2017年08月31日

大阪市営地下鉄のトイレの前で見かけたピクトグラム

 大阪市営地下鉄に乗った時に、トイレの表示が気になっていました。
 次のものは、谷町線「天満橋」駅のトイレのピクトグラムです。

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 まず、「ようおこし」という文字に違和感をおぼえます。
 国際化を意識してのものではないようです。
 次に、描かれた絵の頭の位置が不自然で気になります。
 何のために頭を下げているのでしょうか。
 念のためにネットで検索すると、いろいろな意見が出ていました。
 いくつか読んだ中では、「グラフィックデザインの雨音」というブログの「大阪市営地下鉄のトイレ リニューアルは大歓迎だけど・・・このデザインは何か違和感が・・・。」がよくわかる説明でした。

 今日は、これまでの多くの方々の意見に加えて、色について気付いたので以下に記します。
 所用で降りた谷町線「文の里」駅の構内の表示は、男性側の「ようおこし」という文字がまったく読めません。これは、その位置が少し奥まっていて暗いからでしょう。

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 本記事の最初にあげた写真を、色の見え方を体験するための色覚シミュレーションツールである「色のシミュレータ」で見ると、次のようになりました。

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 これは、一般的な例として示しただけです。しかし、これだけでも、青は変わらないのにピンクは変化して見えることがわかります。

 文の里駅の場合は、色覚に関するものではなくて、あきらかに暗い所に設置したピクトグラムの青の文字がまったく読めなくなった例だと思われます。
 こうした、公共のための表示には、青色は気を付けた方がいいのかも知れません。
 すでに、専門家によって研究成果があり、指摘されていることかと思います。しかし、今回、自分で確認できたので、備忘録としてここに記しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ・ブラリと

2017年08月30日

京洛逍遥(459)宇治天然温泉「源氏の湯」と回転寿司「くら」

 今年の夏の最後となる今日は、宇治にある天然温泉「源氏の湯」で鋭気を養ってきました。明日から、今年の後半が始まります。
 「源氏の湯」は、平等院のさらに南にあります。京洛ではなくて、洛南です。近鉄大久保駅から歩いて7分。意外と近いところにあることを、行ってみて初めて気づきました。
 回転寿司「くら」の裏だったので、まずは腹拵えから。大好きな回転寿司も、日々変化していることを実感します。特に、「くら」は工夫がいっぱいです。最近は、糖質制限食の寿司メニューを開発しています。

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 「源氏の湯」は、竹を取り入れたりして雰囲気を大事にしていました。

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 廊下の突き当たりには、国宝の源氏絵「東屋一」(徳川美術館蔵)の複製が掛かっていました。浮舟が物語絵を見ながら物語を読んでもらっている場面です。

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 この絵が選ばれた理由はわかりません。しかし、この宇治には『源氏物語ミュージアム』が土佐光則筆とされる『源氏絵鑑帖』を所蔵しているので、その複製をいくつか飾ったら良かったのに、と思いました。国宝の源氏絵にしたのには、何か深いわけがあるのでしょうか。
 さらには、この絵の説明は一文字も見当たりませんでした。その手前の日本人形も、説明文が台座に隠れていて、よくわかりません。単に置くだけでなく、それが何であるかを来場者と共有すべきだと思います。無責任さを感じました。
 ここには、のんびりと一日中いることもできます。四周年を迎えたとのことなので、今後さらに名前が知られると利用者が増えることでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 20:10| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年08月29日

読書雑記(207)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ』

 『京都寺町三条のホームズ』(望月麻衣、双葉文庫、2015.4)を読みました。「第四回 京都本大賞」(2016年度)を受賞したことと、「キャラクターミステリー」と帯にあります。

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 京都三条の骨董屋さんというと、山本兼一の〈とびきり屋見立て帖〉のシリーズを思い出します。幕末の道具屋夫婦のはんなり系時代小説です。残念ながら4作で急逝されたのが惜しまれます。

「読書雑記(56)山本兼一『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』」(2012年12月18日)第1弾

「読書雑記(57)山本兼一『ええもんひとつ ―とびきり屋見立て帖』」(2012年12月19日)第2弾

「読書雑記(63)山本兼一『赤絵そうめん』でお茶のイメージトレーニング」(2013年04月17日)第3弾

「読書雑記(100)山本兼一『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』」(2014年06月03日)第4弾

 これは、坂本龍馬や近藤勇などが出てきたので、明治になる直前の京都三条が舞台でした。本作『京都寺町三条のホームズ』は、現代を舞台とします。京大の大学院生が、骨董にまつわる謎を的確な判断で解き明かします。
 下鴨神社の近くに「葵書店」というお店があるとありました。実は、「葵書房」なら我が家の近くにあります。方角は反対ながら、右京区には「あおい書店」があります。固有名詞を少しずらして使っていることがわかります。
 気になったことがあります。テンポよく進む話に、背景がないのです。演劇の舞台で使われる、簡単な作り物のようだったり、それらしい背景画なのです。物語はおもしろいと思います。しかし、なんとなく深みにかけるのは、そんなことが原因なのかもしれません。この手のライトノベルとされているものは、軽く読み流すべきかもしれません。しかし、それではもったいないと思います。
 ここに集められたら作品の中では、『鞍馬山荘遺品事件簿』が一番おもしろいと思いました。また、『祭りのあとに』が一番印象に残りました。この作者は、今後とも追いかけて読んでみたいと思います。
 本作には、随所に京都の歴史、地理、文化が語られています。まだ京都をよく理解していない高校生である葵のための、勉強も兼ねた説明なのです。しかし、それが読者には京都へ行きたくなるような、誘い水になっています。観光気分に浸れる、爽やかなご当地小説の出現です。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 21:57| Comment(0) | ■読書雑記

2017年08月28日

「いちぢく」と「いちじく」という表記を見かけて

《第一話》
 学生時代に、近松門左衛門の『女殺油地獄』をテキストとする授業を受講していました。そのレポートで私は、「ジ・ヂ・ズ・ヅ」という四つ仮名のことを調べて書いたことがあります。おもしろい結論を出したように思います。しかし、引っ越しを繰り返したこともあり、その内容は跡形もなく消え去っています。

 近所のスーパーマーケットで、次の写真のような広告を見かけました。

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 上の表示に「いちぢく」が1例、下の表示に「いちじく」が2例あります。
 上の「いちぢく」の方の「ぢ」は、「ちぢむ(縮む)」のように同音の連呼によるものとは思えません。明らかな勘違いだと思われます。おそらく、上の「いちぢく」はお店の方の手作りで、下の「いちじく」は納入業者が持ち込んだ宣伝掲示用のシートなのでしょう。このお店の方は、何歳くらいの方だったのでしょうか。同じ青果部門の方が掲示されたはずなので、おもしろいと思い記録に残しておくことにしました。
 便秘解消用である浣腸の薬で有名な「イチジク製薬株式会社」の会社の沿革を見ていたら、昭和10年に「イチジクぢの薬」というものも併売していたことが記されています。この「じ」か「ぢ」かという問題は、いかに奥が深いかを知らされました。どうでもいいことですが……
 四つ仮名の問題は、取り上げるときりがありません。今はもう一つだけ。
 「世界中」は「せかいじゅう」でも「せかいぢゅう」でもいいとされているようです。
 ことばに関してうるさい方がおられます。私は、正しいか間違いかという二者択一の判断ではなくて、どうして違うものが併存し、混在しているのかという現象に興味をもっています。その前提には、ことばは時の流れと共に変移し変容していく、という思いがあるからです。

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《第2話》
 上と同じスーパーマーケットで、同じ日に見かけたものです。

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 この藤野のとうふは人気があるので、ご存知の方も多いことでしょう。
 そのパッケージの左端に「おいし をす」と書いてあります。この「をす」に注意が向きました。「をす」なのか「おす」なのか。
 言葉を専門的に研究しているのではないので、この問題についての最新の成果を知りません。勢い、インターネットで検索することになります。便利な時代に生まれたことに感謝しています。
 すると、次のような説明に出会いました。


[い形容詞]いです ⇒ [い形容詞]おす
おいしいです ⇒ おいしおす / おいしゅうおす
さむいです ⇒ さむおす / さむうおす
いいです ⇒ よろしおす / よろしゅうおす
嬉しいです ⇒ 嬉しおす / 嬉しゅうおす
http://hougen.u-biq.org/kyoto.html

 
おす
「ある」の丁寧語で、大阪の「おま(す)」に相当。形容詞の後ろにもつく。(例)「誰もおへん」(誰もいません)、「おいしおすなぁ」(美味しいですねぇ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/京言葉)

 
 今、これ以上、私は情報を持ち合わせていません。
 一般的には「おす」なのでしょう。しかし、製品には「をす」と印刷されています。
 説明して下さる方がいらっしゃいましたら、わかりやすく、よろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 19:49| Comment(0) | *身辺雑記

2017年08月27日

お茶のお稽古帰りに若者が熱中するゲームに刺激されて

 昨夜は秋の虫たちが鳴き競っていて、楽しそうな賑やかさでした。今朝方は、肌寒いほどの風が我が家を吹き抜けていたので、慌てて窓を閉めました。もうすっかり秋の気配です。

 お茶のお稽古で大和路に向かいました。日差しは強いものの風がカラッとしていたので、平群の山道を登るのも苦ではありません。秋の訪れを実感しました。

 この夏も終わりなので、最後に今年何とか覚えた「洗い茶巾」のおさらいをしました。先日の地蔵盆の時に家で点てたので、ほぼ覚えたと思っていました。しかし、今朝自宅でやってみると、丸卓の上に柄杓と蓋置をかざった後がわからなくなりました。拝見がないことを想定しての場合で、建水と棗と茶碗の持ち帰り方です。よくあることなので、アレッと思って迷い出したら、下手に我流でやり通すことはやめるようにしています。

 今日のお稽古では、このことは確認できました。ただし、拝見のある場合でやることになり、それはそれでまた混乱のもとです。
 せっかく覚えたお点前なので、来年の夏にも「洗い茶巾」はやるはずです。さて、今回のお手前がうまく思い出せて再現できるのかどうか。我が事ながら楽しみです。

 今日は、他の方がなさる逆勝手のお手前を拝見しました。お点前をする場所が変わることはもちろんのこと、道具の置き場所や歩く足の左右に道具の取り方等々、複雑に逆なので、まさに頭の体操です。
 まだ初心者の私は、この逆勝手はずっと先の話です。しかし、いろいろなお手前があることを知り、ますますおもしろくなっていきます。

 帰りの電車の中でのことです。隣に座っていた青年が、突然何か急病になったのかと思いました。身体を大きく揺すぶり、両手足が痙攣したのかと思うほどに大きく震え、私の身体にドンドンぶつかってくるのです。手元をみると、ゲーム機に没頭していたのです。そのボタンを叩く姿は、正気の沙汰とは思えません。しかし、声をかけるのもためらわれたので、しばらくはジッと我慢していました。
 並んでいた座席が大揺れに揺れるので、よほど席を立とうかと思いました。しかし、焦点が定まらない目つきが尋常ではなかったので、刺激しないようにと思い読んでいた本を閉じ、あれこれ考える時間に充てることにしました。
 私の左からの不規則な刺激は、なかなか心地よいものに思えるようになりました。先日、スポーツクラブでプールから上がった後で使ってみた、マッサージ機の振動を思い出しました。

 今からかれこれ30数年前に、コンピューターのマシン語やベーシック言語やC言語を駆使して、ゲームを作ったことがあります。プログラムを作る楽しみを味わっていた時期です。巷には、インベーダーというゲームが大流行していた頃です。
 しかし、もともとゲームが好きではない私は、すぐに人が喜ぶことを考えながら作るゲームから手を引きました。データベースを構築する方に興味が移ったのです。
 今日の若者も、誰かが作ったプログラムの中で遊んでいたのです。ただ、組み合わされた命令書によって出来たゲームだと思われます。あれだけ熱中するのですから、よほど凝った人の興味を惹き付けるプログラムなのでしょう。

 そう思うと、お茶の世界も、一つのプログラムの世界ではないのか、と思うようになりました。
 まだ、この茶道の世界の仕組みがよくわかっていないので、見当違いの連想だったらすみません。この茶道というシステムは、どのようにプログラム化されているのでしょうか。あらためて考えてみるとおもしろいかな、と思うようになりました。少なくとも、ステップアップするシステムは構築されているようです。明らかにゲームのプログラムとは異なることはわかります。千利休以来、長い年月の中で練られたプログラムの中に、今私も身を置いています。茶道と観光との接点を模索している時期だけに、これは今後の茶道のあり方を含めた、興味深い問題となりそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:18| Comment(0) | *身辺雑記

2017年08月26日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第1回)の報告

 昨夜から京都は少し涼しくなりました。
 「be 京都」の入口には、今日のお稽古の掲示がありました。
 まだ数人の小さな集まりながら、こうして活動が表示されると元気がでます。

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 今日は、秋に予定している「源氏物語散策(第2回)」のことから話し合いました。
 詳細は来月までに決めるとして、今の時点で決まったことを報告します。ご予定を空けて置いていただけると幸いです。なお、この計画は、東京からお越しの方々を想定してのプランです。20名以内での散策を考えています。お早めに参加のご希望をお知らせいただけると助かります。

実施月日︰2017年11月12日(日)
集合場所︰大徳寺三門(金毛閣)前に12時30分
事前昼食︰11時〜12時/泉仙 大慈院店
    (京都市北区紫野大徳寺町4 大慈院内)
    (あやめ 3,240円 を予定)
散策時間︰12時30分〜15時30分
散策予定地︰大徳寺→雲林院→紫式部墓所→七野神社→千本焔魔堂


 さて、今日は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』の第一丁表の本文異同から確認しました。
 あらかじめ配布した資料は次のものです。赤字の部分が、本文に異同があるところです。

第一二巻「須磨」 四本校合(一丁表)

ハーバード本・・・・通番号
 尾州本[ 尾 ]
 大島本[ 大 ]
 麦生本[ 麦 ]

よの中[ハ]・・・・120001
 よのなか[尾]
 世中[大麦]
いと[ハ=全]・・・・120002
わつらしくはしたなき[ハ]・・・・120003
 わつらはしくはしたなき[尾大麦]
ことのみ[ハ=大]・・・・120004
 事のみ[尾麦]
まされはせめて[ハ=全]・・・・120005
しらすかほにて[ハ=尾麦]・・・・120007
 しらすかほに[大]
ありへむも[ハ]・・・・120008
 ありへても[尾大]
 有へても[麦]
これより[ハ=全]・・・・120009
はしたなき[ハ]・・・・120010
 ます[尾]
 まさる[大麦]

こともやと[ハ=大]・・・・120011
 事もやと[尾]
 はちもやと[麦]
おほしなりて[ハ]・・・・120014
 おほしはてぬ[尾]
 おほしなりぬ[大]
 おもほし成ぬ[麦]
かのすまはむかしこそ人の[ハ=全]・・・・120015
すみかとも[ハ]・・・・120019
 すみかなとも[尾麦]
 すみかなとん/ん=も〈朱〉[大]
ありけれと[ハ]・・・・120020
 ありけれ[尾大]
 有けれ[麦]
いまは[ハ=大]・・・・120021
 いま/ま+は[尾]
 今は[麦]
いと[ハ=全]・・・・120022
さとはなれ[ハ=尾大]・・・・120023
 里はなれ[麦]
心すこくて[ハ=大]・・・・120024
 こゝろすこくて[尾]
 心ほそく[麦]
あまの[ハ=全]・・・・120025
いゑたに[ハ=大]・・・・120026
 いへたに[尾]
 家たに[麦]
まれになむなりにたると[ハ]・・・・120027
 かすかになむなりにたると[尾]
 まれになと[大麦]

きゝ[ハ=全]・・・・120028
給へは[ハ]・・・・120029
 たまへと[尾]
 給へと[大麦]
人しけく[ハ=全]・・・・120030
をしなへたらむ[ハ]・・・・120032
 ひたゝけたらむ[尾大]
 ひたゝけたらん[麦]

すまゐは[ハ=尾大]・・・・120033
 すまひは[麦]
ナシ[ハ]・・・・120034
 いと[尾大麦]


 自由に討論する形式なので、思い思いに感じたことを話しました。

 そうこうするうちに、書写されている文字が行をはみ出して、前後の行とぶつかるような箇所が話題となりました。

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 こうした例は、他にもあります。糸罫という書写のための道具を使っていなかったか、糸を張らない道具もあったのではないか等々、いろいろと意見が出ました。これは、ご教示を待つしかありません。
 このことは、行端や行末で、枠をはみ出した文字についても言えます。まだわからないことだらけです。

 予定していた2時間はあっと言う間に過ぎていきます。
 次回は、一昨日の連絡では「9月23日(土)午後2時から」としていました。
 しかし、うまく都合がつかないこともあり、次のように予定を変更します。
 次回の第2回は1週間早めて、9月17日(日)午後2時からとなります。参加を予定なさっていたみなさま、スケジュールの変更をよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年08月25日

読書雑記(206)角田光代『八日目の蟬』

 『八日目の蟬』(角田光代、中公文庫、2011年1月)を読みました。

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 来月、9月中旬に角田訳の『源氏物語』が刊行されるので、もう少し作者のことを知りたくて手にした本です。この作者については、『源氏物語』を訳すことが公表された時に、「読書雑記(147)角田光代『マザコン』」(2015年11月25日)を読みました。どうも、私にはよくわからない作家でした。
 今回、『源氏物語』を現代語訳した作家ということを意識して、この作品を読みました。物語を紡ぐのが巧みな方のようなので、『源氏物語』を現代語訳するとおもしろいものができるかも知れません。ただし、古典や古文に関するセンスは、できたものを見るしかありませんが。この作者を起用したのは、相当の冒険だと思われます。さて、どういう『源氏物語』の訳が公開されることになりますか。楽しみです。

 それはさておき、『八日目の蟬』は冒頭から緊張感が漂っています。
 赤ん坊を盗んだ女の、その心の中を丹念に描いていきます。生まれたばかりの赤ちゃんが日々成長していく生々しい話が、スピード感をもって語られます。小気味いい切り返しが、作者の得意技のようです。
 後半の第2部から、その娘の話が始まります。話の展開が巧みで、構成に工夫があります。第1部の話を、理詰めで解説するのです。裁判での証言なども盛り込んで。
 この小説『八日目の蟬』は、男性が読むのと女性が読むのとでは、その理解と共感に大きな違いがあるだろうと思いました。男にはわからない性差に伴うことが、話を大きく回転させているからです。
 とにかく、母親を体験した男はいないのです。娘を体験した男もいないのです。それらしい男はいても。このことが、この作品を理解する上で、大きな壁になっていると思いました。
 八日目の蟬の話があります。


「前に、死ねなかった蟬の話をしたの、あんた覚えてる? 七日で死ぬよりも、八日目に生き残った蟬のほうがかなしいって、あんたは言ったよね。私もずっとそう思ってたけど」千草は静かに言葉をつなぐ。「それは違うかもね。八日目の蟬は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」
 秋に千草と見上げた公園の木を思いだした。闇にすっと立っていた木に、息をひそめる蟬をさがしたことを思いだした。あの女、野々宮希和子も、今この瞬間どこかで、八日目の先を生きているんだと唐突に思う。私や、父や母が、懸命にそうしているように。(343頁)


 ここは、もう少し複雑な言い回しにしてほしかったところです。もっと深い意味を感じとらせるように。
 男とはまったく違う女のセンサーで感じ、語られる物の見方や考え方に、わからないなりにもその違いだけは少し伝わって来ました。
 語られている出産と育児を通して、男と女の違いを知ることになりました。【5】
 
 
初出誌︰『読売新聞』(夕刊)2005年11月21日から2006年7月24日まで連載
単行本︰『八日目の蟬』中央公論新社、2007年3月刊
 
 
 
posted by genjiito at 19:58| Comment(0) | ■読書雑記

2017年08月24日

今週26日(土)に be 京都で「須磨」を読みます

 本日の京都新聞「まちかど」欄に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する勉強会「町家 de 源氏物語の写本を読む」(第1回)の開催案内が掲載されました。

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 この勉強会に関する詳細は、次の記事をご覧下さい。

「[町家 de 源氏物語の写本を読む]を再開します」(2017年06月22日)

 前回、第0回の内容は、次の通りです。
 今回が、実質的な第1回です。

「[町家 de 源氏物語の写本を読む](第0回)の報告」(2017年07月29日)

 空いた時間に『源氏物語』の写本を少し読んでみよう、とか、旅の途中に気分転換に等々、いろいろな方の参加をお待ちしています。初めての方は、初回限りの体験参加として 1,000円、それ以降に途中でスポット参加の場合は1回 2,000円という参加費・資料代をいただいています。

 この[町家 de 源氏物語の写本を読む]集まりは、勉強会であることはもとより、いろいろな意見交換の場でもあります。資料の準備がありますので、前日となる明日までに、本ブログのコメント欄か〔npo.gem.info@icloud.com〕に連絡をいただけると幸いです。

 なお、第2回は来月下旬の第4土曜日である9月23日(土)午後2時からを予定しています。
 また、今秋11月12日(日)には、第2回[源氏物語散策]を企画しています。
 [源氏物語散策]の第1回については、「京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)」(2015年10月10日)を参照してください。
 この第2回目の詳細は後日、本ブログと「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」で公開し、参加者を募集します。いましばらくお待ちください。
 
 
 
posted by genjiito at 17:55| Comment(0) | ◎NPO活動

2017年08月23日

読書雑記(205)高田郁『あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇』

 『あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇』(高田郁、時代小説文庫、角川春樹事務所 、2017年8月)を読みました。

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 江戸時代中期の、大坂天満の呉服商「五鈴屋」を舞台とする話です。
 本作品も、前作を受けての話が展開します。しかし、いつもと違うのです。女主人公である幸が目立ちすぎます。いい子すぎます。机上で作文したものであることが、これまで以上に、そこここで伝わってきました。あまりにも、作者のご都合主義が露呈しすぎです。読んでいて、いつもの高田郁らしい調子がなかなか伝わってこないのです。半ば拍子抜けして、どうしたのだろうと思い、我慢しながら先を急ぎました。
 そうこうするうちに中盤で、披露宴に引き続いて舞台回しとなっていたお家さんが死にゆく場面で、賑わいと厳かな終焉が巧みに描き分けられていきます。秀逸な語り口です。作者の筆の力が、この半ばにしてようやく蘇ったようです。
 また、近松門左衛門の作品がうまく物語に取り込まれています。徹頭徹尾下調べをした証です。
 さらには、紅花のお茶がでてきたことに驚きました。今、私はお茶に興味を持っているからです。それは、間引いた紅花を乾燥させたものでした。

お染は、ああ、せや、と呟いて、土瓶に入れようとしていた茶葉を少し小皿に零す。
「ご寮さん、これ、何やと思わはります?」
 からからに乾いた葉は、よくよく見ると茶葉とは異なり、細い軸らしいものが付いている。何だろう、と首を捻る幸に、
「間引いた紅花を、乾燥させたものだすのや」
「紅花? あの紅花ですか?」
幸は目を見張り、小皿の葉を窪めた掌に受けて、じつと見入った。
 紅花は文字通り紅花染めに用いられる植物で、雪深い出羽国が主な産地であった。俗に「紅一匁、金一匁」と評されるほどに値打ちの高いものだ。およそ呉服の商いに携わる者なら、それが如何に貴重で高価なものか、骨身に沁みていた。
「紅花は花を摘んで磨り潰したあと、乾燥させて餅のように固めたものが染屋に渡る、と聞いたことがあります。間引いた紅花がこんな形で手に入るだなんて……」(161〜162頁)
 
 干した紅花を土瓶に入れて、熱い湯を注げば、焦げ臭いような妙に懐かしい匂いが漂う。(163頁)
 
 湯呑みを手にした。逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと貴重なお茶を飲み干す。思いがけず飲み易く、口の中がさっぱりとする。(164頁)

 
 後半は、次第に作者も弾みがついたのか、行商という新しい商法を幸が思いつき、斬新な商売に手を付けることになります。文章も活気が出てきました。
 季節感がしっかりと背景に置かれ、風俗が前景に描かれます。登場人物が生き生きと動くのです。作者の本領発揮です。
 十五夜の月影が桑の実色の生地を照らす場面は、作者が得意とするところです。

 お竹は薄を手放して、幸の傍ににじり寄った。広縁から幸の居るところまで、煌々と月影が射し込み、膝に広げた縫い物を照らしている。日中の陽射しの中で見るのとは色味が異なり、妖艶な美しさだった。また、縮緬だと、「しぼ」と呼ばれる凹凸が生地に表情を付けて、一色ながら何とも良い味わいが出る。
「綺麗な色だすなあ」(240頁)
 

「ええ月だすなぁ」
 ぎりぎり、隣家の屋根に留まる月を愛でて、お竹はしんみりと眩いた。
「紅屋の嬢さんが四代目に嫁いで来はったんも、それに四代目の四十九日も、確か、十五夜だしたなぁ」
 因縁の日を覚えていた女衆に、幸は敢えて何も応えずに、ただ一緒に月を観る。
 そう、場所も同じこの広縁で、四代目の忌明けの夜、五代目徳兵衛を継ぐ条件として、惣次が持ち出したのが「幸を娶ること」だった。五代目と添うたあと、今はその弟、智蔵と夫婦となり、六代目徳兵衛の女房として勝負の衣装を縫いながら、お竹と十五夜の月を愛でている。
「来年の十五夜も、こないして笑うて眺めたいもんだすなぁ」
 このところ仏像と化すのも忘れているお竹が、つくづくと言った。
 因縁の十五夜に、幸は心密かに月に誓う。どんな時も知恵を絞り、笑って勝ちに行く。笑って、勝ちに行くのだ、と。(242〜243頁)


 豊かな表現が生き返りました。
 そして、後は一気呵成に話が緊迫し、頁を繰るのがもどかしくなるほどに急展開します。この続きを一日も早く読みたい、との思いで本を閉じることになりました。【5】
 
 
 
posted by genjiito at 19:54| Comment(0) | ■読書雑記

2017年08月22日

読書雑記(204)白川紺子『下鴨アンティーク アリスと紫式部』

 連作となる《下鴨アンティーク》の第1弾『下鴨アンティーク アリスと紫式部』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2015年1月)を読みました。ライトノベルと言われている分野の作品です。

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 作品の発表時期が前後するものの、すでに第3弾を読んで「読書雑記(189)白川紺子『下鴨アンティーク 祖母の恋文』」(2017年01月09日)を書きました。さらに最初から読んでみたくなったので、本書を手にしました。

 [iTunes Preview]から内容紹介の文章を引きます。

【集英社オレンジ文庫創刊!】アンティーク着物をめぐるミステリー。京都、下鴨――。高校生の鹿乃は、旧華族である野々宮家の娘だ。両親を早くに亡くし、兄の良鷹と、准教授をしている下宿人の慧と三人で、古びた洋館に住んでいる。アンティーク着物を愛する鹿乃は、休日はたいてい、祖母のおさがりの着物で過ごす。そんなある日、「開けてはいけない」と言われていた蔵を開けてしまう! すると、次々に不思議なことが起こって…!?



■「アリスと紫式部」
 虫干しを契機に、蔵の中の着物を確認していて、鹿乃は不思議なことに巻き込まれます。源氏車が、少し時間が経ってから見ると壊れた絵になっていたのです。
 同居人の慧は兄の同級生で、今は私大の准教授です。その慧が相談相手です。
 その着物を持っていた人にまつわる愛憎劇が炙り出されます。そして、話は「あべこべ」の謎解きに。
 『源氏物語』の「葵」巻での内容がヒントです。
 壊れていた源氏車が元に戻ったという説明は、理屈としてはわかります。しかし、私には具体的にその直ったということがイメージとして描けませんでした。理屈が先行していて、無理があるように思います。何度かこの最後を読み直した今も、そのようには読みきれませんでした。完成度は高いと思いながらも、この点で不満が残っています。【3】
 
■「牡丹と薔薇のソネット」
 女子高生が活写されて始まります。
 長襦袢から声が聞こえる怪。その背後には、シェクスピアのソネットに託したラブレターがありそうです。何ともアカデミックな設定です。ただし、盛り上がらないままに話は次へと引き継がれます。
 ここでは、人間関係が丁寧に語られています。そして、お祖母ちゃんの日記が話題として提示されます。長期連載のためには、こうしたつなぎの話が必要なのでしょう。【1】
 
■「星月夜」
 お祖母ちゃんが17歳の時に書いたという日記が、話を推し進めていきます。蔵の中にあるお祖母ちゃんの着物探しの始まりです。
 お祖母ちゃんの日記に書いてあることをなぞるように、物語は綴られていきます。
 夜空に星が瞬くのを2人で見た話が、本話のポイントです。しかし、このネタは、日記の話を引用する体裁を取らなくてもよかったのではないか、と思いました。謎解きが理屈っぽくなっているからです。鹿乃と慧との話として語った方がよかったのに、と思っています。【1】
 
 
 
posted by genjiito at 20:59| Comment(0) | ■読書雑記

2017年08月21日

京洛逍遥(458)京大病院がある聖護院地域での長かった一日

 朝早くから京大病院へ診察に行きました。
 病院の玄関から東を見上げると、先日の京都五山の送り火でみごとな「大」の字を浮かび上がらせた如意ヶ岳の大文字が見えます。また来年の勇姿を楽しみにしましょう。

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 今日は、皮膚科と糖尿病内分泌栄養内科の2つが組まれています。
 まずは採血から。一時間後に結果が出て、それによって糖尿病に関する診察があります。
 今日の採血では、いつもと違って針を刺された腕が痺れました。いろいろな手術を私は経験しているので、これくらいは大したことはありません。痛くないですか? と聞かれたら、「痛いです」と答えようと思っていました。しかし、こんな時に限って聞かれることもなく、試験管の本数が多くなっていきます。5本の管に、血液がたっぷりと吸い込まれました。これまでにない痛さだったのは、針の位置に加えて、体調もあったかと思います。

 血液検査の結果が出るまでの間に、皮膚科に行きます。
 今日で、右足の疣の治療は終了となりました。きれいになったのです。
 昨年の初夏からなので、約一年半かかりました。疣は恐るべし、ということを実感しました。ただし、昨年の7月に剥離骨折をした左足首が、いまだに不調です。これは皮膚科とは関係ないので、自然におさまるのを待つしかないようです。最初に診てもらった整形外科の対応に問題があったのではないか、と勝手に思っています。

 糖尿病栄養内科では、いつものように血液検査の結果をもとにして、詳しい説明を伺いました。腎臓も肝臓も問題はありません。ただし、今回初めて、肝臓に疾患がある場合に血液中で上昇する物質である「AST(GOT)」と「ALT(GPT)」のうち、「AST(GOT)」だけが少しだけ高い数値を示していました。これについては、以下のことが原因とされているようです。

アルコールを過剰摂取していないか
肥満ではないか
最近内服を始めた薬やサプリメントなどがないか
過度な運動を行っていないか


 いずれも、私にはあてはまりません。
 基準値をオーバーしているといっても、数値で1だけのオーバーなので、特に問題はないようです。

 さて、一番の課題であるヘモグロビン A1cの値です。
 この前の4月が「7.1」、6月が「7.6」と危ない状況になり、今回が「7.4」なので、少しだけ下がっています。例年、初夏から高くなり、8月から秋口にかけて下がる傾向があるので、また次の10月の様子を見ることになりました。今、特に何かがあるということではないようです。消化管を持たない私は、血糖値が高めなのはどうしようもないことのようです。合併症に気をつけることが肝要です。その兆しは、微塵も感じられません。今気になっているのは、加齢による老化の諸症状だけです。

 体重が50キロにならないことについては、無理に体重を増やそうとすると血糖値が上昇しがちなので、このままの食生活でいいのではないか、ということでした。昨日の体重は48.8キロです。しばらくは、懸案の50キロを目標にすることに拘らないことにします。到達目標を下げます。

 2つの科の診察が終わってから会計のところへ向かうと、「ここが最後尾」という札を持った方が入口のホール近くにおられて驚きました。とにかく、長蛇の列です。一時間弱の待ち時間だとのこと。精算にはそれ以上の待ち時間があるので、その間に病院の前の薬局へ処方箋を持って行きました。
 ここでも、30分以上は待たされます。これに痺れを切らして、かつて別の薬局へ処方箋を持って行って対処しようとしたことがあります。ところが、薬局へ行くタイミングを失してしまい、再度処方箋を書いてもらったことがあります。そのため、何時間かかっても、診察が終わって精算するその日の内に薬を受け取ることにしています。

 今日は、さらに時間がかかるようなので、この空白の時間を利用して、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に関係する書類のことで、この聖護院地区に集中している2つの役所へ行くことにしました。
 病院のすぐ東側の荒神橋の袂にある京都地方法務局では、NPOの資産と役員再任の登記に関することで対処してもらいました。あらかじめ予約をしておいたので、迅速に終わりました。丁寧な説明をしてくださいました。ありがとうございます。

 この荒神橋の柱には、「荒神橋」と「くわう志ん者し」と刻まれています。この「荒神橋」と刻まれた柱の左後に、如意ヶ嶽の大文字が見えています。

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私は、「はし」が「者し」と変体仮名混じりで刻まれることが多い点に注目しています。今のところ、そこに法則性が見いだせないので、とにかく事例を集めているところです。

 次に、法務局から自転車で丸太町通りを東へ走り、平安神宮の北側にある左京税務署へと移動します。NPO法人の税金に関して相談をもちかけると、ここでも親切な対応をしてもらいました。そして、申告するものがないことを確認できました。今後とも、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が幅広い事業展開をするようになれば、ここのお世話になることになります。そのように活躍の場が拡がることを楽しみにしたいと思います。府税に関しても問題はないでしょう、との判断を時間をかけて点検してもらいました。税金に疎い私に、懇切丁寧に説明してくださった署員の方に感謝しています。

 その後、また病院に戻っていろいろな対応や手続きをして、夕方になってやっと今日のスケジュールが終わりました。丸一日が、こうした時間に費やされることは、毎度のこととはいえ、粘り強い忍耐を強いられることです。今後は、段取りよく物事に対処することで、限られた時間をさらに有効に使いたいとの思いを強くしました。
 それにしても、こうして病院で身体のことでチェックをしていただき、特に問題がないことを確認できたというこことは、明日も引き続き生きていていいという安堵の思いにつながります。何かと不安を抱える身体とのお付き合いをしていると、こうして一日一日生きていられる時間が延びていくことは、何ものにも代えがたい嬉しさでもあります。これまでのように、元気だった頃のようには、思うように仕事が捗ってはいません。しかし、明日があるということは、もう一歩でも仕事が捗るということです。与えられた幸運を、さらに次へとつなげていきたいと思っています。
 約束の仕事をなかなか終えることができず、多くの方にご迷惑をおかけしています。身体が動く限り、自分なりの優先順位の中で、すべきことをこなしています。自ずと、スローライフになっています。こんな状況にあって、痩せ細った身体を労り、抱えてのことなので、今しばらくお待ちください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年08月20日

京洛逍遥(457)日本料理と[洗い茶巾]でのお点前のこと

 盛りだくさんだった昨日の地蔵盆で、お昼の食事と私のお点前のことを書いていませんでした。
 昼食は、地下鉄烏丸線の北山駅と松ヶ崎駅の間にある、日本料理の「北山 そわか」へ行きました。
 お店の外観が印象的です。

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 店内も小綺麗で、季節感に溢れた日本料理屋さんです。

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 お刺身の後にも、いろいろと出てきます。

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 鯛のあら炊きと京野菜には、夏の終わりを感じました。

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 食後は自宅に帰り、私が薄茶を点てました。この前から練習している[洗い茶巾]のお点前で、みなさんに一服差し上げました。水の音をさせながら、何とかそれらしくできました。

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2017年08月19日

京洛逍遥(456)地元の地蔵盆に初めて参加

 近所の公園では、お地蔵様が遊んでいる子供たちを、いつもこっそりと見守っておられます。

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 今日は地蔵盆です。これが関西特有の行事であることは、先日の「丸善での講演会「京都の伝統文化 地蔵盆の歴史を知る」に行って」(2017年08月12日)に書いた通りです。

 町内会では、地蔵盆のことを知らせる回覧が、月初めから回っていました。

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 今日は、朝の9時から夜の8時過ぎまで、盛りだくさんのイベントが組まれています。お経をあげてくださる御師さんは、壬生寺からいらっしゃいます。

 公園の東端におられるお地蔵様の前では、地蔵祭会場の準備が進んでいます。

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 上の写真の右端にお地蔵様の祠があり、左側にフリーマーケットの品物が拡がっています。
 お地蔵様の前で数珠回しが始まりました。主役は子供たちです。

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 娘たちが孫を連れて来て参加しました。一人前に、数珠回しに飛び入りで参加です。この子の名前入りの真新しい提灯は、テントの上から吊り下げられています。

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 役割分担も、きっちりと決まっています。

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 数珠回しが終わってからも、子供たちはお地蔵様に感謝していました。

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 とにかく、大盛り上がりです。子供たちはたくさんのおみやげをもらって大はしゃぎ。最後は、大人の花火を見てから、一人ずつが花火をもらって大満足。

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 その盛り上げに奔走しておられる役員のみなさんの奮闘ぶりを見て、町内会の役割をあらためて教えていただきました。ありがとうございます。
 京都にある一万体のお地蔵様は、それぞれに大切な役割を果たされたことでしょう。また来年が楽しみになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年08月18日

久しぶりに泳いだら肩がゴギッと音がして

 この前に泳いだのはいつだったのだろう、と思ってブログを検索すると、なんと2015年11月末日にアップルストア銀座の裏にあるコナミスポーツクラブだったことがわかりました。いや、その後ここは閉店したので、「アップルストア銀座の裏にあった」と言うのが正しいのですが……
 来月から大学では後期がスタートします。その前に、引っ越しでいまだに大変なことになっている文書のファイルや画像データの整理をしていました。すると、コナミスポーツクラブ銀座の入口に、「閉店のお知らせ」という紙が張られている時の写真が見つかりました。銀座に出かけた時、コナミの後が気になり、懐かしさで立ち寄ってシャッターを切ったのでしょう。
 入って正面に、受付カウンターがありました。右手がジム、左手がスタジオ、地下にプールがあったことが思い出されます。

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 夜の銀座で泳いだあの時から、かれこれ2年近くも間が空いています。本当に久しぶりの水泳でした。
 まずは、ジムでマシンを使った筋力トレーニングから始めました。あくまでも軽めです。ジムで一汗かいてから、プールに移動しました。かつてのように多くの人がいます。ただし、年齢層がそうとう高くなっていることが、すぐにわかりました。ジムでは、若い方を見かけました。しかし、このプールでは9割近くが高齢者です。賑わっていても、若者たちの活気とは違うものです。
 それはさておき、ウォーミングアップは水中ウォーキングからです。右足首はもう完全に違和感はありません。左足首は、一年前の剥離骨折がいまだに影響していて、ときどき痛みます。今日も、水中ウオーキングをしていた時に、左足首に違和感を覚えました。自分の足ではないような感触でした。
 水の中を歩いていると、銀座のコナミでクラブのママさんと覚しき方が、日本舞踊の手の振り付けを練習しながら、優雅に歩いておられたことが思い出されます。水面すれすれに手がひらひらと舞っているのです。なかなかの見物でした。
 その方と、帰りがけにチェックアウトカウンターで出会ったことがあります。水着姿から一転して清楚な着物姿という一大変身には、黙礼のあいさつはしたものの、私には戸惑いしかありませんでした。まったく異質な世界の方になっておられたのです。
 閑話休題
 水中ウォーキングで水に慣れたところで、早速クロールで泳ぎだしました。ところが、数メートルも進んだ頃だったでしょうか。右肩の関節が「ゴギッ」と音を発しました。25メートルまではそのまま軽く流して、後は平泳ぎでおとなしく泳いでいました。
 水から上がって、スチームサウナとジャグジーでゆっくりと肩を温めました。その後も、特に肩に違和感がなかったので一安心です。数年来の運動不足で、身体がそうとう硬くなっているのでしょう。これから、すこしずつ柔らかくしていきます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:41| Comment(0) | *健康雑記

2017年08月17日

「犬文字焼き」という新聞記事に違和感を持ちます

 昨日の京都五山の送り火を見終え、今朝の京都新聞を見て気になり出しました。
 「各地でユニーク大文字=vという囲みの見出しのもと、次の小見出しの記事があったからです。

秋田
「犬」文字焼き
夜空に浮かぶ


 電子版のカラー写真によると、この様子がよくわかります(【 2017年08月17日 11時57分 】)。

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 新聞に掲載された記事を引きましょう。

 秋田犬発祥の地とされる秋田県大館市で16日、伝統行事「大文字焼き」の「大」の字を「犬」に変えた「犬文字焼き」が行われた。燃え上がる大の字の右上に、点の代わりとなる赤色のハートが現れ犬の字が出来上がると、観客は歓声を上げた。
 午後8時ごろ、市の東に位置する鳳凰山に、一画が最大約180メートルある大文字が現れた。その後、発炎筒約200本で形作ったハートが浮かび上がった。
 大館市観光課によると、今回の「犬文字」は、先祖の慰霊と市民の無病息災を願う恒例行事「大館大文字まつり」が50回目となるのを記念して企画した。2009年に、同市生まれの「忠犬ハチ公」が題材の米国映画が公開された際に行って以来、2回目。(引用者注・この段落は電子版にはないものです。この部分をカットすることに、記事を書いた方は了承なさっているのでしょうか?)
 今回の実施に関しては、開催を発表した7月以降「先祖慰霊の行事で遊んではいけない」などと反対する意見も数件あったが、実行委員会の担当者は「賛成の声が多かったため開催した」としている。


 昨日の記事にも書いたように、13日のお盆の迎え日(お盆入り)にご先祖様が我が家に帰って来て、16日の送り日(盆明け)に帰って行くと、私は思っています。そして、その道案内をオガラの火煙がしてくれるという理解をしています。

 昨日も、京都五山の送り火を妻と一緒に見ながら、賀茂の河原で、お互いの父と母の思い出を語り合いました。思い出すのも供養、ということです。

 上記の新聞記事による限りは、新聞という1つだけの情報源なので、実際にはどうかはわかりません。しかし、写真にもあるように、「犬」という文字が鳳凰山に炎で浮かび上がったことは確かなようです。

 両親がそうだったように、私も犬がそんなに好きではないことはさておき、家でオガラを焚いて見送る代わりに五山の送り火に託して、帰ってこられたご先祖様を見送るつもりで、山に刻印された火を見上げています。その時に、「大」が「犬」になっていたら、伝統的な行事の中に個人の想いを溶け込ませているのに、ふざけたことをして祈りの気持ちを壊さないでほしい、と思うはずです。

 記事によると、末尾に次のように記されています。

今回の実施に関しては、開催を発表した7月以降「先祖慰霊の行事で遊んではいけない」などと反対する意見も数件あったが、実行委員会の担当者は「賛成の声が多かったため開催した」としている。


 これは、どのような方法で得た情報に基づく判断であったのか、大いに疑問です。反対が「数件」、賛成の声が「多かった」というのは、非常に主観的です。実際には、どのような方々に、どのような方法で確認されたのでしょうか。
 実行委員会によるマスコミ受けを狙っての、初めに結論ありきの企画だったのではないか、と私は思います。
 日本の伝統的な文化が、しだいに崩壊していきます。地味にコツコツとこれまで続いたことを受け継がず、受け狙いでおもしろおかしく手を加えていく風潮に引きずられたのではないでしょうか。

 この、秋田県大館市の伝統行事「大文字焼き」の実行委員会がどのような方々で構成されているのかは知りません。しかし、この「大」を「犬」にした判断に対して、私は理解不足と迎合から生まれた伝統文化の破壊行為の始まりを見たように思います。

 この秋田の記事に続いて、「送り火にLED 山梨、安全考慮で初」というものもありました。
 まずは、電子版に掲載されていたカラー写真(【 2017年08月16日 19時35分 】)から。

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 山梨県笛吹市の送り盆の行事「甲斐いちのみや大文字焼き」で16日、火の代わりに「大」の形に並べた発光ダイオード(LED)が点灯された。火をともす足場が風雨で滑りやすく、安全性を考慮して今年から切り替えた。同市観光商工課は「送り火のLED化は全国でも珍しいのでは」としている。

 甲斐いちのみや大文字焼きは、江戸時代に行われていたものを1988年に再開。実行委員会などによると、昨年までは山の斜面に木で組む井桁で火をともしていたが、延焼しないよう見守るスタッフを置く斜面は、足場が不安定だった。
 (引用者注・以下は電子版にはないものです。この部分をカットすることに、記事を書いた方は了承なさっているのでしょうか?)使用したのは直径約40センチのLEDライト44個。「大」の横棒の長さは56メートルで、従来より一回り小さくなったという。
 家族で見に来た笛吹市の会社員田巻雅史さん(30)は「物足りなさも感じるけれど、火災の心配がなくなったのはいい」と話した。


 すみません。これも時の流れだとしても、ご先祖様が道標とする煙がないのでは、安住の地(?)であるあの世に無事に行き着けるのか、他人事ながら心配になりました。
 LEDのライトは、あの世まで届くだけの光量があるのでしょうか。「白熱電球100W相当」ルーメンが限界だとか、生物の生態系にも影響するというニュースを見たことがあります。素人考えながら、LEDは直線的に進むと思っているので、夜空のどこに向けてのものだったのかも、どうでもいいことながら気になりました。
 
 
 
posted by genjiito at 19:14| Comment(0) | ◎情報社会

2017年08月16日

京洛逍遥(455)快晴の中で京都五山の送り火-2017

 ここ3年間の京都五山の送り火は、悩ましい雨の中での点火でした。
 今日は快晴で、いつものように出雲路橋の南から拝みました。
 以下に掲げる写真のように、大文字、妙・法、舟形の4つをきれいに見ることができました。

 まずは、京都大学の裏の大文字が点火され、消えゆくまでです。

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 帰り道に、松ヶ崎の「妙」と「法」が、民家の屋根越しに、文字の上の部分だけが見えました。

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 さらに出雲路橋の上からは、西賀茂の船形も見えました。

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 昨年は大変でした。今年は満腹です。
 このブログを書き始めてからこれまでの、9年分の大文字の送り火の記事を一覧にしておきます。
 毎年、こうして如意ヶ岳を見上げて、ご先祖様を見送っていたのです。
 今年も無事にお見送りできました。
 さて、今年度の後半に向けて、また前に向かって歩いて行きます。

 京都新聞のニュースによると、京都府警の発表では今日の人出は、昨年より5万人多い8万人だったそうです。
 確かに、海外からの人がいつもよりも多いようでした。

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■過去9年間の送り火の記事一覧■

 (各記事の中のリンクは未整理です)

「京洛逍遥(420)大雨洪水警報の中での送り火 -2016-」(2016年08月16日)

「京洛逍遥(373)雨間に6万人が見上げた大文字 -2015-」(2015年08月16日)

「京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字」(2014年08月16日)

「京洛逍遥(284)京都五山の送り火 -2013-」(2013年08月16日)

「お墓参りと大文字の送り火-2012」(2012年08月16日)

「銀閣寺山門前で大文字の護摩木を志納」(2012年08月15日)

「京洛逍遥(196)京都五山の送り火を考える-2011」(2011年08月16日)

「京洛逍遥(156)大文字の送り火-2010」(2010年08月16日)

「京洛逍遥(99)大文字の送り火2009」(2009年08月17日)

「京洛逍遥(45)大文字の送り火」(2008年08月16日)
 
 
 
posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年08月15日

今年のお盆でもお元気な養林庵の庵主さん

 今年も8月13日夕刻に、オガラを焚いて迎え火をしました。ご先祖さまは、この煙を道標にして帰って来られます。今年は次男が焚き上げてくれました。おばあちゃんから話を聞ながらやったことがあるそうです。

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 今日15日のお昼前には、いつものように養林庵の庵主さんが来てくださいました。養林庵は安土桃山時代に創建された尼寺で、先月から始めた『源氏物語』の古写本を読む会の会場である「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)のすぐ北にあります。

 般若心経に始まり、丁寧にお経をあげてくださいました。歳を忘れるほどにお元気です。

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 お膳は、これもいつものように長男が朝早くから来て作ってくれました。庵主さんがいつも褒めてくださる、本格的な和食のホカホカと湯気の立ち上る御膳です。
 木魚は、両親が満州に持ち出し、終戦後は母が引き上げの際にリュックに忍ばせて持ち帰った、あの戦禍を潜り抜けた年代物です。百年を経てのいい音がします。
 左下の赤いものが、孫の名前を記した、地蔵盆で吊す提灯です。
 左手後ろに掛けてあるのは、西国三十三所札所巡りで集印した、ご詠歌のお軸です。私がガンの告知をうけてすぐに石山寺から回り始め、4ヶ月で満願となったものです。お盆や法事の時に掛けています。

「西国三十三所(36)満願の華厳寺」(2010年11月07日)

「西国三十三所(37)大本山永平寺で結願に」(2010年11月08日)

 毎年恒例の行事とはいえ、こうして変わらずにお盆でご先祖さまをお迎えすることができることを、ありがたく思っています。
 読経の後は、庵主さんがいろいろなお話を問わず語りにしてくださいました。こちらの方が、これから回られるお時間を気遣ったほどです。いつも心を開いて、ご自分のことや世相の移り変わりについてお話をなさいます。これも貴重な出会いによる縁だと思っています。
 午後は、河内高安にあるお墓、信貴霊園へ行きました。
 途中、鶴橋の回転寿司屋「海幸」でお腹を満たすのも、我が家のお決まりのコースです。
 霊園に着く頃には、少し雨がぱらついていました。

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 今年も、私が小学校6年生の頃に住んでいた借家の大家さんと、ばったりとお墓で会いました。我が家が大変だった頃、お世話になった方です。植木職人で河内音頭の音頭取りをなさっていたお家が、裏小屋を改装して一時的に貸してくださったのです。四畳半の畳の部屋と三畳の板の間の2部屋で、私のたち家族4人が暮らしました。大阪市内の六畳一間から移ってきたので、贅沢な生活だと思っていました。お風呂は、大家さんの家に上がって使わせてもらっていました。まだ電話がない時代です。生ものは、木の箱の上段に氷を入れるタイプの、冷氷箱とでもいうものに入れていました。
 2、3年お世話になっただけなのに、私をよく覚えてくださっていて、今年も見かけてすぐに声を掛けてくださいました。ここでも、人の縁というものを実感します。
 幸い、帰る頃には雨はあがっていました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *回想追憶

2017年08月14日

藤田宜永通読(29)藤田宜永『タイホされたし度胸なし』

 『タイホされたし度胸なし』(藤田宜永、光文社文庫、2002.7.20)を読みました。

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 文庫本の帯には、「軽みのなかに深まる謎。人間心理を衝いた快作。」とあります。
 あまりにも軽い話に終始するので、つい読み飛ばしてしまいました。ただし、登場人物の設定はユニークです。藤田の初期には、こうしたフッと気を抜いたものがあります。今回は藤田作品を読み直しているので、2回目となります。しかし、この内容はまったく記憶にありませんでした。エピソードすら何も覚えていなかったので、前回も軽く読み流したのでしょう。
 藤田の持ち味の一つとして、軽妙と言えば聞こえはいいものの、読者としては気の張らないだらだらと読める物語があります。現実離れした、おもしろおかしい作り話で、肩の張らない作品です。それでいて、推理小説らしく筋道は辿れるようになっています。
 人間の心理を何とか描き出そうとしています。その読後感は、吉本新喜劇を見終わった時によく似ています。その作り話の中に、少しだけ謎解きが盛り込まれているのです。
 藤田の気ままなお遊びに付き合わされた、と言うのが読み終わっての実感です。明るさが取り柄と言えばいいのでしょうか。【1】

 本書は「長編ユーモア謎解きミステリー」という分野に属し、藤田宜永が1988年に講談社ノベルスから刊行し、その後に光文社文庫に収録されたものです。
 これまでに本ブログで取り上げた藤田宜永の初期作品で、本作『タイホされたし度胸なし』までのものは次のとおりです。

1986年10月「藤田宜永通読(15)『野望のラビリンス』」(2013年08月08日)

1987年4月「藤田宜永通読(16)『標的の向こう側』」(2013年08月28日)

1987年5月「藤田宜永通読(17)『瞑れ、優しき獣たち』」(2013年08月31日)

1988年1月「藤田宜永通読(21)『モダン東京2 美しき屍』」(2014年09月23日)
   6月「藤田宜永通読(22)『モダン東京3 哀しき偶然』」(2015年02月09日)
   8月「藤田宜永通読(23)『ダブル・スチール』」(2015年08月18日)
   9月「藤田宜永通読(28)藤田宜永『呪いの鈴殺人事件』」(2016年06月14日)

 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | □藤田通読

2017年08月13日

京洛逍遥(454)第30回 下鴨納涼古本まつり -2017

 今年も下鴨神社の糺の森では、お盆の時期に恒例となった「下鴨納涼古本まつり」が開催されています。今年は30回目で、今週16日(水)までです。

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 40の書店が持ち込む80万冊の本が並ぶ姿は壮観です。

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 しかも、子どもたちに本をいっぱい読んでもらおうという思いを込め、児童書や絵本が1万冊もあるのです。ぬりえ大会、紙芝居、絵本の読み聞かせと、子供を意識したイベントが盛り沢山です。

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 千古の森である糺の森を流れる御手洗川は、子供たちにとっての水遊び場と化しています。

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 とにかくお店が多いので、ブラブラと流して歩くしかありません。
 伊井春樹先生からは、探し求めていると本の方からおいでおいでをしてくれる、と教えられてきました。これまでの本との出会いを信じて、ひたすらキョロキョロと眼球運動に専念します。
 我が家は木造なので、原則は買いません。ここは、探していた欲しい本、引越しで処分した本、などなど、本との出会いと別れを楽しむ空間です。過去から現在へ、そして未来へと想像が膨らむ時間の中に身を置く場所です。本のお世話になって今に至っていることを実感するのです。

 今春の引っ越しで思い切って捨てた本に、数万円の値札が付いているのを何冊か見かけました。無念さが蘇ります。しかし、それも本との縁なので、ここはその諦めの場でもあります。

 今年これからの古書市は、次のものが予定されています。時間を作って、また行くつもりです。

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posted by genjiito at 18:09| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年08月12日

丸善での講演会「京都の伝統文化 地蔵盆の歴史を知る」に行って

 丸善京都本店で開催された、「村上紀夫先生 講演会 京都の伝統文化 地蔵盆の歴史を知る」に行ってきました。会場となった丸善は、梶井基次郎の『檸檬』に出て来ることで知られているお店です。精算所の横には、『檸檬』の記念スタンプや手拭いが置いてあります。

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 村上氏の新著『京都 地蔵盆の歴史』については、一昨日の本ブログ「読書雑記(203)村上紀夫『京都 地蔵盆の歴史』」(2017年08月10日)に書いた通りです。
 この講演会は、『京都 地蔵盆の歴史』の刊行を記念して行われたものでした。この本については、丸善のホームページには次のように紹介されています。


『京都 地蔵盆の歴史』

毎年地蔵菩薩の縁日である8月24日頃に京都の各地で実施される年中行事。「お地蔵さんが子どもを守る」という理解から、子どもたちの祭りと一般的には認識されている。京都のみならず、近郊の大阪・滋賀などでも実施されているが、京都で特に盛んに行われていることから、京都の盆行事の特色とされ、京都の都市文化を知るうえで欠かせないものと言えるが、これまでその歴史研究は皆無であり、本書は地蔵盆の歴史研究に初めて本格的に取り組んだ1冊といえる。

<著者紹介>
村上紀夫(むらかみ のりお)
1970年愛媛県生まれ。大谷大学大学院文学研究科博士後期課程中退。博士(文学)(奈良大学)。現在、奈良大学文学部准教授。著書に『近世勧進の研究』(法藏館、2011年)、『まちかどの芸能史』(解放出版社、2013年)がある。


 本日の講演会では、スライドで市内のお地蔵さまを映し出し、現在行われている地蔵盆の様子なども説明しながら話は進みました。
 平成25年のアンケートでは、京都での地蔵盆は79パーセントが実施しているそうです。東山区では90パーセントとも。
 また、京都中にお地蔵さまは1万体もあるそうです。京都では、警察官の数よりもお地蔵さまが多いし、コンビニや郵便ポストよりもお地蔵さまが多いということも驚きでした。
地蔵盆は、京都を中心とした限られたものであり、歴史的な研究はまったくなかったそうです。
 配布された資料は、A4版3頁分です。お話はキビキビとした歯切れのいい口調で聴きやすく、楽しく語ってくださいました。最後には、質疑応答が30分にもわたってありました。参加者の問題意識が高かったこともあってか、難しい質問が多く出ました。奈良や大阪の例に始まり、青森にも地蔵盆があることは意外でした。
 その質問の中でも、主役であるはずの子供の姿が、著書にも今日の話にも語られなかったことについては、私も疑問に思っていたことでした。村上氏の回答では、歴史的に意義のある資料に基づいての考察であり、著書の内容も大人が記した文献によっての成果なので、女性や子供たちの姿が見えないものとなっているのは確かである、とのことでした。子供たちは文献としての文字の上からは語り手にはないとしても、地蔵盆の時にはお地蔵さんの回りを飛び跳ねながら楽しんでいたはずであり、今も楽しみにしているので、今後は女性や子供たちの存在も浮かび上がるようにしたい、とおっしゃっていました。
 この地蔵盆については、今後ともいろいろなことがわかっていきそうです。楽しみなテーマだと思いました。
 今日は私の町でも、朝から地蔵盆の会場となる公園の掃除がありました。まさに今、タイムリーな話題でもあり、多くの刺激をいただきました。
 私が住む町内会の地蔵盆は19日なので、またその時にこのことについて書きましょう。

 なお、これまでに本ブログで取り上げた地蔵盆に関する記事は、以下の2つがあります。参考までに引いておきます。

「京洛逍遥(337)下鴨神社の盆踊りと地域の地蔵盆」(2014年08月23日)

「京洛逍遥(158)上善寺の小山郷六斎念仏」(2010年08月23日)

 
 
 

posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | ・ブラリと

2017年08月11日

[洗い茶巾]のお稽古の後、スマホのトラブルに対処

 猛暑の中、お茶のお稽古で奈良に行きました。
 前回に続いて、丸卓を使った洗い茶巾を覚えようとしています。
 お盆のお客様にお茶を、と思っているので、非常に具体的な想定のもとでのお稽古です。
 それにしても、今日は、どうも良くありません。記憶と気力と動作が噛み合いません。もっと予習をしてからお稽古に行くべきでした。
 一通りおさらいをして確認をしたので、家でまた練習をして、お盆の本番に備えたいと思います。

 お茶のお稽古の帰りに、コンビニの支払いでiPhone のApple Payが使えなくなっていることに気付きました。よく確認すると、 iPhone で使っている Apple Payで、登録していた3種類のカードがすべて消えているのです。
 Suica は、先週の木曜日に駅の自動販売機で使いました。あと2つはクレジットカードです。
 消えた理由と、カード復活の方法、そして登録していたカードが悪用されないかが心配になりました。
 時間は午後7時。京都駅前の au ショップならまだ間に合うので、大急ぎで駆け込みました。閉店まで1時間あります。お店の方に事態を説明し、相談しました。すると、それはアップルの問題だということです。しかも、親切にもお店からアップルに電話をかけてくださり、店内で電話越しにアップルの担当者からサポートを受けました。
 電話による対応は、途中からスペシャリストの方に代わっての対処となりました。
 ちょうど1時間で、私が困っていたことはすべて解消しました。

(1)消えた理由
 先日の4日(金)に、 MacBook Pro のサポートを受けています。その際、iPhone のアップルIDをサインアウトしたことが、今回のトラブルの原因の可能性が高い、との結論に至りました。iPhone でアップルIDをサインアウトをすると、Apple Pay の情報はすべて消えるとことです。あの時、そんな説明はなかったので、今回の事態になった理由が、これでわかりました。
 今回も、アップルのオペレータと私の iPhone の画面を共有しながらのサポートだったので、丁寧に対処してもらえました。この方式のサポートは、確実に改善するので助かります。

(2)復活の方法
 wallet というアプリで再登録することで、消えたカードがすべて復活しました。昨年の秋、最初に iPhone にカードを登録した時に、Suica のカードは指示通りに裁断していたのです。しかし、今日の操作で、Suicaのカードがなくても再登録できたのには驚きました。

(3)悪用の心配
 私の iPhone は二重三重のセキュリティが設定されているので、第三者が悪用することは考えられない状況にある、ということを説明してもらい、納得しました。

 このアップルのサポートが終わったのが、ちょうど au ショップの閉店時間で、お店の方が片付けに入っておられるところでした。とにかく問題が解決し、安堵して帰路につきました。
 
 
 

posted by genjiito at 22:01| Comment(0) | ◎情報社会

2017年08月10日

読書雑記(203)村上紀夫『京都 地蔵盆の歴史』

 『京都 地蔵盆の歴史』(村上紀夫、宝蔵館、2017.7.24)を読みました。ちょうど、今週から来週にかけて、我が町内でも地蔵盆が行われます。この伝統的な行事を前に、この本で少し勉強をしました。

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 本書は、江戸時代の文書を含む数少ない地蔵盆に関する資料を丹念に集め、それを綴り合わせて読み解いていきます。関西に特有な地蔵盆とは何か、それが何であるのかを明らかにしようとする本です。
 多分に想像力をたくましくして、さまざまな可能性を考察しています。慎重な物言いと、どこからかが自説であるのかが明確です。納得しながら、楽しく読めました。

 江戸時代の書付などを読み解きながら、町内会での地蔵盆の実態などを、経費や会場や内容に至るまで報告しています。実際に行われていた姿が、具体的にイメージできました。

 本書で一番おもしろいと思ったのは、お地蔵様の撤去と地蔵盆の中止の後、それらが復活していく過程の検討です。わからないとされることへの挑戦がなされているだけに、推理小説に参加している気分になりました。

 筆者は、最後に本書で明らかにしたことをまとめておられます。今、その暇がないので、後日この記事の「補訂版」としてそれらを引いて、理解の一助にしたいと思っています。この記事は続きます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■読書雑記

2017年08月09日

エバーノートの同期エラーをメールによるサポートで解決

 日々、身の回りの物事のすべてを、「エバーノート」というアプリケーションに保存しています。紙に印刷したものやメールで必要なものは、すべてをデジタル化したりPDFにして転送しています。どこにいても、関係する情報がすぐに取り出せる状況になっています。といっても、保存し忘れたり、もう要らないだろうと思ったものに限って、後で必要になることがしばしばあるものです。情報の保存の運用は、何かと難しい点があることは仕方のないことです。

 これまでに実践してきた個人メモの整理については、「【復元】私はマグロだそうです」(2016年06月15日)に詳しく書いた通りです。

 さて、毎日せっせと情報を蓄積しているエバーノートが、先月の22日(土)から、同期ができないというエラーメッセージを表示するようになりました。この日は、目が不自由な方々を須磨へ源氏散策にお連れした日です。何かとバタバタした日だったので、何か操作を誤ったのかと思いながらも、実際にはデータが同期されていたのでそのままにしていました。

 それ以降も、ひっきりなしに以下のようなエラーメッセージを、エバーノートの iPhone 版が画面に表示します。


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 面倒な仕事が一段落したこともあり、アプリの中にある相談窓口を通してエバーノートのサポートチームに対処をお願いしました。私がプレミアムバージョンを使っていることもあり、迅速な対応がしてもらえました。

 まず、「Evernote サーバと適切に同期していない」と思われるノートの削除が提案されました。
 しかし、それでは解決しません。
 次に、以下の4つの解決に向けての手順が提示されました。

(1)iOS 版の Evernote で「同期ボタンを同時に 2 本指でタップ」

それでもダメなら、

(2)iPhone の「電源のオン・オフ」の後に Evernoteの起動

まだダメなら、

(3)Evernoteの「ゴミ箱を空にする」を実行

これでもダメなら最終手段として、

(4)Evernoteアプリの再インストール


 今回は、上記の(3)で、どうにか問題が解決しました。(4)は大変なことなので、ホッとしています。そして、データが壊れるという実害はなかったので、幸運だったと言えるでしょう。
 これで心おきなく、身の回りの資料を破棄して忘れてしまうために、エバーノートにせっせと溜め込むことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | ◎情報社会

2017年08月08日

京洛逍遥(453)京都市バスの運転手さん(2017年-その1)

 先日も書いたように、市バスの運転手さんの車内放送が、ひと頃よりも格段によくなっています。そんなに嫌ならマイクを使わなければいいのに、と言いたくなるような場面が、最近は急激に減りました。運転手さんの若者世代への交代が、順調にいった成果のようです。急ブレーキや急発進も、あまりありません。先日、久しぶりに身体がガックンゴックンとしましたが。

 約1年前に、「京洛逍遥(409)京都のバスの運転手さん(2016年-その2)」(2016年05月29日)を書きました。あれから後も、日常的に足として利用している市バスでは、いろいろなことがありました。以下、印象的なところを記録に留めておきます。

 まず、好感を持った方から。

 瓜生さんは、私が後ろから追いかけるようにして走って行くと、バスを停めたままでジッと待っていてくださいました。以前にもそのようなことがありました。この方が運転なさるバスに乗るたびに、非常に安心できます。その気持ちが伝わり、ありがたく思いました。清田さん、川上さん、松田さん、三輪さん、堀次さん、原田さん、太田さんは、対応も話し方も優しく、ハキハキして感じがいい方々です。

 由良さんはこれまでの運転手さんの中では珍しく、終始無言でした。結局一言も喋らずに通されたので、それはそれで見事でした。車内には録音テープによる案内の音声が流れるので、わざわざマイクで重ねて喋らなくてもいいのだ、ということを、この時にあらためて感じました。
 それに引き換え、あまりにも丁寧過ぎて、盛りだくさんの案内で喋り過ぎだと思える方もいらっしゃいます。とにかくうるさくて、スピーカーの近くにいたので落ち着いて座っていられないこともありました。

 奥に詰めてほしいと、再三の注意をマイクでされる方もいらっしゃいます。対応は丁寧なので、仕事に対する誠意を感じました。旅行者が入口付近に固まっていると、なかなか出発できないのは確かです。後から乗りたい方も入ってこられないのです。京都市バスは、真ん中から乗ります。それだけに、乗ってすぐに入口を塞ぐように何人もの方が立たれると、中は空いていることが多いだけに困ったことです。

 以下、難儀な運転手さんのことも。

 マイクでボソボソと喋っておられるので、まったく意味不明の音が車内に流れるだけのことがあります。停留所の名前を言っておられるようでした。しかし、日本語かどうかすら不明なので、風邪を引いた鵞鳥の声のようにしか聞こえません。
 同じように、Yさん、Nさん、Mさん、Iさん、Kさんは、語尾が不明瞭なことに加えて、語尾を引っ張りすぎなので、ふざけているのかと思います。

 Nさんのマイク放送は、まったく意味不明の上、海外の方に「なんぼ入れたん」と言いい、終いには「もうええわ」と料金の確認を面倒くさがって放棄されました。気分の悪いこともあるのでしょう。しかし、投げやりな態度はいただけません。

 いろいろな運転手さんが、京都の街中をバスで回っておられます。それぞれに大切な役割を果たしておられます。それでもそれぞれに個性があり、人間味を感じたりします。
 そんな中で、乗客が不快な思いをすることがままあることも事実です。
 快適に移動できる公共交通機関として、今後とも安全運転で快適な空間を作ってくださることをお願いしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2017年08月07日

スポーツクラブでの身体測定では29歳の身体だとか

 今日から、近所にある「コナミスポーツクラブ」に通うことにしました。
 これまでが文部科学共済の法人会員だったのを、これからは日本私立学校振興・共済事業団の法人会員に契約が変更となりました。

 まずは、何度目かの再出発(?)いや再々出発に当たり、自分の身体の実態を知ることからです。これまでに何度も受けた身体測定から、申し出て実施してもらいました。
 過去の測定記録は、プリントアウトを持っていました。しかし、引っ越しが度重なったために、今すぐには出てきません。また見つかったら今回のものと比べてみます。

 今回の測定で驚いたのは、「基礎代謝量」というものが本当だろうかと思うほどに高かったのです。8段階の7という好成績でした。それ以外はすべて、8段階の1から3という非常に低レベルです。
 私は痩せ細った身体なので、とにかく筋肉を付けて体重を増やしたいと思っています。その意味では、「基礎代謝量」以外は納得できる数値です。この「基礎代謝量」なるものが高いということが、私にとって一体何を表しているのか、またいつか考えてみます。

 また、腕の筋肉量が予想外に多いことにも驚きました。そして、案の定、足の筋肉量が8段階の1と、極端に少ないことにガッカリ。運動不足以外の何ものでもありません。ウォーキングと称して歩いているつもりでも、実際には運動になっていないことがわかりました。

 その後、エアロバイク(自転車)での体力測定もしました。
 これは、これまでにも何度もやったことがあり、いつも18歳の体力だという結果が出ていたものです。昨日の記事で過去のブログを紹介している中にもある通りです。
 今回はどのような結果かと楽しみにしていたところ、私の今日の体力年齢は29歳とのことです。実年齢よりも相当若く出ています。これまでもそうだったように、このエアロバイクの体力年齢は、景気づけの励まし程度のものと思っておいた方がいいようです。それにしても、二十歳代とは、悪い気はしません。

 今回、久しぶりにコナミに来て、計測結果がデータとして記録されないシステムになっていたことに驚きました。しかも、それは今春からだとのこと。これまでは、その日のデータがバックアップデータとして記録されていたので、銀座で運動した数値や身体計測の結果などが、立川や横浜や京都のコナミでも引き継いで累積していました。どこで運動をしても、前回までの数値と比較したり、運動量を加算できたりしていたのです。そのシステムが廃止となり、データがその場で捨てられることになったのです。いろいろと事情があるのでしょう。しかし、デジタル化の時代と逆行するサービスの低下としか思えず、非常に残念なことだと思います。

 そんなことはともかく、今度こそは続けて通いたいと、決意を新たにしているところです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *健康雑記

2017年08月06日

銀座で泳いでいた日々を思い出して

 暑い日々が続く中、昨夜東京から帰るやいなや、フィットネスクラブに通おうと思いました。
 数年前まで、銀座のスポーツクラブで汗を流した日々を思い出したからです。当時は、とにかく忙しかった時間の隙間を狙い、足繁く通ったものです。

 最初にスポーツクラブへ行くようになったきっかけは、高校の教員から大学の教員になった時です。伊井春樹先生から、研究者は身体が資本であることをご自身の実践から話してくださったのです。すぐに、奈良の王寺駅前にあったスポーツクラブに通い出しました。子供たちも、みんなここの会員になり、泳いだり体操をしたりしていました。

 1999年に上京してからは、横浜の金沢文庫にあったスポーツクラブに通いました。
 そのうちに、そのクラブが閉鎖されたことと、海に潜りたくなったので、スキューバダイビングの教室があった、川崎のクラブに移りました。

 横浜から、江東区に引っ越してからは、自転車で行ける銀座のスポーツクラブに所属を変えました。その店も今から2年前に閉店となり、それを機に足も遠のきました。これではいけないと思い、東京と京都の両方を利用していた関係もあり、近くにある系列店のクラブに再入会したものの、それっきりで一度も行くこともありませんでした。

 今日、最寄り駅の上にあるスポーツクラブで、会員手続きの変更も含めて説明を受けました。システムが変わっていたものの、基本的には以前のままです。
 明日から、この数年はすっかりご無沙汰していた運動を、また生活の中に取り入れることにします。

 再スタートでもあるので、これまでのスポーツクラブに関する記事を集めてみました。読み流すだけで、自分が身体のことを日々考えていたことを思い出しました。最近は、忙しさにかまけて、すっかりやる気が失せています。過去のことは、記録として残しておくものです。

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【フィットネスクラブで汗を流した日々の記録】


「【復元】フィットネスクラブに通う日々」(2016年05月26日)

「銀座探訪(33)師走を控えた月末に銀座で泳ぐ」(2015年11月30日)

「久しぶりに銀座のど真ん中で泳ぐ」(2015年11月04日)

「気分転換の外泊と気ままなスイミング」(2015年04月13日)

「スポーツクラブを退会」(2011年09月30日)

「心身雑記(98)久しぶりの体力測定」(2011年05月25日)

「心身雑記(90)病院で検査の後は体力作りに励む」(2010年10月04日)

「スクーバ・ダイビングを楽しむ」(2010年08月14日)

「銀座探訪(25)地下鉄銀座駅のマーキュリー像」(2010年08月04日)

「心身(50)微熱での水中浮遊」(2010年02月06日)

「心身(43)体調チェック」(2009年09月14日)

「心身(40)銀座のプールでダンベル体操」(2009年08月31日)

「スキューバ・ダイビングの練習」(2009年08月08日)

「心身(36)疲れていても体力年齢18歳」(2009年05月25日)

「銀座探訪(17)メタボな銀座桜通り」(2009年04月13日)

「心身(32)ただの筋肉痛?」(2009年04月07日)

「銀座探訪(16)桜の咲き初め」(2009年03月29日)

「心身(31)体力はまだありそう」(2009年03月18日)

「心身(30)体重が50Kgを割ってしまった」(2009年02月19日)

「心身(24)体力は21歳」(2008年09月30日)

「久しぶりに銀座で泳ぐ」(2008年08月19日)

「海外での食事の影響」(2008年06月20日)

「心身(9)健康維持の日々」(2008年01月23日)

「一仕事を終えてホッと一息」(2007年10月19日)

「銀座探訪(2)吉野家」(2007年09月04日)

「銀座探訪(1)夜の銀座 de 泳ぐ」(2007年08月28日)

「心身(6)五十肩に苦しむ十八歳」(2007年08月11日)

「スクーバ・ダイビング(1)」(2007年07月08日)

「心身(4)18歳レベルの体力」(2007年07月06日)
 
 
 
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2017年08月05日

日比谷で『源氏物語』「若紫」を読む/第4回

 毎月1回、第1土曜日に、東京・日比谷で『源氏物語』を読んでいます。

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 読んでいると言っても、鎌倉時代に書かれた文字を、字母にこだわって読んでいるのです。決して、物語の中身には立ち入らないようにしています。

 物語の筋には触れないようにしつつも、今日は、珍しく中身にこだわった内容となりました。それは、興味深い異文があったからです。

 当該箇所の本文とその現代語訳は、次のように光源氏が語っているところです。

「橋本本」本文
まだ知らずなん。かたじけなくとも、

現代語訳
「まったく申し上げようもないことです。恐れ入りますが、」

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「大島本」本文
まだ、さらに聞こえ知らず、ならはぬ事になむ、かたじけなくとも、かかるついでに、

現代語訳
「まったく何とも申し上げようもないくらい経験のないことでして、恐れ入りますが、こうした機会に、」
『新編日本古典文学全集』(小学館)より


 大島本が、言葉を尽くして光源氏を描いている場面です。それに引き換え、橋本本は何ともあっさりしています。

 ここは、次のように17種類の諸本が本文に異同を示しています。

橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
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また[橋=大中麦阿陽池御国日穂保伏高天尾]・・・・051706
 いまた[肖]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051707
 さらに[大麦阿陽池御国肖日穂保伏]
しらすなん[橋=中高天尾]・・・・051708
 きこえしらす[大阿池御国肖日保]
 聞えしらす[麦]
 きこゑしらす[陽穂]
 きこえしらす/し〈改頁〉[伏]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051709
 ならはぬ[大麦阿陽池御国肖穂保伏]
 ならはぬ/〈改頁〉[日]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051710
 事になむ[大穂]
 事になん[麦阿陽国保伏]
 ことになむ[池肖]
 ことになん[御日]
かたしけなくとも[橋=大中阿陽池御国肖日保伏高天尾]・・・・051711
 かたしけなく共[麦]
 かたしけなくとも/な〈改頁〉[穂]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051712
 かゝる[大麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051713
 ついてに[大麦陽池御日穂伏]
 つゐてに[阿肖保]
 つゐてに/に〈改頁〉[国]


 とにかく、『源氏物語』の本文は2つにしか分かれないことは、今回提示した箇所でも明瞭です。私が、〈青表紙本〉とか〈河内本〉とか〈別本〉という、池田亀鑑伝来の「形態によるモノサシ」で『源氏物語』の本文を3分するのはもうやめませんか、と言っていることが、ここでも明らかになっています。

 それはさておき、なぜこのように、似て非なる本文が伝わっているのか、という問題提起として、今日はこの例を提示しました。お話が大きく変わるものではありません。しかし、本文が書写され、写本が伝承される中で、どうしてこのような違いが生まれたのでしょうか。

 今すぐに結論が出ることではありません。こんなことがあり、しかもいまだに解明されていないことだ、という話題の提示に留めています。言い続けることに意義があるのです。後は、若い方の出番だと思っているからです。

 こうした大島本と橋本本の本文の違いは、ごろごろと出てきます。折々に、異なる文章の違いを、一人でも多くの方々と一緒に読み解いていきたいと思っています。

 今日も、講座が終わってから、有楽町で皆さんと談話会となりました。楽しい集まりなので、毎回が待ち遠しい講座となっています。

 もうすぐ、次の期の本講座の募集が始まります。
 いまはまだ、「今期の情報」(末尾に『源氏物語』の講座紹介)なので、10月からの詳細はもうしばらくお待ち下さい。

 鎌倉時代に書き写された『源氏物語』の写本の文字を読んでみたい方は、どうぞお集まりください。これまで広く読まれて来た、大島本に書き写された本文とは異なる、橋本本『源氏物語』を読んでいます。これまで、この本はまったく読まれて来ませんでした。大島本が語る世界とは異なる『源氏物語』を、少しずつ読んでみませんか? そして、古写本に書き写された文字を翻字する、というスキルを習得してください。
 
 
 
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2017年08月04日

アップルの手厚いサポートでいくつかの問題が解決

 アップルの電子機器を使っていて、最近いろいろと不具合があることについて、電話によるサポートを受けました。

 ネットでサポートの申請をすると、すぐにアップルから電話がかかってきて、スピーディに対処の相談に応じてもらえました。パソコンに関するサポートは、何かと面倒なことが多いので、ついつい敬遠しがちです。時間はかかったもの、いろいろな問題点が解消し、すっきりとしました。

 今回は、以下の3点についての相談でした。
(1)アップルの標準仕様となっているウェブブラウザである「サファリ」が起動しないこと

(2)自宅でワイヤレスアクセスポイントとして使用している「AirMac Extreme」のUSBポートに、「サンダーボルト2」仕様の外付けハードディスクを接続する方法

(3)住所録である「連絡先」アプリに、同じ名前のデータが複数個登録されていること


 いずれも、私が使っているパソコンの画面をサポート担当の方と共有しながら、こちらの画面の状況を先方も見ながらの対処をしてもらいました。個人的な情報が相手に見られることになるものの、こちらの操作を的確に指示してもらえるので、解決は早いやりかたです。

 春先からずっと「サファリ」が使えなかったために、「グーグルクローム」をウェブサイトを閲覧するのに使っていました。今回は、予想外にサポートに手間がかかりました。担当者も、苦労しておられました。要は、システムの「ライブラリ」の中にある「Safari」の中身を入れ替えることで、問題点が解消しました。この前後の面倒だった、長時間にわたる操作は省略します。
 これにより、何よりもあきらめていた「サファリ」が使えるようになったことで、気分が軽くなりました。「クローム」は何かと癖があり、使いにくいものだったからです。

 「AirMac Extreme」に外付けハードディスクを接続する件は、予想通り不可能なので諦めます。
 これは、すでにヨドバシカメラの方からも、出来ないと言われていたことです。アップルは、どんどん最先端の技術を導入するので、こうして使い物にならない電子デバイスが山のように自宅に溜まっていきます。ウェスタンデジタルの2Tと4Tの2台ハードディスクは、使おうと思えば可能ではあるものの、コネクタの変換ができないことにより粗大ゴミとなりました。

 住所録として使っている「連絡先」というアプリに関しては、これまた気長にデータを消しながら iCloud のデータと入れ替えることになりました。これには数ヶ月を要します。担当者も、気の毒がってくださいました。その原因の特定と対処方法が決まるまでには、さまざまなことをしました。結局は、提示された単純な作業を繰り返せばいいので、そのうちにまともに使えるようになるはずです。

 長い間、コンピュータに関わってきたので、こうした不具合は日常茶飯事です。その中でも、こうして対処法がわかったものについては、慌てず騒がす、地道に修復していくことにします。

 残る不具合としては、アップルの「メール」というアプリが使い物にならないことがあります。このアプリは、新しくパソコンを購入した当座は使えます。しかし、すぐにメールが整理できない状況になり、その修復に時間と手間がかかるので、いつもウェブメールに切り替えることになります。この「メール」は、私がアップルとの長い付き合いの中で、どうしても相性のよくないアプリです。アップル純正のアプリなので、いつかは安定して使いたいと願っていても、いまだに実現しない出来損ないアプリの一つとなっています。
 これについては、今日のサポート担当の方も、「safari」と「連絡先」が無事に問題なく使えるようになってから、じっくりと対処しましょう、と心強い励ましをいただきました。

 電子機器とのつきあいについては、トラブル談が語り尽くせないほどあります。これまでにこのブログにも折々に書いた通りです。出来の悪いものほど憎めない、と言われることがあるように、私と電子機器との関係は、まさにそのようです。
 デジタル機器に関してはトラブルメーカーだと言われ、しかもそれを自認しているところです。膨大な時間を吸い取られているので、もったいないとは思うものの、これもまた一興とばかりにおもしろがっています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | ◎情報社会

2017年08月03日

変体仮名がカタカナに見えたとか

 放課後、変体仮名を読む学習会を、大阪観光大学図書館の一角を借りてしています。
 今日は、新たに4人の1年生が参加してくれました。
 いろいろと話をしている中で、初めて変体仮名を読んでみての感想が、「カタカナに見えた」ということでした。これは初耳です。
 橋本本「若紫」の冒頭は次のような書き出しです。

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 この「わら八や三」と始まる文字が、「ワらハヤミ」に見えた、というのです。
 確かに、そう言われてみると、そのように見えなくもありません。
 初めて変体仮名を読もうとする人には、カタカナのように見えるということも考えて、これからはお話をしたいと思います。
 自分の思い込みで、頭から平仮名で書かれていると決めつけて話をしてはいけない、ということを学びました。
 手書きの文字を読むことがなくなり、決まりきった活字体ばかりを読む文化に身をおくようになりました。
 変体仮名がユニコードに採択されたことにより、今後は印刷体の文字を読む環境が激変すると思っています。
 文字に関しては、先入観のない立ち位置で考え、説明をし、話していきたいという思いを強くしています。
 その意味からも、変体仮名を見たことも聞いたこともない、という学生さんが、この学習会に参加することは大歓迎です。

 次回は、夏期休暇が入るために、9月29日(金)午後3時から始めます。
 10月は13日(金)、27日(金)午後3時から
 11月は10日(金)、24日(金)午後3時から
となりました。

 変体仮名を読むことに興味がある方は、社会人や学生を問わず、どなたでも参加してもらえる集まりです。
 資料の準備がありますので、あらかじめ本ブログのコメント欄などを通して、参加を希望する連絡をお願いします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:01| Comment(0) | ■変体仮名

2017年08月02日

大阪駅の改札内にはポストがない

 郵便物を投函するために、駅の構内をうろうろしました。ポストが見つかりません。
 東京駅にはあったので、大きな駅なのであるだろうと思い、大阪駅の駅員さんに聞きました。すると、一旦改札を出ないとポストはない、とのこと。改札内にはないのです。

 京都駅までの切符で、大阪駅のホームを跨いでの乗り換え中なのです。ポストだけの用事で改札を出て、また切符を買い直して入るのももったいないことです。新快速であと30分なので、郵便物はそのままカバンに納めました。

 私は、郵便物を持ち歩く癖があり、何ヶ月もカバンに入れたまま、ということがよくあります。急ぐものは、すべてメールや添付ファイルで済むことが多いご時世なのです。郵便で送るものは、ほとんどが数ヶ月遅れても問題はありません。ゆうパックにはお世話になっています。

 郵便物を出すために持っている時は、アッと思ったら、すぐにポストを探します。しかし、そうそううまく近くにはありません。街中ではポストをよく見かけます。それが、投函したいときに限って、なかなか見当たらないものなのです。これは不思議です。

 さて、京都駅では、駅のホームにありました。大阪からの新快速を降りたすぐの所に、到着した2、3番線の、なんと目の前にポストが仁王立ちで待っていてくれました。

170802_post1.jpg

 さらには、向かい合わせの4、5番線にもあるのです。

170802_post2.jpg

 あまりの嬉しさに写真を撮って安心し、肝心の郵便物を投函しないままに改札を出てしまいました。
 京都駅の中で入れ忘れても、駅前にポストがあるし郵便局の本局でも、とよりどりみどりです。
 駅前のバスターミナルの一角にあったポストに、無事に入れることができました。

170802_post3.jpg

 ポストが2つ並んでいることは、以前に五反田駅前のポストの話で書きました。
「江戸漫歩(4)怪しい郵便ポスト」(2008年01月19日)
 この京都駅前の2つのポストは、どんな事情や背景を持っているのでしょうか。

 大阪駅には、かつて改札内にポストがあったことがわかりました。女性向けに駅を大改装したことに伴い、ポストは撤去されたのです。女性と郵便ポストは無縁だ、ということなのでしょうか。

 今度、天王寺駅で乗り換える時に、改札内にポストがあるのかどうかを確認してみます。
 
 
 
posted by genjiito at 19:08| Comment(2) | *身辺雑記

2017年08月01日

独特の口調でなされる車内放送のこと

 長時間の通勤で感じていることです。
 まず、京都市バスの運転手さんの車内アナウンスが、最近は親切で丁寧になりました。
 あの、やる気のない態度と投げやりな言葉遣いで悪評まみれだった頃とは、雲泥の差があります。あの状況を快く思わずに利用していた生徒や学生や若者たちが、定年退職者と入れ替わり、汚名挽回とばかりに心地よいバスの移動をもたらしています。若手が取り組んでいると思われる新しい流れは、利用者としては大歓迎です。
 これで、京都のイメージは上がることでしょう。
 そんな中で、独特の抑揚でしゃべっておられる方のことが気になります。観光地を案内するバスガイドさんの口調を真似したものとは微妙に違う、自分に酔ったような語り口でありマイクの使い方です。これは、電車のアナウンスでも言えることです。
 車内に流れるアナウンスは、好むと好まざるとに関わらず、乗客は聞くしかありません。鉄道会社の宣伝には、うんざりしています。逃げ切れない箱の中で、無理やり自分に興味のない、関係のない宣伝を聞かされることは勘弁してほしいものです。あれは、立派な押し売りです。しかも、それが独特の節回しで押しつけられると、次の駅で降りたくなります。
 どこの生まれなのだろう、と思わせる不自然な抑揚は、聞きたくないことが多いのです。そんな運転手さんや車掌さんに限って、やたらとしゃべりすぎです。良かれと思って、親切心のなせる態なのでしょう。しかし、ありがた迷惑ということもあります。
 公共交通でのサービスは、必要最低限でほどほどに、ということでしょうか。
 
 
 

posted by genjiito at 20:01| Comment(0) | *身辺雑記