2015年10月26日

『源氏物語』の触読を志願する青年教員と出会う

 今日は、洛中洛外を東から西へ、北から南へと、バスと徒歩で大移動をする1日となりました。

 自宅からバスで熊野神社前の京大病院、烏丸御池の歯科医院、河原町御池の京都市役所、河原町四条の金融機関等で諸雑務を片付け、その足でまたバスに乗って北上し、千本北大路にある京都府立盲学校へ行きました。


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 京都府立盲学校では、爽やかな青年の熱血先生と、今後の触読実験と触読レポートなどの打ち合わせをしました。鎌倉期の『源氏物語』の写本を読んでみようという、私が次に探し求めていた人がついに見つかったのです。

 その冨田さんとは、先週末の日本盲教育史研究会の懇親会で、岸先生のご紹介で初めて会いました。

 その日の研究会で私が話した、古写本『源氏物語』を触読することが懇親会で話題になると、冨田さんの声のトーンが急上昇しました。開口一番、「僕は今日の変体仮名を読む自信があります!」と宣言されたのです。
 頼もしい、気持ちのいい言挙げでした。

 話を聞くと、視力を失ったのは2歳。生まれてこの方、ずっと点字でコミュニケーションをとってこられたのです。頭の中に、文字の形がほとんど入っていない方との出会いは、私にとっても初めてです。
 さらに嬉しいことに、古典は大嫌いで、『源氏物語』のことは今日まで興味がなかった、ということです。これは、私にとって「逃がしてなるものか」と思わせた逸材です。

 私は、とにかく直接会って話をすることを原則としています。
 これは、学生時代に民俗学の勉強をしていたことと、深く関係すると思われます。民俗や伝承の聞き取り調査などで、いろいろな方からお話をうかがって記録していたのです。足で会いに行って、顔を合わせてお話を聞く、という調査手法が、今に到るまで身に染み付いてつながっているようです。

 冨田さんは、大変忙しい方です。今日は、会議と研修の合間を縫うようにして、貴重な時間を作ってくださいました。
 バスで移動しながら、携帯のメールでやりとりしながら面談に漕ぎ着けたのです。

 今日、私が冨田さんにお願いしたことは、レポートを書いていただけないか、ということの一点です。

 一昨日の私の話に関して、最初にどのような思いで聞き、そこから自分も読めそうだという感触を持たれた時のことは大事だと思います。そして、自分も読んでみようと思われた、そのご自身の気持ちの推移を文字として記述していただけないか、ということをお願いしたのです。

 さらには、その後で懇親会で読めるという気持ちを強くされ、そして今、こうして職場である学校で触読の話をしているところまでの、率直な心の軌跡を記録として残していただくことになりました。

 快諾をいただきました。忙しい中であっても締め切りという期日があったほうがいい、とのことだったので、今週の土曜日までにワードの文書で送っていただくことにしました。
 来週もまたお話ができるので、まずは気楽に分量も気にせずに書いていただきます。

 冨田さんの場合は、すべてがゼロからの出発です。実験台にされることに対して、本人に迷いはないようです。チャレンジしてみたい、という気持ちが勝っているので、結果はともかく、これからの記録は貴重な報告となることでしょう。

 福島と東京の2人の女性に加えて、京都の男性が登場です。
 実は、次に九州の男性も参戦されます。

 私が、現在は2人の女性だけが変体仮名の触読に成功している、とお話したこともあって、岸先生から、もう一人の若者を紹介していただいています。
 話が長くなりますので、その中村さんのことは、また別の機会に記しましょう。

 きりがないので、今日はこのあたりでおきます。
 古写本『源氏物語』の触読研究は、ますますその展開から目が離せなくなっています。

 明日は、変体仮名の国際文字コードの情報が大量に入ってきます。

 このブログも、日々私のところに入る情報がオーバーフローの状態で、整理をして書く暇がなくなっています。
 今後しばらくは、脈絡もなく書き飛ばすことになりそうです。

 自分自身の研究スタイルを、従来の「印刷論文配布型」から、暫定版とはいえこうした「電子情報発信型」に変えたことは、またあらためて書くことにします。
 ネットワークを活用したこの私の研究手法も、今後は新しい研究者のスタイルになっていくことだろう、と思っています。
 こんなことも、また後日に。
posted by genjiito at 22:32| Comment(0) | ◎源氏物語