2017年08月08日

京洛逍遥(453)京都市バスの運転手さん(2017年-その1)

 先日も書いたように、市バスの運転手さんの車内放送が、ひと頃よりも格段によくなっています。そんなに嫌ならマイクを使わなければいいのに、と言いたくなるような場面が、最近は急激に減りました。運転手さんの若者世代への交代が、順調にいった成果のようです。急ブレーキや急発進も、あまりありません。先日、久しぶりに身体がガックンゴックンとしましたが。

 約1年前に、「京洛逍遥(409)京都のバスの運転手さん(2016年-その2)」(2016年05月29日)を書きました。あれから後も、日常的に足として利用している市バスでは、いろいろなことがありました。以下、印象的なところを記録に留めておきます。

 まず、好感を持った方から。

 瓜生さんは、私が後ろから追いかけるようにして走って行くと、バスを停めたままでジッと待っていてくださいました。以前にもそのようなことがありました。この方が運転なさるバスに乗るたびに、非常に安心できます。その気持ちが伝わり、ありがたく思いました。清田さん、川上さん、松田さん、三輪さん、堀次さん、原田さん、太田さんは、対応も話し方も優しく、ハキハキして感じがいい方々です。

 由良さんはこれまでの運転手さんの中では珍しく、終始無言でした。結局一言も喋らずに通されたので、それはそれで見事でした。車内には録音テープによる案内の音声が流れるので、わざわざマイクで重ねて喋らなくてもいいのだ、ということを、この時にあらためて感じました。
 それに引き換え、あまりにも丁寧過ぎて、盛りだくさんの案内で喋り過ぎだと思える方もいらっしゃいます。とにかくうるさくて、スピーカーの近くにいたので落ち着いて座っていられないこともありました。

 奥に詰めてほしいと、再三の注意をマイクでされる方もいらっしゃいます。対応は丁寧なので、仕事に対する誠意を感じました。旅行者が入口付近に固まっていると、なかなか出発できないのは確かです。後から乗りたい方も入ってこられないのです。京都市バスは、真ん中から乗ります。それだけに、乗ってすぐに入口を塞ぐように何人もの方が立たれると、中は空いていることが多いだけに困ったことです。

 以下、難儀な運転手さんのことも。

 マイクでボソボソと喋っておられるので、まったく意味不明の音が車内に流れるだけのことがあります。停留所の名前を言っておられるようでした。しかし、日本語かどうかすら不明なので、風邪を引いた鵞鳥の声のようにしか聞こえません。
 同じように、Yさん、Nさん、Mさん、Iさん、Kさんは、語尾が不明瞭なことに加えて、語尾を引っ張りすぎなので、ふざけているのかと思います。

 Nさんのマイク放送は、まったく意味不明の上、海外の方に「なんぼ入れたん」と言いい、終いには「もうええわ」と料金の確認を面倒くさがって放棄されました。気分の悪いこともあるのでしょう。しかし、投げやりな態度はいただけません。

 いろいろな運転手さんが、京都の街中をバスで回っておられます。それぞれに大切な役割を果たしておられます。それでもそれぞれに個性があり、人間味を感じたりします。
 そんな中で、乗客が不快な思いをすることがままあることも事実です。
 快適に移動できる公共交通機関として、今後とも安全運転で快適な空間を作ってくださることをお願いしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ◎京洛逍遥