2015年11月27日

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その24)

 最初は、変体仮名に関する話題から。
 「住民基本台帳収録変体仮名」として、現在も住民票で使用されている168字の変体仮名の確認をしました。
 ただし、資料として参照した「ウィキメディア・コモンズ」の「Juki-Gana(住基仮名)」は、その字体が明瞭ではないので、1文字ずつ詳細な確認はしませんでした。


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 次に、福沢諭吉の『学問のすすめ』(明治4年)の巻頭部分の変体仮名を確認しました。
 これは、近代文学館が昭和49年に復刻したものからとりました。


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 巻頭部において、赤丸で囲った「八」「尓」「春”」「連」「累」が変体仮名であることが確認できます。「連」は写本等では見慣れない字形です。

 それに加えて、青丸で囲ったのは、現行のひらがなである「以」「与」「奈」「止」の字体が異なるものが出現している例です。
 「以」は漢字とひらがななの使い分けなので問題はありません。しかし、「与」「奈」「止」については、何か使い分けがあるのか、今の私には不勉強でよくわかりません。
 「止」を見ると、語頭と語中で使い分けているとも思われません。

 ここでは指摘に留めておきます。ご教示いただけると幸いです。

 古写本では、行末や丁末で書き間違いやうっかりしたミスがよく見られることは、これまでにも何度か確認してきました。
 ハーバード本でそうした箇所が続いたので、1例をあげて確認しておきます。

 行末で「いし」(20丁ウラ2行目)をミセケチにして、その右横に「石」と傍記している例です。


151127_isi




 ここは、「人木石にあらず」という、白居易の新楽府「李夫人」にあることばを引くところです。
 諸本の本文異同は、次のようになっています。


人木いしにあらされは/いし$石[ハ]
   ・・・・521910
 人木いしにあらされは[保]
 人木石にあらされは[大平尾池御正L高国]
 人ほくせきにあらされは[麦阿陽]


 ハーバード本と同じ「木いし」という本文を伝えるのは保坂本だけです。保坂本はハーバード本とは微妙に本文が異なる写本なので、ここでハーバード本が書写している親本が保坂本に類するものだった、とは言えません。
 保坂本も鎌倉時代に書写された写本です。当時、「木いし」と言っていたのかもしれません。

 このミセケチにしている箇所について、書写事情を推測してみましょう。
 ハーバード本のこの場所が行末であることから、書写者は次の行に目も気持ちも移っていて、改行後の書写文字列に注意が向いていたと思われます。そこで、文意を考えずに、つい日常的に聞き知っていた「木いし」と書写してしまったのではないでしょうか。親本の「木石」を「き・いし」と覚えて書写にかかったのかもしれません。
 「木いし」と書いてから、次行の文字を書写しようとして、親本が「木石」であることに気づき、すぐに「いし」をミセケチにして「石」と傍記した、と考えられるところです。

 次は、読みがややこしい例です。

 「木石」の次の行(20丁ウラ3行目)に、「うちしゆんして」とあります。
 ここは『新編全集本』(小学館)などが大島本によって、「うち誦(ずう)じて」としているところに当たります。口ずさんで、という意味です。

 諸本の本文異同を整理すると、ハーバード本は「うちじゅんじて」と「じゅす(誦す)」という読みで理解していると見られます。


うちしゆんして[ハ]・・・・521915
 うちすうして[大]
 うちすんして[平陽国千]
 うちすして[尾阿池御正]
 うちすして/ち←[麦]
 打すうして[L]
 うちすむしつゝ[保]
 うちすむして[高]


 このハーバード本の「ゆ」という文字に関して、「うちしして」ではないか、という意見が出ました。
 次の写真の左側を見てください。


151127_yu




 確かに「免」のように見えます。
 しかし、写真の真ん中の例にある「免」から、この左の例はやはり「免」ではなくて「ゆん」とすべきことがわかります。これは、上掲写真右側の「しゆ法」(修法)の「ゆ」からも確認できます。

 写本を読んでいると、いろいろな字形に出くわします。筆記体なので、同じ字形はないとも言えます。そうした状況の中を、1文字1文字を読み分けながら、ことばの意味も考えながら翻字を続けています。

 翻字は退屈な作業のように思われがちです。しかし、こうして書写した人のことを想像しながら翻字を進めていると、昔の人の様子を思い描き、その人と対話をする気持ちになれて、けっこう楽しいものです。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | ◎NPO活動