2016年01月12日

藤田宜永通読(26)『血の弔旗』

 藤田宜永『血の弔旗』(2015年7月、講談社)を読みました。580頁の大作です。


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 藤田の作品は、『鋼鉄の騎士』(1994年)で日本推理作家協会賞と日本冒険小説協会特別賞を受賞した頃が最盛期でした。『樹下の想い』(1997年)(講談社)あたりから恋愛小説に転身し、『求愛』(1998年)で島清恋愛文学賞を、『愛の領分』(2001年)で直木賞を受賞してからの作風は、私の好みではありません。

 特に最近の作品は、最初と終盤はおもしろいのです。しかし、中盤に中弛みがあり、最後にがっかりすることが多くなりました。
 今回も、出だしの事件発生から快調なので、この調子で退屈にならないように、と祈りながら読み進みました。
 読み終えた今、若い頃の筆の力と物語展開の妙が復活し、さらにパワーアップしたように思っています。

 原島勇平は、昭和初年に満州に渡り、関東軍司令部ともつながっていた大陸浪人でした(12頁)。戦後は金融業の資産家となっています。
 主人公根津賢治は、この勇平の運転手で、大金をまんまと強奪したのです。
 勇平の執事である野上宗助は、満州からの引き上げてきた者です。(79頁)
 現在、私は船戸与一の『満州国演義(全9巻)』を読み進めているところなので、この満州を背景に持つ人物の動向に気をつけていました。しかし、本作ではそのことは何も物語展開に関わらないままでした。昭和初期から戦後へと、社会的な背景に絶妙の味付けができるネタが活かされず、もったいないと思っています。

 この小説は、犯人と犯行の手口は最初に語られています。いかに警察から逃げられるか、ということろが読みどころなのです。この点では、最後まで読者を引きつけて語り進めることとなり、最初の心配が杞憂に終わりほっとしました。
 犯罪者の心理が巧みに炙り出されているからです。

 物語展開の背景に、映画、流行歌などの作品名や出来事を配して、最後まで読ませる工夫がなされています。
 映画は『007危機一髪』『ゴールドフィンガー』、歌謡曲は「星のフラメンコ」「バラが咲いた」「柳ケ瀬ブルース」に始まり、『コント55号!裏番組をブッとばせ!!』『昭和残侠伝』『スパイ大作戦』『大脱走』「ルビーの指環」「いとしのエリー」「骨まで愛して」などなど。
 作者と同世代の私にとっては、自分のこれまでを重ね合わせながら、世相とともに楽しく読めました。
 昭和という時代を、うまく掬い取って物語の中に溶け込ませています。風俗史の資料ともなっています。

 そうした中で、日本現代史を研究する大学院生が登場し、話はさらにおもしろい展開となります。

 後半になっても、筆力は衰えません。
 時効が問題になったところで、犯人像が見えてきました。しかし、物語はさらにおもしろさを加速します。
 そして、鮮やかな着地を見せてくれました。

 藤田の作品には、中弛みと最後の失速がありがちです。しかし、本作はこれまでとは格段に違う、完成度の高さを見せています。
 何よりも、主人公をはじめとして、登場する一人一人が生き生きと描かれています。そして、第三章からは特に、人間の醜さ以上に、人間のすばらしさが刻まれていくのです。
 約束破りのどんでん返しがないのも、現実味のある物語展開にも、素直に受け入れられました。
 これまでの藤田宜永とは違う、若き日の藤田の良さをさらに大きくした、人間を見据えた小説家の姿を見ることができました。

 本の帯に次のように書かれています。


戦後70年 ─ 犯罪小説はもう一つの戦後文学になった。
1944年から1981年へ。ある犯罪者が駆け抜けた「昭和」とは。


 終始犯人の視点で語られています。いつ誰が犯罪の背景を暴くのか、手に汗握って読みました。
 ただし、『血の弔旗』という題名は損をしています。これでは、負のイメージが勝ち過ぎるので、書店の本棚から手に取ってもらえないでしょう。このままでは、内容がいいだけに、多くの読者を得られずに終わります。再検討すべきです。
 また、表紙と章の扉絵の犬があまりにも稚拙な絵なので、本作のイメージを壊しています。
 改題され、挿絵がなくなった時に、私は本作を多くの方に薦めたいと思います。【5】

 初出誌︰『小説現代』2012年11月号〜14年1月号
posted by genjiito at 21:35| Comment(0) | □藤田通読