女性参政権獲得闘争が中心であり、以下の通り、本書の切り口は明快なのです。

 参政権獲得をめざした多彩な組織の中でも、一九〇三年に設立され、後年になって「サフラジェット」と呼ばれるようになった戦闘的な女性集団「女性社会政治同盟」(WSPU=Women’s Social and Political Union)に焦点を当てる。
 「サフラジェット」に注目したのは、彼女たちの運動には破壊活動が含まれ、その運動の特異性が歴史に残るからではない。「言葉ではなく行動を」(Deeds not Words)をモットーとしたWSPUの運動が、それまで何十年間も継続しながら国会開会前の議員への陳情・請願の域を超えなかった当時の女性参政権運動を活性化させ、参政権獲得に大きく貢献したからである。(14〜15頁)


 本書で筆者が読者に訴える根幹には、次の4点があります。膨大な情報が底流にある物語ということもあり、この点を踏まえて読み進めると理解が深くなると思います。


(1)日本の識者や婦人参政権運動家は、英国を含む海外のフェミニズム・女性参政権運動を学び、影響も受けて、早くからそれらを日本へ紹介している。しかし、日本で「サフラジェット」の全体像を詳しく紹介したものは、今日まできわめて稀である。(中略)
 WSPUの「全体像の紹介」は、一部の学術論文を除いて稀有であり、シルビアの詳細にわたる紹介に至っては、皆無に近い。(18〜19頁)

(2)近年、英国では多様な組織と機関がデジタル・アーカイブを構築して公開するようになった。また政府機関の情報公開も活発で、M15もシルビアの監視・調査ファイルの一部を公開し、ホロウェイ刑務所も、囚人名を含めて、WSPUなどの活動家収容記録を公開した。(19頁)

(3)英国の女性参政権獲得闘争は、欧米各国の同様の運動に直接的・間接的に影響を与えた。一九一一年前後に、パンクハースト夫人は米国で三回、シルビアは米国・北欧・中欧で三回、盛大な講演を行っている。日本へも英国から直接、あるいは米国経由で影響を与えた。
 女性参政権獲得一〇〇周年にあたる二〇一八年を前にして、英国ではこの運動の大きな歴史的意義を再評価する多彩な催しが企画されている。(20頁)

(4)シルビアは、差別、権利の侵害、不正行為、搾取、抑圧などを目にすると、常に犠牲者・弱者の側に立って、いかなる権威・権力をも恐れることなく、人道のために戦闘的に闘った女性である。彼女が恐れなかったのは、政府・要人・警察・軍隊・暴漢のみではなかった。「参政権運動でもっとも多く投獄され拷問された」シルビアは、己の死さえも恐れることなく、繰り返して死線を彷徨いながら、社会的弱者のために闘い続けた。
 シルビアは、二一世紀の今日、世界各地の職場・地域・社会で、女性差別を含む多様な差別の撤廃、人権擁護、社会正義の実現、貧困の救済、搾取反対、労働条件の改善、経済的不公正の是正、反戦などのために真摯に闘っている老若男女の心に「私たちのシルビア」として蘇り、多くの人々に闘争の指針と勇気を与えている。
 筆者も彼女に支えられた一人である。筆者は、勤務していた英国の大学が、英国最大手の兵器製造会社と国防省と一体となって、NATO(北大西洋条約機構)拡大と、NATO新加盟国への英国の武器輸出促進に加担している事実を発見した。それを告発すれば、リストラの名目で解雇になることは明らかであった。予見通り解雇されたが、武器輸出を中止させた。この在職中最後の孤独な闘争の中で、常に心に抱いていたのがシルビアであった。
 日本で何らかの闘いを真摯になさっている方々にとって、WSPUとシルビアの闘争は精神的な支えとなるであろうと確信している。日本へ紹介する大きな理由の一つである。(21頁)


 本書で初めて知ったことは数え切れません。その中で、私の興味と関心に結びついたいくつかを引いておきます。

■ 女性差別は、一般社会に存在するだけではなかった。オックスフォード大学もケンブリッジ大学も、一九世紀後半をすぎると次第に女性の大学入学を認めるようになったが、どんなに良い成績で課程を修了しても、女性は、男性が取得する学位と同等価値の学位を取得することができなかった。両大学は、女性参政権運動の期間中を通してこの差別を継続していた。学位授与についての女性差別を廃止したのは、オックスフォード大学が一九二〇年、ケンブリッジ大学が一九四八年のことであった。(23頁)

■ バーミンガムの刑務所で、彼女たちは、ハンガーストライキに入っていた。その彼女たちが、WSPUの運動史上初の強制摂食を体験することになる。
 獄中の強制摂食は、三人前後の女性看守と医師二人からなるグループで通常行われた。
 リーは女性看守によってベッドの上に全身を押さえ込まれた。一人の医師は、リーの鼻腔からゴム管を無理やり胃の中まで挿し通した。ゴム管の反対側をもう一人の医師が椅子の上に立って高く掲げ、その先に漏斗をとりつけて流動食を流し込んだ。流動食は生卵とミルクが一般だった。
 リーの鼻腔と胸と胃に激痛が走る。両耳の鼓膜が破れたように痛みだした。激しい頭痛に襲われ精神が錯乱した。
 リーとマーシュが最初に体験した激痛を伴う屈辱的な強制摂食を、その後、多くのサフラジェットが、繰り返し強いられることになる。
 シルビア・パンクハーストの最初の強制摂食では、四人の女性がシルビアをベッドに押しつけて動けなくしている。医師の一人は、リーの場合と同様に、流動食を流し込む役割で、もう一人は、鼻腔ではなく口からゴム管を通している。シルビアが口を固く結んで拒否し続けると、無理やり唇を広げて、歯のかすかな隙間から金属製の特殊な器具を挿し込んで、機械的に顎を開かせている。
 口から出血し、嘔吐をもよおし、ときには失神するのを無視して、シルビアの場合は一日に二回強制された(ほかには一日三回のケースもあった)。一カ月以上続くと、肉体の苦痛に加えて、精神状態が異常になりつつあるのを実感したという。(104頁)

■ コンスタンス・ジョージーナ・リットンは、ビクトリア時代にインドの総督を務めた初代リットン伯爵の娘だ。コンスタンスは典型的な貴族階級出身の女性だった。ウィーンで生まれ、父の勤務地インドで一一年間幼少期を送っている。母親は、ビクトリア女王の侍女であった。
 彼女の弟には、後述の国会の「調停委員会」委員長を、一九一○年から務めることになる第二代リットン伯爵がいた。後年、伯爵は、国際連盟から「満州事変」(一九三一年九月)の調査に派遣された調査団の団長を務め、「リットン報告書」を作成して近代史に残ることになる大物である。
 彼女は、社会的には「レディ・コンスタンス」と呼ばれる身分で、リットン家は、英国の貴族・統治階級に属する典型的な一家であった。
 コンスタンスは、当初WSPUの戦術に懐疑的であったが、次第にWSPUへの理解と共感を深め、一九〇八年末にメンバーになった。その翌年の二月二四日には、国会へのデモ行進に参加して逮捕され、ホロウェイ刑務所に投獄された。
 彼女は、投獄中に自分の心臓の真上にあたる胸の肌に、自分のヘアピンの装飾の欠片を使って「V」の字を切り刻んだ。「VOTES FOR WOMEN」の「V」である。
 彼女が入獄して間もなくすると、刑務所側が、囚人の身分が元インド総督の娘で、貴族の一員である事実に気がついた。その結果、彼女を直ちに釈放した。釈放の理由には、彼女が心臓病を患っていた事実もあって、ハンガー・ストライキに入って命を落とした場合、大事件になるとの政治的配慮があったというのが定説だ。
 コンスタンスは、自分が貴族階級出身であるために特別扱いを受けた事実に怒りを感じ、政府の囚人に対するダブルスタンダードを暴露するため、一九一一年に典型的な労働者階級の女性を装ってリバプールへ出かけた。
 リバプールでは刑務所の前でデモを行って逮捕されたが、その際に警察署で偽名「ジェーン・ウォートン」を使い、職業を裁縫婦と偽った。身にはみすぼらしい労働者の衣服をまとっていた。
 彼女は二週間の投獄刑を言い渡されたが、投獄された直後からハンガー・ストライキに入り、強制摂食を八回受けた。その直後、刑務所側が彼女の身分に気がつき、彼女はすぐに釈放された。
 後日、刑務所側は彼女の心臓病を釈放の理由として使ったが、彼女の著書によれば、彼女はリバプールの刑務所で健康チエックをいっさい受けていない。
 彼女が受けた強制摂食の回数は限られていたが、獄中体験以降、心臓病が悪化し、翌年には脳溢血で半身不随となった。しかし、一九一四年には、「刑務所と囚人たち−コンスタンス・リットンとジェーン・ウォートンのいくつかの個人的体験」を著し、刑務所内で労働者階級出身の女性が、労働者階級出身であるがゆえに不当に差別されている実態を告発している。(108頁)

■ 女性の国家貢献説を裏打ちするかのように、国会議事堂敷地に隣接する「ビクトリア・タワー・ガーデンズ」内に、パンクハースト夫人のブロンズ像が建っている。そこには、長女のクリスタベルのレリーフ(顔の浮き彫り)もあるが、シルビアの名前はない。
 しかし、女性参政権付与の理由としての国家貢献説は、権力者が体制を正当化するために描いた歴史から生まれるものだと、筆者には思われてならない。(250頁)

■ 国家貢献説を主因と考える根拠は薄く、女性参政権付与決定は、女性の貢献が大戦中に顕著になる以前に、ロイド=ジョージが決意していたと筆者には考えられる。その理由は二つある。
 まず第一に、既述のように、ロイド=ジョージは、英国がドイツに宣戦布告を行う一ヵ月半前に、シルビアと議会内で朝食をとり、破壊行為が中止されれば参政権を与える努力をする意思表示を行い、彼が女性参政権付与に失敗したら辞職するとまで述べている。(中略)
 第二の傍証は、ロイド=ジョージがお抱え運転手(chauffeur)として、サフラジェットを採用した事実である。(252〜253頁)

■ 英国史上で最初に女性が立候補し、女性も投票した一九一八年一二月の総選挙には、パンクハースト夫人を中心とする女性党は、クリスタベルを候補者にして戦った。
 女性党は、保守党支持勢力と協議して、クリスタベルの選挙区では保守党系の立候補を見送らせた。しかし、労働党にわずかに七七五票の差で敗北した。
 一七人の女性候補者で当選したのは、当時英国に併合されていたアイルランドのダブリン市内の一選挙区から立候補した、伯爵夫人のコンスタンス・マルキエビッチ(一八六八〜一九二七年。五〇歳)一人であった。彼女が英国で最初に女性国会議員として選出された人物だが、彼女はウェストミンスターの議会へ登院しなかった。
 登院するには、英国国王への忠誠宣言を行う必要があった。しかし、彼女はアイルランドのシン・フェイン党のメンバーだった。英国のアイルランド併合・統治政策に抵抗して闘っている人物の一人で、国王への忠誠を誓う意思はなかった。彼女は、選挙前の一九一六年イースターには、前述のアイルランド独立をめざした武装蜂起で政府軍と戦闘を交えて検挙され、死刑を宣告された。しかし、処刑を執行されることなく後日の恩赦で出獄していた。(259頁)


 引用が長くなるだけなので、あと2つの記事について触れておきます。

・チャーチルが女性参政権を認めなかったことを本書で知り、流布する情報の限界を知りました。物事を判断する時には、多様な情報が必要なのです。(47頁)

・シルビアがデザインしたティーセットを用いて、上流階級出身の女性が伝統的な作法でお茶を出した、とあります(96頁)。これは、どのような作法だったのか知りたくなりました。

 最後に、著者は次のように言います。

 サフラジエットの壮絶な闘いの詳細を知るようになるにつけ、いつの日にかその全体像を日本へ伝えるのが、日英を往来して生きてきた自分の使命と思うようになっていた。その思いを抱きながら、久しく時がすぎた。今その日を近くして、自分で自分に課した使命を、ある程度果たせたのではないかと安堵している。(284頁)


 通読し、著者の情熱をぶつけた語り口に圧倒されます。イギリスにおける女性参政権をめぐる女性の生き様を、あたかも目の前に展開するかのように語っています。いつの時代の話なのか、と錯覚するほどです。
 圧倒的な迫力をもって語られる内容と、その巧みな弁士としての語りに、食い入るように読みふけりました。

 第2章では、シルビア・パンクハーストを取り上げています。シルビアは、母と姉とは少し考え方の異なる、平和主義者でした。平和学博士である著者がシルビアを最後に語るのは、まさに面目躍如たるものがあります。

 本書の構成は、「プロローグ」が22頁、第1章「サフラジット」が158頁、第2章「私たちのシルビア」が82頁、「エピローグ」が10頁、「あとがき」が3頁です。
 第1章が本書の基盤となるものです。それだけに、私は、第2章「私たちのシルビア」のことをもっと知りたいと思いました。【5】

[追記]
 「あとがき」は次のように結ばれています。

 本書が手元に届いたら、ノーサンバーランドへ行ってエミリーに草花でも捧げようと思っている。

 二〇一七年夏 ヨーク市の自宅の庭の吾亦紅が風に揺れるのを見ながら


 本書の刊行を受けて、エミリーの墓石に草花の献花は済まされたのでしょうか。
 私の手元にある写真を検索していたら、2004年2月にヨーク市にある著者のご自宅を訪問した折の写真が出てきました。しかも、ご自宅の庭の草花を写していたのです。今もこの花たちは元気でしょうか。

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 ますますのご活躍をお祈りしています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | ■読書雑記

2017年11月18日

龍田川の紅葉を見てからお茶のお稽古

 龍田川の紅葉は今が盛りです。ただし、それは斑鳩町の紅葉のこと。私がお茶のお稽古で通う、その隣の平群町はさらに上流の龍田川なので、いたって地味な紅葉です。平群町は、ヤマトタケルと長屋王と『信貴山縁起絵巻』の町なのです。

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 今日のお稽古は、運びの薄茶にしていただきました。先生は、濃茶のお稽古に移りましょう、と言ってくださいました。しかし、自分の中で混乱しないためにも、今日は薄茶をお願いをしました。薄茶でも、丸卓を使わないお点前はしばらくやっていなかったので、これをやって頭を整理して、次回から濃茶をお願いしたのです。とにかく、わがままな生徒です。

 丸卓を使わなくても、基本は同じなので大体イメージ通りにできました。細かなことはいろいろと問題があるにしても、それはさておき、先生からは美しい所作を心がけるように、という点を強調したアドバイスをいただきました。気持ちを込めてきれいなお点前をする、ということが、当面の到達すべき目標となりました。

 柄杓からお湯やお水を注ぐ時や、茶杓で抹茶を茶碗に入れる時など、手首でクルリと回さずに、腕を身体につけて肘を意識して捻るといいのです。この前も指摘されたので、そうしたつもりでも、実際にやると出来ていません。少し大げさにしてちょうどいいようです。

 先週、我が家でお茶をいただいたことの報告などを通して、楽しむお茶の心得も教えていただきました。実践を通して生まれ出ずる問題を、こうして先生に伺いながら前に進んでいます。たくさんの話をし、いろいろと教えていただきました。いつも、稔りの多い時間となっています。先生には、質問ぜめで申し訳ないことです。本当に贅沢なお稽古です。

 京都駅前の水芸は、いつ見ても艶やかです。特に、年末年始は殊のほか華やかなのです。今日も、しばし佇んで見上げていました。


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posted by genjiito at 22:08| Comment(0) | *美味礼賛

2017年11月17日

体調も復調したので遅れを取り戻します

 先月末あたりから、頭部神経痛が和らぎ出しました。
 今月に入ってからは、肩の凝りがひどいだけです。
 今は、首筋が重たいと感じるくらいです。

 9月中旬に頭痛に悩まされ出してからちょうど2ヶ月。
 どうやら、順調に快方に向かっているようです。

 少し楽になった先月中旬から、またスポーツクラブに通い出しました。
 まだ、プールでのウォーキングと、軽く泳ぐ程度に留めています。

 水中で身体を温めた後は、ミストサウナ、打たせ湯、ジャグジー風呂。
 これらを巡回した後、最後にお風呂にゆったりと浸かります。

 賀茂の川風を肌に受けながらの帰り道。
 火照った身体がキュッと緊張するいい感触に浸たれます。

 この適度な運動を交えた、本来のサイクルが動き出しました。
 これで、今年の年末年始を乗り切りたいと思っています。

 日々慌ただしいだけの生活をしています。
 そんな中で、不本意ながら多くの仕事が停滞しています。
 遅れに遅れている多くの仕事を、これから取り返しましょう。

 さて、締めの一月半です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *健康雑記

2017年11月16日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その7)

 今日も図書館の一角で、橋本本「若紫」を読みました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とが一緒に変体仮名を読む、まったく自主的に開催している課外学習です。
 これが、ありがたいことに来年度からは、受講する学生には単位が与えられるものとなりそうです。私にとっては講義科目が一コマ増えることになります。しかし、一人でも多くの学生が変体仮名に興味を持ってくれるのであれば、それに勝るものはありません。
 来年度から実施となれば、これは卒論指導の一環と言うことで、3年生が対象です。ただし、現在の自主的な勉強会に参加している学生は全員1年生だけなので、この点の調整をこれからする必要があります。
 もっと勉強をしたいという社会人や学生のみなさんのためにも、現行の制度をうまく活用してよりよいものへと手を加えながら、さらに検討を重ねて行くつもりです。

 今日も、一人の学生に変体仮名を読んでもらい、それに私が突っ込むという、まさに大阪ののりで進みました。私と学生の掛け合い漫才でおもしろいと、なかなか好評です。
 そのような中で、参加なさっている社会人の方から、テキストの文字が小さ過ぎて見えない、というご意見をいただきました。たしかに、私も小さな文字には、メガネを掛けたり取ったりとせわしないことです。次回は、大文字版の影印資料を用意して対応することにします。

 いろいろな話をしている中で、私が大阪のおばちゃんはアメをくれる、という話をした時でした。女子学生が二人ともアメを持っていると言います。さすが、大阪の娘です。しっかりと私にアメを渡してくれました。おそるべし、大阪のアメちゃん文化。

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 雑談が多くて、今日も5行しか進みませんでした。今日も、「盤」「満」「堂」などの、画数の多い文字でつっかえていました。

 こんな調子で、ノロノロと進んでいます。
 次回は、11月30日(木)の午後4時半から6時まで。いつもの通り図書館で行います。外部の方も、自由にご参加ください。
 
 
 
posted by genjiito at 22:46| Comment(0) | ■変体仮名

2017年11月15日

オイオイ!!と思うこと(3)駅や車内で

(1)京都駅新幹線構内のトイレは、東端まで行かないとありません。だいたい、みなさんは見当たらなくて諦めます。あるいは、場所を聞いて諦めます。私は、中央口改札から入ったら、すぐ左横のJR連絡用改札から一旦在来線に出て、すぐ上にあるトイレを使います。これは京都のいけずではなくて、JRの組織が硬直している証拠です。JRの乗客を蔑ろにする場面は、旅をしていると頻繁に出くわします。これも、その一つです。

(2)特急に乗るやいなやシートを回転させて、4人や6人の席を作る集団がいます。発車後、うるさいことこの上なし。そして、降りる時に元に戻さないのも特徴です。

(3)電車やバスの「優先座席」に子供をサッと座らせる母親がいます。子供は、目の前の「優先座席」のステッカーに鈍感になり、アイコンの意味するものが刷り込まれない、いただけない教育がなされています。

(4)長時間の移動中に、何本かの返信メールを書きます。送信ボタンを押したそのタイミングに、ちょうどトンネルなどで通信ができない状況だったりして、我が身の不運を痛感します。

(5)関空快速での帰宅途中。天王寺から環状線に入り乗り換える大阪駅で寝過ごすと、終点の天王寺で環状線に乗り換えます。環状線を一周して大阪駅で降りた時の徒労感は、疲れを倍加させます。




posted by genjiito at 21:06| Comment(0) | *身辺雑記

2017年11月14日

京洛逍遥(474)不可解なタクシーの領収書2枚をめぐって

 12日の源氏物語散策のイベントで、北大路堀川にある紫式部の墓から自宅までは、2台のタクシーを利用しました。
 まず、2台の内の前を走った道案内役の私のタクシーは、4人が乗って千円です。これは、京都では大手のタクシー会社のものでした。そこで、後ろの方には立て替えていただいた千円をお渡ししました。

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 しかし、資料を整理していて、その時のタクシーの領収書2枚の金額が異なることに気付いたのです。

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 私の後ろを追いかけてもらったタクシーは、3人が乗って千百円でした。これは、個人タクシーでした。後ろの方には、負担していただいた分の百円を、後日お目にかかった時にお返しする連絡をしました。
 なお、個人タクシーの場合は、乗車した日にちは印字されても、時間は記載されていません。これは後の記録としては不正確なものになります。統一してもらたいたものです。

 まったく同じ時間帯に同じ大きさのタクシーで、まったく同じ時間をかけて、同じ距離を走って、その運賃が違うのです。今、私にわかるのは、会社か個人かという違いだけです。
 この運賃の違いには、何か特別な仕組みがあるのでしょうか?

 それにしても、この件だけで言えば、【個人タクシーに乗ると1割高い】、ということになります。

 また、今回は北大路橋の袂で一度停まってもらい、みなさんに賀茂川の川風と川の音を感じてもらいました。売茶翁の石碑もご覧いただきました。5分ほどだったでしょうか。
 ころが、植物園前の入口で停まった時に、後ろから来てもらったタクシーの運転手さんは、この北大路橋から私の家までは近いので歩けるでしょう、と言って、少し待つことを嫌っておられました。ほんのしばらくですから、と言って待ってもらいましたが。私が乗った前を走っていただいた運転手さんは、気持ちよく停車して待ってくださいました。

 紫式部のお墓の前から乗り込む時に、後ろの運転手さんにも橋の袂で一時停止していただく確認を、その場所まで詳しく説明しました。それなのに、ここからは歩いて自宅に帰れるだろう、とおっしゃったのです。
 今回は、お一方が足の調子がよくないとのことで、お昼の泉仙も、これから自宅でのお茶でも、椅子を用意していました。そのこともあり、歩くことは考えていないことを伝えました。しかし、個人タクシーの運転者さんは不満のようでした。
 その運転手さんには、いろいろと事情があったのでしょうか。それにしても、こんなタクシーの運転手さんが、国際的な観光都市を誇る京都を流しておられるのです。この調子では、観光立国やおもてなしの気持ちがお客様にねじ曲がって伝わりかねません。今、私は、【これからは個人タクシーは避けよう】、という思いになっています。
 どうも理解できないことに出くわしたので、これも記録の一つとしてここに留めておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:06| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年11月13日

記憶に残る「Hug」の珈琲が届きました

 賀茂川左岸に沿う半木の道は、少しずつ色付いています。
 その向こうの北山はまだ先のようです。

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 「珈琲焙煎工房 Hug」から、姉を通して2種類の珈琲(豆と粉)をいただきました。

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 しかも、私が誕生日だということで、こんなプレゼントが入っていたのです。

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 このギフトパックのデザインには、先日のブログに掲載した写真があしらわれています。
 なんと粋なことをと開封すると、Hugのみなさまのお心遣いが珈琲の豊かな香りと共に漂ってきました。

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posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | *美味礼賛

2017年11月12日

京洛逍遥(473)源氏物語散策(第2回)大徳寺周辺とお茶会

 好天に恵まれた今日は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉主催の源氏物語散策を行いました。東京から6名、京都から6名、奈良から1名の計13名です。お喋りをしながら解説を聞きながらと、のんびりとした京洛漫遊を満喫しました。

 まずは、精進鉄鉢料理「泉仙 大慈院店」でお昼ご飯です。

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 食べ終わると、器がこんなにコンパクトに収まります。
 食べてからも楽しめる、なかなかおもしろい食事です。

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 泉仙の近くの大慈院には、紫式部碑があります。
 お寺さんのご好意によりお庭に入れていただき、紫式部碑を間近に見ることができました。

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 さらには、この歌碑に関して、新村出博士(広辞苑の編纂者)がこのお寺に届けられたハガキと手紙も、親しく見せていただくことができました。

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 今日拝見した新村出博士に関する新出資料については、立命館大学の須藤圭氏があらためて整理して、近々報告書を作ってくれることになりました。いろいろなことがわかってきましたので、この件はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉を通して解説パンフレットとして発行する予定です。もうしばらくお待ちください。
 また、紫式部が『源氏物語』を執筆しているところと思われる絵が、軸装されたものとして写真に写っていました。これは、次回拝見できることになりました。
 ご住職と奥様には、お茶をいただきながら、資料をもとにした実地の勉強をする機会を与えてくださいました。得がたいご高配に対して、この場を借りてお礼申し上げます。

 今回の源氏物語散策は、須藤氏の解説によって経巡ることになりました。
 わかりやすくて機知に富んだ解説で予定地を進みました。

 雲林院では、僧正遍照の歌碑の変体仮名を1文字ずつ丁寧に読みました。また『源氏物語』の「賢木」巻で雲林院が出てくる場面を、江戸時代の大島本ではなくて鎌倉時代の池田本で、変体仮名にも留意して読み、物語の内容も確認しました。散策しながら学習もするという欲張った企画ながらも、プリントの文字の大きさといい、資料の配置といい、このNPO法人ならではの創意工夫が随所に見られる資料でした。

 この雲林院を訪ねた次は、某マンションの壁面に取り付けられた雲林院の説明板を見ました。この説明板については、ひっそりと貼られているせいもあり、ほとんどの方がご存知ありません。
 この説明を読み地図を確認していた時でした。1人の参加者が「雲林院」の文字が違うということに気付き、みんなで楽しく盛り上がりました。確かに、「雲院林」と書いてあります。

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 私は、この埋め込みパネルを、何度も人を案内しながら見ています。しかし、この誤植には気付きませんでした。目を変えて見ることの大切さを知りました。慣れてくると、見ているようで見えていないものなのです。

 櫟谷七野神社は、賀茂斎院跡として案内してもらいました。

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 そして、今日もここでは、楽しい発見がありました。
 前回の下見では、「京洛逍遥(473)NPO-GEM主催「源氏物語散策/第2回」のお誘い」(2017年11月03日)で、浮気封じの祈願延長のことを紹介しました。
 今日は、さらに刺激的なゾッとするような文言を見つけました。

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浮気相手(第三者)の家の前や敷地内に適宜、密かにまいて下さい。


 この神社は、今後とも注目すべき所だと言えます。

 本日の散策の最後は紫式部墓所です。

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 いろいろな質問に答えながら、無事に予定のコースを歩き終えました。

 一応解散とした後は、東京からお越しのみなさま5人と奈良からの1人を、賀茂川にお連れしました。
 北大路橋の袂で、千年来の川風と水の音を聞いていただいたのです。陽が西賀茂の方に沈むところでした。

 そして、我が家にご案内し、お茶会をしました。
 娘がお茶を点て、私が架蔵の『探幽筆 三十六歌仙』をお見せして説明する、という趣向です。
 今日の雲林院に関連したものとして、僧正遍照の画像をまず見ていただきました。
 架蔵の粉本の絵には、次のように描かれています。

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 この画面に指示された通りに、コンピュータグラフィックで彩色復元をすると、次のようになります。まさに、狩野派が粉本をもとにして、同じ絵を大量生産したことを再現したことになります。

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 この『探幽筆 三十六歌仙』の詳細な紹介については、旧〈源氏物語電子資料館〉の「架蔵『探幽筆 三拾六哥仙』の復元」」を参照願います。

 みなさまとご一緒にお話をしながらお茶をいただき、歌舞伎のこと、ベトナムのこと、お茶菓子のこと、日比谷での講座のこと、古写本を読む楽しさ等々、いろいろな話が花開きました。四畳半の茶室に9人が入ってのお茶会です。京間は広く感じるということで、日本の家屋や伝統文化の話題にもなりました。
 今回はお茶の経験豊富な方が多かったため、レベルの高いお茶会となりました。乞われるままに、私も初心者なりのお点前で2服ほど点てました。
 お茶は一保堂でいただいた裏千家今日庵お好みの「関の白」、お菓子は京都植物園入口の長生堂、そして大徳寺納豆を練り込んだ磯田の「式部」と、多彩な味と香りが楽しめるものを選んでみました。
 もっと時間があれば、という思いを抱きながら、みなさまを通りまでお見送りしました。
 次は、葵祭の時を予定しています。

 本日の講師を務めていただいた須藤氏、そして計画段階からいろいろな雑務をこなしていただいた石田さん、お疲れさまでした。みなさまから、二度と味わえない贅沢極まりない京都旅行になった、という感想を預かっています。また次回、こうした楽しい企画をプランニングしましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:09| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年11月11日

京洛逍遥(472)寺町の一保堂へ抹茶をいただきに行く

 賀茂川から北山を望むと、これから紅葉が広がる様子がうかがえます。

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 明日のNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の秋のイベントである源氏物語散策の後、我が家でささやかなお茶会をすることになっています。
 京都御所の西側を南北に走る寺町通りにある一保堂さんは、我が家から一番近いお茶屋さんなので、お客様がある時にはこの本店で抹茶をいただいています。

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 今回は、濃茶で使う抹茶で薄茶を点てることにしました。
 この界隈には骨董屋さんや画廊が並んでいるので、ブラブラと散策に出かけるのにいい所です。茶道具屋さんで、以前住んでいた生駒の高山で作られた茶筅と、炉用の少しいい柄杓をいただきました。明日は我が家での炉開きでもあるので、気分一新です。

 帰り道、廬山寺の紅葉を見ました。

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 正面左下の白壁際に建つ烏帽子のような形をした石碑は、紫式部の「めぐりあひて〜」と、大弐三位の「有馬山〜」が刻まれた歌碑です。

 廬山寺の向かいの梨木神社の参道は、萩で知られる名所ということもあってか、紅葉を愛でる雰囲気はありませんでした。

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 自転車だったので、京都御苑にも立ち寄りました。
 朔平門から西の方、乾御門の周りだけは色付いていました。

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 今出川御門から朔平門を見ると、砂利道の落葉に少し秋らしさを感じるくらいです。

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 日増しに気温も下がってきています。
 これから少しずつ景色が変わっていくので、その移りゆく風景を大いに楽しみにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:39| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年11月10日

他人のパスワードを勝手に削除するマイクロソフトのスタッフ

 過日、マイクロソフトの製品であるオフィスに関するサポートについて書きました。

「マイクロソフトの心寂しくやがて笑える電話サポート」(2017年10月20日)

 その時、非常に不愉快なことがありました。またあらためて書こう、と思っているうちに日時がどんどん経ちます。忘れないように、とにかく以下に、そのおおよそを記しておきます。

 ネットを介してのリモートサポートが間抜けな対応だったことは、すでに上記の通り書きました。その時、画面共有をして私のパソコンの中のファイルをいじっておられたサポート担当の方が、パスワードを収納している「キーチェーンアクセス」というファイルに手を着けられたのです。しかも、そのファイルの中から、いくつかのパスワードを記述したデータを削除されました。ワードとエクセルに関するものだったかと思います。

 最初は、思うようにいかないインストールを、手探り状態の中で進めるために、障害となっている元凶を消そうとされたのだろう、と思いました。そう理解して、されるがままに私のパソコンの画面上を這い回る、マイクロソフトの方のポインタを見つめていました。そのうちに、これは違法なことではないか、と思うようになりました。
 この「キーチェーンアクセス」のパスワードを見ようとした場合には、もう2ステップ必要なので、すぐに私のパスワードが覗き見されたり盗まれたりはしません。しかし、いくらサポートという名目であっても、他人のパスワードのデータ群を覗き見し、しかもいくつかを消して行かれたのですから、気持ちのいいものではありません。

 今、マイクロソフトのソフトウェアが使えないこと以外は、特に目立った異常はありません。

 あのマイクロソフトのサポートという名の下に行われたことは、正当なものだったのでしょうか。時間とともに、腑に落ちない思いがし出しました。
 礼儀も技術もないマイクロソフトの一人のお兄ちゃんに、私のパソコンが一時乗っ取られたことに、今は悔しい思いをしています。
 その点では、何度も体験しているアップルのリモートサポートでは、このような不信感を抱いたことはありません。
 ここにこうして、その事実を記録として残しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:55| Comment(0) | ◎情報社会

2017年11月09日

源氏物語散策の新聞記事

 今週末の12日(日)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では《源氏物語散策》を催行します。このことについて、京都新聞の「まちかど」欄に、以下の情報を FAX で送り、新聞掲載をお願いしました。

源氏物語散策
11月12日(日)雨天催行。昼食ありは五千円、午前11時に泉仙大慈院店に集合。昼食なしは千五百円、12時30分に大徳寺山門前に集合。紫野界隈を『源氏物語』と『百人一首』の変体仮名を読みながら散策。10日20時までに予約必要。伊藤さん携帯電話]]]][npo.gem.ito@icloud.com]


 これが、本日の朝刊に掲載されましたので、お知らせします。

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 原稿とは異なることは、3,000円以上の内容と、『源氏物語』の変体仮名を読むこと、そしてメールアドレスの有無です。
 「決行」ということばが好きではないので「催行」にしました。しかし、「決行」になっています。『源氏物語』という語がないのは、簡潔にするためなのでしょう。
 メールアドレスについては、毎回お願いしています。しかし、方針として掲載しないことになっているそうです。結局はメールでやり取りするので、電話口で相手のメールアドレスを教えてもらいます。アルファベットを口で確認するのは大変です。また、私は1日に6時間半ほど電車に乗っているので、電話をとるのが大変です。ぜひ、これは改善してもらいたいところです。
 
 
 
posted by genjiito at 07:12| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年11月08日

43 回目の結婚記念日

 私が結婚したのは、大学院の一年生の時でした。独りで生活できない私を見かねた同級生の妻は、よちよち歩きの研究生活を、ずっとこれまで支えてくれました。以来、いろいろなことがあっての43年です。あっという間だったので、予想外に短かった、というのが実感です。

 今夏からは、公私にわたっての膨大な量の仕事を、なんとか無事にこなして来ました。それでも、大事な仕事が積み残しとなっています。申し訳ないことです。

 今日は、科研という大仕事がひとまず終わりました。この一事のために、夏以来、多大なエネルギーをつぎ込んで来たのです。後は、4月1日を待つだけです。いくつもの手応えがあったので、その結果が今から楽しみです。

 結果が確認できる仕事は、仕事のうちには入らないと言われそうです。そうであっても、今回は気合の入れようが違っていました。多くの方とお話をし、今まで見聞きしなかったことをたくさん学びました。こんな今だからこそ得られた手応えであり、感触です。
 事務方のみなさんはもとより、支援していただいた方にも、心よりお礼を申し上げます。
 夕方の会議が終わってから、一区切りがついたことを実感しました。

 いつものように、3時間半をかけての帰り道で、この文を書いています。
 今、結婚記念日のお祝いをする自宅近くのお店に向かっています。

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 明日からは、また時間に追われる日が続きます。それでもこうして、少しでも息をつげるタイミングがあることは幸いです。ひたすら突っ走って来たのですから、今日だけは息抜きともいうべき、43回目の結婚記念日であり66歳の誕生日を、妻と二人で祝います。

追伸
 孫娘からお祝いのメッセージが届きました。

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posted by genjiito at 21:44| Comment(0) | *身辺雑記

2017年11月07日

赤ちゃんが口にし出した音のこと(その2)

 昨日、「赤ちゃんはどんな音から口にし出すのか?」(2017年11月06日)ということを話題にしました。
 その後、さらに正確なことを教えてもらえたので、昨日の続きを書きます。

 孫娘が発した音は、正確には「まみむめも」と「ばびぶべぼ」ではないようです。
 以下、届いた情報をとりまとめると、次のようになります。

・今までは、「あー、うー、んー」などの母音だけだった。

・その声に、「んまー、んばー、あぶー」など、「B」や「M」の子音が入るようになった。

・これから子音が増えていくと思われる。

・「B」とか「M」の子音が母音と結合している(日本語の音)わけではないらしい。

・きちんと「マ行」や「バ行」が言えるのかどうかは、まだよくわからない。


 ということで、今後の進展は、また折々に報告します。
 
 
 
posted by genjiito at 19:14| Comment(0) | *身辺雑記

2017年11月06日

赤ちゃんはどんな音から口にし出すのか?

 孫娘が、最近「まみむめも」と「ばびぶべぼ」の音を、声として出せるようになったそうです。ただ今、生後ちょうど6ヶ月です。

 もちろん、泣き声としてではなくて、言葉の一部を言っている、という感触からのものです。娘からの報告なので、正確には「だそうです」というべきでしょう。

 世の中には、さまざまな研究が行われているので、この乳幼児の言語獲得に関する研究も進展していることでしょう。しかし、乳幼児を取り巻く環境は日々変化しており、社会・地域・家庭・性別などなど、観察すべき要因は複雑に入り組んでいるはずです。インドの乳児と日本の乳児でも、自ずと言葉の習得は違うはずです。

 この、孫娘が言葉を獲得して行くプロセスは、記録としてここに書き残しておく意義があると思います。その断片から何が言えるのかは、後世の人の研究資料となることでしょう。揺れ動く対象なので、サンプルは多いに越したことはありません。

 これまでの、あくまでも過去の研究成果に縛られることなく、今を見つめてこれからの変化を楽しみにしています。
 併せて、文字を覚えるプロセスと、文字を書くプロセスも、今後とも楽しみにしています。心密かに、どの段階で、どのようにして変体仮名を覚えさせるか、今から秘策を練っています。

 我が家の娘の例を記します。
 ちょうどPC-8001を購入した時だったこともあり、娘はパソコンのキーボードでカタカナを覚えました。
 まだ、2バイト文字としての漢字や平仮名が画面に出せない時代だったので、キーボードにもアルファベットと共に、カタカナがキートップに印字されている時代の話です。

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 とにかく、キーを押すと半角カタカナが画面に出てくる時代に、娘はカチャカチャとキーを押し、というよりも叩き、出てきた(モニタに表示された)文字を私が読み上げて聞かせる、ということをして遊んでいたものです。
 時には、小さな指をつまんで、名前の読みをポチポチと押して、キーパンチャーごっこをしたことがあります。

 さて、この乳児時代の経験は、今の娘の生活に活かされているのでしょうか?
 私は、潜在的に秘められた能力として、今に活きていると信じています。もちろん、根拠はありません。
 
 
 
 
posted by genjiito at 20:45| Comment(0) | ◎情報社会

2017年11月05日

古都散策(64)秋晴れの大和平群でお茶のお稽古

 大和も秋晴れです。
 先月は2週続きで台風が来たため、お稽古も中止となりました。おまけに、テレビのニュースでも大きく報じられたように、近在の三郷町で土砂崩れがありました。近鉄生駒線が不通となり、平群周辺は陸の孤島ともなっていたのです。元山上口駅から王寺駅までは、単線の区間なのです。そして、今日も竜田川駅と勢野北口駅の間が徐行運転をしていました。私は、その手前で降ります。それでも、単線で列車が行き違うため、待ち合わせでしばらく停車していました。復旧には、まだまだ時間がかかるようです。生駒連山の紅葉を見ながら、今日ものんびりと2時間半の小旅行を楽しむことになりました。
 到着した元山上口駅には、次のように、運休のお知らせが掲示してありました。

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 平群町を流れる龍田川は、紅葉の錦にはまだ至っていません。

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 京よりも肌寒い中を、山登りをしながらお茶のお稽古に行きました。
 3人の子供たちが9年間通して通った幼稚園の庭には、黄色に輝く銀杏の葉が散っています。

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 今日のお稽古は、11月となり炉開きのお祝いで、ぜんざいをいただいて始まりました。これまでこの時期には、秋の学会シーズンということで、お稽古に来られませんでした。学会はすべて退会したこともあり、炉開きにお稽古に来られるようになりました。
 先週、家で炉の練習はしています。しかし、自習はやはり不正確です。いろいろと指摘や注意を受けながら、それでも楽しいお稽古となりました。
 来週12日(日)のNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のイベントである源氏物語散策の後、お茶会をする予定です。参加者にお茶のお点前ができる方が数人いらっしゃるのです。今日は、そのための特訓を受けました。実践的でぜいたくなお稽古をしていただいています。ありがたいことです。
 その中でも、今日は柄杓の扱い方で、きれいな所作になるようなワンポイントレッスンも受けました。自信がないと、つい雑に見えるようです。自然できれいなお点前を目指して、忘れることを恐れずに取り組んでいきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:31| Comment(0) | ・古都散策

2017年11月04日

日比谷の帝国ホテルでイバンカさんとは遭遇せず

 毎月1度、日比谷図書文化館で『源氏物語』を読むために上京しています。
 その途中でのこと。
 京都駅で新幹線を待っていたら、一人のおじさんがやってきて、ボストンバッグを点字ブロックの上に置き、どこかへ行ってしまいました。

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 なんと無神経な、と思いながらも、この荷物を手前に移動させるわけにも行きません。列車が到着する直前に来て、荷物はそのままにドアが開くのを待っておられました。こんな人と同じ車輌はいやだな、と思い、この方とはまったく別の離れた席に座りました。何か言おうものなら、逆ギレされるのがおちです。いやはや、困ったおやじさんです。

 日比谷図書文化館では14時半からの講座です。いつも、少し早めに有楽町に行き、ゆっくりと食事をします。私は、消化管を持たないので、1時間以上かけて食事をいただきます。食後は、途中で帝国ホテルのロビーで寛いでから、日比谷公園に向かうことにしています。

 今日は、昨日からイバンカさんが帝国ホテルに宿泊中とのことなので、ロビーが封鎖されていないかと恐る恐る自動ドアを開けました。いつもどおりに1階のロビーで、いつものイスに腰掛け、ノンビリと本を読むことができました。イバンカさんとの遭遇がないかと、チラチラ周りを見回しました。お巡りさんと警備員さんがいつもより多いだけで、これといった変化はありません。次第に人が増えてきたので、あまり長時間イスを独り占めしてはいけないので、この帝国ホテルのすぐ前の日比谷図書文化館に移動しました。角角にお巡りさんの姿がありました。

 古文書塾「てらこや」の講座では、今回から受講者が増えて、32名になりました。そして、新しく参加なさった方が、数名いらっしゃいます。また新鮮な気持ちで、700年前の古写本に取り組んでいきます。
 今日も、前半は文字にまつわるさまざまな話題を提示しました。
 来週11月12日(日)に源氏物語散策をすること、11月25日(土)には[町家 de 源氏物語の写本を読む]の第3回があること、などの連絡もしました。何と、すぐに6名の方が参加したいとおっしゃいました。地元の京都よりも東京の方が、源氏物語散策には興味があるようです。

 絵文字の一つとも言えるピクトグラムについても、いくつかの例を挙げて問題点を提示しました。このアイコンも、一つの絵に意味を持たせているので、漢字のような役割を担っています。新しい文字でもあるので、民間の各種業界などに任せきりにしないで、みんなで議論しながら決めていくべきものだと思います。

 橋本本「若紫」は、半丁ほど読み進めました。
 行末で文字が歪んでいる例や、丁代わりのところでなぞり書きがある例については、糸罫という道具を使っているからである、という説明をしました。これは、今回初めて参加なさった方が多かったので、写本の書かれ方についての基礎知識を意識してのものです。受講者の机上に置いている『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展示図録』(国文学研究資料館編、2008年10月、思文閣出版)を開いて、宮内庁書陵部が作成した檜製糸罫を一緒に見ながら、書き写された現場を想像してもらいました。

 講座が終わってからは、課外授業をしようというみなさんと一緒に、有楽町のビヤハウスに向かいました。

 途中、日比谷公園の中で、リポビタンDを無料で配っていたので、みんなで一本ずついただきました。

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 日頃からの疲労が、今や限界まで溜まりに溜まっている時期です。天の神様が、エネルギー補給という支援をしてくださっているのだと思って、一気に飲み干しました。今週は特に秒単位で仕事やイベントをこなしていたので、身心共に洗い流す嬉しいプレゼントとなりました。

 さて、9人で居酒屋に移り、橋本本「若紫」の現代語訳に取り掛かりました。先月の第1回を受けて、今日は4人の方が試訳を持参なさっていました。みなさん、文学とはまったく無縁だった方々です。この熱意には頭が下がります。
 前回に引き続き、「瘧病」をどう訳すか、ということから、早速熱のこもったやり取りが始まりました。素人だからということを標榜しながらも、実によく調べて来ておられるのには驚きました。
 とにかく、橋本本は誰もまだ読んでいません。というよりも、読めていません。現代語訳も、もちろんありません。一般に流布している大島本を参考にしながらも、所々で本文が違うので、いちいちその意味するところを確認することになります。
 特に、大島本が「うたてはべるを」とするところを、橋本本が「あやにくにはべるを」としている箇所は、いろいろな意見が出ました。これはもう、社会人教室の課外講座ではなくて、立派な研究会の雰囲気です。
 あまりにも異論百出なので、Tさんが今日の意見を取りまとめ、次回までにメールで流してくださることになりました。
 私が、「若紫」の最初には男の手が入っている、という問題提起をすると、これまた、男性陣は賛成で女性陣は反対と、おもしろいことになりました。
 私はもうこの春から研究者でも何でもないことを自認しているので、ただの源氏好きのおじさんとして気楽に意見を言うようにしています。論証も論争もすることはないので、楽しくみなさんの議論に参加しているのです。
 この課外講座は、これからがますます楽しみな集まりとなりました。
 有楽町に20時までいたので、みなさんにはお先に失礼する旨のお声がけをして、新幹線に急ぎました。

 京都駅は、冬らしい照明になっていました。

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 東京は京都よりも暖かでした。23時に京都駅に降り立つと、行き交う人の数は、東京の方が少なかったように思います。京都駅前の夜には、渋谷の賑わいがあります。
 最終のバスに乗っても、スーツケースを抱えた海外からの方々で混み合っています。これはこれで、すごいことになっているのです。もう、異変を通り越して、社会問題となってきています。
 観光立国はすばらしい国策です。しかし、インフラが整備されていないところに、溢れんばかりの旅行者が押し寄せた場合の混乱が発生しています。特に、そこで生活する者には、さまざまな犠牲が強いられています。これは、我慢すべき問題ではなくて、共生のためにも長い目で見た対策が早急に必要です。地元住人に不便さを押しつけず、快適な観光をしてもらえる街作りが求められます。まさに、観光学の領域ともいえます。その観光学が今はまだ未発達です。大阪観光大学に身を置く者として、観光都市の中でいろいろと考えるようになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎源氏物語

2017年11月03日

京洛逍遥(473)NPO-GEM主催「源氏物語散策/第2回」のお誘い

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、第2回目の「源氏物語散策」を催行します。今日は、そのお誘いの案内です。

 本日午前中に、案内役の3人で下見をしました。来週は、もっと紅葉がきれいになります。気ままな散策ながらも、少し味付けを変えた内容にしました。サプライズを楽しみにして、ぜひお越しください。


◎源氏物語散策実施月日︰
2017年11月12日(日)

◎集合場所と時間︰コース別2パターン
(1)食事あり:精進鉄鉢料理 泉仙(いずせん)大慈院店(京都市北区紫野大徳寺町4 大慈院内/狭い露地をずっと奥に入った泉仙の玄関前で集合/11時までに集合/食事「あやめ」3,240円/このコースは本ブログのコメント欄を使っての事前連絡が必要です
(2)食事ナシ:大徳寺山門(千利休の金毛閣)前/12時30分までに集合

◎参加費:(参加者全員の傷害保険を手配するため、催行前日11日(土)お昼までに、住所・氏名・緊急連絡用電話番号かメールアドレスをお知らせください)
(個人情報は、今回のイベントで保険申請に使用する以外には、いかなることにも使用いたしません。今後の連絡を望まれる方は、別途その旨をお伝えください。)
(1)食事と散策の両方に参加︰5,000円
(2)午後の散策からのみ参加:1,500円

◎散策時間︰12時30分〜15時30分

◎散策予定地︰
→某塔頭(紫式部関係特別観覧)
→雲林院(『源氏物語』と『百人一首』の変体仮名を読む)
→某所
→櫟谷七野神社(賀茂斎院跡)
→紫式部墓所(北大路堀川の交差点角)
→現地解散

◎案内人:
須藤圭(立命館大学、京都学)
伊藤鉄也(大阪観光大学、受容学)
石田弥寿子(NPO_GEM〈源氏物語電子資料館〉、理事)


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 今日の下見で撮影した写真を、以下に散策予定地の順にアップします。

 まず、待ち合わせの場所から。
 精進鉄鉢料理 泉仙(いずせん)大慈院店で一緒に昼食を召し上がるコースに参加の方は、狭い露地の奥の泉仙の前にお越し下さい。大徳寺山門の左側から、順路に沿って写真の道を歩いて行くと、自然と到着します。

 そのスタート地点となる、大徳寺山門からです。

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 次の地図の、赤い矢印通りにおいで下さい。

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 泉仙の案内板には、私の「鉃」が書いてあります。

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 左に紅葉が視界に飛び込んできたら、右手の狭い露地を通り抜けます。来週12日は、もっと鮮やかな紅葉になっているはずです。

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 食事をする部屋を仮押さえしました。窓から下に、大慈院の庭が見下ろせます。食事も注文しました。

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 ただし、ちょうどお昼時なので、もし超満員になっていたら、下の階の広間になるかもしれません。

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 次に、午後の源氏物語散歩から参加なさる方へ。
 大徳寺山門の前で待ち合わせです。しかし、もし早く着かれた方は、そのすぐ左手奥にある休憩所でお茶をいただきながらお待ち下さい。無料でお茶の接待があります。セルフサービスですが。

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 なお、この大徳寺から移動する際に、とっておきのサプライズを用意しています。本日、一般の拝観ができない某塔頭へ行き、紫式部関係のものを拝見できるようにお願いしました。これまでのこともあり、快諾していただきました。ありがとうございます。じっくりとどうぞ。

 大徳寺の南を走る北大路通りを渡ってすぐの、雲林院に行きます。

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 ここでは、『源氏物語』と『百人一首』の変体仮名を読みます。これは、このNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のイベントならではのことです。[町家 de 源氏物語の写本を読む]のアウトドア版の体験をしていただきます。
 雲林院の歌碑については、「京洛逍遙(79)雲林院の歌碑」(2009年05月20日)を参照願います。
 この雲林院でも、サプライズの場所を用意しています。これもお楽しみに。

 雲林院から南下すると、すぐに櫟谷七野神社(賀茂斎院跡)に着きます。
 ここは、今回の下見で私は始めて足を向けた所です。

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 ここには、なんと「浮気封じ」のご神符がありました。しかも、相手の浮気が止まない場合は、期間の延長ができるというのです。神様のご配慮は至れり尽くせりです。

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 最後は、紫式部の墓所です。入口には、ムラサキシキブがきれいに咲いています。気持ちのいい出迎えです。

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 手前味噌ながら、今回もなかなかおもしろいコースが組めました。
 得がたい知識や情報が満載の、第2回目の源氏物語散策ができあがりました。
 どうぞ気軽に申し込みいただき、元気にお越し下さい。

 この源氏物語散策の第1回目については、「京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)」(2015年10月10日)をご参照ください。

 この下見が終わってから、大急ぎで片道3時間の大阪観光大学へ駆けつけました。今日から大学祭が始まったことと、夏からの重要な仕事の総決算をし終えるためです。祭日などまったく関係のない、仕事漬けの連日なのです。

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 多くの方々が、大学祭にお越しになっていました。
 学生たちは、食べ物の屋台をたくさん出していました。
 留学生が多い大学なので、アジア諸国の、日頃は見かけない軽食が食べられるのです。地元の方々も楽しめたと思います。子供たちも、食べたことのないものを手にして、大喜びでした。この大学祭は3日間続きます。ただし、私は明日は早朝から東京へ移動して、日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読む講座に行って来ます。
今日の重要な任務は、5人の先生方と個別に打ち合わせや面談をすることです。お一人とは2時間も話し合うことになりました。しかし、前向きな楽しい展開となる話だったので、充実感を持って先生の研究室を後にすることができました。また、それ以外の先生方とも、今後に向けたいい話ができました。
こうして、新しい職場で8ヶ月目をむかえました。手応えのある仕事を、この短期間にやりおえることができました。その結果はともかく、多くの先生方と信頼関係を築くことができたので、意義深いやりがいのある仕事だったといえます。これは、まだまだ今後につなげていく必要があります。倦まず弛まず、一歩ずつ進んでいく契機ともなりました。先生方のみならず、事務方のみなさまにも、感謝しているところです。
 そんなこんなで、相変わらずバタバタするばかりの日々です。変わらぬ力添えを、引き続きよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年11月02日

熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その6)

 明日から、大阪観光大学では大学祭「第12回 明光祭」が始まります。学内は、その準備のために喧騒状態にあります。この場を借りて宣伝を兼ね、大学祭のパンフレットをアップします。興味のある方は、ダウンロードしてご覧ください。

大学祭パンフレット.pdf

 そのような中で、図書館の一角を借りて、学外の方や学生さんと共に、『源氏物語』「若紫」の写本を読みました。
 今日は、前回の復習をブログの報告記事を見ながら行いました。「新」や「登」などの変体仮名は、この2週間ですっかり忘却の彼方のようでした。根気強く繰り返し変体仮名を見て、目慣らしをする努力は怠らないことです。常に意識して、文字を見る習慣を身につけてほしいと思っています。

 さて、今日集まったのは、昨日、広島大学へ行った学生が中心だったので、タチアナ先生のお仕事の凄さなどが話題となりました。いわば、日本文学を広く見渡しての話に終始しました。

 たまたま話がコンピュータのことに及んだ時のことです。参加なさっている社会人の方が、かつて私がこの大学の前身である大阪明浄女子短大で開催した、パソコンを使おう、という講座に参加なさっていたのだそうです。
 そうなんです。今から20数年前に、この大学では、全国でも最先端のコンピュータ教育を展開していたのです。しかも、アップルのマッキントッシュ50台をネットワークでつなげて。
 その最先端の技術を駆使した教育を、私は推進していました。社会人を対象にした公開講座も実施し、毎年40名もの方々が、コンピュータなるものを触ってみようと、お出でになっていたのです。マスコミや教育関係者の話題にもなっていました。
 また私は、マルチメディア部や、ワールドワイドリサーチ部を作り、学生たちとホームページを作ったりして活動を展開していました。

 私が東京に異動してからは、新しい情報処理を導入した教育は、次第に他大学にマネをされ、特色のないものになったようです。
 その、一番華やかな頃に足を運んでくださっていた方が、今は古写本を読む講座にお出でになっているのです。驚きとご縁の深さに、感慨深く思い出話をしてしまいました。
 このことは、またいつか、当時の資料がみつかれば書きます。

 際限もなく話題が発展したので、今日のところは前回の復習だけで、それ以上には写本を読むことはできませんでした。
 ちょうど、テーブルに映像を投影するプロジェクタがあったので、手元のiPhone の画像を映写し、みんなで覗き込みながら、まさにフリートーキングの講座となりました。

 次回は、2週間後の11月16日(木)午後4時半から、いつものように図書館の入口右横の特設コーナーで、『源氏物語』の写本をテキストにして変体仮名を読んでいます。参加は自由です。立ち寄ってみてください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | ■講座学習

2017年11月01日

広島大学で開催されたタチアナ先生による古典の日公開講演会

 広島大学で開催された、11月1日・古典の日を記念する公開講演会に行ってきました。古典の日も、今日でちょうど10年。ロシアからお越しのタチアナ・ソコロワ・デリューシナ先生とお会いするのも10年ぶりです。お元気で何よりです、と握手をする手にも力が籠ります。

 大阪観光大学で私の科研のアルバイトをしている学生9人も同行です。本年4月から取り組んでいる科研のテーマは「海外における平安文学」。現在、ロシアで刊行された日本文学の翻訳本の整理などもしているところです。タイムリーな企画であり、いい勉強になるので、みんなを連れて出かけて来ました。

 大学は山の中にあります。紅葉が見事でした。

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 開会の前に、タチアナ先生とご一緒にお食事をしました。逸翁美術館の伊井春樹館長とは、ここで合流です。食事をしながら、多くの興味深い話を伺うことができました。最近モスクワでは、寿司とピザはデリバリーで取り寄せられる、とのことです。自宅で居ながらにして食べられるので便利になった、とのことでした。
 この時間帯に、広島大学の妹尾好信先生ゼミの3、4年生の学生さんが、私が引率してきた大阪観光大学1年生9人を大学のキャンパス案内に連れて行ってくださったのです。そしてラウンジで食事をしながら、先輩としてのいろいろな話もしてもらえたようです。理想的な学生の交流会となりました。私の方の学生には、ミャンマー、ベトナム、韓国、中国からの留学生がいました。異文化交流ともなったようで、得がたい体験をさせていただいたことになります。

 さて、会場の前には、タチアナ先生の翻訳書等が並んでいます。

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 タチアナ先生のご講演は、「翻訳家の目で見た日本古典文学の特徴」と題するものです。

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 優しい口調で、学生たちや留学生にもわかりやすく語ってくださいました。日本文学の上代から現代までを、ヨーロッパと日本の文学の特質やその違いに視点を定めてのお話です。
 具体的には、『万葉集』『古今集』『後撰集』『新古今集』から9首を引きながら、言葉を忠実に吟味した上で、先生独自の解釈をすることで、一首ごとの読みを展開なさいました。
 詩人でもあるタチアナ先生の本領が発揮された講演会でした。

 その後はフリートーキングです。タチアナ先生、伊井春樹先生、そして私の3人が登壇。私が進行役となりました。

 まずは、大阪観光大学で実施している翻訳本の展示を、スクリーンを使って紹介しました。世界各国、多くの言語で日本文学が翻訳されていることをここで確認します。
 引き続き、伊井先生と行ったモスクワでの写真を映写しました。
 このフリートーキングは、2006年8月に伊井先生と私がロシアへ調査に行ったことが契機となっているものです。モスクワで、タチアナ先生と伊井先生とが対談をなさったことを踏まえての企画なのです。11年前の対談の内容は、『世界が読み解く日本』(伊井春樹編、2008年、學燈社)に収録されています。その時私は、録音・記録・写真撮影を担当しました。
 次の2枚の写真は、11年前のものです。

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 そんなことがあったので、せっかく3人が今日は揃ったこともあり、その思い出話に始まり、日本文学がロシアでどう読まれているか、とか、海外で日本文学が翻訳されている事情などに関連づけて、会場にお越しのみなさまのために優しく語りかけることになったのです。主催者である広島大学の妹尾好信先生の発案です。

 その準備のために、昨夜は11年前のモスクワでの写真をスクリーに映写するための写真選びをしながら、伊井先生と電話やメールでの打ち合わせに没頭していました。

 来場者はロシアのイメージをまったくお持ちではないと思われます。そこでスライドによって、まずは街中や大学の様子を見ていただきました。

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 17枚のスライドを見てもらいながら、タチアナ先生と伊井先生のお話を引き出すように心掛けました。

 最初に、伊井先生が古典の日の意義や、本日のタチアナ先生の講演のまとめをしてくださいました。

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 フリートークでは、本日の講演で語られなかったことなどを、タチアナ先生に自由に語っていただきました。講演では触れられなかった、『源氏物語』の翻訳の背景に始まり、ロシアにおける日本文学研究の現況などが浮き彫りになりました。

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タチアナ先生のお話は、おおよそ以下のようなことでした。

・『源氏物語』は長編であっても、断片的な短編から成り立っている。
・ロシア語訳の出版に至るまでの手続きや、翻訳するにあたっての問題点。
・和歌や敬語の訳はできないし、登場人物に名前がないことには工夫がいる。


 会場から質問もありました。
 『源氏物語』の翻訳を始めた巻は? との問いかけには、「桐壺」から順番にとのお答えでした。
 ロシアの古典文学の読者はどういう人か、とも。これについては、本屋の店頭にはあまり出ていないので、インターネットで買われているためによくはわからないそうです。
 また、誰が読んでいるのかは、これもよくわからないようです。
 旧ソ連時代は現代文学が翻訳できなかったので、古典文学が翻訳されていたことなどなど、さまざまな話題が提示されました。

 急ごしらえのフリートークだったので、来場者や学生さんたちに、お2人の先生のお考えがうまく伝わったのか気になっていました。しかし、閉会後、好意的な反応が多く聞こえてきたので、無事に役目は果たせたようで安堵しています。

 最後に、みんなで記念撮影をしました。若者が多く集まった講演会でした。

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 主催者である妹尾先生には、昨夜から今日のためのスライド写真を添付ファイルで送るなど、いろいろと面倒なことでお世話になりました。
 また、溝渕先生は、講演会の運営にあたっての、さまざまな気遣いをなさっていました。
 そして何よりも、昨日成田と羽田経由で来日されて時差ボケもものともせず、多くの示唆に富むお話をしていただいたタチアナ先生に感謝します。本当にありがとうございました。意義深い公開講演会でした。そして、みなさま、お疲れさまでした。当初の溝渕先生のご予定では、小さな会だったそうです。それが妹尾先生のアイデアで膨れあがり、伊井先生や私などにも出番がまわってきて、こんなに盛大な公開講演会として結実し、大成功となったのです。

 大阪から参加した9人の学生たちも、1年生という右も左もわからないながらも、貴重な勉強と異文化体験をしたようです。ここで得たものを今後に活かして、稔り多い学生生活を送ってほしいと願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎国際交流