2016年09月30日

一年ぶりに鳥取県の日南町に来ました

 昨年の第4回池田亀鑑賞授賞式は6月27日でした。
 例年初夏に開催しているこの授賞式を、今年は日南町美術館で池田亀鑑展があることから、それに合わせて明日10月1日に、第5回池田亀鑑賞授賞式が執り行なわれることになりました。
 秋にこの地に来るのは初めてです。

 東京から新幹線で岡山に出て、そこから特急やくもに乗り継いで、鳥取県の生山駅まで5時間半の長旅です。お昼過ぎに着きました。


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 出来たばかりの道の駅「にちなん日野川の郷」へ、日南町図書館の浅野康紀さんに案内していただきました。ここでお昼の食事をするためです。


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 レストランでは、めずらしいイノシシのチャーシューを乗せた丼をいただきました。癖のないおいしい肉でした。

 お土産売り場では、日南町公式キャラクターの「オッサンショウオ」がいました。
 店内はきれいにお土産物が並んでいます。東京銀座の伊東屋の文具類のコーナーがありました。伊東屋2代目社長が日南町出身という縁から、ここに小さな売り場を設けたのだそうです。木に囲まれる中で、文具が静かに語りかけてくれるしかけです。


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 店内の一角に、井上靖と松本清張のパンフレットがありました。


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 池田亀鑑は? と聞くと、まだ作られていないとのことでした。

 池田亀鑑展を先週からやっている日南町美術館で、増原町長とお話しをする機会がありました。そこで池田亀鑑のことをお聞きすると、現在そのパンフレットも作成中だとのことでした。楽しみに待つことにしましょう。


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 明日の池田亀鑑賞授賞式の会場となる、日南町役場の交流ホールへ行きました。
 いつもお世話になっている池田亀鑑文学碑を守る会の方々と、役場のみなさんが準備を進めておられるところでした。
 町内にある木をふんだんに活かした、天井の高い立派なホールです。
 この町には、木のぬくもりが至る所で感じられます。


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 いつもと会場が違うので、気分も一新されます。
 明日もまたすばらしい会となることでしょう。

 今夜も、いつもと同じふるさと日南邑に泊まります。
 2階の部屋から下を見ると、池田亀鑑の随筆の一節を写したパネルと、第3回池田亀鑑賞授賞式の時の写真パネルが、小雨に煙る中に立っていました。


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 この町で実施した事がこうして形になっていくのを見ると、少しずつ足跡が記録されているようで不思議な気持ちになります。住民の方々と一緒に、思い出を共有できることのすばらしさを感じる光景となっています。

 日南町の山々も、しだいに雨雲に包まれていきます。山陰特有の天候です。


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 明日がまたいい日となるように、今日はこれで一休みとします。
 多くの方が式に参加してくださることを願いながら。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年09月29日

読書雑記(181)船戸与一『灰塵の暦 満州国演義5』

 船戸与一の『灰塵の暦 満州国演義5』(新潮社、2009年1月)を読み終えました。
 本作も書き下ろしで、850枚という分量によって圧倒的な迫力で読ませてくれます。


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 前巻に続く昭和11年、12年の日中戦争、南京事件が物語の中心となります。
 これまで通り、敷島四兄弟のオムニバス形式で語られていきます。ただし、しだいに兄弟の距離が近づき、満州の地での接点が生まれてくるのでした。

 とにかく、想像を絶するスケールの大きな物語です。

 ハルビン郊外の防疫部のことは、かつて読んだ森村誠一の731部隊細菌兵器の話『悪魔の飽食』に記憶が結びつきます。ただし、この森村の本は内容に問題があるとの指摘がなされているものであり、それを作者船戸がどう扱っているかも今回読もうとしました。しかし、森村の虚偽捏造についての船戸の見解は読み解けませんでした。今後、このことがまた出てくれば、その時に再度深読みをしたいと思います。

 また、磯部浅一のことは、最近新聞で読んだ記事と合致します。
 近代史に疎い私は、断片的な知識を本作を読みながらつなぎ合わせて、歴史の躍動感を堪能しています。

 日本の政局と満州の変動が連動し、時局の話の間に食事のことなど細々とした日常生活が点描されます。それらがスムーズにつながっているので、昭和初期の日本と満州での雰囲気が生き生きと伝わって来ました。船戸氏の筆の力だと思います。

 岸信助の動向は、他の歴史的に著名な人々とは違い、この時代の歴史に疎い私にも現実感を持って読むことができました。同時代感を持てる人物かどうかが、読者として作中に入れるかどうかに関係しているのでしょうか。

 私は、学校の日本史で、近現代史を教わることのなかった世代です。そのためもあって、この物語は、歴史的な人物として名前だけ知っている人々が生き生きと活写されていることに惹かれます。
 近衛文麿・東条英機・石原莞爾・川島芳子・蒋介石・林彪などなど、枚挙に暇がありません。

 最終章で、戦場精神学とか戦争神経症への言及があります。興味深い話です。
 また、南京攻略から虐殺に関するくだりは、冷静かつ圧倒的な筆力で描かれ、語られています。作者の怒りに満ちた思いが籠もった一書です。【4】
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 読書雑記

2016年09月28日

整形外科で更年期障害と言われても……

 左足首を骨折してから通いだした整形外科へ、今日は左足の小指が赤く腫れて痛いので、診てもらいに行きました。
 左足で立とうとする時、小指に力がかかるとピピッと痛みが走るのです。しかたがないので、左足の親指側を踏ん張って立ち上がるようになりました。10日ほど前からでしょうか。

 過日の骨折に関連してのことかと思っていました。しかし、どうもそうではなさそうな気がしだしたので、思いきって診てもらうことにしたのです。

 今日の診察では、左足の小指の外側が赤く腫れ上がっていることもあり、レントゲンを撮ってその画像をモニタで見ながら説明してくださいました。左足の指の骨に異常はないようです。関節にも問題はなく、その周りが腫れているのです。また、先般の左足首の骨折とも関連はないそうです。

 先生いわく、こうした症状は女性に多くて、いわば更年期障害だ、とのことでした。
 私は男性で、もうすぐ65歳になります。

 このところ、何かあると医者から言われる「加齢」という言葉に、今度は「更年期障害」が加わりそうです。
 この言葉には、いかんともしがたい呪力があります。「ははーっ」と言って引き下がり、納得したふりをするしかありません。病院を出てから、何か他に治す方法はないのだろうか、と思いを巡らすことになります。

 最初に診察を受けた7月下旬には、左足と共に右手の人差し指が痛いことも伝えました。ペットボトルの蓋を捻ることができないことや、つまみを回せない状況にあることを説明しました。しかし、それは加齢によるものであり、関節が経年変化でギクシャクしているのだそうです。指の変形具合を、しばらく様子見することになったのです。

 今日もこの右指のことを聞くと、一月前に撮った右手人差し指のレントゲン画像を表示して、左足の小指が同じような状況であることを見せてくださいました。つまり、今は特に打つ手はないようです。骨にも関節にも異常はないのですから。

 右手人差し指のために、過日はインドメタシンの入った鎮痛の塗り薬をいただいていました。その薬を、左足の小指にも塗るように、という対処方法でした。次は、一ヶ月後に様子を見せに来るように、ということで終わりました。

 左足の骨折の影響か、足が腫れぼったくてむくむことと、時々熱を持つこともお話しました。これも、骨折は時間がかかるものなので、とにかくしばらく様子を見ることとなりました。

 命に別状のあることではなさそうなので、これでいいのかもしれません。しかし、常に不快感がある症状は、一日も早く何とかしたいものです。
 この文章をキーボードで打っている今も、左足は浮かしぎみにして、マウスは右手の中指でクリックしています。

 後日のためにも、忘れない内に現在の症状を記し残しておきます。
posted by genjiito at 22:56| Comment(0) | 健康雑記

2016年09月27日

新刊紹介『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』〔160928_改版〕

 『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(伊藤鉄也編、336頁、新典社、2016(平成28)年9月)を刊行しました。数日中に、全国の書店に並ぶことでしょう。

 今月末の30日(土)には、池田亀鑑の生誕の地である鳥取県日野郡日南町で、「第5回池田亀鑑賞授賞式」が開催されます。さらに、先週23日からは、日南町美術館で池田亀鑑の特別展が開催中です。
 おめでたいイベントにこの本が間に合い、ホッとしています。

 今回は、研究者・池田亀鑑ではなく、随筆家であり小説家としての池田亀鑑を浮き彫りにする編集を心がけました。


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 【目次】は以下のとおりです。
 『花を折る』は前後2回に分け、後篇は次集『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第4集』に収録します。


  はじめに(伊藤 鉄也)
■復刻■
 『随筆集 花を折る』前篇(日野川のほとり〜抒情の花籠)
■講演■
 池田亀鑑賞の意義(伊井 春樹)
 第二回池田亀鑑賞受賞作の紹介と選考理由(伊藤 鉄也)
 『林逸抄』―俗語で書かれた『源氏物語』注釈書―(岡嶌 偉久子)
  ◎もっと知りたい1 第二回 池田亀鑑賞授賞式と記念講演会◎(伊藤 鉄也)
 池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』について(杉尾 瞭子)
   ―その出典と時代背景を軸として―
  ◎もっと知りたい2 『馬賊の唄』の内容と満蒙の地名◎(伊藤 鉄也)
■連載■
 伯耆地方の古典文学(第二回 追憶雑感篇)(原 豊二)
 〈池田亀鑑の研究史〉(第三回 池田亀鑑と『紫式部日記』)(小川 陽子)
■コラム■
 池田亀鑑碑のこと(原 豊二)
 《仮名文字検定》を創設(伊藤 鉄也)
 「変体仮名翻字版」とは何か(伊藤 鉄也)
■資料■
 復刻・池田亀鑑著作選
  (美しく悲しい安養尼のお話 上・下/
   嵯峨の月/笄の渡/落城の前/咲けよ白百合)
 小説家・池田亀鑑の誕生―少女小説編―(上原 作和)
  ◎もっと知りたい3 池田亀鑑の小説デビュー作と米子◎(小川 陽子)
 アルバム・池田亀鑑(昭和四、五年頃)(伊藤 鉄也)
  おわりに(伊藤 鉄也)
  執筆者紹介


 今回も、多彩な内容となっています。
 読んでみようかと思っていただけたら、との思いから、「はじめに」を以下に引用します。
 書店等で、お目に留まり、お手に取っていただけたら幸いです。
 また現在、池田亀鑑のご子息である池田研二先生がお持ちの手紙類を整理する準備をしています。
 もし、池田亀鑑に関する資料や手紙等をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご一報いただけると幸いです。


  はじめに

 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」』は、平成二三年五月に『第1集』を、その二年後の平成二五年八月に『第2集』を刊行した。本書は、三年を置いての『第3集』である。その後の本文研究と池田亀鑑に関する情報や資料を、こうした形で提供できたことにより、また『第4集』へとつなげることができる。
 本書では、『源氏物語』を中心とした本文や文献に関する内容と、その調査・収集・整理・研究に生涯をかけた池田亀鑑を取り上げている。これが、待ち望んでおられる方々にお届けできることは、編者としてありがたく嬉しいことでもある。
 『第1集』と『第2集』の間にあたる平成二四年春には、鳥取県の日南町と池田亀鑑文学碑を守る会のご尽力のもとに、めでたく池田亀鑑賞を創設した。その池田亀鑑賞の授賞式等でその出生地である日南町を訪れるたびに、池田亀鑑が書き残したさまざまな文章を長野甞一氏が中心となって編まれた『随筆集 花を折る』(中央公論社、昭和三四年一月)の復刊を、楽しみになさっている地元のみなさまの声を耳にした。池田亀鑑の望郷の念が語られ、その成した研究成果の背景から、池田亀鑑の実像が偲ばれるものだからである。
 池田亀鑑が亡くなったのは昭和三一年一二月であった。『随筆集 花を折る』の刊行は、その二年後のこととなる。それから五七年が経ち、入手が困難な書籍となったこともあり、今回その全文をありのままに復元することにした。『随筆集 花を折る』を、前編(「日野川のほとり」〜「抒情の花籠」)と後編(「忘れえぬ人々」〜「源氏を大衆の手に」)に分け、本書『第3集』には、その前編を収載している。後編は次に予定している『第4集』となる。今となっては、内容に差別的な言辞を含む文章もある。しかし、ここでは刊行時のままで復刻した。
 さらに本集では、第二回池田亀鑑賞の授賞式の報告と、小説家としての池田亀鑑の紹介と実作品を資料として掲載した。池田亀鑑賞については、その後、第三回から本年度の第五回までが決定し、以下の作品が受賞している。
  第三回受賞作 『狭衣物語 受容の研究』須藤 圭(新典社発行)
  第四回受賞作 『菅原道真論』滝川幸司(塙書房発行)
  第五回受賞作 『平安朝の文学と装束』畠山大二郎(新典社発行)
 これらの詳細は、『第4集』以降で順次公表していくことになる。今しばらくお待ちいただきたい。なお、本書に講演録として収載した「池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』について―その出典と時代背景を軸として―(杉尾瞭子)」は、第四回池田亀鑑賞授賞式及び記念講演会において、研究報告として口頭発表されたものである。本書後半のテーマである小説家池田亀鑑と密接に関連するものであることから、ここに掲載することにした。
 池田亀鑑とその仕事については、まだ知られていないことが多い。さまざまな切り口から、池田亀鑑を広く知っていただければ幸いである。

  平成二八年九月

                           伊藤鉄也
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2016年09月26日

MRIによる頚動脈の精密検査を受けて

 中目黒の東京共済病院で、検査と診察を受けてきました。


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 今日は、首のMRIによる、頚動脈の精密検査が中心です。
 今夏7月末の人間ドックの結果を受けての再検査なのです。
 頭が重くて痛い時があるので、詳しく診てもらうことになりました。

 放射線科での頚部MRIは、8月末に京大病院で受けた腹部MRIとほぼ同じものです。
 クラッシック音楽が流れるヘッドホンをして、円筒の中に頭を突っ込みます。
 しかし、機器が作動すると工事現場のような、ドンドン・ガンガン・ドッドッドドという騒音もヘッドホンに混じり込み、せっかくの音楽が掻き消されます。この仕掛けは、一考の余地があります。

 検査が終わると、脳神経外科で診察です。
 先生は画面に映し出された私の頭部の3次元画像をマウスで回転させながら、血管の詰まり具合を説明してくださいます。詳しく聞けば聞くほど、よくわからなくなります。
 違う解釈もできるのでは、と思っても、画像解析の素人にはとても質問などできません。

 とにかく、今のところは問題なしということで終了です。
 結論を簡単に言えば、今回のMRIの画像を見る限りでは、脳血栓の狭窄は50%で、70%を越えたら考えましょう、ということでした。次は、2年後でいいそうです。ただし、毎年人間ドックで検査はするようにと。

 ひとまず、安心していいようです。
 また仕事に復帰します。
posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | 健康雑記

2016年09月25日

『源氏物語』の小見出しは池田本の校訂本文に合わせること

 現在、池田本の校訂本文を編集する中で、そこに挿入する小見出しを作っているところです。
 これまでに、「桐壺」「帚木」「若紫」の3巻分を終え、以下の通り本ブログで公開しています。

☆(1)「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」(担当者:伊藤鉄也)(2014年03月26日)

☆(2)「池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)」(担当者:高橋麻織)(2016年09月16日)

☆(3)「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」(担当者:淺川槙子)(2016年09月15日)

 この小見出しは、次のような特徴があります。


1 30字の簡潔な小見出し
2 校訂本文150字位(250字以下)に一つの小見出し
3 小見出し末尾に次の3種類を「/」で区切って明示
  ・『源氏物語大成』(中央公論社)の頁行数
  ・『源氏物語別本集成』『同 続』(おうふう)の分節番号
  ・『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁数
 

 この小見出し作りを進めていて、その方針を明確にしておく必要が生じました。
 今後とも、お手伝いしてくださる方々と情報を共有しておくためにも、以下に問題点を整理して確認事項とします。

 一例を、「若紫」の場合であげましょう。
 国文学研究資料館蔵の橋本本「若紫」の小見出しを確認している時、早速2つ目の小見出しで中断となりました。

 上記「☆(3)」で、次のようにした小見出しです。

 ■2 聖は、峰が高い山に囲まれた奥深いところに籠り、修行をしている

 ここは、『新編日本古典文学全集』(小学館)では次のような校訂本文となっています。


〜御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはす。
 やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花、盛りはみな過ぎにけり。〜(119〜200頁)


 これに小見出しを付けると、「まだ暁におはす。」の次に位置するところが適当です。

 それに対して、橋本本の校訂本文は次のようになります。赤字に注意してください。


〜御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはするにやや深う入る所なりけり。
 三月つごもりなれば、京の花、盛りは過ぎにけり。〜(119〜200頁)


 大島本や池田本による流布本の校訂本文が「まだ暁におはす。」となっていたところが、この橋本本では、「まだ暁におはするに」となります(後掲の本文異同を参照願います)。文章はここで切れずに、「やや深う入る所なりけり。」へとつながっていくのです。

 そのため、上記「■2 聖は、〜」という小見出しを橋本本に転用するにあたっては、「三月つごもりなれば、」の位置に付けることが最適な場所といえるでしょう。

 ここは、私案の本文二分別によると、〈甲類〉が「おはするに」であり、〈乙類〉が「おはす」となっているところです。
 池田本は〈乙類〉なので、ここに小見出しを入れるのは大島本のグループの一つなのでいいのです。
 これに対して橋本本は〈甲類〉なので、小見出しの位置が少し後にずれることになります。つまり、次の行の「三月」に対する小見出しとすることになるのです。

 これでは、校訂本文が他本に変わるたびに、小見出しの位置が前後に移動することになります。本文異同の多い巻や写本では、そのたびに小見出しの位置がずれたり、場合によってはなくなったりするのは煩雑です。
 今後は、写本ごとに校訂本文が自由に作成できるシステムを公開する予定なので、目まぐるしく諸本ごとに小見出しが変転しては、使い勝手も悪くなります。

 そこで、この小見出しを付ける場所については、あくまでも「池田本に合わせる」、という方針に決めたいと思います。

 なお、現在、この池田本の校訂本文のための小見出し作りを、ボランティアでお手伝いしてくださる方を求めています。
 『源氏物語』の本文を200字位で区切り、そこに30文字という制限で短文を作ることは、意外と呻吟するものです。一文字の加除に、何日も費やすことはざらにあります。
 池田本は大島本と大きく本文が異なることはないようなので、身の回りにある校訂本文で小見出し作りは出来ます。面倒なのは、小見出しの末尾に付ける3種類のテキストの頁数や番号だけです。

 手伝ってやろう、と思われる方は、遠慮なく本ブログのコメント欄等を使って連絡をください。
 すでに着手されているのがどの巻か、という情報の共有は、全54巻をやり終える上では重要です。効率的な取り組みを遂行するためには必須の情報であり、これは折々に本ブログを通して流していきたいと思っています。その際、担当者のお名前を巻名に併記することを、あらかじめご了承ください。

 ちなみに、現在私は第3巻「空蟬」に取り組んでいます。
 「12須磨」・「38鈴虫」・「52蜻蛉」も担当者はすでに決まっています。
 
--------------------------------------
 
 参考までに、上記「若紫」の引用例の箇所における、諸本17本の本文異同をあげます。
 これらかも明らかなように、本文は2種類にしか分かれず、橋本本は〈甲類〉([橋尾中陽穂高天])に、池田本や大島本は〈乙類〉([大麦阿池御国肖日保伏])に分別できます。

 まだ「変体仮名翻字版」のデータベースが緒に就いたばかりなので、ここには旧来の平仮名を一文字に限定した、明治33年以来の用字法で翻字した本文の校合を揚げています。また、諸本名や書写状態に関する付加情報($はミセケチ等)も煩雑になるので、ここでは省略しています。


御ともに[橋=大中麦阿陽池御国肖日保伏高天]・・・・050063
 御ともに/と〈改頁〉[尾]
 御共に[穂]
むつましき[橋=全]・・・・050064
人[橋=尾中陽穂高天]・・・・050065
 ナシ[大麦阿池御国肖日保伏]
四五人はかりしてまた[橋=全]・・・・050066
あかつきに[橋=尾麦池日保伏高]・・・・050068
 あか月に[大中御国肖穂天]
 暁に[阿]
 あか月に/月〈改頁〉[陽]
おはするに/るに$[橋]・・・・050069
 おはするに[尾高天]
 おほするに[陽]
 をはします[中]
 おはする[穂]
 おはす[大麦阿池国肖日保伏]
 をはす[御]
やゝ[橋=大尾中麦阿陽池御国肖日保伏高]・・・・050070
 やゝ/う&ゝ[天]
 ナシ[穂]
ふかく[橋=尾中陽高天]・・・・050071
 ふかう[大麦阿池国肖日穂保伏]
 ふかう/△&ふ[御]
いる[橋=大尾陽池御肖日穂保伏高天]・・・・050072
 入[中麦阿国]
ところなりけり[橋=尾中陽高]・・・・050073
 所なりけり[大麦阿池御国日穂保伏天]
 所也けり[肖]
三月[橋=穂]・・・・050074
 三月の[大麦阿池御国日伏]
 やよひの[尾中陽肖保高天]
つこもりなれは[橋=大尾麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]・・・・050075
 つこもりなりけれは[中]
京の[橋=大中麦阿陽池国肖日穂保伏高天]・・・・050076
 京の/〈朱合点〉[尾]
 きやうの[御]
花[橋=大麦阿陽池御国肖保伏天]・・・・050077
 はな[尾日穂高]
 はなみな[中]
さかりは/は+みな[橋]・・・・050078
 さかりはみな[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 さかりは[尾陽高天]
 ナシ[中]
すきかたになりにけるを/かたになりにけるを$にけり[橋]・・・・050079
 すきにけり[大麦池御国日伏]
 過てけり[阿]
 すきに/に+けりイ[肖]
 すきけり[穂]
 すきにたるを[尾陽高天]
 ちりたるを[中]
 すきて[保]
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月24日

再録(27)突然黒煙をあげるディスプレイの話〈2001.10.30〉

 この一連の「再録」は、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報群の一部です。
 このサイトのデータが見られない状態が続いているので、オリジナルのデータから抜き出して再現したものです。

 私はデジタル用品をはじめとして、さまざまな製品でトラブルに遭っています。
 以下で取り上げるディスプレイのトラブルは、今から15年前の大和平群での出来事です。
 今では、ブラウン管タイプのモニタを見つめている人は、よほどの事情か環境に縛られている方でしょう。みなさん、液晶モニタなので、もうこのような体験はないと思います。
 もちろん、液晶モニタでも何台かは画面に亀裂が入り、ひび割れた箇所から液体が滲んだことがありました。壊れにくくなったといっても、私はやはりトラブルの中を生き抜いています。

 海外のメーカーが作った商品は、今でも数年経つと困った存在になります。
 形あるものは、いずれ壊れるからです。
 その時に、どこで対処してもらうか、という問題に突然直面することになるのです。
 このことは、今でも状況は同じではないでしょうか。
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 

〔突然黒煙をあげるディスプレイの話〕


 〈2001.10.30〉
 
 先日、いつも使っているパソコンのディスプレイ(モニタ)の一つが、突然黒煙をあげだしました。
 真っ黒な煙が部屋中に充満し、危険を感じてすぐにモニタの電源を抜きました。

 私は、自宅でも職場でも、一台のパソコンに三台のモニタを接続し、広い画面いっぱいにファイルを並べて仕事をしています。その内の一台が、思いもかけないトラブルを起こしたのです。
 そのモニタの前兆としては、画面がユラユラと揺れることがありました。しかし、すぐに収まるので、とくに問題とは思っていなかったのです。あれが前触れだったのでしょうか。

 このモニタは、マグビュー社の製品「MXE17S」で、1995年の製造品です。
 トリニトロンのブラウン管が好きな私は、ソニーのモニタとともにマグの製品を愛用しています。このマグのモニタを、私は四台持っています。
 実は、以前にもこのマグ社のモニタで別のもの「MX17S」が火花を散らしてダウンし、修理してもらったことがあります。その時の修理依頼書には、次のような報告書を添付しました。


・突然焦げ臭いにおいが立ち上り、パチパチというスイッチが切り替わる音が頻繁におこりました。
・においは、ゴムが焦げた時や、ハンダのヤニが焦げた時のくささでした。
・数日前から、画面が左右に1センチ位フェイントのように横ズレしました。
・これが頻繁になり、時には画面の文字が読めない程に激しくブレだしました。
・最近は、ザラついた画面で使用していました。
・同時に横に並べて使用していた御社の「MXE17S」と較べて、最近は画面がボケだしていたように思えます。
(1996.2.5)


 この時は、火を噴いたモニタを東京都大田区東海にあるマグビュー株式会社サービスセンターに指示通りに宅急便で送り、素早い対応をしてもらいました。
 25キログラムもある大きなテレビですから、発送のための梱包に苦労しました。しかし、迅速に対応してもらったので、アフタケアに満足したことを覚えています。その時に受け取った修理報告書には、以下のように書かれていました。


電源部の可変抵抗部品を交換致しました。
交換後、連続稼働テストを実施し、障害の改善を確認致しました。
今回は無償で対応させていただきます。


 こんなことがあったので、今回も同サービスセンターに電話連絡をしました。すると、思っても見ない対応を受けることになりました。おおよそ、以下のような内容を電話口の女性はおっしゃるのです。


・その症状は修理不能である。
・モニタの寿命は3年から5年である。
・すでに製造を打ち切った製品であり、部品もない。
・おたくでそのモニタは処分してほしい。
・どうしてもということなら、こちらはあくまでもマグ社から委託されているサービスセンターなので、直接台湾の会社の担当者と話し合ってほしい。
・台湾の連絡先は、886-02-3233-2988で、アフターサービス担当のDennisi Chungに言ってほしい。
・ただし、彼は日本語を理解しない。
・この商品にリコールはなかった。


 何ともはや、冷たくあしらわれました。とりつくしまもないのです。

 外国で製造された製品を購入する場合は、日本にサービスセンターがあるからといって安心してはいけないようです。機械は、道具は、いつか必ず壊れます。それが、早いか遅いかの違いはあれ、とにかく使えなくなるときがくるのです。その時どのような目に遭うかを考えて、こうした商品は購入すべきであることを痛感しました。

 それにしても、火事に至らなくて幸いでした。そして、残った三台のマグ社のモニタをどうすべきか、今は思案中です。モニタは頻繁に電源を切り、順次ソニーのモニタに変えていこうと思っています。みなさんも、知らない内に火事という災難に巻き込まれないように、十分にご注意下さい。

 折しも今日の夕刊には、新宿歌舞伎町のビルで発生した火事の原因は、電気配線のショートではないかと報じられています。私も、すんでのところで住まいと家財一式を失うところでした。コンピュータ業界の一部には、あの悪徳会社Mに代表されるように、無責任極まりない対応がなされていることを身に染みて痛感しています。怖いことです。
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
posted by genjiito at 21:52| Comment(0) | 回想追憶

2016年09月23日

京洛逍遥(375)京の居酒屋のお弁当

 慌ただしく上京です。
 京都で人気の居酒屋「まんざら亭」(烏丸佛光寺製)のおばんざいを盛った「京華弁当」を、新幹線の中でいただきました。


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 見た目は地味です。しかし、さっぱりとした、上品な味付けのおばんざいを満喫できました。

 若い方なら、あまりにも華やぎに欠けるので、蓋を開けたとたんに、がっかりかもしれません。
 季節感もいまいちです。しかし、一口入れると納得です。

 出汁の利いた、いい味がでています。
 ご飯に散らした白いちりめんじゃこが、しっかりと自己主張しています。
 淡白な出汁巻き、酢味噌をまとった麩、香り立つ肉じゃがが楽しめました。

 贅沢な家庭料理が、東海道を移動するだけの何げない一時を、豊かにしてくれました。
posted by genjiito at 22:12| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2016年09月22日

興福寺が監修した駅弁を新幹線車内でいただく

 急用で大阪へ行くことになり、東京駅で珍しい駅弁を手にしました。
 興福寺が監修した駅弁なのです。


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 ご丁寧に、お品書きもあり、食材の説明も記されています。懐石料理を意識したものとなっています。

 糖質を気にし、薄味がいい私には、量も少なめということもあり、これは絶好のお弁当です。
 なかでも、「蒲焼もどき」(折の右下から2段目の少し黒く写っているもの)が気に入りました。豆腐に海苔を貼り合わせて素揚げして、蒲焼風に仕上げたものです。
 「田楽味噌」は、興福寺秘伝のレシピを再現したものだそうです。
 ご飯には、五色幕をイメージした「精進ふりかけ」がかかっています。
 まさに、精進料理のお弁当です。
 10月10日までの期間限定の駅弁です。旅のお供にぜひどうぞ。

 用事を済ませてから、お彼岸でもあるので、八尾の高安へお墓参りに行きました。
 春と夏に行けなかったので、久しぶりです。

 近鉄高安駅から、信貴生駒連山を望みました。
 我が家のお墓は、この高安山の中腹にあります。
 あの、『伊勢物語』にある「筒井筒」の段で知られる高安の里です。


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 信貴霊園から望む淡路島の方は、雲が垂れ込めていました。


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 この近在の学校が統合された話を聞きました。
 今年の4月から、中高安小学校と北高安小学校を統合し、旧大阪府立清友高等学校と大阪府立八尾支援学校東校跡地へ移転したとのことです。八尾市で初めての施設一体型小・中学校となったのです。
 眼下左にある、私が通っていた南高安小・中学校は健在です。もっとも、私がいた小学校だけは、もっと手前にありましたが。

 生まれ故郷の島根県出雲市古志町にあった小学校は廃校となりました。
 来週、池田亀鑑賞の授賞式のために行く鳥取県の日南町も、学校の統廃合がなされた町でした。
 全国の学校が、こうして減少しているのです。
 時の流れと共に、学校が整理統合されていくことを聞くのは寂しいことです。
 学校の賑わいを取り戻すことはできないのでしょうか。
 そんなことを想いながら、四国から六甲山の方角をしばらく眺めやっていました。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ブラリと

2016年09月21日

『海外平安文学研究ジャーナル 第5号』を電子版で配布しています

 オンライン版として好評の内に刊行している『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)の最新号(第5号)が出来上がりました。全108頁の分量の電子版です。
 お読みいただき、ご意見等をお寄せいただけると幸いです。

 これは、次の趣旨のもとに、2014年11月より自由にダウンロードできる形で発行しています。


■趣 旨■
 日本文学は「日本の文学」に留まらず、「世界のなかの文学」に位置づけられる時代となりました。
 海外で平安文学に興味を持ち、研究をなさっている方々は、どのような背景や環境のもとで研究や翻訳に取り組んでおられるのでしょうか。
 常々、そのような問題意識を持ちながら、翻訳を含めた多言語に対応した平安文学研究の意義や成果等を、世界各国の人々と一緒に考えていきたいと思っていました。
 英語に偏重しない、さまざまな言語を取り上げるジャーナルを意識して編集するものです。
 このオンライン版の『海外平安文学研究ジャーナル』は、そうした思いを形にすることをめざして創刊しました。。
 世界各国のみなさまから、自由に投稿していただき、自由に読んでいただけるスタイルでの公開を実現しました。


 今号はもとより、バックナンバー4冊も、以下のサイトから自由にダウンロードしていただけます。当初設定していたパスワードは廃止しています。

「『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)」

 今回発行した第5号(全108頁)の目次は次の通りです。


【第5号目次】

あいさつ 伊藤鉄也
執筆要綱
●研究論文
 中譯本《源氏物語》試論−以光源氏的風流形象為例
   朱秋而(翻訳:庄婕淳)
 「忠こそ物語」と継子いじめ譚
   趙俊槐
●研究会拾遺
 ウォッシュバーン訳『源氏物語』の問題点
   緑川眞知子
 スペイン語版・英語版・フランス語版『伊勢物語』7 種における官職名の訳語対照表
   雨野弥生
●付録
 中国語訳『源氏物語』の書誌について
   淺川槙子
 各国語訳『源氏物語』「桐壺」翻訳データ(中国語)
執筆者一覧 
編集後記 
研究組織 


 また、現在、『海外平安文学研究ジャーナル 6.0』の原稿を募集しています。
 さまざまな視点からの原稿をお待ちしています。

・詳細は、本科研のHP「海外源氏情報」に掲載している、「『海外平安文学研究ジャーナル』応募執筆要綱」をご覧ください。
 トップページにある「研究と成果・報告書」から「ジャーナル」の項目へと進んでください。
・原稿の締め切り 2017年1月16日(月)
・刊行予定    2017年2月15日(水)
・ご注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。
・重要なお願い
 『海外平安文学研究ジャーナル 第6号』は、本科研最後の報告書となります。
 そのため、締め切り厳守でお願いいたします。
posted by genjiito at 22:08| Comment(0) | 古典文学

2016年09月20日

台風情報を聴きながら賀茂川の氾濫を心配する

 また台風がやってきました。16号です。
 近年は、台風による災害が酷くなっています。
 山崩れや川の氾濫等々、かつてなかったほどの規模という気象異変が伝えられ、その経験したことのない暴風雨が自然災害をいや増しに引き起こしています。

 全国の山林や河川の防備は、これまでのモノサシによる経験値からではない、激甚を想定して再確認と再点検が必要でしょう。
 賀茂川については、万全の補修をしたと聞いています。しかし、それもこのところの想像を絶する規模の雨量を考えると、もう一度見直すことになるかと思われます。

 このところ、なかなか自宅に帰れずに東京に留まっている日々が続いているので、賀茂の河原が大丈夫か心配になります。
 この記事を書いているちょうど先ほど、台風16号が近畿地方を通過しました。
 昭和10年の台風では近くの賀茂川が氾濫し、自宅のすぐ南の道路が水没した写真を見たことがあるので、なおさら河川の氾濫が気になるのです。

 最近の賀茂川の大水のことは、以下の記事に書いています。

「京洛逍遥(290)賀茂川が氾濫注意水位に達したこと」(2013年09月16日)

「京洛逍遥(291)台風一過の賀茂川散歩」(2013年09月23日)

 その後も毎年のように、賀茂川は大水に見舞われています。

 そういえば、今年の大文字の送り火が大雨で見られませんでした。

 「京洛逍遥(420)大雨洪水警報の中での送り火 -2016-」(2016年08月16日)

 去年も「京洛逍遥(373)雨間に6万人が見上げた大文字 -2015-」(2015年08月16日)と雨でした。

 一昨年も「京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字」(2014年08月16日)と、あいにくの雨でした。
 3年続きの雨だったのです。

 また、平安時代の賀茂川氾濫のことは、次の2作品に語られています。

「読書雑記(138)西野喬著『防鴨河使異聞』」(2015年07月29日)

「読書雑記(148)西野喬『壺切りの剣─続 防鴨河使異聞─』」(2015年12月11日)

 全国の山と川で起こる災害を食い止めるような、より安全な防備と施策が必要な時代となりました。まさに地球規模での天候異変なので、人災とならないような対策が急がれます。

 今回の16号が関東を通過するのは明朝とのことです。
 大事に至ることなく日本列島を抜けてくれることを祈るのみです。
posted by genjiito at 21:12| Comment(0) | 身辺雑記

2016年09月19日

時の流れを忘れていた涸沼からの帰り

 涸沼(ひぬま)温泉では、美人の湯とされる「いこいの村涸沼」に泊まりました。
 湖畔の心地よい、ゆったりとする宿でした。

 チェックアウトの時に、宿の方からお土産としてジャガイモを2袋いただきました。宿泊客のみなさま全員に配っておられるのです。思いがけないプレゼントです。嬉しくいただきました。

 涸沼駅までの送迎バスをお願いしたところ、予約が必要だったようです。それでも、すぐに手配をしてくださいました。
 運転手さんと話をしながら駅へ。
 涸沼駅に着いて大洗行きの電車はと見ると、あいにく出た後でした。次はちょうど1時間後とのことです。
 ぽつんと佇む駅で、どう時間を潰そうかと思っていた時でした。さきほどの運転手さんが様子を見に来られ、それではということで大洗駅まで送ってくださることになりました。ありがたいことです。

 また、車中でいろいろいなお話を伺いました。
 何かと問題となっている、東海村にある原子力発電所のことや、霞ヶ浦や大洗海岸での釣りの話など、楽しく話を伺いました。

 大洗駅からは、すぐに水戸行きの電車がありました。幸運続きです。
 昨日から聞いていた、この大洗の町おこしとなっているアニメ『ガールズ&パンツァー』のキャラクターに、親近感を持つようになりました。駅も電車も、このキャラクターに包まれているのです。


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 無事に水戸駅に着き、東京までの帰りは電車かバスか迷った末に、来た時と同じようにバスにしました。乗り換えが便利で、リクライニングシートで、しかも安いという高速バスのありがたさを知りました。

 今回の旅は、時刻表を見ていませんでした。日常の延長でした。日頃の移動では、電車を待つことはほとんどありません。次々と電車がくるのですから。しかし、それは都会での生活にどっぷりと漬かっているからであることに、あらためて気付かされました。

 ふらりと来た気儘な旅の中で、いつもの生活が時間の流れにうまく乗るように、待つことをしないように組まれていることに気付くこととなりました。
posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | ブラリと

2016年09月18日

井上靖卒読(207)茨城県の大洗海岸で「大洗の月」に思いを馳せるも叶わず

 東京駅(八重洲口)は、バスターミナルが整備されています。


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 そこからバスに乗って高速道を北東に向かうと、2時間ほどで茨城県の水戸駅に着きました。
 意外と近いのに驚きました。
 目的地は、井上靖の短編小説「大洗の月」の舞台となった大洗海岸です。

 昨日の記事「井上靖卒読(206)小説全357作品で評価【4】としたもの」で、短編53作品の内の「井上靖卒読(36)「大洗の月」」の舞台となっている地なのです。
 いつか行ってみたいと思っていた大洗に、連休に入った今朝、颱風が関東に来る前にと、急遽行くことにしたのです。

 経由地の水戸で、偕楽園に立ち寄ることにしました。
 観光案内所で丁寧な説明を聞き、「水戸漫遊1日フリーきっぷ」を手にバスで移動しました。
 偕楽園は梅の景勝地です。しかし、小雨の園内もいいものです。

 義烈館で徳川光圀の『大日本史』などの資料を見ていると、展示されていた古文書の中に「徳河」と書かれている箇所に目が留まりました。自筆の文献で「徳河」と書かれているものを探していたので、実際に確認できて嬉しくなりました。

 徳川斉昭によって建てられた好文亭は、中に入るとなおさらその良さが実感できました。
 まさにお茶の世界です。


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 この3階から見下ろすと、千波湖が視界に入ってきます。
 今日予定されていた野点をはじめとするイベントは、雨のためにすべて中止されていることが、正面のブルーシートからわかります。


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 水戸駅から大洗へ行くために乗った鹿島臨海鉄道は、1両だけのかわいい電車でした。


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 大洗駅前にあった寿司屋さん「寿々翔」は、駅前にある唯一の食事処だったので、どうしようかと迷いながら入りました。ところが、千円という安さが信じられないくらいに、おいしいお寿司でした。おまけに、突き出しとしてモズクに蟹身が入ったものと、甘エビの味噌汁が付いてきたのです。おやじさんもおかみさんも、いい方でした。大洗に行かれたら、海岸にたくさんお店があっても、ここも選択の一つにされてはいかがでしょうか。


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 駅前から海岸まで出ているバスは、一時間に一本です。しかも、今日は大幅に遅れているのです。
 とにかく、大洗は多くの人を集めています。それは、『ガールズ&パンツァー』という、今や大人気のアニメの聖地となっていることが主な理由のようです。
 そんなことはまったく知らずに来たので、最初は何が何やらわからないままでした。そう言えば、寿司屋さんにも戦車の模型が並んでいました。

 バスで大洗磯崎神社前で降り、目的の大洗ホテルへ行きました。


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 ここは、井上靖の「大洗の月」に出てくるところであり、次のような語られています。


佐川は水戸までの乗車券を持っている。三時五十五分に上野を出たこの列車は、途中土浦だけに停車して、五時四十五分に水戸駅へ着く。佐川は水戸から自動車で大洗に行き、会社から連絡を取らせてある海岸の旅館へはいる予定である。別に用事はない。急に思い立って、大洗の海岸で、九月の満月を見ようというだけの話である。(『井上靖全集』第四巻、111頁)


 この佐川が泊まったのが、ここ大洗ホテルだということです。

 「大洗町・アーカイブ」
の中に、「大洗町を訪れた文人とその作品」があり、そこには、次のような説明文があります。


A宿泊したホテル・旅館はどこか?
 ⇒「大洗町史」に「戦後アメリカ軍が占領軍第一騎兵師団を水戸・日立・土浦・古河に昭和20年9月1日に分駐した。磯浜には情報収集のためC・I・Cが設置された。昭和20年11月1日のことである。大洗ホテルがアメリカ軍に接収され、第45CIC地区分遣隊が置かれた。通称”大洗情報部”と呼ばれ、これに類する分遣隊は都道府県の行政単位に見合う全国37地区に設置されたという。ここには常にアメリカ兵2,3人が常駐し、日系2世も通訳として情報活動をしていた。」(p735)とあります。
 これに続いて、「なぜCICが大洗に設置されたのかについては定かでない。情報活動は、戦争犯罪人、超国家主義者、共産主義者など、あらゆる情報の収集にあたった。…このような情報活動は昭和25年4月7日、大洗ホテルの接収解除が行われるまで続けられたと推測できる。」(p736)ともあります。
 ⇒以上から、主人公が投宿したのは「大洗ホテル」と分かります。大洗ゴルフ場には近いですし、すぐ下が海で大小の岩礁が沖合まで散らばっていますし、100m程の所に小さな灯台(左の写真)が立っていますので、これらの点も矛盾がありません。
 なお、当時の3階建ての建物は、昭和○年に取り壊され、現在の○階建てのホテルは○年に竣工したものです。
 ⇒ちなみに、占領軍のインテリジェンス(諜報)や検閲を扱う総本部はG?2と呼ばれ、ほぼ全時期を通じて総指揮官はC・A・ウィロビーでした。G?2の下に民事を扱うCIS(民間諜報部)と刑事を扱うCIC(対敵諜報部・Counter Intelligence Corps)が置かれていました。
B時代背景
 ⇒宿泊したホテルがこの間まで進駐軍に接収されていたこと、最近近くにゴルフ場が出来たこと、と書かれていますが、大洗ホテルの接収解除は昭和25年、ゴルフ場は昭和27年10月1日工事着工、昭和28年9月20日竣工式、10月25日オープンですので、(「この間まで」と「最近」をどの程度の期間幅で捉えるかが関係するのかもしれませんが、)ちょっと時間が合いません。
 「ゴルフ場ができた」に着目して、9月の満月をみようと書かれていること等から昭和28年9月13日のことと推測してよいかと思います。


 この大洗ホテルの喫茶スペースで、おいしいコーヒーをいただき、海岸に出てみました。


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 井上靖の「大洗の月」のことをフロントで聞いたところ、今は何も記録も資料も残っていないとのことでした。
 アニメで盛り上がっているこの町に、井上靖ではあるまいと思われたことでしょう。
 このホテルはみなさん親切で、大洗駅まで送迎バスで送ってくださいました。泊まり客でもないのに、恐縮しました。ご親切な対応に、感激しました。見どころも多いようです。折をみて、ゆっくりと来たいと思わせる大洗海岸でした。

 大洗駅から電車で一駅の涸沼(ひぬま)駅に向かいます。
 先頭の乗務員室の横から見る景色は、味わいのある懐かしいものでした。


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 今日の宿がある涸沼駅も、のどかさを味わう旅を実感させてくれるところでした。


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 ゆったりと温泉に浸かり、まだ腫れの引かない足を労っています。
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | 井上靖卒読

2016年09月17日

井上靖卒読(206)小説全357作品で評価【4】としたもの

 2015年10月に、井上靖の357作品を9年がかりで読み了えました。
 各作品に対して、勝手な評価を5段階で付けていたので、それを整理すると以下のような結果となりました。

 評価5= 38作品
 評価4= 74作品
 評価3=123作品
 評価2=100作品
 評価1= 22作品

 この内、評価【5】とした38作品については、
「井上靖卒読(204)小説全357作品を気ままに評価」(2015年10月19日)
で公開し、評価【1】とした22作品については、
「井上靖卒読(205)小説全357作品で評価【1】としたもの」(2016年04月07日)
で報告しました。

 好き勝手に、きままに付けた個人的な評価なので、人さまには何の役にもたたないものだと思っています。しかし、他のものも…、というコメントをいただいていたので、【5】にしようか【3】にしようかと迷い、結局【4】にした作品を抜き出してみました。

 (評価4は74作品としています。しかし、2回にわたって記した記事もあり、それを整理すると以下の71作品となりました。)

 この【4】という評価は、読んだその時の気分などが、微妙に関係するものだと言えます。
 読後に、中途半端な迷いをもたらした作品でもあります。
 もう一度読むと、その評価が上下するものも多いことでしょう。
 そんな機会が、またあるとは思えません。
 しかし、手持ちぶさたな折に、この【4】とした作品を手に取ってみたい気もします。
 そんな遊び半分で記したメモを、整理してみました。
 
 
---------- 長編18作品(リンクあり) ------------------
「井上靖卒読(7)『雷雨』」(2007/11/21)
「井上靖卒読(9)『戦国無頼』」(2007/11/30)
「井上靖卒読(14)『真田軍記』(続)」(2007/9/5)
「井上靖卒読(21)『あした来る人』」(2008/1/12)
「井上靖卒読(33)『わが母の記』」(2008/3/29)
「井上靖卒読(39)『戦国城砦群』」(2008/5/29)
「井上靖卒読(45)『白い風赤い雲』」(2008/10/2)
「井上靖卒読(46)『白い炎』」(2008/11/14)
「井上靖卒読(56)『風と雲と砦』」(2009/1/21)
「井上靖卒読(57)『オリーブ地帯』」(2009/1/27)
「井上靖卒読(65)『兵鼓』」(2009/4/16)
「井上靖卒読(67)『地図にない島』」(2009/4/27)
「井上靖卒読(75)『蒼き狼』」(2009/6/10)
「井上靖卒読(97)『天平の甍』」(2009/10/20)
「井上靖卒読(196)『射程』」(2015年05月11日)
「井上靖卒読(199)『本覚坊遺文』」(2015年06月10日)
「井上靖卒読(200)『おろしや国酔夢譚』」(2015年06月11日)
「井上靖卒読(201)『額田王』」(2015年09月19日)

---------- 短編53作品(リンクなし) ------------------
井上靖卒読(1),「猟銃」,4
井上靖卒読(36),「大洗の月」,4
井上靖卒読(37),「蘆」,4
井上靖卒読(42),「初代権兵衛」,4
井上靖卒読(42),「頭蓋のある部屋」,4
井上靖卒読(50),「澄賢房覚書」,4
井上靖卒読(62),「伊那の白梅」,4
井上靖卒読(78),「三原山晴天」,4
井上靖卒読(87),「漆胡樽」,4
井上靖卒読(89),「岬の絵」,4
井上靖卒読(90),「補陀落渡海記」,4
井上靖卒読(90),「小磐梯」,4
井上靖卒読(96),「信康自刃」,4
井上靖卒読(98),「佐治与九郎覚書」,4
井上靖卒読(102),「明妃曲」,4
井上靖卒読(108),「二枚の招待状」,4
井上靖卒読(119),「七人の紳士」,4
井上靖卒読(122),「貧血と花と爆弾」,4
井上靖卒読(124),「少年」,4
井上靖卒読(125),「白い街道」,4
井上靖卒読(128),「眼」,4
井上靖卒読(130),「表彰」,4
井上靖卒読(132),「百日紅」,4
井上靖卒読(134),「贈りもの」,4
井上靖卒読(135),「青いボート」,4
井上靖卒読(140),「信松尼記」,4
井上靖卒読(141),「驟雨」,4
井上靖卒読(142),「昔の恩人」,4
井上靖卒読(142),「春の雑木林」,4
井上靖卒読(144),「殺意」,4
井上靖卒読(145),「風」,4
井上靖卒読(147),「篝火」,4
井上靖卒読(148),「石の面」,4
井上靖卒読(153),「故里の海」,4
井上靖卒読(153),「梅林」,4
井上靖卒読(154),「その人の名は言えない」,4
井上靖卒読(155),「騎手」,4
井上靖卒読(157),「洪水」,4
井上靖卒読(159),「暗い舞踏会」,4
井上靖卒読(162),「司戸若雄年譜」,4
井上靖卒読(163),「北国の春」,4
井上靖卒読(164),「晴着」,4
井上靖卒読(165),「菊」,4
井上靖卒読(167),「古い文字」,4
井上靖卒読(168),「見合の日」,4
井上靖卒読(168),「別れ」,4
井上靖卒読(170),「良夜」,4
井上靖卒読(172),「羅刹女国」,4
井上靖卒読(178),「冬の外套」,4
井上靖卒読(181),「四角な石」,4
井上靖卒読(184),「川村権七逐電」,4
井上靖卒読(188),「セキセイインコ」,4
井上靖卒読(190),「生きる」,4
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posted by genjiito at 20:48| Comment(0) | 井上靖卒読

2016年09月16日

池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)

 昨日に続き、池田本の校訂本文で使用するための小見出しの、「帚木」巻ができあがりました。
 これは、高橋麻織さん(明治大学・兼任講師)と久保田由香さん(元・明治大学大学院生)の労作です。
 「桐壺」巻・「若紫」巻と同じように、30文字でできています。
 これまでの方針通り、物語本文を細かく分けることで、全132項目となっています。
 『新編日本古典文学全集』(小学館)は17項目、『新日本古典文学大系』(岩波書店)は34項目なので、これがいかに詳細なものであるかがおわかりいただけるかと思います。

 2014年3月26日に公開した「桐壺」巻の小見出しについては、「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」を参照してください。
 「若紫」巻は、昨日の「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」(2016年9月15日)を参照してください。

 今回公表したものは、まだ付加情報の整備ができていません。今は、『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁行数だけを追記した状態であることを、あらかじめおことわりしておきます。

(1)通し番号 小見出し(30文字)
(2)『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、1994年初版)の頁行数

 より便利な小見出しとなるように、お気付きの点など、ご教示いただけると幸いです。
 
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 「帚木」巻の小見出し(『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁行数)

■1 光源氏は好色者と噂されているが、本人は真面目に振る舞っている
                     (五三頁一行目〜七行目)

■2 通いが間遠なため左大臣家では光源氏の忍ぶ恋の相手の存在を疑う
                  (五三頁八行目〜五四頁二行目)

■3 左大臣家は物忌のために籠る婿を恨めしく思うが懸命に世話をする
                     (五四頁三行目〜八行目)

■4 光源氏と特に親しい頭中将もまた、北の方の元にはあまり通わない
            (五四頁八行目「宮腹の中将は」〜一一行目)

■5 光源氏と頭中将は夜昼同伴して、学問も遊びも共に行う親しい間柄
                 (五四頁十二行目〜五五頁二行目)

■6 五月雨の夜、宿直所に頭中将が訪れて光源氏宛ての恋文を見たがる
           (五五頁三行目〜八行目「ゆるしたまはねば」)

■7 頭中将は恋文を見ながら他人に見せられない恋文こそ見たいと発言
 (五五頁八行目「そのうちとけて」〜五六頁三行目「心やすきなるべし」)

■8 頭中将は拾い読みしながら差出人を推量するが光源氏は言葉を濁す
           (五六頁三行目「片はしづつ見るに」〜七行目)

■9 上辺だけ繕った中身のない女がいると、女の品定めを始める頭中将
     (五六頁八行目〜五七頁四行目「心を動かすこともあめり」)

■10 芸事の不得手な部分を後見人に隠された女は、付き合うと落胆する
   (五七頁四行目「容貌をかしく」〜一一行目「恥づかしげなれば)

■11 頭中将は女を上流、中流、下流に分け、中流が個性的でよいと説く
  (五七頁一一行目「いとなべては」〜五八頁六行目「ゆかしくて」)

■12 好色者と評判の左馬頭と藤式部丞が参上して、女の品定めに加わる
                    (五八頁七行目〜一四行目)

■13 頭中将は成り上がった者も高位から落ちぶれた者も共に中流とする
               (五九頁一行目〜七行目「おくべき」)

■14 生半可な上達部より非参議の四位の者の方が豊かな生活をしている
  (五九頁七行目「受領といひて」〜一二行目「いとかはらかなりや)

■15 階級は家柄、世評、財力で決まるが光源氏は財力重視かと揶揄する
           (五九頁一二行目「家の内に」〜六〇頁三行目)

■16 左馬頭は光源氏や頭中将の前で上流の女について意見するのを憚る
                    (六〇頁四行目〜一〇行目)

■17 左馬頭は荒廃した家の奥に芸事を嗜む女がいたら素晴らしいと語る
             (六〇頁一一行目〜六一頁五行目「とて」)

■18 姉妹を思い黙る藤式部丞と上流にも理想の女は珍しいと思う光源氏
           (六一頁五行目「式部を見やれば」〜一一行目)

■19 左馬頭は国の柱石を選ぶのと同様に、妻を決めるのも難しいと発言
         (六一頁一二行目〜六二頁五行目「ゆつろふらむ」)

■20 一家の主婦には欠けては困る条件が多いので、妻を選ぶのは難しい
        (六二頁五行目「狭き家の」〜一二行目「なるべし」)

■21 全て希望通りでなくても連れ添うのがよいが惹かれる夫婦はいない
         (六二頁一二行目「かならずしも」〜六三頁三行目)

■22 無口な女を女らしいと思って機嫌を取ると色めかしくなるのは難点
                    (六三頁四行目〜一〇行目)

■23 情趣を重んじすぎる妻も困るが美しさの欠片もない世話女房も困る
       (六三頁一一行目〜六四頁五行目「うちまねばむやは」)

■24 妻と語り合いたいが理解のない妻には外での話をする気にならない
            (六四頁五行目「近くて見む人」〜一一行目)

■25 従順な若い女を仕込むのも手だがやはり妻には頼れる女の方が良い
                 (六四頁一二行目〜六五頁六行目)

■26 身分や容貌より実直な事が妻には大事で、更に才能が伴えば儲け物
              (六五頁七行目〜一五行目「わざをや」)

■27 夫の浮気に耐えていたが急に我慢出来なくなって失踪する女がいる
    (六五頁一五行目「艶に」〜六六頁六行目「落としはべりし」)

■28 夫が浮気したからといって逃げ隠れしたり、尼になるのは、軽率だ
       (六六頁六行目「今思ふには」〜一三行目「思へらず」)

■29 知人が見舞に来たり、元夫が泣いたりすると、女は出家を後悔する
 (六六頁一三行目「いで、あな悲し」〜六七頁三行目「うちひそみぬかし」)

■30 還俗しても家出騒動の後では夫婦共に心からは信頼し合えなくなる
              (六七頁三行目「忍ぶれど」〜一〇行目)

■31 浮気されたら喧嘩したり好きにさせるより、怨言を仄めかすべきだ
                 (六七頁一一行目〜六八頁六行目)

■32 妹は信頼出来る妻だと頭中将が暗に言うが光源氏は居眠りしている
                    (六八頁七行目〜一四行目)

■33 格式ある調度は名人が作った物だと誰にでもわかると左馬頭は言う
                    (六九頁一行目〜一一行目)

■34 見たことのない物は空想で描けば良いので墨書きの優劣はつけ難い
        (六九頁一二行目〜七〇頁二行目「さてありぬべし」)

■35 唐絵と違って大和絵は見慣れた風景を描くので画師の技量が現れる
               (七〇頁二行目「世の常の」〜七行目)

■36 走り書きは一見洒落ているが本格的な筆法で書かれた書の方がよい
           (七〇頁八行目〜一三行目「かくこそはべれ」)

■37 僧のように説教する左馬頭と目を覚ます光源氏と真剣に聞く頭中将
        (七〇頁一三行目「まして人の心の」〜七一頁四行目)

■38 左馬頭は、美人ではないのに嫉妬ばかりする昔の恋人のことを語る
                    (七一頁五行目〜一五行目)

■39 女は左馬頭の為に努力し、尽くしたが、嫉妬深い癖は直せなかった
                    (七二頁一行目〜一〇行目)

■40 左馬頭は別れをちらつかせて、女の嫉妬深い性格を直そうと試みる
           (七二頁一一行目〜七三頁一行目「怨ずるに」)

■41 左馬頭は女に終生連れ添うつもりなら夫の浮気は我慢すべきと言う
     (七三頁一行目「かくおそましくは」〜八行目「はべるに」)

■42 離縁を承諾した女に左馬頭が悪口を言ったので女は夫の指を噛んだ
       (七三頁八行目「すこし」〜七四頁一行目「かこちて」)

■43 官位を貶められて傷ついた左馬頭は出家を仄めかして女の元を去る
             (七四頁一行目「かかる傷さへ」〜五行目)

■44 左馬頭が女の短所を責める和歌を詠むと、女は泣きながら返歌する
            (七四頁六行目〜一一行目「はべりしかど」)

■45 左馬頭は女と口論したが別れるつもりはなく、女と復縁したくなる
     (七四頁一一行目「まことには」〜一五行目「なかりけり」)

■46 左馬頭が行くと来訪を見越した準備がされていたが女は留守だった
  (七四頁一五行目「内裏わたりの」〜七五頁九行目「答へはべり」)

■47 女は嫌われたがっていた様子だが、左馬頭の衣装の世話はしている
              (七五頁九行目「艶なる歌」〜一五行目)

■48 見捨てられることはないと高を括っていたら女は心痛で亡くなった
            (七六頁一行目〜九行目「おぼえはべりし」)

■49 左馬頭は染物や裁縫に秀でた女こそ本妻に相応しかったと追慕する
      (七六頁九行目「ひとへに」〜一四行目「思ひ出でたり」)

■50 織姫の裁縫の腕よりも末長い夫婦仲にあやかれば良いと言う頭中将
             (七六頁一四行目「中将」〜七七頁四行目)

■51 左馬頭が同じ時に通った女は人柄がよく、歌も書も琴もうまかった
              (七七頁五行目〜一一行目「はべりき」)

■52 左馬頭は指喰いの女亡き後女の元に通い慣れたが女は浮気していた
           (七頁一一行目「この人亡せて後」〜一五行目)

■53 十月の月夜、左馬頭と相乗りした殿上人が行ったのは女の家だった
                     (七八頁一行目〜八行目)

■54 殿上人が縁に腰かけて笛を吹きながら謡うと、女は和琴で合奏した
          (七八頁九行目〜七八頁一五行目「あらずかし」)

■55 和琴の音が月に相応しいことに感嘆した殿上人は簾に寄って戯れる
    (七八頁一五行目「律の調べは」〜七九頁四行目「ねたます」)

■56 殿上人がもう一曲請うと女は笛を引き止めるだけの琴はないと詠む
           (七九頁四行目「菊を折りて」〜八〇頁四行目)

■57 二人の風流な応酬を見るに堪えないと感じた左馬頭は、女と別れた
         (七九頁一二行目「憎くなるをも」〜八〇頁四行目)

■58 左馬頭は信頼出来ない浮気な女より実直な指喰いの女がよいと言う
                  (八〇頁五行目〜八一頁一行目)

■59 頭中将は恨み言も言わず、自分を頼りにしていた恋人のことを話す
                 (八一頁二行目〜八一頁一二行目)

■60 親を亡くして貧する女は頭中将を頼みとするが彼の妻に脅迫される
                 (八一頁一三行目〜八二頁二行目)

■61 頭中将が放っておいたので幼い子を持つ女は撫子を添えた文を送る
                  (八二頁三行目〜八二頁六行目)

■62 文を読んだ頭中将が訪ねると女は彼を信じきった様子だが涙を流す
                 (八二頁七行目〜八二頁一三行目)

■63 頭中将は女を慰めたが訪れが間遠になると女は姿を消してしまった
                 (八二頁一四行目〜八三頁八行目)

■64 後悔する頭中将はかわいい幼子を探し出したいと思うが消息は不明
           (八三頁九行目〜八三頁一四行目「はべらね」)

■65 頭中将は女のことを、左馬頭の言う、頼りない部類の女だと断ずる
           (八三頁一四行目「これこそ」〜八四頁四行目)

■66 いくら完璧でも吉祥天女に懸想するのは、と頭中将が皆を笑わせる
                 (八四頁五行目〜八四頁一四行目)

■67 藤式部丞は身分柄謙遜するが、頭中将に急き立てられて体験を語る
            (八五頁一行目〜六行目「思ひめぐらすに」)

■68 藤式部丞は文章生だった時に、博士顔負けの学がある女と出会った
            (八五頁六行目「まだ文章生に」〜一〇行目)

■69 藤式部丞が学問の師である博士の娘に言い寄ると博士は杯で祝った
        (八五頁一一行目〜八五頁一五行目「はべりしかど」)

■70 女は寝所でも学問を語り、漢文の文を送って藤式部丞の師となった
   (八五頁一五行目「をさをさ」〜八六頁六行目「はべりしかば」)

■71 藤式部丞は女に感謝する一方で劣等感に苛まれ、自身の宿縁を嘲る
             (八六頁六行目「今に」〜八六頁一五行目)

■72 久しぶりに訪うと物越しの対面なので藤式部丞はやきもちかと訝る
          (八七頁一行目〜八七頁六行目「恨みざりけり」)

■73 女は嫉妬はしておらず、薬の悪臭を気にして物越しに対面していた
      (八七頁六行目「声も」〜八七頁一五行目「すべなくて」)

■74 蒜の臭いに耐えかねて逃げ出す藤式部丞に賢い女は素早く歌を詠む
      (八七頁一五行目「逃げ目を」〜八八頁七行目「申せば」)

■75 光源氏達は、作り話だ、どこにそんな女がいるものかと呆れて笑う
               (八八頁七行目「君たち」〜一三行目)

■76 左馬頭は女が三史五経を会得するのはかわいげがないことだと言う
                (八九頁一行目〜六行目「あらむ」)

■77 上流婦人もしがちだが、半分以上漢字で書いている女の文は残念だ
                (八九六行目「わざと」〜一二行目)

■78 一角の歌詠みを自任している人が所構わず詠みかけてくるのは嫌だ
        (八九頁一三行目〜九〇頁一行目「はしたなからむ」)

■79 時と場所を選ぶことが大事で、それが分からない歌詠みはよくない
           (九〇頁一行目「さるべき節会など」〜八行目)

■80 左馬頭の女性評を聞いた光源氏は藤壺の宮こそ理想的な人だと思う
                  (九〇頁九行目〜九一頁三行目)

■81 葵の上の元を訪れた光源氏は信頼出来る妻だが気づまりだと感じる
           (九一頁四行目〜一一行目「さうざうしくて」)

■82 寛いでいる時に左大臣が挨拶に来たので光源氏は有難迷惑だと思う
          (九一頁一一行目「中納言の君」〜九二頁二行目)

■83 夜、光源氏は方違えのために中川にある紀伊守邸へ赴くことにする
              (九二頁三行目〜一一行目「のたまふ」)

■84 紀伊守は父の家の女達が失礼をするのではないかと密かに心配する
  (九二頁一一行目「忍び忍びの」〜九三頁二行目「聞きたまひて」)

■85 光源氏は人近なのが有り難いと言い、内密に急いで紀伊守邸へ行く
                (九三頁二行目「その人」〜七行目)

■86 急な訪問を紀伊守は内心迷惑がるが光源氏の従者達は強引に居座る
              (九三頁八行目〜一三行目「植ゑたり」)

■87 光源氏は雨夜の品定めで良しとされた中の品はこの階層だと考える
          (九三頁一三行目「風涼しくて」〜九四頁四行目)

■88 光源氏は気位高いと聞いた伊予介の後妻空蝉目当てで母屋に近寄る
          (九四頁五行目〜一三行目「わが御上なるべし」)

■89 女達の噂を聞いた光源氏は藤壺の宮への恋が露見しなくて安堵する
          (九四頁一三行目「いといたう」〜九五頁七行目)

■90 光源氏は女の接待を所望するが紀伊守はわざと気づかぬふりをする
                    (九五頁八行目〜一三行目)

■91 故衛門督の末っ子である小君は空蝉と暮らしていると紀伊守が話す
            (九五頁一四行目〜九六頁七行目「と申す」)

■92 出仕予定の空蝉が伊予介の後妻となったことを光源氏は不憫と思う
     (九六頁七行目「あはれのことや」〜一二行目「のたまふ」)

■93 紀伊守は伊予介が空蝉を崇めていることに対し、好色だと非難する
       (九六頁一二行目「不意に」〜九七頁三行目「と申す」)

■94 光源氏は若い継母に相応しいと思っているらしい紀伊守を揶揄する
               (九七頁三行目「さりとも」〜八行目)

■95 眠れない光源氏は襖障子に寄って空蝉と小君の会話を立ち聞きする
               (九七頁九行目〜一五行目「言へば」)

■96 小君に似た声の女が空蝉だと察した光源氏は空蝉の位置を推し量る
   (九七頁一五行目「ここにぞ」〜九八頁五行目「みそかに言ふ」)

■97 心細い空蝉は中将の君を呼ぶが中将の君は湯浴みのため不在である
               (九八頁五行目「昼なら」〜一三行目)

■98 うとうとしている空蝉は中将の君が来たと思うが実は光源氏だった
            (九八頁一四行目〜九九頁四行目「思へり」)

■99 空蝉は怯えるが光源氏に恥をかかせることは出来ないので騒げない
                (九九頁四行目「中将」〜一二行目)

■100 光源氏が可憐な空蝉を愛しく思い、抱き上げると、中将の君が来る
          (九九頁一三行目〜一〇〇頁五行目「来あひたる」)

■101 中将の君は光源氏に気づいて驚くが、高貴な人だから引き離せない
        (一〇〇頁五行目「やや」〜一一行目「入りたまひぬ」)

■102 光源氏は言葉を尽くすが、空蝉は中将の君にどう思われたかと悩む
   (一〇〇頁一一行目「障子を」〜一〇一頁一行目「あさましきに」)

■103 光源氏から無体な仕打ちを受けた空蝉は低い身分ゆえかと非難する
        (一〇一頁一行目「現とも」〜六行目「けはひなれば」)

■104 光源氏は身分の違いをまだ弁えていないゆえの振る舞いだと訴える
      (一〇一頁六行目「その際々を」〜一一行目「のたまへど」)

■105 身分だけでなく容貌まで不釣り合いだと感じる空蝉は光源氏を拒む
       (一〇一頁一一行目「いとたぐひなき」〜一〇二頁一行目)

■106 光源氏はこれは前世からの因縁による契りだと、泣く空蝉を慰める
              (一〇二頁二行目〜八行目「恨みられて」)

■107 未婚なら逢瀬を喜んだかもしれないが今は人妻なのでと空蝉は嘆く
       (一〇二頁八行目「いとかくうき身のほどの」〜十四行目)

■108 光源氏は空蝉との再会も文のやりとりも難しいだろうと心を痛める
         (一〇二頁十五行目〜一〇三頁五行目「いと胸痛し」)

■109 光源氏は一旦は解放した空蝉を引き止めて泣きながら恋情を訴える
    (一〇三頁五行目「奥の中将も」〜十行目「いとなまめきたり」)

■110 空蝉は夫を愛していないが夫が自分の不貞を夢に見ることを恐れる
             (一〇三頁十行目「鶏も」〜一〇四頁一行目)

■111 明るくなり、二人は別れるが、襖が二人を隔てる関のように思える
                     (一〇四頁二行目〜六行目)

■112 光源氏は有明の月を見て後ろ髪引かれる思いで紀伊守邸を出立する
                    (一〇四頁七行目〜十五行目)

■113 光源氏は空蝉の苦しみを思いやりながら、中の品のよさを実感する
                     (一〇五頁一行目〜五行目)

■114 後日、光源氏は紀伊守を呼び出し、空蝉の弟を側で使いたいと話す
                    (一〇五頁六行目〜十二行目)

■115 空蝉の夫婦仲や容貌を知りたく思う光源氏は紀伊守に探りを入れる
                (一〇五頁十三行目〜一〇六頁六行目)

■116 五、六日後に参上した小君に、光源氏は空蝉のことを詳しく尋ねる
           (一〇六頁七行目〜十二行目「うち出でにくし」)

■117 光源氏は小君に、自分と空蝉がかつて恋仲だったと偽って文を託す
   (一〇六頁十二行目「されど」)〜一〇七頁一行目「ひろげたり」)

■118 光源氏の文を読んだ空蝉は泣き、思いがけない宿世を思って臥せる
              (一〇七頁一行目「いと多くて」〜六行目)

■119 翌日、小君が光源氏への返事を催促するが、空蝉は拒み、弟を叱る
                    (一〇七頁七行目〜十三行目)

■120 空蝉からの返事がないことを知った光源氏は落胆し、再度文を託す
        (一〇七頁十四行目〜一〇八頁五行目「またも賜へり」)

■121 光源氏は小君を側から放さず、世話をし、親代わりとして振る舞う
           (一〇八頁五行目「あこは知らじな」〜十三行目)

■122 空蝉は光源氏に心惹かれるが、身分不相応だと思い、返事はしない
                (一〇八頁十四行目〜一〇九頁五行目)

■123 光源氏は空蝉を始終恋しく思い、逢いたいが人目に触れたらと悩む
                     (一〇九頁六行目〜十行目)

■124 方違えのため光源氏は紀伊守邸へ赴き計略を伝えていた小君を呼ぶ
                (一〇九頁十一行目〜一一〇頁二行目)

■125 空蝉は光源氏からの文を読むが密会は出来ないので奥の部屋に移る
                     (一一〇頁三行目〜十行目)

■126 空蝉を捜し当てた小君は光源氏に頼りないと思われてしまうと泣く
              (一一〇頁十一行目〜十四行目「言へば」)

■127 空蝉は子供が恋の仲立ちをするのは慎むべきことだと小君を咎める
(一一〇頁十四行目「かくけしからぬ」〜一一一頁三行目「言ひ放ちて」)

■128 空蝉は独身ならばと思うが人妻なので情が強い女で通そうと決める
          (一一一頁三行目「心の中には」〜一一一頁十行目)

■129 不首尾の由を小君から聞いた光源氏は空蝉を帚木に例えた歌を詠む
         (一一一頁十一行目〜一一二頁三行目「のたまへり」)

■130 空蝉は光源氏のために奔走する小君が人に怪しまれないか心配する
                (一一二行目三行目「女も」〜九行目)

■131 光源氏は案内を頼むが姉はむさ苦しい場所にいるからと小君は断る
            (一一二頁十行目〜一一三頁一行目「聞こゆ」)

■132 光源氏は代償として小君を側に寝かせ、冷淡な姉よりも愛しく思う
              (一一三頁一行目「いとほしと」〜五行目)
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月15日

【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)

 現在、池田本の校訂本文を作成中です。
 「桐壺」巻が完成に近づき、11月にはご希望の方に配布できるかと思います。

 引き続き「若紫」巻に着手しました。
 まずは、「桐壺」巻にならった詳細な小見出しができあがりました。
 これは、淺川槙子さん(国文学研究資料館・研究員)の労作に、私が手を入れたものです。

 この「若紫」巻の小見出しは、「桐壺」巻と同じように30文字に制限した文字数でできています。
 小刻みに物語を分割し、全108項目が並ぶものとなりました。
 参考までに、『新編日本古典文学全集』(小学館)は26項目、『新日本古典文学大系』(岩波書店)は38項目なので、これがいかに多いかがわかります。

 今回の公表にあたり、以下の3種類の情報を並べてみました。

(1)通し番号 小見出し(30文字)
(2)(池)池田本(旧翻字形式)※小見出しに対応する一部分を引用
(3)参照情報(池田本の丁数/大島本の丁数/小見出しが該当する最初の文節番号/『源氏物語大成』第1冊(中央公論社、1984年普及版初版)頁・行数/『源氏物語別本集成続 第2巻若紫〜花宴』(おうふう、2005年初版)/『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、1994年初版)

 より便利な小見出しとなるように、お気付きの点など、ご教示のほどをよろしくお願いします。

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【補訂2版】
「若紫」巻の小見出し(池田本の場合)

1 瘧病をわずらった光源氏はすすめにより北山の聖のもとへ出かける
  (池)わらはやみにわつらひたまひて
  (一オ/一オ/050001/151@/10/199)

2 聖は、峰が高い山に囲まれた奥深いところに籠り、修行をしている
  (池)三月のつごもりなれば
  (一ウ/一ウ/050074/151F/12/199)

3 光源氏は自分を誰とも知らせず、驚き騒ぐ聖から加持祈祷を受ける
  (池)のほり給て
  (二オ/二オ/050110/151J/13/200)

4 光源氏は高い所から見た目がきちんとしてきれいな僧坊を見つける
  (池)すこしたちいてつゝ
  (二ウ/二ウ/050162/152A/15/200)

5 なにがし僧都の僧坊で、光源氏は若い女性と子どもたちの姿を見る
  (池)きよけなるわらはなと
  (三オ/三オ/050217/152G/17/201)

6 供人たちは病を気にする光源氏を、気分転換のために外へ連れ出す
  (池)君はをこなひしたまひつゝ
  (三ウ/三オ/050250/152J/17/201)

7 光源氏は後ろの山から、遠くまでずっと霞がかかった景色を眺める
  (池)はるかにかすみわたりて
  (三ウ/三ウ/050273/152L/18/202)

8 良清は、光源氏に官位を捨てて播磨で暮らす明石の入道の話をする
  (池)ちかき所にははりまの
  (四オ/四オ/050327/153D/20/202)

9 光源氏は話を聞いて、誇り高いという明石の入道の娘に興味を持つ
  (池)さいつころまかりくたりて
  (五ウ/五オ/050420/154@/23/203)

10 明石の入道は上昇志向が強く娘は容貌と気立てが良いとの話が出る
  (池)けしうはあらす
  (六オ/五オ/050478/154E/25/203)

11 供人たちは明石の入道の娘を洗練されていない娘であると言い合う
  (池)かくいふははりまのかみの
  (六ウ/六オ/050529/154K/27/204)

12 娘を気にする光源氏を、供人は風変わりを好む性質があると察する
  (池)君なに心ありて
  (七オ/六ウ/050589/155C/29/204)

13 都へ帰ろうとした光源氏は大徳の言葉に従って明け方まで滞在する
  (池)くれかゝりぬれと
  (七ウ/六ウ/050615/155F/30/205)

14 夕暮れ時に僧房をかいま見た光源氏は、気品のある尼君を見つける
  (池)日もいとなかきに
  (八オ/七オ/050653/155J/32/205)

15 光源氏は二人の女房と女童たちの中にかわいらしい少女を見い出す
  (池)きよけなるおとなふたり
  (八ウ/七ウ/050718/156C/34/206)

16 幼い紫の上は、尼君に「雀の子を犬君が逃がした」と泣いて訴える
  (池)なにことそやわらはへと
  (九オ/八オ/050753/156H/35/206)

17 雀を逃がして残念そうな紫の上の様子に少納言の乳母が立ち上がる
  (池)このゐたるおとな
  (九ウ/八ウ/050778/156J/37/206)

18 尼君は自らの余命の少なさを語りつつ雀を追っている紫の上を諭す
  (池)あま君いてあなおさなや
  (九ウ/九オ/050809/157@/38/207)

19 光源氏は、思いを寄せる藤壺に紫の上が本当によく似ていると思う
  (池)つらつき
  (十オ/九オ/050836/157C/39/207)

20 尼君は亡くなった娘の話をしつつ、少納言の乳母と歌を詠み交わす
  (池)あま君かみを
  (十ウ/九ウ/050871/157F/40/207)

21 僧都から光源氏の訪れを聞いた尼君は、恥じて簾をおろしてしまう
  (池)僧都あなたよりきて
  (十一ウ/十オ/050951/158C/43/208)

22 僧都は尼君に、世間で評判である光源氏の姿を見てみないかと誘う
  (池)このよにのゝしり給ふ
  (十二オ/十ウ/050992/158G/44/209)

23 光源氏は紫の上に強く心をひかれ、藤壺の身代わりにしたいと思う
  (池)あはれなる人をみつるかな
  (十二オ/十一オ/051024/158J/45/209)

24 僧都の弟子は、光源氏が臥せるところにやって来て惟光を呼び出す
  (池)うちふし給へるに
  (十二ウ/十一ウ/051057/159@/47/210)

25 僧都の弟子を通じて、光源氏はなにがしの僧都の招きを受け入れる
  (池)いぬる十よ日の
  (十三オ/十二オ/051097/159E/48/210)

26 折り返し参上したなにがしの僧都とともに、光源氏は僧坊を訪れる
  (池)すなはち僧都まいり給へり
  (十三ウ/十二オ/051128/159H/49/210)

27 光源氏を招くため、僧坊にある南面の部屋はさっぱりと整っている
  (池)けにいと心ことに
  (十四オ/十二ウ/051173/160@/51/211)

28 光源氏は夢にかこつけて僧都から紫の上のことを聞き出そうとする
  (池)僧都よのつねなき御ものかたり
  (十四ウ/十三オ/051210/160D/52/211)

29 僧都は光源氏に、妹の尼君が故按察使大納言の北の方であると語る
  (池)うちわらひて
  (十五オ/十三ウ/051265/160I/54/212)

30 光源氏は僧都に故大納言と尼君の間に生まれた娘について質問する
  (池)かの大納言のみむすめ
  (十五ウ/十四オ/051309/161@/56/212)

31 紫の上の素性を知った光源氏は、藤壺に似ていることに合点がいく
  (池)さらはそのこなりけり
  (十六オ/十四ウ/051383/161G/59/213)

32 紫の上のことがいっそう気になった光源氏は、僧都に詳しく尋ねる
  (池)いとあはれにものし給ふ
  (十六ウ/十五オ/051412/161H/59/213)

33 光源氏は僧都に幼い紫の上を後見することを尼君に話すように頼む
  (池)あやしきことなれと
  (十七オ/十五ウ/051449/162@/61/214)

34 僧都は光源氏に、尼君に相談した上で返事をすると答えて堂に上る
  (池)いとうれしかるへき
  (十七ウ/十五ウ/051476/162C/62/214)

35 光源氏は悩ましい気持ちになり、夜が更けても眠ることができない
  (池)君は心ちもいとなやましきに
  (十八オ/十六オ/051530/162I/64/215)

36 奥の人が休んでいない気配を感じた光源氏は扇を鳴らして人を呼ぶ
  (池)うちにも人の
  (十八ウ/十六ウ/051569/162M/65/215)

37 歌を詠んだ光源氏は、女房に尼君へ取り次いでもらうようにと頼む
  (池)すこししそきて
  (十九オ/十七オ/051606/163C/67/215)

38 光源氏が紫の上にあてた歌を耳にした尼君は歌の内容を不審に思う
  (池)あないまめかし
  (十九ウ/十七ウ/051670/163K/69/216)

39 歌を返した尼君に対し、光源氏は紫の上への切実な気持ちを訴える
  (池)かうやうのつてなる
  (二十オ/十八オ/051703/164B/70/217)

40 困惑している尼君の気づまりな態度に光源氏は謙虚な言葉をかける
  (池)うちつけにあさはかなりと
  (二十ウ/十八ウ/051747/164G/72/217)

41 光源氏は尼君に自分の体験を語りつつ、紫の上との結婚を申し出る
  (池)あはれにうけ給はる
  (二十一オ/十九オ/051773/164J/73/217)

42 尼君は紫の上が幼く不似合いなことを理由に光源氏の申し出を断る
  (池)いとうれしうおもひ
  (二十一ウ/十九ウ/051814/165A/75/218)

43 僧都がお勤めから帰って来られたので光源氏は尼君の前を退出する
  (池)僧都おはしぬれは
  (二十二オ/051870/165H/77/218)

44 明け方、深山の景色を見ながら、光源氏は僧都と和歌の贈答をする
  (池)あかつきかたになりにけれは
  (二十二ウ/二十オ/051880/165I/77/219)

45 身動きできぬ聖は、光源氏のために護身の修法をして陀羅尼を読む
  (池)ひしりうこきも
  (二十三オ/二十ウ/051948/166B/79/219)

46 光源氏は迎えの人からの祝いと僧都から酒などのもてなしを受ける
  (池)御むかへの人々
  (二十三オ/二十一オ/051967/166C/80/220)

47 杯をいただいた聖は涙をこぼして光源氏を拝み、守りの独鈷を渡す
  (池)ひしり御かはらけ
  (二十四オ/二十一ウ/052052/166B/83/219)

48 紫の上を引き取りたい光源氏に尼君は四五年先ならばと返事をする
  (池)うちにそうついり給て
  (二十五オ/二十二ウ/052124/167I/86/222)

49 光源氏を迎えに頭中将や左中弁たちなどの公達が都からやって来る
  (池)御車にたてまつる程
  (二十五ウ/二十三オ/052190/168A/88/222)

50 頭中将は懐の横笛を出して吹き、弁の君は扇を鳴らし催馬楽を謡う
  (池)頭中将ふところなりける
  (二十六ウ/二十三ウ/052248/168G/90/222)

51 僧都も自分から琴を持ち出して、光源氏に琴を弾いてほしいと頼む
  (池)そうつきんを身つから
  (二十七オ/二十四オ/052289/168L/92/223)

52 光源氏の姿に法師と童べは感涙し、尼君たちや僧都は彼を絶賛する
  (池)あかすくちおしと
  (二十七オ/二十四ウ/052317/169@/93/224)

53 幼心に光源氏に思いを寄せる紫の上は、人形に源氏の君と名付ける
  (池)このわかきみおさな心ちに
  (二十七ウ/二十五オ/052359/169E/94/224)

54 帰京した光源氏は、宮中へあいさつに伺って父桐壺の帝と対面する
  (池)きみはまつは内にまいり給て
  (二十八オ/二十五オ/052399/169I/95/225)

55 宮中を出た光源氏は、正妻葵の上の実家である左大臣邸へと向かう
  (池)大殿まいりあひ給て
  (二十八ウ/二十五ウ/052433/169M/97/225)

56 光源氏は久しぶりに葵の上と対面するものの、二人の心は通わない
  (池)殿にもおはしますらんと
  (二十九オ/二十六オ/052482/170D/99/226)

57 古い歌を引用して恨み言を述べる葵の上を光源氏は避けようとする
  (池)からうしてとはぬは
  (三十オ/二十七オ/052574/170M/102/226)

58 光源氏は葵の上への不満と反対に紫の上への思いが強くなっていく
  (池)かのわかくさのおひいてむ
  (三十ウ/二十七ウ/052635/171I/104/227)

59 帰京した翌日、光源氏は僧都や尼君などがいる北山へ消息をおくる
  (池)又のひ御文たてまつれたまへり
  (三十一オ/二十八オ/052682/171K/106/228)

60 僧都からの返事を残念に思った光源氏は、惟光を使者として遣わす
  (池)僧都の御返もおなしさまなれは
  (三十二ウ/二十九オ/052774/172I/109/229)

61 惟光は少納言の乳母に面会するものの、周囲の人々から警戒される
  (池)わさとかう御文あるを
  (三十二ウ/二十九ウ/052806/172L/111/229)

62 光源氏は王命婦の手引きで、病気で里邸に退出中の藤壺と密通する
  (池)ふちつほの宮なやみたまふ
  (三十三ウ/三十オ/052889/173G/113/230)

63 光源氏は邸に帰った後、藤壺と密通したことを思い悩んで泣き臥す
  (池)殿におはしてなきねにふしくらし
  (三十五オ/三十一ウ/053016/174I/118/232)

64 藤壺の懐妊という密通の結末を、王命婦はあまりに嘆かわしく思う
  (池)宮も猶いと心うき身なりけりと
  (三十五ウ/三十二オ/053047/174L/119/232)

65 ただ事ではない異様な夢を見た光源氏はわが身に起こる運命を知る
  (池)中将のきみもおとろ/\しう
  (三十七オ/三十三オ/053160/175K/123/233)

66 七月になり、宮中に帰参した藤壺へ桐壺の帝の寵愛はいっそう増す
  (池)七月になりてそまいり給ひける
  (三十七ウ/三十四オ/053233/176E/125/234)

67 光源氏は六条京極から帰る途中に、帰京して療養中の尼君を見舞う
  (池)かのやまてらの人は
  (三十七ウ/三十四ウ/053288/176K/127/235)

68 病床の尼君は、紫の上が成長した暁には光源氏に託すことを決める
  (池)いとむつかしけに侍れと
  (三十九ウ/三十五ウ/053416/177K/132/237)

69 光源氏は紫の上の無邪気な声を聞き清純な彼女にいっそうひかれる
  (池)いとちかけれは心ほそけなる
  (四十ウ/三十六ウ/053492/178E/135/238)

70 翌日、光源氏は尼君への見舞いとともに紫の上へも結び文をおくる
  (池)又のひもいとまめやかに
  (四十二オ/三十七ウ/053620/179D/139/238)

71 十月に朱雀院の行幸が予定され、舞人は練習など多忙な日々を送る
  (池)十月にすさく院の行幸あるへし
  (四十三オ/三十八ウ/053711/180@/143/239)

72 尼君の死去という知らせが届き光源氏は母更衣との死別を思い出す
  (池)やまさと人にも
  (四十三オ/三十九オ/053744/180C/144/240)

73 夜、光源氏は自分から、忌みの期間が終わった紫の上の邸を訪れる
  (池)いみなとすきて京のとのに
  (四十四オ/三十九ウ/053797/180I/146/240)

74 光源氏は少納言の乳母に紫の上への気持ちを伝えて歌を詠み交わす
  (池)なにかかう
  (四十五オ/四十ウ/053894/181F/149/241)

75 尼君を恋い慕って泣く紫の上は、訪問した光源氏を父と勘違いする
  (池)きみはうへをこひきこえ給て
  (四十五ウ/四十一オ/053959/182@/152/242)

76 少納言の乳母は紫の上を年よりも幼い様子であると光源氏に伝える
  (池)宮にはあらねと
  (四十六オ/四十一ウ/053986/182C/153/242)

77 幼い紫の上の手を強引にとらえる光源氏に少納言の乳母は困惑する
  (池)てをとらへたまへれは
  (四十六ウ/四十二オ/054049/182J/155/243)

78 あられが降り風が激しく吹く夜、光源氏は紫の上の御帳の中に入る
  (池)あられふりあれて
  (四十七オ/四十二ウ/054106/183A/157/244)

79 少納言の乳母がため息をつく中、光源氏は紫の上に一晩中寄り添う
  (池)めのとはうしろめたなう
  (四十七ウ/四十三オ/054149/183F/158/244)

80 女房たちは、悪天候の中での光源氏の訪問が心細さを慰めたと話す
  (池)夜ひとよ風ふきあるゝに
  (四十八ウ/四十三ウ/054209/183M/160/245)

81 尼君の四十九日後に、兵部卿宮は紫の上を邸に引き取る意向を示す
  (池)宮も御むかへになと
  (四十八ウ/四十四オ/054258/184D/162/245)

82 紫の上と別れた後、光源氏はかつて通った女性の家の門を叩かせる
  (池)いみしうきりわたれる
  (四十九ウ/四十四ウ/054287/184H/163/246)

83 光源氏は紫の上のかわいらしい面影が恋しくて文を書き絵をおくる
  (池)おかしかりつる人の
  (五十オ/四十五オ/054351/185C/166/247)

84 父兵部卿宮は少納言の乳母に、紫の上を引き取ることをうち明ける
  (池)かしこにはけふしも
  (五十ウ/四十五ウ/054377/185E/167/247)

85 紫の上の着物がしおれているのを目にした兵部卿宮は、娘を憐れむ
  (池)ちかうよひよせたてまつり
  (五十一オ/四十六オ/054425/185J/168/248)

86 少納言の乳母の言葉と紫の上の様子に兵部卿宮はもらい泣きをする
  (池)よるひるきこゑ給に
  (五十一ウ/四十六ウ/054484/186C/170/248)

87 紫の上は幼いながらも、自分の身の上と今後の事を思って涙を流す
  (池)ゆくさきのみの
  (五十二オ/四十七オ/054542/186H/171/249)

88 光源氏は宮中へ行く自分の代わりに、惟光を紫の上の屋敷に遣わす
  (池)きみの御もとよりはこれみつを
  (五十二ウ/四十七ウ/054588/186M/173/249)

89 少納言の乳母は、屋敷を訪問した惟光へ自分の考えと不安を訴える
  (池)少納言はこれみつに
  (五十三オ/四十八オ/054632/187D/175/250)

90 光源氏は惟光から父兵部卿宮が紫の上を引き取る予定であると聞く
  (池)まいりてありさまなときこゑけれは
  (五十四オ/四十八ウ/054698/187L/177/251)

91 左大臣邸に来ている光源氏は惟光に紫の上を連れ出すことを命じる
  (池)きみは大殿におはしけるに
  (五十四ウ/四十九ウ/054757/188E/179/251)

92 思案のあげく、光源氏は滞在中の左大臣邸から夜明け前に出かける
  (池)きみいかにせまし
  (五十五ウ/五十オ/054827/188L/182/252)

93 少納言の乳母が応対に出るものの光源氏は制止も聞かずに奥へ入る
  (池)かとうちたゝかせ給へは
  (五十六オ/五十ウ/054889/189F/184/253)

94 光源氏は父宮の使いであると嘘をついて、寝ている紫の上を起こす
  (池)きみはなに心もなくね給へるを
  (五十七オ/五十一ウ/054963/190@/187/254)

95 二条院へ誰か来るようにと指示して、光源氏は紫の上を連れて行く
  (池)きこゆこゝにはつねにも
  (五十七ウ/五十二オ/055006/190D/189/254)

96 少納言の乳母は困惑するものの紫の上のことを思って涙をこらえる
  (池)二条院はちかけれは
  (五十八ウ/五十二ウ/055081/190L/191/255)

97 紫の上のために、光源氏は通常は使わない対屋に調度などを整える
  (池)こなたはすみ給はぬたいなれは
  (五十九オ/五十三オ/055147/191E/193/256)

98 二条院へ連れてこられた紫の上は、気味が悪くなり体をふるわせる
  (池)わかきみはいとむけつけう
  (五十九ウ/五十三ウ/055173/191I/195/256)

99 少納言の乳母は、輝くばかりの立派な二条院で間の悪い思いをする
  (池)あけゆくまゝにみわたせは
  (六十オ/五十四オ/055205/191L/196/256)

100 かわいらしい女童を呼び寄せた光源氏は休んでいた紫の上を起こす
  (池)御てうつ御かゆなと
  (六十ウ/五十四ウ/055247/192C/197/257)

101 紫の上の気をひこうと、光源氏は面白い絵などを見せて相手をする
  (池)御かたちは
  (六十一オ/五十五オ/055301/192H/199/257)

102 紫の上は光源氏が留守にしている間に、二条院のあちこちを見回す
  (池)ひんかしのたいにわたり給へるに
  (六十一ウ/五十五オ/055341/192M/201/258)

103 留守にする光源氏は紫の上のために手習いの手本などを残していく
  (池)きみは二三日内へも
  (六十一ウ/五十五ウ/055377/193B/202/258)

104 光源氏は紫の上へ手習いを教え、人形などの家を作って一緒に遊ぶ
  (池)いてきみもかいたまへとあれは
  (六十二オ/五十六オ055428/193H/203/259)

105 事情を知らぬ兵部卿宮は紫の上の失踪を嘆き、少納言の乳母を疑う
  (池)かのとまりし人々は
  (六十三オ/五十七オ/055505/194C/206/260)

106 継母の北の方は、紫の上を意のままにできなくなったのを残念がる
  (池)きたのかたも
  (六十四オ/五十七ウ/055584/194K/209/260)

107 紫の上は尼君を慕って泣く時があるものの、光源氏にもなれ親しむ
  (池)やう/\人まいりあつまりぬ
  (六十四オ/五十八オ/055597/194M/210/261)

108 光源氏は、かわいらしい紫の上を「風変わりな秘蔵っ子」だと思う
  (池)ものよりおはすれは
  (六十四ウ/五十九オ/055646/195D/211/261)
 
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posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月14日

聞いてわかる科研の研究計画調書を公開

 昨年度より取り組んでいる科研「挑戦的萌芽研究」で公開しているホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)で、新たな見出し項目を追加しました。

 これまでの項目に「聞いてわかる研究計画調書」が増えましたので、この場を借りて報告します。


160914_kitewakaru





 これで、ホームページの見出しタイトルは、以下の通り6項目となりました。
 さらに詳しい目次は、「サイトマップ」をご覧ください。


「古写本『源氏物語』の触読研究」(トップページ)
「計画」
「聞いてわかる研究計画調書」(新設)
「触読通信」
「研究会報告」
「サイトマップ」


 この「聞いてわかる研究計画調書」は、目に障害がある方がパソコンのスクリーンに表示された文章を読み上げさせることで、本科研の研究計画を耳で理解していただくために作成したものです。

 ウインドウズのユーザーは、OSに標準でインストールされている「ナレーター」というスクリーンリーダーで聞くことができます(私はマックユーザーなので、できるそうです、と言っておきます)。ただし、これはあまり完成度が高くないようで、「NVDA」や「PC Talker」を使っておられる方が多いかもしれません。「PC Talker」は私も使ってみました。多機能で使い勝手がいいと思いました。ただし、4万円もするので思案なさっている方が多いのではないでしょうか。

 マックをお使いの方は、アクセシビリティには長年の蓄積があるので「VoiceOver」で十分です。私はこの「VoiceOver」で確認しました。
 しかし、文章に手を入れて、わかりやすいものに改善すべき点は、まだまだあります。

 ウインドウズとマックには関係なく、聞いてみての感想を、本ブログのコメント欄を通してお寄せいただけると幸いです。

 なお、この取り組みは、科研運用補助員の関口祐未さんの労作です。
 今後とも、本科研のホームページの利用者のために、さらなる工夫を盛り込んでいくつもりです。

 変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 21:37| Comment(0) | 古典文学

2016年09月13日

千代田図書館での古書販売目録の調査の方針変更

 朝から雨模様です。
 午前中は、九段坂病院で診察と治療を受けました。
 お昼に終わると、すぐ前に聳え立つ10階建ての千代田区役所へ移動です。
 今日は千代田図書館で、古書販売目録の調査をすることになっているのです。

 まず、その最上階にあるレストランで、昼食をいただきました。
 一人で外食をすると、突然ノドを通らなくなったり、腹痛に見舞われることがよくあります。そのため、外で一人の時は、安心安全な和定食にしています。

 展望ガラス越しに皇居を眺めました。清水門のまわりの緑と清水濠の水草の緑が小雨に煙っていて、微妙な色の深さと変化が印象的です。


160913_simizumon




 午後1時前に、1階のロビーに降りました。日比谷図書文化館での講座に参加しておられる4人の方と待ち合わせです。体験を兼ねたお手伝いに来てくださったのです。なかなか得難い体験ができると思い、お誘いしました。

 この古書販売目録の調査は、遅々として進んでいません。しかも、これまでに見終えたものは、全体の百分の一に過ぎません。

 中途半端なままで打ち切りとなることを避ける意味からも、今日の調査からは『源氏物語』に関する写真が掲載されているものだけに限定して採録し、その写真は画像として記録することにしました。
 これまでは悉皆調査をしていたので、目録に掲載されているすべての書目に目を通し、『源氏物語』に関係する情報を抜き出していました。
 実は、これが意外と脇道に逸れやすく、つい目的を忘れて膨大な書物の森に誘われてしまいます。いろいろなことに興味が拡散し、いつしか時の経つのも忘れていることが多かったのです。

 それを、『源氏物語』の写真が掲載されているものだけとなると、かかる時間も手間も入力作業も格段に減ります。

 この方針転換により、加速度的に調査が進捗しました。おまけに、今日は4人の助っ人がいらっしゃいます。

 今日の驚異的な作業により、「即売会1〜24」「展覧会1〜4」の2つのグループの収納ケースが終わりました。私1人が、これまでの方針で取り組んでいたら、今日のこの量をこなすのに3年以上はかかっていたことでしょう。

 ただし、写真掲載の情報だけを抜き出す方法にも、当然のことながら危ういとこがあります。
 例えば、次のような記事が見つかると、やはり写真がないからといってパスするわけにはいきません。


160913_geinjilist




 これは、昭和25年3月30日・31日に東京古書会館で開催された「古書即売展出品目録」(資料番号:5905、東京古典会)の一部です。

 これには追加目録もあります。


160914_tuika




 この追加目録に掲載されている次の上段末尾の記事は、またいつ出合えるかもしれないものなので、この謄写刷りの写真だけは撮っておきました。


15 源氏物語 室町時代書写 紹巴ノ本ヲ以テ句切朱点 箱入 五 一、八〇〇
  ○紅葉の賀○みをつくし○よもきふ○朝顔○ふちはかま
16 源氏物語紹巴抄 里村紹巴(紫源抄) 原装極上本 三〇 三、五〇〇


 しかし、こんなことがあるからといって、また悉皆調査の手法ですべてを見るのは、いくら時間があってもきりがないのです。やはり今後は、こうしたものは目に付いたら写真に残しておくことに留めます。

 今回は、手際よくどんどん付箋で目印をつけてもらい、それを私がパソコンに入力しては撮影しました。ただし、私のデータ記録が追いつかず、次はその入力をから始めることになります。
 しかし、この写真が掲載された『源氏物語』に関する情報を収集するだけでも、貴重なデータ群となります。

 確かに、DVDに収録されている別のデータベースで『源氏物語』だけを検索する方法もあります。しかし、やはり一冊ずつ目録を見ていくことの正確さは、比較にならないほどの意義があります。

 今後は、今日からの新しい方針で、ひたすら前に向かって進んでいくことにします。
 この調査に興味をもたれた方は、このコメント欄を通してお知らせください。
 次回の調査日時などをお知らせします。
 
 調査を終えてから、みなさんと一緒に九段下駅の近くのお店「ネバーランド カフェ」で、少しお酒を口にしながら楽しい一時を過ごしました。おつまみはチーズだけというシンプルなテーブルでした。しかし、古典から政治までと多彩な内容で、なかなか得難い時間を共にすることができました。遅くまで、ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。

 さらには、このお店を教えてくださった千代田図書館の河合さんとコンシェルジュの方にも、お礼を申し添えます。いいお店でした。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月12日

国文研蔵「橋本本 若紫」〈その4〉傍記の削除と書写者

 橋本本「若紫」は、書写の過程や書写後に、丹念な削除による本文の補訂をしています。本行はもちろんのこと、傍記にもその跡が数多く確認できます。

 まず、1丁表の5行目にある例をあげます。


160912_mu0




 この行間で、一文字が擦り消されていることがわかります。
 ここは、「〜き堂【山】なな尓可し〜」と書写しているところです。
 この「る」にミセケチ記号である「=」を付け、その右に「む」かと思われる一文字が書かれていたようです。ここで、傍記が「む」であったのではないかと思うのは、紙面を削った跡の繊維を目で追うと、「む」のように見えるからです。

 この箇所を拡大鏡を取り付けたカメラで撮影すると、次のような画像が得られました。


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 残った墨痕と削られた繊維の流れから、ここに書かれていたのは確かに「む」であることがわかります。さらに、ミセケチ記号の「=」は削除していないこともわかります。

 参考までに、諸本と本文を較べてみました。
 確かに、「北山なる」と「北山になむ(ん)」の2種類の本文が伝わってきています。そして、橋本本は「北山なる」のグループに属する本文を伝承しているのです。私が〈甲類〉とするグループです。流布本として読まれている大島本とは異なるグループです。
(なおここでも、翻字は「変体仮名翻字版」が間に合わないので、復元性の低い従来の翻字で掲示します。)


 きた山なる[尾高尾]

 北山なる[天]

 きた山に[中]

 きた山になむ[大肖]

 きたやまになむ[保]

 北山になん[麦阿]

 きた山になん[陽御国穂]

 きたやまになん[池日伏]


 書写者あるいは校訂者は、「き堂【山】なる」と書き、その後、「る」をミセケチにして異文である「む」と傍記して「き堂【山】なむ」という本文に補訂したのです。しかし、どうしたことか、傍記の「む」を後で削除することになったのです。

 ここは、本文を書写した時点での本文訂正や校訂ではなくて、書写後に他本で本文を校訂したか、親本の書写状態をそのまま写し取ったけれども不要と判断したものかと思われます。書写者ではなく、校訂者の判断が入っている箇所です。
 また、削除した文字の一部が残っていることと、ミセケチ記号に削除の手が入っていないので、補訂が不徹底なままに放置されている例ともなっています。

 本書の削除は徹底的に削る傾向があります。書写し始めてすぐのことでもあり、後の人の手ではないかと思っています。

 次は、11丁裏の8行目にある例です。


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 これは、本行の「く」の右側に補入記号の「◦」を付した上で、傍記として「ものし給」と書かれているところです。
 ここをよく見ると、傍記の「給」の下に文字が削除されたかと思われる、紙面の乱れが認められます。

 拡大写真を撮ると、次のようになっていることがわかりました。


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 諸本の本文とも対照させると、ここで削られた文字は「こ楚」であることが判明します。そう思ってみると、確かに残っている墨痕と削られた繊維の流れから、そのような文字が浮かび上がります。ただし、私が現在までに確認した17本すべてに「こそ」があるので、橋本本がこの「こそ」を削除している意味は不明です。

 国文学研究資料館所蔵の橋本本「若紫」には、こうした本文を補訂するために紙面を削った痕跡が無数にあるのです。

 この写本がどのようにして書写され、どのような訂正の手が入ったものかを、こうしてなぞられた箇所から推測することを、これからも時間をかけて点検し確認していくつもりです。それによって、書写や校訂された現場の再現が可能になると思っています。

 写本が出来るその裏側で、その時代の人がどのように関わってきたのかは、非常に興味深い問題を提示してくれます。特に、なぞられた箇所は、書写者や校訂者の強い意思を伴った営為が読み取れるので、本が写された時代の人々のありようを探求する上で、貴重な情報や読み解く資料がもらえるのです。

 私はまだ、興味のおもむくままに写本の背景を想像して楽しんでいるレベルです。しかし、こうした訓練を続けていると、いつか書写者に、この写本で言えば鎌倉時代の人と気持ちが通じるのではないかと、それを楽しみにして読み続けています。

 物語の内容と共に、写本を書き写している人とも対話を楽しんでいるのです。
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | 変体仮名

2016年09月11日

江戸漫歩(141)築地市場移転延期で話題の豊洲でお買い物

 築地市場が豊洲に移転することとなり、今秋11月7日が豊洲市場の開場日でした。このことは、「江戸漫歩(139)有明豊洲地域を見て五輪とマンションを想う」(2016年08月04日)に記した通りです。

 そこでは、「この地域の土壌汚染の問題は未解決で、移転反対の動きも解決していません。さて、新都知事の小池さんは、この問題にどう対処されるのでしょうか。」と書きました。

 その移転話に、暗雲が立ち込め出しました。さまざまな利権絡みで、強引な設計や工事などが行われていたことが、昨日のニュースによると明るみに出だしたようです。さらなる移転の見直しとなると、東京五輪のことにも関連して、ますますこの有明豊洲地域が注目されることでしょう。

 宿舎から近いこともあり、買い物がてらこの豊洲を散策しました。

 新橋駅からやって来る「ゆりかもめ」(東京臨海新交通臨海線)は、この豊洲駅が終点です。
 その駅前には、線路が地上で寸断された姿を見せています。2006年に開業したこの路線は、当初は延伸の予定だったそうです。しかし、今は対象外になっているとのことで、これからこの剥き出しの鉄路がどうなるのか、気になるところです。まさか、この無粋な景観のままで東京五輪を迎えることはないと思いますが。


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 宿舎がある西に目を転ずると、「越中島」「晴海」「銀座」という地名の表示が見えます。都心に向かう晴海通りです。この通りの下を、東京メトロ有楽町線が走っています。


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 ここから左手に、おしゃれな巨大ショッピングセンターの「ららぽーと豊洲」があります。その豊洲駅側は、広大な土地で工事が進んでいます。この次に来ると、この景観も様変わりしていることでしょう。


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 「ららぽーと立川立飛」が、昨年12月に職場の近くにできました。いつか行こうと思いながら、そこにはまだ行っていません。

 豊洲駅前の晴海通り角から豊洲運河を望むと、これからの東京五輪を見越してさらに町並みが変わりそうな気配を感じます。


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 この通りで、回転寿司屋さんを見つけました。


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 昨秋、屋号を変えてオープンしたのだそうです。築地市場の移転を意識した改名なのでしょうか。
 新しくなっていたことに気付かないままでした。自称回転寿司ウオッチャーとしては迂闊でした。血糖値のことを考えて糖質制限食を意識してからというもの、あれだけ好きだったお寿司を、確かにあまり食べなくなっていました。近所の回転寿司屋さんが閉店したことも一因です。
 最近主治医からは、もっとご飯を食べて身体を作ることを意識したらいい、と言われています。これからは、以前のように折を見てはお寿司を食べ歩こうかと思っています。

 このお店は、清潔なシステムでした。


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 レーンに流れているお寿司をいただくよりも、注文した方が楽しいのです。
 もっとも、目指すお寿司を、タッチパネルに表示されている文字列からイメージして辿り着くのは、なかなか面倒なことです。限られた画面を見て選ぶことをやってみて、写真の一覧から選ぶことの効率のよさを実感しました。

 この iPad の画面をタッチして注文すると、上のレーンにトレーが大急ぎで滑るようにして運んで来ます。その素早さが気持ちいいのです。下を流れるお寿司は、一度も手にしませんでした。


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 ただし、まだこのシステムは開発途中のようで、バラバラの感じがしました。

 上のレーンに注文したお寿司が飛んで来ます。しかし、その運ばれてきたトレイは、タッチパネルの返却というボタンを押さないと、戻ってくれないのです。押し忘れていると、店員の方が返却ボタンを押してくださいと、催促に来られます。

 また、タッチパネルなので、押したという感触がなくて、何度も同じボタンを押してしまいました。

 さらには、精算の時に、店員の方がiPhone を片手に皿の数を色別に入力して計算しておられます。せっかく iPad で注文しても、その iPad と店員さんが持つ精算用の iPhone が連動していないのです。別のお店のように、皿に仕掛けをしてもいいと思われます。

 とにかく導入してみました、というレベルであり、試行錯誤の段階のようです。

 さまざまな挑戦がなされている、世界に冠たる日本の回転寿司は、文化としてさらに発展していくことが期待できます。
 常に進化していると言われる回転寿司です。血糖値のことはそれとして、また少しずつ生活に取り入れていこうと思います。そのきっかけをもらえた、好感のもてるお店との出会いでした。
posted by genjiito at 21:38| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年09月10日

国文研蔵「橋本本 若紫」の破損個所〈その3〉

 国文研蔵「橋本本 若紫」の後半には、綴じ目から大きく破損した個所があります。
 その中でも、微かに読める部分は、最大限の方策を尽くして読み取るようにしています。

 国文学研究資料館からいただいた画像データで、61丁裏と62丁表の見開き下の部分を例にあげて確認します。


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 上掲画像の右側から左へと翻字すると、次のようになります。


〜閑く八あ里

〜ん△△△□

−−−−−−

〜ふ可△△□

    さし

〜ひしよ里も



 右から2行目を無理やり読めば、「ん」の次が「よ」の頭らしく見えます。その次は「き」の右半分、その次は「れ」の右側のように見えます。
 欠けている文字の境界を確認すれば、さらにこの文字が推測しやすくなるはずです。
 この個所の破損状況がよくわかるようにするために、実見による調査の際、裏に白紙を差し入れて背景をなくして際立たせてみました。


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 これで、破損個所のありようが明らかになりました。そして、微かに残った文字の残存部分から、書かれていた文字がより正確に推測できるようになりました。
 さらに、この箇所での諸本の本文を確認することにより、それがさらに明確になります。
 昨日もそうであったように、まだ「変体仮名混合版」での翻字が進んでいないので、ここでは再現性に問題があるのを知りつつも従来の翻字で確認しています。

 手元の翻字本文資料で確認したところ、右から2行目下の諸本はすべて「よきなと」(陽明文庫本だけは「よきなんと」)となっています。
 橋本本のこの破損個所は、「よきなと」と書かれていたと思われます。

 次に、その左丁一行目下の諸本の異同は、次のようになっていました。


かほ△…△/ほ〈判読〉[橋]・・・・055301

 かほかたちは[尾中高天尾]

 御かたちは[大麦阿池御国日穂保伏]

 御かたちは/=ミ[肖]

 御かほかたちは[陽]

さしはなれて[橋=大中麦阿陽池御肖日穂保伏高天尾]・・・・055302

 さしはなれて/△〈削〉れ[尾]

 さしはなれて/は〈改頁〉[国]



 ここでも、「若紫」の本文は2つにしか分別できないことがわかります。
 そのことは今は措き、破損個所の推測をします。

 橋本本の破損個所は、同じグループ[尾中高天尾]が伝える「かほかたちは」だったと思われます。もう一つのグループ(現在の流布本となっている大島本等)の「御かたちは」ではない、ということです。ここからも、この橋本本は現在流布する大島本による本文とは異なることばを伝える写本だったことがわかります。

 行末の左側に「さし」が書き添えられています。これは、次に続く「さしはなれて」の語頭の部分を、親本通りに一行目に書写しようとしたために、左横にはみ出して書かれたものです。それだけ、この写本は親本に忠実に書写しようとする姿勢が見られるものだといえます。

 こうしたことを勘案すると、ここは、次のように書かれていたことが判明します。文字が欠脱していて推測する手だてがまったくない場合は、□を使って示します。
 

閑く八あ里

よき那(判読)

−−−−−−

ふ可本(判読)△□□□

   さし

ひしよ里も




 この箇所では、白紙を差し込むことで、新たに文字が読めるようになることはありませんでした。
 麦生本(天理図書館蔵)は膨大な虫食いがある写本であり、穴から下の文字が見えるために、写真資料だけでは線が重なって別の文字に読めたりしました。そこで、図書館の司書の方の手を煩わせて、薄様等を差し入れて読んだことを思い出します。

 麦生本などの翻字において、影印資料だけではとんでもない翻字をすることがある、という経験をしたので、この橋本本でも慎重に対処しました。幸いなことに、そうした微妙な判断を伴う例はなかったことに安堵しています。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 変体仮名

2016年09月09日

国文研蔵「橋本本 若紫」のナゾリ〈その2〉(本文2分別のこと)

 古写本『源氏物語』のなぞりに関して、国文研蔵「橋本本 若紫」の書写状態を確認しています。

 58丁表の6行目には、昨日取り上げた「多つねいて・堂万へらん」に続けて、「いと・春ゝろ尓(改行)」とあります。


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 この行末の「春ゝろ尓」という箇所には、2つのなぞりが確認できます。

 まず、「春ゝろ尓」の「春」とある文字では、その文字の下に「そ」が隠れていることが精細な写真からもわかります。「そ」と書いた後、その上から「春」をなぞっています。


160909_su




 行末の「尓」にも、なぞりがあります。


160909_ni





 ここでは、「八志」と書いた文字を紙面から削り、その上に「尓」と書いています。

 つまり、ここでは「いと・そゝろ八志」と書いて改行する時に、「そ」の上に「春」をなぞって書き、「八志」という2文字については、削った後に大きく「尓」と書いているのです。
 こうして、最終的な文字は「春ゝろ尓」となります。

 このようになぞった原因としては、次の行が「者し多那可るへき」と続くことから、次の行頭の「者し多…」の「ha si」という音が書写者の意識に残っていたことが考えられます。

 古写本では、行末や丁末にケアレスミスが多発します。それは、親本を手で書き写しながら、目は次の行や次のページに移っているからです。書写する人の気持ちは、次へ次へと流れていっているので、改行や改丁という物理的な変化が、書写者のミスを誘発するのです。先を見る視線の移動と、筆で文字を書く手の動作とが、この行末や丁末でズレが生まれるのです。

 書かれている本文に立ち入って、もう少し詳しく説明します。

 私がこれまでに「若紫」で翻字した15本の写本の本文を較べると、次のような本文の異同が確認できます。まだ「変体仮名翻字版」のデータベースが出来ていないので、非常に不正確ながらも従来の現行ひらがなだけを使った翻字による校合結果を示します。(こんな問題を考える時には、変体仮名の使われ方がわかる「変体仮名翻字版」で校合できる日が待ち遠しく思われます。)


いと[橋=尾中陽高天]・・・・054849

 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]

すゝろに/そ&す、はし〈削〉に[橋]・・・・054850

 すゝろに[尾中陽高]

 はしたなう[大麦阿池御国肖日穂保伏]

 心に[天]

はしたなかるへきをと[橋=尾中陽高天]・・・・054851

 すゝろなるへきをと[大麦阿池御肖保伏]

 すゝろなへきをと[国日]

 そゝろなるへきおと[穂]



 「いと」を始めとして、この異文を見ると、橋本本と同じ本文を伝えるのは[橋尾中陽高天]の6本であることがわかります([天]は少し違いますが)。今、煩わしくなるので、諸本の略号の説明は省略します。
 そして、ここからだけでも、本文が2つにわかれることがわかります。

 池田亀鑑は、『源氏物語』の本文を、〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類しました。しかし、この諸本分類の基準については、近年さまざまな形で問題点の指摘がなされ、今は再検討の時期に入っています。阿部秋生氏の『源氏物語の本文』(昭和61年、岩波書店)以来、『源氏物語』の本文はその足元がすでに不安定な状態になっていたのです。

 古典の中でもよく読まれる『源氏物語』において、その基礎的研究とでもいうべき本文研究は、非常に遅れています。80年もの長きにわたり、停滞ではなくて停止しているのです。
 大島本が微に入り細に渡って読まれ続けています。しかし、大島本には独自異文が多いこともよく知られているので、いったい今なにを読んでいるのかを自覚する必要があります。この大島本が現状では『源氏物語』を理解する唯一の本文なので、この研究環境は基本的なところから整備する必要を痛感しています。
 その背景には、池田亀鑑が成した仕事の大きさが横たわっています。私は、呪縛だと思っています。
 と言いながら、もう30年が過ぎようとしています。
 自分のためにも、本記事の末尾で一つの方向性を示すことにしました。

 さて、池田亀鑑は『源氏物語大成』の「校異源氏物語凡例」で、「原稿作成ノ都合上、昭和十三年以後ノ発見ニ係ル諸本ハ割愛シタ。」(五頁)と言っています。このことから、『源氏物語』の本文を〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類できるのは、昭和13年までに確認された『源氏物語』の本文資料を整理した場合にのみ適用できることだといえるのです。

 昭和13年以降になると、さらに多くの写本が見つかり、さまざまな本文が紹介されています。今ここで取り扱っている国文研蔵本の橋本本「若紫」も、池田亀鑑は見ていないと思われます。
 昭和13年以前に池田亀鑑が確認した写本だけで『源氏物語』の本文のことを考えるのは、もうやめた方がいいと思います。今年は平成28年なので、80年前のモノサシで今の『源氏物語』の本文を考えるのは、とにかく生産的ではありません。
 〈青表紙本・河内本・別本〉という分別が、解説などで便利に使われています。しかし、これは見当違いなモノサシで『源氏物語』の本文を見ることなので、大いに問題だと思っています。

 私は、〈河内本群〉と〈別本群〉という2分別の私案を経て、現在は〈甲類〉と〈乙類〉という2分別の試案を提示しています(「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 −「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同−」『源氏物語の新研究』横井孝・久下裕利編、新典社、2008・10、拙著『源氏物語本文の研究』平成14年、おうふう 所収)。簡単にいうと、従来の河内本は〈甲類〉の中心となることが多いようです。

 その視点で「若紫」を通覧すると、上記の例示だけでも、きれいに2つのグループに本文がわかれる様子が確認できます。

 ややこしい話は、これくらいにして、当面の橋本本「若紫」に書写された本文をみましょう。
 上記の本文異同から、書写されていた環境を考えます。

 「すゝろ」という言葉に対して、「そゝろ」ということばが穂久邇文庫本に書かれています。
 橋本本が最初に「そゝろ」と書いたのは、こうした本文が伝流していたことが関係しているかもしれません。親本にそうしたメモとしての注記があったことなどが想定できます。最初に書かれた「そゝろ」という文字列は、書写者の単純なミスとするのではなく、根拠のあるミスだと考えていいでしょう。

 また、「はしたなう」ということばが「すゝろ」よりも前に出ている、語句が転倒した本文を、橋本本とは別のもう一つのグループが伝えています。
 現在一般的に読まれているのは、大島本によって作られた校訂本文だけです。その大島本は、この橋本本とは対極にある、もう一つのグループに属しています。
 そして、「八志」と書いた文字を刃物を使って紙面から削り、その上に「尓」と書いているのです。これも、「はしたなう」に続く書写文字の影響があると考えられます。
 実際に、次の行頭のことばが、その直前の行末に先取りして書かれることはよくあります。目と手が異なる動きをすることによる、混乱から生じた書写ミスです。

 この「すゝろ」と「はしたなう」ということばが入れ替わっていることに関して、私は傍記の本行への混入によって異文が発生する、ということを考えています。
 このことは煩雑になるので、また別の機会にします。

 いずれにして、本文が2つにわかれる中でこの橋本本を読むということは、大島本とは異なることばが散見する橋本本という新たな『源氏物語』を読むことになります。これまでは、大島本の校訂本文しか提供されていなかったので、その大島本しか読めませんでした。というよりも、活字で公刊された大島本の校訂本文だけを、一般には読んでいました。
 しかし、こうして、また別の本文で語られる『源氏物語』を読む楽しみが出てきたのです。これは、文学の受容の問題としても、おもしろいことです。
 ここで取り上げた橋本本のなぞりを手掛かりにした本文異同の諸相は、興味深い問題を投げかけてくれます。

 何十年も前から、『源氏物語』の本文研究が数十年も停止している、と言ってきました。ここでも、同じことの繰り返しで恐縮しています。
 このことについては、何度も聞いた方は聞き流し、何度も読んだ方も読み飛ばしてください。

 なお、現在私は机の横で、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(新典社、336頁、平成28年9月30日 刊行予定)の最終校正を終えたところです。池田亀鑑の顕彰をしながら、こうして池田亀鑑の本文分別に異論を唱えているのです。
 学問というのは、対立するのではなくて共存する中で、さまざまな展開を見せるもののようです。
 異なるベクトルを我が身に抱え込んで、いろいろと試行錯誤を楽しんでいるところです。

 この機会に、もう少し宣伝をしておきます。

 今月から来月にかけて、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、平成28年10月初旬 予定)を刊行します。昨日と今日の記事は、その本文を確認している過程で気付いたことの報告です。
 これは、鎌倉時代の『源氏物語』を読む楽しさを味わっていただく資料の提供となるものです。さらには、明治33年に平仮名が一つに制限された下での従来の翻字が妥協の産物であることへ異を唱え、「変体仮名翻字版」という変体仮名の字母を交えた翻字の事例報告も兼ねるているものです。

 また、《NPO法人〈源氏物語電子資料館〉・伊藤鉃也・須藤圭 責任編集》『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」』(試行第1版 平成28年10月1日、非売品)を、今月末あたりから簡易製本したものを配布する予定です。天理図書館と八木書店との打ち合わせ等を通して、お互いの権利関係を守る意味から、ネットでの公開ではなくて私家版としての印刷による配布、という形を選択しました。
 現在、池田本の校訂本文の最終チェックをしているところです。大島本に代わる『源氏物語』の流布本のテキストとして、新たに池田本の校訂本文を試験的に提供する中で、よりよい校訂本文に仕上げていくつもりです。

 《江戸時代の大島本『源氏物語』から、鎌倉時代の池田本『源氏物語』へ》、というキャッチフレーズで、印刷媒体による無料配布となります。
 詳細は、月末までに、また本ブログでお知らせします。
 これも、楽しみにお待ちください。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 変体仮名

2016年09月08日

国文研蔵「橋本本 若紫」のナゾリ〈その1〉

 国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」は、鎌倉時代の中期頃に書写された貴重な写本です。この写本の「変体仮名翻字版」を作成中なので、原本の確認をしているところです。
 これには、文字を削ったり、そのまま上からなぞっている箇所が無数に確認できます。
 なぞりの一例を紹介します。

 58丁表の6行目に、「多つねいて・堂万へらん」とあります。
 その「堂万へらん」という箇所は、国文学研究資料館が撮影した写真によると次のようになっています。


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 この「へ」は「ふ」のようにも見えるので、「堂万らん」かとも思われます。
 しかし、私が調査を終えた諸本16本の中に、「ふ」とする写本は一本もありません。
 実際にこの部分を接写して確認すると、次のようになっています。


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 この拡大写真は許可を得て、本日私が撮影したものです。
 よく見ると、横に引かれた線の「へ」は、その下に見える縦線二本の墨の濃淡とは明らかに差があります。料紙に墨が乗っている状態から見ても、後に書かれたものであり、なぞることによって書写した本文を訂正するものであることがわかります。

 ここは「堂万八ん」と書いた後、「八ん」を刃物等で削って、その上から「へら」とナゾリ、続けて「ん」を書いているのです。

 なお、ここで接写に用いた道具は、藤本孝一先生のご指導の下、大島本(重要文化財)の精細な調査をした時に大活躍した機材です。


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 影印本や写真ではよく見えない箇所でも、実際に原本を見て、さらにこうした道具を活用すると、書かれた文字の実態が明確になり、より正確な翻字ができます。

 今回の調査を通して、さまざまなことがわかりました。
 時間と手間のかかる工程を踏んで書写されている実態を確認するものでもあり、いつでもできることではありません。
 これを機会に、以下、何回かにわけて書かれた文字の状態を紹介します。
 翻字のスキルアップに役立てていただけると幸いです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 変体仮名

2016年09月07日

アレッ! と思う時〈その3〉電車の中で

(1)都営地下鉄と東京メトロの改札口は間違いやすいのです。
 東京の地下鉄は乗り換えが複雑で、何線の改札かわからなくなります。しかも、この2つは料金体系が異なるので、両線での乗り換えは割高になります。間違えると痛手が大きいのです。

(2)混んでいる電車の中に立っている時、スマホをいじっている人が背中でごそごそしている時は困ります。振り向いて顔を突き合わせて注意するわけにもいかず、じっとくすぐったさを我慢するしかありません。どうやら、ゲームをしている人が多いようで、指の小刻みな動きに合わせて、スマホ本体も振動で揺れているのです。

(3)電車の中で、目の前に座っている女性が大股を広げて船を漕いでいる時はどうしたらいいのでしょうか。本を読んでいても視界に入るので困ってしまいます。混んでいる時ならまだしも、私は空いている時間帯に乗ることが多いので、対面の状態なのです。

(4)携帯電話の充電が切れる頃に乗った新幹線が旧車両だと、座席に電源コンセントがないのでがっかりです。同じ料金を払っているのに、とご丁寧にも検札に来た車掌さんに不満を言いたくなります。前と後ろのドアの壁面にはコンセントがあります。しかし、自由席の場合そこはいつも先に取られているのです。

(5)新幹線の自由席で、子供が大はしゃぎし出したので席を移動したところ、隣の人のイヤホンから大音量の音漏れがする時は困ります。見知らぬ人には、声をかけにくいものです。また、パソコンを取り出してキーボードをパチャパチャされるまはまだしも、映画を大音量で観はじめられたら、もう諦めるしかありません。ただし、そんな人は居眠りをすることが多いので、そっとまた別の席に移るようにしています。
posted by genjiito at 23:47| Comment(0) | 身辺雑記

2016年09月06日

仕事帰りの電車で3回も熟睡する

 立川から帰りの中央線の電車で、座るやいなや睡魔に襲われました。
 読んでいた本を持つ手首が安定しません。
 同じ所を何度も、必死に読もうとしている自分に気づきました。
 しかし、目が先の文字を追っていません。

 眠くて意識のないままにしばらくして、突然、見覚えのある駅のホームが飛び込んで来ました。
 乗り換える中野駅かと思い、立ち上がろうかと思った時でした。
 社内放送が三鷹駅であることを告げています。
 相当時間が経っていると思ったのに、まだ中野までの半分も来ていません。

 安堵して、手から落ちそうになっていた本に目を落としました。
 それでも目に力が入らず、またすぐに深い眠りに落ちました。

 高円寺駅は覚えています。
 中野駅はもうすぐだな、と思っていたら新宿というアナウンスが聞こえました。

 中野に引き返すのも面倒なので、そのまま東京駅まで乗ることにしました。
 また、すぐに熟睡となり、東京駅の喧騒で目が覚めました。

 慌てて降りると、また骨折をしかねなません。
 みんなが降りてから乗るというルールが、終点の駅にはあります。
 それを守る方々には申し訳ないと思いながらも、慎重に電車から離れました。

 3回も熟睡したせいでしょうか、頭はすっきりしました。
 テーピングをした左足を庇い、人混みを掻き分けながら京葉線に向かいました。
 長い3本もの動く歩道と、5本のエスカレータを渡り歩きます。
 すると、やっとのことで京葉線のホームに着きます。

 その間、ディズニーランド帰りの、魂を抜かれた若者たちと擦れ違います。
 夢遊病者かと見紛うような、浮かれ者の群を尻目に、ひたすら歩きます。
 そして、自分は夢から抜け出ていることを確信しました。

 電車の中でだったとはいえ、いい骨休めになりました。
 片道2時間弱の通勤で、足の鬱血を気にしながら、そしてまだ残暑ということもあり、気の抜けない時の流れの中に身を置いています。
 そんな中で3回も車中で仮眠をとったのは、身体が求めていたからでしょう。

 無防備な我が身を人前に晒していたことは、日本が平和だという証明でもあります。
 外国では、車中でもあたりに細心の注意を払うので、けっしてこのようなことはありません。
 とはいうものの、どんな姿で寝ていたかを想像すると、とたんに気恥ずかしくなります。
 たまに、大きく左右に船を漕いでいる人を見かけます。
 たいがい女性の場合が多いようなので、目のやり場に困ることがあります。
 それでも、あの状態になる気持ちが、今日は痛いほどわかりました。

 まあ、車中での仮寝はほどほどに、ということにしておきましょう。
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2016年09月05日

読書雑記(180)『日南町ゆかりの文豪 井上靖』

 『日南町ゆかりの文豪 井上靖』(企画・編集:日南町教育委員会、24頁、平成28年3月10日)という冊子を入手しました。


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 岡山県との県境にある鳥取県の日南町には、井上靖と松本清張、そして池田亀鑑という、三人もの文学に縁のある人が顕彰されています。
 今回入手したのは、そのうちの井上靖に関するものです。

 これは、昨秋日南町美術館で開催された「企画展 日南町ゆかりの文学者たち Part2 井上靖」を受けて、町内で作成された冊子のようです。


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 写真を多用した親しみと温もりが溢れる編集と、総ルビ付きで子供たちにも優しい説明文で語りかける、日本で一番わかりやすい井上靖の入門書となっています。

 構成は、次の通りです。


はじめに
資料からわかる日南町と井上靖
まんが(注:日南町に疎開した井上一家)
井上靖の誕生井上靖の青年時代
作家・井上靖の誕生
新聞社時代の井上靖
  〜時代は戦争にむかって〜
家族の疎開
  〜日南町福栄へ〜
『闘牛』で芥川賞受賞
戦後の井上靖
日南町と井上靖
  〜思いを受けついでいくために〜


 いい仕上がりです。
 ただし、日南町に関する記事が少ないのが残念でした。

 日南町に関することは、マンガで4頁、2つの記事で4頁なので、全体の3分の1となります。
 日南町と井上靖のことを知ってもらうためには、井上靖の若い頃のことはもっと端折っていいと思いました。井上靖の家族が日南町に疎開して来たこと(2頁分)は、マンガと重複しています。私がほしいと思うことは、その後に、日野郡福栄村が舞台となる小説『通夜の客』が書かれたことと、それに加えて、その作品を映画化した『わが愛』(1960年、松竹)に関しても、もっと全国の方々に知ってもらうといいと思います。小説に出てくる実際の家の前には、屋号を記した看板が出されています。この風景は、まさに小説『通夜の客』と日南町との接点です。このことを、次の改訂の際には盛り込んでいただけるようにお願いしたいと思います。こうした内容で、4頁はとってほしいと思いました。

 この冊子から伝わってくる基本的な姿勢は、自分の町を遠慮がちに紹介しているところです。全国の読者への配慮や、井上靖との接点への意識が強過ぎるように思います。心優しい町民のみなさまらしくて、これはこれでいいのかもしれません。しかし、完成度の高い冊子なので、さらに自己主張をした方が、読者への印象は強くていいと思います。
 つい駄弁を弄してしまいました。妄言多謝

 この冊子は、市販されているものではありません。
 手にしたい方は、「日南町教育委員会」に連絡をとってみたらいいと思います。
 たくさん制作されたものではなさそうなので、幸運を祈ります。

 なお、今月9月23日から10月16日まで、日南町美術館で「企画展 日南町ゆかりの文学者たち Part3 池田亀鑑」が始まります。池田亀鑑に関する冊子も発行されるようです。楽しみにしましょう。
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2016年09月04日

第5回池田亀鑑賞授賞式及び記念講演会のご案内

 例年初夏に実施していた池田亀鑑賞の授賞式を、今年は秋に開催することになっていました。
 これは、池田亀鑑生誕の地である日南町の美術館で、池田亀鑑に関する特別展が開催されることに連動したイベントとするためです。

 池田亀鑑の生誕120年、没後60年の特別展であり、貴重な品々が展示されることは、「池田研二先生のお宅で父亀鑑の遺品を確認」(2016年09月01日)で報告した通りです。
 
 第5回池田亀鑑賞授賞式及び記念講演会(2016年10月1日)に関するポスターが届きましたので、ここに紹介します。


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 今回の講演会は、今活躍中の若手研究者による興味深いものとなっています。
 特に、受賞者の畠山大二郎氏の講演では、実際にモデルに平安時代の装束を着装するというパフォーマンスが盛り込まれています。モデルが誰であるかは、当日のお楽しみです。

 このイベントに、一人でも多くの方々が参加してくださることを願っています。

 この日に合わせて、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第3集』(新典社刊)を突貫工事で制作中です。いつもながら、時間に追われる日々の中で、間に合わせたい一心で校正を進めています。この書籍も、その内容共々、当日のお楽しみということにしておきます。
posted by genjiito at 19:48| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年09月03日

読書雑記(179)高田郁『あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇』

 『あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇』(高田郁、ハルキ文庫-時代小説文庫、2016年8月)を一気に読みました。


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 元文3年(1738)、大坂天満にある呉服商五鈴屋の元旦から軽快に始まります。

 廓狂いで放蕩三昧の四代目徳兵衛をめぐり、14歳の主人公幸が女衆であった身から一転して後添いとなることに決まります。

 幸は、商いの戦国時代に、知恵を武器にして生きていくことになります。

 知識と知恵の哲学を、この巻で教わることになりました。
 次の治兵衛の言葉が記憶に残っています。


「知恵は、何もないとこからは生まれしまへん。知識、いう蓄えがあってこそ、絞りだせるんが知恵だすのや。商いの知恵だけやない、生き抜くためのどんな知恵も、そないして生まれる、と私は思うてます。せやさかい、盛大に知識を身につけなはれ」(133頁)


 幸が品定めされる場面で『商売往来』を暗誦する様は圧巻です。
 本を置く暇もないほどに、話は展開していきます。
 「店先現銀売り」は三井の商売です。そのこととイメージが重なり、京と江戸の違いにも思いが及びました。

 登場人物が、それぞれに活きています。
 それぞれが、考えながら生きています。

 最後の場面で、月夜に鈴虫の音が響いて綴じ目となります
 印象深い終わり方であり、この話の続きが待たれます。
 新しい物語のシリーズが期待通りに始まりました。【5】

 この前作については、「読書雑記(159)高田郁『あきない正傳 金と銀 源流篇』」(2016年03月11日)をご笑覧ください。

 なお、本作中で「四代目の後添いに迎えたなら、一生、ただ働きで済むよって、五鈴屋にしたらの字だすやろ」(66頁)とあるところの「恩」は「御」とすべき誤植です。この一点だけが、細やかながらも本書の傷だと言えるでしょう。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 読書雑記

2016年09月02日

日比谷図書文化館で歴博本『鈴虫』を読む

 池田研二先生のお宅で、池田亀鑑に関する遺品や資料を確認したその足で、地下鉄を乗り継いで霞が関に出て、日比谷公園に駆け込みました。日比谷公会堂周辺では、相変わらず「ポケモン GO」を楽しむ多くの人で賑わっていました。
 日比谷図書文化館で古写本を翻字する講座は、今回が第7期10回目となり最終回です。

 いつものように、最初はさまざまな情報をお伝えしました。

 千代田図書館の「古書販売目録」のパンフレットを配布し、独力で調査をしている話をしたところ、お二人が参加してみたい、との意志を示してくださいました。また、その後、もうお一方も参加希望の連絡をして来られたので、今のところ3人が参加ということになっています。

 この調査体験は、9月13日(火)に実施します。
 興味と関心をお持ちの方は、あらかじめ本ブログのコメント欄か私宛のメールで参加の意思を連絡していただき、午後1時に1階ロビーにあるパン屋さんの近くにお越しください。
 膨大な古書販売目録から、『源氏物語』の写本や版本に関する情報を抜き出しています。
 得難い体験ができるかと思います。

 さて、歴博本「鈴虫」は、ハイペースで翻字の確認をしました。これまでで最高最速の9頁分も進みました。どうにか、歴博本「鈴虫」の全丁を変体仮名に忠実に翻字と確認をすることができました。そして、翻字の誤りは1文字もなかったので安堵しています。

 古写本に書かれている文字を読む上で、注意しておくべき事例を記録として残しておきます。

 まず、歴博本「鈴虫」の17丁表の後半下部に見られる「おほ(す)」の仮名文字の書かれ方です。


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 右端を翻字すると「おほ春」、真ん中は「おほえ」、左端は「おほされ」です。
 この「おほ」に当たる仮名は、現行の平仮名「おほ(於保)」です。とは言うものの、この字形に慣れないと、すぐには「おほ」と読めません。パターンとして覚えておくしかありません。

 私がまだ学生だった頃、この「おほ」という文字の形に慣れていなかったこともあり、「覚」と翻字していました。まもなく、これが漢字ではなくて平仮名としてしか読めない字形であることがわかりました。

 この歴博本「鈴虫」の墨付き最終丁である18丁裏の冒頭にも「おほし」があります。


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 右側は「おほし」です。ただし、前出の3例とは「お」に該当する文字の字形が大きく異なります。
 左側が「お本し」です。これは、「本」という変体仮名を含むものの、すなおに翻字できる文字列となっています。

 古写本を読む時には、理屈なしに字形をパターン化して覚えておくべき場合があります。この「おほす」の「おほ」は、まさに反射的に「おほ」と読めるようになっていると、効率的にすばやく文字列を読み取ることができる例だといえるでしょう。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 変体仮名

2016年09月01日

池田研二先生のお宅で父亀鑑の遺品を確認

 10月1日(土)に予定している池田亀鑑賞授賞式と展覧会及び、現在編集を進めている『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第3集』(新典社刊)の打ち合わせのため、池田研二先生のお宅へ行って来ました。

 今日は、池田亀鑑賞と展覧会「日南町ゆかりの文学者たち(池田亀鑑)」の主催者側として、日南町からお越しの久代安敏さん(池田亀鑑文学碑を守る会事務局長)と浅野康紀さん(日南町図書館主任司書)もご一緒でした。

 研二先生は、私が地下鉄大江戸線の門前仲町駅から一本で行ける、便利なところにお住まいです。かつて父亀鑑が住んでいたご自宅です。

 余裕を持って出かけ過ぎたせいか、あらかじめ調べてあった時間ちょうどにホームに入ってきた電車に乗ったところ、何と反対方向に行く電車だったのです。同じ時間に上りと下りが入線することを知らず、時間通りに先に入ってきた電車に、無意識に乗ってしまったのです。

 東京の地下鉄は網の目のように張り巡らされています。引き返さずに、2つ先の森下駅と10駅ほど行った新宿駅で乗り換えることにしました。
 ところが運悪く、新宿で乗り換える電車が、車両点検のため大幅に遅れたのです。鳥取からおいでのみなさまとの駅での待ち合わせはキャンセルし、遅れて伺うことになりました。

 電車は時間通りに走っているものだ、という、平和過ぎる日本に安住している自分の感覚が、かくも麻痺していることを痛感しました。トラブルは自分が関知しないところで発生するものだと、平和ぼけしていたことにあらためて気付かされることとなりました。

 研二先生のお宅では、今回日南町で開催される池田亀鑑展で展示する、遺品や資料等の選定のお手伝いをしました。
 展覧会では、本邦初公開となる貴重な品々が並ぶことになります。9月23日(金)〜10月16日(日)に開催される日南町美術館で展示されますので、この期間にぜひとも日南町に足をお運びいただければと思います。

 その他、どなたもご存知の文豪(谷崎潤一郎等)からの手紙やハガキも、展覧会場に展示されます。
 今回確認できた、膨大な量の信書類をどうするかは、今後の課題です。

 何とかして、手紙類を時間の流れに沿って並べ直すことに、一日も早く着手したいものです。そして、内容を精査・解読して、池田亀鑑の研究や周辺の人々のつながりや流れを、明らかにしたいものです。

 書きかけや推敲の跡が随所に見られる原稿も、その数は数えきれないほど多いのです。これについては、すでに印刷刊行されたものとの照合も必要です。

 中でも、『花を折る』への収録を見送られた文字起こし原稿や資料が、百点近く確認できました。これらは根気強く整理した上で、『花を折る』の続編として多くの方に読んでいただけるようにしたいと思います。

 どのような形にするのかを思案中です。楽しみにお待ちください。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 池田亀鑑