2016年10月31日

「第8回 インド国際日本文学研究集会」開催のお知らせ

 来週、11月11日(金)と12日(土)の2日間、インドのニューデリーにある国際交流基金(日本文化センター)を会場にして、「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催します。

 本年2月に、今回のイベントの準備や調整をするために、インドへ行きました。
 そして、8月からはいろいろな方に助けられながら、無事に開催へと漕ぎつけるところまで来ました。
 インドとの時差は3時間半です。ヨーロッパに較べると、近いところです。
 しかし、日本から研究集会の段取りなどを含めての連絡や調整をするのは、メールが使えるとはいっても、何かと気苦労の多いことが怒濤のごとく押し寄せてきました。それに押し潰されることなく、みなさまの理解を得ながら実施できることとなりました。ありがたいことです。

 明日からは、レジメの手配や討議資料の作成に入ります。ここまでくれば、もう流れに任せるしかありません。
 先日、ストレスチェックの記事を書きました。あれは、このインドでのイベントの視界が良好になったこともあって、危機的な結果が出なかったと思っています。

 なお、「インド国際日本文学研究集会」も、今回が8回目です。
 これまでの経緯については、「『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました」(2012年04月05日)という記事に詳しく書いていますので、併せてご覧いただければと思います。

 今回の研究集会の内容は『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として、年明けの2月に公開します。これまでの第1号から第5号までは、以下のサイトから確認及びダウンロードができます。
『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)
 オープンデータとして公開しているものなので、ご自由にお読みいただけるようにしています。

 今回の開催の趣旨(日本語と英語)と、プログラムを以下に記します。

 お知り合いの方や、旅行で通りかかるという方がいらっしゃいましたら、こんなイベントがあることを広く宣伝していただけると幸いです。
 
 

【日本語】
 
『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム
─ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト─
(「第8回 インド国際日本文学研究集会」の案内)
 
■目的
 現在、『源氏物語』は33種類の言語で翻訳されている。
 今回の研究集会では、江戸時代にダイジェスト版として刊行された『十帖源氏』を対象とする。
 これは、原文の10分の1ほどの分量に要約された『源氏物語』であり、各巻に絵も入っていて易しい文章になっている。
 翻訳にあたっては、多くの問題がある。
 今回は第1巻「桐壺」を共通の話題とする。
 翻訳を通して気付いた疑問点や問題点を、公開の共同討議と意見交換をする中で確認する。
 今回のシンポジウムで得られた共通理解をもとにして、全54巻の翻訳に進んで行く。
 
■シンポジウムの内容
 『十帖源氏』を、ヒンディー語・ウルドゥ語・オリヤー語・パンジャーブ語・マラヤラム語・ベンガル語・マラティ語の7言語に翻訳した、若手研究者の実践例を提示してディスカッションを行なう。
 
■プロジェクトの今後
 現在、『十帖源氏』のイタリア語訳・スペイン語訳・英語訳・ロシア語訳を進めている。
 これにインド語7言語の翻訳を加えることにより、さらに世界中の人々が、日本の古典文学として評価の高い『源氏物語』を理解する環境の整備ができる。
 そして、幅広い日本文化を理解する道が開ける。
 日本文化が姿を変えながら伝えられていく様子と文化理解についての共同研究も、これを契機として活発に展開していくことであろう。
 加えて、『十帖源氏』の多言語翻訳は各国の翻訳技術の向上をもたらすはずである。
 なお、情報発信にあたっては、すでに実績があり積極的な活動を展開している「海外源氏情報」(http://genjiito.org)を活用する。

 
 

【English】
 
Symposium: Translating "the Tale of Genji" into seven Indian languages
─A project for translating digest-version "Jujo Genji" into 33 languages─
(”The eighth Indo-Japan Seminer on Japanese literature”)
 
■ Project Schedule
Nov. 11 (Fri) Open Panel discussion
  Theme : (1) Problems in multi-lingual translation of "Jujo Genji"
Nov. 12 (Sat) Open Symposium
  Theme : (2) Method and issues for multi-lingual translation of "Jujo Genji".
 
■ Purposes
 "the Tale of Genji" has been translated into 33 languages.
 In today's meeting, we will focus on "Jujo Genji", a digest version published in Edo period.
 "Jujo Genji" summarizes original "Tale of Genji" into one-tenth in volume in easier sentences with pictures.
 However, when it comes to translation, it contains several problems.
 Today we will focus the first chapter "Kiritsubo".
 We would like to have open discussion and exchange opinions by sharing any questions or problems that were found through translation.
 The understanding we share in this symposium will greatly help future translation of all 54 chapters.
 
■ Symposium objective
 Discussion by young researchers who translated the "Jujo Genji" into 7 languages: Hindi, Urdu, Oriya, Punjab, Malayalm, Bengal, and Marathi.
 
■ Future project
 Translations of "Jujo Genji" into Itaian, Spanish, English, Russian are now ongoing.
 We will add 7 Indian languages to this translation project. With this, more people in the works will enjoy a world-famous Japanese classis literature "the Tale of Genji".
 This will further allow opening opportunities for foreign people to understand Japanese culture.
 With this trend, a research study in how Japanese culture has been transformed in its succession and cultural understanding will be further developed.
 In addition, multi-lingual translation of "Jujo Genji" will improve translation technique.
 Any update of this projest can be found in "Overseas Genji information"」(http://genjiito.org) where you can find various activities and past records on this research field.

 


--------------------------------------
 
プログラム【第4版】
   (2016年10月31日(月)現在)
   (2016年11月01日(火)[時期]の年月を訂正)

第8回 インド国際日本文学研究集会



■2016年度 テーマ■
『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム
─ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト─
■時期:2016年11月11日(金)−12日(土) [2日間]
■会場:国際交流基金・日本文化センター(ニューデリー)

11日(金) 公開パネルディスカッション
   10:00−11:15 開会式と講演
        総合司会 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
      挨 拶  宮本 薫(国際交流基金ニューデリー事務所長)
      趣旨説明 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
      基調講演 高田智和(国立国語研究所)
       「変体仮名の国際標準化について」
      講 演  伊藤鉄也(国文学研究資料館)
       「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
   11:15―11:30 ( 休 憩 )
   11:30―13:30
      講演 入口敦志(国文学研究資料館)
       「江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」
      問題提起 コメンテーター:麻田豊(元東京外国語大学)
       シャム・アルン(English and Foreign Languages University)
         「マラヤラム語訳の問題点」
         (ドラヴィダ語族)
       菊池智子(翻訳家)
         「ヒンディー語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)
       村上明香(University of Allahabad)
         「ウルドゥ語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)
   13:30−14:45 ( 昼 食 )
   14:45−17:30 パネルディスカッション
      テーマ:(1)『十帖源氏』を多言語翻訳するための問題点
         コメンテータ アニタ・カンナ(ネルー大学)
                麻田豊
12日(土) 公開シンポジウム
   10:00−11:15
      挨拶 伊藤鉄也
      基調講演 伊藤鉄也
       「〈海外源氏情報〉を科研の成果から見る」
      講演 須藤圭(立命館大学)
       「『源氏物語』の英訳について」
   11:15―11:30 ( 休 憩 )
   11:30―13:15
      問題提起 コメンテーター:麻田豊
       リーマ・シン(Ph.D candidate, University of Delhi)
         「パンジャーブ語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群)
       シェーク・タリク(English and Foreign Languages University)
         「ベンガル語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の東部語群)
       ナビン・パンダ(Delhi University)
         「オディアー語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の東部語群)
   13:15−14:30 ( 昼 食 )
   14:30−17:30 シンポジウム
      テーマ:(2)『十帖源氏』を多言語翻訳するための方法と課題
         司会・進行 伊藤鉄也
         コメンテータ アニタ・カンナ
                麻田豊
■主催;インド日本文学会
■共催:科学研究費補助金(基盤研究A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也、N0.25244012)
■後援:国際交流基金、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉
 
--------------------------------------
posted by genjiito at 21:08| Comment(0) | ◆国際交流

2016年10月30日

不可解なiPhone7Plusを契機に生活スタイルを見つめ直す時期か?

 iPhone6Plus から iPhone7Plus に機種変更したことに伴い、転送したアプリでよくわからないことに直面しています。
 昨日の窮状とはまた別のトラブルです。

 一例をあげます。
 私がよく使う文字読み取りアプリの「e-Typist」が、iPhone6Plus から iPhone7Plus にバックアップデータを復元したのに、転送されていませんでした。
 そこで、アップルのサイトからダウンロードしたところ、\1,400円の請求をされたのです。iPhone6Plus 以前から利用しているアプリなので、機種変更したからといって再度購入させられるのは変なことだと思い、アップルのサポートに問い合わせをしました。

 料金担当者だと名乗られる方に調べてもらったところ、これは課金されていない、とのことでした。あの画面に出た請求はなんだったのでしょうか。

 その代わり、「ATOK Pad」の\1,300円が請求され、カードから引き落とされているとのことでした。これも、以前からずっと活用しているアプリです。エバーノートと連動させて、電車の中でブログの記事を書く時によく使っているものです。

 不可解なことなので、さらに調べてもらうと、この「ATOK Pad」を私が購入したのは2012年のことで、今はそれが提供中止となり、現在は別のアプリとして販売されているそうです。そして、私が今回 iPhone7Plus にダウンロードしたのは、この新しいものであり、そのために新規購入となったのだという説明でした。
 そんな裏事情があるとはつゆ知らず、同じ名前のソフトで見た目も機能も一緒なので、当たり前のようにダウンロードして使い出したところでした。

 手続きをすれば解約して返金できるとのことでした。しかし、その手続きにまた延々と時間が吸い取られるのがわかっているので、購入したものとして使用することにしました。率直な気持ちを言えば、詐欺にあったようなものです。

 さらに不思議なことがわかりました。
 「大辞泉」という辞書アプリがあります。言葉の意味を iPhone で調べるときによく使います。これが、私がアップルで購入した履歴にない、ということなのです。しかし、iPhone6Plus 以前からよく使っていたものだし、現に私のパソコンの中のバックアップデータの中に、この「大辞泉」がちゃんとあります。この「大辞泉」も、iPhone6Plus から iPhone7Plus に転送されなかったアプリです。

 購入したものではない「大辞泉」を、私は何年も iPhone で使っていたことになります。どこかから紛れ込んだのではないか、とサポート担当者はおっしゃいます。それも変な話です。そんなにアップルのシステムはいいかげんなのでしょうか。不正に取得したものではありません。それなら、これまで重宝して折々に使っているはずがありません。

 試しにこの「大辞泉」をアップストアで確認すると、ダウンロード価格は\2,000円になっていました。下手にクリックすると、また請求させるところでした。
 こんな調子では、次から次へと知らぬ間に課金されていきます。それも、知らない内に。
 とにかく、アップルのシステムがよくわからなくなりました。

 アップルの電話サポートの担当者は、今日も次から次へと襷リレーでした。電話口に出られたのは6人で、そのうちの2人がスペシャリストだと名乗っておられました。しかし、そのサポートの実力はいまいちでした。私の疑問を、何一つ解決してくださらなかったのですから。

 今日のやりとりで、いろいろなことがわかりました。
 まず、iPhone6Plus から iPhone7Plus に iTunes を使ってバックアップデータを復元しても、そのすべてが転送されるわけではない、という衝撃的な発言です。てっきり、バックアップからすべてが完全に復元できると思い込んでいました。
 確かに、私の場合は200近いアプリの内、4分の1は復元されていません。

 転送されなかったものはどうしたらいいのかと聞くと、アップストアから再度ダウンロードするしかないとのことです。そして、再度のダウンロードなので本来は料金が発生しないはずではあっても、私の今回のようにクレジットカードから引き落とされることもあるそうです。
 では、どのアプリが料金を徴収されるのかを尋ねると、やってみないとわからないそうなのです。なんとアバウトな回答。そして、以前使っていたのに課金されたら、サポートの料金担当とその時々に相談をしてほしい、と。湯水の如く時間を吸い上げられ、ついにはユーザーが根負けするという構図を想定されているようです。
 確かに、今回の場合、「e-Typist」は請求されなかったのに、「ATOK Pad」は事情があったにしても支払うことになりました。

 もう1点、意外なことを知ることになりました。
 iTunes でiPhone のバックアップを取ったり復元したりする時に表示される、見慣れた画面についてです。


161030_itunesbackup




 ここで、「iCloud」の項目には、「iPhone内のもっとも重要なデータを iCloud にバックアップします。」とあります。
 その下の「このコンピュータ」の項目には、「iPhoneの完全なバックアップはこのコンピュータに保存されます。」と書いてあります。

 これまで私は、この「iCloud」の項目と「このコンピュータ」の項目では、バックアップされるデータが違い、「iCloud」の項目はiPhone のすべてのデータではなくてシステム上で大事なものが対象であり、「このコンピュータ」の項目のバックアップはiPhone のすべてのデータがバックアップされると思っていました。
 たまたま私は50ギガの契約をしています。しかし、特にアップグレードをしていない無料の一般ユーザーは、5ギガしか利用できません。当然、すべてのバックアップをするとなると、容量不足になります。担当者の答えでは、容量が不足した方には、アップグレードの案内が出るのだそうです。これって、アップグレードへの誘導行為ですよね。

 それはともかく、今日のスペシャリストHさんの説明では、上記の「iCloud」と「パソコン」へのバックアップの両方とも同じものであり、共に iPhone のすべてのデータがバックアップされる、とのことでした。
 そして、私の場合では、「iCloud」に取ったバックアップから iPhone7Plus に復元してみたら、パソコンからの復元で取り落としたアプリが、さらに多く転送されるのでは、と言われました。すると逆に、復元されたものが消えることも考えられます。何といいかげんなことを。
 こうしたことに詳しくない私には、もう理解不能です。いろいろと対策はあるのでしょう。しかし、今日の言葉による説明ではそういう曖昧なものでした。

 私は、まだこのHさんの説明を信じていません。
 本当はどうなのでしょうか。
 上記の、画面に表示される日本語の意味の違いは何なのでしょうか。

 それにしても、次から次へと、入れ替わり立ち替わり、いろいろな方が電話口に出て、さまざまに別々の説明をしてくださいます。その交代に要する時間も、5分から10分もかかります。電話口で待たされている間は、電話をスピーカーで聞くようにして、手元で仕事を続けます。

 そしてやっと次の方にバトンタッチされても、最初に本人確認ということで何度も同じことを聞かれ、質問には的外れな回答が目立ち、実際に言われるままに操作をしても、何一つ解決しないのですから、アップルのスペシャリストの実力の程が知れていると言わざるを得ません。

 今、折しも山積する仕事と課題に挑んでいる時なので、こんなことに時間を費やしていることがそもそも無駄な時間潰しです。今日も、電話の対応をしながら、目と手はパソコンで頭を使わない作業をしていました。

 今週手に入れた iPhone7Plus も、予想したとおりに案の定お手上げ状態です。
 めったに使わないとはいうものの電話機能は使えることと、データ入力は何とかできるので、しばらくはこのまま使いながら、また本体交換になる事態を待つことにしましょう。
 アップルには、しっかりした製品の供給と、納得のできるサポートをしてほしいと願っています。

 予想通り、またもやとんでもない iPhone を手にしてしまいました。
 大好きだったソニーが沈没し、期待していたアップルが怪しくなりかけています。
 これも、時代の変わり目にさしかかっている、ということなのでしょうか。

 デジタルデバイスの利活用に費やす手間と時間に、大いなる疑問を持つようになりました。

 私が初めてコンピュータの体験をしたのは、今から36年前の昭和55年(1980)、NECの「TK80」でした。その2年前に和文タイプライターをマスターし、すぐに電動式ひらがなタイプライタを活用し出しました。
 この40年弱の電子機器との関わりに、あらためて意識の改革が求められているのかも知れません。まさに、時代の転換点に身を置いているように思われます。

 未来を見つめて、夢を描いて電子機器と積極的に格闘してきました。
 私の生活スタイルの中に定着した電子機器は、いまや見直しの対象となりつつあります。
 今回のiPhoneのことから、こんな思いを強くしました。
 日々の記録と整理と発信の方策を考えるべき時期に直面していることを、あらためて痛感しているところです。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | ◆情報化社会

2016年10月29日

やはり iPhone7Plus が変な動きをしています

 今週ようやく手に入れた私の iPhone7Plus が、どうも変なのです。
 4日前の「iPhone7Plus をまずは1台入手」という記事に書いた通り、やはり予感的中です。妻が入手した翌日に手した私の iPhone が、とにかく30分おきに変なことになるのです。
 ただし、妻の iPhone7Plus は正常に使えています。

 これまで使っていた iPhone6Plus は、秋に手に入れたものが本体交換を2度も繰り返して、3台目でやっとまともな物が手渡されました。その5ヶ月間は、とにかく無駄な時間を iPhone6Plus に費やしました。

 今回の iPhone7Plus も、来春まで同じように不愉快な日々を送ることになるのでしょうか。無意味な時間が、この iPhone7Plus に食われるのです。

 機種を新しくすると、いつもこうしたやっかいなことに直面します。正常に使えない iPhone に、お金は払い続けるのですから、気持ちはすっきりしません。アップルは手に負えなくなると本体をそっくり交換して素知らぬ顔をするのですから、まったくいい気なものです。

 今回の不具合は、とにかく複雑なことのようなので、ここに書くことはしません。
 今、非常に忙しい中にいます。今日の1日がアップルとの電話によるサポートで潰れました。何とか使えるようにならないか、との思いで、こんなことに時間をかけていては大変なことになる、と思いながらも、電話で無責任なサポートを受けることとなりました。

 最初に、アップルのサポート担当窓口である[0120-277-535]に電話をしました。いろいろとあってやっと出てきた担当者は、長々とやりとりをした末に、原因を「iCloud Drive」に起因するトラブルだと判断され、その対処を受けました。しかし、それでは何も解決しません。見立ての間違いだったのです。救命救急医が最初の診断を間違ったのと同じです。もっとも、私の命に別状はありませんが。

 解決しないことを再度電話で問い合わせると、今度は別の方が出てきて、先程の対処はその「アドバイザーの不備」によるものであり、「iTunes」のサインインとアウトで対処しようとされました。同僚の不始末を、なんとも軽くいなした発言でした。
 しかし、それも間抜けなことがいくつかあり、結局はダメでした。

 そこで、やっと出てきてほしかったスペシャリストなる方にバトンタッチとなりました。
 しかし、そのスペシャリストとおっしゃる方の指示でも、やはりダメでした。提案されることも、素人の私でも[?]と思われるものでしたが、ジッと我慢しました。

 コンピュータに30年近く関わっていると、電話口での対応で相手の方の力量がおおよそわかります。アップルのサポート窓口では、最初に対応してくださる方はほとんどが外れです。そして、その上のクラスのスペシャリストの方を、いかに引き出すかがユーザーの力量を問われるところです。そして、スペシャリストの方が出てきてくださると、解決することがあります。しかし、それでもダメなことが多いのが実情です。

 日本のサポート窓口は、その程度のランクの人材で構成されています。残念です。優秀な人材が、なかなか確保できないのでしょう。

 これが、アップルの地元であるアメリカのスタッフのレベルは、もっと高いのでしょうか。もっとも、英語がまったく喋れない私は、もし日本のスタッフよりもレベルが高くても、こちらの症状を相手に英語で伝えることができないので、どうしようもありません。

 ということで、また本体交換を繰り返す中で、半年後の来春には、まともに使える iPhone7Plus に出会えることを楽しみにしましょう。またまた、iPhone7Plus についても、ジッと半年の我慢を強いられます。その間、アップルにはこの欠陥商品にお金を払い続けるのですから、またまた不条理を感じます。

 予想通りの、欠陥商品というよりも、欠陥システムの中に置かれています。
 またか、との思いで、iPhone に頼らない生活を組みたて直すこことにします。
 この iPhone7Plus を使わない、という生活もいいものかもしれません。
 そうした機会を与えられた、と思うと、不愉快な思いが幸運にも思えるから不思議です。
 いささか、自虐的な物言いになってしまいました。
 アップルさん、安定した完動品の商品の供給をしてください。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆情報化社会

2016年10月28日

初めての「ストレスチェック」受けて

 機会があったので、ウェブ版のストレスチェック(HEALTH WAVE)をしました。

 いろいろな方にお世話になる中で、猛烈なスピードを体感しながらの日々を送っています。そのような環境にいるだけに、現在の私の心身の状況を報告し、これまでと変わらぬお付き合いをお願いしたいと思います。

 今夏以降も、相変わらずさまざまなことに取り組んできました。
 落ち着く暇もなく、いろいろと動き回って人に会い、多種多様な文書を書いてきたので、ストレスが溜まりに溜まった日々だと思われます。そのこともあり、現在の自分のことを知る意味からも、思いきってストレスチェックをしたのです。

 約60問に答えての診断結果は、次のように表示されました。


あなたのストレスは高い状態ではありません(高ストレス者に該当しません)。


 てっきり、手厳しい結果が出ると予想していました。しかし、思いがけない無難な結果に、とにかくホット一息です。

 次のチャート図が表示されました。
 赤丸印が、現在の私のストレスのありようだとのことです。
 ありがたいことに、ピンク色のエリアからは外れています。


161028_stress1




 さらに、「セルフケアのためのアドバイス」が付いています。
 なかなか的確なアドバイスだと思われます。ギリギリでバランスを保っている、ということのようです。無理は禁物だと言われているのです。


現在あなたは仕事上の負担感が強い傾向にあります。
こうした状態が長く続くと、心身の調子を崩しかねません。
ひとりで抱え込まず、周りの仲間に相談しながら、問題点を整理して解決の糸口を探っていきましょう。


 さらに、質問項目毎に分析した「レーダーチャート」も表示されています。
 これには、次のような図の見方の説明が付されています。


161028_chart




 まず、「ストレスの因子」です。


161028_stress2




 これには、次のコメントが記されています。


仕事量が多すぎたり、限られた時間内に多くの仕事をしなければならない状態です。
今一度自身の仕事量を見直して効率化を図りましょう。
仕事の分担について上司へ相談したり、一人で抱え込まずに人に依頼するなどの対処が必要かもしれません。


 「仕事の量的負担」の項目が危険領域に接しています。まさに、そのような状況にあることは自覚しています。納得です。自分が気になっていたところを、ずばりと突かれました。

 次は、「ストレスによる心身反応」です。


161028_stress3




 これには、次のコメントが付いています。


ストレスによっておこる心身の反応は、現在のところそれほど多くないと推定されます。
心身が発する注意信号に気を付けながら、良い状態を維持するよう心がけましょう。


 これを読んで安心しました。どうやら、何とか現状を打開すべく、自分自身で適当にストレスを発散させているようです。これが、無意識でなのか意識的なのかはわかりません。この私のストレス発散で、どなたかにご迷惑をおかけしているようでしたら申し訳ないことです。

 最後に、「ストレス反応への影響因子」があります。


161028_stress4




 このコメントは、次のように書かれています。


周囲の方々とのコミュニケーションがうまくとれているといえます。
上司・同僚・家族・友人のサポートは仕事のストレスをやわらげる効果がありますので、今後さらに良い関係を広げていきましょう。
仕事や普段の生活の中で充分に満足感を感じておられる状態です。
日常生活の中で感じられる喜びや楽しみは人生を豊かにし、ストレスが高くても前向きに対応して克服していくことが可能になります。


 上司に関しては、今の職場ではその影響は少ない環境なので、このようなグラフになったようです。
 これについても、現状に寄り添った、納得できる分析の結果だと思っています。

 最後に、「医師の面接指導の必要はありません。」とのコメントがあります。
 さらに、「セルフケアのためのアドバイス」があり、そこには次のような図が掲示されていました。


161028_end




 このストレスチェックは、5分ほどで結果がでます。
 何となく気がかりな日々の中で、自分を見つめ直すのにいい機会となりました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 健康雑記

2016年10月27日

変体仮名の「个」と漢字の「箇」の用例

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読むことが続いています。
 今日は、熱心に変体仮名を読んでおられるKさんが、終了後に貴重な資料を持ってきてくださいました。
 明治23年と32年の商法の法律文書に書かれている文字です。

 まず、明治23年のものから。
 この中に、「一个年」という文字があります。


161027_keko_m23




 変体仮名の「介」と「个」について、私は「个」の方を字母としてよしとしています。それは、その字母が「箇」だと思われるからです。変体仮名の字典などを見ていると、このことはさまざまに用例が示されています。ほとんどが、「介」の方を示し、「个」は括弧付きで補足的に例示されているのです。

 上の文書だと、「个」はカタカナの「KE」を示し、「箇」は漢字で「KO」と書かれているのです。

 また、明治32年の同じく商法の条文には、次のようになっています。
 これは、「六个月ヲ」と書かれている部分です。


161027_kem32




 この後に、「箇」が何度も出てきます。


161027_kom32




 こうした法律の条文の例を見ると、ここで揚げたのはカタカナではあるものの、変体仮名の「KE」についても、「介」ではなくて「个」がいいと言えそうです。

 私はこの分野を専門としているのではないので、理由づけが今はできません。
 とにかく、気付いたときに、わかったことを記しておくことにしています。

 このことで、ご存知のことがありましたら、どうかご教示いただけると助かります。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月26日

橋本本「若紫」の翻字の補訂(1)

 先週、「『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました」(2016年10月20日)という記事を書きました。

 その橋本本「若紫」の翻字で、早々と1箇所にミスを見つけたので報告します。

 それは、第1丁表4行目の行末にある「万う」に、ミセケチ記号が付いていたことです。次の写真の赤矢印の箇所に、小さな黒い点があります。


161026_syahon




 それを、刊行した書籍の翻字には、当該箇所にそのミセケチ記号「˵」がありませんでした。
 お手元に本書がある方は、4行目の行末の「万う」の左横に、ミセケチ記号「˵」を2つ付けてください。お手数をおかけして申し訳ありません。


161026_katuji




 手元の翻字データベースでは、ミセケチ扱いでデータが出来ています。


万う春/$


 この表記は、「万う春」の3文字がミセケチとなっていることを、「$」の記号で示しています。

 翻字データベースのデータを元にして版下を作成する段階で、「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付け忘れたようです。

 細心の注意をはらって、何度も翻字を見直したはずでした。
 しかも、あろうことか、開巻早々のミスで恐縮しています。

 また何か見つかりましたら、ここで報告いたします。
 ないことを祈りながら。
posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月25日

iPhone7Plus をまずは1台入手

 iPhone7Plusを、いつものことながらドタバタ騒ぎの中で、なんとか手に入れることができました。

 2台を同時に入手できなかったので、まずはタッチパネルがヒビ割れた方から機種変更をしました。営業時間内に2台の手続きができない、とのことだったからです。1台いただくのに、手続きや設定などで、1時間はかかります。結構、手間と時間がかかるものです。

 本来ならば、好きではない au ではなく、しかも SIM Free にしたかったことは、以前書いた通りです。しかし、心ならずも思い通りにはいきませんでした。この次の機会を狙います。

 私は、人との出会いは恵まれているのに、機械運からは見放されています。
 これまで使っていたiPhone 6Plus は、渡された本体の欠陥から2度も本体交換となり、3台目にしてやっとまともに動くものが手渡され、今に至っています。

 さて、今回のiPhone7Plusには、どのような物語が生まれるのでしょうか。手にした今から、何が起こるのか楽しみです。

 まず祈るのは、某社のスマートフォンのように、突然ポケットの中などで火を噴かないことです。

 これまでに、ディスプレイが火を噴いたり、ケーブルが焦げたり、ドライヤーのコードが焼け焦げて飛んできたりと、このての話には枚挙に暇がありません。

 さて、この新機種に交換してから、今後ともどう展開するのでしょうか。
 これまでのパターンでいくと、近日中に「突然……」と始まる記事をアップすることになるのですが……
posted by genjiito at 22:49| Comment(0) | ◆情報化社会

2016年10月24日

京洛逍遥(424)スバコのお弁当と源氏絵のお茶

 慌ただしくUターンして上京です。
 JR京都駅の西改札口前に、「スバコ・ジェイアール京都伊勢丹」があります。ここのフードコーナーには、京都で行ってみたいお店が作る、工夫を凝らしたお弁当が並んでいます。しかも、私が選ぶ基準である、少量で安くて上品という、ありがたいお弁当も並んでいるのです。京都駅の中のコンコースにあるお弁当コーナーよりも、スバコにあるお弁当たちの方をお薦めします。
 新幹線に乗る前に、ぜひここのお弁当を手にして、さらにもう一つの京の味わいを楽しんでください。

 今日は、「季節限定 35品目 秋のごほうびロール弁当」(KAWAKATSU(CAMER))をいただきました。茶そばの巻き寿司が気に入っています。


161024_bento




 手前のお茶は、京都府茶共同組合のペットボトルです。2008年の源氏千年紀から、今も人気のお茶です。この源氏絵に惹かれて、海外の方も手が伸びるようです。

 ペットボトルの胴回りに配されているのは、宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の『源氏絵鑑帖』から第45巻「橋姫」の一場面です。国宝の源氏絵にも、この場面が描かれています。

 右側の、撥で月を招いているのは、大君でしょうか。それとも、中君なのでしょうか。
 左側には、琴を弾く女性がいます。どちらが誰なのかは、決めがたいものであることでよく知られている図様です。
 この場面は、源氏物語ミュージアムの展示室でも、人形を使って再現されています。

 源氏絵を掌に包んで転がしながら、お茶とお弁当をいただけるのです。なんとも贅沢なことです。

 後ろの席で、子供が騒ぎ出しました。
 これから私の読書タイムなので、隣りの車輌に移動します。
 いつも新幹線は、自由席で行き来しています。指定席は当たり外れがあるので、道中なにもできないことがあります。指定席も自由席も、料金は同じです。しかし、自由席には、一緒にいたくない方がいらっしゃった時には、別の場所に自由に移動できるという、ありがたい権利が与えられています。

 もうすぐ名古屋。ここで降りるふりをして、周りの喧騒から逃げ出すことにします。
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年10月23日

池袋経由で帰洛し一仕事にめどをつける

 久しぶりに池袋で、ひと仕事をすませました。
 立ち寄った西武百貨店の7階で、昔懐かしい郵便ポストを見かけました。こんな場所に置かれたポストも、戸惑っていることでしょう。


161023_post




 もっとも、私が立ち寄ったのは、レターパックを送るためだったので、このポストの口は狭すぎて入りません。赤い茶筒のポストを横目に、カウンター越しに郵便物を渡すことになりました。

 池袋から帰洛のために、Uターンして東京駅に急ぎました。

 新幹線の乗り換え口では、ものすごい人だかりでした。旅行客や団体ではなさそうな人々が、列をなして並んでおられます。何事かと思いながら、いつものように芸能人が通るのだろうくらいに思いながら、乗り換え口から新幹線に乗り込みました。それにしても、ガードマンが多いので、よほど有名な人なのかな、と思っていました。

 いつものように自由席に座って本を取り出したところへ、乗り換え口まで一緒に来ていた妻から連絡が入りました。
 さきほどの人垣は、天皇皇后両陛下が新幹線にお乗りになるためだった、とのことです。そして、一番前だったので手を振っところ、にっこりしてくださったのだそうです。
 手を組んでお通りになる姿がすてきだったとも。さらには、天皇さまは濃いグレーのスーツで、美智子さまもグレー。きれいで嬉しそうな笑顔で……。周りの人はみんなスマホで撮っていたけれども、SPは何も注意なしでニコニコだったとのことです。

 さらには、天皇皇后両陛下は、これから京都へ向かわれるとの情報も入りました。上賀茂神社や下鴨神社にお越しになるそうなので、我が家の近くまでいらっしゃるのです。

 ちょうど1年前には、皇太子さまと新幹線がご一緒でした。

「皇太子さまとご一緒の新幹線で京都へ」(2015年10月23日)

 いろいろと楽しいことの多い日々です。

 京都でもひと仕事をすませました。夜までかかって、とにかく懸案の仕事のメドをつけることができました。
 この成果は、近日中にお知らせできるはずです。
posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年10月22日

第5回・日本盲教育史研究会に参加して

 日本盲教育史研究会の第5回総会・研究会に参加してきました。
 会場は、筑波大学東京キャンパス文京校舎で、放送大学があるところです。


161022_entrance




 日本盲教育史研究会は創立5年目、会員約180名です。
 昨年は札幌と京都、今年は北九州で研修会や研究会があり、いずれも参加しました。

 今日の午前の第一番は、土居由知氏(静岡県視覚障害支援センター)と岩崎洋二氏(元筑波大学附属視覚特別支援学校)の「『むつぼしのひかり 墨字訳 第一集』出版とそこからわかること」でした。
 『むつぼしのひかり 墨字訳 第一集』は、「視覚障害者の歴史資料集1」として、東京盲学校の同窓生による会報(明治36年第1号〜37年第10号)を10年がかりで編集したものです。
 今年2月に刊行されたばかりの本書を、先般の九州でのミニ研修会の折にいただきました。ただし、まだすべてを読んでいません。


161022_mutuboshi




 「むつぼしのひかり」は、昭和18年の第473号までが発行されました。『点字毎日』が刊行される前は、唯一の点字ジャーナルだったのです。

 続いて、村山佳寿子氏(お茶の水女子大学大学院・筑波大学附属視覚特別支援学校小学部課外箏指導)の「昭和初期における箏曲の点字記譜法の特徴 筑波大学附属視覚特別支援学校資料室蔵「宮城道雄作曲集」を例として」という報告がありました。わかりやすい発表でした。6点で記述する点字楽譜の実態を考察したものです。
 邦楽を点字で記す「手法記号」は、大正3年に始まります。西洋音楽の手法記号を箏曲に代用しているようです。実際に譜面をもとにして演奏も流れたので、説明がよくわかりました。
 後の質問に、山田流と生田流の違いは? というのがありました。これは、私も気になったことです。
 東京は山田流が主で先生を採用したそうです。宮城道雄の関係で、昭和6年からは、生田流を東京盲学校でも教えるようになったのだとか。
 恥ずかしながら、私は学生時代に少しだけお琴を教えていただいていました。しかも、山田流でした。歌いながら弾くのです。東京だったからで、これが関西で教わっていたら生田流だった可能性が高かったのです。

 閉会後の懇親会で、隣におられた村山氏に、山田流と生田流の話を詳しく伺うことができました。また、『源氏物語』に出てくる琴の音は、今の流派とは異なる中国から来たものだそうです。
 それにしても、まだまだ研究課題が多いことを知りました。

 記念講演は、岩波新書で『瞽女うた』を書いておられる山梨大学大学院のジェラルド・グローマー教授でした。この本については、本ブログの「読書雑記(119)ジェラルド・グローマー『瞽女うた』を読んで」(2015年03月16日)で紹介しましたので、ご参照いただければ幸いです。

 本日の演題は「瞽女(ごぜ)・旅芸人の歴史と芸能」です。

 ついメモをしたことは、三条西実隆の周辺に瞽女が来て演奏をしていた、という話です。また、男は当道の組織を持っており、女は高田や長岡で演奏をして生きていた、ということも興味を持ちました。瞽女組織は、総合的な組織であり、関八州と静岡などに文化圏を持っていたそうです。1970年代までは、瞽女が門付けをしていたのです。
 伝統芸能の復活は無理です、という言葉には力強い確信が満ちていました。今、個人的な個性は認められない、みんな同じ形をよしとする文化になっている、とも。

 講演後の質問に、宗教に関連したものがありました。それに対して、瞽女の歌の旋律には宗教がないそうです。そして、聞く側の気持ちに宗教があったかどうかは、よくわからないとのことでした。
 これに対して、時間が迫っていたので私は手はあげなかったものの、瞽女縁起や院宣に「下賀茂大明神」と出てくることの説明はどうなるか、という疑問と問題意識を持ちました。上賀茂神社は賀茂別雷が祭神なので、雷との関係で盲人との関係は想像できます。しかし、その親である下鴨神社とはどのような関係があるのか、わからなかったのです。今度ゆっくりと調べてみます。

 また、ウクライナに日本のような瞽女歌があったそうです。世界中にあったのではないか、とも。海外での瞽女の存在が知りたくなりました。

 続いて、香取俊光氏(群馬県立盲学校)の「江戸から近代への理療の発展 群馬県の事例を中心に」という報告がありました。
 盲人の教育システムを構築した杉山和一とその弟子を通して、鍼灸が職業たして成立する過程を話されました。また、理療と点字の指導に当たった瀬間福一郎の紹介もありました。

 最後の山口崇氏(筑波大学附属視覚特別支援学校)は、「楽善会と凸字聖書」と題する報告でした。
 明治初期に、日本には盲人が多かったことが報告されました。明治8年から11年にかけての、盲唖教育の実態もよくわかりました。さらに、明治9年の凸字聖書は、日本カタカナではなくて、ヘボン式ローマ字だったことが明らかにされました。
 京都高田盲学校には、カタカナ版の凸字聖書があるそうです。いつか見てみたいと思います。

 今日伺った内容は、明治から昭和初年の時間の流れの中でのことがたくさんありました。この時期に興味をもっている私は、一言も聞き漏らすまいとの心意気でしっかりと聞きました。

 最後の総括で、現在も元気な方から、盲教育に関する聞き取りを研究会として取り組むべきだ、との提言がありました。これについては、文献とともに今後はその調査にも着手するとの回答がありました。

 今回のまとめをなさった岸先生が、近世から近代へと移るつなぎ目の格闘が問題として意識できるようになった、とおっしゃっていました。明治・大正から昭和への移り変わりに興味を持つ私は、このテーマにさらなる魅力を感じる研究会となりました。

 今回の参会者は、90名を超えていたそうです。今後がますます楽しみな会となることを実感しました。

 閉会後は、駅前に場所を移して懇親会がありました。
 今回も、多くの方とさまざまな話題で盛り上がりました。
 いろろいな方とお話ができました。
 みなさま、刺激的な出会いを、ありがとうございました。
posted by genjiito at 23:05| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年10月21日

読書雑記(182)船戸与一『大地の牙 満州国演義6』

 『大地の牙 満州国演義6』(船戸与一、新潮社、2011.4)を読みました。
 昭和13年の日本と満州が描かれています。


160804_daitinokiba




 本巻では、支那事変からノモンハン事件へと、慌ただしく血生臭い時の流れが活写されていきます。メインテーマはファシズムです。
 ノモンハン事変については、満州で捕虜になり、シベリアに抑留されて苦労した父親から少し聞いていたので、少しずつ実情がわかり出しました。大きなうねりの中での出来事は、それを語る立場によってさまざまな姿を見せます。

 戦地慰問に回っている吉本興業の『笑わし隊』が出てきました。
 中国での陰惨な戦闘状況に一味加わります。

 物語の背景に、スターリンとヒットラーの駆け引きや、岡田嘉子と杉本良吉が樺太からソ連への亡命話など、さまざまな逸話が点描されています。こうした、事実と虚構が綯い交ぜになって、ゆったりと大きく歴史が語られているのです。

 従軍文士の存在も興味深いものです。
 関係する箇所を引きます。


 敷島四郎は『庸報』の編集局で内地から送られて来る邦字紙各紙に眼を通しつづけた。どれも内閣情報部の文学動員について報じている。文壇の巨匠たちが陸軍班と海軍班に分かれて漢口に赴くことになったのだ。菊池寛。久米正雄。吉川英治。白井喬二。吉屋信子。佐藤春夫。川口松太郎。岸田国士。林芙美子。小島政二郎。尾崎士郎。滝井孝作。丹羽文雄。深田久弥。こういった錚々たる顔ぶれが合わせて二十二名、戦場に向かう。これはペン報国の文壇部隊と呼ばれることになったという。(155頁)
 
 
「だれが冗談でこんなことを言う? いいか、新聞が部数を伸ばせる最大の記事は戦争なんだぞ。満州事変は関東軍主催、大阪毎日新聞社後援とさえ言われた。発行部数二十万程度の東京の一地方紙だった讀売新聞は一気に百万を越える国民紙に成長した『庸報』の部数は最近激減してる。戦争に便乗して部数回復を計らなきゃならん」(156頁)
 
 
 太郎は三十一日附の東京朝日新聞を開いた。
 そこには林芙美子の従軍記が記されている。満州事変以来、新聞各社は戦争報道のたびに飛躍的に発行部数を伸ばす。徐州会戦後、有名作家の取りあいがはじまっている。内閣情報部は二十二名の従軍文士を決定したが、武漢攻略では東京日日新聞が菊池寛や吉川英治の従軍記を掲載して読者を魅きつけていた。林芙美子の原稿はそれにたいする東京朝日新聞の巻きかえしと言っていいだろう。(183頁)
 
 
 太郎は紙面から眼を離して、さっき孔秀麗が運んで来た茶を畷った。武漢攻略戦に同行した従軍文士たちはいい気なものだと思う。徐州会戦の様相を描いた火野葦平の『麦と兵隊』が大評判になった。従軍文士たちはそれに倣おうとしているのではないかと疑いたくなる。太郎はじぶんに文学的素養があると自惚れたことはない。だが、思うのだ、みずからの体験を赤裸々に綴った『麦と兵隊』に較べれば、従軍文士たちの記事は軍部への阿りが露骨に表われ、薄汚ない印象はどうしても拭えない。(186頁)


 敷島太郎の秘書である孔秀麗の存在が気になっています。この女性は、太郎にとって何なのでしょうか。

 インドに関して、これまでは小出しだったものが、本巻では少しまとまって記述されています。船戸氏のアジア史観と小説作法を知るための材料の一つとして、以下に抜き出しておきます。


「もうすぐドイツとイギリスの戦争がはじまる。こころが躍りますよ。独立を求めるインド人はみなこの機に乗じるつもりだ、わたしも忙がしくなる」
 次郎はその眼を見つめながら紅茶のカップを持ちあげた。ジャフルが顎を撫でながらつづけた。
「東京にいるビハリー・ボースやピライ・ナイルはもちろん、だれもがヨーロッパの混乱に乗じない手はないと考えてる。チャンドラ・ボースという男の名まえを聞いたことがありますか? インド国民会議派総裁だったが、マハトマ・ガンジーの不抵抗不服従運動に飽き足らず国民会議派と訣別した武闘派です。もしかしたら、あの男は今後ナチス・ドイツの協力を得てインド独立を達成しようと考えてるのかも知れない」(310頁)
 
 
「インドが激しく動いてます、イギリスはナチス・ドイツとの戦争で植民地にたいする統治能力が消え掛かってる。チャンドラ・ボースは国民会議派が手ぬるいと批判し、ベンガル州委員会はインド独立最後通牒をイギリス政府につきつけた。ガンジーやネルーはこの勢いは無視できない。あと一カ月も経たないうちに国民会議派は反英不服従運動再開を決議するはずですよ」
「で?」
「チャンドラ・ボースが突っ走れば突っ走るほど国民会議派も独立運動を加速せざるをえない」ジャフルがそう言いながら腕組みをした。「チャンドラ・ボースが具体的な行動を起こすためには武器が要る。最初は二、三千挺の軽機関銃でいい。それだけあれば、インド政庁を襲撃して占拠できる。インド国内にも反日感情を持ってる人間はいます。そういう連中は何らかのかたちでコミンテルンとの関係を持ってる。インド医療使節団というのを御存じで?」
 次郎は街え煙草のまま首を左右に振った。
 ジャフルが下唇を舐めてつづけた。
「コートニスとかアタルといった医師連中が去年の十一月にインドを離れ、延安に向かった。毛沢東に逢い、ともに帝国主義との戦いを誓い、北支の辺区で医療活動を行なうことになった。しかし、わたしに言わせれば戯言だ。インド人はよけいなことを考えずにイギリスからの独立を目指すだけでいい、たとえどんな手段を使っても」
「政治談議をしたいだけかね、それともおれに何かを依頼したいのかね?」
「児玉誉士夫を御存じですな?」
「面識はない、名まえは聞いてるし、このブロードウェイ・マンションに住んでることも知ってるが」「涯兆銘は上海に居をかまえるまえにいったん香港で暮すはずだった。児玉誉士夫は影佐禎昭大佐の依頼で右翼団体・日本塾を母胎とする秘密組織・棒皇隊を率いて香港での注兆銘護衛に当たる予定だった。そのために大本営陸軍部は兵器廠から直接九六式軽機関銃を児玉誉士夫に渡したんです。その軽機関銃は日本総領事館経由で香港に流れた。しかし、実際には注兆銘は香港では暮さず、上海に来て梅華堂の庇護下にはいった。つまり、香港には児玉誉士夫が手配した軽機関銃が九龍の倉庫に保管されたままになってる」
「それをインドに運べと?」
「そのとおりです」
「児玉誉士夫の棒皇隊が何人で編成されてたのかは知らんが、インド政庁襲撃に必要なほどの量の軽機関銃が香港に運ばれたとは思えんが」
「もちろん現在はそうです。しかし、九六式軽機関銃はこれからどんどん香港に向かう。わたしはもう児玉誉士夫と話をつけた。大本営陸軍部もかならず協力する」
「どこから来るんだね、その自信は?」
「日独伊防共協定はまだ三国同盟化してないが、日本はいずれ英米とぶつかり合わざるをえない。その場合、日本は石油を求めて南進するしかないでしょう。狙いは蘭領東インドだが、そのまえに仏領インドシナやビルマが標的になる。それを阻止しようとするイギリスの力を殺ぐにはインドやビルマでの独立運動が望ましい。おわかりでしょう、インドに軽機関銃を送りたい理由が? その数が二千や三千ならけちな武器商人が勝手にやったことだといくらでも言い抜けられるんだし」(394〜396頁)


 しだいに戦争が深刻になっていく中で、敷島兄弟の今後の生き様がますます興味深く待たれます。【4】

※本作品は書き下ろしです。
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | 読書雑記

2016年10月20日

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉中期の書写と思われる『源氏物語』「若紫」を「変体仮名翻字版」で刊行しました。
『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10、\1,400)



161020_hashimotobon




 本書の写本としての特徴は、「解説」に書いたとおりです。
 懐中電灯で紙面をくまなくスキャンして精査し、〈墨ヨゴレ〉・〈付箋跡〉・〈剥落〉などの付加情報を丹念に記録しました。また、顕微鏡やカメラを用いて80倍に拡大し、削られた箇所で下に書かれている文字を推読したり、破損個所の判読も充分な時間をかけて読み取りました。
 こうした調査結果を、本書の本文の右横に注記として添えています。

 この次に本書を調査なさる方は、さらに精巧な機器を用いて翻字と付加情報を補訂してくださることを望みます。一応、現在可能な限りの手法で「変体仮名翻字版」を作成したことになります。

 本書を刊行した背景については、巻末の「編集後記」に記しました。
 その全文を、以下に引きます。


編集後記



 本書は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(平成二五年)、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(平成二六年)、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(平成二七年)に続く、鎌倉期古写本の影印資料シリーズの四冊目となるものである。いずれも、写本を読む楽しさを共有できるテキストになれば、との思いから編集し続けているものである。
 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。
 変体仮名を字母に忠実な翻字で表記する、自称「変体仮名翻字版」という形式で刊行するのは、前著『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に次いで二冊目となる。この翻字のよさは、今後の利活用によって認められるものだと確信している。手元の三五万レコードの翻字データベースも、この「変体仮名翻字版」に置き換えつつある。正確な『源氏物語』の本文データベースを次世代に手渡すことを一義に、臆することなく山を移す覚悟で取り組んでいるところである。
 本書の翻字資料作成と編集にあたっては、国文学研究資料館の淺川槙子プロジェクト研究員による的確な対処に負うところが多い。すでに構築したデータベースを元にした作業とはいえ、「変体仮名翻字版」への再構築は思いのほか手間と時間を要するものとなった。いつものことながら、字母に正確な翻字を行うことは、気力と体力が求められるものであることを実感している。
 引き続き、橋本本として残っている「絵合」「松風」「藤袴」の残欠三巻の編集に入っている。本書の姉妹編ともなるものであり、併せて有効な活用がなされることを楽しみにしている。
 影印画像と原本の熟覧にあたっては、国文学研究資料館の担当部署の方々のご理解とご協力をたまわった。あらためてお礼申し上げる。
    平成二八年一〇月一日
              編者を代表して 伊藤鉄也


 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉期に書写された写本は、この橋本本の他の残欠本三冊と、「若菜上」の零本があります。近日中に、これらもこの影印本シリーズの一つとして刊行する準備をすすめています。

 現在私は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が読める環境を、こうして構築しているところです。これまでは、江戸時代の人が書き込んだ文字を取り込んだ本文を、平安時代の物語として精緻に読み込んでいました。そうした読みの意義はそれとして、それに並行して、平安時代とは言わないまでも鎌倉時代に書写された『源氏物語』を読むことも、新しい『源氏物語』の読み方になると思っています。その意義を痛感して、鎌倉時代の写本による、こうした正確な翻字を目指した作業をしています。

 本書のよううな資料を作ることは地味ではあっても、いつかは、誰かがしなければならない、必要な研究基盤の整備だと思います。そして、『源氏物語』の研究の本文という根本のところが脆弱であったことを知り、写本に書き写された本文に向き合うことから再出発する若者の出現を心待ちにしています。

 今市販されている活字の校訂本文で『源氏物語』を読むことと共に、こうした鎌倉時代の『源氏物語』の本文を読む楽しみも、新しい〈源氏読み〉として体験していただきたいと思っています。
posted by genjiito at 21:17| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月19日

清張全集復読(6)「梟示抄」「啾々吟」

■「梟示抄」
 話は、明治7年のことです。江藤新平と西郷隆盛、そして大久保利通が物語を動かしていきます。
 佐賀の乱で破れた江藤は、西郷を頼って鹿児島へ行きます。しかし、西郷は動きません。そこで仲間と一緒に宇和島から土佐へと、雪山の中を苦難の道を歩みます。清張には珍しい表現が見られる反面、清張らしくないレポーターのような口調に違和感を覚えました。
 江藤新平に関しては、もっと心の中を描き出してほしいところです。
【2】
 
初出誌:『別冊 文藝春秋』(昭和28年2月)
 
 
■「啾々吟」
 弘化3年(1844)8月14日に、肥前佐賀で同日に三人の男の子が生まれました。松枝慶一郎は鍋島藩の家老の子、後2人は大名の子と軽輩の子です。
 家格は低くても秀才だった軽輩の子石内嘉門が、それからどのような出来事に身を置くのか、開巻早々、物語の展開が楽しみになります。
 そして一読し終えて、宿命という言葉が記憶に残りました。
 明治の政争を描く中で、一人の人間の生き様が鮮やかに浮かび上がってきます。【4】
 
初出誌:『オール讀物』(昭和28年3月)
※第一回『オール讀物』新人杯佳作第一席に入選
 
参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | 清張全集復読

2016年10月18日

江戸漫歩(142)九段会館と九段坂病院

 九段坂病院で、右足の指にできた疣の治療を受けてきました。
 隣接する九段会館は、外見上はまだ工事が始まってはいないようです。


161014_kudankaikan




 ここは、平成23年3月11日に、東京観光専門学校の卒業式が行われていた時に東日本大震災が発生し、天井の崩落により2名が死亡したことで平成23年4月に廃業閉鎖となりました。
 もとは、「昭和御大礼記念事業」として計画され、昭和7年に起工したものです。
 2・26事件の時には、戒厳司令部がここに設置され、満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の弟・溥傑と、侯爵・嵯峨実勝の長女・浩の結婚式がここで挙行されたという歴史を持っています。

 池田亀鑑に関連して昭和初期のことを調べている関係で、こうしたことにも注意が向くようになりました。船戸与一の『満州国演義』を読んでいることも、こうした戦前の歴史への興味を掻き立てているように思えます。
 ただし、私は1度もここに入る機会がありませんでした。

 さて、この九段会館の南に建つ九段坂病院へは、1ヶ月ほど通院に間が空きました。先生からは、10日から2週間くらいの間隔で通院するように、との指導を受けました。

 足指にできた2つの疣は、外見上はきれいになっています。しかし、まだ皮膚の奥にウイルスが残っている形跡があるようです。
 確かに、歩く時に小石を踏んだ時のような違和感を感じることがあります。

 この夏以来、9月からの忙しさにかまけて、つい通院をさぼっていたのは確かです。
 命に別状がないことと、あまり苦痛に感じるものではないので、つい気が緩みます。
 病院は便利なところにあり、通勤の途中に立ち寄れるので、年末までには通い詰めて完治させます。
posted by genjiito at 21:55| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年10月17日

浪速の四天王寺を散策する

 所用で大阪に来ました。空き時間を有効にと、天王寺にある四天王寺に立ち寄りました。
 石鳥居は、西の海に沈む夕陽を拝むように建っています。極楽往生を念じる聖地です。


161017_saimon




 額には、極楽への入口だと書かれています。

釈迦如来
転法輪処
当極楽土
東門中心


 ここは、お彼岸のたびに両親と来たものです。父が亡くなってからは、母と子どもたちとで毎年来ました。
 私の出身高校がこの近くなので、勝手知ったる地域です。
 高校時代は、この近くの図書館に籠もって本を読んでいました。

 西大門(さいもん、極楽門)から見る五重塔はみごとです。
 この塔は、昭和34年に再建されました。新しいもので八代目です。
 家族と何度も上りました。ワイワイガヤガヤと、一緒に来た日が思い出されます。


161017_gokurakumon




 いろいろと欲張った願いを込めて、極楽門に取り付けられている転法輪(チャクラ)を回しました。
 心が清浄になりますようにという意味の「自浄其意」と唱えて、転法輪を右に回すのです。


161017_tenpourin




 亀の池も健在です。ここの亀は、愛嬌があって時の経つのを忘れさせてくれます。
 後方に六時礼讃堂があります。
 その前、写真右手の石舞台では、四天王寺の雅楽が舞われる所です。宮中(京都)、南都(奈良)と並ぶ「天王寺楽所」は、最古の様式を伝えているといわれています。

161017_kame




 そこから南を望むと、工事中の中に「聖徳太子千四百年御聖忌」という幕が見えます。今、仁王門は見られません。


161017_5jyuunotou




 経木を流す亀井堂も、かつてのままです。
 お彼岸には、参道や境内で経木を買い求め、願い事と名前を書いて柄杓で流しました。


161017_kyougi




 こうして、出歩くたびに懐旧の情に浸っていては、さらに前に進む推進力が弱ります。
 息抜きのための適度な回顧に留め、過去・現在・未来のことを思って体内のメモリを使い尽くすのではなくて、現在から未来を考えることに専念したいものです。

 新幹線の中で、うつらうつらとしながらここまで書きました。
 そろそろ日付が変わる頃ということもあり、まわりのみなさまはほとんどがお休みです。
 慌ただしいだけの日々の中にいます。時間が止まったかのようなこの空間は、なかなか居心地のいいものです。
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ブラリと

2016年10月16日

最適な4輪式キャリーバッグとの出会いと点字ブロックの今後

 移動が多い私は、その時々に持ち歩くバッグをいくつか持っています。しかし、なかなかピッタリのものがありません。特に、中くらいの大きさと分量の時のバッグが、微妙に合っていないと思っていました。

 最近探し求めていたのは、A4より一回り大きいノートパソコンがちょうど入り、キャリーバッグのキャスターにロックがかかるものです。
 こうした用途のための、最適なキャリーバッグを一つ持っていました。しかし、それが10年前の物だったので、角々が痛んできています。

 今日は帰洛のために東京駅へ出たついでに、ふらりとカバン屋さんに立ち寄りました。幸運なことに、地下街に3軒続きのカバン屋さんがあり、その一つでちょうどいい物と出会えました。それでも、色が好みのものと微妙に違うのです。

 同じ系列の店が、隣の有楽町駅の前にもあることがわかりました。思い立った時にと意を決し、行ってみることにしました。

 専門店だけあって、思い通りの最適な物と出会えました。
 ちょうどいい大きさに加え、従来よりも深さがあります。しかも、取っ手がお洒落です。入荷したばかりの最新デザインだそうです。

161016_carrybag




 早速、手にしていた荷物を詰め替えて、新しいキャリーバッグで西に向かいました。このキャスターをロックするシステムは、なかなか快適です。

 これまでに、旅行客の4輪のキャリーバッグがバスの中の狭い通路を勝手に滑走したり、急ブレーキで前に飛んでいく場面に出くわしました。ホームから、コロコロと転がって線路に落ちる所も目撃しました。
 とにかく、4輪で手押し式のキャリーバッグは、勝手にあちこちと動き回るので危険です。

 傾けて引っ張る形の2輪式は、後ろに長く引きずるので、人ごみの中では邪魔者扱いをされます。しかし、バスやホームでは、安定して立つので安心です。
 一長一短がある中で、今回見つけた、キャスターをロックできるバッグは、4輪の中では安全で便利なものです。

 キャリーバッグは、駅や商店街では、点字ブロックの凸凹がキャスターをガタガタさせるので、嫌われがちのようです。スピードを落とさせるために、鉄球が埋め込まれた交差点がありました。そこを自動車が通過する時には、スピードを落とすのには有効な仕掛けでした。しかし、車内への振動が不評だったこともあり、今では国内ではほとんどなくなったようです。

 しかし、街中や駅のホームなどでの点字ブロックは、視覚障害者には必須です。そうは言っても、キャリーバッグを引く旅行者が不快に思う点字ブロックの敷設は、その凹凸の形状を含めて再考されるのかもしれません。今後は、この共存がさらに検討されることでしょう。
posted by genjiito at 23:39| Comment(0) | 身辺雑記

2016年10月15日

箱根駅伝予選会の結果

 少し肌寒いながらも、秋晴れの1日でした。
 今日は、大学院大学の入試説明会があったため、土曜出勤となりました。

 立川の今日は、第93回箱根駅伝予選会のために、駅は大混雑です。
 先日、「箱根駅伝の予選会が今年も立川で」(2016年10月11日)という記事をアップしたので、その結末も書いておきます。

 今日の予選会の結果は、次の通りでした。
 と言っても、実際に国営昭和記念公園で見たのではなくて、ニュースからの引用ですが。


1位 大東文化大 5年連続48回目
2位 明治大 9年連続59回目
3位 創価大 2年ぶり2回目
4位 法政大 2年連続77回目
5位 神奈川大 7年連続48回目
6位 上武大 9年連続9回目
7位 拓殖大 4年連続38回目
8位 国学院大 2年ぶり10回目
9位 国士舘大 3年ぶり45回目
10位 日本大 5年連続87回目


 我が母校も箱根に出るようです。知っている人がいるわけではないのに、高校野球と一緒で、母校の出場は何となく嬉しいものです。かつてその学校で学んだというだけです。しかし、自分が駆け抜けた時間と場所には、何か忘れ物をしてきた思いが残っています。吹っ切れないままに、気がかりなことがあるからでしょうか。分野は違えども、後輩の活躍が不思議と元気を与えてくれます。つい、応援してしまいます。他校よりも良く見られたい、という気持ちもあるのかもしれません。母校というのは、説明しがたい存在です。

 今日の予選会で勝ち残った10校と、すでにシード権を獲得している次の10校が、2107年の正月2日と3日に箱根路を走るのです。


青山学院大、東洋大、駒澤大、早稲田大、東海大、順天堂大、日本体育大、山梨学院大、中央学院大、帝京大


 駅伝好きな私は、毎年これを楽しみにしています。
 さて、来年はどういう結末となるのでしょうか。

 そろそろ、来年のことが話題になる時期となりました。
 身辺が慌ただしくなる日々が、着実にやってきています。
posted by genjiito at 21:37| Comment(0) | 身辺雑記

2016年10月14日

iPhone 6 Plus から 7 Plus へSIMフリーで移行する際の問題

 先週、「iPhone Plus を 6 から 7 へ移行することを検討中」(2016年10月08日)と書いてから一週間が経ちました。

 そして、最後に「今後はもう少しお役に立つ情報の発信を意識したいと思っています。」と書きました。その、お役立ち情報を以下に書いておきます。

 ただし、これは当初の予定を変更するものとなっていますが。


161014_iphone6plus




 駅前の auショップへ行き、先日確認したように手元に転がっていた「iPhone5」に画面がひび割れた「iPhone 6 Plus」の SIM を入れ替えることで、「iPhone 6 Plus」の引っ越しをしたのに、データがどうしても最近の2年分が移行できないことを尋ねました。担当の方は、この前よりも詳しい方でした。しかし、そんなことはないはずだ、とのことです。
 何度かやっても移行できなかったので、それ以上の話はしませんでした。

 そんな中で、SIM フリーへの移行を話題にしたところ、先日の方とは違うことをおっしゃいます。
 まず、私の更新月は今年の12月から来年の1月なので、その期間にこれまでの機種を解約しないと、一台につき約1万円が違約金として発生するとのことでした。私の場合は、2台同時に移行するので2万円です。

 さらに、私が使っている「iPhone 6 Plus」から新しい「iPhone 7 Plus」への移行では、SIM フリーで使うことが保障されていない、ということでした。これは、au のサイトに書いてあることで、「iPhone 6 Plus」と「iPhone 6s Plus」は別物であり、私が持っている「iPhone 6 Plus」はSIMフリーには対応していない機種だそうです。「iPhone 6s Plus」からが対応するものだとか。
 あれっ、と言うしかありません。この前は……、と言ってもどうにもなりません。

 ただし、iPhone のタッチパネルが割れていても、その「iPhone 6 Plus」から「iPhone 7 Plus」に機種変更をすれば、下取り価格の27,000円が新機種の購入代金にまわせるとのことでした。割れたタッチパネルを修理しても2万円以上はかかるので、「iPhone 7 Plus」への移行は、これで大きく変更を余儀なくされることとなりました。

 追い討ちをかけるように、現在私が求める「iPhone 7 Plus」は在庫がないので、3週間ほどの予約待ちとなるのです。

 それでは、12月まで待って、違約金が発生しない時期に買い替えにしましょう、と言うと、SIMフリーではなくて au の SIMで使い続けるのであれば、機種交換なので違約金は発生せず、手数料の2,000円でいいとのことです。

 相手の言いなりながらも、このまま機種交換しようかと思うようになりました。
 そして、担当者はさらにおっしゃいます。
 どうしてもSIMフリーにしたければ、180日経過してからなら可能だとのことです。

 となると、この店で「iPhone 7 Plus」をいつ予約するか、ということになります。
 担当者は、待ってましたとばかりに、週末は予約者が増加するので、早い方がいいですよ、と親切(?)におっしゃいます。

 SIMフリーのことを最優先にしていて、このまま au の契約を続ける気はまったくなかったので、そういうことなら一晩頭を冷やすことにします。

 こんな問題を、いま抱えています。
 解決なさった方がいらっしゃいましたら、よきアドバイスをよろしくお願いします。
posted by genjiito at 21:15| Comment(0) | ◆情報化社会

2016年10月13日

変体仮名の練習用シートを試作中

 仕事帰りの電車が遅れていました。
 立川駅で、特急が遅れていたために、その特急の待ち合わせをせずに、私が乗った快速が先に発車しました。
 中野駅で乗り換えて地下鉄に乗ったところ、途中の駅で電車が止まりました。線路内に人が立ち入ったために点検をしているとのことです。
 相変わらず、電車は時刻通りには走ってくれません。
 よく考えると、あの時間に厳格に走っていたのは無理があり、こうして多少の誤差があることが普通だと思う方が自然なのでしょう。

 さて、今日から、国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」を、日比谷図書文化館で読み始めました。
 ただし、テキストが間に合わなかったので、プリントで進めました。みなさまには、本当に申し訳ないことです。来週の19日には書店に並びますので、もうしばらくお待ちください。

 今日は、効率のよい学習に役立つのではと思い、こんなプリントを作ってみました。


161014_waka2




 【原案】では、変体仮名の部分が空欄になっています。影印画像を見ながら、この空欄に変体仮名の字母を書いていくのです。
 たとえば、次のようになります。

わら〔〕や〔〕〔〕〜


 このシートを埋める方式で進めていたところ、どうも反応がよくありません。
 後で感想や意見を聞けたので、次のように改訂案を作ってみました。

わら〔  ha〕や〔  mi〕〔  ni〕〜


 この改訂案の方のシートに変体仮名の字母を記入していくと、次のようになります。
 変体仮名の読みがわかるので、ことばの意味なども確認でき、理解しながら進むことができます。

わら〔八 ha〕や〔三 mi〕〔尓 ni〕〜


 さて、このシートは、変体仮名が読めるようになるために、有効なものなのでしょうか。
 どのような方針で改良したり取り組んだらいいのか、このところ思案しています。
 もちろん、初心者、中級者、上級者の区別があるかもしれません。しかし、変体仮名は多くの文字を読んで慣れることで、めきめきと上達します。上達ということばが不適切なら、自在に読めるようになると言い代えましょう。

 改訂案のほうで数ページを読んだら、後はそのまま読み進めることが可能だ、とも思われます。

 変体仮名の指導をなさっている方や、かつてやっていたという方からの、体験談や実践例をお聞きできないかと思い、あえてこんな話題を記しました。
 ご教示をいただけると幸いです。

 今日は、参加者から非常にいいことばを教えていただきました。
 昨日も国文学研究資料館のくずし字講座に参加されていた方で、京都での古写本を読む会にもお越しになったYさんが、『目習い』『手習い』『耳習い』ということばを口にされたのです。
 よくお聞きすると、それは稽古事等で言われることばで、特に『目習い』は、質の高いものを観て目を養うことを言うそうです。きれいなことばだと思います。これは、変体仮名などを学ぶ時にも当てはまるものです。今後とも、『目習い』ということばを大いに使わせていただきます。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月12日

連続講座(その7)「くずし字で読む『百人一首』」

 国文学研究資料館主催の連続講座「くずし字で読む『百人一首』」がありました。
 本年度第7回目は、私が担当しました。
 各回毎に研究部の教員が一人ずつ代わる代わる登壇する、まさに駅伝の襷リレーのような公開イベントです。受講者のみなさまは、毎回違う味が楽しめます。その意味からも、おもしろい企画だといえます。

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読んでいる要領で臨みました。私は、割り振られた『百人一首』の和歌4首(63〜66)を、字母を確認しながら読み進めました。くずし字を読むことが主旨であり、歌の意味や作者についてはまったく触れず、テキストとなっている版本の文字にだけを注目していきます。

 全回使用するテキストは、国文学研究資料館が所蔵する江戸時代中期の版本『錦百人一首あつま織』です。これは、勝川春草の手になる極彩色の歌仙絵を添えた版本で、安永4年(1775)に刊行されたものです。

 ただし、版本の印刷体の文字だけではおもしろくないと思い、複製版の『陽明文庫旧蔵 百人一首』(有吉保、おうふう、昭和五十七年十二月)もテキストに加え、独特の書体のくずし字も同時に読みました。
 休憩時間には、持参した複製版の陽明文庫のカルタを、受講者のみなさまに触っていただきました。

 2種類の字体が異なる『百人一首』を、4首だけとはいえ仮名の字母にこだわって読んだので、多くの方が興味を持って参加してくださったと思います。
 みなさまにはアンケートを書いていただいたので、後日その結果を見るのが、怖さ半分の楽しみです。

 こうして、多くの方々がくずし字に興味を持ってくださることはいいことです。しかも、男性が予想外に多かったことで、私のこれまでの思いが嬉しい誤算となりました。

 おまけの資料として、福沢諭吉の『学問のすゝめ』(明治4年)と、谷崎潤一郎の『春琴抄』(昭和8年)も、その冒頭部分を変体仮名に注意して読みました。これも、受講されていたみなさまにとって、意外な体験となったようです。

 さらには、宮川保子さんが書いてくださった、視覚障害者のための触読用の『百人一首』の立体コピーをお一人一枚ずつ配り、目を瞑って指だけで読む体験もしていただきました。これも、意外な体験となったことでしょう。

 短い時間ながらも、一緒に楽しくくずし字を読むことができました。
 私にとって最後の公開講座でもあり、十分に手応えがありほっとしています。

 参加なさったみなさま、長時間お疲れさまでした。
posted by genjiito at 23:32| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月11日

箱根駅伝の予選会が今年も立川で

 昨日10月11日は、第28回出雲全日本大学選抜駅伝がありました。
 田園風景の残るコースを走る駅伝なので、レースよりもコース外の景色を見ては、我がふるさとの今を懐かしんで見ていました。
 今年も、駅伝やマラソンの話題が流れる、スポーツの季節となりました。

 新年1月2日と3日に開催される、第 93 回東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)の予選会が、立川の地で開催されます。
 平成 28 年 10 月 15 日(土) 9:35にスタートです。
 競技場所は、職場のすぐ横にある、陸上自衛隊立川駐屯地〜立川市街地〜国営昭和記念公園。
 20キロのコースを走ります。
 毎年、立川駅のコンコースには、参加大学の旗が林立します。
 今年は、50校がエントリーしています。


161011_ekiden1




161011_ekiden2




 出場資格は、「各校エントリー者全員が5000m 16 分 30 秒以内もしくは 10000m 34 分以内のトラックでの公認記録を有していること。」とありました。
 この結果によって、上位10校に箱根駅伝2017への出場権が与えられるのです。

 昨年の箱根駅伝で今年のシード権を獲得しているのは、次の10校です(順不同)。

青山学院大学 東洋大学 駒澤大学 早稲田大学 東海大学 順天堂大学 日本体育大学 山梨学院大学 中央学院大学 帝京大学

 子供ころから、私は走るのが大好きでした。
 小学2年生までは、身体が弱かったので、体育はいつも見学組でした。
 しかし、足は速かったので、リレーなどには引っ張り出されていました。
 運動会には、小学2年生の後半から出られるようになったと思います。
 ひ弱な身体ではあっても、いつも一番で、いろいろな景品をもらいました。

 中学では、耐寒マラソンで、高安山や信貴山を駆け登っていました。後に高安山の中腹にお墓を建て、信貴山のある町に住んで子育てをするとは、夢にも思いませんでした。

高校の頃は、長距離が好きで、1500メートルとマラソンが得意でした。長居陸上競技場に、母がこっそり見に来ていたことを覚えています。私がマラソンにエントリーしているプログラムを見て、体力のない私が本当に走れるのか、よほど心配だったでしょう。まさに、こっそりと来ている母の姿を競技場の片隅に見つけ、母のためにもとの思いで完走したことは、今も覚えています。そのことは、その後も一言もお互いの話しには出なかったし出しませんでした。

 高校の教員になってからも、生徒たちと一緒に運動会でマラソンに参加していたことが、今では信じられないくらいに遠い過去の出来事となりました。

 成人式の記念マラソンにエントリーしていたほどなので、走るのは大好きなのです。もっとも、成人式のマラソンは、直前の火事で焼け出されたために、着るものもなくて参加できませんでした。
 あの頃は、400部近い新聞を毎朝走って配達していたので、体力もあったのでしょう。エントリーして、新成人になったことを確認したかったのだと思います。大田区の大会でしたが、箱根駅伝のコースの一部を走るものでした。

 実際に見たマラソンでは、増田明美が途中棄権した大阪でのマラソンが思い出されます。
 百済駅の近くで応援したように思います。

 それにしても、歳とともに気力も体力も、そして足腰も弱っていることを実感します。

 テレビでマラソンを観るのも、今は自分にできないことに挑んでいる若者を、自分になり代わっていると思いながら楽しみ、懐かしんでいるのかもしれません。
 本来なら自分が走りたいのに、それもならずに複雑な気持ちでテレビを観ている自分に気付くと、何となく複雑な思いになります。
posted by genjiito at 21:07| Comment(0) | 健康雑記

2016年10月10日

谷崎全集読過(27)「人面疽」「魚の李太白」

■「人面疽」
 女優歌川百合枝は、アメリカで撮影した神秘劇「人間の顔を持つた腫物」(邦題「執念」)について、自分が演じたものであるにもかかわらず記憶がまったくないのです。
 全5巻のその活動写真の内容を、作者は詳しく紹介し検討していきます。
 女の膝頭にできた腫物が、次第に人の顔に見えるようになってくる場面が不気味です。
 そして、数奇な運命が……
 このフィルムは、とにかく不思議なものでした。次々と怪異が起きるのです。しかも、制作されたことすら怪しくなったのです。何者かがフィルムを繋ぎ合わせて焼き込んだ偽物だとも……
 さらには、笛吹きの乞食役の男が何者なのか。特にフイルムの第5巻は多くの問題を孕んでいるようです。
 終始謎解きの趣向で展開し、谷崎らしい作品となっていきます。映画への関心が顕著なのは、この時期の特徴でもあります。最後が唐突に終わったように思います。【4】
 
初出誌︰『新小説』大正7年3月号
 
 
■「魚の李太白」
 お伽噺を意識した、おもしろい話に仕上がりました。
 17歳の春江という、女学校出のお嬢様の話です。
 親友の桃子が結婚をするので、お祝いを探して銀座に出ます。そして、緋縮緬の鯛の人形に決めて贈りました。その鯛が、李太白の生まれ変わりだったというのです。
 明るく楽しい、童話とでもいうべき作品です。【3】
 
初出誌︰『新小説』大正7年9月号
posted by genjiito at 23:28| Comment(0) | 谷崎全集読過

2016年10月09日

清張全集復読(5)「或る「小倉日記」伝」

 昭和15年のこと。詩人K・Mの元に小倉在住の田上耕作から手紙が来ました。小倉時代の森鴎外の事蹟を調べている、というのでした。
 第二節の後半に、「耕作には、六つぐらいの頃、こういう一つの思い出がある。」(全集35頁上段)とあります。この後の話は、清張自身に関わる記憶の一部ではないか、と思っています。特に、鈴の音は記憶に刻まれていた音ではないでしょうか。耕作の身体に障害があることは、これも清張が身辺で見聞きした経験に基づくものではないでしょうか。
 身体が不自由な耕作を、母ふじが献身的に助けます。後年、父親の存在に拘る清張が、母をこのように描いていることに、私は注目しています。
 この作品は、調べるということに何の意味があるのか、ということへの問いかけを背景に持っています。耕作は、調べれば調べるほど、そのことが我が身に返ってきます。
 書かれたものを読み、人を探し当てて話を聞くのです。柳田国男や民俗学のことに触れているのは、この問題意識があるからです。そして、これが後の推理物へと展開していきます。
 昭和25年末に耕作は亡くなります。そして、その2ヶ月後の26年初めに森鷗外の『小倉日記』が見つかります。
 一人の男とその母の、苦楽を共にした旅の意味が、この鷗外自筆の日記の出現によって、読者にあらためて問われているのです。
 昭和28年1月に、本作品が第28回芥川賞を受賞します。最初は直木賞候補だったものが、芥川賞の選考対象となり受賞した、という経緯があります。【5】
 
初出誌:『三田文学9』(昭和27年9月)
改稿再掲載:『文藝春秋』(昭和28年3月)

参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | 清張全集復読

2016年10月08日

iPhone Plus を 6 から 7 へ移行することを検討中

 「iPhone 5 64GB」を「6 Plus 128GB」に機種変更したのは、ちょうど2年前の2014年10月6日でした。その時のことは、次の記事に書いています。

「iPhone 6 Plus のトラブルの対処方法」(2014年10月07日)

 それから10日後には、私が手渡されたiPhone は不良品とのことで、京都で本体交換をしてもらいました。

「iPhone 6 Plus が欠陥商品のため本体交換となる」(2014年10月17日)

 本体交換しても不調なので、また1ヶ月後にトラブル状態となりました。

「依然として続く iPhone 6 Plus128G のトラブル」(2014年11月16日)

 それ以来の不調については、Evernote がらみなので省略します。

 そして、「iPhone 6 Plus」にしてから4ヶ月目にして、3台目の iPhone を手にすることとなりました。今度は、アップルストア銀座での本体交換でした。

「4ヶ月で3台目の本体交換となったiPhone6 Plus」(2015年02月25日)

 その後も不調が続き、本ブログには折々に報告してきました。ただし、今それらはすべて省略します。

 さて、そうした道を歩んで来た私も、最近新たに投入された「iPhone 7 Plus」に移行する決意をしました。それは、我が家にある2台の「iPhone 6 Plus」の内の1台のタッチパネルのガラスが、落とした衝撃で粉々にひび割れしたためです。表面に衝撃防止シートを貼っていたので、ガラスの破片が飛び散ることはありませんでした。

 今回のガラスの修理は、ネットで調べ、お店で確認したところ、19,800円だそうです。いつか 7 Plus にしようと思っていたので、これを機会にと思いきることにしました。

 そこで、旧知の仲間が、私と同じ au の「iPhone 6 Plus」から docomo の「iPhone 7 Plus」に機種を交換したことを、最近ブログに書いていたことを思い出しました。
 そこですぐにメールで、私の用途などを伝え、経緯などを問い合わせたところ、これまたすぐに詳細な説明を受けとることができました。
 こうした情報通の仲間がいることは、突然やってくる悲劇に対処するにあたっても、本当に助かります。

 長文の懇切丁寧な説明を読んで、ますます、docomo の 7 Plus にすることで、気持ちは大きく傾きました。
 それにしても、今までまったく縁のなかった docomo です。
 詳しく、わかりやすく説明された文章を見ながら、参考にと添えられたホームページなどもすべて確認した上で、やはり SIMフリーで「mineo の docomoプラン」にターゲットを絞りました。

 そして、アドバイス通り、以下のこともチェックしました。
・基本データ容量:3GB
・デュアルタイプ

 ただし、面倒なのは、「iPhone 7 Plus」の SIMフリー版をAppleから直接購入することです。すぐに、今いる宿舎から近いアップルストア銀座に、「iPhone 7 Plus」の在庫状況を聞きました。すると、ホームページでも在庫が確認でき、あればすぐに予約すればいいそうです。ただし、今日は残念ながら在庫はないとのことです。毎日朝8時に在庫状況を公開するので、ネットで在庫を確認してから予約し、その番号を持って来店を、とのことでした。

 とにかく、SIMフリーの本体の入手は、明日以降になります。どうやら、この本体の入手が、一番の難所のようです。

 次に、ヨドバシカメラに連絡し、mineoの手続きの相談をしました。
 京都の我が家は、ネット環境は Kオプティコムの光回線を契約しています。テレビも電話もインターネットも、すべてイオネットを利用しています。いろいろと相談している中で、イオネットのユーザーであれば、さらに800円の割引があることもわかりました。

 とにかく、仲間からのありがたいアドバイスを参考にして、「iPhone 7 Plus」のSIMフリーを mineo で契約して前に進むことにします。
 といっても、私のことなので、いろいろとトラブルの中を進むのことになるでしょうが……

 たまたま、買い物で出かけることがあったので、近くの駅前にある auショップに立ちより、いろいろと情報を得てきました。最近の私の iPhone は、ほとんどこのお店で購入しているからです。
 ここでわかったことは、現在使っている iPhone が、あと1ヶ月で本体の代金を完済するということでした。つまり、完済してから次の機種への乗り換えを考えたらどうでしょうか、とのアドバイスです。それもそうだと思い、あと1ヶ月はこのままでいってもいいか、と思うようになりました。

 さらに、画面がひび割れした「iPhone 6 Plus」について、電話で不自由をしているので対処法を聞きました。手元に放置されている「iPhone5」に SIM を入れ替えると、電話等が使えるようになるのではと聞くと、そうだとのことです。
 これで、サイズは一回り小さくなっても、電話もネットもこれまで通りに使えます。1ヶ月の辛抱ならば、これで何とかなります。すぐにこれを試すと、何も問題なく一つ前のiPhoneが使えるようになりました。

 この先延ばしした1ヶ月間に、SIMフリーの「iPhone 7 Plus」の情報をもっと集めることができるので、より的確な判断ができるようになります。もしもさらによい選択肢が見つかれば、すぐにそれに移ればいいのです。

 iPhone を SIMフリーにすることで、よく使うアプリ「メッセンジャー」やテザリングなどがどうなるのかも含めて、十分に検討する時間ができました。仲間からのその後の利用体験も聞けます。

 急遽検討を始めたiPhone のバージョンアップも、こうして一段落し、次に必要となる情報やターゲットマシンについて調べる余裕もできました。

 それにしても、仲間が発信する情報と、そこからもらえたアドバイスのありがたさを痛感する、得難い貴重な1日となりました。

 よき仲間がいることの楽しさと嬉しさを、この記事を書きながら噛みしめてているところです。私も、いろいろな方のお役に立つ存在であるように、との気持ちをあらたにしています。

 私が毎日書いているこのブログは、そうしたお役には立ちそうにもありません。自由気儘に日々の日録を書いているだけだからです。しかし、ひよっとして、この自分が生きている存在証明にしかすぎない日記代わりの日録も、どなたかのお役に立っていることもないとはいえないかもしれません。いや、そのようなことはないとしても、今後はもう少しお役に立つ情報の発信を意識したいと思っています。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆情報化社会

2016年10月07日

家具を組み立てていて説明書の不備に悩まされる

 息子の家で家具を組み立てました。
 夜遅くまでかかって、何とかできあがりました。


161008_syodana




 説明書を見ながら、手順を追ってやりました。しかし、図解による指示と部品の特定が難しくて、いろいろと試行錯誤の連続です。やってみて、うまくいかなかったら元に戻り、またやってみる、という作業手順を踏むことになります。
 それでも、背面の板の高さが合わないのです。ノコギリを買って来ようか、とか、カッターナイフを買いに行こうか、などなど、どうしてもうまくできない所がでてきました。

 夜分にもかかわらず、21時までサポートはやっているとのことなので、電話をして相談しました。
 購入した無印良品は、サポートがしっかりしています。担当の方は、説明を聞いて、すぐに部品を取り寄せるとのことでした。しかし、連休があるので、来週火曜日以降の発送になるのだそうです。

 それではこちらが大変なので、さらに受けたアドバイスを参考にして、部品の組み合わせを変えてやってみることにしました。再度組み方を変えると、今度はうまくいき、前に進むことができました。押してもダメなら引いてみろ、ではないのですが、別のやり方を試みると、意外な方向が見えてきたのです。おもしろいものです。

 遅い時間にもかかわらず、懇切丁寧な対応をしてくださったサポートの方にお礼を申し上げます。

 やはり、少し値段が高くても、信頼のおける店の商品を買うと、何かあったときに助かります。
 しかも、なかなかいい素材を使い、しっかりとした設計でできていることが、自分の手で組んでいるうちに、じわじわと伝わってきました。いいものは、それなりの値段がする、ということなのでしょう。

 うまくいったことを伝えるために、サポート窓口に再度電話をしました。しかし、先程の方は別の対応に出ておられるとのことだったので、お礼だけを言って切りました。

 製造業者の方と組み立て説明書を作成された方に、この場を借りてお伝えします。
 ほぼ同じ大きさの背面パネル5枚は、微妙に大きさが異なるので、その識別を間違うと、とんでもない時間を浪費することになります。私は根気強くやり直しました。しかし、途中で投げ出す方も多いことでしょう。

 どの部品を使うかは、もっと丁寧に指示をした方がいいと思います。パネルに番号を記すか、シールを貼っておくと、図面だけから微妙な違いを読み分けて部品を特定しなくてもいいようになります。今の説明書だけでは、どの部品がその説明に該当するのかを見極めるところで迷ってしまい、なかなか前に進めません。今の商品の部品構成と梱包は、あくまでも作る側の手間がかからないものであり、組み合わせでは別の商品にも転用できる部品で構成されています。利用者よりも販売者側の論理でセットが組まれています。少しでも安くするための方策なのでしょう。しかし、その合理化を利用者に押し付けるのは筋違いです。

 そんなこんなで、真夜中に酔人たちを掻き分けるようにして帰ることになりました。
 もっとも、ついに完成したという達成感があったので、身体に残る疲れは気持ちの良いものでした。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 身辺雑記

2016年10月06日

過日公開した「若紫」の小見出しを【補訂2版】としたこと

 2016年9月15日に、「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」と題する記事を公開しました。
 その後の見直しを経て、同じアドレスで内容を入れ替えたものを、【補訂2版】として本日アップしました。

「【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)」(2016年9月15日)

 初版とは、小見出しの文言のみならず、参照情報にも手が入っています。
 項目数は、108件のままです。
 「若紫」に関する小見出しは、この【補訂2版】を活用してください。
posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年10月05日

鎌倉期の橋本本「若紫」の字母が見せる2つの疑問

 国文学研究資料館蔵の『源氏物語』の古写本である橋本本「若紫」を、詳しく見ています。
 第1丁表4行目に、「おこ里・【給】気れは」と書かれている箇所について、まだ思いつきながら疑問点を記しておきます。


161005_kereba




 ここで「【給】気れ」と書かれた文字については、この下の文字が小刀で完全に削られており、その後に上から書かれているものです。下に何が書かれていたのかは、いろいろと道具を使って読み取ろうとしました。しかし、まったく一文字も読めませんでした。
(今、その直前の「おこ里」も、削除された上に書かれていることについては触れません)

 そこで、こんなことを考えてみました。
 この箇所の異文を調べると、次のようになっています。
 まだ「変体仮名翻字版」でのデータが揃っていないので、従来の通行の平仮名を使った翻字で校異をあげます。
 記号などについては、煩雑になるので省略します。


給けれは/△△△〈削〉給けれ[橋]・・・・050013
 給けれは[池大麦阿御国肖日伏]
 たまひけれは[穂]
 給ひけれは[保]
 たまへは[尾高天]
 給へは[中陽]


 この17種類の諸本の本文異同は、私が〈甲類〉とする[尾高天尾中陽]は「たまへは(給へは)」であり、〈乙類〉とする[池大麦阿御国肖日伏穂保]は「給けれは」となっています。

 私の自説である、『源氏物語』の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、という傾向をここでも見せています。

 それはさておき、〈甲類〉に属する性格を色濃く見せる橋本本が、ここでは「給けれは」なので、〈乙類〉ということになるのです。しかし、それはなぞられた文字で読むとそうだということです。もし、最初に書写された、ここでは下に書かれて削られた文字がわかると、また別のことがわかるかもしれません。これは、探る価値があります。

 橋本本が〈甲類〉の本文を持っていたとすると、この下に書かれていた文字は「給へは」である可能性がありそうです。
 そこで試しに、前の行頭にあった「堂まへ」という三文字をここに複写して貼り付けてみました。


161005_tamahe




 するとどうでしょう。ぴったりと収まったのです。
 これは実証的でも何でもなくて、力技で、ただ思いつきの切り貼りをしただけです。しかし、これも可能性の追及ということで、やってみる意味はあった、と言ってもいいでしょう。

 橋本本において、本行の本文を削った上に書写されている文字は、意外に対立する本文(異文)なのかもしれません。後の人が、橋本本で異文となっている箇所を、流布本で校訂したのが、この削除してなぞり書きをしているものかもしれません。

 これは、学問的ではなく、一例を取り上げての単なる思いつきの段階です。

 本文を削除して、その上からなぞるという本文の修正は、この橋本本には無数にあります。今、手元の「変体仮名翻字版」による翻字本文で調べると、削除後になぞり書きされているのは、114箇所に見られます。この削除された114箇所に書かれた本文を、時間を見つけて、一つずつ調べてみようと思っています。根気のいることですが……

 もう一つは、鎌倉期の写本で「気」という字がどのように使われているか、ということです。

 ハーバード本「須磨」と「蜻蛉」、そして歴博本「鈴虫」には、「気」はまったく見られません。しかし、橋本本「若紫」には、63例も使われています。これはどういうことを意味するのでしょうか。

 ほとんどが、上掲の例のように「【給】気れ」と助動詞などで使われています。
 そこで、この「気」を漢字の意味を持たせて使われている例を抜き出してみました。
 私の基準で漢字と認定したのは、以下の18例です。


きよ【気】なるや(3オL5)
きよ【気】な累(3ウL3)
を閑し【気】なる(3ウL9)
【御】ものゝ【気】(8ウL1)
ゆ可し【気】那累(11ウL2)
い者【気】なき(19ウL4)
すこ【気】に(20ウL1)
【気】はひ(20ウL5)
つゆ【気】さ(22オL8)
【御気】しきの(34オL3)
【御気】しなるもの可ら(37オL2)
【御気】しきも(39オL1)
【御】ものゝ【気】能(39オL6)
【御気】しきも(39オL7)
【気】しきの(40ウL6)
堂のもし【気】那く(42オL3)
すこし可た【気】にて(44ウL7)
春こ【気】尓(46オL8)


 これらの語句の「気」について考えるには、まだ翻字した写本の数が少ないので何とも言えません。しかし、今後のために、こうした用例が確認できた、ということを記録に留めておきます。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月04日

京洛逍遥(423)京都府立盲学校で木刻文字の調査

 京都府立盲学校の入り口には、「日本最初盲唖院」と刻まれた石碑と古河先生の胸像が建っています。


161004_furukawa




 学校の中にある資料室は、盲史研究の宝庫です。
 その貴重な品々の保存と管理、そして研究をなさっている岸博実先生の説明を伺いながら、楽しく有意義な調査をすることができました。

 岸先生とお話をしていると、次から次へと疑問が生まれます。その理由と解決策を考えている内に、自分の中に新たな課題がどんどんふくらむのです。整理しきなれない程の課題を抱えて、帰りの道々、先生のおっしゃったことを思い返します。すると、消えては生まれ、生まれた疑問が課題と結びついたり離れたりします。頭の中は大忙しです。

 今日も、そんな楽しい時間を、先生からいただきました。
 資料の整理でお忙しい中を、時間を割いていただきました。ありがたいことです。

 今回じっくりと見せていただいたのは、仮名文字を木片に刻んだもので学習するための、触読用の教材です。私は、盲教育史はわからないことだらけなので、岸先生に対して質問攻めの状態となるなど、中身の濃い時間を共有させていただきました。

 この日のテーマは、木刻凸字が作られた明治という時代と、その凸字の実態の解明です。それを、岸先生にストレートにぶつけることとなりました。
 いつも慎重にことばを選びながら、わかりやすく話してくださいます。わからないことは、そのままわからない、とおっしゃいます。それだけに、わかることとわからないことの間が見えてくると、その先が課題として投げかけられます。
 禅問答のようなやりとりもありました。それが、次のステップへのヒントとなります。

 以下、私が抱いた疑問と課題を整理しておきます。

 今回拝見した木刻凸字の平仮名群は、明治12年に京都盲唖院が発注したものでした。
 いろいろに分類されて、紙に包まれた状態で出てきました。この夏に整理されたものです。
 先生が探し出して見せてくださった明治12年の記録文書綴りの中に、「盲人教授用品」という項目があり、そこには「指頭触感木刻」という文字が記されていました。

 明治13年の『著書草稿 盲唖院』には、「盲生」という節に「捫字感覚」という項目があり、詳細な説明もありました。
 また別の綴りの「京都府盲唖院(学業)器械一覧表」の中に、「凸字木刻」と「七十二例法木刻」という文字が、「器械名」の段にありました。これらは、明治11年から14年までは所有され使用されていたことがわかります。

 さらに、「蝋盤」も文字を学ぶ時に使用されたことがわかります。これについては、機会をあらためて考えます。

 現在、『変体仮名触読字典』の編集を進めています。
 現在試作してもらっている最新版の版下を、木刻凸字の5cm タイプと比較してみしょう。


161005_totsuji1




 立体コピー版と較べてみても、文字の大きさも、浮き上がり具合も、明治12年の木製と遜色のないものになっていると思います。

 また、持参した立体文字も並べてみました。


161005_totsuji2




 下段の文字は、紙製で筆順がわかるようになっているものです。

 いろいろと試行錯誤をする中で、明治初期の平仮名に関する触読用の教材を実際に拝見し、また新たな閃きと課題解決のための手掛かりをいただきました。

 現代の視覚障害者が平仮名を触読によって自由に読み、そしてさらには書けるような学習システムを構築したいと考えています。

 前が見えない道を、手探り状態で進んでいるところです。
 さまざまな立場の方からの、この取り組みへのご教示をいただけると幸いです。

 明日から関西には、台風18号の影響が出るようです。
 交通網が混乱しない内にと、急いで新幹線で上京することにしました。
 自転車で京都府立盲学校へ行ったので、帰りには賀茂川を少しサイクリングしました。
 北大路橋の下で休む鴨や鷺は、いつものように少し暑い秋を楽しんでいます。


161005_sagi




 その4時間後。
 夜の東京は、京都よりも涼しい風を感じました。
 宿舎の前の清澄通りから月島方面のマンション群を望みました。


161005_kiyosumi




 この左側の豊洲の市場一帯は、これからさらに揉め事が報じられることでしょう。
 東西の違いを、こうして肌身に感じる日々の中にいます。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2016年10月03日

清張全集復読(4)「西郷札」「くるま宿」

■「西郷札」
 展覧会の準備中に西郷札とその覚書を入手した作者は、覚書を現代語にして広く公開することにしました。明治10年頃の宮崎県がその話の舞台です。
 作者は、この覚書をわかりやすく解き語りします。
 東京で車夫になった主人公の樋村雄吾は、ある日、義理の妹季乃に会います。偶然の出来事が波乱万丈の展開を見せるのです。
 原文の一部を引いて綴るこの物語は実に巧みで、読み耽ることになりました。
 物語の末尾に引かれる覚書では、最後の部分が破られていたとしています。そして、雄吾の決断を読者に考えさせます。なかなか憎い終わり方です。
 これは、松本清張が昭和26年に書いた処女作です。昭和25年の『週刊朝日』の「百万人小説コンクール」で三等に入選し、昭和26年の直木賞候補作ともなりました。【4】
 
初出誌:『週刊朝日 春季増刊号』(昭和26年3月)
 
 
■「くるま宿」
 明治9年の柳橋での話です。
 病気の娘を抱え、生きていくために吉兵衛は人力車夫になりました。
 寡黙で努力家の吉兵衛は43歳。酒も博打もしません。仲間も親方夫婦も、その姿を同情的に見ています。
 ある日、隣の料亭に強盗が入り、それを吉兵衛は見事に蹴散らすのでした。
 それを機に、転職の誘いがあっても断ります。ところが、ある出来事から吉兵衛が実は元直参大目付の山脇伯耆守だったとわかります。しかし、それは娘とともに立ち去った後でした。
 身を隠して市井に生きる男を、静かに見つめる作者の思いは、小倉にいる自分もいつかこのようなことが、との願望が形になったように思われます。依頼原稿の第一号です。【3】
 
初出誌︰『富士』昭和26年12月
 
 
-------------------------------------- 
※この〔清張全集復読〕は、特に断わらない限りは『松本清張全集』(全66巻+別巻、1971年4月〜2009年5月、文藝春秋)を読んでの、気ままにメモを記した読書雑記です。
 メモを公開するにあたり、『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)を参考資料として見、登場人物名や年代などを正確にしました。
posted by genjiito at 22:53| Comment(0) | 清張全集復読

2016年10月02日

日南町で文学散歩をして今後のNPO活動を思う

 第5回池田亀鑑賞の受賞者である畠山大二郎さんを、日南町の文学散歩に案内しました。

 昨日は、授賞式と講演会が終わってから、池田亀鑑文学碑に関係者一堂で行きました。
 そこで、今日はまず、池田亀鑑生誕の地に建つ石柱を見てもらいました。池田亀鑑が生まれ育った家の庭に、同じ家で一日違いで生まれた後藤孝重さんが建てたものです。
 このことに関しては、「日南町の池田亀鑑(4)生誕の家と2人の「とら」さん」(2011/3/19)に詳しく記しましたので、お読みください。

161002_seitannoti




 井上靖の記念館である「野分の館」は、これまでと何も変わることなく、温かく迎えてもらえます。手入れも行き届いています。
 自由帳には、この夏に多くの方が全国からお出でになり、メッセージを残していっておられます。
 来訪記念のスタンプがあったので、捺して来ました。これまで、このことに気付きませんでした。


161002_stamp




 移動中に、車の前を2頭のイノシシが横切りました。昨日、イノシシのチャーシューをいただいたので、あのお店から逃げてきたのではないかと、車中ではイノシシ談義で盛り上がりました。

 松本清張の文学碑の周りは、改修工事も終わりきれいに整備されていました。
 この碑文は、父親の生家がある矢戸に向けられています。


161002_seityou1




161002_seityou2




 今回、松本清張の親のことを語る小説『白い系譜』を町民の方々と輪読する企画を、多方面でプランニングや支援をしておられる浅川三郎さんに持ちかけました。

「清張全集復読(1)松本清張の家系の謎『白い系譜』(1)」(2014年08月08日)

「清張全集復読(2)松本清張の家系の謎『白い系譜』(2)」(2014年08月09日)

「清張全集復読(3)松本清張の家系の謎『白い系譜』(3)」(2014年08月10日)

 謎に満ちた清張の父親や自身の出生の秘密について、地元の方ならではの記憶をたどりながら、資料を掘り起こそうするものです。
 この件に関しては、また何か進展があれば報告します。

 今回も、充実した日南町の旅となりました。
 関係者のみなさま、ごくろうさまでした。そして、ありがとうございました。
 また来年。次は、2017年6月24日の第6回池田亀鑑賞授賞式でお目にかかりましょう。

 今回も、たくさんの課題を残したままで、特急やくもに乗り込みました。久代安敏さんには、いつものことながら、お世話になりっぱなしでした。今後の顕彰活動をさらに大きく展開する事案は、喫緊の課題ですね。

 夢と希望を抱いて、古典文学の受容や解明に挑む、多くの若者がいます。その人たちへ、今後とも積極的に働きかけをしていくつもりです。日南町を舞台とする取り組みや、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動を、さらに発展的に、具体的に展開できる環境づくりのお手伝いを、これからもしていくつもりです。みなさまの変わらぬご理解とご協力を、ひきつづきお願いするしだいです。
posted by genjiito at 21:19| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年10月01日

第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会

 昨年は、開式前まで降っていた雨が、午後にはすっかり上がりました。
 今日も、朝方からの小雨が、昼前には止み、さわやかな秋の一日となりました。


161001_asa




 この日南町の位置を示す地図を掲載します。
 赤丸のところを確認してください。


161001_map1




161001_map2




 第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会も、多くの方の参加を得て、盛大に執り行なわれました。
 今年は、池田亀鑑の生誕120年、没後60年、そして池田亀鑑賞の第5回目となります。


161001_entrance




161001_uketsuke




 池田亀鑑賞の授賞式の司会進行は、今年も日南町図書館の浅田幸栄さんです。
 池田亀鑑文学碑を守る会の加藤和輝会長の挨拶で始まりました。


161001_kato1




 加藤会長から、受賞者である畠山大二郎さんに賞状と賞金が渡されます。


161001_ato2




 続いて、池田亀鑑賞選考委員会を代表して伊井春樹会長の挨拶です。


161001_ii




 それを受けて、池田亀鑑賞選考委員長として私が、選考過程と選定理由などの説明をしました。


161001_ito




 時間の都合で用意した内容の半分もお話できませんでした。お話しようと思っていたことの概要を、以下に引きます。


第五回 池田亀鑑賞受賞作の紹介と選考理由(伊藤鉄也)

 今年は、池田亀鑑の生誕一二〇年、没後六〇年、そして池田亀鑑賞の第五回目となります。

 第五回池田亀鑑賞は、畠山大二郎氏に授与されることとなりました。
 選考委員長として、受賞作の紹介と選考過程及び授賞理由を報告します。

 第五回池田亀鑑賞の選考委員会は、本年五月一四日(土)午後二時より、これまで同様に伊井春樹先生のご高配をいただき、逸翁美術館に隣接する池田文庫で開催いたしました。
 応募作五点の選考にあたり、これも昨年までと同様に基礎資料をもとにして委員全員で討議して決定しました。

 各選考委員の選評については、応募作各点につき200字以内でまとめて、5点満点の評価点と共に伊藤まで送付していただきました。他の委員には同送・転送はしないという申し合わせです。
 なお、会長である伊井春樹先生には、前回同様に評価点および選評はお願いしていません。選考会当日、ご意見を伺いました。

・選考対象は、『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介とする。
・平成28年3月31日までに応募のあった著作と書類(今回は5点)。
・今後の『源氏物語』および平安文学研究の励みとなるような研究及び成果物を選考する。
 (今回は平安文学の研究に資する所大なるものとして高く評価された著作物)
・なお、公平を期すために、事務局である新典社は選考会に関わらない。

 評価点をつけるに当たっては、次の4項目を設定し、それぞれに5点満点で評価していただき、その点数のすべてを見ながら選考を進めていきました。

(1)地道な努力の成果
(2)研究の基礎を構築
(3)研究の発展に寄与
(4)成果が顕著な功績

 その結果、全会一致で畠山大二郎氏の作品『平安朝の文学と装束』を受賞作と決定しました。

 本書は、平安朝文学における服飾・装束に焦点をしぼり、その文化史的意義を明らかにしようとするものです。絵画資料や遺品等を視野に入れ、隣接領域の研究成果も踏まえつつ各論が展開されています。
 平安朝の物語文学において、読解と復元という立体的な文学理解の試みと提示は、特に斬新ではありません。しかし、既成の有職故実の知識に頼らず、装束の実態から実感実証の読解へと展開する論考からは、新鮮で多くの刺激を受けました。
 とりわけ小袿など実際の装束の復元は、文学研究はもちろん、文化、歴史といった方面の研究にも今後寄与することが想定される点で、高く評価できるものです。

 本書は、目の前に平安朝の物語世界を彷彿とさせます。しかし、あまり褒めすぎてもいけないので、今後の畠山大二郎氏のためにも、気になったことも触れておきます。

 装束の理解を援用しての読解においては、別解も存する危うさも内在しています。まったく逆の論が成り立つのではないかと思われる場合もあるからです。
 著者の独自性がよく見られる一方で、「従来の文学研究からはやや距離のある、マニアック文化論に陥る危険性もないわけではなく、今後の著者の動向を見守っていきたい。」という意見も、委員からは出されました。

 そうであっても、その志が向かうところには、先人のなし得なかった若さを感じました。
 多くの写真と図版に加えて、添付の織物を触って実感させる心配りには、理解を得ようとする誠意が伝わって来ます。
 総合的に見て、完成度の高い作品であることに間違いはありません。
 地道な実践を踏まえた成果を挙げたものとして、池田亀鑑賞にふさわしい著作物として選定しました。

 本賞の受賞を機に、畠山大二郎氏のますますのご活躍を楽しみにしたいと思います。
 本日は、おめでとうございました。


 選考委員の紹介を簡単にして、続いて、来賓挨拶です。
 日南町の増原聡町長から祝辞をいただきました。


161001_masuhara




 第1部は、受賞者である畠山大二郎さんの記念講演です。
 今回は、「『源氏物語』を着る」として、自己紹介と研究テーマについての概略を語った後、着装の実演となります。
 モデルは、増原町長と惠比奈礼子町議会議員です。

 まず、男性用として直衣姿の着装です。
 わかりやすい説明とともに、手際よい着付けが目の前に展開し、貴族が着ていた服装の実態がよくわかりました。

161001_nousi1




161001_nousi2




161001_nousi3




161001_nousi4




161001_nousi5




 続いて、女性の袿姿です。
 時間の都合もあり、羽織るところを中心にしたものでした。
 とにかく畠山さんの巧みな話しぶりに、つい引き込まれていきます。

161001_utiki1




161001_utiki2




161001_utiki3




 みごとな着装のあとは、桧扇の話で会場を和やかにしてもらえました。


161001_utiki4




 第2部は、小川陽子さんの「小説家池田亀鑑と山陰」と題する記念講演です。
 大正から昭和にかけて小説を書いた国文学者を、わかりやすく優しい口調で語ってもらえました。
 米子など鳥取県や島根県とのつながりを例としながら、会場の皆様は地元の話に興味津々で耳を傾けておられました。とにかく、池田亀鑑が小説を書いていたことに、会場のみなさまは驚いておられました。


161001_ogawa




 質疑応答も歯切れのいいことばの応酬で、この日学んだことの再確認となりました。


161001_situmon




 最後は、石見まちづくり協議会の吉澤晴美会長より閉会の辞をいただきました。
 今回の参加者も70名と、いつものように多くの方々が足を運んでくださいました。ありがたいことです。
 閉会後の関係者による記念撮影も、いつものように和やかなうちにシャッターが切られました。


161001_allcast




 終了後は、恒例となっている池田亀鑑文学碑のある石見東小学校の校庭横へ行き、関係者で記念撮影をしました。

 ふるさと日南邑での懇親会には広島大学の学生さんも参加され、楽しい親睦の集いとなりました。さらに、三味線の演奏も入りました。曲目は「夕顔」。『源氏物語』に関係するものだったので大いに盛り上がりました。


161001_syamisen




 懇親の場でいろいろな話が飛び交う中で、続きはロッジに場所を変えて、ということで、外へ出て森の中のロッジに移りました。しかも、日付が変わるまで話に花が咲いたのですから、これも、授賞式と講演会がよかったからこその、満足感の共有をしたかったからだと思います。特に、今後の会の持ち方がメインテーマとなったことは、さらなる展開が期待できる手応えがあったからだといえるでしょう。
 来年の集まりが、また楽しみになりました。

 引き続き、私は『花を折る』の後編を収録する『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第4集』の編集にかかります。関係者のみなさまのご協力を、よろしくお願いします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 池田亀鑑