2015年11月30日

銀座探訪(33)師走を控えた月末に銀座で泳ぐ

 明日から師走。
 銀座も人の動きが慌ただしくなりました。

 もっとも、大通りに堂々と列を成して違法もなんのそのと停められている、大型観光バスから吐き出される外国人が、行き交う人の大半のようにも見えます。
 バスが立ち去った瞬間に、さっと撮影しました。


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 新装なった文房具の伊東屋は、若者と女性の気を惹くことが最優先のようです。文具好きの私などが行こうと思うような、魅力的なグッズ探しのお店ではなくなってしまいました。
 「銀座探訪(29)新装なった銀座伊東屋とあずま稲荷大明神」(2015年06月15日)で書いた通りです。

 昔はよかった、と言うのではなくて、押しつけがましい商品の展示に圧迫感を覚えます。
 文房具は、見た目よりも機能性を競ってほしいものです。リニューアルした伊東屋は、そんな楽しみを味わう場ではなくなった、ということです。会社の方針と私の好みが合わなくなった、の一言です。1つ、銀座で行きつけのお店をなくしました。

 いつもきれいな花やオブジェで飾られるミキモトは、今は工事中です。
 恒例のクリスマスツリーは中止となりました。
 しかし、長嶋一茂氏が幼な馴染みである山野楽器の山野社長に何とかしろと言ったそうで、今年は山野楽器がミキモトに負けず劣らずのクリスマスツリーを飾っています。

 時間帯によって、音楽に合わせて色がクルクルと変わります。
 そんな変化を切り取った写真を並べてみます。
 実際には、銀座4丁目に足を運んでご覧ください。


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 一しきり光のファンタジーを見てから、いつものようにアップルストア裏のコナミスポーツクラブで泳ぎました。

 帰り道、コナミの前から松屋通りを見通すと、銀座3丁目の交差点の人混みから向こうに、電飾の並木がきれいに見えました。


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2015年11月29日

江戸漫歩(118)深川大鳥神社の酉の市

 昨年の今ごろ、大田区大森にある鷲(おおとり)神社の酉の市へ行きました。

 今年の酉の市は、一の酉が11月 5日(木)、二の酉が11月17日(火)、三の酉が11月29日(日)です。
 11月の酉の日は、年2回の年と3回の年があり、1年置きに来ます。といっても、来年も3回あります。
 今日はちょうど三の酉。
 「三の酉まである年は火事が多い」と言われているとか。
 二十歳の成人式の数日前に、住み込んでいた新聞配達店の火事で焼け出されました。身の回りの物をすべてなくし、鷲神社に数日避難した私にとって、鷲さんは忘れられない神社なのです。

 「江戸漫歩(92)大森の山王を散策し酉の市へ」(2014年11月22日)

 関西では十日戎と言って、新年の「えべっさん」がその賑わいを見せます。
 大阪の高校で教員をしていた頃には、仕事帰りに自転車で日本橋の電気屋街へ行くついでに、今宮戎に立ち寄って福笹をいただいたり、「福娘」を探したりしていました。

 調べてみたところ、この「えべっさん」と「酉の市」は、特に関連する行事ではないようです。

 関東一円では、年末の「酉の市」が鷲神社(大鳥神社)で催されています。
 こちらは熊手が縁起物となっています。

 日中はぽかぽか陽気だったこともあり、近所の富岡八幡宮へ恒例となっている骨董市に行ったところ、三の酉ということで境内の露店では骨董品ではなくて熊手を並べていました。


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 本殿では、七五三のお詣りで来た家族連れも含めて、長蛇の列でした。


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 実は、大鳥神社はこの本殿に向かって左の奥手にあります。
 ほとんどの方がそのことを知らずに、ここでお参りを済ませておられます。
 富岡八幡宮の参道で賑やかに酉の市の熊手が並んでいても、肝心の大鳥神社は末社として人目につかない奥にあるのです。

 ここの大鳥神社で熊手を求める方が少なかったのは残念です。
 私はいただきませんでした。しかし、ここの大鳥神社では、渡した熊手をすぐ横の社の前で、1つずつ神主さんが御幣でお祓いをしておられました。
 これで、ありがたみは倍増です。

 近くのホームセンターでは、早々とお正月の注連飾りや門松が並んでいました。今年は、クリスマスはすっ飛ばして、もう来年の準備にかかっているようです。

 そんなこんなで、江戸の歳末が肌身に伝わってくるようになりました。

 明後日から師走です。
posted by genjiito at 21:33| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年11月28日

江戸漫歩(117)紅葉には少し早かった清澄庭園

 清澄庭園の様子などは、「江戸漫歩(33)深川図書館と清澄庭園」(2011/4/24)に書きました。

 また、清澄庭園とその周辺のことは、「江戸漫歩(37)清澄公園から芭蕉庵旧跡へ」(2011/5/8)に書いています。

 共に、初夏を感じさせる季節にお弁当を持って、散策がてらに行ったときのことでした。
 秋の頃にはこの庭園に来ていなかったので、紅葉狩り気分で今日もお弁当を手にして行きました。
 江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡らしく、都心とは思えないほど雄大な景色が堪能できます。
 回遊式林泉庭園というのは、気持ちが大らかになります。

 お弁当を広げていたベンチの横に、鷺が人懐っこく寄ってきました。
 賀茂川の自然の中の鷺と違い、都会の匂いを漂わせるダンディな鷺です。


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 中の島の前で見上げると、何本かの木が色付いていました。


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 この彩りを対岸から見ると、こんな感じです。


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 多くのユリカモメが、池の水面を飛び交っています。


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 日陰では寒さを感じます。
 周りの紅葉の色がくすんでいるのは、日当たりのせいではないでしょうか。


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 鷺と鴨が仲良く遊ぶ姿は、私が大好きな構図です。


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 あっという間に日が落ちました。
 散歩を兼ねて歩いて宿舎に帰る頃には、すっかり風も冷たくなっていました。
posted by genjiito at 21:33| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年11月27日

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その24)

 最初は、変体仮名に関する話題から。
 「住民基本台帳収録変体仮名」として、現在も住民票で使用されている168字の変体仮名の確認をしました。
 ただし、資料として参照した「ウィキメディア・コモンズ」の「Juki-Gana(住基仮名)」は、その字体が明瞭ではないので、1文字ずつ詳細な確認はしませんでした。


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 次に、福沢諭吉の『学問のすすめ』(明治4年)の巻頭部分の変体仮名を確認しました。
 これは、近代文学館が昭和49年に復刻したものからとりました。


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 巻頭部において、赤丸で囲った「八」「尓」「春”」「連」「累」が変体仮名であることが確認できます。「連」は写本等では見慣れない字形です。

 それに加えて、青丸で囲ったのは、現行のひらがなである「以」「与」「奈」「止」の字体が異なるものが出現している例です。
 「以」は漢字とひらがななの使い分けなので問題はありません。しかし、「与」「奈」「止」については、何か使い分けがあるのか、今の私には不勉強でよくわかりません。
 「止」を見ると、語頭と語中で使い分けているとも思われません。

 ここでは指摘に留めておきます。ご教示いただけると幸いです。

 古写本では、行末や丁末で書き間違いやうっかりしたミスがよく見られることは、これまでにも何度か確認してきました。
 ハーバード本でそうした箇所が続いたので、1例をあげて確認しておきます。

 行末で「いし」(20丁ウラ2行目)をミセケチにして、その右横に「石」と傍記している例です。


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 ここは、「人木石にあらず」という、白居易の新楽府「李夫人」にあることばを引くところです。
 諸本の本文異同は、次のようになっています。


人木いしにあらされは/いし$石[ハ]
   ・・・・521910
 人木いしにあらされは[保]
 人木石にあらされは[大平尾池御正L高国]
 人ほくせきにあらされは[麦阿陽]


 ハーバード本と同じ「木いし」という本文を伝えるのは保坂本だけです。保坂本はハーバード本とは微妙に本文が異なる写本なので、ここでハーバード本が書写している親本が保坂本に類するものだった、とは言えません。
 保坂本も鎌倉時代に書写された写本です。当時、「木いし」と言っていたのかもしれません。

 このミセケチにしている箇所について、書写事情を推測してみましょう。
 ハーバード本のこの場所が行末であることから、書写者は次の行に目も気持ちも移っていて、改行後の書写文字列に注意が向いていたと思われます。そこで、文意を考えずに、つい日常的に聞き知っていた「木いし」と書写してしまったのではないでしょうか。親本の「木石」を「き・いし」と覚えて書写にかかったのかもしれません。
 「木いし」と書いてから、次行の文字を書写しようとして、親本が「木石」であることに気づき、すぐに「いし」をミセケチにして「石」と傍記した、と考えられるところです。

 次は、読みがややこしい例です。

 「木石」の次の行(20丁ウラ3行目)に、「うちしゆんして」とあります。
 ここは『新編全集本』(小学館)などが大島本によって、「うち誦(ずう)じて」としているところに当たります。口ずさんで、という意味です。

 諸本の本文異同を整理すると、ハーバード本は「うちじゅんじて」と「じゅす(誦す)」という読みで理解していると見られます。


うちしゆんして[ハ]・・・・521915
 うちすうして[大]
 うちすんして[平陽国千]
 うちすして[尾阿池御正]
 うちすして/ち←[麦]
 打すうして[L]
 うちすむしつゝ[保]
 うちすむして[高]


 このハーバード本の「ゆ」という文字に関して、「うちしして」ではないか、という意見が出ました。
 次の写真の左側を見てください。


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 確かに「免」のように見えます。
 しかし、写真の真ん中の例にある「免」から、この左の例はやはり「免」ではなくて「ゆん」とすべきことがわかります。これは、上掲写真右側の「しゆ法」(修法)の「ゆ」からも確認できます。

 写本を読んでいると、いろいろな字形に出くわします。筆記体なので、同じ字形はないとも言えます。そうした状況の中を、1文字1文字を読み分けながら、ことばの意味も考えながら翻字を続けています。

 翻字は退屈な作業のように思われがちです。しかし、こうして書写した人のことを想像しながら翻字を進めていると、昔の人の様子を思い描き、その人と対話をする気持ちになれて、けっこう楽しいものです。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月26日

スペイン・マドリッドから届いた紅葉の写真

 スペインにいらっしゃる高木香世子先生から、お宅の紅葉の写真を送ってくださいました。


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 これまで、スペイン語で紅葉は翻訳できないと聞いていました。
 『源氏物語』の翻訳で、みなさん苦心しておられたのに、高木先生のお宅に紅葉があり、しかもこんなにきれいなのです。

 先般の研究会でも、紅葉のことが話題になったので、非常に興味のあるところです。
 『海外平安文学研究ジャーナル 第3号』に掲載している淺川槙子さんの「各国語訳『源氏物語』「桐壺」について」の説明でも「スペインには存在しないとされる「紅葉」」(71頁)とあります。

 これは、スペインに一般的にあるものなのか、それとも、高木先生のお宅が特別なのか、お尋ねしたところ、すぐに詳しい説明をしてくださいました。

 今先生がお住まいの家は、長い間オランダ人に貸していたそうです。
 そこで、多分そのオランダ人が植えたのではないか、とのことです。
 高木先生からの説明を引用します。


紅葉はとても育ちが遅く、落ちた種が萌芽すると鉢に植え替えて育てております。
もう少し早く気がつけば良かったのですが、現在4本ほど垣根近くに植え、育成しております。
ただマドリードはとても乾燥が激しく、夏季は日照り状態になりますので安心はできません。
気温の高い間は朝晩水撒きを良くして直射が強くないことを祈るばかりです。

確かに他の方たちの話しでは、日本から紅葉を持ってきても葉が赤くならないとのこと。
拙宅では紅葉がきれいに楽しめます。
もっとも昨年は春に水分が不足したようで、残念ながら枝が何本か枯れました。
今年は気を付けておりましたので、紅葉を皆様に自慢しているところです。
春の緑もこの紅葉が一番きれいです。


 またマドリッドに伺う機会がありましたら、ぜひともこの紅葉を拝見したいと思います。
 高木先生、貴重な写真と説明をありがとうございました。
posted by genjiito at 01:16| Comment(0) | ◆国際交流

2015年11月25日

読書雑記(147)角田光代『マザコン』

 角田光代『マザコン』(集英社文庫、2010.11)を読みました。


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 母と娘、母と息子、夫と妻などなど、さまざまな組み合わせで、家族や人間関係が語られます。
 特に、母の存在が多角的に描かれます。

 実は、私にはこの一連の作品が消化不良のままです。母と娘の関係が、感覚としてよくわからないのです。
 各作品の題名と内容も、うまく結びつきませんでした。

 本書は、いつかもう一度読むことになりそうです。

■「空を蹴る」

 非常に小気味よく、歯切れのいい文章です。しかし、その割には男の実体が描けていません。話も作り事すぎていて、あれっと思いました。初めて読む作家の作品なので、慣れない作風に戸惑ったからでしょうか。【1】
 
初出誌:『すばる』2004年1月号
 
 
■「雨をわたる」

 親子の関係が希薄な話です。娘の一人語りです。母親が無機質です。文章がだらだらし出しました。娘から見た母は、こんなものなのでしょうか。どこに焦点があるのか、あえてないことにしているのか、私にはまだよくわかりません。【1】
 
初出誌:『すばる』2004年10月号
 
 
■「鳥を運ぶ」

 母が飼っていた六羽のセキセイインコを、入院したことにより移動させる話です。インコを見る目が、なかなか楽しい描写となっています。わが家でも、40年以上にわたって何匹ものインコを代々かわいがってきたので、飼い主の気持ちがよくわかります。外出するのも大変なのです。それにしても、娘を中心とした人間関係が、何となくぎくしゃくしたままです。離婚の話が中途半端です。【2】
 
初出誌:『すばる』2005年1月号
 
 
■「パセリと温泉」

 娘から見た優柔不断な父親の姿が、さもありなんという雰囲気で描かれています。母親が、それに荷担します。
 その母親が胃癌で入院し、幻想からいろいろなことを言います。それに振り回される娘が活写されます。最後に母を見舞いにきた父を見たとたん、娘のものの見方が変わり出します。この話は、私にもわかりました。【4】
 
初出誌:『すばる』2005年9月号
 
 

■「マザコン」

 何事も言葉で説明しようとする男。思いつくままに言葉を連射する女。そんな構図で物語が構成されています。
 私が本書に馴染めないのは、感覚的な女と、観念的な男の対比が、終始気になって仕方がないからではないか、と思うようになりました。【1】
 
初出誌:『すばる』2006年1月号
 
 

■「ふたり暮らし」

 女性が買い物をする楽しさを描きます。「男の人にはわかんないだろうなあ」としながら。ケーキに下着に食料品。
 娘から見た母親がリアルに活写されています。あまり好意的な視点では描かれてはいません。
 母は娘たちを自分だと思っている、というのです。そして、私も自分を母だと思い込んでいると。同性に対する気安さが、その語り口に現れています。【3】
 
初出誌:『すばる』2006年7月号
 
 
■「クライ、ベイビイ、クライ」

 妻と母を相手に、それぞれに自分の気持ちを説明する口調が気になりました。
 自己弁護に終始する男の姿は、あまり感じのいいものではありません。
 本書の最初は歯切れのいい表現でした。それが、次第にだらだらと言葉が続くようになり、物語の内容も痩せてきました。【1】
 
初出誌:『すばる』2006年10月号
 
 
■「初恋ツアー」

 母の初恋ツアーに付き合う息子夫婦の話です。母を見つめる2人の優しさが、ごく自然に描かれています。登場人物のやりとりの軽さがいいと思いました。文章が平板なのが、まだ気になります。【3】
 
初出誌:『すばる』2007年1月号
 
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 収録作を読み終わり、手応えのないのが正直な感想です。しかし、ここに取り上げられている母親というものが、どうも気になります。今の私にはわからないものが、この中にありそうだからです。
 いつかまた、本書を取り出して再読するような予感がします。

 そして今、本作の作者が『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 全30巻』で『源氏物語』の現代語訳を担当されていることに想いを馳せています。
 池澤版文学全集の第3期(2017年5月〜2018年3月)に、角田光代氏の訳による『源氏物語』(上・中・下)が刊行される予定となっているからです。
 与謝野晶子、円地文子、瀬戸内寂聴、田辺聖子、中井和子、尾崎左永子、大塚ひかり、林真理子、荻原規子などとは異なる、新しい女性の視点からの新訳『源氏物語』が生まれるかも知れません。
 現在、現代語訳に取り組んでおられるところのようです。その刊行を、楽しみに待ちたいと思います。
posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | 読書雑記

2015年11月24日

平成27年11月18日にお亡くなりになった秋山虔先生へ

 平安時代の文学研究を牽引して来られた秋山虔先生の訃報が、先週の18日に伝わって来ました。突然でした。

 昨秋の中古文学会で先生とお話をしたときのことを、今思い出しています。
 新座にある立教大学で、先生と奥様が仲良くお茶を召し上がりながら、休憩なさっていました。ちょうどお見かけしたので、出来上がったばかりの私が編集したハーバード大学本「蜻蛉」の献本を、直接手渡しで差し上げました。

 先生はいつも、「よくやっているね」と励ましてくださいます。そのときも、「誰にでもできることではないですよ。古写本を整理して、これからの人のためにも、研究環境を整備してください」と、優しくおっしゃってくださいました。

 NPO法人を作るときにも、お手紙やお電話でご相談したり、アドバイスをいただいたりしました。直接の教え子ではない私にまで、ご配慮いただけたことに感謝しています。

 池田亀鑑に関する調査とその成果である編著を刊行するときにも、いろいろとお話をうかがい、編集や構成のヒントをいただきました。

 国文学研究資料館が品川から立川に移転して新館をお披露目した際、当時の館長だった伊井春樹先生から、来賓である秋山先生のお世話係を申し渡されました。
 一日中、秋山先生のおそばにいた日のことは、忘れることができません。館内をご案内しているときや、休憩なさっているときなどに、たくさんのお話をうかがうことができました。

 私などは、秋山先生の学問とはほとんど接点を持たない、古写本や文献資料の整理に明け暮れているだけです。しかし、それでも成果をお届けすると、ご丁寧なお言葉をいただけました。ありがたいことです。研究とは程遠い作業にしか過ぎない私の仕事にも、ご理解をいただけたことは幸せでした。

 今日は、会議が終わるとすぐに国文研を出ました。
 途中、月がクレーンに吊られているように見えたかと思うと、その前をモノレールが通りかかったので、思わずシャッターを切りました。


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 秋山先生のお通夜は、本駒込駅の近くにある臨済宗の養源寺でした。

 記帳を済ますとすぐに、藤原克己先生から声をかけられました。お忙しいのに、お気遣いをありがとうございました。

 本堂の上には、月が爽やかに照っていました。


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 国文学研究資料館の今西祐一郎館長とともにお斎の会場へ行くと、多くの先生方とお話をする機会に恵まれました。これも、秋山先生のお引き合わせです。

 小山利彦先生、『源氏物語【翻訳】事典』の編集再開について承知しました。
 笠間書院の大久保さん、小山先生のお話の通りですので、よろしくお願いします。
 日向一雅先生、関口さんには大いに羽ばたいてもらいましょう。
 堀川貴司先生、国文研で同期だった仲間が大活躍のさまは嬉しいかぎりです。

 多くの先生方にご挨拶できないままに、秋山先生のご冥福をお祈りしながら、斎場を後にしました。
posted by genjiito at 21:39| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月23日

五感を使って江戸時代の百人一首カルタにチャレンジ

 来月12月6日(日)に、東京・護国寺にある筑波大学附属視覚特別支援学校で、「科学へジャンプ! イン東京」というイベントが開催されます。

 これは、小学校高学年〜高校3年生の視覚に障害のある生徒たちに向けた、理数系を中心とする体験型の学習会です。

 ここで、「点字付百人一首〜百星の会」のみなさんが「五感を使って感じられる百人一首」というワークショップをなさいます。

 「百星の会」については、本ブログの「「点字付百人一首〜百星の会」の紹介と活動内容」(2015年09月01日)で詳しく書いていますので、ご参照願います。

 今回のワークショップのお手伝いを、私もさせていただくことになっています。
 今日は、関係者と東京駅で、長時間にわたり打ち合わせをしました。

 実施の詳細は、さらに当日まで検討を加えますので、お楽しみに、ということにしておきます。
 ただし、現在思案中のことをここに記し、本ブログをお読みいただいている方々からのご教示をいただけると幸いです。

 私の手元に、江戸時代の寛文頃(1670年前後)のものと思われる、陽明文庫(近衛家)旧蔵『百人一首』の複製(昭和56年10月、おうふう)があります。
 また、かつて教えていた学生が作成した、『源氏物語』の一場面を描いた貝合わせも幾組かあります。


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 これを、今回のワークショップの中のどこかで活用できないか、と思っています。

 今日はこれを打ち合わせの場所に持参し、「点字付百人一首」のクィーン位の女性に触っていただき、いろいろと感想をうかがいました。

 そのために、あらかじめ小野小町の絵札と取り札の1セットを拡大コピーして、立体コピーに仕上げたものも触っていただきました。


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 この変体仮名は読み難い字形をしているので、今回は触読のチャレンジはしません。

 江戸時代のお姫さまたちが遊んでいた『百人一首』のカルタがどのようなものだったのかを、少しでも五感を通して生徒たちに伝われば、との思いからの試みです。
 これは、「点字付百人一首」のカルタ取りへの導入で取り入れられないか、と思っているところです。
 ただし、まだまだ思案中です。

 思いつきでも結構ですので、ワークショップの内容へのアドバイスをいただけると幸いです。
 今回は、6名ほどの目が見えない中学生に体験してもらう、ということを想定して準備中です。

 また、このカルタを収納しているケース(帙)も、手探りで触っていただきました。
 これについては、見えなくても指の感触だけで、その豪華さが実感として感じ取っていただけたようです。


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 貝合わせについては、また別の角度から検討したいと思っています。
 この活用についても、ご教示いただけると助かります。

 1人でも多くの目が見えない生徒さんたちが、日本の古典としての和歌に興味をもってもらい、カルタも楽しんでもらえたら、と思って取り組んでいるところです。
posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | 古典文学

2015年11月22日

突然の連携プレーとなった国文研フォーラムと国語研シンポジウム

 このところ少し温かかった多摩地区も、今日は少し寒さを感じました。
 国文学研究資料館の前の紅葉も見頃です。


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 昨日と今日の2日間、国文学研究資料館では「学術交流フォーラム 2015」が、国立国語研究所では「シンポジウム 字体と漢字情報」が同時進行で開催されていました。


 隣接する敷地にある2機関のイベントなので、両方のテーマに関係する私は、プログラムの進行を見ながら行ったり来たりと忙しい一日でした。
 国文研から国語研へ行く細道は、落ち葉を踏みながら行きます。

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 国語研の中庭もみごとに彩られています。


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 お昼には、国文学研究資料館の1階展示室で、特別展示「韓国古版画博物館名品展」のギャラリートークが、入口敦志先生の解説で行われました。これは、韓国古版画博物館のご協力を得て実現した、日本初の韓国古版画の優品を展示するもので、今日が特別展示の最終日だったのです。
 その担当者である同僚の入口さんの説明を、私は楽しみにしていました。
 私は、いつでも見られたのに忙しかったこともあり、つい見ないままでした。『高麗大蔵経』と『仏説大目連経』が特に見たかったものでした。

 展示室で『高麗大蔵経』に添えてあったパネルの文章を、記録として引いておきます。


1-2 高麗時代の仏教版画

 高麗時代11世紀初頭に刊行された高麗大蔵経の版木は、13世紀のモンゴルの侵攻により消失してしまいます。しかしその後すぐにすべてが刊行し直されました。約八万枚の版木でできているため、「八万大蔵経」とも呼ばれています。13世紀に再刻された版木は現在も韓国の海印寺に大切に保管されています。そのはんぎから刷り出されたものが、1と2の『大方広仏華厳経』で、韓国における仏教版画の原点と言うべきものです。


 そのギャラリートークが終わるやいなや、大急ぎで今度は国語研に移動し、これまた研究仲間の高田智和さんが主宰する「セッション5 : 文字データベースと連携」に参加しました。

 昨日から何度も行き来する国文研と国語研の敷地の間では、紅葉がきれいに色付いています。


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 国語研の研究発表では、最後の研究発表だった東京大学大学院情報学環の永崎研宣先生の「SAT大蔵経データベースをめぐる漢字情報」に関して、私は専門外ながらも質問をしました。それは、永崎先生の発表で言及のあった『高麗大蔵経』の韓国での刷り物2枚が、今まさに国文学研究資料館の展示室に並んでいることについてでした。
 永崎先生をはじめとして、会場にお集まりの方々はみなさん、すぐ隣の国文研の建物で『高麗大蔵経』が展示されていることをご存知なかったのです。
 司会進行役の高田さんから、「今日は何時まで展示されているのですか?」との確認があったので、「4時までです」とお答えしました。

 国語研のシンポジウムは3時に終わりました。
 国文研の展示を見に行こうとされている方がいらっしゃったので、私はすぐに国文研の展示室に引き返して、展示状況を確認しました。
 残念ながら、展示室は3時半で閉められていたのです。

 事務の方に確認すると、今日は3時半まで入場でき、4時まで見られる予定だったそうです。ただし、30分前の3時半に誰も入場者がいなかったので、展示資料を片付ける準備もあるので閉室した、とのこと。
 そして、今日が展示の最終日であり、明日は展示品の撤収をし、明後日には展示資料のすべてを韓国に送り返すことになっている、とのことでした。

 国語研での事情を事務の方に説明し、予定通り、あと30分の開室をお願いしました。
 関係者に連絡をして手配してくださり、快く再度の開室となりました。
 そうこうするうちに、国語研の参会者の皆さんが国文研にぞろぞろとお出でになりました。しかも、15名もの方がいらっしゃったのです。これについては、事務の方も入場者の増員ということで喜んでくださいました。

 もっとも、こんなに多くては私一人では対応できません。
 大急ぎで2階の大会議室に行き、国文研のイベントである講演会場におられた入口さんに事情を説明しました。お昼に行われたギャラリートークをもう一度していただくことが、幸運にも叶いました。


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 永崎先生をはじめとする若い方々に、こうしてなかなか見られない資料を実際に間近に見ていただくことができました。しかも、展示担当者である入口さんの詳細な説明を聞くことができたことも、若い方々にはいい勉強になったことと思われます。

 入口さんと私は、これまでにも一緒に何度もインドへ行き、旧満州にも行くなど、わがままが言える間柄でした。おまけに、10年以上も同じ宿舎にいた仲間であることなどなど、今回の思いがけない幸運には、こうした背景があってのことだったのです。

 それにしても、無理難題を聞いてもらえた入口さんには感謝します。また、迅速に柔軟な対応をしていただけた事務の方々にも、感謝します。みなさま、ありがとうございました。

 今日11月22日は「いい夫婦の日」でもあります。
 バタバタと走り回った後は、新宿に出て、妻と一緒にいつもの「岐阜屋」で諸々のお祝いをしました。今日は、ほろ酔いでこの記事を書いています。


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 本日の国文研と国語研でのイベントのプログラムは、以下の通りでした。
 記録として残しておきます。
 

学術交流フォーラム 2015
 文学際―「文化科学」を発見する―


会場:大会議室

《口頭発表 第三部》

「東ニカラグア、ミスキート諸島海域のアオウミガメ漁船」
    高木 仁 地域文化学専攻

「明治期音楽療法思想の変遷に関する一考察
  ――神津仙三郎・呉秀三を中心として――」
    光平 有希 国際日本研究専攻

《講演会・パネルディスカッション》
講演「碁盤の上のからくり人形」
    武井 協三 国文学研究資料館 名誉教授

講演「ロボットとからくり─科学と芸能の狭間を生きた田中久重─」
    山田 和人 同志社大学文学部 教授

パネルディスカッション
 
 

シンポジウム 「字体と漢字情報」
―HNG公開10周年記念―


 
開催場所:国立国語研究所2階 講堂
 
《セッション4 : 字体研究2》
司会 : 岡墻 裕剛 (常葉大学)
「画像データベースと漢字字体」
    佐藤 栄作 (愛媛大学)
「初唐の標準字体の再検討」
    斎木 正直 (北海道大学)
「近世から近代日本における異体字使用の変化」
    山下 真里 (東北大学)
 
《セッション5 : 文字データベースと連携》
司会 : 高田 智和 (国立国語研究所)
「平安時代漢字字書総合データベース構築の方法と課題 ―『類聚名義抄』を中心にして―」
    池田 証寿 (北海道大学)
「開成石経と拓本文字データベース」
    安岡 孝一 (京都大学人文科学研究所)
「東京大学史料編纂所と奈良文化財研究所での文字画像データベースの連携について」
    井上 聡 (東京大学史料編纂所)
「SAT大蔵経データベースをめぐる漢字情報」
    永崎 研宣 (人文情報学研究所)
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2015年11月21日

「学術交流フォーラム 2015」でポスター発表をする

 総合研究大学院大学文化科学研究科の「学術交流フォーラム 2015」が、今年も賑やかに開催されました。
 このフォーラムは、文化科学研究科の基盤機関である5つの研究組織(国立民族学博物館、国際日本文化研究センター、国立歴史民俗博物館、放送大学 教育支援センター、国文学研究資料館)が、学生と教員の学術交流を目的として実施されているものです。

 昨年度は、大阪にある国立民族学博物館を会場として、テーマは「文化をカガクする?」でした(2014年12月20日(土)-21日(日))。
 そのとき私は、「視覚障害者と共に古写本『源氏物語』を読むための試み」と題するテーマのポスター発表を行いました。
 これは、科研の「挑戦的萌芽研究」に申請したばかりのときで、これからどのようなことができるか、という内容でした。

 本年度は、「文学際 ―「文化科学」を発見する―」というテーマのもとに、国文学研究資料館が会場です。


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 今回も私は、「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』 −視覚障害者と文化を共有する−」というポスター発表をしました。
 これは、本年4月に科研「挑戦的萌芽研究」が採択され、次々と成果が出たことを踏まえて報告するものです。
 昨年度から飛躍的に進展した「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に関する内容なのです。


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 大会議室前のフロアでは、私以外では、以下の通り実に多彩なポスター発表がなされました。


  ■Aグループ■

「野生動物群に対する人為的介入を主題とした実践的研究」
    東城 義則 地域文化学専攻

「日本史における東海道の「旅」」
    倉本 一宏 国際日本研究専攻 教授

「弥生時代前半期北部九州の集落・墓地空間構造の検討」
    宇佐美 智之 国際日本研究専攻

「ハワイ・ホノウリウリ抑留所の変遷とその機能
  −−太平洋の中のホノウリウリ抑留所/収容所−−」
    秋山 かおり 日本歴史研究専攻

「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』
  −視覚障害者と文化を共有する−」
    伊藤 鉄也 日本文学研究専攻 教授

「『徒然草』地名新考」
    黄 c 日本文学研究専攻

「核融合炉開発の進展とその仕組み」
    池本 憲弘 物理科学研究科 核融合科学専攻

「有害捕獲されたカラスは食資源として利用可能か?」
    塚原 直樹 学融合推進センター 助教

  ■Bグループ■

「配給制度における天津住民の日常食生活に関する考察」
    劉 征宇 地域文化専攻

「フィリピン近代美術における聖母子像の現地化
  −ガロ・B・オカンポ作《褐色の聖母》(1938年)」
    古沢 ゆりあ 比較文化学専攻

「植民地と医学−日本統治下朝鮮における医学者の足跡−」
    松田 利彦 国際日本研究専攻 教授

「うどん屋の看板」
    小島 道裕 日本歴史研究専攻 教授(文化科学研究科長)

「豊後大友氏の居館と城下町−考古学の視点から−」
    永越 信吾 日本歴史研究専攻

「GIS利用により現出される歴史地名・地名の連関性と分布例」
    相田 満 日本文学研究専攻 准教授

「外国語訳『枕草子』問題
  −「春はあけぼの」章段を中心に−」
    張 培華 日本文学研究専攻 修了生

  ■その他■

「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」
    谷川 惠一 日本文学研究専攻 教授


 今日の大会議室での研究発表は、以下の通りでした。


口頭発表 第一部

「『香名引歌之書』−和歌が語る香り−」
    武居 雅子 日本文学研究専攻

「仏教説話を題材とした説経・古浄瑠璃の諸相
             −『阿弥陀胸割』を中心に」
    粂 汐里 日本文学研究専攻

「『方丈記』の受容:夏目漱石とディクソンを中心に」
    ゴウランガ チャラン プラダン 国際日本研究専攻

口頭発表 第二部

「City Museum, City Memory, and People of the City」
    邱 君妮 比較文化学専攻

「古代日韓における彫金技術の変遷と意味」
    金 跳咏 日本歴史研究専攻


 今日は、お隣の国立国語研究所でも、興味深い研究集会が開催されていました。
 休憩時間を利用して、国研の高田智和さんのところへ挨拶に行ってきました。
 漢字を中心にしたテーマで、興味深い成果が発表されていたからです。
 日時が重複したことが惜しまれます。
 明日は、この国研での発表にも参加する予定です。
posted by genjiito at 21:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月20日

吉行淳之介濫読(14)『闇のなかの祝祭』

 主人公である沼田沼一郎の背中が印象的です。

 愛人である女優で歌手の奈々子と、妻の草子の描き分けがみごとです。
 「別れろ」「別れない」という、通俗小説ではいわばありふれたものです。しかし、そのことへの拘りと展開がおもしろいのです。

 この3人の微妙な心の起伏と関係が、卓上電話を挟んで展開する場面があります。
 公衆電話を利用していた時代があり、やがて自宅に電話が敷設されて黒電話が普及しました。
 この電話のありようの変転を背景に持つ小説の同時代性を、現代の読者は共有しにくいでしょう。
 この作品における固定電話の役割と人間関係における意義は、携帯電話が普及することで1対1の対応が可能な現代において、どう読まれるのでしょうか。非常に興味があります。

 文明の利器という道具だてが果たす役割や効果を読み取ることは、異文化に対する理解に及ぶものです。これは、物語や小説が抱える永遠の課題なのかもしれません。

 「浮気」と「本気」というテーマも、吉行淳之介ならではの解釈で語られます。私が高校生時代に読んで吉行淳之介の作品に手を出したのは、『浮気のすすめ』(新潮社、1960.12)の軽妙さと理知に惹かれたからです。本作でもこの視点が読みとれて、大いに楽しめました。

 奈々子の手紙に、ひらがなが多用されています。


『もう少しお話をしたかったんですけど、この方が好かったかも知れないと、今おもっております。さっきから、一ぱい字を書きましたけど、うまく表現できません。もしかしたら、お電話かかるかなと思って、椅子にすわって待っていましたが。
 今まだあなたが、なな子のことを好きだと思っていらっしゃる間に、さよならしたいと思います。
(中略)
 もっと後になったら、一緒に暮そうとか、奥さんと別れられないのとか、そんなわがままをいうなな子がきらいになり、私ものぞみがききいれられないから悲しむことでしょう。ケンカしてあなたをきらいになるのはいやです。
 舞台なんか、出なくてよかったら、どんなに好いかと思います。
 さようなら。
                      なな子
沼田沼一郎さま。   』

(『われらの文学 14 吉行淳之介』講談社、278頁)


 これまで、吉行淳之介のひらがな文の書き方に注意していませんでした。
 今後、かなと漢字の使い分けにも気をつけてみたいと思います。

 2人の女に挟まれて、お互いを刺激しないように気を使い神経をすり減らす沼田が、実に丹念に描かれています。これが、男の本性なのかもしれません。
 妻との気持ちは完全に絶たれているのです。それでいて別れることのできない状況が、男の決断を先延ばしにするのです。

 3人の関係に結論は示されません。しかし、薔薇の花束がこれからのことを暗示しています。吉行淳之介がよく取り上げる花束です。思索の中を彷徨い続ける人間の感情と生き様を、この薔薇に託しているようです。
 乾いた筆致を通して、心の闇という領域がみごとに掬い取られました。【3】
 
 
■メモ:「妻と恋人との間で振り回される男の姿を描いた作品。当時の宮城まり子との恋愛からディテールを構成したため「女優との交際の告白」として物議をかもした。のち『春夏秋冬女は怖い』で事実だと書いている。」(「ウィキペディア」より)
■初出誌:『群像 11月』(昭和36年11月)
■単行本:昭和36年12月(1961、37歳)講談社より刊行
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 吉行淳之介濫読

2015年11月19日

インド料理屋さんでインドに関する情報収集

 先週から身の回りでインド情報が行き交っています。
 数年来、おりおりに研究と生活面で励まして来たアンビカ・バスさんが、無事に学位論文を仕上げました。
 近松門左衛門と演劇の問題に悪戦苦闘し、大変な環境の中でよくやり遂げたと思います。これからがますます楽しみです。
 先週も国際日本文学研究集会に誘ったところ、すぐに国文学研究資料館に来てくれたのでいろいろな話をしました。

 そのアンビカさんが、ハイデラバード外国語大学のシェーク・タリク君が今日本に来ているとのことで、連絡をとってくれました。
 シェーク君とは、平成19年2月27日と28日の2日間にわたって国際交流基金ニューデリー日本文化センターで開催した、第3回インド国際日本文学研究集会で会っています。私が座長を務めた「学術セッション2」のデリー大学及びネルー大学の学生による発表で、いい発表をしたことを覚えていたのです。

 名前と顔が一致しないことが多い私なのに、シェーク君についてよく覚えていました。
 目が輝いている好青年だったからだけではなくて、その勉強に対する姿勢に好印象を持ったのです。
 当時、ネルー大学修士課程 1 年生だったシェーク君は、「『奥の細道』における季節感」と題するいい発表をしました。今はサバティカルを利用して、早稲田大学で『北越雪譜』の著者である鈴木牧之の研究をしているそうです。
 彼も、これからがますます楽しみな若手研究者です。

 今日は、立川での会議が終わるやいなや速攻で電車を乗り継ぎ、お互いの家に近い門前仲町駅のそばにあるインド料理屋さん「ディーパック」で食事をしながら、最近のインドの様子を詳しく聞くことができました。


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 このお店は、2ヶ月前にオープンしたお店です。妻と何度かランチを食べに来ました。オーナーが親しみやすくて話しやすい方です。
 インド料理といっても、実際にはパキスタンやネパールの方が作っておられることが多いようです。しかし、このお店のオーナーはデリー出身なのです。
 私はパニールが入った料理が好きなので、今日もパニールとほうれん草の料理にしました。
 最近あまり飲まなくなったラム酒も、久しぶりにいただきました。私が大好きなオールドモンクもあるとか。それは、この次にいただきましょう。

 現在、来春2月にインドへ行く計画を立案中です。
 数年前に、ニューデリーにあるサヒタヤアカデミーの所長さんと、『源氏物語』のインド語8言語による翻訳プロジェクトの相談をしました。
 それが中断したままなので、これを再始動することが今回の目的です。
 来春2月の下準備を経て、来秋11月頃に、これも中断したままの「第8回インド国際日本文学研究集会」を開催する予定でいます。
 これまでの活動記録は、「『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました」(2012年04月05日)で詳しく報告した通りです。

 今回のインド行きは、私の最後の海外における仕事となりそうです。

 今日のシェーク君との話は、そのための情報収集としても有意義でした。

 今度インドへ行ったら、アラーハバード大学にいる村上さんと打ち合わせをしようと考えています。
 それに加えて、来年2月にハイデラバード外国語大学に帰るシェーク君に、かの地の大学や日本研究の情報収集をすることの可能性を、これからプランニングする中で探ることにします。
 北から南へと大移動の旅程となるので、慎重に行程をこれから組みたいと思っています。

 また、今日は、特にプネで日本語教育が盛んであることを教えてもらいました。
 そこは、マラティ語が使われているそうです。私が聞き知っているマラヤラム語ではないとのことなので、インドの言語の多彩さがわかります。マラティ語は、どちらかというと、ヒンディー語に近いようです。

 国立国語研究所にいらっしゃる言語学者のプラシャント教授が、この分野の研究をなさっているそうです。隣の研究所なので、近日中に挨拶に行くことにします。

 こうして、インドに関して具体的な問題が展開しつつあります。
 この進捗状況などについては、今後ともこのブログに書きながら、関係する方々と情報を交換していきたいと思います。
posted by genjiito at 21:51| Comment(0) | ◆国際交流

2015年11月18日

読書雑記(146)山本兼一『白鷹伝 戦国秘録』

 『白鷹伝 戦国秘録』は、山本兼一の長編小説におけるデビュー作品です。


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 浅井家の鷹匠だった小林家次は、小谷落城と共に天下一の鷹匠として、長政、信長、秀吉に目をかけられます。その後、家康にも。

 その家次が白鷹「からくつわ」を何とか捕まえました。
 鷹狩りの様子は、図解入りでよくわかります。

 鷹の訓練について、詳細に語られます。その合間合間に、鷹好きの信長や秀吉の動向がオムニバス形式で展開します。

 とにかく、しっかりとした筆致で、丁寧に描かれていくために、知らなかったことが手に取るようにわかってきます。わかった気にさせられます。

 家次は、信長から天下一の鷹師として家鷹という名前をもらいます。
 その直後の、お市の方との邂逅の場面がみごとです。

 信長が東大寺正倉院にある勅封の香木「蘭奢待」を切り取るくだりは、実に生き生きと描かれています。茶人山本兼一の面目躍如たるところです。

 満月の下、相国寺での韃靼人メルゲンの相撲、回想、襲撃の場面、利休が助けて狩野永徳の絵のある大徳寺で養生させられます。作者の筆が生きています。

 家鷹は、師である禰津松鷗軒から何度も諭された「水になったつもりで堪忍して生きよ。」という言葉を心にしまっていました。我慢を信条にしているのです。

 本作で女性は、お市の方にスポットライトが数回当たるだけです。鷹匠の生き様が丹念に、克明に語られています。鷹に魅せられた男の、職人としての一途な姿が語られています。
 信長、秀吉、家康は、あくまでも時間の流れの背景にしか過ぎません。【5】
 
 
書誌:単行本『白鷹伝 戦国秘録』(平成14年4月、祥伝社)
   文庫本『白鷹伝 戦国秘録』(平成19年4月、祥伝社文庫)
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2015年11月17日

読書雑記(145)船戸与一『風の払暁 満州国演義 1』

 いつか読もうと思いながら、全9巻ということでなかなか手がつけられなかった大作です。
 今夏、文庫本として刊行が開始されたのを機会に、少しずつ読み始めました。


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 開巻早々、荒っぽい描写です。
 プロローグに出てくる慶応四年の会津女は、この物語の中でどうつながっていくのでしょうか。第一巻を読み終わっても、まだわかりません。

 期待を持って、第一章、昭和三年の満州における敷島次郎の話を読み進めました。
 次郎は大陸浪人で、馬賊とでもいうべき青龍同盟の頭領です。無頼派なのです。

 今の日本人からは想像もできないほどの、スケールの大きな日本男児が、大陸の原野で大活躍します。
 それでいて、描写は繊細です。
 私は、月光が効果的に使われる場面が、絵のようにきれいなので気に入りました。
 荒々しさと静寂のブレンドがいいのです。

 大学生の四男敷島四郎は、演劇を通して知った左翼思想に傾斜しています。特高とのやりとりが見物です。

 長兄で東大出の太郎は外務省からロンドン大使館の参事官を経て、今は奉天の総領事館にいる官僚です。
 三男の三郎は、陸軍士官学校出で関東軍に配属され、奉天独立守備隊員となります。

 この四兄弟の個性的な動向とドラマチックな展開が、日本と満州を舞台として軽快に切り替わりながら語られていきます。
 息もつかせぬ物語で、本を手から話す暇が見つけられなくて困ります。

 張作霖爆殺事件が詳細に語られます。
 今の北朝鮮に接する延吉や吉林、そして長春に物語の舞台が移ると、数年前に行った地だけに語られている背景が具体的に思い描けます。
 そして、これらの地を両親が戦時中に歩いていたのですから、なおさら親近感を持って読み進めました。
 両親が満州にいた時のことは、「【復元】母子の絆の不可思議さ」(2010/4/29)と、「亡父の代わりに日本人墓地跡へ」(2010/1/17)に書いた通りです。

 今、第一巻を閉じました。
 物語の幕間に、大急ぎでこれを書いています。

 作者が次のように言っているのを見かけました。


従来の満州を語る姿勢を分類すると、ひとつは、ロマン説。新しい国家というのをまっさらに作り上げることの魅力だね。もうひとつは、侵略説。この二つの溝はとても埋められるようなものじゃない。どういうふうに満州国が出来上がっていったのかを語ること以外に解答はないんだ。ロマン説であろうが侵略説であろうが、意義を語るだけでは何の解決にもならないので、具体的な内実を語ることが必要だと思った。だから、断片的な事例や論を語るのではなく、これで満州の全てが丸ごと分かるような作品を書きたかった。(『波』2007.5「[船戸与一『満州国演義』刊行記念]だれも書いたことのない満州を」より)


 次の幕開けが楽しみです。
 書架にある第二巻に手を伸ばし、これからブックカバーを掛けることにします。
 このシリーズ全9巻は、2015年4月22日に亡くなった船戸与一の遺作です。【5】

2007年4月、新潮社刊
2015年8月、新潮文庫
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2015年11月16日

古写本の触読研究に取り組むきっかけとなった講演録

 『温故叢誌 第69号』(温故学会編、平成27年11月発行)が発行されました。


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 ここには、平成26年5月5日に塙保己一史料館講堂で開催された「塙保己一検校 生誕第二六八年記念大会」で、私が「英国ケンブリッジ大学と米国バージニア大学の『群書類従』」と題してお話をした内容が、文字となって収載されています。

 その日のブログには、「早朝の地震の後、渋谷の温故学会へ」(2014年05月05日)として、当日の様子を記しています。

 この日の懇親会で、私は、塙保己一は『群書類従』の版木を触って読んでいたのでしょうか、という素朴な問いかけを、お集まりの関係者のみなさまに発しました。そのことから、『源氏物語』の写本を目が見えない方と一緒に読める環境を作りたい、という提案に展開しました。
 会場にいらっしゃった方から、いろいろと親切なご教示をいただきました。
 また、夜の渋谷に繰り出してからも、ありがたい励ましをいただきました。

 それから1ヶ月ほどして、「目の不自由な方と写本を読むために(1)」(2014年06月04日)を記しました。

 このあたりから、この古写本『源氏物語』の触読について、私は具体的な動きを始めています。

 あれから1年半。

 その後は思いもよらぬ幸運に恵まれ、科研に採択され、多くの協力者のおかげによって、今はホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」を基盤として着実に成果を公開するまでにいたっているところです。

 私にとって、この平成26年5月5日に塙保己一史料館講堂でお話しした「英国ケンブリッジ大学と米国バージニア大学の『群書類従』」は、記念すべきものとなりました。

 非常に個人的なこととはいえ、今の展開を考える原点と言えるものとして、『温故叢誌 第69号』を紹介しておきます。
posted by genjiito at 21:38| Comment(0) | 古典文学

2015年11月15日

第39回 国際日本文学研究集会(2日目)-2015-

 国際集会の2日目です。

 午前中の研究発表は4人でした。
 その中で、新聞に連載された文章が、後に単行本に収録されるにあたり、文体が改変されることを論ずる発表に興味を持ちました。


「中里介山「大菩薩峠」の文体  ―改稿による地の文の変化を手がかりに 」
崔惠秀(早稲田大学大学院博士課程)


 ここでは、中里介山の「大菩薩峠」が取り上げられています。私もこの視点からの問題意識をもっており、井上靖をはじめとして、新聞に連載された小説が後にどう変化して公刊されていくのかを追っかけています。

 今日の発表では、単行本になるときに改変される内容が、ストーリーではなくて文体の変更の場合を考察するものでした。

 実に丹念に調べた結果を整理して提示されたので、その改変の過程がよくわかりました。そして、その意義も今後の展開が期待されるものでした。

 午後は【シンポジウム】「日本文学の越境 ―非・日本語でHaikuを読む/詠む―」です。


[ 司会 ]深沢眞二(和光大学教授)
[パネラー]木村 聡雄(日本大学教授)
      FESSLER Michael(日本エズラ・バウンド協会役員)
      GURGA Lee(アメリカ俳句協会元会長)
      鳥羽田重直(和洋女子大学教授)


 国文学研究資料館で開催される国際集会では、英語による発表はありませんでした。今日は、初めて同時通訳がつきました。

 一節ごとに日本語の訳がスピーカーから流れます。発表者の後ろに同時通訳者が控えておられ、話の進展にしたがって日本語の訳がなされるのです。

 その日本語が自然なものだったので、少し時差はあっても、スムーズに話の内容がわかりました。

 いろいろな同時通訳を体験してきました。
 中国・大連での学会では、日本語・中国語・韓国語の3種類の言語が切り替えできるレシーバーでした。しかし、日本語があまりきれいではなかったので、耳障りに感じました。
 今日は快適に聞くことができたので、いい配慮でした。アナウンサーのような語り口で、聞きやすい日本語でした。

 今後は、話される外国語の理解を深めるためにも、ドラえもんの「翻訳コンニャク」が1日も早く実現することを願いたいものです。

 海外の諸国、諸言語で俳句が読まれている実例も興味深いものでした。
 日本の真似に留まらない、さまざまな工夫があるのには驚きました。
 俳句のパロディーでも、海外では楽しい世界が拓けているようです。

 パネルディスカッションも、熱気が伝わる意見を聞くことができました。

・歳時記はない
・季語を詠み込むのではない
・俳句は自然詩(nature poetry )

 こうした違いだけではなくて、さらなる創意と工夫が凝らされて普及していることを知りました。

・デジタル俳句
・ダブルテイク(フラッシュバック)

 この言葉が記憶に残っています。
 今は具体的なイメージとはなっていません。
 いつか何かと結びつくことでしょう。
posted by genjiito at 20:51| Comment(0) | ◆国際交流

2015年11月14日

第39回 国際日本文学研究集会-2015-

 本日14日(土)と明日15日(日)の2日間は、国文学研究資料館2階大会議室で、国際日本文学研究集会が開催されています。

 今では数ある国際集会の中でも、日本文学研究ではもっとも老舗といえるイベントです(主催:国文学研究資料館/後援:総合研究大学院大学)。

 昭和53年(1978)2月に開催された第1回では、ドナルド・キーン先生が「日本におけるモダニズム作家について」、リチャード・マッキノン先生が「狂言と現代との接点」と題する特別講演をなさっています。

 以来、この研究集会から国際的な研究者を多数排出しています。
 来年は、記念すべき40年目を迎えます。

 今回も、興味深い視点からの発表が並んでいます。

 私は、個人的には須藤圭さんの研究発表が、今日の中では一番よくまとまっていたと思います。
 手堅く事例を整理し、明快でわかりやすい発表でした。


「源氏物語の「女にて見る」をどう訳すか ―翻訳のなかのジェンダーバイアス」 (須藤 圭・立命館大学助教)


 ショートセッションの部では、邱春泉さん(北京外国語大学博士課程、国文学研究資料館外来研究員)の「『とはずがたり』巻二に描かれた「色好み女房」としての自画像とその意義』」を、興味深く聞きました。ただし、15分という非常に短い限られた時間だったので、論文にまとめられたらあらためて読ませていただきます。

 今日の私は、この国際集会の総合司会を担当していたので、全体的な進行に気を取られていました。
 お一方ずつの発表にコメントを付す余裕はないので、勝手な感想はこれだけにしておきます。
 
 嬉しい出会いがありました。
 田中圭子さん(広島女学院大学総合研究所 客員研究員)と、初めて会えたのです。
 今回田中さんは、「〈新作薫物〉と平安文学 ─王朝の言葉とこころを具現化した香りたち─」というポスター発表で参加です。
 私がお香に興味があることはそれとして、田中さんには今は亡き森一郎先生から、私が取り組んでいる『源氏物語』の翻字のお手伝いをしてもらえる方として、以前に紹介していただいていました。しかし、私がバタバタするばかりの日々の中で、十分に力添えいただかないままに年月が経っていたのです。
 森先生からは「こき使って鍛えてやってくれ」、と仰ってくださったままでした。それが、やっと今日会えました。

 森先生がお元気なうちに、田中さんに仕事を手伝ってもらっている旨の報告ができなかったことが心残りでした。しかし、今日いろいろと話をして、森先生が太鼓判を押して紹介してくださっただけの方なので安心しました。

 森先生は、私が高校の教員をしていた時から、研究者の道を諦めないようにと、ご自分も同じ身にあったこともあってか、折々に励ましてくださっていました。ある時、突然に大学の教員の口を紹介してくださったことは、実現しなかったとはいえ教え子でも何でもない私に、本当に有り難いことでした。。

 これから、『源氏物語』に関して翻字などの仕事に田中さんも加わっていただき、一緒に取り組んでいこうと思います。
 ずっと気になっていたことだけに、遅ればせながら先生への報告ができることになり、とにかく安堵しています。

 もう一人、邱春泉さんは、ショートセッションの発表者です。
 河添房江先生からうかがっていたので、研究対象は異なるとはいえ、気にしながら発表を聞きました。しっかりしたいい発表でした。
 レセプションで親しく話をしました。中国での指導教授である張龍妹先生と、日本で指導なさっている河添先生の写真が掲載されている『源氏物語国際フォーラム集成』(源氏物語千年紀委員会編、平成21年3月、非売品)を、今回の発表記念として差し上げました。


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 これからのますますの活躍を楽しみにしたいと思います。

 個人的な話ばかりになりました。
 いい出会いがあったので、記し留めておくしだいです。
posted by genjiito at 22:56| Comment(0) | 古典文学

2015年11月13日

京洛逍遥(383)お風呂屋さんで若手落語会

 2週間ほど前の話になります。
 月亭太遊の「ちゃいちゃい寄席」という落語会が、下鴨上川原町にある小さな銭湯「鴨川湯」でありました。


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 お風呂屋さんの定休日を活用した地元の寄席です。
 京都市内の銭湯を活性化するために、いろいろな銭湯を経巡るイベントでもあります。
 今回が、15回目だとか。初めて参加しました。


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 入口でもらった入浴券(430円)は、後日使えるので、お得な寄席です。
 脱衣場が会場です。
 ぎっしり満員だったので、50名以上は入っていたと思います。


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 銭湯というと、やはりコーヒー牛乳です。
 フルーツ牛乳はありませんでした。


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 出演は、桂一門2人と月亭一門3人です。

 桂あおば、月亭天使、月亭方気、月亭太遊、桂三幸の面々は、初めて見る方々です。
 みなさんの熱演の甲斐あって、子どもたちにも大受けでした。
 
 お風呂で使うプラスチックの腰掛けが、この日は間に合わせの見台になっていたのには笑いました。見台というのは、上方落語で使う小さい文机です。江戸の落語では使われない小道具です。


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 私は、最初に出られた桂あおばさんが一番よかったと思います。
 この方が、まずは会場の子供を含めたみんなの爆笑を取ったところから、この寄席は風呂場に集まった者が一体となったのです。

 この下鴨地域は、地蔵盆をはじめとして、地元のみなさんで取り組む行事がいくつもあります。
 そうした下地がある中なので、このようなイベントも盛り上がるのでしょう。

 演者のみなさんのますますの活躍を祈ります。
 そして、これを機会に、またこの地に来てもらいたいと思います。
 初めての地での落語会とは思えない、大盛況のうちにお開きとなりました。
 心ばかりの投げ銭を、と言いながらも、みなさんからは銭湯の洗面桶が一杯になるほど投げ込まれていました。
posted by genjiito at 21:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年11月12日

日比谷でハーバード本「蜻蛉」巻を読む(その23)

 今日は変体仮名に関してお話することが多すぎて、写本の翻字を確認するのはわずかでした。
 20オモテ3行目から最終行である10行目までを、終わる直前に何とか確認するに留まりました。
 ちょうど今は変体仮名に関するニュースが多い時期だったから、ということでお許しください。

 まずは、国文学研究資料館が開催する国際連携研究「日本文学フォルム」という第3回国際シンポジウムの宣伝からです。
 これは、私が代表者となっているイベントであり、12月12日(土)に開催されるものです。今年度のテーマは「時間を翻訳する」となっています。開催が近づきましたら、またここで紹介します。

 次は、新聞記事をもとにして、現在話題となっている、変体仮名をスマホで学ぶアプリの新聞記事(讀売新聞、2015年11月3日(水))を紹介しながら、変体仮名が今やブームになっていることをお知らせしました。
 これは、早稲田大学と大阪大学で取り組みが進んでいるものです。


(1)「変体仮名あぷり」 早稲田大学とUCLAが開発
  変体仮名の読解能力をゲーム感覚で身につけられるスマートフォンアプリ
    Android版とiOS版をリリース。
     http://www.waseda.jp/top/news/34162

(2)大阪大学の飯倉洋一先生のプロジェクト 科研(挑戦的萌芽研究)
  「日本語の歴史的典籍に関する国際的教育プログラムの開発」
    くずし字をスマホで学習するアプリの開発中
    「KuLA(Kuzushi-zi Leaning Application))」
     http://bokyakusanjin.seesaa.net/article/428414317.html
   「くずし字教育プロジェクト」
     https://plus.google.com/104467959383842469455/posts
(3)国立国語研究所が「学術情報交換用変体仮名」データベース試験公開
     文字画像のPNG/JPGファイルをCCライセンスで提供
     http://kana.ninjal.ac.jp/


 この話をしたら、早速ダウンロードしておられる方がいらっしゃいました。
 変体仮名の受け入れ環境は、着実に形成されていることを実感します。大歓迎です。

 前回の講座のブログ記事(「は」のこと)と、過日実施した放送大学での講座のブログ記事(「お」のこと)も、プリントを参照しながら問題点を確認しました。

 最近私の手元に届いた、ハーバード本「須磨」の冒頭部分を全盲の方が筆写されたものは、少し時間をかけて説明しました。指で立体コピーを触りながら、それを鉛筆で書写していかれたものです。
 5行分です。しかし、この書写された文字は、いろいろなことを考えさせてもらえます。貴重な資料です。
 これについては、後日あらためて紹介しようと思っています。

 今日は、谷崎潤一郎の『春琴抄』の初版本(昭和8年12月刊行、創元社)の装幀と表記についても、時間をかけてお話しました。


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 まずは、次の冒頭部分をみなさんと一緒に、手持ちの録音素材を流しながら確認しました。


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 この冒頭1頁だけでも、ここに出てくる変体仮名は、次のものが確認できます。


本 連 里 春 古 能 阿 志


 この本は昭和8年(1933年)刊行なので、今から82年前になります。その本の文章が、読み出して3文字目の「本んたう」から、もう読めない方が大多数でしょう。

 日本のひらがなのありようは、明治33年に1つに制限されてから、しだいに読めなくなりました。
 今では、変体仮名とされるものは、ほとんどの日本人が読めなくなってしまっているのです。
 この谷崎潤一郎の『春琴抄』などは、そのいい例といえるでしょう。

 こうした中で、ユニコードに変体仮名が認められる流れが生まれたり、スマホのアプリに変体仮名をゲーム感覚で覚えるものが登場しているのです。

 これからの若者たちが、変体仮名を自由に読める環境が整いつつあります。
 『源氏物語』の古写本を変体仮名に注目しながら読むことは、これからますます求められる学習の1つとなることでしょう。

 さらに今日は、名古屋工業大学で開発が進んでいる古写本の音読システム「音で読む機器の開発」の紹介も、YouTubeを映写しながら説明しました。


 そんなこんなで、さまざまなことを話しているうちに、あっという間に時間が経ってしまったのです。
 参加のみなさま、どうもお疲れさまでした。
posted by genjiito at 22:09| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月11日

江戸漫歩(116)自然がしかける微妙な色模様

 昨日今日と東京を横断する中で、微妙な色のグラデーションを写し取りました。
 この時期ならではの、京都で、奈良で、名古屋で、そして東京で、少しずつ変わりゆく色模様の競演を、非常に短かい期間に楽しむことができました。

 宿舎の真下の庭では、花々と木が光を求めて、その存在をアピールしています。


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 その宿舎の出入り口と正面の通りも、自由気儘に色変わりの枝葉を見せています。


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 駅に向かう途中でも、中央大橋が望める黒船橋や大横川の川岸の紅葉の赤味が増してきています。


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 立川にある職場の前も、植え込みが人目を引く色に変わっています。


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 この時期は出歩くだけで、植物の花ではなくて葉の色の変化が楽しめます。
 それに引き換え、人々の服装はしだいに地味になっていきます。
 ちょうど今が、鮮やかな色の風景から、モノトーンの人々が行き交う季節に移行する時期なのです。
 これから歳末に向けて、街の飾りがますます賑やかになります。
 ただし、街路やお店のウィンドウはあくまでも人工的な色彩の飾り付けなので、あまり奇抜な色の氾濫にならないようにお願いしたいものです。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年11月10日

理科系の先生方に古写本の触読研究の現状についてお話する

 愛知県岡崎市にある東岡崎駅前は、曇天ということもあり木々の発色はこれからという感じです。


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 総合研究大学院大学の研究プロジェクト第10回企画会議に参加しました。
 学融合推進センターでは、異分野連繋型の課題の創出を目指して取り組み中です。

 今回の会場は、東岡崎駅からすぐのところにある、自然科学研究機構 分子科学研究所でした。


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 以下に、プログラムをあげます。


・開催挨拶
  総合研究大学院大学 学長 岡田泰伸
・参加者による自己紹介
・「電子スピン共鳴(ESR)で何が分かるのか? -物理,化学,材料,生体,医療,食品,年代計測...-」
   機能分子科学専攻 准教授 中村敏和
・「炭水化物食と脂肪食の選択行動に関わるニューロンの発見とその制御機 構に関する研究」
   生理科学専攻 教授 箕越靖彦
・分子科学研究所内 見学
   機能分子科学専攻 准教授 繁政 英治
・「視覚障害者が鎌倉時代の写本『源氏物語』を指で読む」
   日本文学研究専攻 教授 伊藤鉄也
・「総合教育科目『大統合自然史(仮称)』の紹介」
   学融合推進センター 特任教授 鎌田進
・「研究ノートプロジェクトの現状と今後について」
   遺伝学専攻 准教授 木村暁/学融合推進センター 助教 小松睦美
・総合討論 ・意見交換会


 まさに、異分野の先生方の中に自分が置かれていることを実感します。
 しかし、先生方の話の内容は、非常に興味深いものでした。

 1人目の中野先生の話の中では、秋刀魚に大根、唐揚にレモンを添える合理的な根拠が説明されたことが、強く印象に残っています。
 2人目の箕越先生は、炭水化物の摂取に視床下部にある室傍核の影響があることを、実験成果から示されました。糖質制限食を意識している私にとって、これは参考になる貴重な情報です。
 その後の意見交換会でも、先生にはケトン体を始めとして多くのことをお尋ねし、教えていただきました。

 休憩時間に、分子科学研究所のシンクトロン光源加速器等を実際に見学することができました。


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 写真右下の数値は、放射線量です。
 詳しい説明をしてくださいました。しかし、理解を超える内容で、申し訳ないことです。
 それでも、すごい施設であることは、見ただけでわかります。
 放熱のためにアルミフォイルが使われていました。高熱が発生しているようです。
 実験結果から研究が1歩1歩進んでいく理科系の研究手法を目の当たりにして、いい勉強になりました。

 3番目の私の話は、数時間前に名古屋工業大学で実現したタッチパネルを使った触読の動画を見ていただくことから始めました。届いたばかりの映像なので、私もこの時に初めてその完成作を見ることになりました。

 普段私は、パワーポイントは決して使いません。配布したプリントをもとにして、聞いてくださるみなさまの反応を見ながら語る、という手法をとっています。

 しかし、今日は特別です。文字を触ると音声で説明がなされるシステムが、まさに数時間前にできたばかりだからです。その興奮を伝えたい、という思いで、いつもの展開とは違う流れにしました。
 ただし、なかなかパソコンの画面がスクリーンに影写されず、開始早々より間延びのした段取りとなりました。急遽、話題を変更したためとはいえ、みなさまには大変ご迷惑をおかけしました。
 また、プロジェクターへの影写にあたっては、学融合推進センターの准教授の七田麻美子さんが奮闘してくれました。その尽力に感謝します。

 機器を使用しての講演には、こうしたトラブルがままあります。この無為な時間が生まれることを避ける意味からも、私はパワーポイントで映写しないのです。
 今日は、どうしてもタッチパネルの動画を見ていただきたくて、最初にみなさまには我慢をしていただかざるを得ないこととなりました。本当に申し訳ないことです。

 この時に影写したのは、4分ほどに編集された、出来立てほやほやのYouTubeによる動画像です。前半がデータ登録の様子、後半が学習の様子となっています。
 実際に音声を聴きながら触読している様子は、スタートしてから3分10秒経ったあたりからです。

「音声触図学習システムで源氏物語のデータを作成している様子と学習している様子」
 
 なお、このスタートに手間取ったこともあり、私の持ち時間をややオーバーしてしまいました。
 これも、あらためて参会の諸先生方にお詫びいたします。

 4人目の鎌田先生のお話は、総合研究大学院大学における教育に関するものでした。まさに、異分野連携の実践といえるプランです。

 「研究ノートプロジェクトの現状と今後について」の議論は、おもしろく展開しました。

 最後の、記録の公開については、理系のみなさんは実験記録ノートに記入しておられることを知りました。
 私は、エバーノートに書きためているので、その違いに驚きました。そんなことを漏らすと、みなさんから逆に、文系の研究におけるノートについて聞かれてしまいました。
 日常的な研究生活の基本となる部分に関する話題なので、この話は留まることを知らずに展開します。あの小保方さんの研究ノートのことなども、例にあげられたりと、本当に楽しいディスカッションでした。

 最後に、今回の講演を聞いての質問などがやりとりされました。
 私がお話ししたことに関しては、以下のことを尋ねられました。


・人との出会いについて。
  これは、「偶然」による連続である、とお答えしました。
  また、ブログによって人とのつながりと情報が寄せられてくることも。

・研究と資金について。
  科研費の運用によるもので精いっぱいであることをお答えしました。
  その他の資金調達や今後の収益とは、まったく無縁の研究であることも。
  ここも、理系とは発想が違います。

・立体コピーに用いたカプセルペーパーの仕組みについて。
  私の知る限りでの、製造業者と研究開発担当者から聞いている話をお伝えしました。
  「大阪府八尾市にある会社へ立体コピーの調査に行く」(2015年05月14日)

・これまで立体コピーの取り組みはなかったのか、という点について。
  江戸時代以降、木に文字を彫ったり、紙をプレスしたものはありました。
  現在は、それからの資料が、京都府立盲学校に大切に保存されています。
  「京都府立盲学校の資料室(その1)」(2014年08月04日)
  「京都府立盲学校の資料室(その2)」(2014年08月05日)
  しかし、今回のように、簡便な手法で作成した触読資材はなかったことも、ご説明しました。


 今回の参加は、意義深い、収穫の多い、また多くの先生方に古写本の触読研究の実際を知っていただくいい機会となりました。
 それが、特に理科系の研究者として第一線でご活躍の先生方だったので、その後の意見交換会でも壮大なスケールの話へと飛躍しながら、大いに盛り上がりました。
 みなさま、貴重なご教示やおもしろい逸話を語っていただき、本当にありがとうございました。
posted by genjiito at 21:15| Comment(0) | 視聴覚障害

2015年11月09日

名工大で古写本の音声システムが初稼働して感激

 早朝の小雨の中を、名古屋へ向かいました。
 北大路橋から賀茂川沿いに北山を望むと、紅葉が鮮やかになってきたことがわかります。


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 名古屋駅から乗り換えて鶴舞駅まで7分。
 駅前の道をまっすぐ行って突き当たりが、名古屋工業大学です。
 校門前の木々は、京都とはまた異なる色を見せています。


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 雨上がりの舗道に散る色付いた葉が、水たまりに浮いているのもいいものです。


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 名古屋工業大学では、古写本の触読に関して大きな収穫があったので、取り急ぎ書き記しておきます。

 大学院情報工学専攻の橋本芳宏先生と大学院生の森川慧一さん、そして愛知県立名古屋盲学校高等部の細川陽一先生に会い、音声触図学習システムを古写本の触読に応用する今後について、ざっくばらんに話し合いました。

 まず、前回私が提案したこと(2015年10月09日)の確認から。

 Windows で構築されたシステムを Macintosh で同じ動作をするようにするのは、何かと手間がかかるようです。このことは、優先順位を下げることにしました。

 マルチタッチに対応したタッチパネルに関しては、静電容量の関係からさまざまな問題があることを伺い、理解しました。
 当面は、今のシングルタッチタイプで実験を続けることになります。

 ただし、橋本先生からカメラで指の動きを読みとる、という方式の提案がありました。
 カメラで、現在指が置かれている位置を判別し、その指が置かれている位置にある文字に関して、音声でガイダンスをするというものです。
 これは、思いもしなかったことです。また、それがそんなに難しいものではない、ということです。

 古写本の文字は、上から下へと1行に17文字ほどで書写されています。
 その行を触る指の軌跡を監視すればいいので、これは応用範囲が広そうです。
 行末で改行される文字が、一単語の泣き別れの場合は面倒です。しかし、それはまたその時に考えればいいことです。とにかく、これで1行分を何度も読んで説明することができるようになるのです。文章読解への道が拓けます。

 最近は、ノートパソコンやスマホには必ずカメラがついているので、これは有望な改善策となることでしょう。
 今後は、この方式も検討していくことになります。

 前回の打ち合わせで私が提案した中に、ブルートゥースで情報のやり取りを無線化することについては、これもさまざまな問題があることがわかりました。
 しかし、自由な触読の環境を提供する上では、この無線化は無視できません。
 これは、さらなる課題として保留です。

 そんなこんなで、実際にシステムを組んでくださる細川先生の参加で、さまざまな問題点が明らかになり、またその対処策が具体的に話題となりました。
 予想外に、可能となることの多いのに驚きました。
 非常に内容の濃い打ち合わせになっていったのです。

 そうこうするうちに、私が今日の午後に分子科学研究所で古写本の触読について話をすることに関連して、橋本先生から、今すぐできることがあるだろう、と森川さんにふられました。
 つまり、タッチパネルの上に置いた立体コピーの文字を触ると、その文字について音声で説明させる、ということです。データを登録すれば、今すぐにも実現するものなのだそうです。

 実際に、いとも簡単に、「須磨」巻の最初の「よの中」という文字を1文字ずつ押すと、あらかじめ私が渡しておいた説明文を読み上げてくれたのです。しかも、用意した2種類の文を読み分けるのには驚きました。


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 現在できあがっているシステムに、ハーバード大学本「須磨」の巻頭部分をデータ登録してもらい、タッチパネルに置いた立体コピーをダブルタップすると音声で説明を読み上げるテストは、意外に早く、しかも目の前で確認できたのです。

 私が思い描いていた第1段階は、これでクリアできました。あとは、根気強く読み上げデータを登録していけばいいのです。

 さらには、午後の講演の中で、この動画を見てもらったら、ということになりました。
 実作業にあたる森川さんは大変です。しかし、触読を実演する動画ができて、今日の分子科学研究所で見てもらえたら、これに勝るものはありません。
 可能であれば是非にと私からもお願いし、できたものをユーチューブにあげてもらうことになりました。

 私の午後の出番は、3時50分からです。
 できあがったデモ版を、3時までにユーチューブに上げていただけると、私は午後の話の中で、このできたばかりの画像を参会者のみなさまに見ていただくことができます。
 まさに、電光石火の早業です。

 突然の急展開で、森川さんは大忙しとなりました。
 私は、分子科学研究所がある東岡崎駅まで行かなければならないので、11時半になると挨拶もそこそこに、大急ぎで次の場所へ移動することになりました。

 実験の大成功ということもあり、電車の時間にギリギリというタイミングで研究室を出ることになりました。鶴舞駅までは、キャリーバックを引っぱりながら、もと来た道の紅葉した木々を見る余裕もなく街路を走り抜けました。
 どうにか電車には間に合いました。
 道中、用意していた私の話の内容を変更するために、名鉄の特急電車にゆったりと座り、内容を再構成することに没頭することとなりました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月08日

〈運読〉で楽しむ『源氏物語』のご案内

 何かと慌ただしい日々を送るうちに、今年も師走が迫ってきました。
 その12月5日(土)の午後に、京都の宇治で「視覚障害者文化を育てる会(4しょく会) 秋のイベント」が開催されます。

 このイベントは、国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんが中心となって実施されるものです。
 私は、講演とワークショップ「源氏写本研究の魅力と可能性」で協力します。

 イベントの詳細は、「〈運読〉で楽しむ『源氏物語』 〜視覚障害者が古典文学を味わう三つの方法〜」をご覧ください。

 〈運読〉ということばにハテナと思われた方が多いと思います。
 私も、広瀬さんから案内の文案を見せてもらった時、すぐに
「〈運読〉というのは、広瀬さんの造語ですか?」
と確認しました。

 広瀬さんからはすぐに、
「はい、〈運読〉は僕の造語です。この言葉が視覚障害者の仲間から賛同を得られるのか、よくわかりません。でも、きっと賛同が得られたら、今回のイベントは成功だと思います。」
という返事が来ました。

 これは大役を引き受けたことになり、自分でも立体コピーを使った触読の再確認をすることになりました。

 広瀬さんの案内文から、この〈運読〉に関する説明を引用します。
 赤字は、私が注目している箇所です。


 目で『源氏物語』を読んできた見常者に対し、視覚障害者は「聴読」(耳で読む=録音図書)「触読」(指で読む=点字図書)という方法で、源氏の世界にアプローチしてきました。
 
 
 聴読と触読は視覚障害者にとって伝統的な読書法だと定義できますが、じつはその背後には見常者にも共通する「行間を読む」文化があることは重要です。
 今回の4しょく会イベントでは、視覚障害者発の第三の読書法として「運読」(体で読む=立体コピー)を提案します。
 
 
 物語を書いた作者、それを筆写した老若男女の思いや息遣いを実感するためには、写本そのものを立体コピーし、指で文字をなぞる身体運動が必要です。
 墨で書かれた線を指先で辿る行為は、写本作りの追体験ともいえます。
 千年以上もの間、先人たちの手から手へと伝えられてきた『源氏物語』。
 その運筆(筆の使い方)の妙味を体感するのが運読なのです。
 
 
 聴読・触読に加え、運読というユニークな鑑賞法を獲得すれば、視覚障害者にとって古典文学は身近で豊かなものになるでしょう。
 さらに、運読をユニバーサルな読書方法として、4しょく会から多くの見常者に届けていければと願います。


 この「運読」ということばが、みなさまの支持を得られるかどうかは、今回のイベントの反響にかかっているようです。
 担当者の1人として、心して対処したいと思います。

 なお、この〈運読〉のイベント「源氏写本研究の魅力と可能性」は、次の宇治市内の街歩きのあとに実施されます。


 源氏物語ミュージアムで物語成立の歴史を学び、宇治観光ボランティアガイドクラブのご協力をいただき、宇治市内のまちあるきも楽しみます。
 世界遺産・宇治上神社の「さわる模型」などが、僕たちの五感を刺激し、まちあるきを盛り上げてくれるはずです。


 このイベントにふさわしい『源氏物語』の本文を、今は鎌倉時代中期に書写されたハーバード大学本「蜻蛉」巻から選んでいるところです。私の話と〈運読〉を体験していただくのにふさわしい本文は、立体コピーにして配布する予定です。

 一味違う宇治への体験ツアーとなることでしょう。
 目が見える見えないに関係なく、多くの方の参加をお待ちしています。


日 時:2015年12月5日(土)13:00〜17:00

主 催:視覚障害者文化を育てる会(4しょく会)

協 力:宇治市源氏物語ミュージアム、宇治観光ボランティアガイドクラブ

参加費:会員および学生500円、非会員700円

定 員:50名(要予約、先着順)
posted by genjiito at 20:53| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月07日

京都ライトハウスでの点字百人一首体験会に参加

 ワックジャパンで源氏を読む会では、先月は『源氏物語』の舞台である内裏を散策しました。
 今日は、京都ライトハウスで開催された点字百人一首の体験をしてきました。
 次回は、12月5日(土)に宇治で開催される「視覚障害者文化を育てる会」の『源氏物語』に関するイベントに参加します。

 しばらくは、座学を離れて身体で『源氏物語』を感じる勉強会を続けます。

 さて、京都ライトハウスでは、毎年、日本の点字制定記念日である11月1日前後に「点字普及イベント」を開催しておられます。
 今日は、滋賀県立盲学校教員のロイ・ビッショジト先生の講演と、点字付き百人一首の体験会が、4階あけぼのホールで開催されました。

 プログラムは以下の通りです。


13:10〜14:40 講演「点字で切り開く私の人生〜言葉と文字の壁を越えて」
    講師:ロイ・ビッショジト先生(滋賀県立盲学校教員、日本点字委員会委員)
15:00〜16:20 点字付き百人一首体験会
    講師:点字付き百人一首〜百星の会
    協力:京都小倉かるた会


 本日の司会進行役は、京都ライトハウスの野々村好三さんでした。
 メモがテーブルに置けなかったこともあり、お腹に当てた点字資料を巧みに触読しながらの進行です。


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 野々村さんは、目の見えない方と一緒に古写本『源氏物語』が読めないか、ということを私が具体的な問題として最初に相談した方です。
 去年の初夏のことであり、「京洛逍遥(322)京都ライトハウスにて」(2014年06月12日)で詳しく記した通りです。

 その後、「京洛逍遥(375)嵯峨野で「点字付百人一首」を楽しんだ後は時雨殿へ」(2015年08月31日)で再会し、
2週間前にも、「京都ライトハウスで体験三昧」(2015年10月25日)でお会いしました。
 ご縁と親しみのある、『源氏物語』の触読研究についてのよき理解者でもあります。

 ロイ先生のお話は、非常に具体的でわかりやすい内容でした。
 その内容は、以下の通りです。

  1 私の母国バングラデシュの紹介
  2 バングラデシュの社会状況
  3 バングラデシュの視覚障害者
  4 私自身が辿ってきた路
  5 日本に来たきっかけ
  6 日本に来て
  7 点字に対する思い

 流暢な日本語で、ユーモアを交じえて語ってくださいました。
 インドの方々がそうであるように、どうやら日本語の習得や発音は問題が少ないようです。
 さらに、日本語の点字は、英語やベンガル語の点字に比べて、非常にうまくできていて、覚えるのに易しかったのだそうです。音の組み合わせがよく考えられているとのことでした。

 バングラデシュは日本の半分の面積にもかかわらず、人口は日本よりも多い1億6千万人だそうです。それだけに、教育の普及が遅れていることへの対処が大変です。
 また、視覚障害者の数は、日本が35万人であるのに対して、バングラデシュでは100万人と3倍です。

 日本に来て、日本文化の壁としては、日本語という言葉以上に、箸を使うことがもっとも難しいものだったそうです。
 また、現在は、日本語で考え、日本語で夢を見るのだとか。
 こうした楽しい話を織り交ぜながら、1時間があっという間に経っていました。

 質問時間の最後に、私は「日本のマンガ文化」についての感想をお尋ねしました。
 ロイ先生は、読む機会がないので申し訳ないが……とのことでした。
 このマンガとアニメ文化については、目の見えない方々にも体験してもらえる方策を検討しているところです。

 後半は、『点字百人一首』の体験です。
 今日は、ワックジャパンで源氏を読む会の仲間と一緒に参加していたので、その中から若者2人がカルタ取りにチャレンジしました。
 2人とも、大学で平安文学を専攻しているので、カルタを取るのは問題ありません。
 それよりも、点字付きのカルタを使ってのゲームが初めてだったので、貴重な体験となったようです。


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 今、変体仮名で書かれた百人一首を作成中です。
 それを立体コピーにして、そのゲーム化を考えた時に、今回の体験は大いに生きるはずです。

 今回は、初心者用の体験だったので、対戦式のルールとは違うようです。
 一応、今日のルールの一部をメモとして残しておきます。

・審判 正しさと速さを判定
・取った札は枠の外に出す
・札の場所を移動してもよい
・三枚残った時点で終了


 続いて、お馴染みの「坊主めくり」を、点字カルタでやりました。
 これには、私も参加し、2回目には11枚も取り、大勝ちしました。
 私がゲームに勝つのは、めったにないことです。


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 このルールのメモも残しておきます。

・姫 もう一枚
・男 そのまま
・坊主 すべて出す
・座布団の男は姫と同じで二枚ひく
・座布団の姫は場に捨ててある札すべてをもらう


 いろいろな機会を好機として、目の見えない方々のイベントに参加しています。
 少しでも多くの体験を通して、古写本『源氏物語』の触読研究をさらに発展させていきたいと思っています。
 今後とも、さまざまな情報をお寄せいただけると幸いです。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | 古典文学

2015年11月06日

放送大学で歴博本「鈴虫」を読む(その2)

 放送大学へ行くときのことです。
 東西線の大手町駅から丸の内線に乗り換えると、なんと行き先である茗荷谷駅止まりの電車でした。
 普通、一つ手前の駅までしか行かないという体験が多い私にとって、これはめずらしいことです。
 こんなささやかなことでも何となく嬉しくなる、気持ちのいいスタートです。


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 今日も、受講生のみなさまと楽しく勉強ができました。みなさんの反応がいいので、つい横道に逸れ、雑談になります。貴重な時間を浪費して、申し訳ありません。

 国冬本「鈴虫」に見られる、539文字もの長文の異文についてお話しすることが、今日の中心でした。
 資料を見たり、拙文を読んでもらったりで、配布した資料を行ったり来たりと、非常に慌ただしい展開となりました。資料に通し番号を付け忘れたこともあり、せわしない説明となり、本当に申し訳ありません。

 しかし、『源氏物語』にこんな長大な異文があるのだ、ということは伝わったようです。
 二千円札の裏に描かれた、国宝『源氏物語絵巻詞書』の変体仮名による「十五夜の夕暮れに〜」の直前にある異文なのです。興味と関心を喚起しながら説明したこともあり、この点において目的は達成されました。

 また、鎌倉時代の写本を読むことについても、自分にも読めそうだ、と思ってくださった方が何人もいらっしゃったようなので、この点も安堵しています。

 ただし、一つだけ言い訳をさせてください。
 プレゼンテーションについて、パワーポイントを駆使して流れるように展開してほしい、という要望を終了後にいただきました。
 手際の悪さを感じさせたようで、申し訳ありません。
 ただし、私はパワーポイントを使ったプレゼンは、極力というよりも意識的にしないようにしています。学会や講演会でパワーポイントを使ったプレゼンが始まると、いつ会場を抜け出るかというタイミングを狙う癖がついています。ライブ感がないプレゼンを、あえてその場で時間を共有して聞く必要はない、と思うからです。

 あらかじめきっちりとストーリーが組まれている、ビデオを見るようなプレゼンは、後で時間があるときに確認すればいい、と思います。自己満足と自己完結に加えて、自己陶酔の自作自演でしかないことに起因する、ほとんど刺激を受けないプレゼンは、私はしないように心がけています。

 そんな思いから、画像を見ていただく必要がある時には、私は写真だけを映し出すか、ウェブサイトを泳ぐシーンを示すことしかしません。
 普段は、プリントだけでお話をしたり研究発表をします。

 映し出されている画面を見ながら語る、という、ライブ感を大切にする手法をとっていますので、今日のプレゼンが無骨に思われたかもしれません。
 生意気ですみません。映写しながら考え考え語る、というのも一つのやり方として理解していただけると幸いです。

 もっとも、今日は実物投影機がなかったのでパソコンのカメラを使おうとして、反転画面を映し出したりしたことは大失敗でした。以後、気をつけます。

 今日は、受講生の方から教えていただいたことがいくつかありました。
 その中から2つだけ紹介します。

 まず、以前から自分自身の中でもモヤモヤしていた、「お」の字母は「於」でいいのか、ということです。この点に関しては、質問してくださった方への同感を示せても、納得していただける説明ができなかったので、これはあらためて調べます。

 これに関連して、次の読み方について、疑問を投げかけてくださいました。
 私が「おゝ本せ」(5丁オモテ1行目)と翻字して、「ゝ」に「(ママ)」を付した箇所です。


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 書道をなさっているその方は、この「おゝ」は「於」を崩したものとしていいのではないか、ということなのです。見せてくださった資料によると、確かにそうともいえます。

 先ほど京都の自宅に着くやいなや、早速『五體字類』(高田竹山、東西書房、昭和51年6月47版)』を確認すると、次のような例が上がっていることがわかりました。


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 左側2つ目の「俊」は藤原俊頼の書から採ったものだとあります。こうした例を見ると、「鈴虫」のここでの仮名文字は「於」としてもいいのかもしれません。ただし、歴博本「鈴虫」において、この他にこうした字形はまだ見つけていません。

 さらに参考までに手元にある資料で諸本の本文異同を見ると、34本のうち29本が「おもほせ」とあり、「おほせ」は5本でした。こうした傾向から見ると、ここは「おもほせ」と書くつもりだった「も」が「ゝ」のような形になってしまった例だとも言えます。
 このことは、今後の課題にさせてください。

 もう一点、「給つゝ」(7丁オモテ8行目)について、私はこの「ゝ」の右横に「〈判読〉」と付しました。しかし、この文字をジッと見つめていると、「給つる」でもよさそうです。


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 これも諸本を確認すると、「給つゝ」30本、「給て」4本でした。
 ここでの文意はともかく、書写されている文字を見たままに翻字することを心がけようとするならば、ここは「給つる」でもいいところです。しかし、諸本のありようを参考にすると、やはり「給つゝ」にしておいた方が無難なように思われます。
 あえて異文を作らない、というところから、翻字した通りに「給つゝ」に落ち着けたいと思います。

 先週と今日の2回にわたり、多くの受講者の方々にお話をする機会をいただきました。私にとっても、刺激的な出会いであり、楽しい時間となりました。
 みなさま、ありがとうございました。

 いろいろと質問をしていただきながら、時間の制約からあまり懇切丁寧な対応ができなかったかと思います。またの機会に、ということでお許しください。

 京都駅に着いたのが21時すこし前でした。
 駅前と京都タワーの間の広場では、水芸が始まったところでした。
 この軽快な音楽に合わせて七色の水が空中を舞うさまは、いつ見てもしばし佇んでしまいます。
 機会があればぜひご覧ください。


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posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2015年11月05日

京洛逍遥(382)岡崎公園から白川の紅葉巡り

 過日、京大病院では、正面入口のエントランスホールが改装され、ゆったり広々とした空間になりました。
 左側がドトールコーヒーの休憩コーナーです。
 右側は、手前がさらに変わって行きそうです。


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 診察後の帰り道は、聖護院から南に下って岡崎に出て、白川を歩きました。

 冷泉通り沿いの疏水端から、平安神宮を望みました。
 小雨の中だったので、紅葉の色づきに鮮やかさはないものの、しっとりとした秋の風情です。


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 みやこメッセの前にある、光源氏と紫の上の像は、緑に黄色と朱が背景に散っているので、いつもよりもきれいに映ります。


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 南禅寺から下ってくる疎水掘に、二羽の鷺を見かけました。
 ここで鷺を見るのは初めてです。


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 白川から平安神宮を見やると、鳥居もいつもよりも鮮やかに写ります。


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 よく撮影に使われる一本橋も、この季節が一番風情を感じさせます。
 いつも感じることです。この電信柱はない方がいいのですが。


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 この一本橋は、もうありきたりの風景になってしまいました。
 しかし、やはり目の前に展開する景色は、映像と違って微妙な変化を伝えてくれます。

 落ち葉を掃き清めている方がいらっしゃいます。
 ありがたいことです。ごくろうさまです。


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 葵祭の行列で上賀茂神社へ北上する加茂街道は、春の桜に負けず劣らず紅葉もいいものです。


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 そのすぐ横の北大路橋下では、砂利と土砂が堆積した中洲の撤去作業が進行しています。


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 四季折々に変化を見せる景色を見ながらの散策は、楽しいものです。
posted by genjiito at 21:36| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2015年11月04日

銀座探訪(32)久しぶりに銀座のど真ん中で泳ぐ

 銀座にあるコナミ・スポーツクラブの会員を辞めたのは4年前です。

 「スポーツクラブを退会」(2011/9/30)

 その後は、賀茂川と隅田川を散策する程度で、特に運動はしていませんでした。
 大手術の経過も血糖値の推移も、共に安定してきたこともあり、再度コナミに入会しました。
 今回は、各地のいろいろな施設が自由に利用できるプランです。

 今日の再開初泳ぎは、やはり通い慣れた銀座3丁目にしました。
 アップルストア銀座の北隣のビルの地下に、4年前とまったく同じシステムで、施設も何も変わらずに営業していたのには驚きです。
 周りは目まぐるしく変転する地にもかかわらず、以前とまったく一緒だったので、この空間の時間がすっかり止まっていたかのようです。あえて違いを探すと、レッスン等のメニューだけでした。


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 勝手知ったる、銀座のど真ん中の地下で、久しぶりに汗を流して来ました。
 私の利用は夜になるので、また夜の銀座で泳ぐことになります。
 「銀座を泳ぐ」のではなくて「銀座で泳ぐ」のです。
 もちろん、スタジオでエアロビクスもやり、ジムでマシンを使ったりする予定です。
 無理をしないで、少しずつ身体を慣らしてから、筋力アップに取り組むつもりです。
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | 銀座探訪

古都散策(43)平城京天平祭 -2015秋-

 今日のお茶のお稽古へは、あらかじめ上京のためのキャリーバッグを大和西大寺駅のコインロッカーに預けておいて行きました。
 大和西大寺駅は、大阪と京都から電車が入る駅なので、展望デッキでさまざまな電車の行き来を楽しめます。大阪から来る電車は正面から、京都からの電車は右から入ってきます。
 子どもたちは、飽きもせず、じっと見続けています。


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 大和西大寺駅前の臨時バスで平城宮跡に向かいました。
 バスは、復元された朱雀門の横に着きます。


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 先月末から今週末まで、ここで「平城京天平祭 -2015秋- 〜花と古のフェスティバル〜」が開催されているのです。
 大極殿前の広場には、三笠の山を背景にした遣唐使船の模型や龍の「ねのうわさ」、そして天平花絵巻では天平衣装を試着した人々が集っています。


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 今日は、「シルクロード平城京弦浪漫」という演奏会があります。
 朱雀門のさらに北にある第一次大極殿の特設ステージで、中国の弦楽器演奏家である伍芳(ウー・ファン)さんの、21絃琴の音が聞けるのです。


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 途中で、二胡と琵琶の合奏もありました。


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 この音色は、京都には似合わない、奈良にふさわしい楽の音です。
 井上靖のシルクロード関連の多くの作品を思い出しながら、しばし聞き入りました。
 気持ちが、西へ西へと惹かれて行く音楽です。

 背景の建物や風景も、この音楽を支えていました。
 日常から切り離された、別次元の音に身体を委ねたのです。
 しかも、野外というのが、気分をおおらかにしてくれます。

 このまま奈良に宿を、とも思いました。しかし、なかなかそうはいかないので、近鉄特急で京都に出て、そこから新幹線で上京の途につきました。
posted by genjiito at 00:12| Comment(0) | 古都散策

2015年11月03日

古都散策(42)平群の史蹟とお茶のお稽古

 奈良の平群駅周辺を散策しました。
 単線の生駒線も、この平群駅では車輌が交差するためにポイントで切り替えます。


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 北の方角は、次の駅が元山上口駅で、その先に生駒山が見えます。


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 息子がお世話になった「みんなの家 つくしんぼ」は、私が毎朝出勤前に預けに行った保育園です。町長のお嬢さんが運営しておられました。
 子どもが、優しくて温かい先生に育てていただいたことを、今も感謝しています。


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 そのすぐ北は、園児たちが遊んだ長屋王のお墓の御陵園。


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 その横に吉備内親王のお墓。


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 平群は、日本武尊が「たたみごも平群の山は〜」と歌った地です。


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 『信貴山縁起絵巻』で有名な信貴山は、まだ紅葉はしていません。

 子どもたちは、こんな環境の中で育ちました。
 古代の物語に包まれた小さな町で大きくなったのです。

 20年間、子育てをしたこの平群に、私が時間の都合がつく時に、お茶のお稽古に来ているのです。山道や畦道を歩きながら、不思議な縁を実感するところです。

 今日のお稽古は、一昨日の続きです。
 昨日は、妻を相手に家でおさらいをしました。しかし、総荘りにした棗と茶碗を下ろした後に蓋置を持って、はたと動きが止まりました。円卓にまっすぐ向かっていた身体を、ここで炉縁に向かうかどうか、思い出せずに思案の停止です。

 そんな途切れ途切れの、あやふやなお手前を一蹴するためにも、再度やり直しのお稽古に来ました。

 前回の簡略版ではなくて、その前段であるフルバージョンの入子点を教えていただきました。
 これは、お手前に熟達した方がなさることが多いものだそうです。しかし、今週末にお客人をこのお手前で迎えたいので、素人ながらもピンポイントの特訓をお願いしました。
 本当にわがままな生徒で申し訳ありません。

 先ずは、先生がお手本を見せてくださいました。

 そして、私が杉の曲げ物の建水に茶碗を仕組んで入ります。

 昨日迷った、蓋置を手にした後の動作がわかりました。
 また、昨日はお湯が煮立っていて熱すぎたにもかかわらず、どこで水を指せばいいのか困りました。これも、水差の蓋を取る動作の流れと連動させると、そのタイミングがよくわかりました。

 お点前の手順がよく考えられたものであることを、あらためて知らされました。

 そんなこんなで、所作の流れがなんとかわかりました。
 後は、練習と実践を繰り返すのみです。

 上級者のお手前であっても、目の前に目的があるので、そのためにもこれを機会に体得するつもりです。

 この成果は、また後日記しましょう。

 お稽古の後は、大和西大寺にある平城宮跡へ向かいました。
posted by genjiito at 21:43| Comment(0) | 古都散策

2015年11月02日

京大病院での診察結果とお薬アプリ

 定期的に京大病院の糖尿病内分泌栄養内科で診察を受けています。
 見かけは痩せています。しかし、立派な糖尿病患者です。
 消化管がないので、食後の血糖値が急上昇するのです。

 今日も、早朝より血液検査の後に診察がありました。
 今日のヘモグロビンA1cは6.8で、前回よりもさらに良好。
 このままの調子でいいそうです。
 豊かな食生活を、というのが主治医の先生の方針です。


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 血糖値は初夏に上昇した後、それからは順調に下降しているので良好です。
 特に、食後に血糖値が急上昇する傾向があった私の身体にとって、最適の薬を処方していただいてからは、順調にコントロールできているようです。
 この物理的な障害に対して、1つの解決策が見いだされたと言えるでしょう。

 ただし、鉄分の値がまだ低いので工夫を、とのことでした。
 東京では入手が難しい牛レバーが、関西では容易に手に入ります。
 豚レバーも含めて、気をつけて鉄分補給に気をつけて食べています。
 それでも、鉄分欠乏が改善されないので、さらに意識した食生活にします。

 そんな中で、「京都 e- お薬手帳」というアプリを見つけました。
 電子版のお薬手帳です。


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 たとえば、今日の薬は、こんな形で電子情報化されます。
 これは、薬局で受け取った「保険調剤明細書」に印刷されている「お薬手帳QRシンボル」というQRコードにスマートフォンをかざすと、処方された薬のデータが自動的に電子手帳の中に読み込まれるのです。


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 これまでは、いただいた糊付きのシートを「お薬手帳」に手で貼り付けていました。しかも、その手帳を持ち歩かないことには、薬局などで薬を受け取る時に意味をなしません。
 それが、この「京都 e- お薬手帳」によって、いつでも確認でき、薬剤師さんに見せることができるのです。

 緊急時や災害時にも、現在どのような薬を飲んでいるのかがわかるので、これが役立つと助かることでしょう。

 また、「EPARK(イーパーク)」というアプリもありました。
 これは、薬局などで処方箋を出しても、実際に薬が受け取れるまでに大分時間がかかります。
 今日の場合ですと、京大病院前の処方箋を扱う薬局では、45分待ちでした。
 そんなに待てないので、北大路の駅前の薬局で薬を受け取りました。

 待ち時間を短縮するために、あらかじめ処方箋を撮影して送信しておくと、薬の準備ができたらメールで知らせてもらえる、というサービスです。


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 今回、薬局で知ったので、まだ利用したことがありません。
 しかし、確かに時間の有効利用のためには、役に立つアプリだと思います。
 実際に使用したら、また報告します。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 健康雑記

2015年11月01日

古都散策(41)お茶で好みのお点前に出会う

 北大路橋から北山方面を見る賀茂川沿いの紅葉も、しだいに色の変化が目立つようになりました。
 植物園の横を南北に通る半木の道は、これからますます色の競演や変化が楽しめます。


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 今日は、お茶のお稽古で大和平群に行きました。
 竜田川と平群のお山は、京洛の北山よりも遅れながらも、少しずつ秋の色になっています。


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 十数年前に、私が毎日駅まで駆け降りた山道が通る木立も、しだいに紅葉と柿に包まれていきます。


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 今日から11月です。
 風炉から炉にかわり、炉開きのおめでたい日ということで、先生がお善哉を作ってくださいました。
 ただし、私は明日ちょうど京大病院の糖尿病栄養内科で診察があるので、お餅の入らないものにしていただきました。
 小豆だけでしたが、甘さが控えめで口に合い、おいしくいただきました。

 今日もわがままを言って、いつもの丸卓を使ったお手前でも、最初からお茶碗も荘(かざ)った形をお願いしました。
 総荘り(そうかざり)と言う扱いだそうです。

 最初から、棚の下段の地板に水指と蓋置と帛紗を、上の天板には棗、柄杓、茶碗を置いておくのです。この茶碗には、茶巾、茶筅、茶杓が仕組んであります。
 入子点では、杉の曲げ物の建水に茶碗を仕組むそうです。その茶碗も、今回はあらかじめ棚に荘っておくのですから、点てる方としては建水だけを持って出るだけです。
 お客人も、目の前の道具類を見ながら話ができる楽しみがあります。

 出入りが少ないこともあって、お年寄りが好んでなさるお手前だそうです。立ったり座ったりが少ないので、身体が楽なのです。

 それはそれとして、私が家で点てるお茶は、お作法などに拘らない仲間内のことが多いので、一緒に話をすることが中心です。そのために、あまり出入りのない、会話が途切れない流れを大事にしたいのです。

 そこで、丸卓を使ったお手前を中心にしたお稽古を、これまでにして来ました。
 さらに今日は、お茶碗までに荘ってあるのです。
 お客人の前でお手前を始めるまでが、とにかく簡素化されています。

 実際にやってみて、これは私にとって、身体にも感覚としても、気持ちよく馴染むものでした。
 
 これまでと大きく違うことは、仕舞いの茶筅通しの後、茶碗の中の水を建水にあけたら、茶巾を茶碗に戻すのではなくて、その茶巾で茶碗を清めるところでした。

 これは、私にとってありがたいお手前と言えます。

 いろいろなお手前はそれとして、年末年始に向けて、このお稽古に励もうと思っています。
posted by genjiito at 21:52| Comment(0) | 古都散策

京洛逍遥(381)知恩寺の第39回秋の古本まつり -2015-

 京都大学の北側の道を隔てた百萬遍知恩寺の境内で、今年も恒例の秋の古本まつりが昨日から始まっています。約20万冊の本が並びます。

 今日は、御所の一般公開からの帰りに立ち寄ったので、西門から入りました。


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 古本まつりは、初日が1番楽しめます。
 しかし、昨日は茗荷谷の放送大学で講義があったので、残念ながら2日目の今日、本たちとの出会いに出かけました。

 それでも、ずっと探し求めていた本と、境内に入ってすぐの本堂前の屋台で出会えました。


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 3冊500円の台の中に、垂涎のその3冊が埋もれているのが、真っ先に目に留まったのです。
 目を疑いながら、本の状態や手触りを確認しました。
 伊井春樹先生がよくおっしゃっていました。探し求めている本は、向こうからお出でお出でをしてくれる、と。
 まさに、その瞬間にいきなり出合えたのです。

 私は、ネットで本は絶対に買いません。本とのこうした出会いを楽しみにしたいのと、中小の小売り書店を潰す側の一員に、悪意がないにしても加わりたくないからです。
 街の新本屋さんや古本屋さんが、ネットショッピングによって絞め殺されていく現状が忍びないのです。

 今日は、出合い頭の幸運でもあり、すぐにいただくことにしました。
 また、境内の中でも数冊、掘り出し本を見つけました。
 収穫の多い古書探索の一時を楽しみました。


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 いつもと逆の南門から出ました。
 手にする袋の重みを感じながら、大満足で門を潜ります。


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 自転車に本を積み、北山からの冷たい風を受けながら、賀茂川を北上しました。
posted by genjiito at 06:56| Comment(0) | ◆京洛逍遥