2017年02月28日

インターネットが使えなかった一日

 子どもたちは、インターネットにどっぷりと浸かる日々のようです。
 内閣府の調査によると、青少年は1日に何時間もインターネットを使っている、ということです。そうはいっても、さして驚きません。便利なのですから。それよりも、いつ、どこで、だれが、だれに、どのようにして聞いた調査なのか、ということが気にかかります。統計は如何様にでも操作出来るからです。

 それはさておき、求める情報をいかに的確に、しかも早く手にするかということは、生きざまを大きく変えます。そのスキルが求められるのが、今の時代だと思います。その適応能力は、若いうちに鍛えておくべきです。ネットで何を見て、何をするかは別にして。

 30年近く前に、出先や海外のホテルから、音響カプラを電話機に取り付けて通信をしていました。ピーヒョロヒョロと鳴る音に耳を澄ませながら、タイミングを見計らって回線にデータを流していた頃と、今は雲泥の差です。

「再録(3)インターネット以前の奮闘劇〈1997.2.13〉」(2009年10月25日)

 今の便利なインターネットを、日々の中で活用しない手はありません。
 とはいえ、今日の職場でのネットの環境は最悪でした。午後6時に研究室を出るまでに、結局インターネットにはつながりませんでした。仕方なく、メールなどはiPhone で確認したのですから、無駄の多い時間の一日を過ごしました。

 このところ、ネットに接続する環境に恵まれていません。データのほとんどをクラウドやエバーノートに置いているので、つながらないと仕事の能率に直撃です。

 結局、今日はインターネットにつながるのを待ちながら、引っ越しの荷造りをして終わりました。本の処分が捗ったのでよしとします。しかし、目の前には大画面のパソコンがあるのに、手元の小さなiPhone の画面とにらめっこで情報を確認しているというのは、まさにマンガです。成熟した情報社会から、突然人里離れた自然の中に身を置いた一日となりました。

 私は、ネットがなかった時代から今を見ています。それに引き替え、生まれた時からずっとネットがある生活をしている若者たちは、突然のネットレスの状態をどう思うのでしょうか。意外と、不便がもたらす新鮮さを楽しむのかもしれません。情報に振り回されない、自分を見つめるいい一日だった、と。

 そうした中で、インターネットの次の時代が待ち望まれています。次は、どのような仕掛けが登場するのか、大いに楽しみにしているところです。若い子たちから、インターネットを使っていたの? と言われる日が近いようです。
 
 
 

posted by genjiito at 22:41| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月27日

文字読み取りアプリ「e.Typist Mobile」で資料整理中

 さまざまな資料を整理しています。
 その中で、特に冊子やパンフレットや切り抜き記事などの処分は、その始末に困ります。
 そんな時、PDFのファイルにした後、 iPhone のアプリである「文字認識・OCRソフト e.Typist Mobile」(Media Drive Corporation、\960)は重宝しています。これまでにも、本ブログに引用したテキストのほとんどは、このアプリで文字認識をしたものです。

170227_e.Typist-Mobile.jpg

 ネットでの評価を見ると、惨憺たるものが散見します。しかし、何かと欠陥商品を摑まされる私なのに、これは快適に使えるアプリです。ほぼ毎日使っています。
 開発が2012年であり、2014年から更新が止まっているので、不安に思うことがあります。しかし、特に今は不自由を感じないので、このまま使っていくつもりです。
 かつては、パソコン用のマッキントッシュ版の「e.Typist」があり、それを便利に使っていました。しかし、販売がウインドウズ版のみとなり、どうしたものかと思っていたときに、この「e.Typist Mobile」に出会いました。
 確かに、撮影の仕方によってはとんでもない文字列になることもあります。しかし、それは大した問題ではありません。すぐにその場でさっと文字化できることが、一番重要だと思っています。
 今日もiPhone を片手に、「エバーノート」と富士通の「ScanSnap」と「e.Typist Mobile」を駆使して、身辺整理を進めています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:30| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月26日

東京マラソンで思い出した個人的なマラソン史

 今日は、第11回目となる「東京マラソン」の日でした。このマラソン大会は、東京都知事だった石原慎太郎氏の肝入りで2007年に実現したものです。豊洲の市場移転の問題はともかく、このマラソン大会はいいイベントとして育っていると思います。
 ちょうど宿舎周辺を走者が通りかかる頃、マイクで交通整理を呼びかける車が往き来していました。応援に出ようかと思いました。しかし、荷物を京都に送った後のがらんとした部屋で、運ばずに残しておいた資料で報告書などを作成する仕事に忙しく、気にしながらも外に出るだけの心の余裕がありませんでした。
 夕方床屋さんへ行った時、おやじさんが髪を切りながら、興奮気味にマラソンの話をしてくれました。折り返し地点となった深川の富岡八幡宮の賑わいや、床屋さんの真下が給水ポイントだったことなど、詳しく聞くことができました。

 東京でのマラソン大会というと、一度だけ出場のチャンスがありました。しかし、結局は出ずに終わった45年前を思い出します。何度か書いた通りですみません。私が二十歳になった成人式の時、記念マラソン大会にエントリーしました。しかし、その2日前に、住み込みの新聞配達店が火事となったのです。すべてをなくして焼け出されたために、人前にでるだけの着るものがありません。両親が作ってくれた初めてのスーツも焼け、残念ながら成人式に行けず、マラソンも棄権したことが貴重な成人の日の想い出です。

 生まれつき身体が弱かった私は、小学校3年生あたりから走ってもいいようになり、中学や高校では長距離走が好きでした。一番の得意種目は1,500メートル。

 マラソンや駅伝は、今ではもっぱら観るほうです。

 京都では、駅伝やマラソンのシーズンになると、賀茂川の散策路で隊列を作って走る選手をよく見かけます。駅伝やマラソンでは、家の近くがコースになることが多いので、応援に行くこともしばしばです。

 生まれ育った地では「出雲駅伝」があります。小さい頃の年末年始は、出雲大社の前にあった「いなばや旅館」の「〈か〉の間」(小泉八雲執筆の間)で冬休みを過ごしていたので、出雲大社をスタートする場面が大好きです。
 今月開催された「出雲くにびきマラソン大会」は、大雪のために中止となりました。
 4月には、「奥出雲ウルトラおろち100キロ遠足」があります。

 大阪で高校の教員をしていた頃、学校のマラソン大会では生徒たちと一緒に走りました。あまり恥ずかしい思いはしなかったので、それなりの順位でゴールしていたと思います。

 奈良では、子供たちと一緒に平群町主催の「くまがしマラソン」に出ました。家の前で家族に手を振りながら、楽しく走ったものです。参加者に配られた、「くまがしマラソン」と記されたスポーツタオルを、今も記念品として持っています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:20| Comment(0) | 回想追憶

2017年02月25日

「点字付百人一首」の全国大会ができないか

 前回の「高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会」(2017年01月14日)に続き、今月の集まりにも参加してきました。

 高田馬場の社会福祉協議会は、今日は外壁の工事中でした。

170225_genkan1.jpg

170225_genkan2.jpg

 今日は、広島大学3年生のAさんと一緒に行きました。Aさんは午前中に国文学研究資料館で調べ物をしてから、高田馬場へ来てくれたのです。自己紹介で日本文学の勉強をしていると言った時には、参加者から励ましのことばが飛び交いました。

 今回は、これまでとは少し違って、カルタ取りに集中する会でした。これもまた楽しい体験を共にできました。視覚障害者交流コーナーでは、熱気に包まれた3時間があっという間に過ぎていきました。

 今回は、初めてのカルタ台で対戦した方が多かったので、ルールについてさまざまな意見や感想が寄せられました。この「点字付百人一首〜百星の会」の活動は、まだまだ揺籃期です。そして、大きく発展する可能性を包み込んでいます。

 「点字付百人一首」といっても、さまざまなカルタが開発されています。上の句だけで取れるカルタもあります。初心者が参加しやすいことへの配慮が行き届いています。

170225_karuta1.jpg

170225_karuta2.jpg

 いつもは読み手としてカルタ取りの指導にあたっておられる方は、自分で初めて真剣にカルタ取りをやった後で、日頃子どもたちにこんなむちゃなことをやらせていたのか、ということを実感した、とおっしゃっていました。どっと疲れたとのことで、こんなにハードなことをやらせていたんだ、としみじみと語っておられたのが印象的でした。

 新しい遊び方の提案がなされ、いろいろなことが試されました。
 「五色百人一首」の緑と橙の札を使ってグループで取り合うやり方は、私にはまだよく理解できていません。

 緑の札の20枚を10枚ずつに分け、お互いが並べたセットを相手側に置くというのは、少し手を加えただけでおもしろさが増したようです。自分が並べたものを相手側に置き、相手が並べたものを手前に置いて5分間で覚えてスタートする、というものも楽しそうです。

 ルールを少し変えるだけでまったく違うゲームになるので、さらに検討を進めると、多くの方が参加できるようになることでしょう。日々創意工夫がなされている百星の会の「点字付百人一首」です。これからがますます楽しみです。

 今日は、さまざまな札の取り方やテクニックを見ることができました。
 以下、バリエーションに富んだ手の動きがわかる写真を並べます。

170225_siai1.jpg

170225_siai2.jpg

170225_siai3.jpg

170225_siai4.jpg

 広島から来たAさんが、この「点字付百人一首」の楽しさをすぐに理解したようです。そこで、「点字付百人一首」ではクイーンとでも言うべき理生さんと対戦してみないかと勧めたところ、快く引き受けてくれました。古典文学好きな心を刺激するものがあったのでしょう。
 このようなことになるとは思わず、何も準備をしていない上に、上の句に関する情報が何もないので、目が見えるという一点以外は不利な条件の中で、対戦に臨みました。

170225_seigan1.jpg

170225_seigan2.jpg

 前半から中盤にかけては、見えない理生さんが有利に試合を進めていました。しかし、後半になると、見えるAさんが挽回してきました。札が少なくなってくると、限られた札の位置を目で追えるので有利になるようです。


170225_seigan3.jpg

 結果は10対8という、わずかの差でした。
 どちらが勝ったのかは、ご想像にお任せします。
 すばらしい試合を見せてもらいました。

 福島県立盲学校の渡邊さんと話しているうちに、全国大会をしたらいいと思うようになりました。それも、個人戦だけではなくて、晴眼者との対戦や、全盲・弱視・晴眼者の組み合わせによるダブルスなども考えました。組み方によってはいろいろな対戦が可能です。しかも、全国から参加者を募るのです。初心者や上級者などのクラス別けも楽しいことでしょう。

 私の流儀である「とにかくやってみる」、ということでこの提案をしたいと思います。

 東京の関場さん、大阪の畑中さんたちによって、いろいろな趣向で楽しい「点字付百人一首〜百星の会」の運営がなされています。その中に、「点字付百人一首」の全国大会をスタートすることを検討していただけないか、と思うようになりました。いろいろと検討すべきルールや実施要領などを詰める必要があるかと思います。その検討も、楽しく取り組めば、さらに活動への理解は拡がることでしょう。
 今日の思いつきながら、ご検討のほどをよろしくお願いします。

 そんな全国大会のことを、最後の挨拶の中で言いました。今回の進行役であった理生さんからは、いつも夢のある話をありがとうございます、と言ってもらえたので、これは実現に向けて動いていくように思いました。
 この件でのご意見を、本ブログのコメント欄などを通してお寄せいただけると幸いです。

 なお、次回の「点字付百人一首〜百星の会」は、来月3月18日(土)午後1時より、今日と同じ高田馬場の社会福祉協議会の中にある視覚障害者交流コーナーで開催されます。
 
 
 

posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年02月24日

グーグルからの不可解なメッセージと確認のメール

 iPhone を使っていて、グーグルに届いているメールを読もうとした時でした。
 突然、首を傾げるメッセージが表示されました。
 「Googleアカウントが変更されました」というメッセージが表示され、ユーザーIDとパスワードの入力を求められたのです。
 システムが更新されたのかと思い、迷いながらも様子を窺いながら、ログインをし直しました。
 すると、いつものように使えるようになりました。
 何となく不審な振るまいに、何事かと用心しながら操作を続けました。

 その前後だったでしょうか、不可解なメールが届きました。

170224_Google.jpg

 昨日のブログに書いたように、このところ利用しているネット環境が不安定なので、それに関連することなのかと戸惑いながら、メールを注意深く読みました。
 どうやら問題はなさそうです。

 届いたメールは


●●さん、新しい端末をお持ちですか?
iPhone からのログインをご確認ください


とか、


このアクティビティに心当たりがありますか?
最近使用した端末を今すぐ確認してください。


というものです。

 ネットで調べると、「一部のGoogleユーザーが強制ログアウトに困惑」という記事がありました。


Googleのサービスを利用しようとした際に、「Googleアカウントが変更されました。セキュリティ保護のためもう一度ログインしてください」と表示され、強制ログアウトされていることが分かった。
(中略)
 グーグルは、Google アカウントのヘルプセンターを更新。「一部のお客様におきまして、Google アカウントが変更された旨の通知が送付されていることが判明しております。調査の結果、本メッセージはフィッシングやアカウントのセキュリティに影響するものではないため、ご安心ください」と説明し、再度ログインすれば通常通り利用できるとアナウンスしている。

 現在、強制ログアウトの原因をグーグルに確認しているが、2月24日14時時点では回答を得られていない。(CNET Japan 藤井涼 (編集部))


 私の場合もこれなのでしょうか?
 2段階認証を利用しているので、再度のログインに少し手間取りました。しかし、今のところ不審な動きはなさそうです。

 とにかく、もう少し情報を集め、様子をみるこしとにします。
 私へのメールによる連絡などは、明日25日(土)以降にしていただいた方がいいかと思います。

 電子メールが大切なコミュニケーションの道具となっているので、一日も早く安心して使える状態になってほしいものです。
 ということで、今日はコンピュータの利用を控えることにします。
 
 
 

posted by genjiito at 20:52| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月23日

メールの連絡を取りこぼしていることへのお詫び

 今週2月21日(火)午前8時から、明日24日(金)午後10時までの間は、通信環境が安定しないため、メールなどの確認が十分にできていません。
 東京から京都への引っ越しに伴い、iPhone だけを頼りにしての通信環境だったからです。可能な限り返信などはしました。しかし、いつものように私にはさまざまな機器のトラブルがつきものなので、多くの方はまたか、と思っておられることかと思います。毎度のことですみません。
 なかでも、ワード文書・エクセルデータ・PDFファイルなどの添付物は、閲覧できないものが多々あるようです。テキストはおおむね読めています。
 明日24日(金)午後10時以降は、これまで通りに通信環境が整います。
 申し訳ない対応しかできていない方には、もう少し時間を頂戴することで対処しますので、しばらくお待ちください。
 復旧を断念する中で、取り急ぎ、お詫び方々、、、
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月22日

段ボールに詰めた本と永の別れになった本のこと

 今回の引っ越しで最初に段ボール箱に詰めたのは、『広文庫』(全20巻)と『群書索引』(全3巻)のセットです。『広文庫』(復刻版、名著普及会、昭和51年)は、結婚をしてすぐに買った本でした。買った、というのは不正確で、買ってもらったと言うべきでしょう。

 私は学生結婚でした。大学を卒業してすぐに大学院に進学したため、妻に養ってもらう生活でした。そんな中で『広文庫』の復刻版が刊行されたので、妻の許可を得て予約をしました。刊行されるたびに、新婚生活をしていた浦和にあった書店に、代金を持って受け取りに行きました。

 知の宝庫である『広文庫』は、夢のような叢書です。研究を志したばかりのひよっ子の私にとって、ただただ憧れの百科全書でした。それを妻が、こつこつと積み立てていた結婚資金で、購入してくれたのです。以来、勉強机のそばにあるだけで、いっぱしの研究者になったような気にさせてもらえました。後日刊行された別巻に購入者の名前がずらりと掲載されていたので、いやましに充足感を持つこととなりました。

 そんな『広文庫』の次に箱詰めしたのは、陽明叢書の『源氏物語』(全16巻)。そして大島本(全11巻)、新旧尾州家河内本(全20巻)、『源氏物語別本集成 正続』(全22巻)と、快調に進みます。『源氏物語大成』(普及版、全14巻)は、京都と立川にも持っていたので、立川とこの官舎にあるセットは廃棄です。

 研究資料の次は、『井上靖全集』(全29巻)、『谷崎潤一郎全集』(新書版、全30巻)、『源氏物語』の注釈書群です。それぞれ立派な箱入りで、紙質もいい重厚な本なので、どっしりとした重みを感じます。箱にきれいに収まることはまれなので、隙間には雑多な文庫本を埋めました。

 こうした本たちは、とにかく京都という行き場があります。幸せな本たちです。そうではなくて、この東京で行き場をなくす多くの本たちは、ここでお別れです。
 いろいろな経緯で私の手元に集まった本です。人と同じように、本とも別れの時があります。これまで私を支えてくれたことに感謝しながら、段ボール箱ではなくて、部屋の片隅にうずたかく積み上げることになります。

 引っ越しをするたびに、本との別れがあります。今回運ぶのは、これまで以上に古い築80年以上の建物です。本に重さがあることが一番の問題です。そして、空間を占有することも問題です。
 そうしたことを見越して、「京都府立京都学・歴彩館」の近くに住むことにしたのです。
 ほとんどの本がこの歴彩館にあるので、そうした本は廃棄となります。

 本を仕分けることは、なかなか神経を病む選別作業です。引っ越しで一番疲れることです。それを、とにかくやり遂げました。横に妻がいてくれたからこそ、膨大な量の本を整理できました。一人だと、一冊一冊に感情が混じってしまい、とても数週間では片付きません。何でも取っておく私と、何でもドンドン処分する妻とで、喧嘩をしつつも連携プレーが実りました。感謝感謝。

 睡眠不足や筋肉痛と闘いながら、どうにか倒れることもなく、今は、引っ越し疲れの中で、心身共にぼーっとしています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:09| Comment(0) | 身辺雑記

2017年02月21日

毎日新聞は今日21日で創刊145年を迎えました

 毎日お世話になっている新聞のことです。
 「毎日新聞」は、明治5年(1872)の今日2月21日に、「東京日日新聞」として創刊されました。今日でちょうど145年を迎えることになったのです。
 「讀賣新聞」の創刊が明治7年(1874)11月2日、「朝日新聞」の創刊が明治12年(1879)1月25日なので、現在も発行している日刊全国紙としては一番早いものだと言えます。
 明治44年に、「大阪毎日新聞」と「東京日日新聞」が合併して全国紙となりました。

 なお、「点字毎日」は、大正11年5月11日に週刊の点字新聞として創刊されました。日本で唯一のものです。「毎日新聞」も、日常的に障害者の問題を意識的に取り扱っています。この点は、他紙が何か社会的に問題が起きない限りは記事にしていない実情を思うと、これはすばらしいことだと思います。

 私は、「毎日新聞」の記者である姫野聡さんが、拙著『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)を新聞で取り上げてくださったのが契機となり、幸運に恵まれるようになりました。姫野氏のおかげで、今の私があると思っています。
 大谷晋也氏、谷口敏夫氏との出会いは、姫野氏が取り上げてくださった「毎日新聞」がなかったらありえないことでした。このことは、「27年来の仲間を思い出しながらの追善供養」(2013年08月04日)に書いた通りです。
 以来、折々に他の記者の方からの取材を受けるようになって、「毎日新聞」を親しく読むようにもなりました。

 それまでは、「朝日新聞」だけでした。
 親が購読していたことと、私が学生時代に「朝日新聞」を配達していたことから、これが一番馴染みのものでした。しかし、慰安婦問題を通して「朝日新聞」の実態を知るようになり、すぐに「朝日新聞の講読を解約する決断」(2014年09月11日)をしました。青春と共に歩んできた「朝日新聞」と縁を切り2年半。それ以降も見るに堪えない記事を何度か目にすることがあり、「朝日新聞」の解約は適切な判断だったと思っています。

 「朝日新聞」は、インテリと呼ばれる一群の読者層を意識した、知的刺激に満ちた口調で記事が書かれています。それとは対照的に、「毎日新聞」はあまりにも客観的に記事が書かれているために、インパクトに欠けます。しかし、無理に読者の知性を刺激することに腐心することのない姿勢に、今では好感を持っています。「朝日新聞」一辺倒だった頃には、このような大人の論調の味わいに気づきませんでした。

 もっとも、「朝日新聞」の白石明彦氏には2007年に取材を受けて以来、何度か記事にしていただきました。その新聞記者としての感性だけに留まらず、日本語へのまなざしにも敬意を抱いています。
 なお、「毎日新聞」の佐々木泰造氏の記事も、楽しみにして読んでいます。

 「毎日新聞」と「朝日新聞」以上に好きなのは、「京都新聞」です。
 これは、とにかく楽しい記事が満載の、日本文化を見直し、新たな文化が進展していることを気づかせてくれる新聞です。「朝日新聞」の無理やり批判的に語る口調とは対照的な、日常レベルでの知的刺激に満ちた新聞です。
 春からは、この「京都新聞」と共に日常の生活を楽しむことになります。
 
 
 

posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月20日

『源氏物語別本集成』の前に進行していた『源氏物語別本大成』

 明日の引っ越しのため、東京の宿舎の荷物を整理しています。
 これまでずっと忘れていた資料が、突然ながら出てきました。

 平成元年(実際の初版は昭和63年)に刊行が始まった『源氏物語別本集成』は、その前には『源氏物語別本大成』として作業が進んでいたのです。

 そのことは、すでに拙著『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)で「『源氏物語別本大成』の発想」(102頁)として、その構想について記した通りです。

 その基本データには、次の写真の右端に写っているように、「品詞」や「異同」という欄があります。特に「異同」の欄には、「部変漢6,7」とか「部欠」などと、本文異同の識別が明記されています。これらは、刊行された『源氏物語別本集成』では採用しなかった付加情報です。

170220_GBT0.jpg

 次の写真では、昭和60年頃の具体的な版面や作業手順、そして必要な機器などが列記されています。「μCOSMOS」というデータベース用のソフトウェアや、懐かしい金属活字プリンタの名前が確認できます。

170220_GBT1.jpg

 また、次のメモにも懐かしいハードウェアの名前があります。

170220_GBT2.jpg

 こんな時代に、こんなことを考えていたということで、当時を回顧する資料として記し留めておきます。
 
 
 

posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年02月19日

引っ越しの荷造りで悩ましい日々です

■本の整理をしながら
 処分する本と残す本の仕分けをし、段ボールに詰めています。ほとんどが廃棄へ。
 とにかく、行き先ではこの本の重さに耐えられません。置くスペースもありません。
 ほとんどを廃棄するつもりでした。しかし、なかなか諦められません。捗りません。
 もう1週間以上にも及ぶ、良心との闘いが続いています。
 毎朝毎晩この過酷な作業に取り組み、1日に廃棄するノルマを自分に課しました。
 本の頁をめくり、書き込みの有無を確認しながら振り分けています。
 しかし、手も目も宙を彷徨うばかりです。
 それにしても、読んだ形跡があるのに、内容をまったく覚えていない本が多いのです。
 その本を読んだことが、次の読書につながったと思うことにします。
 これから読もうと思って、あるいは、読むことになるだろうと思って買った本もあります。
 こうした本をどうするか。その始末は、さらに悩ましいところです。
 研究書や資料集については、比較的楽です。評論や創作などが心を微妙に揺さぶります。
 自分との葛藤の中で、段ボールの山は確実に増えていきます。
 廃棄の山は、思うように増えません。
 タイマーが時を刻み、引越の日まで、あと1日半となりました。
 最後の闘いを楽しむことにします。


■資料としてのコピーや新聞の切り抜き
 入手困難な資料などは、コピーしたものを使っていました。この量も膨大です。
 その後、復刊されたり増補改訂版が出ているものは迷わずに廃棄できます。
 それにしても、このコピーにどれだけの手間と時間をかけたことか。
 それを思うと、労力に見合うだけの活用をしたのかと、自問してしまいます。
 コピーを持っていたことによる安心感という意義を認めましょう。
 そのことを高く評価し、否定的には思わないことにします。
 可能なものはスキャナに通し、エバーノートに保存しています。
 色の変わった新聞に関しては、とりあえずはそのまま箱詰めしています。


■ビデオテープも大量に出てきて
 これは、手撮りの映像なので、海外に行った時などに撮影したものです。
 帰国後は書類の整理と報告書の作成に追われるので、映像資料はすっかり忘れていました。
 タイムカプセルのようなものです。
 これを見ることがあるのかどうか。しかし、段ボールに詰めます。
 あまり重くないので、それだけが救いです。
 
 
  
 
posted by genjiito at 23:24| Comment(0) | 身辺雑記

2017年02月18日

読書雑記(193)入口敦志『漢字・カタカナ・ひらがな』

 『漢字・カタカナ・ひらがな 表記の思想』(入口敦志、平凡社、2016年12月)を読みました。

170217_iriguchi.jpg

 本書は、ブックレット〈書物をひらく〉というシリーズの一書です。
 漢字・カタカナ・ひらがなが持つ身分的位置付けについて、わかりやすく語っています。文字表記の歴史的な流れとその意味を、文化という視点から展開するものです。
 入口氏は江戸時代を中心とする学芸の研究者です。その立場から見た古典文学についての提言は、多くの問題点を浮き上がらせ、刺激的な物の見方を提示するものとなっています。さまざまな示唆をいただきました。

 以下、私がチェックした箇所を引用しておきます。


自筆本の大きさと写本の小ささ
 定家の奥書から、貫之自筆本はかなり長大な継紙であったことがわかる。例えば藤原道長自筆の『御堂関白記』など、男によって書かれた漢文の日記は巻子本であった。貫之自筆の『土佐日記』も、それに匹敵するような大きさとかたちを持っていたということができる。
 ところが、それを写した定家本も為家本も、どちらも列帖装六つ半枡形本といわれる小さな本になっている。このかたちは多くひらがなの物語などを写す場合につかわれるものである。であれば、定家も為家も、『土佐日記』をひらがなの物語類と同じようにあつかったということになるのではないか。漢文で書かれた男の日記は、写本にされる場合にも大きな本に写されることが多い。定家自身の日記『明月記』も巻子本である。もちろん漢文で書かれている。貫之が選択したかたちは、男の漢文日記と同じ巻子本のかたちであった。しかし、定家をはじめとする後代の人々は、『土佐日記』を漢文日記とは同等にはあつかわなかったわけだ。ここには漢字とひらがなをめぐる位相の差異がみられるのである。
 もう一点、定家本の奥書が漢文であることにも留意すべきだろう。例えば『源氏物語』のようなひらがなの物語でも、その写本の奥書は決まって漢文であった。ひらがなで状況や経緯を説明することはほとんどないのだ。公式のものは漢文であるという伝統はなかなか消えることはない。(24頁)
 
 
 十六世紀以前は文字を使える身分階層は限られていて、ひらがなも上層身分の人が使うものであった。その違いは主に公私、性差、長幼の別であって、身分差ではなかった。それが、十七世紀以降、徐々にひらがなが庶民のものとなり、身分を越えて広がっていくようになる。玄朔がひらがなを用いた『延寿撮要』を庶民に向けたものとしていることから、それ以前、室町時代末にもそういう傾向はあったといえるかもしれない。むしろ『延寿撮要』をはじめとするひらがな本の出版が、ひらがなが庶民のものになる契機を作ったと考えるのだ。あくまでも私見であり検証を必要とするが、ひとつの仮説として提示しておきたい。(48頁)
 
 
楷書とひらがなの組み合わせ
 今の日本語は、楷書の漢字とひらがなとが何の違和感もなく併存している。そのこと自体に疑問を持つ人はおそらくひとりもいないだろう。しかし、江戸時代以前、楷書の漢字とひらがなとを組み合わせることはまずあり得ないことだった。(50頁)
 
 
 ちなみに、「叡覧」で改行されている(前掲図11参照)のは、叡覧する人物すなわち後陽成天皇を敬って、文字の上に別の文字がこないように配慮してのもの。これを「平出」(へいしゅつ)と呼ぶ。後出の「閾字」(けつじ)よりも一段と高い敬意をあらわしている。(59頁)
 
 
注目したいのは、文中に見える「中華」「中国」の文字である。上に一字分余白があるのは「閾字」といい、その下にある文字が指し示すものを敬ってあけるもの。同じ文中、「神明」「聖」「皇統」の文字にも閾字があり、神や天皇を敬ってのものであることがわかる。(65頁)
 
 
 本書でみてきたように、貫之や宣長は漢語を廃した和文に対して相当に意識的であったと考える。また、漢文あるいは中国語そのものに習熟せよと主張する徂徠にしても、やはり意識してのことであった。表記を思想としてとらえるゆえんである。
 漢字制限論やかなだけで日本語を表記しようという運動がある。しかし、それらはマイナーであって、日本人の考え方の主流にはなっていない。漢字とひらがなを混ぜて書くのが日本語であると、なんとなく思い込んでいるだけのように思われるのだ。
 韓国では、漢字を廃してハングルだけで表記しようとしている。民族が生んだ文字への国粋的なこだわりともいえるが、その運動は相当に進んでいるようにみえる。一方、フランスの植民地化を経たベトナムでは、表記はすべてローマ字であり、チュノムや漢字は使わない。子規のいうとおりで、だからといってベトナム人がベトナム人でなくなったわけではない。同様に、日本語もひらがなだけで書く、あるいはローマ字で表記しても不便は感じない可能性があるのだ。
 いずれの方向を選ぶにせよ、我々は日本語の表記についてもっとつきつめて考えてみる必要があるのではないだろうか。(84〜85頁)

 
 
 

posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 読書雑記

2017年02月17日

【補訂】我が身に照らしてステージ別ガン患者の生存率を見る

 私は、平成22年8月に、胃ガンで消化管の全摘出手術を受けました。主治医の先生から、最初は慎重に、次第に確信を持って、第1期だったと伝えられたのです。

 ことの発端は、九段坂病院で受診した人間ドックです。その結果から胃ガンの疑いが指摘されました。

「心身雑記(59)ガンの告知を受けた時の気持ち」(2010年07月17日)

 まだ自分自身にガンというものへの認識が薄く、翌日のブログはお揚げさんの話です。

「食べ物の節制はビールとお揚げさんから」(2010年07月18日)

 次の日は、能天気にも西国三十三所の巡礼をはじめています。それも、「石山寺」から。

「西国三十三所(1)5周目は石山寺から」(2010年07月19日)

 すぐに上京して、九段坂病院へ。

「心身雑記(60)東へ西へドタバタの一日」(2010年07月20日)

 とんぼ返りで京大病院へ。大先輩の神野藤昭夫先生からいただいた励ましのことばを再読し、気持ちを落ち着けました。

「心身雑記(61)任天堂が寄付した京大病院の新病棟へ」(2010年07月21日)

 数日後から、大和平群へお茶のお稽古に行くことにしました。

「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日)

 この数週間後には、スクーバ・ダイビングの練習をしているので、とにかく生きている内になんでもやってみようとしている自分がいます。

「スクーバ・ダイビングを楽しむ」(2010年08月14日)

 ガンのステージのことを、詳細に図解付きで説明しています。

「心身雑記(66)今後の我が身についての巻」(2010年07月30日)

 一と月後の入院初日の病院食は、私が大好きなお寿司でした。

「心身雑記(70)入院初日の第一報」(2010年08月27日)

 手術当日はもちろんのこと、この入院中も飽きもせずに毎日ブログを書いています。
 今となっては、貴重な記録です。

「心身雑記(73)6時間にわたる自分との闘いへ」(2010年08月31日)

 手術後にもブログが途切れないようにと、タイマーでブログが数日間は更新されるようにしていたようです。それが、西国三十三所の六波羅蜜寺などの巡礼記でした。

「西国三十三所(2)六波羅密寺」(2010年08月31日)

 消化管を全部摘出する手術は成功しました。
 その後、いろいろなことがあって、今日があります。
 ガンが早期に見つかったことと、腹腔鏡手術の第一人者である岡部先生に出会えたことが、今なお私が生き続けられる日々につながっていると言えます。

 今も、こまめな検診を心がけています。
 食後の腹痛が頻繁にあることだけが、今抱えている難儀な課題です。しかし、これもゆっくり2時間をかけて食べると、あまり激痛にはなりません。小分けした食事を心がけています。

 岡部先生も、私の身体の仕組みがよくわからない、と笑いながらおっしゃいます。理屈での説明はどうでもよくて、今もこうして生きているし、このブログを毎日書き続けられることが一番の幸せです。毎日毎日、まだ生きているんですよ、と何人かの親しい方に報告できる喜びは、何ものにも替え難いものがあります。

 「がん 10年生存率58%」という見出しの記事がありました(毎日新聞、2017.2.16)。
 これは、全国がん(成人病)センター協議会が発表した、2000〜03年にがんと診断されて治療を受けた人の、5年後と10年後の生存率を集計したものです。
 患者数約4万5000人のデータから算出したものだそうです。この数とその結果が示す意味は、私にはよくわかりません。10年前に実施された調査から見た情報として、参考のために引きます。

170217_gan1.jpg

 さらに、この全がん協のホームページを確認すると、「部位別5年相対生存率の最新データ(2006〜2008)」がありました。

170217_gan2.jpg

 いずれも、第1期から4期の傾向は変わりません。医療技術の進歩のせいか、しだいに生存率は高くなっていることがわかります。

 その第1期の胃ガンの生存率は、94から98パーセントとなっています。予想外に高くて驚きました。私は、このグループに属します。

 これが、第2期になると56から66パーセントへ、第3期は38から47パーセントへと、生存率は着実に高くなっています。問題は第4期で、ここだけは非常に低い7パーセントに留まっているのです。

 この表が絶対ではないにしても、第1期のステージで胃ガンが見つかった私は、あらためて本当に幸運だったことを実感します。

 相変わらず、腹痛が怖いので、人様と一緒に食事に行くことは遠慮しています。食事中に激痛で顔をしかめる失礼がないように、との思いからです。

 また、食事の途中で喉を通らなくなることがしばしばなので、外食では半分も食べられないことがよくあります。そのためもあって、いつでも残した物を食べてもらえるように、家族と行くようにしています。
 妻は私が食べ切れないおかずを引き取りながら、また太る太ると言いながら、気長に完食までつき合ってくれます。ありがたいことです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | 健康雑記

2017年02月16日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その2「も」)

 今日も日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻を字母に注目しながら読みました。
 前回の講座で、テキストとして使用している『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年)の翻字ミスを指摘していただき、その訂正を「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)」(2017年02月02日)で報告しました。

 今日も、受講生の方から、テキストの不備を見つけてくださいました。今回は、書写されていた文字が、活字での翻字欄に印刷されていない、というものでした。翻字本文に、脱字があったのです。

 13丁裏の5行目で、次のように書写されている所です。

170216_missmo_2.jpg

 テキストでは、「・【事】ともを・」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「・【事】ともを・」とすべきところです。「」の脱字です。「【事】とも」がミセケチになっていて、その「も」の横に「人」と書かれていることも、念のために記しておきます。

 申し訳ありません。お手元にこのテキストをお持ちの方は、前回の「本」(12丁表の後ろから2行目)の訂正と共に、この「も」の追記をお願いします。

 二度あることは三度ある、などと思わず、気長にお付き合いください。

 
 
 
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | 変体仮名

2017年02月15日

自分なりの物差しを大切にすること

 4月からの新生活に向けて思っていることを、気ままに記します。

 他人の物差しで見られ、評価されることに、あまり神経質にならなくてもいいようです。
 人それぞれに自分なりの物差しを持っています。
 自分以外の物差しで、自分という人間をどれだけ計れるのか、大いに疑問です。
 常識という物差しに合わせることは、自分らしさを引き込めることにつながります。
 このように考えると、おのずと自分の行動に自信と信念が持てます。
 また、自分らしさや自分のよさが、しだいに見えてきます。
 独りよがりではなく、我が道を見つめ、探し求めることが重要です。
 自分が理解されないことを、むやみに嘆く必要もないのです。
 相手の物差しに合わそうとする必要もありません。
 自分なりの物差しを自覚することが大事です。
 こうした考え方は、自分自身では意識しないで来ました。
 自分なりの生き様の中で、自然に形成したものだと思われます。
 この歳になり、あらためての始発にあたり、こんなことを思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:57| Comment(0) | 身辺雑記

2017年02月14日

【復元】痛恨のパソコン文書の消失

 今回も、コンピュータを操作している時に、不注意による誤ったキー操作でデータが消えてしまった時の話です。
 最近は、こうしたトラブルは減りました。コンピュータの機能が向上したせいもあります。
 悔しい思いをしながら、今に至っている過去の失態の記録です。
 
(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年6月16日公開分
 
副題「一瞬のキー操作のミスから」
 
 また、今日も文書を消してしまいました。パソコンのキー操作を誤り、一瞬にして3時間かけて書いていた文章がなくなりました。こんな悔しい思いを、これまでに数え切れないほどしています。懲りない自分を叱咤しているところです。負けるな、と。
 特に最近は、コンピュータと距離を置こうとする自分に気づくことが多くなったので、これも、そろそろスローダウンの生活に入れ、という啓示なのかもしれません。心して事態を客観的に見つめたいと思います。老化が加速したため、という事実を追認しないためにも。

 今回は、思いつくままに調子よく文章を入力している最中に、何を思ったのかショートカットキーで何かをしようとしたようです。何をしようとしたのかは、もう思い出せません。とにかく、その瞬間に、目の前の文章がパッと消えました。いろいろと回復処置を試みました。しかし、もうお手上げです。

170215_pasocon_.jpg

 昔から、考えながらパソコンのモニタに向って文章を書いていて、ついつい熱中して文書の保存を忘れる癖がありました。そんな時に限って、パソコンがハード的にフリーズしたり、ソフトが暴走したりするのです。夜空に向って「オーィ」と叫びたくなります。保存しておけばいいのに、調子にのってドンドン書き進めていると、何でもない保存という行為をツイツイ怠るのです。もう少し書いてから保存しよう、などと思っているときに、天罰のように災難が襲いかかります。

 もう20年以上もの間、懲りもせずに繰り返す失態です。テキストエディタに入力してから加工することにしています。そして、よく使うエディタは、1分置きに自動的に保存するように設定しています。それなのに、今日はいつものエディタを使っていなかったのです。ネットのフォームに、直接書いていたのです。

 こんな痛恨のエラーを繰り返しながら、今に至っています。消えたのだから、しょせんその程度の文章だったのだ、と自分を慰めています。パーソナル・コンピュータの草分けと言われながら、それにふさわしく足をとられて転び続けているのも、草分けならではの試行錯誤の証だということにしておきます。失敗に学ぶことの少ない私です。しかし、コンピュータ業界の方々には、「人間はミスをする」ということを前提にした上で、ハードやソフトを開発してもらいたいと願っています。
 

********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
posted by genjiito at 23:19| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月13日

『源氏物語』の池田本と国冬本に関する渋谷氏の問題提起

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(2月11日)」で、以下の報告がありました。


【2月10日(金)】
越野優子『国冬本源氏物語論』と伊藤鉄也「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」を読みながら「源氏物語」の本文研究について考える。文学の根源が言語藝術としての感動にあるならば、別本は通行本文では窺い知ることのできない「源氏物語」の豊かな表現と叙述をもったテキストの一つとして興味深い。通行の定家本原本とその臨模本そしてその系統の最善本である大島本を底本とした校訂本と同じ定家校訂本系統とされる池田本の校訂本と違いのあることは分かるが、なぜ違うのか、そして定家校訂本系統としてどちらがよりすぐれた表現世界をもったテキストなのか、そこが知りたい。


 この「大島本」と「池田本」とに本文の違いがあることについて、なぜそのような違いが生まれたのか、その表現世界の違いは何か、それぞれがどのように読まれてきたのか、などなど、問題は山積しています。この意味を考えることは、『源氏物語』の研究において今後とも重要な研究課題だと言えるでしょう。
 これからの若手研究者が、その新鮮で柔軟な感性によって、この問題に果敢に挑んでいただきたいと思っています。

 渋谷氏の記事にある「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」とは、先月末に私家版として試験的に印刷して配布し始めた冊子を指しています。

170204_ikeda-cover.jpg

 この池田本「桐壺」の校訂本文を手元に置いて確認したい方は、本ブログのコメント欄を使って、郵便番号・住所・氏名をお知らせください。「桐壺」巻の校訂本文は無料でお渡しするものなので、折り返しお届けする手順(郵送の種別と送料等)をお知らせします。

 なお、この池田本の校訂本文を作成している背景や経緯については、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」をご覧ください。
 
 
 
posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年02月12日

江戸漫歩(153)最終日に行った五島美術館の茶道具展

 五島美術館で開催中の「茶道具取合せ展」を、最終日に駆け込みで見てきました。  何かと用事があり、やっと行くことができたのです。  今日展示されていた作品70点の中では、次の5点が印象に残っています。 (1)「長次郎黒楽茶碗 銘 千声 桃山時代・16世紀、釉薬の原料は加茂川石」 (2)「志野茶碗 銘 梅が香 桃山時代・16−17世紀、松平不昧旧蔵」 (3)「黒織部沓形茶碗 銘 わらや 桃山時代・17世紀、銘は利休の孫宗旦」 (4)「有馬茶会記 友阿弥筆 阿弥陀堂宛 桃山時代・天正18年(1590)書」 (5)「重要美術品 豊臣秀吉消息 おちゃちゃ宛 桃山時代・16世紀」  帰りに庭園を散策しました。そこで見かけた石像たちで、気になったものを、今日の出会いの記録として残しておきます。



170213_sanmon.jpg

170213_sekibutsu1.jpg

170213_sekibutsu2.jpg

170213_saru.jpg


     


posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆国際交流

2017年02月11日

【復元】デジタル時代におけるデータ管理の危うさ

 私のブログは、サーバーのクラッシュなどにより、何度か消滅しました。平成16年12月から平成18年9月までに書いたものの多くが、まだ再建できていません。
 欠けたままの記事を手を尽くして探し出し、見つけ出したものから、折々に復元しています。

 以下の記事は、こんなことをしていました、という活動報告の一例です。『陽明文庫本源氏物語を読む ―桐壺― 』という本の編集を考えていた時のものです。これはまだ実現していません。今の状況から見れば、これに加えて『池田本源氏物語を読む ―桐壺― 』というものも並行して対処すべき課題といえるでしょう。

 また、ここで話題にしている『源氏物語別本集成 正 続』は、その翻字方針を変更したこともあり、今はそのすべてをリセットした上で、「変体仮名翻字版」で作り直しているところです。
 いずれにしても、膨大な翻字データを扱っていることには変わりがないので、次世代に引き継ぎながらも、慎重に補訂して更新しているところです。
 
(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年2月6日 公開分
 
副題「管理していた情報の一部が知らぬ間に移動」
 
 昨春より、『源氏物語』の陽明文庫本を、10人ほどの人たちと輪読しています。昨年末に「桐壺」を終えました。今秋には、これまでの輪読の成果を書籍として刊行する準備を進めています。書名は『陽明文庫本源氏物語を読む ―桐壺― 』とする予定です。『源氏物語別本集成』が本文資料集なので、その解釈・鑑賞・研究とでも言うべき活動を開始したしだいです。毎月最終月曜日の午後6時から国文学研究資料館で、毎回レポーターを決めて読み進めています。今年は第5巻の「若紫」を読みます。

 今月末の輪読会から「若紫」に入ります。輪読会でみなさんにお配りする基礎資料(17種類の古写本の翻刻本文の校合資料)を作成しようとしていて、心臓が止まるほど驚きました。知らないうちに、これまでエクセルの表形式で管理していた『源氏物語』の本文群の一部が、同じ表の別の所(セル)に移動していたのです。

 異変が見つかったのは、『源氏物語別本集成』の第2巻に収録した古写本の本文データです。思いもよらぬ事態に、イスから弾き出されるように飛び上がり、すぐに書棚に直行し、まず陽明文庫本の影印本を確認しました。そして、『源氏物語別本集成』の翻刻本文と本文校異を確認しました。刊行した本文に、問題はありませんでした。ということは、『源氏物語別本集成』の第2巻が刊行された平成元年6月以降に、パソコンで管理していた本文データの一部が、何らかのトラブルで別の位置に動いたことになります。

 『源氏物語別本集成』の第2巻を刊行後の17年の間に、本文データの手直しに気づいたら、その都度、細かい修正補訂を繰り返し加えてきました。その過程で、私が操作ミスをしたのかもしれません。データの複写や貼り付けを繰り返しているので、マウス操作を間違ってデータを移動させたのかもしれません。いとも簡単にデータを修正や移動できるコンピュータ管理の利点が、容易にデータを別の場所に複写や移動をさせる、ということにもなり得るのです。便利さと簡便さの二面性だといえましょう。

 原因は不明です。しかし、長期間データの更新を繰り返していると、こうした不注意によるデータの変質が起こるのですね。すでにずっと昔のことですが、コンピュータの有用性に気づき、『源氏物語』のデータベース化に取り組んでから、もう20年が過ぎ去っています。ひたすら良質の本文データを作成することを心がけてきましたが、その維持・更新・継承にも、細心の配慮をすべき段階に至ったようです。とにかく、いい本文データを、次世代の研究者に引き渡したいと思っています。

 昨春より、『源氏物語別本集成 続 全15巻』がスタートしました。『源氏物語別本集成 全15巻』は、約10億字の古写本の文字を確認しました。今回の『源氏物語別本集成 続』では、約30億字の古写本の文字を確認点検することになります。そのため、15、6年前に作成した『源氏物語』の本文データに追加修正する作業を繰り返しています。今回冷や汗をかいたことをいい薬として、これまで以上にデータの更新作業とその管理を慎重にしたいと思います。

 デジタル時代におけるデータ管理の危うさを、今日、図らずも実感することとなりました。一見冷静さを装ってこうして報告を書いていますが、実は内心では、手元のデータのありように不安が覆い被さっています。膨大な情報を、それも長期間に亘って維持管理することの難しさを知りました。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
posted by genjiito at 17:44| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月10日

読書雑記(192)中村安希『N女の研究』

 『N女の研究』(中村安希、フィルムアート社、2016年11月)を読みました。

170210_nJyo.jpg

 「N女」ということばは、本書で知ったのが初めてです。「NPOで働く女子」という意味だそうです。
 出版社フィルムアート社のホームページには、次の紹介文が掲載されています。


「N女」=「NPOで働く女子」たちとは一体何者なのか?
開高健ノンフィクション賞作家が切り取るNPO業界の新しい動きと「N女」たちの生き様。
 --------------------------------------
近年、有力企業に就職する実力がありながら、雇用条件が厳しいと言われるNPO業界を就職先に選ぶ女性が現れ始めています。NPOで働く女性、略称「N女」です。
N女とは何者なのか。N女の出現の背景には何があるのか、また彼女たちの出現によって今、NPO業界では何が起きつつあるのかを探るべく、中村安希さんはインタビューを続けてきました。

そこから浮かび上がってきたのは、職場や家庭、地域社会など、かつての共同体が力を失い、分断が進む社会の中で、失業、病気、災害などをきっかけに、あるいは障害や差別によって、人や社会の「つながり」からはじき出される人々が増えつつあるという現実と、そうした人々を社会につなぎとめようと試行錯誤するN女たちが奮闘する姿でした。

さらにN女たちの出現は、結婚や育児によってキャリア人生が大きく左右される女性特有の問題や、男性型縦社会ではなく横のつながりを求める女性性の潜在力など、働く女性の在り方を問いかけています。

・N女の出現は、現代社会に蔓延する「居場所のない不安」を解消する手立てとなりうるのか?
・行政、民間、NPOの間を自由に行き来するN女の存在は、異セクターのつなぎ役として、経営難を抱えたNPOの運営を立て直すことができるのか?
・NPOというフロンティアは、働く女性たちの新たな活力の受け皿となりえるのか?

N女たちの苦悩と模索、生き様を通して、NPOの存在意義と未来の行方について考察したノンフィクションです。


 日本で新たな階級社会が形成されている、という視点からの問題提起がなされています。
 10人の第一線で活躍する女性へのインタビューを通して、女性の新しい生き方を炙り出そうとする、意欲的な内容です。そして、それを通して、動くことで意識を変えていった女性たちの姿がたち現れて来ます。ただし、あまりにもきれいに切り出されているので、質問を変えたらどうなったのだろう、などと余計なことを思ったりしました。インタビューをまとめるのは、なかなか難しいことを知っているので、結論を急がないで、自分の物差しで見過ぎないで、とハラハラして読み通しました。

 まず、階級社会に関する言及を引きます。


 日本に階級社会が生まれてきた背景には、社会のあらゆる局面で進行する「アウトソーシング化」がある。アウトソーシングとは、もともとは専門的な業務を外注することを指していたが、現在進行中のアウトソーシングとは、もはや外注というよりは単なる下請け化である。今は、どんな仕事もアウトソーシングする時代。これにより日本には、一部の正社員や行政職員が属する「管理階級」と、管理階級を現場の実務者として下支えする、巨大な「下請け階級」が形成されるようになった。管理階級が担う業務が、年々縮小されていっている一方で、「下請け階級」が低給で担う業務は、年々、より高度な領域にまで拡大されていっている。N女たちは、民間企業や行政だけでは解決できない社会課題に取り組んでいる。彼女たちの奮闘は、これからさらに課題が増えていくと予想される日本にとって、とても貴重なものに違いない。しかし一方で、彼女たちの出現は、この20年で急速に増加した非正規雇用に続く、あらたな「下請け階級」の拡大を意味してはいまいか、と心配にもなる。ソーシャルセクターへ転職する前、500〜1000万円程度の年収を得ていたN女たち。優秀な彼女たちの能力は、「新たな活躍の場を見つけた」と言えば聞こえはいいが、あまりにも安く、都合よく、買い叩かれすぎてはいないだろうか? (71〜72頁)


 文中に、「学問は社会に還元しないと意味がない」(79頁)という言葉が出てきます。はたと、自分に当てはめました。「還元」という言葉は、大事な点を見せてくれる意味があります。

 次のように語っている箇所では、本書のテーマであるN女の問題をクリアすることの難しさを感じます。
 私がいま関わっているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のことを思い、すべてを満たしていない現状に対して、あらためて今後の運営を考えることになりました。また別の視点でこうした動向を見る必要があるのかもしれません。


 N女の出現は、社会に重要な価値をもたらしつつあるが、その裏で、NPO常勤有給職員の人件費の中央値は222万円(平成25年度、内閣府調査)という事実が、N女たちを経済的リスクにさらしている。この数値が400万円前後まで引き上げられるか、またはNPOから民間企業へのスムーズな転職という展開が起きてこない限り、N女の出現は一過性の現象として終わってしまう可能性さえある。(264頁)


 また、次の社会動向も、この問題をそう簡単に解決するものではないことを教えてくれます。


 日本では、フルタイムで働く既婚女性の比率が全年齢を通じて15%前後(2013年、内閣府『共同参画』レポート)に留まっている。つまり、既婚女性の85%が、夫の収入を当てにできなくなった途端に困窮する「貧困予備軍」となっているのだ。これは、現にシングルマザーの6割が貧困状態にあるとする統計に整合性を与えるものであり、また、DV被害から逃れてくる女性のうち正社員は15%しかおらず、逃れても困窮するか、そもそも経済力がなさすぎて暴力から逃れられない女性も多い、とするDVシェルター側の証言とも一致する。しかしここでもう一つ別の事実を付け加えるなら、フルタイム就労率がより高いと言われる未婚女性の困窮ぶりは、さらに輪をかけて深刻な状況にあり、フルタイムで働いているからといって楽観できるわけではまったくない。3人に1人は貧困状態にあり、未婚女性の増加がそのまま貧困層の拡大につながっていっているとの指摘もある。既婚と未婚、パートとフルタイム、どちらにせよ女性たちの経済力のなさばかりが目に付く。(268〜269頁)


 今の我が身を見つめ直し、今後の人々の生き方について考えるヒントを、本書からたくさんいただきました。特に、意欲的に生きている女性を見かけると、その方の今ある姿の背景にN女的なものがあるのだろうかと、思いをめぐらすようになりました。これは、私にとって大きな成長です。

 家族(血縁)・会社(社縁)・地域(地縁)という、3つの共同体が機能しなくなった今、次の世代を生きる若者は無縁社会の中に放り投げられたと言えます。
 そうしたことを踏まえて、次のように言っています。


 血縁でも社縁でも地縁でもない新しい連帯とは、どのように作り出せばいいのか? 大切なのは、小さくとも多様性に富んだ居場所をたくさん用意し、人それぞれのニーズに合わせていろんな居場所を組み合わせていくことではないかと思う。そして、ここに登場するN女たちは、まさにそうした小さな居場所を作りだしているプロたちだ。彼女たちはそうすることで、分断社会にできた隙間を一つ一つ丁寧につなぎ合わせ、社会の死角に落ち込んでしまった人たちを様々な角度から拾い上げている。
 「一億総○○」という表現がぴったりだった、みんながみんな同じという異常な時代が、ようやく終わり、社会は多様化しつつある。激しい変化の途上にあるから、新しい課題も次から次へと出てくる。不安を感じるのは当然だ。しかし一方で、そうした不安の受け皿もまた用意されつつある。
 「すぐに全部は解決できないけど、とりあえず一人で悩んでないで、うちらに相談してみてくれる?」
 N女たちの柔らかな眼差しが、静かに、そして、したたかに、社会の隙間を埋め始めている。いろんなところにちょっとずつ居場所がある社会。どんな人でも、どんな形であっても、なんとか生きていける社会。そんな懐の深い社会が、N女たちの手によって、そしてN女的なる思考を持った人たちによって作られ始めている。(210〜211頁)


 次世代を生き抜くために、最後に著者がたどり着いたことは、人と人とのつながりをいかに大事にするか、ということのようです。
 予想できた落としどころとはいえ、紹介された事例が具体的であるために、やはりと納得すると共に、この現実にどう向き合うのかが問われます。

 社会と女性の接点を分析的に見つめる視点が新鮮です。切り口にも新たな刺激と発見がありました。
 そうであるからこそ、「おわりに」が、それまで著者が批判的に語っていたきれいごと過ぎて、最後の最後になって空疎な読書感となってしまいました。調査したことを一書にまとめる上で、無理に着地を決めてやろうとしないほうがいい、と言える好例だと思いました。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 23:16| Comment(0) | 読書雑記

2017年02月09日

江戸漫歩(152)おしゃれな丸の内のビル群の本屋さん

 東京駅に行くと、いつもは八重洲口周辺の小物屋さんや食べ物屋さんをぶらぶらします。本屋は「八重洲ブックセンター」が行きつけです。
 しかし、最近は反対側の丸の内地域の熱気が気になり、このあたりを歩き出しました。

 丸の内オアゾの中の「丸善丸の内本店」は、本の量にとにかく圧倒されます。
 そういえば、京都の河原町四条にできた梶井基次郎の小説『檸檬』の舞台で有名な「丸善 京都本店」も、2年前におしゃれに生まれ変わりました。私が行く、京都一の本屋さんです。

 さて、東京駅の皇居側にある丸ビルも新丸ビルも、とにかく新鮮な息吹を感じます。

 さらには、南口の前にある超高層ビルJPタワー(旧東京中央郵便局)の中にある底層棟の「KITTE」は、4年前にできた所で98店舗が出店しています。ここは、ユニークなお店が集まっています。ブラブラと歩いていて飽きません。

 その中でも、5階にある「回転寿司 根室花まる」は、いつも長蛇の列です。しかも、若い方が多いので、いつか入ろうと思いながらいまだに果たせていません。今夜もだめでした。

170209_kitte.jpg

 その下の階には、書籍・文具・雑貨・カフェというマルチなお店ながら、とにかく品物選びでこだわりの「マルノウチリーディングスタイル」は、特異なお店です。

170209_book.jpg

 お店の謳い文句は次の通りです。


大人の知的好奇心を刺激する書籍と遊び心を刺激する雑貨を揃え、スタッフが一点一点こだわってセレクトした商品を取り揃えてお客様にご提供いたします。


 これだけこだわった本選びがなされていると、意外な本との出会いが期待できます。
 ネットショッピングで本を買うということは、小売りの本屋さんを廃業に追い込むことに手を貸すことになります。その意味からも、私はネットで本は絶対に買いません。ほしいと思っている本でも、その本と出会えるまでは気長に本屋さんに通って、本との縁を楽しみにしています。
 そんな私にとって、この本屋さんは予想もしなかった本との出会いがありました。本屋さんへ行く楽しみを、思い出させてくれました。

 東京駅周辺を、もっと歩いてみたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:06| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年02月08日

知財セミナー「データ公開時のライセンスと著作権」

 人間文化研究機構が主催する知的財産セミナーに、知的財産管理室員の一人として参加しました。
 今回の関東地区での会場は、国立国語研究所でした。お隣にある建物ということもあり、会議の合間を縫ってのセミナー参加です。しかし、今どきのホットなテーマであり、多くの問題提起がなされたものだったこともあり、最後まで興味深く伺いました。


「データ公開時のライセンスと著作権」
福井健策(弁護士・日本大学芸術学部客員教授)


 今回のテーマは、個人的にもホームページやブログで日々直面する問題です。その意味から、少しでも多くの最新情報と対処策を教えてもらう機会となりました。

 専門的な立場からのお話はものの見方が多角的に広がり、また落ち着く先が見えてくるので萎縮しなくなるので安心します。

 まず、著作権に関する基本的なことの確認がありました。


どんな情報が著作権で守られるか

著作物︰思想・感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの

著作物の例︰
@小説・脚本・講演など A音楽 B舞踊・無言劇 C美術 D建築 E図形 F映画 G写真 Hプログラム

--------------------------------------

著作物から除かれる情報

@定石・ありふれた表現

A事実・データ
⇔編集物・データベースは素材の配列や構成が独自の著作物
※個別のデータに保護及ばず

Bアイディア
・基本的な着想・企画案︰猫の一人称で●
・ルール・法則・方法︰料理のレシピ、空気遠近法

C題号・名称・単純なマーク(原則として)
・俳句・標語・短いフレーズは著作物か

D実用品のデザイン(原則として)


 以下、お話を伺いながら、自分なりの理解が及んだところをメモとして列記しておきます。


・心配し過ぎると何も出来ない
 しかし、知財の法定刑は重い
・引用は10%未満が無難
・試験問題は無許可で使える
 ただし、過去問題集の権利の確保が必要
・やむを得ない改変は理解されつつある
・明瞭に白黒が付けられる例は少ない
・大きいリスクと小さいリスクの付けることが大切
・情報過多時代、大量コンテンツ時代になり、アメリカはフェアユースの例外を設定
・オープン・ライセンスへの期待(クリエイト・コモンズ・ライセンス)
・ウィキペディアは利用の権利処理の手間が軽減される
・国内外の50%は権利者が見つからないため(孤児化)、忘却や散佚化を防ぐためにもCCマークは有効
・引用の中に要約は問題なし。グーグルは3行位としているようだ


 本日のお話を通して、池田本の校訂本文を試作版として配布することは、「フリーミアム」ととらえたらいいように思いました。
 「フリーミアム」という聞きなれないことばについて、ご教示いただいた「ウィキペディア」を早速引用すると、次のように記載されているものです。


フリーミアム(Freemium)とは、基本的なサービスや製品は無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能については料金を課金する仕組みのビジネスモデルである。英語圏ではビデオゲームの場合、フリー・トゥ・プレイ(英: Free-to-play、F2P)という。
無料サービスや無料製品の提供コストが非常に小さい、あるいは無視できるため、Webサービスや、ソフトウェア、コンテンツのような無形のデジタル提供物との親和性が非常に高い。


 つまり、無償でも有償でもなく、当座は無償で配布しても、後で実費による配布とするもの、ということです。 

 講演の中でも、終了後も、多くの質問が出ました。参加なさっていたみなさまも、データに関する権利について、日々困っておられるようです。曖昧な点が多く、さまざまな場合が想定される問題だけに、割り切れなさが残るのは仕方のないことです。少しずつ意識を高めるということで、こうした機会を利用して権利意識に磨きをかけたいと思います。

 なお、2年前の知財セミナーについては、「知的財産セミナーで権利について学ぶ」(2014年11月20日)に記しました。

 
 
 
posted by genjiito at 18:34| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月07日

科研の触読サイトから『立体〈ひらがな〉字典(第2版)』を公開

 科研費「挑戦的萌芽研究」による研究成果を公開している「古写本『源氏物語』の触読研究」のホームページで、「触読通信」のコーナーから、「『立体〈ひらがな〉字典』の第2版」をアップしました。

 これは、2016年2月7日の初版から、大幅にバージョンアップしたものです。
 前回同様に、科研運用補助員の関口祐未さんの労作です。
 内容は、「凡例」「索引」「ひらがな文字の説明文・五十音順」で構成しています。
 その「凡例」の冒頭を引用します。


 ひらがな文字の形を、触常者が触って学習することができるように、画用紙を用いて、ひらがなの形に切りとった凸文字を作成しました。「厚紙凸字」と呼ぶことにします。

 「厚紙凸字」を触りながら、ひらがなの形が、より明確にイメージできるように、文字の形を説明した『立体〈ひらがな〉字典』を作成しました。2016年2月7日に、初版を公開しました。その後、凡例と説明文を見直し、表現を改め、第2版として2017年2月4日に更新しました。
 
2.厚紙凸字とは
 
 厚紙凸字は、ひらがな五十音を、一文字ずつその文字の形に画用紙から切りとり、文字の線が凸型に突き出た形に作った道具です。
 厚紙凸字の字体は、丸ゴシック体です。一文字の大きさは約5センチ、線の幅(太さ)は3ミリから4ミリです。
 ひらがなの凸文字は、正方形の台紙に貼りつけ固定しました。台紙は、一辺が6センチの正方形です。文字の正しい向きが触ってわかるように、台紙の右上角を1センチ切り落としています。
 ひらがなの凸文字には、筆順に従って線に段差をつけました。1画目の線を一番高くし、一画進むごとに、線の高さが一枚(一段)ずつ低くなる仕組みです。段差をつけることによって、筆順を示すとともに、書き始めとなる1画目の線や、線同士の区別がしやすいようにしました。


 実際の厚紙凸字は、つぎのような形をしています。

170207_totsuji-a.jpg

 この字典の「あ」の項目では、次のような説明文があります。

170207_setsumei-a.jpg

 これは、目が見えない人に言葉で説明することを想定した文章です。

 説明文を作成するにあたったは、伊藤の科研の研究協力者である福島県立盲学校の渡邊寛子先生に、説明文を一つ一つ確認していただき、ご教示いただきました。ありがとうございました。

 関口さんの話では、懸案だったひらがな「つ」「ち」「わ」などの大きな曲線部分が、渡邊先生のご指導のおかげでうまく表現できたので、それが一番うれしかった、ということです。

 これはまだまだ試作段階です。今後とも、弛まぬ調査・研究を続けることで、よりよいものに仕上げていきたいと思います。

 この字典を通してお気付きの点がございましたら、いつでもお知らせいただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 19:25| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年02月06日

お二人の主治医の自然体もこれまた仁術

 早朝より京大病院へ通院です。
 診察時間の予約をしていても、検査結果が出ていないと栄養指導などが受けられません。そのため、診察の2時間前に検体検査のために自動受付をします。これが8時15分からなので、そのために8時前には病院へ行って順番待ちで並びます。

 私が並んでいた、いつもの自動受付機の7号機が、もうすぐ自分だと思っていたちょうどその時に、あと少しという所で突然故障したのです。この列に並んでいた私を含む不運な患者たちは、職員の誘導で広いロビーの反対側にある対面カウンターでの手続きとなりました。
 1号機から6号機に並んでいた方々は、どんどん列が縮まっていきます。それを尻目に、ナンバーカードを手にしたままで、またあらためて順番待ちです。

 受付手続きが大幅に遅れたので、急いで2階の検体検査のために次の自動受付機に診察券をかざしたところ、ここでもエラー発生です。またまた対面カウンターに案内されて確認してもらったところ、何と検体検査の手配がうまくいっていないことがわかりました。
 ここでも待たされて、9時過ぎに優先的に血液検査などをしてもらうことなりました。

 これはあくまでもシステムの問題です。我が身によくある不運には、もはや動じなくなっています。それよりも、トラブルに対する職員の方々の迅速で適切な対応に、頼もしさを感じました。職員の方々も、機械やシステムは万全ではないことをよくご存じのようです。そうでないと、生身の人間は診られないのでしょう。

 声を荒げて病院側をなじるおじさんがいました、その醜態には、目に余るものがあります。齢を重ねても、人生の先輩面をして不満を他人に投げつけ、口汚く事務職員を罵るようになってはいけません。見たくもない老醜を見てしまいました。

 この方はこれまで、常に順調に生きてこられたか、苦節数十年でどうにか安定した立場に登りつめた方なのでしょう。一体何をしてるんだ、という上から目線の気持ちが満ち満ちた態度です。わけ知り顔でカウンターの方にも嫌みを言って立ち去られました。高齢化社会となったことで、不愉快なできごとに出くわすと、わけもなく喚き散らすこうした老人が増えないようにと、ただひたすら願うだけです。

 今日のヘモグロビンA1cは〈6.8〉でした。前回の昨年末が〈7.2〉だったので、普通は上がるはずの年末年始とこれまでの数値の経過を考慮すると、劇的な改善なのだそうです。特に他に問題はないので、この調子で、と励まされました。

 なお、主治医の長嶋先生は今年度限りで異動とのことで、4月から新しい先生になることが告げられました。お互いに、新しい環境で頑張りましょうと挨拶をしてお別れしました。4年の長きにわたり、私の身体の管理について、優しく対応してくださいました。2カ月毎の診察で、毎回いつも仕事疲れを気にかけてくださっていました。ありがたいことでした。

 私のガンをきれいにしてくださった腹腔鏡手術の先駆者であった岡部先生も、再発の兆候がないことが確認できた後、さらなる先進的医療の現場へと転身なさいました。「あなたの身体の中が実はよくわからないのです。」と、ニコニコしながらおっしゃっていました。そう言われた私も、なぜ生きていられるのか不思議に思う時があります。これでいいのでしょう。人間が生きているというのは、こんなものなのでしょう。深く問い詰めない方がいいようです。

 長嶋先生も同じように、多くの患者さんを励まして元気づけていかれることでしょう。糖質制限食のことを大上段に振りかざして通い出した頃に、「豊かな食生活を心がけてください」と、やんわりとした口調でいなされました。無理をせず、可能な範囲で豊かな食事をすると、気持ちもおだやかになります。
 今日の診察の折に先生に、昔の仲間と久しぶりに会った時、身体が小さくなったと言われたことを話しました。すると、一線で活躍していた40歳のころと比べて、20年も経てば小さくもなるでしょう、と一蹴されました。

 お二人の先生の優しさとおだやかさが生み出す仁術が、得難い治療だったように思います。いい出会いでした。ますますのご活躍をお祈りいたします。
posted by genjiito at 23:08| Comment(0) | 健康雑記

2017年02月05日

京都府立京都学・歴彩館で開催された陽明文庫の源氏講座

 昨年末に一部がオープンした京都府立京都学・歴彩館の大ホールで、オープニング事業として「陽明文庫講座」が開催されました。


170104_liblary2




 掲げられたテーマは「陽明文庫所蔵『源氏物語』をめぐって」です。
 講演は次の2題でした。


「近衛家の『源氏物語』諸本について」
  名和修(公益財団法人陽明文庫常任理事・文庫長)

「陽明文庫本重要文化財『源氏物語』の読みの楽しみ」
  伊井春樹(大阪大学名誉教授・阪急文化財団理事・館長)


 名和先生は、陽明文庫蔵『源氏物語』10種類を、スライドを使って丁寧に解説してくださいました。
 配布された「近衛家の『源氏物語』諸本について」という資料に掲載されていたリストを、記録として引きます。


《陽明文庫に現存する写本》

@重要文化財・陽明文庫本

 五十四帖・筆者目録ほか
 鎌倉中期写の三十三帖を基幹に、鎌倉後期写本、さらに近世前期補写本を加えた五十四帖からなる。列帖装。縦一五・二〜一六・五糎、横一四・八〜一五・九糎。一面八〜一三行書。表紙中央に巻名を打付書。付属の筆者目録は冷泉為綱(一六六四〜一七二二)の筆跡鑑定書。

A後柏原院他寄合書本

 五十二帖(早蕨・夢浮橋欠)・筆者目録一通
 室町中期写。列帖装。茶褐色表紙。縦一七・○糎、横一七・五糎。表紙中央に打付書外題「きりつほ(巻名)」。一面一〇行書。扉紙右上に各巻筆者の札を押す。花宴巻末に「件本以京極黄門 定家卿 自筆校合畢云々」とある。昭和二十一年九月に二帖欠巻が発見された。

B筆者不明寄合書本

 〈近・82・1〉五十四帖
 室町中期写。袋綴冊子本。浅葱色表紙。表紙中央に白色題簽「きりつほ(巻名)一」(巻序を示す漢数字は後筆)。外題題簽は三条西実隆(一四五五〜一五三七)筆。縦二一・五糎、横一九・○糎。一面九行書。一部の巻末に花押がある。行間の書き入れの一部は、近衛信尹・近衛信尋筆。

C近衛信尹他寄合書本

 五十四帖・筆者目録一通
 慶長元年(一五九六)から同十三年(一六〇八)にかけての写。列帖装。胡粉塗白鼠色雲母刷り波千鳥文表紙。縦二三・七糎、横一七・六糎。表紙中央に白題簽を押し、巻名を墨書。外題は八条宮智仁親王(一五七九〜一六二九)。一面一〇行書。筆者目録の題と巻名は近衛信尹筆。

D近衛尚嗣筆本

 〈近・97・1〉三十三帖(帚木〜若菜上)
 近世前期写。列帖装を装訂する前の仮綴。縦一七・七糎、横一九・六糎。各巻を楮紙で包み、それぞれの書写の開始と終了の年月日を書く。包紙上書と本文は近衛尚嗣筆。

E近衛基凞筆本

 五十四帖・付属文書一帖
 近世前期写。列帖装。縦一八・○糎、横一八・○糎。白茶厚手斐紙に金銀泥で草花等描の表紙。表紙中央に金砂子蒔紋題簽を押し、巻名を墨書。外題、本文は近衛基凞筆。手習巻末の識語から、後西院御本を院近臣の平松時量(一六二七〜一七〇四)が写した本を近衛基凞が転写したとわかる。後西院御本の親本は、三条西家証本(日本大学蔵、岩波古典大系の底本)の転写である後陽成天皇本(宮内庁書陵部蔵)。「源氏物語書写校合日数目録」一冊が付属する。

F伝鷲尾隆量筆本

 五十四帖
 近世前期写。列帖装。縹色表紙。縦二五・○糎、横一八・○糎。表紙中央に金泥紋題簽を押し、巻名を墨書。一面一〇行書。鷲尾隆量(一六〇六〜一六六二)筆とする天保七年(一八三六)初春の古筆了伴極めがある。

G伝宗昏筆本

 五十四帖・系図一帖
 近世前期写。列帖装。薄縹色表紙。縦二三・七糎、横一七・五糎。一面一〇行書。表紙中央に金泥描紋題簽を押し、巻名を墨書。南都連歌師宮村宗昏筆と伝えるが、寄合書。系図巻末に「寛永拾六年(一六三九)己卯 林鐘(六月)仲旬 稲墻休也書之」とある。

H法橋常知筆本

 五十四帖
 近世前期写。列帖装。縦一五・六糎、横一六・三糎。色変わりの無地表紙。表紙中央に淡青色地金泥縞文様題簽を押し、巻名を墨書。一面一〇行書。夢浮橋巻末に「寛文十三年(一六七三)丑三月日 八拾五歳筆法橋常知」と書く。

I伝大炊御門経孝筆本

 五十四帖・系図一帖
 近世前期写。列帖装。縦二二・一糎、横一七・三糎。緑色地網目花菱文鍛子裂表紙。表紙中央に金銀砂子蒔題簽を押し、巻名を墨書。一面一〇行書。大炊御門経孝(一六一三〜一六八二)筆とする天明七年(一七八七)初秋の古筆了意の極めがある。

※このほか、室町中期頃書写の零本(花宴・紅葉賀・松風・夕霧・御法)、慶長年間刊古活字版(五十七冊)、寛永元年(一六三四)刊古活字版(五十四冊)がある。


 古典籍に対する慈しみの思いが溢れた、わかりやすいお話でした。

 休憩を挟んでの伊井先生のお話は、『源氏物語』の本文についての説明の後、大島本と陽明文庫本の本文を引いて読み比べることで、異本・異文を読む楽しみを展開してくださいました。
 陽明文庫本の本文は、登場人物に寄り添って語っており、大島本は客観的な語り口になっている傾向がある、というご指摘です。また、陽明文庫本は詠嘆的な表現が見られ、大島本は情緒的なものを切り捨てているのではないか、ともおっしゃいました。
 いつもの伊井語りが会場を包み込んでいました。

 本日は400人もの人が会場を埋める、大盛会でした。

 陽明文庫の協力を得て、東京大学史料編纂所と京都府との提携により、京都府立京都学・歴彩館で陽明文庫所蔵近衛家伝来資料のデジタルデータの閲覧が今春より順次公開されるそうです。楽しみが増えました。

 空き時間に、名和先生と伊井先生に、今後の『源氏物語』に関する取り組みについてお話をすることができました。詳細は、またあらためてご説明するつもりです。

 閉会後、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で理事をしておられる石田弥寿子さんと、会場でおめにかかった女房語りの山下智子さんを、会場から歩いて8分の我が家にお招きしました。
 私がお気に入りの豆を挽いて淹れたコーヒーと京菓子で、いろいろな楽しいお話をしました。時の経つのも忘れて、なんと2時間も話し込んでしまいました。
 山下さんは、京ことばで『源氏物語』を読んでおられます。来月3月12日(日)の午後2時から、粟田口にある国際交流会館和風別館で「花宴」を語られます。
 今回も私は参加できません。よろしかったら予定に入れてみてください。

170205_yamashita





「京ことば 源氏物語 花宴」

 NPO活動のことなどを含めて、今後とも山下さんとは可能であればご一緒にイベント活動をしたいと思っています。実現しましたら、またお知らせします。
posted by genjiito at 20:39| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年02月04日

奈良で始まった「さわって楽しむ体感展示」

 今日から12日(日)までの9日間、「第32回国民文化祭・なら2017」と「第17回全国障害者芸術・文化祭なら大会」の一体開催という試みのプレイベントである、「奈良県障害者芸術祭 HAPPY SPOT NARA」が始まったので行ってきました。

 近鉄奈良駅前の行基菩薩像が建つ「行基広場」には、横断幕があります。
 ちょうど、2人の托鉢僧がいらっしゃいました。


170204_gyouki1




170204_gyouki2




 会場となっている奈良県文化会館は奈良県庁の裏手にあり、右手に若草山がかすかに望めます。


170204_kaikan




 奈良で子育てをした20年間に、この周辺はしばしば子供たちを遊ばせるために訪れました。秘密の駐車場に車を停めて、子供を奈良公園や東大寺や春日大社などの境内に放し飼いにしました。奈良公園・平城京跡地・唐招提寺と薬師寺・法隆寺・三室山と竜田川・馬見丘陵公園・石上神宮から山野辺の道・信貴山は、子供たちの遊び場にしていました。30年前のことです。

 奈良県文化会館は、母を連れて都はるみのコンサートに一度だけ来たことがあります。

 さて、今回のイベントでは、2階E展示室で行なわれている「さわって楽しむ体感展示」を見るために来ました。これは、“見る”鑑賞ではなく、“さわる”鑑賞を中心とした展覧会です。国立民族学博物館の広瀬浩二郎先生が関わっているとのことだったので来ました。

 この展覧会の紹介は、「奈良で開催される「さわって楽しむ体感展示」のお知らせ」(2017年01月24日)に、広瀬先生の文章を引いて詳しく書きましたので、ご参照ください。

 2階の会場へ行くまでに、道案内がないので戸惑います。館内の方に聞きながら行った方がいいと思います。奥まったところが会場なので、けっこう辿り着くまでに不安になります。

 キャッチフレーズに「カタチをさわって、奈良をさわって、新たな発見をしてみませんか」とあるように、触るということがコンセプトとしてあります。

 カーテンを押し開いて中に入ると、右のモニタに広瀬先生のビデオ解説が流れていました。展示物を触る上でのマナーなどが語られています。まずは、手を消毒してから触りましょう、などなど。


170204_hirose




 今回の展示概要として、次のことが謳われています。


・触ることで再発見を楽しめる「触る絵画」や立体作品
・歴史を肌で感じられる、奈良にまつわる品など


 私は、「さわった本物をあててみよう!」がおもしろいと思いました。3問とも当たりました。手触りの微妙さを、今回初めて体感しました。


170204_sawaru




 展示されていた彫刻や絵画には、あまり新鮮さを感じませんでした。ただし、興福寺銅像仏頭(旧東金堂本尊、模造)は、日頃触ることのない仏様なので、心ときめくものがありました。
 その点から言えば、「奈良」というテーマがうまく活かされていません。歴史と地理をどのようにして感じてもらうかは、さらなる検討が必要だと思います。

 また、今回の展示は、緊張感に欠けるようにも思えました。もっと意外性を体感できる仕掛けがほしいところです。ごめんなさい。私は学芸員の一人として、展示のプロの役割という視点で見た感想でもあります。

 関係者の方お2人にお話を伺ったところ、今回のイベントを担当した県庁の担当部署には、障害者のことを専門とする方はいらっしゃらないとのことでした。触読について伺いたかったことがたくさんあったので残念でした。
 広瀬先生や奈良県立盲学校の美術の先生のアドバイスやアイデアや機材に助けられて開催に漕ぎつけられたようです。専門家に任せた生温い安心感が、この部屋には満ちています。それが、今回の展覧会における、思い遣りと思い入れと情熱と感じてほしいという熱意が欠けていた原因のように思われます。

 展示室の各所に、詰め切れないままに漠然と置かれた物や、導線から伝わるストーリーの不整合性を感じたのは、親身になっての取り組みにならなかったことがあるのではないでしょうか。
 中盤から私は、展示物を触る楽しみを感じなくなっていました。仏頭以外は。
 2周しました。しかし、もう1周してみようとは思いませんでした。もう1回、と思わせる味付けがあれば、楽しさが倍増することでしょう。

 出口でアンケートを書きました。そのテーブルに、展示物の配置を立体コピーにした会場案内図があります。A4版のカプセルベーパーに立体コピーしたものです。
 お尋ねしたところ、私が使っているビアフの機器と同じものを奈良県立盲学校から借りて来て、県庁内で作成したとのことです。そうであれば、この立体コピーは、展示を見て触って楽しんでもらうために、もっと有効利用ができるはずです。これでは、あまりにももったいない、立体コピーによる略図の資料に留まっています。
 「触読の研究をしている私たちの成果」を、いつかこうした展覧会とタイアップして盛り上げたいと思うようにりなりました。

 視覚障害者に関する慣れないイベントのため、担当なさったみなさまがご苦労なさったことは理解できます。そのことを忖度しながらも、非礼を承知で思いつくままに記しました。勝手な偉そうな無責任な放言は、ご寛恕のほどをお願いいたします。

 これは秋のためのプレイベントだとのことです。秋の本番では、展示内容の吟味と説明の工夫、そして来場者がもっと楽しめるものにしてくださることでしょう。
 さらなる発展と展開を楽しみにしています。
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年02月03日

新幹線の車中で政局放談をするおじさん

 昨日の京都の早朝は、小雪が舞っていました。始発の新幹線は、米原を出て関ヶ原あたりにさしかかると白銀の世界でした。

 快晴で暖かい東京に着くと、九段坂病院で朝一番の診察を受け、立川に向かいました。新幹線の車窓から見た景色が嘘のようです。
 一仕事をしてから夕刻に日比谷へ向かう時も、コートがなくてもいいほどでした。

 日比谷図書文化館であった小一時間の打ち合わせは、スタッフのみなさまのきめ細やかなご配慮のおかげで、すべて順調にまとまりました。
 その後の古写本『源氏物語』を読む集まりで、心配していただいていた4月以降のことで、継続できることになったという報告をしました。受講生のみなさまには、この件では昨年より背中を強く押していただいていました。ありがたいことです。古文書塾「てらこや」の関係者の方々のご高配にも感謝しています。

 東京で一晩ぐっすりと寝て、また新幹線で帰洛の途につきました。富士山が「身体を大事にしなさいよ」と言ってくれているようです。


170203_fuji




 今新幹線では、おじさんと若者の2人連れが、途中駅で降りて行かれました。
 出口のドアに進んでから、おじさんは、
 「どうも みなさん すみません」
と、振り返りながら大声でおっしゃいました。車中のみなさんはホッと一息です。

 新横浜駅を過ぎたあたりからだったでしょうか。私の近くにおられたおじさんが、連れの若者にしきりと小難しい話を向けておられました。

 その若者の反応が気に入らなかったようで、次第におじさんの音量が高まります。話の内容が、車両全席に響き渡っていました。

 今の日本の政治について、熱っぽく語っておられるのです。安倍首相擁護の立場かと思われます。みんなわかっとらん、と。トランプ新大統領の批判も。
 議員さんなのかな、とも思いました。ここが今どこなのかがわからず、持論の政局についての評論が一人語りで繰り広げられています。隣にいる連れの青年が笑っていなすと、さらに激昂して政治解説が若者批判に向かったりします。

 私は本を読みながら、しばし楽しく時局漫談としておもしろく聞いていました。
 泥酔状態ではありません。持論を若者にぶつけておられるだけです。

 そうこうするうちに、おじさんの横並びの席に座っておられた年配の方が、どうやって止めようかと車中を見回しておられます。私と目があったので、一緒に首を傾げて、一緒に注意しましょうかと目配せをした時でした。何列か前におられた相当年配の方が、通りがかった女性の車掌さんに、あいつをこの車両から追い出してくれ、と、立ち上がって指差しながら強く訴えておられます。

 車掌さんは事態を確認しようとして、車内を見渡しておられます。後ろの方の席にいた私は、車掌さんと目が合った時に、くだんの時局放談でヒートアップしているおじさんを人差し指で教えてあげました。

 車掌さんはすぐに問題児(?)の横に立ち、「お静かにお願いします」と優しく語りかけられました。おじさんは「もうすぐ降りるから」と不機嫌そうに答えておられました。
 頭が熱していたおじさんは、急にクールダウンとなり、列車が停車するまでは無言でした。

 そして、降りる間際に、車内に向かって、前述のお詫びの言葉があったのです。

 電車などでの移動が多いと、いろいろな場面に出くわします。これも今の日本の一風景であり、記録するに値する出来事として、ここに報告しておきます。

 この記事を書き終わって本を読んでいた頃に、近江国の伊吹山が雪を被っている姿が見えて来ました。あたりには、まだ雪が残っています。昨日の上京時とは大違いです。
 気持ちに余裕があるせいか、車窓の風景を楽しんでいます。


170203_ibuki


posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | 身辺雑記

2017年02月02日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1)

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を字母に注目しながら読み進めています。
 今日は受講生の方が、翻字の誤りを指摘してくださいました。確かに、ケアレスミスでした。

 12丁表の後ろから2行目に、次の文字が書写されています。


170202_kowore1




 テキストでは、「これ」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「これ」とすべきところです。
 現行の平仮名の書体に引きずられての翻字のミスです。

 現在、「て=天・弖」と「け=个・介」の識別について思案中です。
 近日中に決断しようと思っています。

 平仮名や変体仮名の字母を認定することが、こんなにもややこしい問題を抱え込んでいるものだとは思っていませんでした。一連の「変体仮名翻字版」の資料を作成する中で、このことを痛感するようになりました。

 今後とも、こうした翻字の誤りや、迷って決めかねる字母の判定などについても、ここに提示していくつもりです。お気付きの点がありましたら、遠慮なくお知らせください。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 変体仮名

2017年02月01日

六甲から見た海や山と町の風景

 昨日から、摂津国・有馬に行っていました。その前日に行っていた和泉国からは、大阪湾を挟んで北西に位置します。1年365日24時間モードで何かをしている日々の中で、大好きな温泉で英気を養うことになったのです。

 有馬温泉は、『枕草子』にも出てきます。
 秀吉は利休を連れて来て、何度もお茶会をしたそうです。
 谷崎潤一郎の作品にも出てきます。

 姉の家が芦屋の山中にあるので、すぐ近くの有馬温泉には何度も行っています。今回は義兄から、長年お疲れさまということで行くことになりました。ありがたいことです。

 芦有道路の展望台から大阪湾越しに、一昨日行った泉州地域が望めました。
 この少し前までは小雪が舞っていたので、見晴らしはよくありません。


170201_arima1




 この有馬は、河内の信貴生駒連山や京洛の東山と比叡山などなど、これまで住んでいた地域も一望のもとに眺められる絶景の地です。


170201_arima2




 下界に降りて日常生活に戻ると、急に現実が押し寄せます。
 昨日、車中の網ポケットに帽子を忘れていたのです。姉に送ってもらった芦屋川駅からの帰りに、阪急梅田駅の案内所に届いていた帽子を、無事に受け取りました。今年になってから2回目となる、落とし物と忘れ物のトラブルです。いずれも戻って来たことは幸いでした。

 明日からはもっと気を引き締めて、身の回りに目配りをしながら、これまで数十年の長旅の整理に専念する日々にします。続きを読む
posted by genjiito at 21:47| Comment(0) | ブラリと