2017年08月01日

独特の口調でなされる車内放送のこと

 長時間の通勤で感じていることです。
 まず、京都市バスの運転手さんの車内アナウンスが、最近は親切で丁寧になりました。
 あの、やる気のない態度と投げやりな言葉遣いで悪評まみれだった頃とは、雲泥の差があります。あの状況を快く思わずに利用していた生徒や学生や若者たちが、定年退職者と入れ替わり、汚名挽回とばかりに心地よいバスの移動をもたらしています。若手が取り組んでいると思われる新しい流れは、利用者としては大歓迎です。
 これで、京都のイメージは上がることでしょう。
 そんな中で、独特の抑揚でしゃべっておられる方のことが気になります。観光地を案内するバスガイドさんの口調を真似したものとは微妙に違う、自分に酔ったような語り口でありマイクの使い方です。これは、電車のアナウンスでも言えることです。
 車内に流れるアナウンスは、好むと好まざるとに関わらず、乗客は聞くしかありません。鉄道会社の宣伝には、うんざりしています。逃げ切れない箱の中で、無理やり自分に興味のない、関係のない宣伝を聞かされることは勘弁してほしいものです。あれは、立派な押し売りです。しかも、それが独特の節回しで押しつけられると、次の駅で降りたくなります。
 どこの生まれなのだろう、と思わせる不自然な抑揚は、聞きたくないことが多いのです。そんな運転手さんや車掌さんに限って、やたらとしゃべりすぎです。良かれと思って、親切心のなせる態なのでしょう。しかし、ありがた迷惑ということもあります。
 公共交通でのサービスは、必要最低限でほどほどに、ということでしょうか。
 
 
 

posted by genjiito at 20:01| Comment(0) | *身辺雑記